第4話 誘いのスライム(上)
私は気を取り直してギルドを出ると、真っ直ぐに始まりの森へ向かうことにした。なるべく早めにレベルを上げて、強くなりたい。もう森にでてるプレイヤーもいるみたいだし、あんまり差をつけられたくない。
街をでると、魔物も出るし、警戒しないとね。私は中世ヨーロッパのような色鮮やかな街並みを楽しみながら歩いているとすぐに森に着いた。
始まりの森と呼ばれるその森は、生い茂る木々、どこまでも続く緑。まるで何かの物語の中に出てきそうな綺麗な森だった。
さっそく森に足を踏み入れる。森と言っても、歩くところは多少整備されていたので、めっちゃ歩きにくいという感じはしない。街に比べれば道はけっこうガタガタしてるけどね。
周囲を警戒しながら歩いていると、スライムが出てきた。スライムとかはけっこう可愛いのが多いけど、このゲームのスライムは可愛くはなかった。むしろ少し気持ち悪いかも。
スライムに気付かれないように、スライムのステータスを鑑定するとこんな感じだった。
スライム Lv1
スキル 溶解
うん、こういっちゃなんだけど普通に弱そう。まあ弱そうだけど、先手必勝。攻撃される前に倒したいな。
私はさっそく通常攻撃を放つために杖をふる。
えいっ!
紫っぽい光がスライムの方へ飛んでいく。……が、当たらない。けっこう難しいな、これ。幸いにもスライムは私に気付いている様子はない。私は少しスライムに近付いて、今度は集中して、杖をふる。
すると今度は私の放った魔法が見事にスライムに命中して、スライムはアイテムやマルを落として、消滅した。経験値も手に入った。
一撃だった。けっこう呆気なかったね。
この調子で、スライム倒してって、レベル上げしよっと。レベルを上げないと強い魔物には適わないだろうしね。スライムは一撃で倒せたし、そんなにこのエリアに危険はないかなあ。
そう判断した私はレベル上げをしたかったので、奥の方へ進んでいく。スライムを倒しながら。10数体ものスライムを倒すとようやくレベルが2に上がった。レベルが上がるとステータスポイントも貰えたけど一旦保留。ステータスポイントの割り振りは街でも出来るしね。
暗くなる前には引き返した方が良さそうね。
奥へ行けば行くほど、道はなんか歩きにくく、薄暗く気味悪くなっていく。
今のところ魔物はスライムくらいしか見ていない。後見かけたものといえばプレイヤーくらいだ。プレイヤーっていっても数人を見かけたりすれ違ったりしたくらいだけど。
スライムを倒しながら進んでいると、これまでとは少し違う色のスライムを見つけた。これまでのスライムは黄色のスライムだったんだけど、今目の前にいるスライムは銀色に光輝いていた。もしかしてレアなやつなのでは。
私は木の影からそっと様子を伺う。なんか木に向かって目を閉じて、手を合わせていた。お祈りでもしてるの……?
「БГЖИКЛЦ……」
スライムが何か言っているぽいけど、何を言っているのか分からない。喋るスライムなんて初めてだ。私はその様子をしばらく観察していた。
が、いっこうに手を合わせたまま動く気配がない。あ、そういえば鑑定眼があるじゃん。鑑定眼の存在を思い出した私は鑑定しようとした。
その時、
ーーオンリークエスト「誘いのスライム」を受けますか?
ーーYes or No?
システムから声が聞こえた。
オンリークエストを受けるかどうか私の意思が問われている。正直迷う。このオンリークエストがどんなものか分からないし、私のこのレベルで受けて大丈夫なクエストなのかな。
誘いのスライムってことはこのスライムに何か関係があるんだろうけど……。
ーーオンリークエスト「誘いのスライム」を受注します。
しばらく迷っていると受けることにされてしまった。これNoを選ばないと、勝手にクエスト受けるシステムなの? 今後の教訓にしよう。
オンリークエストってよく分からないんだけど、どう進めるのだろう。受けた以上は何とかクリアするしかない。慎重に行かないと。
「あなた様は冒険者でいらっしゃいますか?」
茶髪にそばかすの出来た気弱そうな女の子に声を掛けられた。君いつからそこにいたの? その女の子はNPCだった。ちなみにNPCかプレイヤーかは何となく分かるようになってて、見たらすぐに分かる。
冒険者ギルドに登録出来なかったので、冒険者ではないのだが、冒険者だって言った方が都合が良さそうな予感がする。
「はいそうですが、あなたは?」
「私はクルーシャと言います。あなたが冒険者であるならばお願いがあるのです。とりあえず私達の村へ来ていただけないでしょうか?」
「お願いと言うのは何なんでしょうか?」
クエスト内容を早めに知っておきたいので、私は尋ねた。
「あのスライムを倒していただきたいのです」
「うーん、あのスライムって普通のスライムじゃないですよね?」
「はい、あのスライムは人を惑わせる力をもつ特殊なスライムです。私達は誘いのスライムと読んでいます。詳しいことは村へ行ってから説明します」
すごい。NPCなのに生きている人間みたいに会話が出来ていることに感動した。食堂でもNPCと多少話はしたけど、注文したりお金払ったりのやり取りでそんなに人間らしいやり取りもしなかったし。これが実質的なNPCとの初会話だ。
誘いのスライム。オンリークエスト名にもなっていた。あのスライムを倒したらクリアってことかな? それならオンリークエストって呼ばれてる割にはシンプルすぎる気がするけど。それとも誘いのスライムが強いのかな。人を惑わせるとか言ってたし……。
「分かりました。村まで案内してください」
そう言うとクルーシャは「こっちです」と手招きしながら歩き始める。スライムを横切りながら。
いいんですかね? 誘いのスライムを横切っても。危険なんじゃ? 私は少し怖かったので、遠回りして、クルーシャに追いつく。
前を歩くクルーシャに疑問をぶつける。
「あのスライム危険なんじゃないですか? 近付いても大丈夫なんです?」
「ああ……。あのスライムはこちらから何もしなければ大丈夫なのですが、不用意に攻撃すると、幻術にかけられて操られて、最後には呪い殺されてしまうので、簡単に倒せないのです」
ええ……。物騒すぎない? 私にはやっぱり無理な気がしてきたんだけど。今からクエスト破棄出来ないかな? 私のこの低レベルでいけるのか不安になってきた。本来ならもっとレベルが上がってから受けるべきクエストではないだろうか。このクエストを受注出来るここは、森のけっこう深い所だし。
話してる途中に申し訳ないけど、ヘルプでクエストの破棄につい見てみる。フィールド上で受けたオンリークエストは基本的には破棄したら二度とクエストを受けられなくなるだけで、プレイヤーにペナルティとかはないらしい。
私は心の中で、命大事と二度とこのオンリークエストを受けられないということを天秤にかける。天秤は命大事のほうに傾いていた。
「あの、やっぱり私にはちょっと倒すの厳しいかもしれないです」
「そんなお願いします! あのスライムを倒さなければ私達の村は……。とにかく村に来てください! 村の人達と協力して倒してくださればいいので」
強引に私の手をとり、村へ連れていこうとするクルーシャ。私達がけっこう騒いでいるのにあのスライムはこっちに気付く気配はない。
逃げるなら今がチャンス。村の皆さんで頑張ってください。私は立ち去らせてもらおう。
「村の戦士さん達強いですし、そんなに怖がらなくても大丈夫だと思います」
村の戦士さん達が強いなら村の戦士とやらだけで倒せばいいのでは? てかこちらから何もしなければ大丈夫なら、そもそも倒さなくていいんじゃ。なんか胡散臭くなってきた。
この女の子何とかして私を村へ連れてこうとしてない? オンリークエストがただスライムを倒すだけとは思えないし、なんかあると思うんだけど。
「力になれなくてごめんなさい。私には荷が重そうです。他の冒険者に頼んでください」
そう言ってこの場を去ろうとすると、クルーシャはすごい勢いで私の腕を掴んだ。え、なになに。
「村へ来なさい。あの方のために……」
声も目も虚ろになったクルーシャ。すごい勢いで私を村の方向へ引っ張る。すさまじい豹変ぶりだ。私は慌ててその手を振り払おうとしたが、力が強くてほどけない。