第25話 第四章・6 鑑定士、《魔導の大要塞》を制する
ついに始まった《魔導の大要塞》ビヨンドとの戦い!
リュークがロミィの魔法壁を利用して繰り出す秘策とは――?
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「ロミィ、魔法壁だ。――囲い込め。俺とビヨンドを、な」
「了解! ドラゴンの檻にゴブリンを入れるような感じね?」
「そいつは、なかなかいい喩えだ」
もちろん、ドラゴンは俺の方……と行きたいところだがな。
そう苦笑する俺の背を起点に、魔法壁が左右へと素早く展開していく。それは急カーブを描きながら、俺の、そしてビヨンドの両サイドを駆け、さらにやつが籠る砦の真正面へ――。まるでカーテンのように、ビヨンドの視線から岩壁を遮り、そこで両端が結び合う。
瞬く間に完成した三百六十度の包囲網。もちろんその頭上にも壁は広がり、蓋を載せた水槽のように、俺とビヨンドを完全に一つの空間に閉じ込める。
「何だこれは!」
ビヨンドが戸惑いの声を上げる。それに対して、俺は事も無げに答えた。
「見てのとおりさ。こいつは《砦》だ。あんたを通さないためのな」
「愚かな! 我こそが砦ぞ!」
そう叫ぶや、ビヨンドの全身に雷球が灯る。
――来るか。だが、させない。
やつが呪文の詠唱を終える前に、それを阻止してやる。俺はニヤリと笑い、すかさずロミィに新たな指示を出した。
「狭めてくれ」
「わぉ、チャレンジャー」
ロミィが茶化し、俺とビヨンドを取り囲む魔法壁の空間を、ギュッと収縮させた。
周囲の壁が瞬く間に迫る。俺はその壁に背を押されるようにしながら、ビヨンドとの間合いを一気に詰める。
もっとも、雷球の灯る砦に触れれば、ダメージは免れない。だから体が相手に密着する寸前で踏み止まる。
この時点で周囲の魔法壁は、俺達二人から二十センチとない位置にまで近づいている。俺はロミィに合図を送って、壁の狭まりをストップさせると、ビヨンドに訊ねた。
「一つ質問だ。その雷撃を放った場合、何が起きると思う?」
「……何?」
ビヨンドがくぐもった声で返す。だが、いくら視界が乏しくたって、今の状況を見れば分かるはずだ。
やつの射程限界は、魔法壁までのわずか二十センチ足らず。そんな至近距離に着弾した雷は、そのまま鋼鉄の砦を素通りし、やつの全身を焼く――。
「……我自身が、巻き込まれる――?」
「正解だ」
俺はニヤリと笑って頷いた。
ビヨンドが呻く。同時に砦に灯っていた雷球が、すべて消失する。
雷撃はキャンセルしたか。賢明な判断だ。
……さて、これで攻撃魔法は封じた。ただし、ビヨンドはこの状況を変えるために、「ある別の魔法」を行使するはず――。
この予想は違わなかった。俺の思惑どおり、やつはすぐに新たな呪文の詠唱へと移った。もちろん、魔法壁の中から逃れるために。
「――テレポート!」
そう、瞬間移動魔法だ。
ビヨンドが砦ごと、その体を消失させる。そして念じた地点へと、一気に移動……することはない。残念ながらな。
「何っ、無効だと?」
瞬間移動が不発に終わり、再び狭い魔法壁の中に出現するビヨンド。当然だ。この壁は、あらゆるものを通さない。たとえそれが、魔法による瞬間移動であってもだ。
そして、今の不発に終わった瞬間移動こそが、ビヨンドの――いや、「邪神」の命取りとなる。
「一ついいことを教えてやろう」
変わらずやつの背面に立ち、俺は言った。
「アクセサリーの姿で砦に閉じこもった邪神に干渉するには、どうすればいいか――。答えは二つ。その一つ目が、たった今成功した」
「……何だと?」
ビヨンドがハッとする。やつの動揺が、「視」を介して伝わってくる。しかしもう遅い。なぜなら――そう、俺の右手が今どうなっているかを知れば、分かることだ。
すでに俺は、ビヨンドが瞬間移動魔法の詠唱に入った段階で、右手に用意していた。
――アルゴス。即ち、《瞳》の本質を持つダガーを。
「……何だ、そのダガーは?」
「こいつの名はアルゴス。この切っ先は、常に俺の右目と繋がっている」
そして、その切っ先が今どこにあるかは、言うまでもない。
ああ、砦の中だ。
……簡単に説明すると、こういうことだ。
つい今、ビヨンドは砦ごと一度消失した。その瞬間に俺がアルゴスを突き出す。直後、魔法壁に阻まれたビヨンドが、再び同じ位置に現れる――。
すると、当然こうなる。
再構築された砦に、一瞬前まで存在しなかったアルゴスの刃が埋まり、俺はそのアルゴスを通して、ビヨンドの体を視界に収めることが可能となる。
もちろん理論上は、俺自身が砦に顔をめり込ませることもできたが――いや、そいつはさすがに無茶だろう。あいにく人体ってのは、鋼鉄にめり込んだ状態を長時間維持するには不向きな代物だ。少なくとも、このダガーよりはな。
「これが一つ目の答えだ。砦に閉じこもった邪神に干渉する方法――。俺が砦の中に入ればいい。簡単だろ?」
「くっ、小癪な! 我が力が雷ばかりと思うな!」
そう叫び、ビヨンドがまた新たな呪文を唱える。この呪文は……なるほど、《睡眠》か。催眠魔法ってことは、こいつはつい最近覚えたてのものだな。以前から習得していたなら、あのオールドワーム戦で役立てたはずだ。
まあ、どうあれ――その魔法は、俺には効かない。
「――マナ切れ、だろ?」
やつの背中の仮初の「目」に向かって、俺はニヤリと笑ってみせた。
ビヨンドが再び呻いた。やれやれ、焦りすぎて、自分のマナの残量さえ見えていなかったか。
「思い出せよ。さっきの瞑想は俺が中断させた。なのにそれからあんたは、視界確保、雷撃、瞬間移動と、立て続けに魔法を使った。まあ、最後の瞬間移動は実質無効だったが、それでもマナを大きく消費しちまったのは痛手だったな」
「な、なぜ分かった? 我のマナの量が……」
「むしろ、なぜ分からないと思った? あんたは俺達を襲撃した時から、ずっと雷撃と瞑想を繰り返していた。だったら、魔法の種類に応じたマナの消費量から計算して、あんたのマナのキャパもだいたい読めるってわけだ」
そう、つまりビヨンドは、始めからずっと手札を晒していたに等しい。
よりにもよって――この俺に対してな。
「さあ、ここからが本番だ。ビヨンド、あんたを蝕んでいる邪神を回収させてもらう」
俺はそう言うと目を凝らし、アルゴスの切っ先を通して、ビヨンドの全身を観察した。
俺の視点は今、やつの右肩の上にある。中は暗いが、俺の目と連動している以上、そこは問題ない。あとはこの視界にほんの一瞬でも「それ」が映れば、鑑定魔術による干渉が可能となる。
さて――「邪神」は、どこにある?
キクノの時は指輪だった。だが「アクセサリー」と総称で呼んだからには、指輪以外にも種類があった可能性が高い。
……やはり指には見当たらない。首も違う。胸元にも、何もない。だったら――。
「――見つけた」
右の腕に嵌る、黄金のブレスレット。そのアニムが間違いなく《邪神》であることを見抜き、俺は今一度アルゴスの柄をしっかりと握り締めた。
「さっきの続きだ。砦に閉じこもった邪神に干渉する方法。その二つ目の答えを教えてやる」
そして俺が、ブレスレットに対して行使する鑑定魔術は――もちろんこれしかない。
「開!」
その言葉に合わせて、ブレスレットに異変が起きた。
金色の表面が黒ずみ、むくむくと、まるで窯の中のパンケーキのように、威勢よく膨らみ出す。
「ぐぉぉっ!」
腕を圧迫され、ビヨンドが獣じみた悲鳴を上げる。だが砦を解く様子はない。当然だ。邪神に心を支配されている以上、やつはブレスレットを守ることしか考えられないのだから。
しかし、これも予想内のことだ。俺は右手に力を込め、アルゴスの刃を勢いよく引いた。
砦から刃が抜かれる。鋼鉄の表面に亀裂が残る。抜け道を作ってやったことで、その穴目がけて、砦の内側から漆黒の塊がせり上がってくる。
そう、この塊は邪神と化しつつあるブレスレット、そのものだ。言わば邪神の一部が、砦の外にはみ出そうとしている――。
「これが二つ目の答えだ。砦から無理やり引きずり出す。どっちも簡単だったな」
俺は笑い、最後の仕上げにかかった。
今ここに具現化しつつある邪神を倒すとなれば、おそらく俺の愛用の武器、タイラントをもってしても難しいだろう。だが、そいつはあくまで、直接的な火力の問題だ。
それよりも、もっとストレートに、この邪神を無力化させる方法がある。
その手段となるものは――すでに俺の手袋の中に回収済みだ。
「来い、空ろなる遺物!」
右手を強く握り締め、叫ぶ。その甲に浮かんだ紋章から、瞬く間に「それ」が飛び出す。
俺は、空いた左手でそいつを素早くキャッチすると、剥き出しの邪神に突き付けた。
――宝箱。岩の宝剣が入っていたもの。当然中身は、今は空っぽ。
ただし、忘れちゃいけない。この箱に仕掛けられたトラップは、まだ生きている。
「……眠りな。永遠に」
宣告とともに邪神に向けて、俺は迷わず蓋を開いた。
刹那――青白い炎が飛び出し、腕となって、邪神に襲いかかった。
《魂封印》――。冥界の手が、邪神の肉体からその魂を、容赦なく引きずり出す。
俺が蓋を閉じるのと、ビヨンドが砦を解いて崩れ落ちるのと、同時だった。
その右腕に絡みついた漆黒の塊は、もはやピクリとも動かない。邪神と言えども所詮は魂ある存在。冥界の力には抗えなかった、ってことだ。
「――封」
俺は鑑定魔術で邪神を再びブレスレットの形に戻すと、ビヨンドの腕から、そいつを慎重に抜き取った。
回収完了。……やれやれ、これでようやく二個目か。
「ロミィ、片づいたぞ」
「お疲れ。なかなか楽しいショーだったよ」
「そいつはどうも」
気楽な相棒に、同じ気楽な調子で返し、俺は岩壁の方に向き直る。
さて、片づいたとは言ったが――向こうはこれから、だな。
俺は肩を竦め、聳え立つ岩壁を、右目で凝視した。
さあ、今度はオルタを助ける番だ。
エルマンの一方的な支配を回避するため、リュークが冒険者達に示した提案とは?
そしてついに、エルマンの野望が明らかに――。
次回、第四章クライマックス!
お読みいただきありがとうございました。
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