第6話 フィアガーデンの少女
街へ戻ると、すぐに宿を探し始めた。そろそろ疲れて眠気が限界に近い。かといって野宿なんて絶対に嫌だ。そもそも野宿するための道具なんてないし。後初心者ミッションの(宿へ泊まろう!)をクリアするためでもある。
街の大通りの建物を虱潰しに探す。泊まれる所ならどこでもいい。そう思って探すこと数十分。宿屋はいくつか見つけたけれど、満員のところが多かった。
この辺りの宿は空いてなさそう。そう思って私は少し高級街っぽい所に足を踏み入れた。オンリークエストのお陰で、お金に余裕はあるし、多少高くてもいい。まだ初日の夜だから、高い宿に泊まろうって思うプレイヤーは少ないんじゃないかな。
私の読みは当たっていた。高級街っぽいエリアで最初に見つけた宿は部屋が空いていた。その宿は一見さんお断りという雰囲気を醸し出していたが、入るとNPCが親切に接客してくれた。
私が大通りでみた宿よりけっこう高いけど、綺麗そうだしここにしよう。眠気に勝てなかった私はフラミンゴの宿にチェックインした。
部屋の鍵を貰い、部屋に入ると、さっそく布団にダイブする。宿代が高いだけあって、布団はふかふかで気持ちいい。おやすみなさーい。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
次の日の朝、目が覚めると9時頃になっていた。もうこんな時間か。目覚ましかけとけば良かったな。目覚まし機能使えるんですよね。このゲーム。
ちょっと寝坊したけど、今日は昨日の誘いのスライムの隠れ家に行こうかな。お宝が眠っているとか言ってたし。
顔を洗ったり、髪を整えたり等と準備を整えると、宿の食堂へ向かう。
階段を降りて少し進むとすぐに食堂が見えた。清潔感があってオシャレでいい感じだし、食事も美味しいと予想。サンドウィッチと紅茶を注文する。
するとすぐにNPCが料理を持ってきてくれた。朝はやっぱり紅茶だよね、うん。いい茶葉使ってるな、多分。美味しい。
紅茶とサンドウィッチをゆっくり味わう。今日は1日動き回る予定だし、朝はリラックスしないとね。
「お嬢さん、冒険者かなにかかの?」
優雅な朝の一時を過ごしていると、金持ちそうなおじいさんとその孫娘? と使用人という組み合わせの人に声を掛けられた。
「冒険者ではないです。冒険者登録しようと思ったのですが、昨日出来なくて」
「ああ、昨日の騒ぎか。災難じゃったな……。悪魔が討伐されるといいのじゃが。そうじゃ、ギルドの職員が今日の午後派遣されてくるらしい。また時間がある時に登録するといい」
「そうします」
「ところで、暇なら頼みを聞いてくれないのかの? 冒険者ギルドに依頼するつもりだったのだが、昨日の騒ぎのせいでそれが出来なくての。もちろんお礼はする」
「頼みってなんですか?」
「フィアガーデンにいく孫を護衛して欲しい。フィアガーデンには魔物がでると聞く。冒険者がいると安心なのだ」
「リーゼロッテ・デ・ドゥーチェと申します……」
おじいさんに隠れていた大人しそうな女の子が挨拶した。
「お礼はこれくらいでどうだろう。それから冒険者ギルドに書状を書こう。これがあればすぐに冒険者になれるはずだ」
そう言って、袋に入れた金貨を見せる。その金額はなんと10万マル。けっこうな金額だし、私に断る理由はない。書状とかいうものも書いてくれるらしいし。今日行くはずだった誘いのスライムの隠れ家は明日にでも行こう。
「私でよければ、お受けしましょう」
「助かるな。よろしく頼むぞ」
おじいさんが手を出してきて握手を求めたので、私も手を握り返してそれに応える。
フィアガーデン。その名の通り、美しい花々が咲き乱れるガーデン。だが最近はけっこう魔物が出るらしい。
私とリーゼロッテちゃんとおじいさんは優雅な朝の一時を終えると、昼ごはんのサンドウィッチをテイクアウトして席を立つ。
私達はフィアガーデンの方へ向かう。おじいさんは用事があるらしく、リーゼロッテちゃんと私と侍女1人と護衛1人を残して城の方向へ去っていった。やっぱり貴族かなんかなのかな。
フィアガーデンまでは割と距離があるので、馬車を使う。高級そうな4人乗りの馬車に乗った。馬車の中は思ったより快適。ついでに初心者ミッションの馬車に乗ろうもクリア出来たよ。
「冒険者のお姉さん、お名前はなんて言うの?」
リーゼロッテちゃんはぎこちない笑顔を浮かべる。
「私はアナスタシアです。よろしくお願いしますね」
笑顔で微笑んで言う。大人しそうな子だし、あんまり怖がらせないように。
リーゼロッテちゃんは私の微笑みに安心したのか、ほっとしたような顔をした。
「そう……。ねぇフレリアの花は咲いているかしら?」
「フレリアの花ですか? フィアガーデンにはどんな花も咲いているといいますし、咲いてるんじゃないでしょうか」
フレリアの花が分からないので、話を適当に合わせる。こっちの部屋では有名な花なのかな。
「私フレリアの花で、甘い匂いのする香水を作りたいのよ」
「香水ですか?」
「ええ、フレリアの花はとってもいい匂いのするの。それでね……」
リーゼロッテちゃんは熱く語り始めた。大人しい子だと思ってたけど、すごい熱意だ。
というかフィアガーデンの花勝手に取っていいの?毟る気満々ぽいけど。
リーゼロッテちゃんの話を聞いていると、いつの間にかフィアガーデンに着いていた。
馬車から降りると、フィアガーデンの美しい景色が広がる。美しい花々が咲き乱れていて、とても幻想的な風景だ。
「わあ」
思わず感嘆の声が漏れた。
リーゼロッテちゃんも興奮したように、辺りを見回す。
「素敵なところね。さっそく花を探すわよ!」
リーゼロッテちゃんははしゃぎながら駆け出していく。私達はそれに続いた。
駆け回るリーゼロッテを追いかけながら、鑑定を使って、フレリアの花を探す。
フレリアの花、フレリアの花、フレリアの花……。
だが一気に色んな花の情報が頭に入ってきて、頭痛がする。う、情報量が多すぎて、頭が……。
リーゼロッテちゃんはそんな私の方を不思議そうに見つめる。
「どうかしたの?」
「花が綺麗だなあって」
頭痛を誤魔化すように、引きつった笑顔を浮かべる。
「本当に綺麗よね。少しくらいなら気に入った花を持っていってもいいのよ? お爺様に許可は貰っているもの」
「じゃあ遠慮なく !」
花を取る許可はちゃんと貰っていたらしい。鑑定で見た感じ、珍しそうな花もあったから、少し頂いていこう。取っていいっていう言質は取ったしね。
リーゼロッテちゃんは駆け回って疲れたのだろうか。ペースを落として、歩きながら花を見始めた。
私もそれに合わせて歩いていると、冷気を感じた。寒い……。
辺りを見回すと原因はすぐに分かった。氷の結晶のような冷気を放つ花が近くに咲いていた。
鑑定すると、アイスフラワーと出た。アイスフラワーは回復薬等の色んな薬に使える万能な花らしい。
見た目も綺麗だし、この花欲しいなあ。
「この花頂いてもいいですかね?」
「よろしくてよ」
リーゼロッテちゃんは全然構わないよーというふうな顔を浮かべているように私は見えたので、遠慮なく頂く。2輪ほど。
「もう2輪ほど取ってもらってもいいかしら? 私も欲しくなったわ」
リーゼロッテちゃんの分を丁寧に取り、渡すと、アイテムカバンにしまった。
「もう少し奥の方へ行ってみましょうか」
ここら辺は冬の花が多そうだけれど、フレリアの花は春に咲く花だ。ここら辺にはないだろうし、あるとしたら奥か、もう少し西の方になるだろう。
奥の方はどこか陰鬱な雰囲気だ。花は綺麗なのだけれど、どこか暗いというかなんというか。
「見つけたわ!」
フレリアの花はどこか陰鬱な雰囲気を放つ黒い花だった。リーゼロッテちゃんは花の香りをかぎながら、私に向かってとびきりの笑顔を見せる。
私はフレリアの花にそっと鼻を近づけた。甘くていい香り。これを香水にしたら確かに売れるかもしれない。
「いい匂い……」
「でしょ? とりあえず試作品を作るだけだから、5輪くらい持っていきましょう」
たくさん咲いているフレリアの花を摘み取る。私も1輪ほど貰った。
目当ての花を見つけられたのかリーゼロッテちゃんはホクホク顔だ。
「上手く香水ができたら、フレリアの花を栽培したいのよ。このガーデンは特殊な加護があるから、上手く育っているけど、私の庭で育てられるかどうか……」
リーゼロッテちゃんは何やら難しそうなことをブツブツ呟いている。
が、何かを閃いたのかぱっと顔を明るくした。
「じゃあそろそろ昼ご飯の時間だし、帰りましょうか」
リーゼロッテちゃんが背を向けた時、茂みがぴかっと光った。そして禍々しい見た目をした魔物が出てきた。
ーー「ブラックファロー」が現れました。強制的に戦闘に移行します。