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第5話 第一章・4 鑑定士、邪神の眷属に遭遇する

リュークが見つけた怪しいカビ。

安全と思われていた攻略ルートの真の顔が今、牙を剥く――!


次回の更新は4月24日の18:00を予定しています。

 俺が懐から取り出した宝玉は、《リンクジュエル》という。マスターが一部の冒険者に貸し出している、通信用のアイテムだ。今回の密命に当たって、俺はあらかじめ、モーナからこいつを渡されていた。

「モーナ、聞こえるか?」

 石を手の平に乗せて声をかけると、すぐに石の中から、モーナの肩から上が――ただしごく小さな姿が、浮かび上がった。加えて周囲の背景も映る。ちょっとしたジオラマのようだ。

 ちなみに今向こうでは、俺の周囲が同じように浮かび上がって見えているはずだ。

『待ってましたよ、リュークさん! 今は遺跡ですか?』

「ああ。リムルフ・ルートの第八階層だ。あんたの言っていたものを見つけた」

『いえそこは、あんた、ではなく、モーナお姉ちゃん、と――ああ待って、切らないで下さい!』

 通信を切る素振りを見せた俺を、モーナが慌てて止める。まあ、本当に切るつもりはないがな。

 俺は石の角度を変え、問題の壁が見えるようにしてやった。……群生するカビに似たワンダー。邪神の(おり)だ。

『やはりありましたか……。何度か目撃情報が届いていたので、気にはなっていたんです。ただ、全二十階層の浅いルートで見られるなんて不自然なので――』

 ……そう、モーナの言うとおりだ。だから彼女は、俺をここへ調査に向かわせた。もちろん、俺がこの件に興味を抱くことを織り込み済みで、だ。

「とにかく上層部に報告しといてくれ。俺はもう少し状況を調べてみる」

『分かりました。頑張ってください、リュークさん、ロミィさん、あと初めて見るお連れの……って誰なんですかそのきれいなひとは、リュークさんっ?』

「お姫様だ」

『お姫様? そ、それはまさか……俺の愛しい姫とか、そいういう類のアレですか? ああもう、こうしちゃいられません! 今行きますから待ってて下さ――』

 モーナがすべてを言い終わる前に、俺は無言で通信を切った。

「ロミィ、こいつを預かっといてくれ」

「つまりモーナの相手はあたしがやれ、と?」

「そうだな。遊び相手にちょうどいいだろう?」

 そう言ってリンクジュエルを相棒に押しつけ、俺はオルタに向き直る。

「リューク、これはいったい……?」

「聞いたとおりだ。少しばかり事情があってな――ん?」

 その時だ。俺は気づいた。

 通路の向こうから、足音が一つ迫ってくる。ただし、人だ。ワンダーではない。

 別の冒険者か。いや、確かに冒険者だが、あいつは――。

「ようやく見つけたぞ、このFランク鑑定士! 貴様、よくもオルタ様をかどわかしたな!」

「あ、パンだ」

 ロミィの言ったとおり、パンの匂いのする杖を持った魔術師が、顔を真っ赤にしながら突っ走ってくる。ドーリスだ。こいつはまた、面倒臭いやつが来てしまった。

「かどわかすも何も、合意の上で一緒にいるんだがな」

「黙れ、Fランク風情が。オルタ様のパートナーとして相応しいのは、この私以外あり得ないのだ。何なら――実力で示してやろうか?」

 そう言うやニヤリと笑い、俺に杖を向けるドーリス。やれやれ、小者丸出しだな。

 それに――と、俺は右目でやつの感情を読む。

 こいつがオルタに下心を抱いているのは間違いない。ただし、その恋慕と絡み合うようにして、相手を屈服させたいというドス黒い想いが渦を巻いている。

「……なるほど。名声欲が転じて、自分以外のすべてを見下したいという高圧的な性格が形成され、男女の関係においてもそれが適用される、か――。時々いるよな。女に対して、やたらと自分の方が優れているとアピールしたがる男が。つまりあんたにとって、冒険者になり立てのお姫様となれば、さぞかし見下し甲斐がある――というわけだ」

「な、何を!」

 俺の的確な指摘に、ドーリスが慌てふためく。同時にオルタが顔をしかめ、ドーリスから距離を置くように、俺の方へ後退った。

「ドーリス、あなたは……私に対して、そのような想いを?」

「ち、違う、出鱈目だ! こんな鑑定士の言うことなんか信じてはいけません!」

「いいえ、リュークは信じるに値する人です!」

「どこが! そいつの着けている英雄の紋章を見てください! レベルは1。ランクは最低。鑑定士のくせに、持っている鑑定スキルが一つとして育ってない! そいつの鑑定はすべて出鱈目だ!」

 ……確かに、俺が冒険者になって「鑑定士」というクラスに就いた時に、神の加護によって与えられた鑑定スキルは、スキルレベルがまったく育っていない。それは事実だ。

 ただ――理由は簡単だ。なぜなら俺は、この鑑定スキルを、()()()()()使()()()()()()()()からだ。使わないものは育たない。そんな後付けのスキルよりも、俺には生まれついての鑑定魔術がある。それだけの話だ。

「俺を信じるも信じないも、あんたの勝手だがな」

 俺は笑いつつ、ドーリスの怒りを軽く()なす。それは、より重要なことを伝えるためだ。

「ただ、この一言ばかりは信じてもらわなくちゃ困る。――()()()()()()

「馬鹿な。そんな出鱈目を誰が――」

「出鱈目じゃない。見ろ、この壁を」

 そう言って俺が指したのは、もちろんあのカビだ。

「こいつは《邪神の澱》。邪神やその眷属の瘴気に反応して生じる、カビ状の生物だ。こいつがあるということは、このルートは何らかの形で邪神に繋がる」

 ついでに言えば、これまでの遺跡調査により、邪神絡みのレリックは、階層が深くなればなるほど出現しやすくなる――というデータがある。さっき入り口で遭遇したニセの邪神は、相当なレアケースだった……と言いたいところだが、ここに邪神の澱がある以上、あながち偶然とも思えない。

「改めて言う。ここは――危険だ」

 だが、ドーリスはこの言葉を信じなかった。「馬鹿馬鹿しい!」と一蹴し、黒ずんだ壁にツカツカと歩み寄る。

「この小汚い壁が何だと言うんだ! まさか、この壁の中に邪神が埋まっていると?」

「ああ、可能性はあるかもな」

「面白い。だったら試してやろう! マジックボルト!」

 ドーリスが杖をかざし放ったのは、簡単な攻撃魔法だ。たちまち壁の一角が穿たれ、小さな穴が開く。

 ……ただこの時点で、俺の予感は的中したと言ってよかった。

「いいか、この遺跡は、一見普通の石造りに見えるが、実際は次元の異なる物質でできている。故に破壊はできない――」

「ふん、これだから貴様はFランクなのだ。見ろ、現に私が壊した!」

「そう、壊れた。つまり、この壁は最初から壊せるように出来ていて、そのことに今まで誰も気づかなかった――ということになる」

「詭弁だ! オルタ様、こんなやつの言うことなど信じては駄目――ん?」

 ドーリスが言葉を切る。俺とオルタ、そしてロミィの視線が、壁に穿たれた穴に向かう。

 何かが、モソモソと(うごめ)いている。穴の奥から出てこようとしている。

 一瞬、一同の間に緊張が走った。

 ……あくまで、一瞬だが。

「お、おいおい、まさか本当に邪神なぞ出てくるわけが……なかったな、やはり」

 ドーリスが額に冷や汗を浮かべながら、安堵の苦笑を漏らす。壁の中から姿を現したのは、どうということのない――ごく普通の一匹のネズミだったからだ。

「ははっ、こいつが邪神か? おいFランク、これのどこが危険だと?」

 その声に、俺は答えなかった。

 なぜなら――この場でただ一人、俺だけが意図的に緊張を保っていたからだ。

 ネズミと重なって、その感情が見える。殺意――。ごく普通の小動物が人間に対して持ち得ない感情を、このネズミははっきりと抱いている。

「下がれ、ドーリス!」

 俺が叫ぶのと――ネズミが正体を現すのと、同時だった。

 毛並みが途端に漆黒に黒ずみ、メリメリと音を立てて肥大化する。その眼は赤く染まり、背中を割って一対の邪悪な翼が生える。

「うわぁっ、何だこいつは?」

「リューク、これはいったい――?」

 ドーリスとオルタが同時に叫んだ。俺達の見ている前で、ネズミは瞬く間に通路いっぱいに巨大化し、さらに新たな変貌を遂げる。

 長く伸びた首と四肢。毛は抜け落ち、黒くぬめる皮膚へと変わる。さながらそれは、夜の闇を体現するかのような、黒き飛竜。

「フォリス。れっきとした()()()()()。顕在化度、九十九パーセント――」

 俺がそれを口にするのと同時に、ドーリスの悲鳴が上がった。

「うわぁぁぁっ!」

 叫び、(きびす)を返し、瞬く間に逃げていく。確かにフォリスと言えば、Aランクの冒険者でさえ苦戦するという難敵だが……。この程度で逃げ出すぐらいじゃ、ポンコツ姫騎士様のフォローなんて到底できないだろうな。

 いや、ドーリスのことなんてどうでもいい。それより――。

「りゅ、リューク!」

 そう、オルタだ。彼女はすでに腰を抜かし、身動きすら取れずにいる。その真正面には、すでにフォリスの牙が迫っている。

「ロミィ、人払いを頼む!」

 俺の声にロミィが頷き、即座に通路を魔法壁で遮断した。これで余計な人間は近寄れない。つまり――俺が力を振るうには、打ってつけの状況だ。

 すかさず、すべてを視界に収める。――オルタは床に尻餅をつき仰向け気味。その真正面に、フォリス。

 これを見れば、誰もが姫騎士の危機だと思うだろう。だがこの時点で俺は、すでに勝利を確信していた。

 すでに「陣形」は完成されている。あとはただ、()()を唱えるのみ。

「――(オープン)!」

 俺は、声高に叫んだ。

突如現れた邪神の眷属。

果たしてリュークが描く作戦とは?


お読みいただきありがとうございました。

次回の更新は4月24日の18:00を予定しています。

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