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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

―― スパッと切る 刀士ふらっと独り ――

作者: 天野平英


「ここかぁ」


 齢三十半ばの男が一人、岩肌剥き出しの禿げ山に佇んでいる。

 眼前には洞窟。古い坑道だったのだろうか?

 滑車を転がすための線路が奥へと続いていた。

 線路は鉄。真っ赤に錆びていて、枕木は朽ち果てている。


「本当に居るんかねぇ?」


 顎に手をやり、生やした無精ひげを撫でる。

 その様は妙に堂に入っており、癖になっているのがわかる。

 それはそれとして、この男、実にこの場に似つかわしくない。

 よれよれのYシャツに黒のスラックス。足なんぞサンダル履きだ。

 用事でちょっとそこまで、という風体である。

 この時代、Yシャツにスラックスを着られる地位など、軍人か騎士団しか居ないのだが。

 この男はどうも、なんとうか、“らしくない”

 唯一らしさがあるのは右脇、ベルトから垂れている紐に吊っている西洋刀ぐらいなものだ。


「あ、いきゃわかるか」


 本当に散歩でも行くかのような軽さであった。

 ひょいひょいと、洞窟の中に入る男。

 当然洞窟内に明かりなど有るはずもなく、暗闇が広がっている。

 普通の人間であれば、何も見えず先へ進む気も起きなくなる筈なのだが。

 肝心の男はというと、足下の小石を蹴りながら、速度を緩めることなく先へと進んでいる。


「む?」


 しばらく進んだ先、男は急に立ち止まった。そして、足下の小石を四方八方に蹴りながら、また顎髭を撫でる。


「どうするか」


 そして、しゃがんで幾つか小石を拾うと、今度は前方の天井目がけて軽く投げる。

 すると不思議なことに、小石がなにかに当たった音がしない。


「これは居るなぁ。見えんが・・・・・・明かりをつけるのは悪手か」


 次の瞬間。男は跳ね飛ぶように駆けだした。

 ぐにょり、と何か柔らかいものを踏んだ、と感じた男は、「やはり」と思っただけだった。

 その時である。真っ暗だった洞窟が赤色に発光しだしたではないか!

 床、壁、天井、全てが赤く染まり、ぶるぶると震えている。

 その奇妙なことこの上ない光景に男は顔をしかめつつ、しかし足を止めることはない。


「悪鬼・・・・・・、スライム、だったか?」


 「悪」とは強いことである。「鬼」とはバケモノであるということである。

 つまり、この洞窟は「スライム」というモンスターの巣窟であった。


 トットットット、とスライムを足蹴に跳ね駆け奥へ、奥へと走る男。

 その様は天狗か何かではと思わせるが、そもそもこの世界に天狗などという概念はない。


「ふっ」


 天井から襲ってきたスライムを一刀横薙ぎに屠る。

 壁になろうと積み上がるスライムを叩ッ斬り蹴り飛ばし道をこじ開ける。

 己こそ悪鬼ではなかろうかと言う所業で男はスライムで満ちた道を押し通った。


「さて、いかがするか」


 男の眼前には分岐道。1度振り返るもスライムが押し寄せてくる様子はない。


「うぅむ、相方に任せるか」


 そういうと腕を前に伸ばし、抜き身の西洋刀から手を放す。

 カラン、と軽い音を立てて、西洋刀は左に向かって倒れた。


「ふむ、そちらか」


 よっこらせと爺臭くしゃがんで西洋刀を拾い、さっと鞘に収めると男は“右”へと歩を進めた。

 しばらく進むと、なにやら明るくなってくる。

 またスライムかと苦い顔をした男であったが、正解はヒカリゴケであった。


「あぁ~。奴を連れてくればよかったか?」


 辿り着いた場所は淡く光る小部屋であった。

 奥には重そうな鉄の扉。

 その手前には台座のような四角柱が立っている。

 男はその四角柱の台座に近寄りマジマジと眺め。


「うん。無理」


 そうそうと見切りをつけて来た道を戻り始めてしまった。

 まぁ、もともとこの男、人斬りで日々のおまんまを頂いている男である。

 直感に優れた男からすれば、無理と思ったものはどうあがいても無理なのである。


「やっぱり相方はいつも正しいね」


 そんな軽口を叩きながら、男は暗闇にもかかわらず元居た道に迷うことなく戻り、左の道へと入った。

 左の道もしばらく進むと、ほんのりと灯るヒカリゴケに覆われた小部屋に着いた。

 こちらの小部屋も奥に重そうな鉄の扉。

 その手前には鈍い銀光放つフルプレートメイルがどっしりと石造りの椅子に腰掛けている。


「・・・・・・ゴーレム? アーマーゾンビ? スケルトンメイル? 魔術鎧ってことはねぇか」


 この場所のことを考えると、まっこと似つかわしくない存在がそこにいる。


「まぁ、いいか。通らせてもらいますよって」


 石座の横を通ろうとした瞬間、ぶぉんと何かを振る音が聞こえて、男は即座に跳んだ。


「あぁ~~、やっぱ番人かぁ。ただの装飾品だったらよかったんだけどなぁ」


 ボリボリと頭をかく。

 それはまぁ、仕方がない。西洋刀とフルプレートメイルでは相性が悪すぎる。

 トウとは刀剣の中で、片刃の身に両手で握れる柄がある刃物のことである。

 大陸西側における刀というものはセーバー、シミター、ファルシオンなどいくつかあるが、共通項がある。

 それは、薙ぎ斬る武具である、ということだ。

 男が持つ西洋刀は身が細く、薄い、セーバーと呼ばれる形をしていて、あまり強度がない。

 もう少し細ければ刺突剣と言い張ることもできるだろう身の細さである。


 対するフルプレートメイルといえば、「フル」という名が指す通り全身鎧である。

 金属でできた全身鎧なぞ重くてしかたないだろうが、身に纏っているのが人外であれば問題なぞ一つもない。

 というかともすれば中身なんぞ無い可能性まである。

 今回はどうかというと。


「せいっ」


 男は跳んだと同時に抜刀し、即座に踏み込み峰で相手の横腹を思いっきり叩く。

 ゴワァン、と鈍い音が小部屋に轟く。


「・・・・・・最悪」


 その音は間違いなく中身までぎっしり金属が詰まっている音だった。


「首とばせば動かなくなるタイプであって欲しいね」


 そう言い、距離を取りながら男は西洋刀を寝かせ、上段に構えた。

 腰を下ろし、一息の内に間合いを詰める。


「ほいさっ!」


 しかし、相手はそれを予期したのか、首元に腕を持っていき、その一撃を防ぐ。

 スパッと相手の左腕が斬れ落ちた。の、だが。

 直ぐさま右手の巨大な剣が振られた。

 勢いが殺しきれない男は間一髪、相手の股をすり抜け、大振りな攻撃を避けると、返し刀で背後から首をかっ斬ろうと薙ぎ払った。


 ガイィィィン


「うっそぅ・・・・・・」


 どうやら目測を誤ったのか、男の刃は後首を守る襟のような場所を半ばまで斬り伏せたところでぱきりと折れてしまった。


「まぢかよ・・・・・・。これで倒すの、こいつを?」


 男はそんなばかなという表情で折れた刀身を見た。

 本来の七割程しかないそれを見て、間合いが足らなかったか、と自省するものの、どうすることもできない。

 一方、フルプレートアーマーはというと、大剣を振り下ろしてから動く気配がない。


「どういうことよ?」


 すぐに跳び退けるよう注意しながら近寄っていく。と、半分ほど斬った襟の裏になにやら紋様が描かれているのを発見した。


「あぁなるほど。こんなとこに駆動術式描いてあったのか」


 男は納得して割れた刃先を回収すると刃先も残りもまとめて鞘にしまい、扉に向かった。

 押してみると意外にもすんなりと開き、拍子抜けである。


「さて、ホントにいるかねぇ?」


 扉の先はまた洞窟であったが、水晶やクリスタルといった結晶体で表層が覆われた洞窟であった。

 淡く輝いていて、明かりは必要なさそうである。

 男はスタスタと歩を進めた。


「どっこっにいっるっかな?」


 どこまでもお使い気分な男。先程、刀身を折ってしまったというのに警戒というものがない。

 まぁ、そもそもこの男にとってこれはお使いでしかないのだからしょうがない。

 事の発端は簡単で、この男が扶養している娘が「お父さん! お肉食べたい! 極上なやつ!!」と言ったからである。

 まぁ、たまには良いか、と安請け合いした男は仕事場である軍に向かうと同僚にうまい肉の話を振った。

 すると、同僚は何を勘違いしたか、うまい肉体の悪鬼を紹介した。

 なるほど、と頷いた男はすぐに全日休暇をもらうため、上司に会いに行き、説明すると。

 「ふむ、“買ったら”一報寄越したまえ。我が妻はその肉を料理するのが上手いぞ」

 なんて一言で休暇が決定し。

 「はいな。ささっと“狩って”きますわ」

 と軽口叩いて男は資料室でその悪鬼の棲処を調べてこの洞窟にやってきたというわけだ。

 上司もまさか、自身で取りに行くとは思わなかったろう。その肉は、ハンターで賑わう隣町ならば普通に買えるからだ。

 この洞窟も男が住む街と隣町の間にある。


「お、あれかな?」


 そんなこんな擦れ違い勘違いが有るとは知らず、男は数時間彷徨い、遂に目標の悪鬼を見つけた。

 男の倍の背丈は有りそうな赤毛の熊であった。

 見るものが見れば、恐怖でがたがた震えだしてしまうだろう猛獣である。


「さて」


 男は気持ちを切り替え、深呼吸一つ。

 小石を熊めがけて投げやった。

 それはものの見事命中し。


「GRRRRRRrrrrrrr!!!!」


 憤怒した熊は雄叫びを上げて、凄まじい速さで男に向かって突進してくるではないか。


「ひぃ。ちびりそう」


 ぶるっと震えた男は来た道を戻るように走り始めた。

 四足で全力疾走する熊と、二足で跳駆する人とでは全然速度が違う。

 徐々に距離が狭まるも、その瞬間瞬間に小石を投げては熊の目に必中させる男の技量たるや。


「そうそう、ずっと追ってこいよ。お肉」


 男がしているのは釣りであった。

 あんな巨体を引きずって街まで行くのは至難である。よって男は洞窟の外まで引き釣りすることにしたのだった。


 走る。走る。走る。

 

 足場の悪い洞窟内でよくもまぁ転ばないものである。お忘れかもしれないが男の履き物はサンダル。

 登山靴でもなければ運動靴ですらないのだ。


「そうだ。追ってこい」


 ちょくちょく後方を確認しながら駆ける。

 結晶体の洞窟を抜け、小部屋を通り抜け、そこでふと思った。

 はて、あの熊、あの巨体で、あの扉をくぐれるのかしらん?

 結果だけ言えば、いらぬ心配であった。


「GRRRRRRRRRAAAAAAAAAAA!!」


 鉄の扉をぶち破り、石の座を吹っ飛ばし、熊は難なく追っかけてくる。


「おぉパワフルゥ」


 さすがにちょっと身の危険を感じた男であった。


 タッタッタッタ、ドッドッドッドと足音を反響させながら走る一人と一匹。

 何度目かの確認で後方を確認した男だったが、タイミングが悪かったのだろう。

 ぐにぃっと何かを踏んづけてしまい、そのまま、ベしゃぁぁと倒れ込んだ。


「やっば!!」


 突然辺りが真っ赤に染まる。

 慌てて立ち上がろうとするも不定型なそれに阻まれて上手く立つことができない。

 うしろからは熊が追ってくる。


「まずいまずいまずいまずい」


 動転しながらも男は折れた西洋刀を鞘から引き抜き大地に突き立て、それを杖のように、己の体をバネのようにして跳び上がり体勢を立て直し、空中で無駄にもぐるりと一回転し、そのまま出口向かって跳ね駆け始めた。

 後方からは熊の息づかいが聞こえてくる。実に近い。

 血の気が引けるが、今はそれどころではない。


 早く。もっと速く。


 心に言い聞かせながら男は疾駆した。

 人生で最も速く走ったのは今だろうと心の中で思った。


「見えた!!」


 白い光。


 外である。


「ひゃっほい! 勝った!!」


 そのまま転がるように洞窟から脱した男は、ざざぁっと滑るように立ち止まるとぐるりと向き直り、今まさに洞窟から出ん、という熊向かって突貫した。


「その首置いてげえぇぇ!」


 手に持った西洋刀を豪快に薙ごうととして、はたと気付いてしまった。


 そういや折れてるじゃああんんん!!


 相手の熊も突貫してくる男に、これ幸いと後ろ足で大地を蹴り出し、飛び掛かり前足の鋭い爪で切り捨ててやろうしている。


 そんな、二者が交差して。


「・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 どさり、と体が地に伏した。


 ごろん、と首が転がり落ちた。


「あっっっっっっぶねええええええええええ」


 仰向けに倒れた男は心の底から叫んだ。


「あぁぁ~~~はっはっっはははははは」


 そして、いつの間にか叫びは笑いに変わり。


「よっし、血抜き。あと一報」


 ひとしきり笑いおさめて正気に帰った。


『隊長。熊狩り成功したんで○○山の麓まで荷台持ってきてくれません?』


 軍に支給されている魔動具で一報を入れてみれば。


『・・・・・・お前、バカだな。隣町で安く買えるのに』


 その言を耳にして暫く開いた口が塞がらない男であった。



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