ヴァンパイア王国のヴァルコ王子
わたしは喉が渇いたので喉を潤すために飲み物を給仕にお願いする。
ワインしか運んでないが今は少しでもカラカラの喉を潤したいのでグイッと飲み干す。
視線を落として、からっぽの頭を一生懸命に使う。
そこで自分の足元で影が止まるのに気付いた。
「やあローラ嬢、今日も麗しいね」
「ぐぇ!?」
わたしが顔をあげると真っ白な肌をしているタキシード風の服を着たヴァルコ王子がいた。
そうこの男もゲームの攻略対象であり、ヴァンパイア王国の王子様だ。
吸血鬼という設定のせいか、エロスティックなイベントも多いのでゲームキャラの中でも人気の男だ。
わたしもゲームなら好きだ、ゲームならね。
「これはこれはヴァルコ王子。今日はお越しくださりありがとうございます。本日はお楽しみいただけてますか?」
「もちろんだとも。血が無いのでワインで誤魔化しているが、少しは吸血鬼にも配慮してほしいものだ」
無茶を言うな、と心の中では思っているが口にはしない。
正直これが現実となると、この王子とは近くにいたくない。
なぜなら、こいつ隙あらば主人公の血を飲もうとしてくる変態野郎なのだ。
見てる分にはいいが、もし自分の首に歯を立てられるものならかなりの激痛に違いない。
そう考えているとこいつの目が少しずつ熱を帯びてくる。
「親友の妻になるというのに僕の悪い癖だ。君がものすごく美味しそうだ。ねえ、一滴だけでも舐めさせてくれないかい」
そう言ってヴァルコ王子は長い犬歯を見せながら舌なめずりをしている。
妖艶であるが、わたしは恋心より恐怖心の方が大きい。
すらりと長い指がわたしの顎にそっと添えられる。
もう少し堪能したいと思う心はあるが、状況がそれを許しはしない。
わたしは一歩後ろに下がってその手から離れた。
「も、もう冗談はやめてください。あなたにはもっと素敵な女性がいますわよ」
あそこにいる主人公がね。
わたしは主人公に標的として勧めた。
ルートによっては彼女と結ばれるのだから、是非とも彼女にアイラブユーを囁いてください。
しかしそれでもわたしへの熱っぽい視線は変わらなかった。
このままではやばい。
「ほほほ、ミルディン王子という婚約者がいなければわたしもその気持ちに応えられましたのに」
わたしは今回は諦めてください、と言外の意味を残してまた別の場所に移動するのだった。
「やばい、どうしよう」
歩きながら、どうにかこの状況を打破する方法を模索する。
もう逃げるしかないのではないかと思った時閃いた。
「そうよ、ここにいるから危ないのよ。もういっそのこと逃げ出しましょう」
わたしは一気に気が晴れるようだ。
逃げる。
なんていい言葉の響きなんでしょう。
わたしの国では逃げるが勝ちという言葉がある。
生きていれば勝ちなのだ。
そう思って出入り口を探すと、ミルディン王子の私兵が出入り口を封鎖している。
その兵士の視線はしっかりわたしを見ていた。
「逃げられないじゃない!」
わたしはがくりと肩を落とした。
完全に警戒されている。
当たり前だが、これはただの茶番劇である。
「おお、ローラよ! 今日は一段と美しいな。妻にどんどん似てきて嬉しいぞ」
声を掛けてきたのはこのローラのパパだ。
小太りのおっさんであるが王子と結婚できるツテがあるほどの貴族だ。
かなりえらいのだろう。
だが一つだけこいつの目は曇っている。
わたしの顔はたしかに整っているが、どこからどうみても悪役顔である。
この吊り上がった目を見て可愛いと言えるのは、このバカ親くらいだろう。
だがせっかく喜んでいるのだ、今くらいは幸せな夢を見させてあげよう。
「ありがとうパパ。パパがこれまでわたしを育ててくれたからレディになれたの」
わたしはリップサービスとして、この中年オヤジに抱きついてあげた。
これからは犯罪者の父親になるのだからこれくらいは許してあげた。
このローラはいつも父親を貶すようなことを言っているので、家でも特に感謝を告げたことがないだろう。
十分抱きしめたあとゆっくり離れると、パパの顔が涙で濡れていた。
「うううっ、ローラが、ローラがあぁぁあぁ!」
まさかの男泣き!?
子供のようにワンワンと泣くので周りの視線がこちらに集まってくる。
近くで見ていたものたちは笑いながらパパを慰める。
「よかったですなアルデラミン候!」
「娘にあんなことを言われるのは父親の夢ですな」
わたしは多少の罪悪感が出てきたのでまたもや場所を移すのだった。
どんどんわたしの胃が痛くなってくる。
……もうやめて、胃が死ぬ。
「ローラさま!」
わたしが声の方へ顔を向けると、取り巻き三人組が可愛らしいドレスを着てやってきた。
わたしを祝福しにきたのだろう。
わかりやすく、三人は全く色の違うドレスを着ている。
赤のドレスはアルタイル、黄色はベガ、青色はデネブだ。
ローラの記憶はわたしも共有しているので、しっかり名前も頭に入っている。
正直な話、ゲームではモブなのでトリオと呼んでいた。
だがこのローラの記憶のおかげで知らない一面があることがわかる。
トリオは嬉しそうな笑顔を浮かべている。
それもそのはず、この子たちはこれから王子妃の友達という最高のポジションを手に入れるのだ。
「おめでとうございます!」
「一時はあの女がいたせいで王子に気の迷いがありましたが、やっとその憂いもなくなったのですね」
「平民は平民らしく、貴族の下で働けばいいですの。この結婚であの平民の顔がどれほど歪むか楽しみでなりません」
トリオは主人公の悪口を言い始めた。
どうしてここまで悪役のようなことを言えるのか。
……ローラ自身に媚を売るためでしょうけど。