第108話 フダライアン
走り出したのは私が1番早かったが、いつの間にかシグレとゼノンに追い抜かれていた。君達、走るの速くない?
あ、これが素の運動能力の差なのね……。
私は運動能力の差に愕然としながらも、走る足を止めなかった。
そして、やっとの思いで、私が聞いた呻き声の魔物がいる場所へ辿り着いた。
しかし、そこにいたのは魔物だけだった。あの呻き声は多分この魔物のもの。私が聞いたもう1つの声の持ち主はいなくなっていた。あの声の主はもうここを去っちゃったんだね。
私は少し落胆した。けれど声の主のことを考える前にすることがある。
私は肩で息をしながら、魔物の方を見上げた。
この魔物からは強い狂気を感じる。何だか禍々しくて本当に嫌な感じ。
魔物は雄叫びを上げながら私達に迫ってくる。
フダライアンLv155
スキル 毒ガス 夜吸 毒砲 ポイズンマナ
状態異常 狂化 夜狂
私が魔物を鑑定すると、敵の毒スキルがフダラの毒だと分かる。
「敵はフダラの毒系の遠距離攻撃スキルを何個か持ってるよ。夜狂の状態異常もある」
私は皆に敵のスキルを伝えつつ、戦闘体勢に入る。フダラの毒ガスはこの魔物の仕業だったのね。
フダラの毒ガスの解毒剤は私達は皆持っているし、毒はどうとでもなる。
普通にやれば倒せるだろうけど、かなり凶暴化しているから、破壊力がすごそうである。慎重にいこう。
「【破滅の旋律】」
相変わらず私の初手はこのスキルである。毎回このパターンだけど、このスキルは便利なんだよね。時間はかかるけど、敵のHPは確実に半分になるから。
このスキルが決まれば、私のお仕事は半分終わり感があるね。
ゼノンが大剣を奮い、シグレと茶々さんの刀が炸裂する。ルージュちゃんの爆弾、マロンちゃんのライフル、私の呪いを受けて、すぐに敵のHPを削りきった。
正直余裕だった。
しかし、私達が魔物を倒したと思ったら、また次の魔物が現れた。またもやフダライアンである。
「さっきのフダライアンと同じスキルだよ」
「把握だ。……。まだ何体か来るぞ」
シグレのそう言われ、前方に目を向けると、こっちに走ってくる無数の魔物の影が見えた。
これは数体なんてレベルじゃない……。
「【反転(呪)】[カース召喚]」
何十体とかそういうレベルだ。こんなに多くの魔物に襲われるのは初めてかもしれない。私はユニークスキルを発動する。出し惜しみして居られないもんね。
「[爆裂ウィンク]」
「[物点予測]」
「[花紅柳緑]」
皆もユニークスキルを発動した。シグレとゼノンも。この2人のユニークスキルは気になるが、今は呑気に観察している余裕がない。
「[我電風雷]」
「[疾風之導き]」
「【呪い】『呪い精霊王召喚』『呪い精霊召喚』『闇精霊の導き』」
数で勝負するために、たくさんの精霊を召喚する。
私は精霊たちに戦わせつつ、回復スキルやデバフスキルを使っていた。
特に全線3人組はダメージをけっこう受けている。こんなに多くの魔物に囲まれて、ダメージを受けないなんて難しいもんね……。
「【アラウンドヒール】」
私は回復スキルを使う。特に前衛組を重点的に回復する。
ゼノンは体に雷を纏わせて魔物を蹴散らしていく。魔物は大ダメージを受けているけど、如何せん魔物の数が多すぎてキリがなさそう。
シグレのユニークスキルは多分スピードを上げる系だろう。速度が格段に上がっており、猛スピードで敵を蹴散らしていく。
私のカースちゃんは私達後衛組に魔物が来ないようにしながらも、一体ずつ確実に魔物を仕留めている。
「【カルタフィルスの呪い】」
このスキルで、HPが残り僅かとなった敵の4分の1か5分の1くらいを倒した。
レベルは何段階か上がっている気がするが、今確認する余裕はない。てかレベルが上がると、HP回復するんだね、今更だけど。
私達の猛攻撃で、敵は半分くらいに減ってきた。あともう少し……。
そう思った時、敵の後ろから足音と呻き声が聞こえた。
まさか……。
嘘であってほしいと思ったが、紛れもない現実だった。後ろからさらに多くの魔物が現れたのだ。
一体一体は大したことがないとはいえ、数が多い。これはけっこうやばいかも?
私がこのゲームをしていて、こんなに危機意識を感じたのは初めてだった。
でも怯えちゃダメだ。ここで勝たないと……。
私は自分を奮いたたせ、いくつものスキルを発動する。
「【破滅の旋律】【黒魔法】」
これ以上続くと、反転の効果時間が切れそうだから、ユニークスキルを止めないといけなくなる……。
他の皆もそろそろユニークスキルの効果が切れるんじゃないだろうか。無限に使えるユニークスキルなんて存在しない。
藁人形も一体ずつしか倒せないし、敵の部位を拾ってる余裕もないし、どうしたらいいんだろう。
私が考えている間にも、反転の効果がきれたので、ユニークスキルを止めた。反転のクールタイムが復活するまで、ユニークスキルは使えない。
「『呪い精霊王召喚』『呪い精霊召喚』『闇精霊の導き』」
精霊達を召喚し、魔法を打ちながら、これからどうするか考えていた。
何かアイテムに頼るとか……? なんかあったかな、いいアイテム。私は戦闘をしながらも、意識はアイテムの方に向いていた。
アイテムボックスを開いて探す余裕はないので、持っているアイテムを一つ一つ思い出していた。
強いアイテムは大体覚えている。
この状況で使えそうなのは……。単純に攻撃力や防御力をあげるアイテム? いやそんなの使ったところで、そこまで変わりはなさそう。
もし逃げるなら、私達の姿を透明にするアイテムを使うしかない。これは最終手段なのであまりとりたくはないが……。
うーん、他になんかなかったっけ。私は必死で頭を捻る。
そして、あるアイテムの存在を思い出した。それは広範囲の魔物のHPを全回復するアイテムである。
かなりレアなアイテムだから出し惜しみしていたんだけど……。
この際仕方ない。このアイテムならここから使っても私達を囲む全ての魔物に届くだろう。
反転のクールタイムが回復したら、一気に反転とこの回復アイテムを使う……。それしかない。
本来はサモナーとかが自分の魔物を回復するのに使うんだろうけどね。私のはかなり特殊な使い方である。
私はとりあえず、クールタイムが回復するまでは皆の支援に回る。回復したりとか、敵の防御力を下げたりとか。
そして、反転のクールタイムが回復した。私は一気に決めるべく行動に移す。
「【反転(呪)】」
そして、私は魔物専用の回復アイテムを思いっきり投げて使った。このアイテムを広範囲すべての魔物に設定したから、敵の回復効果は呪い効果に変わり、全滅するはず。
私の作戦は上手くいった。全ての魔物は私の反転と回復薬で、全滅した。もう援護も来そうにない。
やった、全部倒したよ……。
「魔物が全部いなくなった……? アナちゃんの反転と回復薬のおかげか」
私は危機を退けたという現実感が湧き、ほっと息を吐いた。
他の皆も安堵したように床へと座り込んだり、壁にもたれかかって、お茶に手を伸ばしたりする。
「今回の戦いはきつかったわね……」
「貴様の反転と回復薬のお陰だな。礼を言う」
「何とかなって良かったよ。私も咄嗟に閃いたんだけどね」
たくさんの魔物を倒した私のレベルはなんと163にまで上がっていた。100体近くの魔物を倒したかいがあったよ。
「アナちゃんの反転のスキルは本当に便利だね。使いどころによっては最強のスキルなんじゃないかい?」
ゼノンは羨ましそうな顔でこちらを見つめる。
そう、ゼノンの言う通り私の反転は上手く使えば、一撃で何人もの敵を倒すことが出来る。最強のスキルと言えるかもしれない。今回の戦いで反転の便利さをひしひしと痛感した。反転がなかったらやばかったかもしれない。