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小雀恋模様  作者: 28号
小雀と恋の章
2/30

02 小雀、今日も師匠に叱られる


「お前の目が駄目になったのは、口が達者すぎるせいかもなぁ」


 朝、納豆をかき混ぜながら『俳優の生田斗真に抱かれた夢を見た』という話を臨場感たっぷりに語っていたら、向かいの席に座っていたお師匠様がうんざりした声で言った。


「あれですか、私の噺があまりに上手いので嫉妬した神様が視力を奪った的な」

「いや、ぴーちくぱーちくうるせぇから、これ以上騒がしくしねぇようにしたんだろう。お前、昔っから目に入ったもん全部喋るから、うるさくてかなわねぇ」


 なんとも失礼なことを言って、お師匠様がお味噌汁を啜る音がする。


「それにしても、目が見えなくても夢ってのは見るんだな」

「元々見えなかったわけじゃないですしね。といっても、新しい視覚情報は入ってこないので、夢の中の生田斗真は今より若くてピチピチでしたが」


 そういえば、最近の生田斗真はどんな具合ですか?

 相変わらずイケメンですか?

 わんこっぽいあの笑顔は健在ですかと身を乗り出したが、味噌汁を啜る音しかかえって来なかった。


「何で黙ってるんですか! 目が見えないかわいそうな弟子に、昨今の生田斗真事情を教えてくれたっていいじゃないですか」

「何が可愛そうな弟子だよ。『目が見えないおかげでテレビにも寄席に引っ張りダコだぜイエエーイ!』とか抜かしてたのはどこのどいつだ」

「背負いたくもないハンデ背負ってるんですから、それを利用して何が悪いんですか! それにテレビに呼ばれても、共演するのはじじいばっかですよ!」

「こら、師匠をじじい呼ばわりするんじゃない! 尊敬の心を持て!」

「もちろん尊敬はしています! でも、尊敬していても割り切れないんです!! セクハラ酷いし、加齢臭すごいし、一緒に仕事してると老人ホームか火葬場にいる気分になってくるんです!」

「それ、絶対外で言うんじゃねぇぞ」

「大丈夫です。もうちょっと、オブラートに包んだ言い方してます」

「結局言ってるんじゃねぇか!」

「でもみんな、私がコキ下ろすと喜びますよ」

「じじいどもはキャバクラ以外で若い女にちやほやされねぇから、お前に構って欲しいんだよ。悪態でも嬉しくなっちゃう、さびしいじじいたちなんだよ」

「師匠だって、じじいよばわりじゃないですか」

「俺は良いんだよ。人間国宝なんだから」


 言いながら、師匠が痩せ細った胸を張った気配を感じる。

 確かに、師匠は高名な落語家だ。口は悪いし、態度もデカいが、彼が独演会を開けば天皇陛下も聞きに来るような凄い師匠なのだ。


「黙ってりゃあ可愛いんだから、あんまいらんこと外で言うんじゃないぞ」

「目も見えない上に喋らなかったら、死んだようなもんじゃないですか」

「お前、ヘレンケラー馬鹿にしてんのか?」

「尊敬してますよ! 目がこうなるってわかってから、伝記は何十回と読みましたよ!」

「それでその言い草かよ。絶対尊敬してないだろ」

「だから尊敬してますって。それに落語で生きていこうって覚悟決めたのもヘレンさんのおかげですよ」


 嘘偽り無く、ヘレンケラーは私の人生に大いなる影響を与えた。

 見えないことがいかに大変かを知り、だからこそ口があればできる落語をちゃんとしようと決めたのも彼女のおかげだ。


「むしろ師匠より、ヘレンさんの方が私の人生に大きな影響を与えていると思います」


 私が言った途端、何かがへし折れる音がした。多分箸だなとぼんやり思っていると、続けて師匠の小さなうなり声が響く。


「本当に、俺は何でこんな奴を弟子にしちまったんだ。口もへらねえぇし、可愛げもねぇし、良いことなんてひとつもねぇ」

「ひとつもねぇは大げさでしょう。私、自分で言うのもなんですけど、落語めっちゃ上手くないですか?」

「だからだよ。腹が立つんだよ。俺が血の滲むような努力して会得したもんを、さくっとこなすお前が憎らしくてしょうがないんだよ」

「心が狭いですねぇ」

「そのうえこの可愛げのなさ! 狭くもなるわ!」

「安心してください。私は女ですから、師匠ほどの出世は出来ませんよ」

「それがまた、余計に悔しいんじゃねぇか……」


 そこでずずずと、師匠が味噌汁を啜る。

 顔を見合わせればこうやって私を「可愛くない可愛くない」と言うけれど、それはポーズだなとわかるのはこういうときだ。


「師匠、私のこと大好きですよね」

「嫌いだよ! そういうこと、さらっと言うところが嫌いだよ!」


 でも私は、素直じゃない師匠が大好きだ。

 だから師匠が大好きな卵焼きを、彼の皿にそっとのせる。


「小雀てめぇ、味噌汁に卵焼きいれるんじゃねぇよ!」

「あらやだ、目が見えないからうっかり!」


 本当は、お皿より少し右に置きすぎたかなと思ってはいたのだけれど、それは口に出さなかった。


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