第8話 第二章・1 鑑定士、姫騎士様にレリックを語る
ついにギルドを結成したリュークとオルタ。
二人の第一歩が、今始まる――。
第二章、スタート!
次回の更新は4月29日の18:00を予定しています。
「それでは、ギルド《リムルフの栄光》を新たに登録します。リーダー、オルタ・ブロウザーム様。《リムルフの栄光》のギルドランクは、Eからのスタートです。SSSランクを目指して、ご健闘をお祈りします」
受付のカウンターにいるメイドスタイルの娘が、恭しくオルタに頭を下げた。
「はい、頑張りますっ」
定型句に対して、オルタが律儀に張り切って返す。その様に、受付嬢が心に温もりを覚え――相変わらず俺の「視」がそれを見抜いた――クスリと微笑んだ。
もし彼女が遺跡の入り口にいるゴーレムだったなら、淡々と業務をこなしていただけだろう。だが、今俺達が訪れている場所は遺跡じゃない。
遺跡管理局・リムルフ支局――。攻略ルート付近の町には必ずある、マスターの出張所だ。
昨日の探索から一夜明けた朝。俺とオルタ、それにロミィは、ギルドの申請を始めとした諸々の手続きをおこなうため、一番にここを訪れていた。
……ちなみにギルドランクってのは、ギルドメンバーのランクや所持レリックの質から導き出される、「ギルドの強さ指数」みたいなものだ。
ギルドランクが上がれば、通常はマスターからの許可が必要な様々なこと――例えば超高難度ルートへの挑戦だったり、激レアレリックの公認オークションへの参加だったり、といったことが可能になる。それに、純粋に社会的地位の指標にもなる。
もちろん、冒険者個人が自身のランクを上げるだけでも、地位は築けるが――まあ、大抵の人間は自力で伸し上がるより、他人の力を借りて伸し上がる方を選ぶものだからな。
だから冒険者は、大抵どこかのギルドに所属したがる。それが心の理ってやつだ。
かく言う俺も、今日がギルドデビューだ。……まあ、こんな展開になるなんて、思ってもみなかったがな。
「これで私達のギルドが出来ましたね。リューク、次はどこへ行けば?」
「レリックショップだ。手に入れたレリックを登録する必要があるからな」
できれば昨日のうちに済ませておきたかったが――。実はあれから、オルタに城に招かれ、国王――要するにオルタの父親に会ったり祝宴を催されたりと、何やかんやもてなされているうちに、すっかり後回しになってしまった。
しかし出土したレリックは、二十四時間以内に届け出なければならないというルールがある。得体の知れないレリックが野放しになれば、それは時として世界の破滅に繋がりかねないからだ。……まあ、確率的には相当低いだろうがな。
ともあれそんなわけで、俺はオルタを促し、ひとまず今いる建物から出た。
支局と言っても、決して規模が小さいわけじゃない。街の中に構えられた広い敷地の中には、事務方を司るメインの建物に加え、武器や薬を扱う店、冒険者専用の簡易宿泊所、それにレリックの鑑定と売買をおこなう――そして何より重要な――レリックショップなど、様々な施設が並んでいる。
まだ朝早いというのに、辺りを歩いている冒険者の数も多い。この敷地内そのものが、ちょっとした町と言っても過言じゃないだろう。
ちなみに、ここにある施設の中で一番目立っているのは、奥に建つ真っ白な建造物だ。
神殿だ。尖った屋根が、どの建物よりも高く伸びる。あそこでは、冒険者を志す者が神の加護を受けるための、「転生の義」がおこなわれる。
剣士を目指すなら戦神ザラム。魔術師を目指すなら精霊神エイロアニス――。自分のなりたい職業に応じて該当する神に祈り、その加護を授かる。
授かった加護は、「英雄の紋章」と呼ばれる専用のタリスマンに宿る。冒険者はその紋章を身に着けることによって、「レベル」「HP」「スキル」といった概念を身に帯び、常人では不可能なはずの身体能力や技術を得る――というわけだ。
ただの人から英雄に生まれ変わる。故に、「転生の義」と呼ばれる。
もちろん俺も、冒険者になった時に、この儀式を受けている。賢神アステリオ――。いや、確かに祈ったし、たぶん加護も授かっているはずだが、全然使ったことがないな。
悪いな、神様。だが俺には、あんたの力は今さら不要なんだ。
オルタに施設の説明をしつつ歩くうちに、俺達はレリックショップに到着した。
中に入ると、さっそく陳列棚に並んだ無数のレリックが、俺達を迎える。興味なさそうなロミィとは対照的に、オルタが物珍しそうにキョロキョロする。
「ははぁ……このようなところに入ったのは初めてです! いろいろなものが置いてあるのですね。――リューク、この『ジャンク』とか『アーティファクト』とか書いてあるのは、何ですか?」
「そいつはレリックのランクだ。ガラクタ同然で使い道が薄いのが《ジャンク》。普通の道具として扱えるなら《アイテム》。劇的な力は持たずとも工夫次第で便利に使えるのが《アーティファクト》。強力な装備品として機能する《トレジャー》――。まあ、大抵の冒険者はトレジャー以上を狙って遺跡を漁るのが定番だな」
「トレジャー以上? つまり、トレジャーよりも上がある、と?」
「特に強力な装備品が《オーパーツ》。伝説級の代物なら、その名もずばり《レジェンド》。……もっとも、このレベルまで来ると、ショップに並ぶことはまずない。オークションで高額入札するか、もしくは運よく遺跡で引き当てるかしかないな」
「リュークも、レリックを持っていますよね? アルゴス、でしたっけ。その腰に差しているダガーです。それはランクで言うと、どのぐらいなんです?」
「こいつはアーティファクト。冒険者に喩えるならCランクってところだな。あと、こっちは――」
そう言って俺は、右手にはめた手袋を掲げてみせた。
「え、それもレリック?」
オルタが目を丸くした。確かに俺が言わなければ、気づかなかっただろうな。
「このグローブの名は、パンドラ。こいつもアーティファクトだ。本質は《無限》。具体的にどんな能力があるかは――そうだな、いずれ遺跡で見せてやるさ」
ちなみに俺は他にも、レリックをいくつか所持している。ただ、いくらパートナーが相手とは言え、そいつを片っ端から見せびらかすのは趣味じゃない。
力を示すのは、倒すべき敵と渡り合う時だけでいい。俺はべつに、目立ちたいわけじゃないからだ。
「――レリックの登録をしたい。このペンダントだ」
ひととおり話し終えた俺は、奥のカウンターにいたメガネの青年に、声をかけた。
店員……いや、正確には、マスター直属の「鑑定員」だ。
冒険者と同じ鑑定スキルを持っており、持ち込まれたレリックをアーカイブに登録するのが仕事だ。もちろん冒険者が望めば、有料での鑑定や、買い取りもおこなっている。
「こ、これはこれは、オルタ様ではございませんか!」
鑑定員がオルタに気づき、慌てて恭しく頭を下げた。……俺とロミィのことは一瞥すらしないがな。
「こちらのペンダントですね? 鑑定は――」
「もう済んでいる。アニムは《終焉大戦》。顕在化は0.7パーセント」
「……あなたは?」
ようやく青年の視線が俺を捉えた。いや、顔じゃない。俺が身に着けている「英雄の紋章」を目に留めただけだ。
もっとも紋章を見れば、クラスやランクは一目で分かる。つまり――俺がレベル1の鑑定士だということは、すぐに理解できただろう。
「失礼ですが――その鑑定というのは、あなたが?」
「ああ、俺がやった」
「ふっ……道理で、ずいぶん突飛なアニムだと思ったら、そういうわけですね。いや、低レベルの鑑定士では誤鑑定も多いでしょう。ここは私が、再鑑定いたしますよ?」
おっと、鼻で笑われたか。まあ、これもよくあることだ。
「えー、再鑑定って、それ有料でしょ? このケチメガネ」
横からロミィが口を出す。身も蓋もない悪口だな。
「いえいえ、オルタ様に対して無礼な振る舞いはいたしません。もしそこのお供の鑑定士の言うことが正しければ、鑑定料はいただきませんよ」
「――リュークはお供ではありません。私のパートナーです」
微かに眉をひそめ、オルタが言い返す。同時に無礼な鑑定員の姿勢が改まる。
さすがに姫からの心証を悪くしては不味いと判断した――か。やれやれ、こんなケチな感情をいちいち読み取れてしまう能力というのも、考え物だな。
「で、では鑑定させていただきます! ペンダントをこちらへ。十分ほどお待ちください」
「意外と時間がかかるものなのですね。リュークなら一瞬で見抜けたのに」
「プロは正確さを要するのです。では」
鑑定員はそう言って、預かったペンダントを手に、奥へ引っ込んでいった。……と、ちょうどそこへ店の戸が開き、賑やかな女エルフが飛び込んできた。
「ああ、やっぱりここにいましたね、リュークさん!」
「モーナか。何か用か?」
「用がなくたって参りますとも! ああでも、ちゃんと用はあります。リュークさん、昨日見つけてもらった新しいルートなんですけど――」
モーナが何か言いかけた時だった。さっきの鑑定員が、慌てて奥から飛び出してきた。
「これはこれは、モーナ様ではないですか! わざわざ本部からお出でに? いったい何のご用で――」
「え? いえ、べつにこの支局に用があって来たわけじゃないんですけど」
「まあまあ、そう仰らずに。せっかくですから奥でお茶でも――」
「……うわぁ、露骨にゴマ擦ってるね」
ロミィが呆れ声で囁いた。俺は小さく、苦笑で返しておく。
モーナはこう見えて、マスターの本部の局員だ。支局から見れば、れっきとした格上の存在である、と――。
少なくとも、そういう価値基準で物を考えているってわけだ。このケチメガネ氏は。
「やれやれ、どうやらペンダントの鑑定が終わるまで、まだまだかかりそうだな」
俺が呟く。……もっともこいつは、モーナに聞こえるように言ったんだがな。
「え、鑑定? 鑑定ならリュークさんがやればいいじゃないですか」
「俺もそう思うんだがな。あいにくこの鑑定員殿は、俺の目が信用できないらしい」
「……ま、まあ! 何てことですか! ちょっとあなた! あなた!」
「は、はいっ?」
突如モーナにキレられて、メガネの鑑定員が声を裏返らせる。それに向かって、モーナは長い耳をピョコピョコと跳ねさせながら、威勢よくまくしたて始めた。
「あなた、この人を誰だか知らないんですか? リュークさんですよ、リュークさん。呆れましたね、まさかマスターの局員で、リュークさんのことを知らない人がいるなんて。そんなの、『エルフなのに魔法文字が読めません』って言ってるのと同じぐらいコッパズカシイことですよ! そもそもリュークさんと言えば、絶対的な鑑定眼! 圧倒的な戦闘力! 魅惑的な笑顔! そして若かりしショタだった頃の、あの日の思い出! そう、思い起こせば十三年前、私がリュークさんの身柄を引き取った時から――あれリュークさん? いない! いったいどこに!」
「……黙って店を出てしまって、よかったのですか?」
「ああ、さらに長くなりそうだったからな。まあ、モーナのことなら、どうせ俺に用があるんだから、そのうち追いかけてくるだろう」
オルタに訊かれてそう答えた俺は、ロミィも連れて、三人でその辺を散策することにした。それに――もっと言えば、モーナの要件の中身は、すでに予想がついている。
……さて、俺はそいつにどう答えたものか。少なくともオルタとギルドを作った今、モーナから言われるであろう「それ」は、ありがた迷惑な代物になってしまったわけだが。
「そうだ、オルタ。例のペンダント、名前はもう決めたか?」
ふと思い出し、俺はオルタに訊ねた。
「え、私が名づけるのですか?」
「レリックの命名権は最初の所有者にある。付けた名前はマスターのアーカイブにも登録されるから、ショップに戻る前に決めておいた方がいい」
「そうでしたか。では……」
オルタは表情を引き締め、真剣に考え出した。そして――。
「――《賢者の末裔》」
……その言葉を彼女が口にした時、俺はつい、足を止めそうになった。
何食わぬ顔で受け流すには、少しばかり心がささくれ立って、仕方なく苦笑で誤魔化した。
やれやれ、このお姫様は――天然なようでいて、時々鋭い。つくづく面白いな、あんたは。
「この名前、変ですか、リューク?」
「いや、いいんじゃないか? なあ、ロミィ?」
「ちょ、どうしてあたしに振るかなぁ。んー、あたし的にはもっとこう、尖っててもいいかなって気もするけどね。《世界ヲ滅ビヨリ繋ギ止メシ伝説ノ記憶》とか」
「な、なるほど……。それも捨てがたいです! どっちがいいですか、リューク?」
「何でもいいが、呼びやすい方にしといてくれ」
俺はただ、苦笑を浮かべるに止めた。なぜって――女同士の気ままお喋りに水を差すのは、ただの野暮だからな。
結局ペンダントの名前は、「賢者の末裔」に決まった。
ショップに戻ると、モーナはすでにいなかった。どうやら俺達を捜して飛び出したのと、入れ違いになったらしい。これ幸いと、俺は撒くことにした。
それより、俺にペンダントを返す鑑定員の手が、ずいぶんと震えていたが――。モーナのやつ、いったい何を吹き込みやがった?
……ああ、ちなみに鑑定料は、しっかり無料になった。当然だな。
「とにかく、これで手続きはすべて終わりだ。昼食を終えたら、さっそく遺跡の攻略にとりかかろう」
「はい! SSSランクのギルドを目指して、頑張ります!」
俺の声に、オルタが威勢よく頷く。その言葉は俺にとって、頼もしい限りだ。
……そう、敢えてFランクのままでいる俺だが、所属するギルドのランクが上がること自体は、悪くない。高ランク故の特権は、やはり便利なものだからな。
オルタとギルドのランクを上げつつ、俺はFを維持する――。これで行かせてもらおう。
*
「相変わらずフォリスばかり居やがるな。オルタ、ペンダントを!」
「はい、リューク!」
「――開!」
「――オルタ・ブロウザーム様。フォリス八十九体を討伐なさった分の経験値をお支払いいたします。これをもってあなたは、レベル47となりました。さらに今回の功績を認め、あなたの冒険者ランクをBへ。ギルド《リムルフの栄光》のギルドランクを、Cへとお引き上げいたします。おめでとうございます」
「い、いえいえいえいえ! だからこれはすべて誤解なんですってば! 今回もすべてリュークが――って、リュークはどこですかっ? リューク? ロミィ? また逃げましたねっ?」
……悪いな、オルタ。基本的にこのやり方で行くからな。今後も俺の身代わりとして、もりもり育ってくれ。
慌てているオルタを遠目に見ながら、俺は思った。
ただ――どうやらこの時、俺は迂闊にも忘れていたらしい。
オルタが、こんな寄生じみた立ち場に甘んじるようなやつじゃない、ってことを。
彼女が俺を思わず感心させるのは――この翌日のことだ。
お姫様だって強くなりたい!
オルタの本気に、リュークはどう応えるのか――。
お読みいただきありがとうございました。
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