第5話 誘いのスライム(下)
咄嗟に、私は右手に持っていた杖を降って、魔法をクルーシャにぶつけた。
「きゃっ!」
クルーシャは吹き飛ばされ、その衝撃でか意識を失ったようだ。とにかく逃げよう。そう思って走り出そうとすると、その先にいた誘いのスライムがこちらをじっと見ていた。
どうしよう。いや逃げる。私は誘いのスライムもクルーシャもいない方向へと走り出した。整備されていない道無き道なので、すごく進みづらいけど、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
はあはあはあ。もう大丈夫かな? 今のが私の全力疾走なんだけど。
しばらく走って、後ろを振り返ると、誘いのスライムといつの間にか復活したクルーシャがいた。クルーシャは誘いのスライムに操られているのか虚ろな目をしている。これ以上逃げ続けるのは私の体力的にも足的にも厳しそうだ。
私は誘いのスライムとクルーシャ目掛けて、スキル【破滅の旋律】を発動した。
地面から無数の音符が湧き出てきてそれらがスライムとクルーシャに命中する。
お願い効いて!
私の祈りが届いたのか、どうやら私の呪いは利いているようだ。良かった、スライムのHPバーは徐々に減っている。でもこれHP50%までしか削れないのよね。なんとかしないと。
誘いのスライムとクルーシャに鑑定を使ってステータス画面を見る。
シルバースライム Lv12
スキル 洗脳 呪い 溶解 幻術
称号 洗脳スライム ???
クルーシャ Lv3
スキル 農業
状態異常 洗脳
とりあえず、クルーシャはそんなに強くなさそうだし、誘いのスライムから倒した方がいいよね。私の呪いでHPが50%になったら一気に魔法を叩きつけて倒そう。
呪いとか幻術がどの範囲に入るとだめなのか鑑定してみたけど、近付くとダメとしか書いてないのでどのくらいの距離感になるのか分からない。
距離を取らなきゃ。私はまた小走りで逃げる。向こうは私の呪いで弱ってるはずだし、このスピードでも距離はとれるはず。体力を使い切りたくないし。
はあはあ……。
ある程度距離をとると、私に向かって走る誘いのスライムに魔法攻撃を打った。普通のスライムで練習したお陰かちゃんと狙い通りに打てるようになっていた。
何回も杖を降って魔法攻撃をぶつける。誘いのスライムのHPバーは確実に減っている。けれど距離を取ってるからかそんなに威力は強くないので時間がかかりそうだ。
私が誘いのスライムに集中していると、近くにクルーシャが走ってきてるのが見えた。
私は今度はクルーシャに魔法攻撃をぶつける。近距離からの攻撃だったためか、僅かに後ろに吹き飛び、倒れる。
その隙に今度はこっちに接近してきた誘いのスライムに魔法攻撃をぶつける。HPバーが後僅かになった所で、誘いのスライムはさすがにヤバイと思ったのか逃げようとした。
私はもちろん逃がさない。逃げる誘いのスライムに魔法攻撃を数発打ち込むと、誘いのスライムを倒せた。
ーーオンリークエスト「誘いのスライム」をクリアしました。
ーーワールドアナウンスです。アレラム村の洗脳が解けました。
ーーワールドアナウンスです。アレラム村が利用出来るようになります。
クエストクリア。思ったよりもあっさりだった。いやけっこうスライムと正気を失ったクルーシャの組み合わせは怖かったけど。
アレラム村ってのがクルーシャに来てっていわれた村だよね。私は村行かないでスライム倒しちゃったけど、本来は村に行くべきで、行ったらなんかあったのかもね? まあクリア出来たから結果オーライってことでいいかな。
オンリークエストをクリアしたお陰か、レベルが6に上がって、なんかアイテムもドロップしたっぽい。その中にはSR以上確定ガチャチケットもあった。後カルマ値も上がった?
クルーシャの方を確認すると、ゆっくりと起き上がってこちらを見ていた。その目に先程までのような虚ろさはなく、目には光があった。
「私は誘いのスライムに操られて……。ご迷惑をおかけして本当にすいませんでした。それから洗脳を解いてくださりありがとうございました、冒険者の方」
彼女は申し訳なさそうな顔で謝罪と感謝を述べた後、何かを差し出した。
「これはお金と誘いのスライムの隠れ家の地図です。もしかすると宝物が眠っているかもしれません……。ごめんなさい他にお礼ができるものがなくて。もし困ったことがあれば、いつでもアレラム村にいらしてください。きっと貴方様のお力になりますので」
「あの、あの誘いのスライムはなんだったんですか? 結局」
「私にも分かりません、ただ分かっているのはあのスライムが夜の使徒のものだということくらいで」
「夜の使徒? なんですか? それ」
「夜の使徒というのは、世界中で活動している犯罪組織で、洗脳や呪いといった研究をしたり、世界を滅ぼうとしてるとか操ろうとしてるとかなんとか。詳しいことは分かりませんけど。あの誘いのスライムは夜の使徒の1人、十六夜のペットだと、十六夜に捨てられたとか言っているのを聞いたことがあります」
「聞いた? あのスライムと話したんですか?」
「スライムの言葉は分かりませんよ。ただ洗脳されている時に、スライムに直接頭に語りかけられたことがあって、その時にそんなことを聞いたのです」
「そうですか……。有力な情報をありがとうございます」
「いえ、では私はこれで、いつでもアレラム村にいらしてください。貴方様に祝福があらんことを」
クルーシャはそう言って立ち去って言った。
夜の使徒ねぇ。世界で活動していて、その組織の一員の十六夜に捨てられたスライムがオンリークエストのボスになっている。これは夜の使徒にも何かあるんだろうなあ。何があるのかまではさっぱりだけど!
空を見上げると、いつの間にか日が沈みかけていた。真っ暗になる前には帰らないと。この世界に来たのは、この世界の時間で昼前だ。半日近くこの世界にいたんだなあと思うと感慨深いものがある。
私は早足で、元来た道を引き返そうとして気付いた。元来た道が分からない。誘いのスライムとクルーシャに追われて必死で逃げてたからね。道を憶える心のゆとりはなかった。
あっちの方から逃げてきた気はするんだけど……。何回か曲がったり隠れたりしたから真っ直ぐ進んでも着かないだろう。
どうしたものかなあ。地図だなんて便利なものは……。ん、そう言えばクルーシャにスライムの隠れ家の他図を貰った。その地図に町の場所とか乗ってないかな。
地図を取り出して開くと、ラッキーなことに隠れ家の場所やアレラム村の位置、始まりの町の位置だけでなく、目印も書かれていた。
地図の目印にある、大きな岩って多分ここにある大きな岩のことだと思うんだよね。それから少し行った先にあるのは祈りの木、これがスライムがお祈りをしてきた木っぽい。これなら街へ帰れそうだ。
ここからならぶっちゃけスライムの隠れ家に行った方が近そうな気はするけど……。何があるかわかんないし、安全な町に行った方がいいよね。
地図を見ながら、道無き道を進む。もちろん周囲も警戒しながら。本来とはかなり違う地図の使い方をしているのだが、残念ながらそれにツッコむものはここにはいなかった。
隠れ家にはまた明日か今度か、装備を整えてから行くつもりだ。どんなお宝が眠っているのか気になるし。
グルルル
狼の遠吠えのようなものが聞こえてきた。これはけっこう近そうね。私は戦いの準備を整える。鳴き声的には一体しかいなさそうだし、戦えるだろう。
杖を構えて、狼が近付いて来るのを待つ。狼の姿が見えるとすぐに魔法攻撃を何発も叩き込む。狼は簡単にそれで倒せた。私は今誘いのスライムを倒したおかげで、レベル6だからね。このあたりの魔物には大体勝てるという仮定は間違いではなかった。
その後も狼やスライムが襲ってきたけど、群れはいなかったので、楽々倒せた。ここの狼って夜行性なのかな。昼間は全然見なかったのに、暗くなってからめっちゃみる。
歩いているうちに辺りはけっこう暗くなってきた。道は歩きづらいし、地図見ながらだし、戦いながらだからどうしても時間がかかる。これ帰ったら泊まる宿も探さないと。今の時間から泊まれる宿ってあるかな。
そんなことを考えながら歩いていると、食事中の狼の群れに遭遇した。狼は3体。早く帰ることに気を取られて、周囲の警戒心を怠っていた。もっと警戒してれば、この戦闘は避けれたかもしれない。狼は食事の品数が増えた、とでも言いたげな顔でこちらを見ている。私の見た目が弱そうだからか、余裕そうな顔。
私は【破滅の旋律】を使って、狼を呪い状態にする。狼が少し苦しそうにする。その隙を見逃さず、魔法を何発も打ち込む。一体ずつ確実にね。
狼のレベルが低いのか、数発打ったら倒せた。狼三体を倒すと私のレベルは7に上がった。
もうこの森の魔物は私の敵じゃないかもね。狼のドロップ品を確認しながら思う。ギフトと精霊の種族の特徴のおかげで、私の魔法攻撃力はかなり高い。もし私にこれらの恩恵がなければ、狼の群れやシルバースライムを倒せることは出来なかっただろう。最初のギフト運の良さに感謝した。
狼3体と出会った後は、魔物と出くわさなかった。空が真っ暗になる頃、ようやく始まりの町に帰ってきたのだった。