第7話 第一章・6 鑑定士、とりあえず姫騎士様の功績にする
初めての冒険が終わった後、リュークが取った行動は、自分でも意外なものだった――。
第一章クライマックス!
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遺跡の外へ出ると、受付嬢が待っていた。これ自体はいつものことだが――。
「お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」
「俺達は無事だが、あんたが捕まえているそいつは、全然無事じゃないみたいだな」
俺は苦笑し、受付嬢に言った。彼女は今、人一人を地に捻じ伏せている真っ最中だ。
「お見苦しいところを失礼しました。このかたが戦闘職の同伴なしに遺跡に入ろうとするので、実力でお引き留めを――」
「うぅっ、は、放してください! 私は遺跡に入るんです! リュークさんが! お姫様とっ! ……はっ、リュークさんっ?」
「よおモーナ、冒険者でもないあんたが遺跡に潜るのは命取りだ。自分を大切にしな」
「そ、そんな優しい言葉で誤魔化したって駄目です! さっきの女――そう、その女です! 誰なんですかその女は!」
受付嬢に捻じ伏せられながら、モーナが喚く。周りには、すでに今日の稼ぎを終えた冒険者達が屯って、こちらを面白そうに眺めている。
俺は軽く身を引きつつ、オルタに言った。
「オルタ、自己紹介してやってくれ。正確にな」
「はい。私はリムルフ第一王女、オルタ・ブロウザーム。よろしくお願いします」
「はいはい、ご丁寧にどうも――って、お、お姫様っ?」
「いかにも」
素っ頓狂な声を上げるモーナに、平然と頷くオルタ。
その時受付嬢が、スッと身を正した。モーナがその腕からようやく逃れると同時に、受付嬢は改まり、オルタに恭しく頭を下げた。
*
「――オルタ・ブロウザーム様」
「はい、何用ですか?」
「このたびあなたは、ネズミ一匹、フォリス四十八体の討伐、並びに新たな道の発見に至りました。まずは経験値をお支払いいたします。これをもってあなたは、レベル26となりました」
「なるほど、分かりま……って、ええっ?」
「さらに今回の功績を認め、あなたの冒険者ランクをCへとお引き上げいたします。おめでとうございます」
「いえいえいえ、ちょ、ちょっと待ってください!」
受付嬢からの思わぬ申し出に、慌てふためくオルタ。だが周りで様子を見ていた冒険者達からは、いっせいに喝采が沸き起こる。
「――おおっ、オルタ様、すげぇ!」
「――冒険者になったばかりなのに、一日でCランクに昇進とはな!」
「――やっぱ王族は別格だわ。俺達とは基礎が違いすぎる」
民衆の称賛が、次々とオルタに浴びせかけられる。それを受けてオルタは、ただおろおろするばかりだ。
「いえ、待ってください! これは、これは誤解です!」
「誤解ではございません。冒険者の遺跡内での功績は、すべて英雄の紋章に記録されています。ネズミ一匹とフォリス四十八体は、すべてあなたの所持する武器、及びレリックによって倒されたと、記録されています」
淡々と受付嬢が言い返す。オルタは――それを聞いて、ハッとした。
確かにそうだ。倒したのはリュークだが、使われたのは自分の武器。さらに言えば、リュークはワンダーと戦う時、いつも英雄の紋章を外していた。
つまり――リュークの働きは、一切記録されていない。
そして、武器の持ち主から逆算し、すべての功績はオルタのものとなる――。
「待ってください! 違うのです! あれはリュークが――って、リュークはどこですか? リューク? ロミィ?」
オルタは、自分がとんでもないものを押しつけられたことに、ようやく気づいた。
だがそれを抗議しようにも、遅かった。リュークとロミィの姿は、もうどこにも見えなかった。
*
「よかったの? あのお姫様のペンダント、手放すには惜しかったんじゃない?」
「構わないさ。どうせ始めから、こうするつもりだったからな」
夕暮れの森道を、俺とロミィは街を目指して歩いていた。
オルタと組むのは、邪神の澱を見つけるまで――。もともと、そういう計画だった。目的を果たした以上、撒くのは当然だ。
……今回、早くも邪神の澱が確認でき、さらに新たな分岐まで発見された。こうなれば、マスター直属の調査隊が続々とやってくるだろう。俺は今後、そのチームに加わる。いや、モーナの根回しで、強制的に参加させられる――と言った方がいいかもしれない。
いずれにしても、今後の協力者には事欠かない。それなりに腕の立つ連中が派遣されるだろうから、俺も手を煩わされずに済むというわけだ。
一方オルタはどうなるか――。
「なあロミィ、あのお姫様は、これからも冒険者をやっていけると思うか?」
「難しい……ってこと?」
「少なくとも俺が国王なら、危険が数倍に増した遺跡で姫を遊ばせるなんてことは、しないだろうな」
お忍びで冒険者――。そんなことは、ほぼ危険のない安全なルートだから許された話だ。それに、オルタ自身が怖気づく可能性だってある。
いや、逆にオルタに、冒険者を続ける意志があるとすれば――それが意味することは、ただの一つしかない。
――リューク、これからも私と組んでください!
――私と一緒に、英雄を目指しましょう!
俺の力を知った冒険者は、これまで皆、そう言ってきた。オルタが例外であるはずがない。
だから、撒くに限る。
「英雄――か」
足を速め、俺は呟く。
冒険者ってのはどうして、どいつもこいつも、そんな下らない肩書きを欲しがるんだろう。英雄なんてものは、この世に必要ない。
どんなに素晴らしい実力があったところで、一たび余計な肩書きが付けば、あとはお零れを狙う連中にひたすら祀り上げられ、やつらを潤わせるだけの偶像になり果てる。
だから俺は、人前で力を振るいたくはない。Fランクと呼ばれ相手にされない今のポジションが、ベストだ。
――私、英雄じゃない。
――私はリュークと違って、何もできないのに。
――みんな私を、お金儲けの道具にしてる。
――私……伝説の英雄になんか、なりたくない。
かつて、俺に悲痛な声でそう言った少女がいた。
あの時の俺はまだ幼かったから、ただその言葉を、黙って受け止めることしかできなかった。
陰から支えていた、なんてのは詭弁だ。俺はあいつを、決して助けてやれなかった。
そして、今もまだ、助けられずにいる。
……クリステ。
絶対に――救い出してやる。
そのために、俺はこうして冒険者になったのだから――。
「待ってください、リューク!」
ふと後ろから呼び止められ、俺は我に返った。
足を止める。ただし、振り向きはしない。相手が誰なのかは、声ですぐに分かったからだ。
やれやれ、追いつかれてしまったか。
「オルタ――。悪いな。今日一日限りだったが、これでお別れだ」
「リューク……。どうしてです?」
顔を見ずとも、オルタの動揺が伝わってくる。俺は静かに答えた。
「あんたのためだ、オルタ」
「私の……?」
「ああ。これから先、俺とロミィは新しいルートを進むことになる。今日みたいな強敵がひしめく難所だ。さすがに、そこにあんたを連れていくことはできない。……それに、一国の姫様が冒険者を続けるには、今の遺跡は危険すぎるしな」
「待ってください!」
俺の言葉を遮り、オルタが叫んだ。
「大丈夫です。私は、冒険者を続けます。だから――」
だから――。
続く台詞を予想し、俺は誰もいない夕焼けに向かって、小さく苦笑を浮かべた。
――これからも私と組んでください。
そう、きっと、オルタはこう言う。
残念ながら。しかし、俺はすでに確信していた。
……はずだった。
「だから――これは、あなたが持っていてください」
……予想が、外れた。
想定外の台詞に虚を突かれた俺は、オルタの言う「これ」が何だか分からずに、ようやく後ろを振り返った。
そこに――オルタは笑顔で立っていた。
手に、あのペンダントを提げて。
「リューク、これを」
「そいつは……?」
「あなたが持っておくべきものです。私には使いこなせませんから。それに――」
それに、と新米姫騎士は、凛とした声で、示した。
己の意志を。
「私は、自分の力で、強くなりたい――。王家の血を継ぐ者として。だから私は、冒険者になったのです」
「…………」
「あなたの助けがなくとも、強くなってみせます。ですから――いつか私が、あなたとパーティーを組むに足る実力を身に着けたら、その時はまた声をかけてください。私は、この街の酒場にいますから」
そしてニコリと晴れやかに、オルタは微笑んだ。
一点の曇りもない笑顔だった。
まっすぐで、どこまでも透明な、純真な心――。そいつが俺の読み違いでないことは、自分の紫の右目が、何よりも保証していた。
「……ふっ」
思わず、小さな笑いが漏れた。
自嘲と――こんなにも素晴らしくまっすぐなやつに出会えたのだ、という喜びを、織り交ぜて。
ご機嫌だね、とロミィが悪戯っぽく囁いた。
俺は聞こえないふりをして、オルタの方へ、一歩進み出た。
「リューク」
オルタがペンダントを差し出す。だが俺は首を横に振り、そいつを納めるよう手で示す。
そして、怪訝そうなオルタに、こう告げた。
「まだ話してなかったよな。――俺は、ロストミュージアの最深部を目指している」
その最深部に繋がるルートがどこにあるのかは、誰も知らない。だから俺はこれまで、旅をしながら、いろいろなルートを試してきた。そのどれもがハズレだった。
だが――今回の探索で、一つ予想が立った。
邪神。終焉大戦。賢者の鍵。フォリス。いずれも、遺跡の深くに存在するべきもの。
「リムルフ・ルート。俺は、この道こそが、遺跡の最深部に繋がっていると確信した。だから、しばらくこの街に滞在したい。ただ――そうだな。活動が長引くとなれば、ギルドでも作って、きちんと腰を据えた方がいいだろうな」
「……リューク?」
「オルタ、よかったら――俺とギルドを作らないか?」
まさかこんな言葉を、この俺が口にするとはな。
だが目の前に、それを素直に受け止めてくれるやつがいる。それは――きっと、悪くないことだ。たぶんな。
オルタの頬にパッと赤みが差した。
「はいっ!」
眩いほどのまっすぐさとともに、頷き、こちらに駆け寄ってくるオルタ。その笑顔を見ながら、俺は目を細める。
柄にもない。
だが、構わない。
俺は微笑み、この純真な姫騎士とともに、遺跡の最深部を目指してやろうと心に決めたのだった。
こうして、俺とオルタの本格的な遺跡攻略が、幕を開けた――。
第一章はこれにて閉幕。
次回からは第二章。この世界の「冒険者」のシステムなども徐々に明らかになっていきます。
ここまでありがとうございました。
もともと長編一本分だったプロットを流用・分割して書いているため、伏線回収が忘れた頃にやってきたりと、いろいろ連載向きでない構成になっていますが、今後とも大らかな気持ちでお読みいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
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