第4話 第一章・3 鑑定士、姫騎士様に手解きをする
開幕早々現れた邪神を、鑑定士はどう攻略する?
そして姫騎士が学ぶ、遺跡の歩き方とは――。
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ロストミュージアが百五十年前に失われた遺物の宝庫だ――というのは、前にも説明したとおりだ。
ただし遺物の中には、モンスターの類も含まれる。やつらは通常のレリックと同じく、宝箱の中に納まった形で生み出され、不運な冒険者に蓋を開けられることで、遺跡内に具現化する。
冒険者がすぐにそれを倒せれば良し。しかし討伐が叶わなかった場合、怪物は遺跡内を闊歩するようになる。故にやつらは、「失われし徘徊者」と呼ばれる。
「――ワンダーと遭遇した時、冒険者はどうするか。単に倒せばいい。……というのが正攻法だが、実はもう一つ、別解がある」
「別解……? それよりリューク、危険です! 下がってください!」
震えながらも、オルタが俺の背中に向かって叫んだ。
確かに、邪神を前にして仁王立ちになっていいのは、Sランクに達した戦闘職だけだ。非戦闘職の、しかもレベル1の鑑定士がやることじゃない。
……と、そう考えてしまう冒険者が大部分だ。このオルタのようにな。
だが俺は、邪神から視線を逸らさないまま、彼女に言った。
「いいから、あんたの剣を貸してくれ」
「どうする気ですか!」
「決まっているさ。――邪神を、倒す」
その言葉に、オルタがおずおずと剣を抜き、俺の手に柄を預ける。掲げて見れば、丁寧に研ぎ澄まされたなかなかの業物だ。新米剣士が持つには上等すぎる逸品だが、そこはなるほど、お姫様の特権というやつだな。
俺はほくそ笑み、自分の胸元から英雄の紋章を外すと、剣の切っ先を邪神に向けた。
やつの黒い鎌首が口をメリメリと開け、生臭い異臭とともに、咆哮を上げる。しかし、臆する理由はない。
俺は剣を向けたまま、別段大仰なアクションもなく、スタスタと前に歩み出た。
ツッ――と、切っ先がやつの皮膚にめり込む。その巨体を思えば、ただ針で刺した程度の傷しかつけられないはず――。だが実際のところ、俺の攻撃はこれだけで充分だった。
「グワァァァッ!」
邪神が咆えた。
空気を震わせ、聞く者すべてを威圧するほどのその声が、しかしただの断末魔でしかないことを、俺はすでに知っていた。
俺の目の前で、邪神の鎌首が、どうっ、と床に崩れ落ちた。そして、まるでパンクしたかのようにシュウシュウと萎み、瞬く間に一握りの黒い塊となって、床に転がる。
あまりに呆気ないほどの絶命だった。
「こ、これはいったい……?」
唖然とするオルタ。俺は事も無げに答えた。
「簡単な話さ。あんたも冒険者なら、常識として知っているよな? ロストミュージアのルール――。ここで出土するすべてのレリックは、外見と本質が一致しない」
「はい。それは知っていますが――」
「そしてロストワンダーもまた、この遺跡で出土するレリックに過ぎない」
「……え? じゃあ――」
「気づいたか。そう、こいつは邪神に見えていたが、所詮見た目だけだ」
黒く禍々しい巨体に惑わされてはいけない。まずは、相手のアニムを見抜くこと――。鑑定士ならば、これができる。
「こいつのアニムは、ネズミ。ただのネズミだ。HPもネズミ並みだった。以上――」
俺はひととおりの説明を終え、剣をオルタの手に返した。だがオルタは、剣を鞘に戻すのも忘れ、ただ瞳を見開き、俺を見つめている。
驚愕と、称賛――。相手の抱いている感情がストレートに読めてしまう。何とも決まり悪いものだ。
「すごいです! リューク、こんなこと、ただの冒険者にはできませんよ!」
「俺はただの冒険者さ。それも、Fランクのな」
俺は小さく笑い、「先へ行こう」と促した。
オルタが頷き、改めて俺の前に回る。今の勝利が背中を押し、足取りも軽い。ただ――。
「ああ、言い忘れていたが、遺跡の中は罠だらけだ。慎重に足を進めていかないと――」
ドシャーン!
「そうなる。下らないトラップで命拾いしたな」
「……うぅ、痛いです!」
早々に罠の床を踏んで、頭上から降ってきた金盥に悶絶するオルタ。さらにその瞳が、突如として恐怖に見開かれる。
「ああっ、今の音で新たなワンダーがこっちに! リューク、どうすれば!」
「外見は巨大ネズミ。アニムは巨大ウサギ。……適当にやっとけ」
「はい! ――ダメです! これ強すぎますっ! きゃっ、剣を齧らないでください!」
「あーあ、雲行き怪しいなぁ」
ロミィが小さく呟く。俺も少しだけ、同意しておくことにした。
というわけで、とりあえず齧歯類を追い払った後――。
「よし、これから遺跡攻略のノウハウを教える。もっとも、俺は戦闘職じゃないからな。教えるのはあくまで基礎虫の基礎、レリックの手に入れ方だけだ。いいな?」
「はい! よろしくお願いします、リューク!」
剣を少し齧られながらも、オルタはめげることなく、明るい声で叫んだ。
……まったく、俺がコーチだなんて、柄にもない話だがな。どうもこのお姫様、予想以上にポンコツすぎていけない。
「リューク先生、頑張ってー♪」
横からロミィが茶化してくる。俺はその声を横に流し、パーティーの前衛に出た。
「この遺跡――ロストミュージアは、旧冒険者時代に多く見られた『ダンジョン』に酷似している。ダンジョンは知っているか?」
「はい、ものの本で読んだことがあります。危険な罠とモンスター、そして財宝に満ちた場所で、冒険者の試練の場でもあった、と」
「そうだ。この遺跡は、まさにそのダンジョンを再現したかのような構造になっている」
石造りの壁と床。天井はやや低く、道は狭い。そこかしこに分岐があり、さらに複数の階層から成る。各階層は亜空間ゲートによって繋がる。加えて、罠も多い。
それに何より――レリックだ。
白五十年前の《終焉大戦》をきっかけに、かつて栄華を誇った冒険者の時代は一度終わりを迎えた。世界を破滅に導く存在と戦う必要がなくなったから――と言えば聞こえはいいが、実際の事情はもう少し嫌らしい。
……冒険者は所詮一般の民。その民が、平和になった世の中で、強大な力を秘めた武器や魔法を所持していいはずがない。そう考えた当時の権力者達が、こぞって冒険者文化を潰したのだ。
その冒険者が今になって蘇ったのは――まさに、この遺跡とレリックの出現のおかげだった。
世界全土に広がった遺跡と、そこから出土するレリックの量は、もはや国家の力だけでは管理しきれないほどに規模が大きすぎた。だからマスターを結成した権力者達は、平民の手を借りることにした。旧冒険者時代にあやかり、彼らを「冒険者」と名付け活躍させる――。この人海戦術とガス抜きを介し、間接的にレリックの管理をおこなうことにしたわけだ。
……という説明をしながら、俺はオルタを先導して歩く。時々設置されている罠は、俺の鑑定魔術の一つ、「除」で除去する。盗賊のスキルにも似たものがあるが、これも俺独自の能力だ。
「それにしても、不思議ですね。どうしてこのような遺跡が突然現れたのでしょう」
「……さあな」
オルタの素朴な疑問に、俺はただ素っ気なく答えただけだった。
――テ。
――リステ。
「――クリステ、行くなぁっ!」
手を伸ばす。届かない。
森を、大地を、空間を割って、巨大な搭が侵食する。
村が呑まれていく。手を伸ばす。届かない。
少女の悲鳴が耳を引き裂く。助けなければ。なのに。
だから――だから俺は、とっさに自分の左目を――。
「……リューク、表情」
ふと横からロミィに囁かれ、俺は我に返った。
「険しいよ? 思い出してた?」
「ああ――大丈夫だ」
少しばかり、十三年前の記憶が蘇っただけだ。俺はすぐに微笑を浮かべ、反芻した記憶を心の底にしまい込んだ。
「どうしたのです、リューク?」
「何でもないさ。さて――そろそろ出番だぞ、姫騎士様」
今は第三階層。少し先、通路を折れた先にワンダーの気配がある。ただ、向こうから襲撃してくる様子はない。おそらく――待ち伏せ型。
俺は腰に差したダガーを抜くと、手早く柄にロープを結び、前方に投げた。
切っ先が曲がり角を超え、床に落ちる。これでよし。
「……やはりか。巨大なクモかいる。大した相手ではないがな」
「なぜ分かるのです?」
「アルゴス――このダガーの名だ。こいつが教えてくれた」
ロープを引いてダガーを回収しながら、俺は答えた。
このダガーは、俺が持っているレリックの一つだ。アニムは《瞳》。その鋭い先端は、所有者である俺の目と常にリンクしている。故にこいつは、俺にとって第三の視界となる。
ちなみに第二の視界については――いや、その話は今はいいだろう。
「オルタ、行けるか?」
「やってみます!」
俺の声に、オルタが意気込んで頷く。頼もしい限りだな、一応は。
「いいかオルタ、あんたは剣士になることを選び、マスターの教会で《転生の義》を受けた。その瞬間から、あんたの体には基本的な剣技が備わっている。だから、立ち回りを強く意識する必要はない。細かいスキルは後でいくらでも覚えればいい。レベル1の今は、とにかく心を無にして剣を振れ。体が自ずと動くはずだ」
「分かりました!」
威勢よく叫び、オルタは剣を抜いて、曲がり角の向こうに跳び出していった。
「リューク、無理です! 助けてください! きゃぁっ!」
「ものの五秒で糸玉にされたか。むしろ、なかなかできる芸当じゃないな」
「褒められても嬉しくないです! いやぁっ! クモ、クモが! でかい! 怖い!」
「……ロミィ、助けてやってくれ」
「しょうがないなぁ。はいはーい、今追っ払うからねー。――《死幻》」
ロミィがにぃっと笑って手を掲げるや、巨大グモの視界を幻影が襲った。
それがどんな幻影かは、見えている相手にしか分からない。ただ、それは相手にとって、とてつもない恐怖を孕んだものである――とロミィは言う。
事実、巨大グモはたちまち恐慌を来して、あっさりと巣を捨て、逃げていった。
後には、糸まみれのオルタだけが残った。
「うう、心を無にしきれませんでした……」
「――拘束解除」
「おおっ、糸が消えました! ありがとう、ロミィ。……って、なぜ冒険者でもないあなたが、普通に魔法を使っているのですか?」
「冒険者でなくても、レリックの力を借りることはできる。そういうことだ」
俺が言うとロミィは頷いて、右手の指にはめた指輪を、これ見よがしにかざしてみせた。
「それより見ろ、宝箱がある」
クモの去った巣に、宝箱が一つ引っかかっている。俺はそいつを糸から外し、オルタの前に持ってきた。
「ちょうどいい。こいつは、あんたに譲ろう。開けてみろ。まず罠を外して――」
「あ……」
「除! 言うそばから普通に開けてちゃ、命がもたないぞ?」
「ご、ごめんなさい!」
間一髪、俺の放った「徐」が、宝箱に仕掛けられた罠を不発に終わらせた。
「トラップブレイカー――罠を外せる道具が町のショップに売っている。消耗品だが、次に遺跡に来る前にいくつか買っておくといい。あるいは、罠解除スキルを持ったやつとパーティーを組むか、そういう効果を持ったレリックを手に入れるか」
レリックは万能だ。自分とは異なる職業のスキルが使えたり、レベルに釣り合わないほど強大な戦闘力を身に着けたり――と、その可能性は無限。ただし、そこまで使えるレリックに出会えるかどうかは、運次第だ。
例えば、俺が持つダガー《アルゴス》のように使い道のあるレリックに出会える確率は、宝箱を開けまくったとしても、せいぜい二十パーセント。優秀な戦力を持つものとなれば、一パーセントにも満たない。
だから冒険者は、日々遺跡通いに夢中になっている。強大なレアレリックを求めて。
「さて――次は宝箱の中身だ。蓋を開け目視。もしワンダーが出てくるようなら、すぐに遠くに放り投げろ」
「恐いことを言わないでください! ……大丈夫です。変なものは入っていません」
そう言ってオルタが宝箱の中から取り出したのは、白銀に輝くペンダントだった。魔法陣を模った星形が、精巧な細工で表現されている。
「リューク、これのアニムが分かりますか?」
オルタが訊ねた。言われるまでもなく、俺は自然と「視」を発動させていた。
――なるほど、こんなものが出てきたか。
右目にペンダントのアニムを見た俺は、心の中で思案した。
俺とロミィがここへ来たのは、モーナから「ある情報」を貰ったからだ。最初に聞いた時は半信半疑だったが――こんなペンダントが出てきた以上、おそらく事実に違いない。
……俺はそんなことを考えつつ、オルタに答えた。
「ここで正解を言ってもいいが、今回は基礎を学んでもらおう。手に入れたレリックは、二十四時間以内にマスターに申告する義務がある。外に戻ったら、街のレリックショップに持っていって、マスター直属の鑑定員に診てもらうといい。一応それが本来のルールだからな。だが……そうだな、このペンダントのアニムは、顕在化1パーセント未満。だからペンダントとして以外に、使い道はない」
「そうですか……。では、ペンダントにします」
オルタはニコリと笑い、さっそくその星を自分の首にかけた。初めて手に入れたレリックとなれば、愛着も湧くだろう。無邪気なお姫様にとっては、いい宝物ができた、と言うべきかもしれない。
……なぜだろうな。柄にもなく、微笑ましい気持ちになってしまう。
俺は気を取り直し、通路の奥に目を向けた。
「――さて、もう少し進んでみるか。このまま俺が先導する」
やや声を抑え、俺が言う。オルタが「はい!」と元気よく頷く。一方ロミィから返事がないのは――やはり、俺が鑑定結果を口にしなかったことを、不自然に思ってか。
俺は無言でロミィに頷いた。ロミィが頷き返す。
モーナからの情報が正しいなら――ここから先は、かなり慎重に進む必要があった。
やがて、第八階層に着いた。
……予感は、的中した。
「リューク、どうしたのです?」
枝分かれした通路の奥の行き止まりで、突然足を止めた俺に、オルタが不思議そうに訊ねる。
「リューク、それ――」
「ああ、見つけた」
ロミィの囁きに、俺は頷いた。
行き止まりの壁に、黒いカビのようなものがビッシリとこびり付いている。
――邪神の澱。
「オルタ、悪いがレクチャーはここまでだ」
俺はそう言うと、懐から小さな宝玉を取り出した。
「覚悟を決めるか、すぐに避難しろ。今からこのリムルフ・ルートは――並の冒険者には刃が立たない、難所と化す」
果たしてリュークが見つけた異変とは?
リュークが遺跡管理局から受けていた密命が、ついに明らかになる――!
お読みいただきありがとうございました。
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