第2話 第一章・1 鑑定士、酒場で因縁をつけられる
遺跡管理局からの「とある密命」により、小国を訪れたリューク。そこで出会ったのは……?
メインストーリーはここからスタート。
次回の更新は4月21日の18:00を予定しています。
ロストミュージア――と呼ばれる超巨大遺跡が、突如この世界に出現したのは、今から十三年前のことだ。
いや、厳密に言えば、遺跡そのものが出現したわけじゃない。なぜならロストミュージアは、この世界とは異なる亜空間に存在しているからだ。ごく一部、外壁などがこちらの世界にはみ出したケースはあったが、あくまで例外的な事例と言える。
ただ、遺跡の入り口は、世界全土に渡って開いた。
村外れの洞窟に。忘れ去られた地下墓地に。町の下水道に。森の樹々のトンネルの奥に――。
空間を裂き現れたいくつもの入り口は、勇気に満ちた者が足を踏み入れるのを、まるで待ち侘びているようでもあった。
実際、無茶をするのが好きな連中が何人も、亜空間に足を踏み入れた。そこで彼らが目にしたのは、石造りの広大な迷宮と――無数の遺物だった。
今は失われたはずの強大な武器があった。
失われたはずの魔法もあった。
失われたはずの怪物もいた。
それらはいずれも、百五十年前に起きた《終焉大戦》と呼ばれる事件以降、この世界から姿を消したはずのものばかりだった。
人々が色めき立つと同時に、権力者達は怯えた。もしこれらの膨大なレリックが無秩序に流通すれば、各国の経済や軍事のパワーバランスは、瞬く間に崩壊するからだ。
そこで――急遽、ある組織が結成された。
遺跡の調査と、出土したレリックの記録・管理をおこなう、国家や種族の垣根を超えた連合組織。世界中から遺跡調査員を募り、彼らに神の加護と「冒険者」の名を与え、その大元締めとして君臨する。言わば、この「新冒険者時代」における、絶対的権力。
その名も――遺跡管理局だ。
……で、そのマスターに所属する局員の一人、女エルフのモーナが俺達の泊まる宿に乗り込んできたのは、二日前のことだった。
「酷いですよリュークさん! 私のこと、また撒きましたね?」
部屋に入ってくるなり涙目で俺を睨んだ彼女は、外見年齢二十代前半。金髪碧眼、美しく整った顔立ちの、典型的なエルフ族の娘だ。
終焉大戦以降、人間が魔法技術を手放したのを機に、エルフ族は人間に愛想を尽かして遠ざかっていたというが、それでも最近はまた数を増やしつつある。もっとも、このモーナは例外みたいなもので、マスターが設立されるよりもっと前から、魔法技術の継承者として、某国で要職に就いていたらしい。
……まあ、実際、俺とも結構長い付き合いになる。何しろ、マスターが設立された当時からの腐れ縁だからな。
「撒いたわけじゃないさ。ただ、あんたに次の行き先を伝えずに旅立っただけだ」
「それを撒いたって言うんですよっ!」
「ごめんね、モーナ。リュークがね、あたしと二人っきりになりたいから、モーナのことは置いてこうって」
「ろ、ロミィさん? そんなっ! いつからリュークさんと、そんなイチャイチャな関係にっ? ていうかリュークさん……こんなペッタンコなアレの方がいいんですかっ?」
ロミィが横から挟んできた根も葉もない風評被害に、モーナがおろおろしながら反応する。面倒臭いので、俺はツッコまない。
「で、モーナ、用件は?」
「うぅ……答えてくれないんですね。冷たいです、リュークさん。私はただ、まだリュークさんが少年だったあの頃みたいに、『モーナお姉ちゃん♪』って呼んでもらいたいだけなのに――」
「モーナお姉ちゃん♪」
……ああ、今言ったのも俺じゃない。ロミィだ。いや、そもそも、俺がモーナに世話になっていた頃だって、そんな風に呼んだ覚えはないがな。
「ロミィさん……。妹属性……。こ、これはこれでいいものです……」
ペッタンコなアレからの思わぬ攻撃を受けて、何やらうっとりしているモーナ。……これでも一応は、俺の「恩人」だ。
かつて――俺は「とある事情」から、モーナの家に厄介になっていたことがある。まだ十三、四の頃の話だ。
身寄りのなかった俺を親身になって面倒見てくれたことは、もちろん感謝している。それに今だって、マスターとの仲介役として、何かと手助けしてくれているのも事実だ。
ただ……そうだな。俺が二十七になってなお、モーナが見た目も心も俺より年上になるつもりがまったくないのは――いや、さすがエルフということで我慢しておくか。
「私からの用件は二つ。一つは、よくも私を撒きましたね、っていうお説教です」
「なるほど。じゃあもう一つを聞こうか」
「もう一つはですね――って、何さらっと流そうとしてるんですかリュークさん! そりゃ私が趣味でリュークさんを追っていて、それを拒否られたなら、私は泣きながら体育座りでおうちに引き籠ってますけど、これは上層部からの指示なんです。リュークさんが『開』を乱用しないように監視しろっていう――」
……そう、確かにそのとおりだ。
俺が操る「開」の力は、本来、冒険者の一職業である「鑑定士」には使えない、まったく独自の能力だ。俺は「鑑定魔術」と呼んでいるが――とにかくこいつは、世に出回っているレリックの価値を一変させてしまう力を持っている。
リンゴを聖剣に変えれば、それだけで莫大な富が手に入る。聖剣を量産すれば、国一つ滅ぼすだけの軍事力が賄える。そんな、世界のパワーバランスを破壊しかねない力を、俺という一個人が持っている――という事実は、確かに俺以外の人間から見れば、危険極まりない状況だろう。
だから、「開」をかけたレリックは、一定時間以内に元の形に戻すこと――。それが、マスターが俺に課したルールだ。もっとも俺自身、能力を人前で乱用するつもりはないから、言われずともそうしていただろう。
それでも監視はつく。それがモーナだ。おかげで旅先のどこにでも現れる。こういうのを「旅仲間」と呼んでいいものかは、迷うところだな。
「説教は済んだか、モーナ。そろそろ二つ目の用件を聞こう」
荒ぶるかつての「姉」をやんわりと宥め、俺は話の続きを促した。モーナは真っ赤な顔で息をつくと、ようやく本題に入った。
「実はですね、リュークさん。ちょっと調べてほしいことがあるんです。ここから東に行った先に、リムルフっていう小国があるんですけど――」
そして――俺とロミィは、リムルフにやってきた。
人口一万に満たない小さな王国だ。これといって特産品があるわけではないが、領内の森に遺跡への入り口ができたおかげで、そこを訪れる冒険者で潤っているという。
俺達の目的も、もちろん遺跡だ。ただその前に――。
「まずは酒場だな」
「同行者探しね。さぁて、今日は何人にスルーされるかな」
「俺の勘だと、十人ってところだな」
「じゃあたしは二十人。賭ける?」
「ああ。俺が勝ったら、俺のランチを半分奪うのは禁止な?」
そんなことを話しながら俺達は、冒険者で賑わう大通りを行く。
冒険者の中でも、鑑定士というクラスには需要がない。戦力にはならず、補助スキルもなく、ただただ足手まとい。唯一できることは、手に入れたレリックをその場で無料鑑定するだけ――。まあ、街のレリックショップで金を払えば、マスター直属の鑑定員が好きなだけ鑑定してくれるがな。
故に鑑定士は、ただ鑑定士であるというそれだけで、Fランク呼ばわりされてしまう。その上に自慢じゃないが、俺はレベルも1だ。
だから――そうだな、俺をパーティーに入れたがる冒険者がいるとすれば、そいつはよっぽど鑑定料に困っている新人か、ただのお人好しだけだろう。
そのお人好しを十人目までに引き当てることを祈りつつ――。俺はロミィを連れて、酒場へと足を進めた。
……で、その酒場にて。
「Fランク風情が、よくもこの私に恥をかかせてくれたな! 覚悟したまえ、ああっ?」
着いて早々、俺とロミィは、ガラの悪い魔術師が率いる三十人の冒険者に、取り囲まれることとなった。
どうしてこうなったのか、と言えば……さて、どうしてだろうな。
確か――まず店内を見回し、この辺のリーダー格と思しきランクAの魔術師に声をかけた。そうしたら、「Fランクが気安く私に口を利くな」と嘲笑された。
「私は人呼んで、《災厄を駆るドーリス》。私の杖は、遺跡の魔物を次々と誘き寄せる――。私と組めるのは、その夥しい魔物を屠る力がある者だけだ。ザコは失せろ!」
ドーリスと名乗った痩せぎすな青年魔術師は、そんなことを得意げに言い放った。……で、俺は特に悪気もなく、こう言い返したわけだ。
「へえ、あんたの杖のアニムは焼き立てのパンなのか。そりゃ匂いで魔物も寄ってくるよな」
そうしたら、いきなりブチ切れられた。……もしかして、パンだってこと、周りには秘密にしていたのか。確かに《パンを駆るドーリス》じゃ情けないしな。
「リューク、賭けはあたしの勝ちでいい?」
「ああ、完敗だ。長くなりそうだから、先にオーダーしといてくれ」
「オッケー。店長、ロックバードオムライス二つ! そのうち一つ半はあたしのお皿にね!」
周りのことなど気にも留めず、ロミィが明るく注文を入れる。そんな頼もしい相棒と同じ卓に着きながら、俺は面倒くさそうに、果実ジュースのグラスを揺らした。
……やれやれ、実に馬鹿馬鹿しい展開になっちまった。
俺が心の中で溜め息をつくと同時に、魔術師が攻撃呪文の詠唱を唱え始めた。
実力行使か。仕方ない。あまり気は進まないが、それなりの対応はさせてもらおう。
そう思い、俺が腰を浮かしかけた時だった。
「――何をしているのです!」
凛とした女の声が、店内に響いた。
見れば――酒場の入り口に、一人の少女が立っていた。
長い金髪を後ろに結わえ、高級な剣士装備に身を包んだ、歳の頃は十五、六の少女。
「いくらこの国を支える冒険者と言えど、無法な振る舞いは許しません! ドーリス、今すぐその杖を納め、仲間達を退かせなさい!」
「ぐ……」
パンの魔術師が顔色を変えて、取り巻き達とともに後退る。途端に殺気とは別の緊張感に満ちた店内に、卵の焼けるいい香りが漂い始める。
俺とロミィは、同時に少女の顔を見た。
「――あんたは?」
俺が訊ねる。少女は、揺るがぬ姿で堂々と、答えた。
「私はリムルフ第一王女、オルタ・ブロウザーム。今日からお忍びで姫騎士を始めることにしました! ……ところで、冒険者が最初に立ち寄るという酒場とやらは、ここでいいのですか?」
「全然忍んでない~」
ロミィが呆れた顔で呟く。俺は、無言で頷いた。
これが――俺と、新米剣士・オルタ姫との、出会いだった。
お読みいただきありがとうございました。
突如現れた自称姫騎士様を、リュークはいったいどう扱うのか。
次回の更新は4月21日の18:00を予定しています。