第16話 第三章・2 鑑定士、《魔眼の騎士王》と対面する
横暴なSランク騎士・エルマンに目をつけられたオルタ。
リュークがエルマンに仕掛ける、ちょっとした反撃とは?
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エルマンは恭しく――しかし内面はあくまで尊大なまま、オルタに深く一礼をした。
「お目にかかれて光栄です、オルタ様。……いや、《大賢者のオルタ》様とお呼びした方がよろしいですかな?」
「その呼び方はしないでくださいっ」
服装は変わってもいつもと同じ調子で、オルタが返す。エルマンは彼女の反応に怪訝な素振りを見せながらも――まさか、あの二つ名を呼んで喜ばれると思ったのか――特に調子を崩すことなく言葉を続けた。
「私はエルマン・レインガルト。すでにモーナ殿から紹介が行っているとは思いますが、私もオルタ様と同じ、冒険者です。ランクはS。職業は騎士。レベルは、かれこれ400を超え――」
そこからは、自慢に満ちた自己紹介と社交辞令がしばらく続く。大して面白い内容でもないので省くが――。そうだな、簡単に言えば、このエルマンという男は、常に自分の大きさをアピールしたがっているってことだ。鬱陶しいほどにな。
ランク。クラス。レベル。どれも口にする時、感情に力が籠っていた。
ちなみに「騎士」ってのは、剣士の上位職だ。剣士がランクアップした際に選択できる、より専門的な分野に特化した上位職――。その一つが、オールマイティかつ優れた戦闘力を持った「騎士」というわけだ。
他にも、特定のタイプの敵との戦いに特化した「竜殺し」や、守りと搦め手を捨てて攻撃に特化した「狂戦士」なんかが、剣士の上位職に当たる。
……話を元に戻す。要するにエルマンは今の会話の中で、自分がオルタよりも格上なのだということを、散々アピールした――。そういうことだ。
「いけ好かないなぁ」
俺の頭の上で、ロミィがぼそりと囁いた。俺は苦笑し、覗き見を続ける。
さて、そのいけ好かれない騎士様が、いったいオルタに何の用か――。
「素晴らしいご活躍ですね。そのような素晴らしい冒険者に、我が国にお越しいただけるとは。父に代わってお礼を申し上げます」
……これはオルタの社交辞令だ。エルマンは、満更でもないようだがな。
「いやいや、オルタ様こそ、冒険者になられたばかりだというのに、ずいぶんとご活躍である、とのこと」
「お恥ずかしい限りです」
「謙遜なさる必要はございません。私は――オルタ様、あなたのお噂を耳にして、あなたに興味が湧いたのです」
ニヤリ、とエルマンがほくそ笑んだ。
……なるほど。だいたい分かった。
俺は馬鹿馬鹿しく思い、小さく嘆息した。……いや、ある意味予想どおり、か。
「――オルタ様、私と組んでいただきたい」
そんな、何の面白みもない言葉を――エルマンは一切の臆面もなく、ただひたすら慇懃無礼に、オルタにぶつけたのだった。
「あなたは素晴らしい。王家を継ぐに相応しい高潔さと、女性としての美しさを兼ね備え、しかも冒険者としての成長も著しい。あなたをぜひ、我がパートナーに――」
「お断りいたします」
あっさりと、オルタは即答した。まあ、そうだろうな。
「……は? オルタ様?」
エルマンが、軽く戸惑いの表情を見せる。まさか断られるとは思ってもいなかった、といったところか。
しかし、その点オルタは固かった。何しろ、オルタだからな。
「お断りする、と申し上げました。私にはすでに、冒険者としてのパートナーがいます。そういうお誘いでしたら、お受けするわけには行きません」
「……なるほど。確かにあなたには、仲間が一人いるようですな」
いささか声をささくれ立たせ、エルマンが切り返す。
これまでのへりくだった態度に亀裂が走る。その亀裂からじわじわと、内面が滲み出る――。
こういった手合いは、自分の思いどおりに事が進まなかった場合、二つのパターンを見せる。一つは、口が止まり何も言えなくなってしまうパターン。もう一つは、やたらと攻撃的になり我を通そうとするパターンだ。
エルマンがそのどちらに当たるかは――もはや言うまでもないだろう。
「失礼ながら、オルタ様」
口調が一転する。やつは、厚かましくも攻勢に入った。
「あなたがリーダーをお勤めになっている《リムルフの栄光》のメンバーについて、調べさせていただきました。確か――リューク、という男でしたな」
「はい。リュークです。私のパートナーです」
「ふむ。フルネームが不詳のパートナー、ですか」
「…………」
オルタが表情を微かに曇らせた。確かに――俺のフルネームは、どこで調べても簡単には出てこないだろう。オルタにもまだ、きちんと名乗ってはいない。
エルマンはほくそ笑み、言葉を繋げる。
「ランクはE。レベルは1。クラスは、鑑定士――。ふん、正直この男がパートナーだと言われても、ピンと来ませんな」
「実際に会ったことのない相手を悪く言うのは、感心できませんね」
「これはごもっとも。……と言いたいところですが、オルタ様。あなたは――冒険者の価値が何で決まるか、ご存知ですかな?」
その問いに、オルタが迷うはずがない。自ら冒険者となったことで、答えはすでに見つけているからだ。
「心の強さである――と理解しています」
そう。オルタの場合、こう答える。
……だがエルマンの考えは、それとはまったく違っていた。
「――レリックですよ」
彼は断言した。容赦なく。
「どれほど強力なレリックを所持しているか――。冒険者の価値は、そこで決まる。いや、冒険者のみならず、この世界に生きる者すべての価値は、手に入れたレリックによって左右されると言っても過言ではない。――さて、そのリュークという男が所持しているレリックについて。これも、調べさせていただきました」
「……そんなことが、分かるのですか」
「これでもマスターの上層部には顔が効きますのでな」
エルマンは豪語した。ハッタリではなく、事実だろう。そうでもなければ、一冒険者が「マスターの局員を仲介してアポなしで王族に会う」という行動を取れるはずがない。
実際、マスターのアーカイブには、レリックの現在の所持者が細かく登録されている。もっともこの情報は、冒険者も含めて、一般の者には完全に非公開のはず――。
そう、つまりエルマンの持つ「権力」は、本物ってわけだ。
「リュークという男の所持しているレリック――。収納庫になる手袋に、目の代わりになるダガー。それと、頑丈な籠手、でしたな。他にも、ゴミ同然の代物がいくらかあるようですが――ふん、良くてアーティファクト止まりの二級品ばかりではないですか」
ははっ、とわざとらしく、エルマンは笑い飛ばした。それを聞くオルタの表情が、すでに怒りを帯びてきていることも、承知の上でだろう。
「そのようなガラクタしか持たない男とパートナーを組んだところで、将来性は皆無。ところで――オルタ様」
「……何ですか?」
「あなたは、ご覧になったことは、ありますかな?」
「……何をです?」
「レジェンドクラスのレリックを、ですよ」
そんな言葉とともに、自己愛と尊大さが混ざった歪んだ笑みを、ニンマリと浮かべ――。
エルマンが、一歩前に踏み出した時だった。
扉が――俺達の覗いていた扉が、謁見の間に向かって、バン! と盛大に開かれたのは。
……いや、断っておくが、俺が開いたわけじゃない。そもそもこういう時暴走するやつは、一人しかいないしな。
「エルマン様! ちょっとさっきから聞いていたら何ですかあなた! リュークさんのことを! リュークさんのことをっ! リュークさんのことをっっ! よくもまあケチョンケチョンのスットコドッコイにっ!」
「……これはこれはモーナ殿。立ち聞きとは趣味が悪い」
エルマンがドン引きした様子でこちらを振り返る。俺は、勝手に飛び出したモーナの陰で、密かに溜め息をついた。その溜め息をロミィが真似するところまで、ちょっとした様式美……ってことで勘弁してもらおうか。
「趣味が悪くて結構です! この私の前でリュークさんの悪口を言ったからには、千年後悔しても足りないほどのエルフの呪いでヒィヒィ言わせ――むぐっ?」
放っておいても面倒が増すだけだ。俺はモーナの口を押さえ、そのまま彼女の身柄をロミィにパスすると、代わって一歩前に出た。
もっとも、ここでエルマンと「睨み合う」つもりはない。視線は玉座に向け、オルタに軽く手を振ってやる。
「リューク!」
「……リューク? ほお、貴様がリュークか」
エルマンが小馬鹿にした調子で俺を呼ぶ。俺は敢えてそちらは見ないまま、横顔に愛想笑いを浮かべてみせた。
――まずは、へりくだってみせる。ほどほどにな。
「いや失礼しました、エルマンさん。確かに立ち聞きしていたのは悪趣味ですが、乱入するつもりはなかったんです。それをこのモーナが、ついカッとなってしまったようで」
「……そのようだな。モーナ殿はずいぶん貴様にご執心と見えた」
「すみません。後でよく言って聞かせとくんで」
「ふん、貴様のような小者に、マスターの局員が熱を上げる理由がさっぱりだが――。まあ構わん。さっさと行け」
「はい。それでは、どうぞごゆっくり――」
視線は逸らせたまま、俺は頭を下げる。
――へりくだるのは、これぐらいでいいだろう。せっかく乱入したんだ。やるべきことは、やっておかないとな。
俺は心の中でほくそ笑み――こう続けた。
「ところで、今『ごゆっくり』とは申し上げましたがね。オルタ様もお忙しい身。できれば、早く本題に入っていただきたいものです」
「……本題?」
エルマンが訝しげに繰り返す。俺はやつに横顔を向けたまま、小さく頷く。
「ええ、本題です。エルマンさんはさっきから、そいつをなかなかお話しなさらない」
「……おかしな男だな。それならすでに話したではないか。オルタ様に、私と組んでいただきたい――。これが本題だ。もっともオルタ様は、お気に召さぬようだがな」
「いや、そこは本題じゃないはずでしょう? なぜなら、エルマンさんの目的は――」
……そう、こいつの本当の目的は、オルタと組むことなんかじゃない。
立ち聞きしていて、すぐに分かった。答えは、「やつの価値観」そのものだ。
エルマンが、この世で唯一、価値を見出しているもの。即ち――レリック。
「エルマンさんの目的は――オルタのペンダント。つまり《賢者の末裔》。ですよね?」
俺がそう口にした刹那。
エルマンの感情が、一気に変わった。
――驚愕。動揺。苛立ち。
「……貴様、何を根拠に」
「あれ、違ってましたか? でもエルマンさんって、とにかく強いレリックが欲しいんですよね? 冒険者の価値はレリックで決まるんでしょう? だったらオルタ様に近づいた理由も、それ以外にあり得ないな、と思って」
「……黙れ」
「大方マスターの上層部様からレアレリックの情報を集めていて、オルタ様のことを知ったんでしょうね。なら当然、ペンダントを《賢者の鍵》として扱えるのがオルタ様だけだってことも分かったはず。――だからオルタ様にパートナーの話を持ちかけた」
「……黙れと言っている!」
「もちろん、パートナーに誘った理由は他にもあります。そうですね、そいつを一言で表すなら――スケベ心、ですか?」
「黙れ黙れ黙れっ!」
刹那――叫びと同時に、エルマンが動いた。
やつが俺の前に回り込むのが分かった。
もちろん――そこまで俺の予想どおりだ。だから、ここで俺がどう動くかは、すでに決めてあった。
「――おっと」
そう言って、俺は右手を軽く揚げた。
その右手で――サッと覆った。
やつの、顔の左側を飾る、眼帯を。
「……ぐっ?」
「ああすみません。とっさに手が出てしまって――。でも、ただ軽く押さえただけですからね。痛くも痒くもないでしょ?」
俺は軽く笑い、エルマンを、今度こそ真正面から見つめてやった。
エルマンの引き攣った顔が、俺を睨み返した。
……どうやら、俺の手を振り解くことも忘れるぐらい、ショックだったようだな。
こいつを――この眼帯による攻撃を読まれ、防がれたことが。
「姫様の御前ですよ? こんな物騒なものは、外しておいてください」
俺はそう言いながら、軽く指を動かす。すぐに眼帯が剥がれ、ポトリと床の上に虚しく落ちた。
あとには、やつの間の抜けた顔だけが残されている。
……顔の左側に、「隠さなければならないもの」は、何一つない。この眼帯は、あくまで装備品として着けていただけのようだ。
一見、ただの眼帯。しかし本質は――《邪眼》。
ひとたび目が合えば、相手に苦痛を与え、命さえ奪う力を発揮する、か。……やれやれ、こいつがあれば、どんな「敵」も倒したい放題。蹴落としたい放題。そりゃSランクの名だろうが「権力」だろうが、簡単に手に入るだろうさ。
「き、貴様――」
「リュークです」
「……リューク。貴様が初めてだ。私の邪眼を防いだのは……」
「とっさに手を出したら、たまたま防いでしまった――。それだけですよ。でもまあ、光栄です」
「……ふっ、しかし邪眼だと分かった上での行動だったのだろう? いささか知れ渡りすぎていたかな。私の力は」
「いや、エルマンさん。あなたの力は、ついさっきあなたを見て知ったばかりです」
「……私を見て、だと?」
「あれ、忘れたんですか? 俺が『何』なのか」
そして――俺は口の端をニィッと吊り上げ、言ってやった。
「――鑑定士、ですよ」
その後、エルマンは眼帯をポケットにしまい、そそくさと帰っていった。
もっとも、「覚えていろ」という捨て台詞を小さく残して、だが。
……やれやれ、どうしてこう、いつもおかしな連中にばかり突っかかられるんだろうな、俺は。
「リューク、ありがとうございました!」
オルタが笑顔で例を言う。まあ、何となく成り行きで助ける形になっただけなんだが……良しとするか。
俺が肩を竦め、適当な相槌を打った時だった。
エルマンを見送りに外へ出ていったはずのモーナが、大慌てで戻ってきた。
「た、た、た、大変です、リュークさん!」
「どうした? エルマンが実は女だったか?」
「……え、そうなんですか?」
「まさか。で、何があった?」
「ちょ、変なこと言わないでください! 本気にしかけたじゃないですか! いや、それより大変なんですリュークさん! 今マスターの支局から連絡があって――」
その後、俺達三人は、すぐに遺跡へ向かわされる羽目になった。
モーナが血相を変えて伝えてきたトラブル。そいつを解決するために。
「――先日の調査隊が、遺跡の中で行方不明なんです!」
そう、どうやらこれが、今回俺に托された面倒事のようだ。
……とは言え、実はこの「面倒事」が、とんでもない戦いの幕開けだったってのは――さすがに想定外だったがな。
どうやら、またもピンチに陥ったらしき調査隊。
いったい遺跡で何が起きたのか――?
お読みいただきありがとうございました。
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