第10話 第二章・3 鑑定士、精鋭パーティーの活躍を黙って見守る
突如リューク達の前に現れた人狼の正体とは――?
Sランク冒険者のレリックが、今ここに炸裂する!
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「リューク、どういうことです? この人狼はいったい――」
オルタが立ち上がり、俺のもとへ駆け戻りながら問う。
突如として現れた人狼が、手にした巨大な斧で、瞬く間にオーガを倒してしまった――。確かに戸惑うのも無理はないだろう。
「あ、そうか。もしかして、この人狼って……?」
ロミィはさすがに察したようだ。俺は軽く頷き、オーガの骸の前に佇む人狼に、声をかけた。
「なああんた、分かっているだろ? ――まだ終わりじゃない」
「…………」
人狼の、ルビーのような瞳が、俺を端に捉えた。反応はそれだけだ。
だが――視。
……やはりな。やつは肯定している。
「来るよ、リューク!」
ロミィが小さく叫んだ。直後、通路の奥から地鳴りのような音が響いてくるのが聞こえた。
オーガの群れだ。ワンダーは本来ランダムに発生するものだが、不思議と同族が自然に集まる習性がある。おそらく本能的なものか。とにかく今、仲間を倒されて怒りに燃えたオーガ達が、こちらに目がけて突っ込んでくるのは間違いない。
しかし――特に慌てる必要はない。
それに、俺が食い止める必要もない。
すでに新たな気配が、俺達の後ろから近づいている。……そう、この人狼にも、まだ仲間がいる。
まずは、その一人目――。
俺が小さくほくそ笑んだと同時に、新たな疾風が、俺の真横をすり抜けた。
そいつは――人狼じゃない。れっきとした人間。もちろん冒険者だ。
「――いざ!」
凛とした声が、高らかに響く。若い娘だ。
後ろに結わえた髪をなびかせ、人狼よりもさらに前へと躍り出る。
手に携えた武器は刀。身に着けた防具は東方由来。なるほど、職業は武士か。
お手並み拝見と俺が見守る中、女武士が刀を払う。オーガの群れが辿り着くよりも早く、彼女が斬りつけたのは――ただの床。しかし意図的だ。
「五星転換――木!」
女武士が叫ぶや、床に引かれた刀傷に、異変が起きた。
弾けるように盛り上がり、瞬く間に生えてきたのは、無数の樹の根だ。それが通路の上を這い回り、オーガどもを迎え撃つ。
足を取られ、先頭のオーガがもんどり打って転倒する。さらにその巨躯にぶつかり、後ろのオーガが同様に倒れる。倒れたオーガは、さらに後ろへとぶつかり――。
たった一筋の刀傷が、連鎖式にオーガの足を奪っていく。これで軍勢の足は止まった。さて――次はどうする?
「ごめんね、ちょっとどいててもらっていい?」
仲間の二人目。そいつは疾風となることなく、俺達に普通に声をかけ、通路の脇へと押しやった。
こちらも女だ。ただし得物は、弓。――狩人か。
「危ないから下がってた方がいいよ? あたし、いっぱい撃つから」
歳は俺と同じぐらいか。彼女は親しみある笑顔をこちらに向けると、慣れた手つきで矢を番え、オーガ達に向き直る。
そして――人狼と女武士が素早く退くと同時に、狩人の身に異変が起こった。
通路の中央に佇む彼女。その左右に、不意に新たな影が生じる。さらにその左右に。またさらに左右に――。
「ふ、増えましたっ!」
オルタが驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げた。
ああ、確かに俺達の目の前で、狩人は増えた。分身した。通路に横並びで、七人に。
――なるほど、あの手袋か。
俺の目が、狩人が分身した仕組みを瞬時に見抜く。彼女が手に嵌めているレザー製の手袋。あれがレリックだ。
そして狩人が弓を引き、叫ぶ。
「パワーショット!」
弓による強力な一撃。それ自体は、弓使いにとって初歩的かつ平凡な攻撃スキルだ。だがそれを七人で放てば、どうなるか――。
ヒュンッ! と空を裂き、七本の矢がいっせいに、一体のオーガを穿った。絶叫とともにオーガが弾け飛ぶ。その背後から次のオーガが前線に出たところで、さらにそこへ次の矢が飛来する。
今度は二本。ただしそれは、オーガの両目を正確に貫き、一気に無力化させる。
さらに、それとは別の四本が、左右のオーガの両足を射て動きを封じ、最後の一本が強烈な一撃をもって、他のオーガの左胸を射抜く。
狙いもタイミングも、まったく隙がない。分身した狩人は、その七本の矢を駆使して、次々とオーガの息の根を止めていく。
頼もしい限りだ。――しかし。
「待って、こっちからも来る!」
ロミィが叫んだ。振り向けば――なるほど、脇道から回り込んだに違いない。矢で射られているのとは別のオーガの一団が、俺達を挟み撃ちにするように、後ろからワラワラと迫ってくるのが見えた。
すぐにロミィの視線が、俺に指示を仰ぐ。魔法壁で防ぐか否か。だが俺は、小さく首を横に振った。
俺達が手を出す必要はない。なぜなら、今ここに集まってきた「面倒な連中」は、全部で五人――。モーナからそう聞かされているからだ。
俺がそう思った時だ。案の定、次の一人が俺達とオーガの間に割って入った。
「――心配無用。我に任せよ」
そいつは壮年の男だった。瞬間移動魔法によって突如出現した彼は、マントと杖という装備からして、典型的な魔術師のようだ。
ただし魔術師と言えば、その防御力の低さから、後衛を務めるのが基本。だがこの男は、躊躇なく前面に立った。――面白い。
俺が低く笑う。同時に、魔術師もまた薄い笑みを浮かべ、続いて自身のレリックを展開した。
マントだ。マントが四方に広がり、鋼鉄の塊となって魔術師を囲う。鎧――いや、これはもはや、砦だ。
まるでそれ自体が砦のミニチュアのようになった魔術師のもとに、オーガの一団が殺到した。
砦は、ビクともしない。
だから、砦の中心部から覗く魔術師の顔が呪文の詠唱を済ませるのに、何の苦労もなかっただろう。
「――ボルテック・ミサイル!」
魔術師が叫ぶや、砦が眩く輝いた。正面、側面、尖塔――至る所に雷球が生じ、それらがいっせいに、オーガの群れ目がけて射出された。
見事なまでの殲滅能力だった。俺達を挟み撃ちにしようとしたオーガどもは、ものの数秒も立たないうちに焼け焦げ、物言わぬ残骸となって、遺跡の通路に散乱した。
「こっちも終わりっと。なぁんだ、高難度ルートだって聞いて期待してたのに、全然大したことなかったね」
同じく仕事を終えた狩人が、肩を竦めながら元の「一人」に戻る。女武士が刀を納め、魔術師も砦を解除する。人狼は暴れ足りないようで、斧を手にしたまま、グルグル唸りっぱなしだ。
ああ、それから、あと一人――。
「皆さん、お疲れ様です。今マナを回復しますね?」
そう言いながら、遅れてやってきた少女がいた。白いローブをまとった、実に分かりやすい白魔術師だ。
歳は……十五、六ってところか。オルタより少し下ぐらいだな。さすがにロミィよりは年上に見えるが。
そんなことを考えながら俺が眺める前で、白魔術師は杖を掲げ、仲間を回復させていく。いや、別に傷を負った者は一人もいないが、スキルの行使でマナを消費しているだろうからな。
「……リューク、このかた達は?」
オルタがすっかり気圧されながら、俺に小声で話しかけてきた。
「そいつは、俺よりも当人に訊いた方が早いだろうな。だが強いて言えば――そうだな、あんたのライバルってところだな、オルタ」
「ら、ライバルっ?」
オルタが声を上ずらせて、一同を見渡した。俺とロミィもその視線に倣う。……と、白魔術師の娘がこちらを振り返り、ニコリと微笑んだ。
「驚かせてしまってすみません。《リムルフの栄光》の皆さんですよね? ――あなたが、オルタ様ですね?」
「は、はいっ」
「初めまして。私はハル。それと――向こうから順に、グロウさん。キクノさん。レイラさん。ビヨンドさん。私達、遺跡管理局からの要請で、この新ルートを調査しにきたんです。もちろん――オルタ様と、一緒に」
そう、俺はこの件を、今朝すでにモーナから聞かされていた。
――今日、マスターが厳選したSランク揃いの精鋭パーティーが到着し、このルートに入る、と。
遺跡内に新しいルートが見つかった以上、マスターはそれを掌握するため、調査隊をよこすはず。それは前にも予想したとおりだ。
そもそも俺は、オルタと一日限りのパーティーを組んだ後、モーナの口利きでそのチームに加わるつもりだった。まあ、すでにオルタとギルドを作った今となっては、見ず知らずのパーティーに乗り換えるつもりはないがな。
……それでも、モーナは俺達に協力を仰いできた。
なぜなら、このままだと調査隊が、遺跡内で俺達とかち合うことになるからだ。しかも、言わばマスターの公式調査が、在野の冒険者である俺達の後追いをする形で、だ。
俺の方は特に気にしないが、相手側の中には気を損ねるやつも出るかもしれない。……ということを踏まえての、協力要請だった。
とは言え――さて、どうしたものか。俺は少し迷った。
調査隊とぶつかり合うか。それとも、調査隊と行動をともにするか。この「面倒臭い」以外の答えがない選択肢を突きつけられ、俺は迷い――。
……こう、妥協することにした。
「いいさ、協力しよう。ただし、うちのリーダーはオルタなんでな。協力するのは俺個人じゃない。主に、オルタだ」
「――主に、オルタだ」
「って、何でそうなるんですか、リューク!」
ざっくりと、そしてこっそりと事情を説明した俺に、オルタが小声でツッコんでくる。そいつは聞かなかったふりをするとして――。
俺は改めて、精鋭調査隊の五人を眺めた。
――《錬金術》のアニムを持つ刀「五星刀・輪廻」によって、斬った無機物の構成素材を自在に操る。人呼んで《五星の武者》キクノ。
――《軍隊》のアニムを持つ手袋「アーミー」の力で己の分身を生み、無数の矢を放つ狩人。《孤高の軍勢》レイラ。
――《砦》のアニムを持つマント「黒の砦」により、自らを鉄壁の魔法砲台と化す。《魔導の大要塞》ビヨンド。
――そして、《人狼》のアニムを持つ「狂月の斧」を武器とする狂戦士。人呼んで《狂月の狼》グロウ。
……俺が事前にモーナから名前と特徴を聞かされていたのは、この四人だ。ただし、彼らからの推薦で、Sランク冒険者がもう一人加わる――とも。どうやら、それが白魔術師・ハルのようだな。
さて、メンバーは揃った。ただし……おそらくここからが、厄介だ。
「――貴様か、オルタってのは」
低い男の声が、静けさを取り戻した遺跡に響いた。
声を発したのは、人狼――グロウだ。
いや、戦いを終えた今、その姿は急速に変化し、本来の形へと戻りつつある。背が縮み、ずんぐりとした――しかしその全身を鋼のような筋肉で覆った、髭面で強面の男へと。
「……あ、アライグマですか?」
「ドワーフだ!」
「ひゃっ、すみません! 顔が似ていたもので、つい!」
おそらく素でボケをかましたオルタに、グロウが吠えた。
甲冑を身にまとい、巨大な斧を携えた、ドワーフ。動きの遅さを頑強さと剛腕でカバーする、戦闘向きの種族だ。ただし彼は、斧で自らを傷つけ人狼と化すことで、圧倒的なスピードさえ行使するという。
問題は――このグロウだ。
俺の目は、すでにやつの感情を見抜いている。他の四人とは明らかに違う、はっきりとした「敵意」を――。
「オルタ。俺達は、貴様に協力するよう言われて、ここへ来た。だが――」
グロウが低く唸る。早くも敵意剥き出しだな。
「だが、貴様は信用できん!」
「な、なぜですっ?」
「ふん、ぽっと出の新米が、一気にBランクだと? 笑わせてくれる。大方、王族の権威を笠に着て、マスターに命じてランクを上げさせたんだろう!」
「そんなことはありません!」
「いいや、俺はそう聞いたぞ! 酒場で、ドーリスという魔術師からな!」
「……あ」
あーあ、何てこった。やらかしやがったな、あのパンの兄ちゃん。
オルタが困った顔で俺を見る。俺は苦笑する。
こうなっちゃぁ仕方がない。このドワーフのオッサンは頑固そうだから、たぶん言っても聞かないだろうしな。こういう手合いは、行動で示すに限る。
「だったら――試してみようじゃないか」
俺のこの言葉に、グロウの視線がこちらを向いた。
「……貴様は?」
「見てのとおり、鑑定士だ」
「はっ、鑑定士? Fランクか。ふんっ、下らん」
おいおい、鼻息一つで一蹴するか、このオッサン。
「まあまあ、確かに俺は下らないがな。大事なのは、オルタの実力がどうかってことだ。……な、オルタ?」
「はい、そうですとも!」
「いい返事だ。ってわけで、今からあんたに拝ませてやるよ。《リムルフの栄光》の遺跡攻略の腕前がどれほどのものか――オルタがな」
「そうです、たっぷり拝んでくだ――え、私がっ?」
「ああ、頑張れ」
「いや、でも――」
「強くなりたいんだろう?」
「はいっ! ……分かりました。頑張ります!」
おお、今度こそいい返事だ。それでこそオルタだよ。
俺は頷き、それからもう一度グロウを見る。グロウはオルタを睨んでいる。
「腕前を拝ませる? 貴様がか。ふん、面白い――。だったら見せてみろ! 貴様がこの遺跡を、どう攻略するのかをな!」
「もちろんです!」
グロウの声に、オルタが力強く頷いた。
かくして――姫騎士様の試練が、今ここに始まった。
……ああ、先に言っておくが、俺は特に助けるつもりはない。
そうだな、特訓の一環ってことで、暖かく見守るさ。何かよっぽどのことが起きない限りは、な。
果たしてオルタは、その実力を見せつけることができるのか?
次回、ポンコツ姫騎士の身にとんでもないことが――!
お読みいただきありがとうございました。
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