第9話 第二章・2 鑑定士、姫騎士様に感心する
街ではオルタの評判が急上昇中。
しかしリュークはあることに気づく――。
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「――おい、あれ見ろよ。オルタ様だぜ。……知ってるか? オルタ様の躍進ぶりを」
「ああ、冒険者になってたった二日で、EからBにランクが上がったって話だな」
「それだけじゃない。レベルもすでに47……。この分じゃ、一週間後にはSSSランクに伸し上がってんじゃないか?」
「違いないぜ。正直、最初にオルタ様が冒険者になるって聞いた時は、所詮高貴なお方の戯言と思っていたが――。いや、恐れ入った! 王族ってすげぇな!」
……そんな囁きが、さながら花で飾られたアーチのように、道の両サイドから聞こえてくる。その中に挟まれ、オルタは顔を真っ赤にしながら歩いていた。
「うぅ、恥ずかしいですっ。恥ずかしすぎて頭がオムライスになった気分ですっ」
朝、街にあるマスター支局周辺は、物資の買い出しに訪れた冒険者で賑わう。オルタもまた例に漏れず、薬やトラップブレイカーの調達に来たのだが――。
冒険者達の間に一歩踏み入るなり、このひそひそ声が四方八方から飛んでくるのだ。赤くなるなという方が無理がある。
「――しかし、人一人の力でここまで一気に強くなれるものかな。何かすごいレリックでも手に入れたんじゃないか?」
「ああ、噂じゃ《賢者の末裔》とかいうレア物を手に入れたらしい。一見ただのガラクタだが、オルタ様は王族パワーで賢者の力を引き出し、それを使ってフォリスの群れをバッタバッタと薙ぎ倒しているとか――」
「マジか! これまでリムルフじゃドーリスの野郎がのさばっていたが、これからはオルタ様の時代だな。人呼んで、《大賢者のオルタ》!」
――大賢者のオルタ!
――大賢者のオルタ!
「……って皆さん、いきなり変な名前で呼ばないでくださいっ!」
さすがに恥ずかしさで頭が沸騰し、オルタは足を止めて周囲に叫んだ。だが、ひとたび盛り上がった民衆の熱気は、当のオルタを前に治まるはずがない。
「大賢者のオルタ様! 最高です!」
「大賢者のオルタ様! サインください!」
「大賢者のオルタ様! 結婚して!」
「み、皆さん、何言ってるんですか! だいたい結婚って何ですか! そもそも今の声、女の子みたいでしたけど――って、ロミィ!」
こっそりプロポーズを混ぜてきた声の主を知り、オルタの困り顔が、少しだけふにゃッと緩んだ。
さらに、そのロミィの横に立つ人物の姿を目に留め、緩んだ表情が「むぅ~っ」と、べそをかいた子供のようになる。
……まったく、見ていて飽きないな。
ああ、もちろんロミィの横に立っている人物ってのは――俺のことだ。
「リューク! こんなところで何をしているんですか?」
オルタが急ぎ足で、俺とロミィのもとにスタスタと歩いてくる。俺は「見てのとおり買い出しさ」と答え、何か言いたげな姫様を受け流した。
まあ、嘘じゃない。事前にロミィを連れて支局に行き、そこでモーナと密談。それが済んだ後で、ついでに買い出しをしていた。そうしたら、買い物袋を抱えたオルタが顔を真っ赤にしながら一人で歩いてきた――ってのが、ここまでの流れだ。
「買い出しですか? それなら城の者に行かせましたのに」
「なに、こういうのは自分の目で吟味した方が、いい買い物ができるってもんだ。むしろオルタ、あんたこそ一人じゃないか。朝起きたら、もう城にはいなかったし――」
実はオルタと仲間になって以来、俺とロミィは彼女の計らいで、城で寝泊まりさせてもらっている。ベッドも食事も豪華で、風呂はついて、しかもただ。宿としちゃ至れり尽くせりだ。
ところが今朝起きてみると、すでにオルタはどこかへ出かけた後だった。だからこそ、今朝の密談は彼女抜きでやったわけだ。
いったいオルタは、一人で何をしていたのか。
……なるほど、そういうことか。
俺は瞬時に、あらかたを見抜いた。いや、鑑定魔術の必要はない。こういうことは、だいたいロジカルに考えれば、概ね正しい推測に辿り着ける。
しかし、この推測が正解だとすれば――。俺は改めて、オルタの評価を変える必要があるな。もちろん、いい方向に。
俺がそんなことを考えていた時だ。ふと、冒険者達のひそひそ声の調子が変わった。
「……おい、オルタ様と話してるのは何者だ?」
「確か鑑定士だとよ。横のちっこいのは……何なんだろうな、あれは」
「どのみちオルタ様に取り入ってる寄生だろ?」
「だろうな。所詮鑑定士なんて、Fランク――」
連中が、そう好き勝手に言っていた時だ。
オルタの表情が、不意に険しくなった。
「――そこのあなた達、口を慎みなさい!」
声が荒くなる。同時に、睨まれた冒険者達がビクリを身を震わせ、オルタから目を逸らした。
新米剣士とはいえ、この国の王族――。その怒りを買うことの意味は、さすがに向こうも分かっているはずだ。だが俺は、オルタを悪者にするつもりは、まったくない。
「まあまあ、怒らないでくださいな、オルタ姫」
俺は多少わざとらしく、横からオルタを宥めた。……さすがにこの恭しさは胡散臭いな、我ながら。
「りゅ、リューク?」
「寄生、そのとおり。大正解。オルタ様あっての俺さ。だから、何も俺を庇う必要なんかない。……悪いな、そこの兄ちゃん達。これからも《大賢者のオルタ》様が無双しまくる横で、俺も寄生しまくるから、よろしくな! ――さあオルタ様、城に戻りましょう」
「し、しかし――」
「――気にすんなって。俺的にはベストポジションだ」
俺は小声でオルタにそう言うと、ニヤリと笑い、「そろそろ帰ろう」と促して歩き出した。
「あたしも寄生しまくるんでよろしくー」
ロミィが俺の真似をして周りにアピールし、後から急ぎ足で付いてくるのが分かった。
「改めて、きちんと言っておいた方がいいな。――俺は目立つのが嫌いなんだ。どうにも性分でな。だから、あんたの陰にいさせてもらう。そういうことで、よろしく」
「よろしくって……いえ、リュークがそう言うのなら、分かりました」
俺に言われて、オルタはすぐに言葉を呑み込み、頷いた。
もちろん俺の真意が――俺が目立ちたくない本当の理由が伝わったわけじゃないはずだ。それでも、彼女が素直に俺の要求を呑んでくれたのは、ありがたい。
「リュークが言う以上、きちんと意味があってのことだと思いますから」
オルタはすぐに笑顔になって、そう続けた。
俺もまた、その言葉を静かな笑顔で受け止め、「すまないな」と軽く頭を下げる。
「それに、俺の悪口を止めようとしてくれたわけだからな。そこはきちんと感謝するさ。ありがとうな」
「い、いえ、当然のことをしたまでです! でも、その――そう言っていただけると、嬉しいです!」
オルタが笑顔のまま、途端に頬を紅潮させる。その胸に抱いている感情が、自動的に「視」で見えてしまうのは――やれやれ、便利なんだか厄介なんだか。
俺は素っ気なさを装って、ロミィの方へと向き直った。そちらは今、買ってきた品を絨毯の上に並べて、あれこれと吟味している真っ最中だ。
すでに俺達は、城の一室に戻っていた。
俺とロミィに宛がわれたこの寝室は、得体の知れない鑑定士とその連れを泊めるには、もったいないほどの豪勢さだ。ロミィなど、天井のシャンデリアが落ちてこないか、気になって仕方ないらしい。
「リューク、にやけてないで荷物整理手伝ってよ」
「これがにやけ顔なら、俺は常に不気味に笑ってるってことになるな」
軽口を叩いてきたロミィにそう切り返しながら、絨毯の上に胡坐をかく。ここに並んでいるものを、これから遺跡持ち込み用とストックに分けるわけだ。
冒険者には、マスターから小さな専用ポーチが支給されている。魔法技術が使われているため、だいたいどんなものでも入るが、それでも容量には限界がある。遺跡内で拾うレリックの収納も考えると、持ち込み品の取捨選択は必須だ。
……とまあ、そんな事情を踏まえた上で、俺はここでオルタに訊ねた。
「ところで――オルタ。あんたのポーチは、いったい何で満杯なんだ?」
「え、どうして分かったんですか?」
オルタが赤らんだまま、その顔を驚きの色で満たす。俺は苦笑し、答えた。
「あんたは買った物をポーチに入れずに、手に持って歩いていた。つまり、ポーチはすでにいっぱいってわけだ」
「そ、そのとおりです……。さすが、鋭いですね」
オルタはそう言うと、自分のポーチから、中身を取り出してみせた。それは、余分に買い込んだ薬草の類……などではなく。
「――やはり、レリックか」
俺は、ニヤリとほくそ笑んだ。オルタが絨毯の上に並べたのは、古めかしい武器や防具の数々――。遺跡で見つけたと思しき、複数のレリックだったからだ。
……ああ、予想どおりだ。
一人でこっそり出かけたオルタ。ただ買い物をするだけなら、それこそ城の者に任せればいい。あるいは自分で行くにしても、俺に声をかけないのはおかしい。
つまり――俺と一緒では不味い用事があったってわけだ。
「一人で潜ってみたんだな。遺跡に」
「は、はい! ……うぅ、バレバレですね」
「はは、まあな。で、どうだった?」
「第一階層だけ歩いてきました。レベルが上がっていたので、前よりはマシでしたが……」
そう言いながら、オルタが自分の剣を抜く。刃に、相変わらずネズミに齧られた痕がある。まだ善戦ってわけにはいかないか。
それでも、俺は思った。このお姫様は本気だ、と。
本気で、俺の力に頼らずとも強くなろうとしている、と。
そいつは――その想いは、俺が最も共感できることだ。
だったら俺は、もっとオルタの期待に応えてやるべきかもしれない。
「そういうわけでリューク、これを鑑定してもらえませんか?」
並べた戦利品を前に、オルタが期待の籠った目で、俺を見た。
俺は「ああ」としっかり頷き、紫の右目で、レリックをしっかりと見据えた。
「全部ジャンクだな。使えるものは何一つない。まあ気にするな。冒険者の世界じゃ、こいつは実に平穏な日常ってやつだ」
「うぅ……。SSSランクへの道のりは険しいですっ!」
*
そしてこの日の午後、俺達の遺跡攻略、その三日目がスタートした。
俺達冒険者には、マスターから《踏破の印》と呼ばれるマジックアイテムが支給されている。外見はペンに近いが、事前にこいつで遺跡内に印を描いておけば、次に遺跡に入った時に、そこを開始地点にできる――という便利な品だ。
ちなみに、新しい印を描くと、前に描いた印は自動的に消滅する。さすがに、遺跡内に大量のセーブポイントを作ることはできないってわけだ。
で、この日の再開地点は、第八階層の森から分岐する――先日俺達が発見した――新たな高難度ルート。その第十一階層に当たる場所だ。
……確かに、俺と一緒に遺跡に潜っていたら、「試しに歩く」どころじゃないだろうな。
「そう言えば、オルタのスキルってどうなってるの?」
ふとロミィが、そんなことを口にした。
それに対して、オルタが凛とした態度で返す。
「スキルは、ありません(キリッ)」
「ちょ、キリっとした顔で答えないでよ。レベル47にもなってスキル一つないの?」
「うぅ、すみません。冒険者にスキルというものがあるのは知っているのですが、どうすれば覚えられるのか、さっぱり分からないんです……」
ロミィのツッコミに、オルタが軽くしょげる。まあ、新米ならよくあること……かどうかはともかく。なるほど、スキルか。
「スキルをつけてないなら、まだ伸びしろがあるってことさ」
俺はポジティブな物言いを選びつつ、オルタが着けている《英雄の紋章》を指した。
「冒険者は功績に応じて、スキルを習得するための《スキルポイント》が、マスターから与えられる――。あんたはレベル47だから。ポイントもずいぶん溜まっているはずだ。そいつと引き換えに、《転生の義》と同じ要領で、神殿で覚えられる」
「なるほど。では、今日遺跡を出たらさっそく――」
「まあ、慌てるな。冒険者が覚えられるスキルは無数にある。剣士専用のものだけでも、二段斬り、会心率アップ、属性付与、衝撃波、即死狙い、二刀流……と、切りがない。まずは、オルタにとって今一番必要なスキルが何かを見極めるのが先だ」
「分かりました! ……で、どうすればいいでしょうか」
「とりあえず、そこら辺にいるワンダー相手に、少し立ち回ってみてくれ。そいつを見た上で、一緒に考えよう」
「はいっ!」
オルタが元気よく答え、さっそくワンダーを求めて歩き出した。
もちろん、ヤバそうな強敵に遭遇すれば、俺も手を貸すつもりだ。しかし今は、可能な範囲で、オルタ自身に戦わせてみたい。
……俺がそう考えていた時だった。
「いました!」
オルタが笑顔で前方を指した。
そこには――確かに、一体のワンダーがいた。
通路の天井に頭が届きそうなほど、巨大なオーガが、ゴッツい棍棒を手に掲げて。
「……めっちゃヤバそうなやつじゃん」
「ロミィもそう思いますか? 私もそう思います!」
呟いたロミィに、オルタが笑顔で答えた。いや、すでにその笑顔はガチガチに凍りついている。
「りゅ、リューク。あのワンダーのアニムは、ネズミですか? それともウサギ?」
「デーモンだな。おかげで普通のオーガの二十倍ぐらいは強い」
「え、ええと……今回は逃げていいですか?」
「いや、せっかくだ。あんたの動きを見たいから、ちょっと斬りかかってみてくれ」
「ふえぇ~……」
涙目になりながらも、オルタは俺のスパルタに応えるべく、恐る恐る剣を抜いた。
ネズミに齧られて刃毀れした剣が、プルプルと小刻みに震えている。それでもオルタはあくまで気丈に、切っ先をオーガに向け、ややへっぴり腰に近寄っていった。
「て、てぇいっ!」
「ウガァッ!」
「ひゃっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
オーガの咆哮に驚いて、慌てて逃げ戻ってくるオルタ。それを追って、オーガがノシノシとこちらに迫ってくる。
「ねえリューク、むしろこうなる以外の未来はあり得なかったんじゃないの?」
「それを言うな、ロミィ。仕方ない。ここは俺が――」
片づけておくか、と踏み出そうとした時だった。
突如――新たな殺気が迫ってくるのが、分かった。
前じゃない。後ろだ。俺達が歩いてきた通路を辿り、こちらに近づいてくる。
……しかし、俺は振り返らなかった。真冬の夜に似た、空気を極限まで冷やすほどの殺気が、俺達ではなくオーガに向けられていることを、本能的に察したからだ。
そして刹那――「何か」が俺の横を、疾風の如く駆け抜けた。
尻餅をついたオルタを跳び越え、オーガの前へ。
その姿が、白銀の毛に覆われた二足歩行の狼であることを、俺は見逃さない。
「――人狼?」
ロミィが小さく叫ぶ。確かに、俺達の目の前に現れたそいつは、どう見ても人狼そのものだった。
……いや、俺以外の誰がどう見ても、か。
突如割って入った「人狼」は、片手に、呆れるほど巨大な斧を携えている。よほど筋力に長けた戦闘職でも、特別なスキルがなければ両手でしか扱えないような代物だ。
しかし――人狼がその斧を片手で振り上げ、オーガに叩きつけるまで、ものの数秒もかからなかった。
オーガの絶叫が、遺跡に鋭くこだまする。
黒い瘴気を血のように噴き上げ、巨躯が倒れる。オルタがその様を、呆然と見守る。
「オルタ、ロミィ、驚くことはないさ」
俺はそう言うと――やれやれと、小さく首を振った。
……どうやら、追いつかれちまったみたいだな。
今朝の密談でモーナから聞かされていた、面倒な連中に。
まったりと攻略していた最中、突如現れた人狼の正体とは――?
次回、新キャラ多数参戦! リュークは、そしてオルタは、どう出るか。
お読みいただきありがとうございました。
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