番外編 とあるクノイチの受難
まだ日が昇る前、私こと茶月伊織は居合道の稽古に励んでいた。
居合道の師範である私の祖父は、日々精進という、如何にもな陳腐な目標を大切にしており、毎朝の鍛錬が必須だと私に何度も説いていたのは鮮明な記憶である。
居合道の稽古は好きだ。居合道をするのは楽しい。けれど、私には1つ居合道に関する悩みがあった。
それは祖父との関係だ。
この前偶然聞いてしまったが、祖父は私に居合道の道場を継がせる気はないらしい。私が女だからと言っていた。
私はそれに納得出来なかった。女だから何? そんなの関係ないでしょう。
私は居合道も居合道の道場も大好きで、この居合道を継ぐ気でいた。
私の技も美しいと言われており、段位も順当に上がっていっていたのに、どうして。
それ以来祖父との仲は悪化していった。
私は心の中の苛立ちを解消するように刀を振るった。こんな風に居合道に取り組むことは良くないことだと分かっていたけれど、冷静にはなれなかった。
そして、学校に行く時間が来ると、いつも通り学校へ行く。
私は学校というものがあまり好きではない。私は人と話すのが得意ではないし、勉強が好きなわけでもない。正直居合道以外に興味はなかった。
同級生には、私が居合道の師範の孫なのもあって、恐れられているというか、敬遠されていた。
「ねぇねぇ、知ってる? 『doom online』ってアプリがβテストの参加者募ってるの」
「知ってるよ! 色んな職業があるんだよね? クノイチとかサモナーとか」
「そうそう! 楽しそうだよねーー」
私が休み時間にうとうとしていた時だった。そんなクラスメイト達の楽しそうな会話を耳にした。そこで何となくゲームというものに興味を持った。
ゲームは時々、父親の趣味の古いゲームとかをしたりしていたけど、今のゲームというのも面白いのかな、なんて思った。
ストレスを居合道にぶつけるのは良くない気がする。ゲームでもしてみようかな。
そう思い、私は『doom online』のβテストに応募した。なんで『doom online』だったのかというと、深い意味はない。面白そうと言われていたからという理由だけだった。
それから少しした後、私と祖父の関係は微妙なままだった。そして、私は倍率の高い『doom online』のβテストに当選した。
当選した私はさっそく『doom online』を始めた。すると驚きべきことが起こった。
『doom online』を起動すると、私は自室にいたはずが、いつの間にか白い空間にいた。ここはどこなんだろう。
さっきまで自室でスマートフォンを弄っていたはず。誘拐? でも人の気配なんて全くしなかった。
警戒しつつも、私はいつも持っていた稽古用の刀に手を伸ばそうとした。しかし、刀が部屋にあることを思い出し、私は素手のまま構えをとる。
「すごい警戒心じゃの」
驚いたことに、私の前に現れたのは老人だった。
そして、その老人は神と名乗り、『doom online』についての説明を始めた。
私はどうやらとんでもないことに巻き込まれたようだ。けれど、悪くはないのかもしれない。魔物との戦いとやらも私の居合道を生かせるだろう。
それに、ゲームの世界にいれば、しばらくは祖父とも顔を合わせずに済む。
「ではチュートリアルに従って進めてくれ」
私があれこれ思案しているうちに、神とやらは消えてしまった。
私は言われるがままに、チュートリアルというのを進めてみる。
名前、種族、職業などを決めていく。名前は和風っぽく、自分の苗字からとって、茶々にした。
種族はよく分からないので、人間のままだ。職業は、刀を使うものがいいと思い、クノイチを選んだ。
私は細かな設定をし、ゲームの世界に降り立った。体がふわりと浮き、気が付くとヨーロッパのような街並みが広がる通りにいた。そこはまるで別世界のようだった。
辺りを見回す。やはりそこはヨーロッパのような異国情緒溢れる街並みだった。私はせっかくなので、ゲームを楽しむことにした。
私はクノイチらしく、和風な服装にし、自分のことを拙者と読んだ。形から入ることは大事でしょう。
私は刀を使い、色んなクエストをクリアし、魔物を倒していった。
現実では、人はもちろん他の生物に刀を向けることはなかった。けれど、この世界では楽々と刀で魔物を倒せた。
1人が気楽だった私はソロプレイヤーとして活躍していた。1人でクリア出来ないクエストは野良パーティを組めばいいし、ソロでも支障はない。
むしろ仲間を作ることなんて、煩わしいと思っていた。
そんなある日のこと、私は『呪いの遺跡』のクエストチケットを手に入れた。このクエストは1人でクリアするより、何人かで挑んだ方がいいと判断し、野良パーティを募集した。
ここでの出会いが私の運命を大きく変えていく。