第1話 プロローグ
パーティーのお荷物と思われている鑑定士が、実は最強だったら――!
なろうでは初めて書きます。よろしくお願いします。
次回の更新は4月20日の18:00を予定しています。
――今、俺の目の前に、四つの宝箱が置かれている。
鉄のフレームと硬質の木板を組んで作られた、典型的な外見の宝箱だ。サイズは、大人が両手でつかめる程度。そうだな、喩えるならキャベツ一個分といったところか。
とは言え、サイズは問題じゃない。なぜならここ――超巨大遺跡 《ロストミュージア》に無尽蔵に出現する宝箱は、物理法則に縛られない代物だからだ。
見た目の容積などお構いなしに、こいつの中からは、どんなものでも出てくる。
ある時は、大人の背丈ほどもある、大剣。
ある時は、並の馬小屋よりも一回りでかい、神の盾。
あとは……そう、生きのいいドラゴンとかだな。例えば、今俺達のすぐ正面で暴れているような――。
「おい、このFランク野郎! 呑気に宝箱と睨めっこしてる場合じゃねぇだろっ!」
悲鳴にも似た野太い怒号が、突如として俺のモノローグを掻き消した。
やれやれ、と俺が視線を上げると、そこには厳つい甲冑や荘厳なローブを身にまとった冒険者が四人。漆黒の魔竜に向かって懸命に剣を振るい、あるいは魔法を放っている。全然効いてないがな。
ちなみに野太い声を発したのは、連中のリーダー格だ。まさにトップを体現するかのような巨大なランスを手にしながら、実際のところその唇は、さっきから回復薬をがぶ飲みしているせいで、すっかり緑色にまみれている。
パーティーの花形がこれでは、ずいぶんと様にならない。俺は苦笑しながら、緑色のリーダーに訊ねた。
「なあ、一つ質問だ。――俺の職業は?」
「鑑定士だろ!」
「正解。じゃあ質問その二。鑑定士の役目は?」
「……て、手に入れたお宝の鑑定?」
「正解。つまり俺は、この遺跡で遭遇した魔竜をあんたら戦闘職に任せて、そこら辺で拾った宝箱と呑気に睨めっこする義務がある、ってわけだ」
「減らず口かましてんじゃねーよ! このままじゃ全滅すんだろーがっ!」
リーダーがそう叫んだそばから、魔竜のブレスが飛んでくる。そいつを間一髪で交わしたリーダーに、「髪焦げてるよー」と、素っ気ないツッコミが入った。
俺の隣に立っている連れだ。セミショートの銀髪に褐色の肌をした、華奢な少女――。
装備品の一つも身に着けず、動きやすいシャツとショートパンツ姿で場違い感を溢れさせているのは、この子が俺達と違って、冒険者ではないからに他ならない。
名前を、ロミィという。フルネームは省略。
「ねぇリューク。この状況どうするの?」
ロミィが俺に向き直り、訊ねた。その子猫のような大きな瞳は、まるで危機意識など持ち合わせておらず、それどころか悪戯っぽい笑みすら浮かべている。
リュークと呼ばれた俺は――ああ、俺もフルネームは省略だ――苦笑し、リーダーに向かって三つ目の質問を投げた。
「――で、ドラゴンは倒せそうか?」
「無理だ! 不可能だ! こいつに遭遇した時点で手遅れだ! くそっ、こんなことならFランク野郎の護衛なんか引き受けるんじゃなかったぜ!」
今度こそ、本当に悲鳴だった。俺が酒場で雇った四人の冒険者は――当初「Fランク、しかもレベル1の子守なんて真っ平だ」と鼻で笑い、俺の提示した高額報酬に釣られてようやく遺跡に同行した彼らは――この第三十六階層に広がる大部屋で、大ピンチに陥っていた。
逃走を図ろうにも、退路は魔竜の吐いたブレスで炎上中。これが鎮火するまでに、間違いなくパーティーは蹂躙され、全滅する。
「リューク、もうもたないと思うよ、あの人達」
ロミィが他人事みたいに言う。俺は肩を竦め、今一度宝箱に向き直った。
「しょうがない。さっさと鑑定を済ませるか」
「てめぇまだんなこと言ってんのかよ! 真面目にやれ!」
緑色の唾を飛ばして、リーダーが逆切れした。まあ、ここは笑って正論で返すか。
「俺は真面目さ、リーダーさん」
「どこがだよ!」
「考えてもみてくれ。今のあんたらの戦力じゃ、あのドラゴンは倒せない。つまり、ここでただちに新たな戦力を手に入れる必要がある――。さて、そんな都合のいいものは、どこに? 可能性はただ四つ。この宝箱だ」
「はあ? その中にすげぇ聖剣でも入ってるってのかよ!」
「さあ、そいつは運次第だな。しかしまあ、蘇生薬の一ダースでも出てくりゃ、少なくとも生きては帰れるだろうさ」
俺はやや皮肉な笑みを浮かべ、さっそく一つ目の宝箱に手をかけた。
まず罠の解除。続いて開封。中身を手早く取り出す。
物理法則を無視して箱の中から出てきたのは、ありふれた鉄製の剣――。
俺の左目の黒い虹彩がそう認識する一方で、しかし右目の紫を帯びた虹彩は、それとはまったく違う象を捉えていた。
毒消し――。この剣の本質だ。
そう、この遺跡から出土するレリックには、奇妙な特徴がある。見た目とは別に、「アニム」と呼ばれる正体が隠されていて、それが時として様々な効果をもたらすのだ。
例えばこの剣は、斬りつけることで毒を浄化できる。……まあ、今は何の役にも立たないな。
俺は剣を横に捨て、続け様に二つ目の宝箱を開ける。出てきたのは、《炎》をアニムに持つ鎧だ。着たら火傷するな。これもハズレ。
三つ目。《カエル》のアニムを持った羊皮紙。ゲコゲコと鳴き声が文字で綴られている。無意味だ。ハズレ。
「さあ、これで最後だ」
俺が四つ目の宝箱に手をかけようとした、その時だ。
「――危ないっ!」
リーダーが叫んだ。だが――それよりも少し早く、俺は凄まじい殺気が自身に向けられたことに、すでに気づいていた。
魔竜が気まぐれにターゲットを変え、大口を開けていた。俺目がけて、灼熱のブレスを放つために。
牙の間から溢れ出た業火が、空気を焼きながら一直線に、俺のもとへ飛んだ。
刹那、爆炎が俺を――。
いや、包まなかった。包むわけがない。
「チッ、馬鹿なFランクが殺られやがっ……てないっ?」
四人の冒険者が目を丸くしてこちらを見ている。ああ、ずいぶんと驚いているな。
無理もないか。何しろ竜のブレスを、とっさに展開した魔法壁で、あっさりと防いじまったんだからな。……ロミィが。
「リューク、鑑定終わった?」
俺の前に出て壁を張ったロミィが、事も無げに訊ねる。俺は「ああ」と頷き、四つ目の宝箱から取り出した勝利の鍵を掲げてみせた。
――新鮮なリンゴが、一個。
「運がよかったな。これで勝てる」
「勝てるかっ!」
リーダーからツッコミが入った。まったく素直な人だな。
「勝てるさ。こいつのアニムは《聖剣》だ」
「本当かっ? で、でも、どう見てもリンゴ――」
「見た目はな。しかし、確かに聖剣だ。顕在化は2パーセント」
「2パー? そんなもん、ほぼ完全にリンゴじゃねーかよ! ドラゴン倒すどころかペーパーナイフにすらならねーよ!」
「ああ、確かにな」
俺は頷いた。いくらアニムが聖剣と言っても、その力が発揮できるかどうかは、アニムの顕在化度合い――要は、どれだけアニムが表に出てきているか――に懸かっている。
2パーセント。これは、在って無いようなものだ。
ただし――普通の鑑定士にとっては、だが。
「一つ訊く。あんたら四人の中に、最高ランクの聖剣を装備できるメンバーはいるか?」
「……最高ランクの?」
「ああ、即ち、クラス補正込みで筋力18以上。剣技24以上。さらに、過剰な光属性を制御し身体へのダメージを防ぐ特殊な加護か、それと同等のテクニック――」
「いねえよ! 一人も!」
「そうか、せっかく聖剣を引いたのにな」
やれやれ、参ったな。
俺は――こういうことで目立つのは、好きじゃないんだけどな。
軽く溜め息をつき、俺はリンゴを手に、前に進み出た。
「仕方ない。――俺がやるさ」
そう言うと俺は、怪訝そうな四人と、欠伸をしているロミィに軽く手を振り、それから荒ぶる魔竜に向き直った。
ただし視線は一点。手にしたリンゴを見据えるのみ。
巨大な咆哮が轟く。石造りの遺跡に反響し、空気がビリビリと震える。
しかしその震えに負けるはずもなく、俺は力強く、叫んだ。
「――開!」
同時に――リンゴのアニムが膨れ上がった。
2パーセントから、5、10、15、一足飛びに、40。そのまま一気に、100。
「――開いた」
俺は、ニヤリと笑った。
顕在化100パーセント。まったくの聖剣と化した、かつてのリンゴを片手に掲げ。
「か、鑑定士……なんだよな、あんた?」
リーダーが唖然と呟く。ああそうだ、俺は鑑定士だ。ただ――使っている鑑定スキルが、一般的な鑑定士のそれとは、少し違うだけだ。
俺は小さく笑い、空いた左手を、自分の胸元にかけた。
つかんだのは、神の印が刻まれたタリスマン。「英雄の紋章」と呼ばれるこいつは、俺達冒険者のステータスに、相応の補正をかけている。
戦闘職なら筋力が伸びる。魔法使いなら魔力が伸びる。
で、俺の場合――ああ、この紋章がかえって、足を引っ張っているんだよな。
俺は左手で、己の紋章をもぎ取った。
刹那、本来の力が全身を駆け巡る。俺は紋章をロミィにパスすると、改めて聖剣を両手で握り、駆けた。
魔竜目がけて。そして跳んだ。
やつの口が俺を向いた。狙いを定め、ブレスを直撃させる気だ。だがその動きは、あまりにも遅い。
「――っ」
いちいち気合いを入れて叫びたいほど子供でもない。俺は無言で、冷静に、竜の眉間に、輝く刃を突き立てた。
鋼よりも固い鱗は、しかしその一撃を食い止めることはなかった。まるでケーキのように易々と貫かれ、同時に夥しい光の奔流が、やつの眉間から全身を焼き尽くす。
断末魔の咆哮が轟き、魔竜は瞬く間に、崩れ落ちた。
俺はやつの頭に跨って難なく床に着地すると、深々と刺さった聖剣を見やり、呟いた。
「――封」
同時に、アニムが収縮する。剣はたちまち元のリンゴへと戻り、魔竜の眉間から、ポロリと落ちた。さながら、竜の体内から摘出された宝玉のように。
……ちなみに、さっき聖剣を引き当てていなかったら、どうなっていたか。その場合は、とても簡単だ。俺が仕方なく普通に竜を倒していた。それだけだ。
「終わったぞ」
「お疲れー」
ロミィがそう言って、紋章を投げ返す。俺はそれを受け取り、再び胸元に付けた。
……ここまではいい。ただ、この後が面倒臭いんだ。
「ま、待ってくれ、リューク!」
遺跡を出てすぐに立ち去ろうとした俺とロミィを、さっそくリーダーが追いかけてきた。
すでに「Fランク」とは呼んでいない。まあ、あんなことがあったんじゃ、二度と呼んでくれないだろうがな。
「あんた、すげぇな! 鑑定士なんていうからただの足手まといだと思ったが、とんでもねぇ! 俺達のギルドに来いよ!」
ギルド。冒険者が仲間同士で作るチーム。……正直、興味はない。俺は首を横に振った。
「せっかくの誘いだが、俺達はよそへ行く。今回の攻略ルートはハズレだったからな」
「何だよ、何か探してるのか? だったら協力するぜ。何しろあんたは、俺達の命の恩人だ。その恩を、ぜひ返させてくれ!」
その言葉に――俺は足を止め、振り返った。
俺の右目を染める紫の虹彩が、ついさっきまでの「仲間」を捉えた。
命の恩人、か。だがな、リーダーさん。あいにく俺の鑑定眼は、人の感情さえも読めてしまうんだ。
「なあいいだろ、リューク! 俺達と一緒に、英雄を目指そうぜ!」
そう力強く叫ぶリーダーの心にあるもの――。それは、ただこの俺を利用したいという、率直な欲望。
ああ、確かに俺の「開」の力が手に入れば、どんなハズレレリックだって、凄まじいお宝に早変わりだ。そして俺は戦力として、あんたらのギルドランクに貢献する。実に分かりやすいメリットだ。
だから、俺は苦笑し、言った。
「悪いが、英雄には興味ない。俺は――ただの鑑定士なんでね」
それ以上リーダーが追ってくることは、なかった。
あのリンゴを餞別にくれてやったのが、効いたのかもしれない。まあ、俺がいなければ、リンゴとして齧る以外に利用法はないが。
「ねえリューク、次はどこ行こっか」
俺の隣を歩きながら、ロミィが訊ねてくる。出会って、かれこれ四年。俺の唯一の仲間――と言えるのは、この子だけだ。
「確か、遺跡管理局から密命が出ていたな」
「ああ、モーナからの依頼ね。場所はどこだっけ?」
「リムルフ――。ここから東へ二十キロ行った先の小国だ」
「じゃあ、次はそこだね。馬車拾ってこー」
そんな会話を交わし、俺とロミィは、次の目的地をリムルフに定め、向かうことになった。
……だがこの時、俺はまだ、予想していなかった。
これから訪れるその小国で、思わぬ出会いが待っていることを――。
お読みいただきありがとうございました。
主人公の能力や世界観の設定など、次から少しずつ出していくつもりです。
あと、メインヒロインも次回出ます。
次回の更新は4月20日の18:00を予定しています。