第133話 落とし穴
「アナちゃん? どうしたの? 急に早足になって」
「なんかここ、気味が悪いんだよねーー」
私はぽつりとそう零した。
「そーー? やっぱりこの像のせい??」
そう言いながらルージュちゃんは像に触れた。その時、何だかすごく体がぞわっとした。蛇に睨みつけられているような感覚……。
私が軽く体を震わせていると、ルージュちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「アナちゃん、具合悪いの?」
「この像気味悪いし、早く離れたいかも。なんかゾワゾワするんだよね」
「ならとっとと離れよ」
私の意を汲んでくれたのか、皆も私に合わせて早足になる。そんな時、歩いている私の背後から声が聞こえた気がした。
「もう行っちゃうの? 私と遊んでよ」
明るくはっきりとした女の子の声。どこかその声は寂しげだった。気になった私は恐る恐る振り返るも、誰もいなかった。一体何なのよ……。
「アナさん? さっきから様子が可笑しいですよ……」
「なんか声が聞こえた気がした」
「アナにだけ聞こえる声? そのアウスとやらの仲間なのかしら?」
あー、私だけに声が聞こえるのはアウスのせい? まあアウスも私だけに聞こえてるしな。私にだけ聞こえるという意味では同じだよね……。
《失礼だね。僕は多分無関係だよ》
《多分ってなんだし》
私は少し不機嫌になりながらも、ささくさとその場を離れる。皆も慌てたように早足で私の後を続いて歩く。
像から距離を取ると、嫌な気配は感じなくなった。そこで私は歩くスピードを緩め、ほっと息を吐く。
「不気味な感じはなくなったっぽいね? アナちゃん」
「うん、もう大丈夫。お騒がせしてごめんね。多分、あの像が犯人だと思う」
あの像のあの嫌な感じは気になるけど、嫌な思いをしてまで突き詰めたくはない。今回の目的は光の精霊に会って、話をすることである。
ここで、無駄なエネルギーを消費するのはやめよう。
「昔の像っぽいし、怨霊みたいなのが宿ってたのかもよ?」
「そーかも。気を取り直していこ、光の精霊に貰った導きの石は強く光ってるし、この近くにいるってことだと思うんだよね」
導きの石は眩く光っていた。何だか強いエネルギーを感じる。導きの石を持っていると安心する……。特に嫌な感じをした後だし。
《そうだね。かなり近い。それと、彼女がいる場所は危険な場所だと思うから、慎重にね》
《うん》
前も光の精霊のいた場所は危険だったし、気を付けないと。
私達の前に広がっている丘からは神秘的な力のようなのを感じる。
一見なんの変哲もない丘なんだけど、導きの石はこの下を強く指してるんだよね。
問題はこの下へどうやって降りるかだが……。
一応鑑定してみたが、ただの丘としか表示されない。有力な情報はなしである。
「この下へどう下りるか、案がある人いる?」
私の問いかけに、意外なことにルージュちゃんが元気よく手を挙げた。
「ルージュちゃんどうぞ」
「穴を掘る! 魔力式スコップあるよ」
「何ですか? それ」
「魔力が篭ったスコップで、少しの力でたくさん穴を掘ってくれるよ」
それがあればまあ確かに下に行けそうではあるけど……。正規の方法じゃない気がする。
「ルージュちゃんのは最終手段で。他になんかある人!」
《はい》
またもや意外なところから手が挙がった。姿は見えないから、手は見えないんだけどね。なんて思いながら、意見を聞く。
《どうぞ》
《この丘を隈なく探しなよ。ふとしたところに、何か手がかりがあるだろうからさ。丘だけじゃなく、周囲とかね》
意外なことにめちゃめちゃまともかつ最もな意見である。
「アウスからの意見。くまなく手がかりを探せってさ。とりあえずなんか探してみるか」
そんなこんなで、私達は丘を捜索しようとした。が、じっくり捜索する必要はなさそうだ。
少し丘を進むと、立て看板があり、こう書かれていた。
「この下落とし穴」と。
多分そのまんまの意味なんだろう。この看板が、この下が落とし穴になってるから気を付けろという親切心から出来たものなのかは分からないが……。
「落ちれば、光の精霊に会えるってことかしら?」
「そうだね。普通にこの上に乗ればいいのかな」
少し怖いが、この上に乗ってみるのもありではないだろうか。落とし穴に落ちて、死亡なんてことはないはずだ。
「そうですけど、怖いですよね。落とし穴に注意なんて書いてますし。下に何があるか分かりませんし」
普通のプレイヤーなら、こんな落とし穴はスルーするのだろう。しかし、私は好奇心旺盛なプレイヤーであるうえに、この下にいる光の精霊に用事があるときた。
落ちないという選択肢はあってないようなものだ。しかし、茶々さんとルージュちゃんは少し渋っていた。
「うーん、なら私が言い出しっぺとして責任を持って安全か確かめてくるよ」
「えー、アナちゃん危ないよ」
「大丈夫だよ。身代わり精霊がいるし」
「あ、そっか。ダメージ肩代わりして貰えるのか。それでも危なそうだけど……」
怖気付いているルージュちゃんを安心させるように笑いかける。
何とかなるだろう。身代わり精霊もいるし。落とし穴から落ちても落ちた衝撃のダメージを受けることはない。
下に魔物がいても、地下の森ランクの魔物なら群れで来ても1人で対応出来る。最悪姿を消すアイテムでも使えば逃げきれるし。
「『身代わり精霊召喚』私を守って」
身代わり精霊を召喚すると私は躊躇せずに、落とし穴と書かれた場所へと足を一気に踏み込んだ。
するとバラエティ番組なんかの落とし穴であるようにずぼっと床が抜け、体が浮く。この落とし穴は、バラエティ番組より深いけど。
私はすぐに下へと着地した。って冷た……。え、水の中?
このひんやりとした感覚はどう考えても水である。辺りを見回すと、一面に湖が広がっていた。
下はギリギリ足がつくくらいの深さなので、歩いて移動できそうである。
前も光の精霊は湖みたいなところにいたし、湖が好きなのかな。てそんなこと考えている場合じゃない。連絡しなきゃ。
私はルージュちゃんに電話をかけた。
「アナちゃん、大丈夫だった??」
「うん、下は湖だし、そんな高さもないし、落ちても大丈夫。魔物とかもいないよ」
「ならそっち行くね」
その言葉通り、ルージュちゃん達は電話を切ると、すぐに落ちてきたようだ。
3人の人影がばしゃっと大きな音を立てて、着水する。その時に水しぶきが跳ねた。
「本当に何ともなかったね。私が疑いすぎだったよ」
「いや、疑うのが普通だよ。何はともあれ進もう」
私達は湖を進み始めた。歩けるが、泳いだ方が早いので、泳いで移動する。
湖は神秘的で、クリスタルのようなものが天井から生えていたり、水が透き通っていたりした。
《近い。すごく近いよ。ああ……オブリア……》
どこかぼーっとしたような声で、アウスが語りかけてくる。今にも詩でも歌い始めそうな口調である。
なんと返せばいいのか分からなかったので、スルーさせてもらう。
しばらく進めば、まあいつものやつといっていいのか、当然といっていいのか、クリスタルみたいな見た目の魔物が現れた。
その魔物は光り輝いていた。この魔物からクリスタルとかドロップしたら、高値で売れそうだね??
多分光ってるしこいつがボス魔物だろう。そんな適当な推測を立てる。
クリスタライヤLv250
スキル 光の導き ホーリーヒール シャインブレイク 鋼のクリスタル クリスタエルダー
今まで見てきた魔物で1番高レベルである。でも、回復スキルを持っているし、私の反転が活かせそうだね。
私は皆にクリスタライヤの情報を伝えて、クリスタライヤと向き合った。
更新遅くなって申し訳ないです。最近リアルが立て込んでました……。リアル事情の関係で、今週と来週だけ週2更新にして、今月の12日の月曜から、週3更新に戻します。