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第4話 第一章・3 鑑定士、姫騎士様に手解きをする

開幕早々現れた邪神を、鑑定士はどう攻略する?

そして姫騎士が学ぶ、遺跡の歩き方とは――。


次回の更新は4月23日の18:00を予定しています。

 ロストミュージアが百五十年前に失われた遺物レリックの宝庫だ――というのは、前にも説明したとおりだ。

 ただし遺物の中には、モンスターの類も含まれる。やつらは通常のレリックと同じく、宝箱の中に納まった形で生み出され、不運な冒険者に蓋を開けられることで、遺跡内に具現化する。

 冒険者がすぐにそれを倒せれば良し。しかし討伐が叶わなかった場合、怪物は遺跡内を闊歩するようになる。故にやつらは、「失われし徘徊者ロストワンダー」と呼ばれる。

「――ワンダーと遭遇した時、冒険者はどうするか。単に倒せばいい。……というのが正攻法だが、実はもう一つ、別解がある」

「別解……? それよりリューク、危険です! 下がってください!」

 震えながらも、オルタが俺の背中に向かって叫んだ。

 確かに、邪神を前にして仁王立ちになっていいのは、Sランクに達した戦闘職だけだ。非戦闘職の、しかもレベル1の鑑定士がやることじゃない。

 ……と、そう考えてしまう冒険者が大部分だ。このオルタのようにな。

 だが俺は、邪神から視線を逸らさないまま、彼女に言った。

「いいから、あんたの剣を貸してくれ」

「どうする気ですか!」

「決まっているさ。――邪神こいつを、倒す」

 その言葉に、オルタがおずおずと剣を抜き、俺の手に柄を預ける。掲げて見れば、丁寧に研ぎ澄まされたなかなかの業物だ。新米剣士が持つには上等すぎる逸品だが、そこはなるほど、お姫様の特権というやつだな。

 俺はほくそ笑み、自分の胸元から英雄の紋章を外すと、剣の切っ先を邪神に向けた。

 やつの黒い鎌首が口をメリメリと開け、生臭い異臭とともに、咆哮を上げる。しかし、臆する理由はない。

 俺は剣を向けたまま、別段大仰なアクションもなく、スタスタと前に歩み出た。

 ツッ――と、切っ先がやつの皮膚にめり込む。その巨体を思えば、ただ針で刺した程度の傷しかつけられないはず――。だが実際のところ、俺の攻撃はこれだけで充分だった。

「グワァァァッ!」

 邪神が咆えた。

 空気を震わせ、聞く者すべてを威圧するほどのその声が、しかしただの断末魔でしかないことを、俺はすでに知っていた。

 俺の目の前で、邪神の鎌首が、どうっ、と床に崩れ落ちた。そして、まるでパンクしたかのようにシュウシュウと萎み、瞬く間に一握りの黒い塊となって、床に転がる。

 あまりに呆気ないほどの絶命だった。

「こ、これはいったい……?」

 唖然とするオルタ。俺は事も無げに答えた。

「簡単な話さ。あんたも冒険者なら、常識として知っているよな? ロストミュージアのルール――。ここで出土するすべてのレリックは、外見と本質アニムが一致しない」

「はい。それは知っていますが――」

「そしてロストワンダーもまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……え? じゃあ――」

「気づいたか。そう、こいつは邪神に見えていたが、所詮()()()()()だ」

 黒く禍々しい巨体に惑わされてはいけない。まずは、相手のアニムを見抜くこと――。()()()()()()、これができる。

「こいつのアニムは、ネズミ。ただのネズミだ。HPもネズミ並みだった。以上――」

 俺はひととおりの説明を終え、剣をオルタの手に返した。だがオルタは、剣を鞘に戻すのも忘れ、ただ瞳を見開き、俺を見つめている。

 驚愕と、称賛――。相手の抱いている感情がストレートに読めてしまう。何とも決まり悪いものだ。

「すごいです! リューク、こんなこと、ただの冒険者にはできませんよ!」

「俺はただの冒険者さ。それも、Fランクのな」

 俺は小さく笑い、「先へ行こう」と促した。

 オルタが頷き、改めて俺の前に回る。今の勝利が背中を押し、足取りも軽い。ただ――。

「ああ、言い忘れていたが、遺跡の中は罠だらけだ。慎重に足を進めていかないと――」

 ドシャーン!

「そうなる。下らないトラップで命拾いしたな」

「……うぅ、痛いです!」

 早々に罠の床を踏んで、頭上から降ってきた金盥に悶絶するオルタ。さらにその瞳が、突如として恐怖に見開かれる。

「ああっ、今の音で新たなワンダーがこっちに! リューク、どうすれば!」

「外見は巨大ネズミ。アニムは巨大ウサギ。……適当にやっとけ」

「はい! ――ダメです! これ強すぎますっ! きゃっ、剣を齧らないでください!」

「あーあ、雲行き怪しいなぁ」

 ロミィが小さく呟く。俺も少しだけ、同意しておくことにした。


 というわけで、とりあえず齧歯類(げっしるい)を追い払った後――。

「よし、これから遺跡攻略のノウハウを教える。もっとも、俺は戦闘職じゃないからな。教えるのはあくまで基礎虫の基礎、レリックの手に入れ方だけだ。いいな?」

「はい! よろしくお願いします、リューク!」

 剣を少し齧られながらも、オルタはめげることなく、明るい声で叫んだ。

 ……まったく、俺がコーチだなんて、柄にもない話だがな。どうもこのお姫様、予想以上にポンコツすぎていけない。

「リューク先生、頑張ってー♪」

 横からロミィが茶化してくる。俺はその声を横に流し、パーティーの前衛に出た。

「この遺跡――ロストミュージアは、旧冒険者時代に多く見られた『ダンジョン』に酷似している。ダンジョンは知っているか?」

「はい、ものの本で読んだことがあります。危険な罠とモンスター、そして財宝に満ちた場所で、冒険者の試練の場でもあった、と」

「そうだ。この遺跡は、まさにそのダンジョンを再現したかのような構造になっている」

 石造りの壁と床。天井はやや低く、道は狭い。そこかしこに分岐があり、さらに複数の階層から成る。各階層は亜空間ゲートによって繋がる。加えて、罠も多い。

 それに何より――レリックだ。

 白五十年前の《終焉大戦》をきっかけに、かつて栄華を誇った冒険者の時代は一度終わりを迎えた。世界を破滅に導く存在と戦う必要がなくなったから――と言えば聞こえはいいが、実際の事情はもう少し嫌らしい。

 ……冒険者は所詮一般の民。その民が、平和になった世の中で、強大な力を秘めた武器や魔法を所持していいはずがない。そう考えた当時の権力者達が、こぞって冒険者文化を潰したのだ。

 その冒険者が今になって蘇ったのは――まさに、この遺跡とレリックの出現のおかげだった。

 世界全土に広がった遺跡と、そこから出土するレリックの量は、もはや国家の力だけでは管理しきれないほどに規模が大きすぎた。だからマスターを結成した権力者達は、平民の手を借りることにした。旧冒険者時代にあやかり、彼らを「冒険者」と名付け活躍させる――。この人海戦術と()()()()を介し、間接的にレリックの管理をおこなうことにしたわけだ。

 ……という説明をしながら、俺はオルタを先導して歩く。時々設置されている罠は、俺の鑑定魔術の一つ、「デリート」で除去する。盗賊のスキルにも似たものがあるが、これも俺独自の能力だ。

「それにしても、不思議ですね。どうしてこのような遺跡が突然現れたのでしょう」

「……さあな」

 オルタの素朴な疑問に、俺はただ素っ気なく答えただけだった。


 ――テ。

 ――リステ。

「――クリステ、行くなぁっ!」

 手を伸ばす。届かない。

 森を、大地を、空間を割って、巨大な搭が侵食する。

 村が呑まれていく。手を伸ばす。届かない。

 少女の悲鳴が耳を引き裂く。助けなければ。なのに。

 だから――だから俺は、とっさに自分の左目を――。


「……リューク、表情」

 ふと横からロミィに囁かれ、俺は我に返った。

「険しいよ? 思い出してた?」

「ああ――大丈夫だ」

 少しばかり、十三年前の記憶が蘇っただけだ。俺はすぐに微笑を浮かべ、反芻(はんすう)した記憶を心の底にしまい込んだ。

「どうしたのです、リューク?」

「何でもないさ。さて――そろそろ出番だぞ、姫騎士様」

 今は第三階層。少し先、通路を折れた先にワンダーの気配がある。ただ、向こうから襲撃してくる様子はない。おそらく――待ち伏せアンブッシュ型。

 俺は腰に差したダガーを抜くと、手早く柄にロープを結び、前方に投げた。

 切っ先が曲がり角を超え、床に落ちる。これでよし。

「……やはりか。巨大なクモかいる。大した相手ではないがな」

「なぜ分かるのです?」

「アルゴス――このダガーの名だ。こいつが教えてくれた」

 ロープを引いてダガーを回収しながら、俺は答えた。

 このダガーは、俺が持っているレリックの一つだ。アニムは《瞳》。その鋭い先端は、所有者である俺の目と常にリンクしている。故にこいつは、俺にとって()()()視界となる。

 ちなみに第二の視界については――いや、その話は今はいいだろう。

「オルタ、行けるか?」

「やってみます!」

 俺の声に、オルタが意気込んで頷く。頼もしい限りだな、一応は。

「いいかオルタ、あんたは剣士になることを選び、マスターの教会で《転生の義》を受けた。その瞬間から、あんたの体には基本的な剣技が備わっている。だから、立ち回りを強く意識する必要はない。細かいスキルは後でいくらでも覚えればいい。レベル1の今は、とにかく心を無にして剣を振れ。体が自ずと動くはずだ」

「分かりました!」

 威勢よく叫び、オルタは剣を抜いて、曲がり角の向こうに跳び出していった。


「リューク、無理です! 助けてください! きゃぁっ!」

「ものの五秒で糸玉にされたか。むしろ、なかなかできる芸当じゃないな」

「褒められても嬉しくないです! いやぁっ! クモ、クモが! でかい! 怖い!」

「……ロミィ、助けてやってくれ」

「しょうがないなぁ。はいはーい、今追っ払うからねー。――《死幻デッド・ビジョン》」

 ロミィがにぃっと笑って手を掲げるや、巨大グモの視界を幻影が襲った。

 それがどんな幻影かは、見えている相手にしか分からない。ただ、それは相手にとって、とてつもない恐怖を孕んだものである――とロミィは言う。

 事実、巨大グモはたちまち恐慌を来して、あっさりと巣を捨て、逃げていった。

 後には、糸まみれのオルタだけが残った。

「うう、心を無にしきれませんでした……」

「――拘束解除アンロープ

「おおっ、糸が消えました! ありがとう、ロミィ。……って、なぜ冒険者でもないあなたが、普通に魔法を使っているのですか?」

「冒険者でなくても、レリックの力を借りることはできる。そういうことだ」

 俺が言うとロミィは頷いて、右手の指にはめた指輪を、これ見よがしにかざしてみせた。

「それより見ろ、宝箱がある」

 クモの去った巣に、宝箱が一つ引っかかっている。俺はそいつを糸から外し、オルタの前に持ってきた。

「ちょうどいい。こいつは、あんたに譲ろう。開けてみろ。まず罠を外して――」

「あ……」

デリート! 言うそばから普通に開けてちゃ、命がもたないぞ?」

「ご、ごめんなさい!」

 間一髪、俺の放った「徐」が、宝箱に仕掛けられた罠を不発に終わらせた。

「トラップブレイカー――罠を外せる道具が町のショップに売っている。消耗品だが、次に遺跡に来る前にいくつか買っておくといい。あるいは、罠解除スキルを持ったやつとパーティーを組むか、そういう効果を持ったレリックを手に入れるか」

 レリックは万能だ。自分とは異なる職業クラスのスキルが使えたり、レベルに釣り合わないほど強大な戦闘力を身に着けたり――と、その可能性は無限。ただし、そこまで使()()()レリックに出会えるかどうかは、運次第だ。

 例えば、俺が持つダガー《アルゴス》のように使い道のあるレリックに出会える確率は、宝箱を開けまくったとしても、せいぜい二十パーセント。優秀な戦力を持つものとなれば、一パーセントにも満たない。

 だから冒険者は、日々遺跡通いに夢中になっている。強大なレアレリックを求めて。

「さて――次は宝箱の中身だ。蓋を開け目視。もしワンダーが出てくるようなら、すぐに遠くに放り投げろ」

「恐いことを言わないでください! ……大丈夫です。変なものは入っていません」

 そう言ってオルタが宝箱の中から取り出したのは、白銀に輝くペンダントだった。魔法陣を模った星形が、精巧な細工で表現されている。

「リューク、これのアニムが分かりますか?」

 オルタが訊ねた。言われるまでもなく、俺は自然と「(サーチ)」を発動させていた。

 ――なるほど、()()()()()が出てきたか。

 右目にペンダントのアニムを見た俺は、心の中で思案した。

 俺とロミィがここへ来たのは、モーナから「ある情報」を貰ったからだ。最初に聞いた時は半信半疑だったが――()()()()()()()()が出てきた以上、おそらく事実に違いない。

 ……俺はそんなことを考えつつ、オルタに答えた。

「ここで正解を言ってもいいが、今回は基礎を学んでもらおう。手に入れたレリックは、二十四時間以内にマスターに申告する義務がある。外に戻ったら、街のレリックショップに持っていって、マスター直属の鑑定員に診てもらうといい。一応それが本来のルールだからな。だが……そうだな、このペンダントのアニムは、顕在化1パーセント未満。だからペンダントとして以外に、使い道はない」

「そうですか……。では、ペンダントにします」

 オルタはニコリと笑い、さっそくその星を自分の首にかけた。初めて手に入れたレリックとなれば、愛着も湧くだろう。無邪気なお姫様にとっては、いい宝物ができた、と言うべきかもしれない。

 ……なぜだろうな。柄にもなく、微笑ましい気持ちになってしまう。

 俺は気を取り直し、通路の奥に目を向けた。

「――さて、もう少し進んでみるか。このまま俺が先導する」

 やや声を抑え、俺が言う。オルタが「はい!」と元気よく頷く。一方ロミィから返事がないのは――やはり、俺が鑑定結果を口にしなかったことを、不自然に思ってか。

 俺は無言でロミィに頷いた。ロミィが頷き返す。

 モーナからの情報が正しいなら――ここから先は、かなり慎重に進む必要があった。


 やがて、第八階層に着いた。

 ……予感は、的中した。

「リューク、どうしたのです?」

 枝分かれした通路の奥の行き止まりで、突然足を止めた俺に、オルタが不思議そうに訊ねる。

「リューク、それ――」

「ああ、()()()()

 ロミィの囁きに、俺は頷いた。

 行き止まりの壁に、黒いカビのようなものがビッシリとこびり付いている。

 ――邪神のおり

「オルタ、悪いがレクチャーはここまでだ」

 俺はそう言うと、懐から小さな宝玉を取り出した。

「覚悟を決めるか、すぐに避難しろ。今からこのリムルフ・ルートは――並の冒険者には刃が立たない、難所と化す」

果たしてリュークが見つけた異変とは?

リュークが遺跡管理局マスターから受けていた密命が、ついに明らかになる――!


お読みいただきありがとうございました。

次回の更新は4月23日の18:00を予定しています。

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