葉桜が見ていた約束
こちらは遥彼方さま、「夏祭りと君」企画の参加作品となっております。
「隆行くん、進路決めた?」
茉梨子は放課後になると、隆行の机にすっ飛んでいき問い詰めた。
「笹川さん、突然どうしたの?」
「いいから、教えて」
「M高だよ」
「M高っ! M高!? ……M高…………」
肩をがっくりと落とした茉莉子が、トボトボとその場を立ち去る。残された隆行は1人呟いた。
「なんなんだよ、あいつは」
それを見ていた晃一が、隆行の背中をひっぱたく。
「隆行ぃー、こういうときは女を追いかけるもんだろ?」
「何言ってんだよ、今のどこに追いかける要素がある?」
「はぁー、これだから家族に姉妹がいないヤツは。いいから追いかけて、来週の祭りにでも誘えって! ホラ、早くっ」
「えっ、だってその日は大会じゃん! 今日だって部活があるし……」
「いいから、いけって!! 部活の顧問にはお前は遅れるって言っとくから!!」
「お、おう……」
隆行は頭の中に数えきれないクエスチョンマークを浮かべながら、通学バッグを掴むと小走りに教室を出ていった。晃一はその様子を見送り、やれやれといった体で、自分も鞄と部活のテニスラケットのケース(これは隆行の分も)を提げ、教室をあとにした。
「笹川さん、ちょっと待って!」
隆行は下駄箱で、やっと茉梨子に追いついた。そんな二人を周りの生徒たちは、興味津々で見つめる。はやし立てる声や口笛に、隆行の声が上ずる。
「あー、ここじゃあれだから、ちょっとついてきて」
慌てながらも言葉を選ぶ。こんなとこで「○○に付き合って」などと言おうものなら、その後の二人がどうであれ、何を言われるかは簡単に想像ができる。
「……」
茉梨子は黙ったまま外靴をしまい、上履きに履き直した。それを見た外野は尚更盛り上がり、こそこそと噂話をしながら二人を見送った。
「……」
「……」
人気の無い渡り廊下にたどり着き、立ち止まり、向かい合わせにはなったものの何をどう話したら良いのか分からず、隆行は沈黙に耐えられずに心の中で晃一を悪者にした。
「……あの、」
静寂を破ったのは茉梨子だった。
「うん?」
「えっと、第一志望がM高なんだよね? はああー、男子校かぁーー……」
「ああ、そのこと。テニスの強豪校なんだよ。オレ、小学生の頃から家の近所のテニススクールに入ってたから、やっぱ続けたくてさ。親もずっとサポートしてくれてるし、頑張っていきたいんだ」
「まあ、有名選手ほどにはなれないだろうけどさ」、と隆行は続けながら、照れ臭そうにボリボリと頭をかいた。
その様子を見ていた茉梨子と、隆行の視線が一瞬合う。茉梨子は顔を真っ赤にしてうつむく。
「えっと、ちなみに第二志望と滑り止めは……」
「第二志望はS高。滑り止めはK学院」
「うっ……」
「K学院は学校の寮に入ることになると思う。……S高はここからじゃ遠いけど、父の職場に近いから、通勤と通学の時間が合えば車に乗せて貰える。……笹川さんは?」
「いやっ! いやいやいや、……私のことはどうでもいいんですぅーーっ」
人より抜きん出た部分を持つ隆行と違って、茉梨子は特に何か打ち込めるものは持っていなかった。志望校がどれもテニスの強豪高校であったことに、志望校を訪ねた理由が邪で、ちっぽけなものであるような気がして、茉梨子は恥ずかしくなってしまったのだった。
「うん? でもさ、どこの学校に行ったって同じ中学の同級生だった、ってことは変わらないよ。記憶にも記録にも残っていくんだから」
「…………うん、そうだね」
隆行の顔を見つめ返す茉梨子の顔の目尻に、涙が一粒、夕日を受けて光った。その様子を見た隆行は、自身の胸が早鐘を打っていることに、突然気がついたのであった。時間にしては数秒だったであろうが、彼女に見惚れていたことにも。
「……やべっ! オレ部活に行かなきゃっ!!」
「あっ、忙しいのにごめんね!」
隆行は駆け出そうとして、耳に突然、晃一の言葉がよみがえってきて足を止めた。
「あのさ、あの、来週大会なんだけど、夕方には帰ってこれると思うから、そのあと良かったら一緒にお祭りに行かないか?」
早口の隆行の言葉に茉梨子は一瞬、何を言われたか分からなかったが、やがてじわじわと顔を赤く染め、その色は両耳を終着点とした。
「う、うん!!」
「じゃあ、今度待ち合わせ時間と場所を決めよう。それじゃ、また!!」
「あっ、部活がんばってね!」
「おう! さんきゅー!」
二人の爽やかな約束事を、窓の外の葉桜が見まもっていた。何だかくすぐったそうに、葉を風にそよがせていた。
ありゃ? お祭りのシーンが無かったよ……。