第13話 第二章・6 鑑定士、密かに巨蟲を屠る
密かに敵の懐へ潜り込んだリューク。
オールドワームとの戦い、ついに決着!
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対象物に秘められた本質の顕在化度を、任意の数値まで上昇させる――。
俺が持つ、この「開」という能力は、こう見えていくつかの制約が存在している。
まず一つ目。対象物は、遺物に限られる。この超巨大遺跡 《ロストミュージア》から出土した品々にしか、俺の「開」は行使できない。
二つ目。あくまで上昇させるだけだ。もともとの顕在化度を下降させることはできない。2パーセントを100パーセントに上げ、一見ただのリンゴを聖剣に変えることはできるが、その逆は不可能だ。
一応、「開」を使用した対象物に「封」を用いることで、顕在化度を元に戻すことはできる。この場合、事実上、下降させていることになる。しかしこれだって、本来の顕在化度を下回って、2パーセントだったものを1パーセントに下げられるわけではない。
……いったいどうして、こんなピンポイントな能力が俺に備わっているのか。そいつは――いや、それを今考えるのはよそう。俺としては、ある程度「答え」は見えているが、まだ心に閉まっておきたい。
話を戻す。制約の三つ目だ。
これは「開」に限らず、すべての鑑定魔術に言えるが――。俺はこの能力を使う際、対象物を「見る」必要がある。
用いる目は、右だ。虹彩に紫色が残っている側だ。
さて――。
「――開!」
荒れ狂う巨蟲・オールドワームを前に、俺はまず一回目の「開」を行使した。
……この戦いの目的は、もちろんワームを倒すこと。ただし条件がある。
一つ。ワームの巨体を挟んで向こう側にいる調査隊に、俺の働きを知られないようにすること。
一つ。とどめはオルタが刺し、あくまで彼女の功績であるかのように見せかけること。
この二つの条件を満たしつつワームを倒すには――三回の「開」が必要だ。まずはその一回目。
俺が右目に捉え対象としたのは、もちろんこのワームだ。
遺跡に巣食う怪物 《ロストワンダー》は、実のところ、通常のレリックと何ら変わらない。アイテムかモンスターか、という違いだけだ。したがって、このワームが持つアニムを、俺は自在に上昇させることができる。
そして、ワームのアニムが何かは――もちろんすでに「視」済みだ。
……いや、たとえ「視」がなくとも、推測は容易いだろう。あのワームは、グロウに――不死身のはずの人狼に、深手を負わせた。
人狼にダメージを与えられるもの――。即ち、「銀」だ。
「……銀のロザリオ。典型的な、魔除けの象徴。それがお前のアニムだ」
俺は低く呟く。「開」を行使されたワームのアニム《銀のロザリオ》の顕在化度が急激に上昇し、やつの体を蝕みだす。
身に異変を感じてか、ワームがほんの一瞬、動きを止めた。
――仮にこのまま、アニムを100パーセントまで上昇させてしまえば、やつは身動きすら取れない、ただの銀のロザリオそのものと化す。
倒すだけなら、これが一番手軽な方法だ。しかしそれでは、さっき俺が挙げた二つの条件――俺の力がバレず、かつオルタの功績になる――を満たせない。
だから、100パーセントにはしない。そうだな、20ぐらいに留めておくか。
「中途半端に開いちまって悪いな。だが心配するな。お前はすぐにあの世行きだ」
左腕に嵌めたガントレット――タイラントでワームの巨体を受け止めながら、俺はニヤリと笑った。
この中途半端な「開」に、何の意味があるのか――。答えは簡単だ。
オールドワームの強みは、その凄まじいまでの生命力。斧の一撃も、矢と電撃の雨も、炎すらも受けつけない。おそらく賢者の鍵を用いたとしても、傷つけるのは困難だろう。そんなタフな敵を弱体化させるための手段の一つとして、俺は一回目の「開」を使った。
銀のロザリオ――。その顕在化度が増した今、やつの体は、銀のロザリオと同等の強度しかなくなった。
所詮は銀だ。今なら、攻撃が通る。もっとも、多少柔らかくしてやる必要はあるがな。
だから俺は、ここで二回目の「開」を行使する。
今度の対象物は、ワームではない。俺の左腕を包む、タイラントだ。
「開!」
俺の叫びとともに、タイラントに変異が生じた。
光沢のあった表面にざらつきが走り、ゴツゴツとした鱗へと入れ替わる。指を覆うパーツが尖り、瞬時にして鋭い爪と化す。甲にも鋭利なトゲが並ぶ。
拳を握れば、まるで左腕そのものが星球に変じたかのような錯覚さえ覚える。
――これで顕在化度は50パーセント。銀を砕くには充分だ。
俺は、ワームの巨体を支える左腕に力を込めた。鉤爪がやつに食い込む。ワームが悲鳴混じりの咆哮を上げる。気にせず、なおも力を込める。銀の表皮に亀裂が走る。
割れる。爪が食い込む。さらに力を込め、ワームの体に、手首を完全に捻じ込む。
ワームがのたうつ。おそらく、生まれて初めて覚えた痛みなのだろう。だが俺の腕は、その巨体に引きずり折られることもなく、逆に杭のように、やつの体を眼前に繋ぎ止める。
そして、仕上げだ。ワームの体内にめり込ませた左手を握り、その拳から、俺は解き放った。
このタイラントに備わった、ごくありふれた力を。
――そもそも、なぜ俺はこのガントレットに、暴君の名を与えのたか。
それはもちろん、こいつのアニムに由来する。
ああ、単純にガードするだけじゃない。その硬質な表皮は、ひとたびアニムを開けば鋭利にして神々しく、本来の圧倒的な破壊力をもって、敵を粉砕する――。
世間の評価は、ただのアーティファクト。しかし俺の「開」により、その真価はオーパーツクラスにまで昇華する。
外見は、左だけのガントレット。
本質は――《ドラゴン》。
名付けて「タイラント」。俺の愛用のレリックだ。
そのタイラントから解き放たれる、ごくありふれた力――。
ドラゴンにとってありふれた力と言えば、もちろん一つしかない。
業火だ。
俺の拳からワームの体内へ、灼熱の炎が激流のように、容赦なく注ぎ込まれた。
ワームの悲鳴が轟く。だが、さすがにこれしきで絶命はしないだろう。俺も、させるつもりはない。
――なぜなら、お前にとどめを刺すのは、あくまでオルタだからだ。
この炎は、ワームの体組織を極限まで劣化させるための手段に過ぎない。ここから、最後の仕上げに取りかかる。
俺は紫の右目を見開き、押した声で叫んだ。
「――開!」
三回目の、「開」。これがフィニッシュだ。
そのターゲットとは――。
今一度、確かめておこう。
俺の「開」には三つの制約がある。その三つ目。
即ち、「開」のターゲットとなるレリックは、必ず俺の視界内に存在しなければならない。
――さて、今俺の視界内には、いくつかのレリックがある。タイラント。オールドワーム。それに、俺の右手を覆う手袋・パンドラもそうだ。
だが、最後の「開」を行使する対象物は、そのどれでもない。
――それは、ワームの巨体を挟んで向こう側にある。
本来なら、この巨体が邪魔で、俺が見ることのできない位置だ。しかし――すでに俺はこの時点で、視界を確保するための布石を打っていた。
オルタに渡しておいたダガー、「アルゴス」。そのアニムは、《瞳》。
そう、アルゴスの切っ先は、常に俺の視界と繋がっている。したがって刃の周囲は、たとえどんなに距離が離れていようとも、俺の鑑定魔術の干渉圏内となる――。
つまり。
最後の「開」によって開かれるのは――もちろん、こいつしかない。
「賢者の鍵――!」
オルタが息を呑んだ。
俺が「開」を唱えた瞬間、ワームの巨体の向こうで何が起きたかは、アルゴスを通して容易に視認できた。
オルタの胸元に輝く、星型のペンダント。人呼んで「賢者の末裔」が、輝く巨大な鍵へと変貌したのだ。
オルタが目を見開く。ワームが怯む。
「突け、オルタ!」
俺が叫んだ。いや、俺の幻影が叫んだ。まあ、これぐらいの助言なら、俺が活躍した内には入らないと思っておこう。
「はいっ!」
オルタが叫び、鍵を手に取る。
両手で握れば、さながら大剣かランスにも見えるその鍵を、オルタは夢中で構え、のたうつオールドワーム目がけて迷いなく――。
「でぇぇぇいっ!」
かけ声勇ましく、真正面から突き立てた。
グサリ、と表皮が貫かれた。その下にある内蔵は、すでに高温に満ち、さぞ脆くなっていただろう。
ワームの悲鳴とともに、傷口から瘴気が噴き出す。だがそれは返り血となってオルタを汚すことなく、鍵の輝きに浄化され、一気に霧散していく。
悲鳴は、すぐに途切れた。
ワームが崩れ落ちる。さっきのタフさが馬鹿馬鹿しくなるほど、呆気ない絶命だった。
……だがまあ、適切に対処してやれば、こんなものだろう。
「オルタ様……。すごいです!」
「やったじゃない、お姫様!」
ハルとレイラが口々に賞賛の声を上げた。
キクノとビヨンドも、無言ながらしっかりと頷く。そしてようやく息を吹き返したグロウが、よろよろと身を起こしながら、呆気にとられた目でオルタを見る。
「こ、これは……私がやったんですか?」
当のオルタは、信じられないという顔で、後ろを振り返る。しかし、そこにはすでに、俺の幻影はいない。
……さすがロミィだ。幻影を消すタイミングがピッタリだな。
俺は――盛り上がる一同の隙を突いてワームの影から抜け出すと、何食わぬ顔で、ロミィの横へと走り戻った。
「リューク?」
ただ一人オルタだけが、俺がワームの後ろから出てきたことに気づいて、怪訝な顔をする。俺はすぐに手で、彼女の言葉を制した。
ああ、ちなみにタイラントはもう閉まってある。調査隊に勘繰られるのは面倒なんでな。
「見事だったな、オルタ。それでこそ我が《リムルフの栄光》のリーダーだ」
「いや、あんた上から言ってるけど、そこで立って見てただけじゃない」
レイラが呆れたように、俺にツッコんできた。
ああ、それでいい。そういうことにしておいてくれ。
俺は一人ほくそ笑む。オルタには、後で簡単に事情を説明しておこう。
ともあれ、これですべては計画どおり。調査隊の目を欺きつつ、オルタの株を上げることもできた。俺は満足し――。
……不意に妙な視線を覚えたのは、その時だ。
俺はハッと顔を上げ、周囲を見回した。
「リューク?」
ロミィが怪訝そうに俺を見上げる。だが視線の主はこの子じゃない。
部屋の外。石造りの通路の、その先――。
俺は目を凝らす。
何かが――いや、誰かがいる。
通路の彼方の暗がりから、じっと俺を見ている。
「誰だっ」
小さく叫び、俺は用心深く彼方を睨んだ。事と状況次第では、このまま鑑定魔術を行使できるように。
だが――視線の正体に気づいたその瞬間。
俺は、息を呑んだ。
通路の彼方から、俺を見つめていた者。
それは、紫のローブをまとい杖を手にした、一人の少女だった。
……伝説の賢者に、瓜二つの。
ホッとしたのも束の間、突如現れた謎の少女はいったい……?
次回、第二章クライマックス!
お読みいただきありがとうございました。
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