復讐鬼エセルリード
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【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】3巻が8月5日発売しました!! 鳥生ちのり様作画!! KADOKAWAさまのFLОSコミックさまです!! 表紙はブラッドです!! かっこいい!! 1巻2巻ともども、どうぞよろしくお願いします!! ちなみに連載誌は電撃大王さまです。
9月27日発売の電撃大王さま11月号に、20話「生者と死者の魂の交錯するとき」が掲載されます!!
真祖帝のルビーの力で大人の姿になったスカーレット!!
彼女を中心にして結ばれた絆。亡くなった者の遺した想いと、生きる者の希望がひとつになり、必殺の一撃をブラッドに放たせます。死闘、決着のとき。そして……。
ニコニコ静画やコミックウォーカーで19話の無料公開もやってます。ピクシブ様やピッコマ様で読める回もあります。もちろん電撃大王さまサイトでも。ありがたや、ありがたや。どうぞ、試し読みのほどを。他に公開してくださってるサイトがあればぜひぜひお教えください。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。応援よろしくです……!! そして、原作小説の【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中です!!
エセルリードの耳で、波の砕ける音がずっと鳴り響いていた。
だが、なんの感慨もわかない。
彼の心は麻痺し、投げやりな倦怠感ともに五感が崩れつつあった。
重度の薬物中毒により、彼は自分が何者かなのかさえわからなくなっていた。
彼が飲まされたのは、毒物に長けたシャイロックの劇物のなかでも、最悪の薬だった。命を奪わないぎりぎりで、心と気力を破壊し尽くす。たとえば王を傀儡にし禅譲させたり、どうしても言うことをきかない女性を生き人形とする用途で使われる。
そしてすぐに命は失わないというだけで、服薬すれば長くは生きられない。その作用は脳の外縁だけではなく、奥にまで浸透し、自律神経や呼吸中枢にまで害を及ぼすからだ。
事実、エセルリードの意識は混濁し、死の奈落に堕ちつつあった。
アンブロシーヌは、そこまでしなくてもと躊躇するデクスターを振り払い、致死量をエセルリードに処方したのだ。
だが、冷たい闇のなか、エセルリードを繋ぎとめる、たったひとつのあたたかい光があった。
〝……エセルリードさまぁ。まだ、こっちにきちゃダメですよう……〟
優しい丸顔をした女性が、必死にエセルリードを押し返そうとしていた。ちょっと間延びした声がひどく懐かしく、エセルリードは胸がいっぱいになった。感覚がよみがえった。そして貫かれるような哀しみの感情も。
彼女の名前は思いだせない。けれど、もうこの世にいないことと、そして、とても大切な人だったのはわかる。きっと名前を思い出すと、悲しみで心が壊れてしまうほどに。
あふれたエセルリードの涙を、彼女はそっと指先でぬぐった。彼女もまた泣いていた。その表情を見ただけで、彼女がどれだけ自分のことを愛してくれているかわかった。力いっぱい抱きしめたい衝動が胸を焦がし、エセルリードは彼女の服を摑んだ。
だが、エセルリードの手を、彼女はそっと振りほどいた。もの悲しげに横にかぶりを振る。ごめんなさいと唇が呟く。彼女の姿が急速に遠ざかりだし、エセルリードは悲鳴をあげ、彼女のもとに戻ろうとした。
「俺も……!! 俺も君のそばに……!!」
だが、望みはかなわなかった。まるで巨大な手で摑まれ、急速に海中から引きあげられていくように自由がきかない。水中の泡が一斉にはじけるように耳が轟轟となり、苦痛が身をあぶる。
現実に意識が戻ろうとしていた。
彼女の声が、もがくエセルリードを追いかけ、寄り添うように全身を包みこむ。
〝……お願い。私のぶんも生きて。私をしあわせにしてくれたあの笑顔で、もっとたくさんの人を幸せにしてあげて。いつまでも大好きですよう。エセルリードさま……〟
彼女は両手をいっぱい広げて、ありったけの想いをこめ、明るい笑顔を浮かべた。胸がしめつけられる。それが別離の笑顔でなく、自分を迎え入れるための笑顔だったらどんなによかったろう。
記憶はなくても、心が憶えている。彼女は太陽のようにいつも自分のそばで心をあたためてくれた。励ましてくれた。愛してくれた。だが、もう彼女はいない。胸を吹きすさぶ寂しさが、冬の北風よりも強く心を突き刺す。
エセルリードは悲しみのあまり咆哮した。
心が痛い!! 胸が張り裂ける!!
誰だ!? 彼女を殺したのは!? あの笑顔を奪ったのは!? 許せない!!
目もくらむ怒りに翻弄されるエセルリードの耳に、とびこんできた言葉があった。
「……ひでえな。生きてんのか、こいつ。洗う意味があるのか」
「シャイロックのとびきり強力な薬でやられてるらしいからな。もう廃人だ。まあ、いらぬ詮索はなしにしようや。命がいくつあっても足りゃしねえ」
潮風にさらされ続けた男達特有の、少ししゃがれた声。
海の匂い。見渡す限りの大海原。口中と目にに刺すような塩辛さがあり、むきだしの肌が日に焼かれてひきつっていた。エセルリードは船の甲板にひきだされ、海水とデッキブラシで、乱暴に身体を洗われていた。
人命が紙のように軽い南方の開拓地行きの船に、エセルリードは乗せられていた。
だが、自分の置かれた現実の状況をエセルリードが認識したのは、しばらくたってからだった。
なにもかも忘れるほどの怒りに我を忘れ、暴れ回ることになったからだ。
「……シャイ……ロック……!!」
エセルリードの憤怒のうめきは、まるで獣の唸り声だった。
その名前、おぼえている!! 復讐だ!! 俺が復讐する相手だ!!
エセルリードの壊れかけた心に火がついた。
彼はかっと目を見開き、おそろしい狂気の雄叫びをあげた。
長い間動かしていなかった喉が裂け、血を吐いても、その叫びは止まらなかった。
なにもかも忘れた俺だが、一番許せないことだけは憶えていた!! 彼女の笑顔を奪ったのは、シャイロックだ!! 俺は奴らに罪の償いをさせてやろうとしていた!! そのためなら、俺は泥をすすってでも生きぬく!! 俺の胸に空いたこのどうしようもない喪失感は、きっと復讐を遂げたときに満たされるだろう!! そのときこそ、俺は彼女に迎え入れられる資格を得るはずだ!! 待っていてくれ!! 俺はすぐに君のもとに行くぞ!!
怒りと狂気の思いこみに憑りつかれたエセルリードは、消え際の彼女の……恋人のマリーの悲しいまなざしに気づかなかった。エセルリードは笑顔を忘れ、マリーがなにより望まなかった、血で血を洗う復讐の道に足を踏み入れてしまった。
悲しい復讐鬼は死をこえてよみがえり、地獄の生きざまを選んだ。誰が責められよう。復讐の炎に心を焦がさなければ、エセルリードは自分を保てなかった。それほどまでに彼はマリーを愛していた。
エセルリードは血と膿で皮膚がはりついた甲板から、横たえた身体を強引に引きはがした。べりべりと凄まじい音がし、治りきっていない頬の傷からあらたな血が噴きだしたが、お構いなしだった。立ち上がろうとしたが、手枷と足枷につけられた鎖に阻まれ、転倒する。
何日もろくに身動きできなかったエセルリードの突然の目覚めに、居合わせた船員たちは仰天したが、ほっと安堵の笑い声を漏らした。ずっと寝たきりで、しかも不安定な甲板上だ。普通ならいきなり立てるはずがない。禁断症状かなにかで瞬間だけ超人的な力を発揮しただけなのだろうと。だが、その笑みはすぐに凍りついた。
「……思いだした。俺の名はエセルリード。シャイロックへ復讐するものだ。今は……そのふたつの記憶だけあればいい。復讐を果たすまでは……」
血と痰でくぐもった声は獣じみていた。だが、獣にはない底知れぬ哀しみがあった。
びいいんっと異音を発し、エセルリードを拘束していた鉄鎖がはじけ飛んだ。エセルリードの手首の肉には手枷と足枷が食いこみ血が流れていた。肉は爆ぜ、骨まで達っするかもしれない深手を負ったが、かまわず力まかせに鎖を引きちぎったのだ。人間の行動ではない。罠にかかった本能むきだしの野生動物がすることだった。そして、エセルリードの目は、逃走本能のかわりに復讐一色に燃えていた。
「……おい。教えろ。この船はなんだ。どこへ行こうとしている」
じゃりんじゃりんと処刑の合図のように鎖を引きずり、髪を逆立て、血まみれの貌で迫るエセルリードは、もはや人間の形相をしていなかった。豪胆な海の男達きが、恐怖のあまり腰を抜かし、言われるがままに質問に答えるぐらいには。
船乗りたちは本能で命拾いをした。
下手に逆らえばひねり殺されたろう。
薬物と怒りにより、エセルリードの身体のリミッターははずれていた。
今の彼は、片手で大人一人を振り回せる怪物だった。
……その後、エセルリードは、船員から鍵を強奪し、鎖に繋がれていた開拓民たちを解放した。
「俺はこの船を乗っ取る。死ぬも生きるも好きにしろ。だが、俺の邪魔をするなら殺す」
自分達が騙され奴隷扱いされたことに憤慨していた開拓民らは、喜んでエセルリードの反乱に加わった。
その奴隷船には武装した兵士も乗りこんでいたが、その数は多くなかった。なにより開拓民たちを素人と舐めきった彼らは新兵であり、孤立無援の船上で多数に反乱される怖さに無知すぎた。
なにより誤算だったのは、痩せ細ったエセルリードが、黒豹を思わすほど獰猛だったことだ。怪力自慢の大柄な兵士が、みぞおちへの前蹴り一発で吹っ飛び、甲板を数回転がって動かなくなるのを目撃し、兵士達は驚愕し、戦意を消し飛ばされた。その隙を突かれた。いくら大型船といえど、甲板に開拓民すべてが出てくれば、身動きなどまともに取れなくなる。しかも四方八方から押し潰そうと迫ってくるその人壁から、時々ぬうっとエセルリードの手を伸び、兵士達の首根っこを掴み、玩具のように振り回して放り投げるのだ。
仲間達が頭上をとぶのを見て、兵士達はパニックにおちいって陣形も取れず逃げまどった。帆船にはマストやヤードを固定する静索、帆やさまざまなものを動かす動索が、縦横に張り巡らされている。エセルリードの暴力を逃れた兵士達は、ロープ際に追いつめられるか、足を引っかけて転倒するかした。
兵士たちはあっという間に制圧された。
エセルリードは船長の首に鎖を巻きつけ、ハイドランジアへ進路変更しろと咆哮した。もはや優しい良家のお坊ちゃまだった面影など欠片も残していなかった。その変貌を悲しむように海風が鳴る。
……奴隷船の乗っ取りは成功した。
だが、運命はエセルリードに微笑まなかった。
奴隷船は制圧される前に、メインマストのてっぺんに要救助の旗をすでにあげていたのだ。しかも一番上の物見台からでないと上げ下ろしできないようになっていた。
帆船はトールシップと呼ばれるほどに、船体に比して高いマストを持つ。それに帆船はその性質上、横に傾いて進むことが多い。マストも当然斜めになる。上に行けば行くほど、揺れ幅も大きくなる。そんな悪条件のなか、吹きすさぶ風をものともせず、揺れる網のようなシュラウドを上のみ見て平然と登っていくエセルリードを、船員たちは畏怖の目で仰ぎ見た。
「あの男、悪魔にでも憑かれてるんじゃないか」
船揺れに慣れない素人がやれることではない。目もくらむ高さほどわかりやすく人の恐怖をあおるものはない。風にあおられ、手でも滑らせれば、下に叩きつけられて即死だと馬鹿でもわかる。だが、エセルリードの狂気の怒りは、死への恐怖をはるかに凌駕していた。
しかし、執念でたどりついて、要救助の旗を引きずり下ろしたエセルリードの目に飛びこんできたのは、最悪の光景だった。
はるか海原の彼方から色とりどりの巨大な三角帆が迫ってくる。五隻の帆船だ。常識外れに足の速い船だ。奇怪な姿だった。三本のマストは垂直ではなく、斜めに甲板に突き刺さっている。いや、違う。それはマストと見まがうほど、太くて長いヤードだった。マストの先端に翻るのは、白い夜来香に鮮やかな孔雀を組み合わせた紋様の国旗だ。その長い燕尾旗がすべて後方になびくほど速い。8メートルほどある櫂が、両舷から波を蹴散らし、帆による推進を後押ししていた。船の豪華さの象徴ともいえる船尾楼はなく、後方には張り出した桟敷のような突き出しがあった。船首から斜め前に角のように伸びたバウスプリットとあいまり、まるで背中をそらした一角クジラを思わせた。
エセルリードの顔が険しくなる。
ただならぬ相手と直感したのだ。
……エセルリードの勘は的中していた。
奴隷船に接近してくるのは、海洋国家チューベロッサの精鋭艦隊「シャチ」だった。
……「108回」のスカーレットは、令嬢時代に、この小艦隊「シャチ」に何度か邂逅し、背筋が寒くなる思いを味わった。チューベロッサの王子ドミニコの命で、スカーレットを誘拐しにハイドランジアに侵入してきたことが何度かあるのだ。艦隊の司令官が誘拐に乗り気でなく、わざと手抜きして見逃してくれたので助かったが、喫水線の浅さと小回りの利きをフル活用し、海どころか川まで疾駆するその操船はおそるべきものだった。もし、本気を出したら、世界最速の帆船ブロンシュ号に勝ちうるのでは。そうスカーレットに思わせるほどだった。
単純な構造の三角帆のため、横帆より素早く動かすことができ、向い風への切りあがり性能も高い。船体に比し、帆の面積を多くとっているため、風をとらえる能力は横帆にも負けない。櫂を補助として使うので、普通の帆船では不可能な小回りも可能だ。風に頼りきらないでもいいし、たとえ帆が裏うちをくらって停船しても、自力で動きだすことができる。速度にも優れるが、とにかく機動性と適応力と旋回性能が突出している。収納能力に難があるため、長期の外洋航海はできないが、沿岸では無類の強さを発揮する。獲物に先回りして喰らいつくその獰猛さは、まさに海のギャング、シャチの名にふさわしい。
死に抗った新生児のスカーレットがブラッドを呼びこみ、結果母親のコーネリアが救われたことにはじまった運命のゆらぎは、歴史に影響を及ぼすほど大きくなりつつあった。
スカーレット陣営にセラフィが加わったことにより、「108回」ではなかったブロンシュ号と「シャチ」艦隊の会戦がはじまろうとしていた。
白の貴婦人と鯱の初激突のときが迫っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは艦隊「シャチ」の旗艦である「赤シャチ号」の船尾だ。
海面に大きくはりだしたその下をすごい勢いで海面が流れていく。
モアイのような風貌の操舵手が、「やっ、よっ」と掛け声をあげながら、楽しげに舵棒をきって船の揺れを最小限におさえる。喫水線が浅く、船幅も狭いこの艦は、波風の影響を強く受ける。それを事前予測し、バランスを取るよう舵を切るのは並の熟練者では無理だ。すばらしい腕前を披露する操舵手の先のわずかな空間に器用にハンモックを吊るし、のんきに高いびきをかいているのっぽの男がいた。
「……ジーベリック司令。いつまで昼寝をしているんですか。ここ狭いんですから、とっとと勝手に吊るしたそのハンモックを片付けてください」
のぞきこんだ女性的な顔立ちの少年の影に気づき、男は面倒くさげに片目をあけた。
「やれやれだ。せっかく舞踏会でもてもての夢を見ていたのに。目覚めると女の子はおらず、いつものお小言マルコか。現実はじつに悲しい。艦隊司令ってやつは、昼寝と夢見る自由さえないらしい」
嘆息する男に、マルコ少年は腰に手をあてて、ふんと鼻を鳴らした。
「いいお声でなにを間抜けなことを。二時間も寝てたくせに。勤勉と信賞必罰必罰をこの艦隊のモットーにしたのは司令でしょう。ここは先頭きってぜひ規範を。海戦の天才少年の名が泣きますよ」
声変わりしてない高い声にやりこめられ、むうと唸るジーベリック艦隊司令を、操舵手が面白そうに眺めている。この主従のやりとりはこの艦の名物なのだ。
「元だ、元。天才も二十歳すぎればただの人ってな。当代の天才少年とやらはセラフィ・オランジュだ。俺はもうとうに天才を引退して、モットーも怠惰に宗旨替えした。イカれた王子のお告げで、急に奴隷船の護送なんてくだらん仕事を押しつけられる俺にゃ、びったりだろ。レヴァンダに恩を売るんだかなんだか知らんがくだらねえ。ましてこんな女っけもない殺風景な職場じゃ、テンションも下がるいっぽうってなもんだ。おまえさんが女装して、ドレスをひらひらさせ投げキッスでもしてくれりゃ、ちっとはやる気も出るかもな」
と囁き、尻をなでるゼスチャーをする。癖はあるが苦み走った風貌のジーベリックにこんなことをされたら、普通の少年なら閉口するか、赤面して黙りこんだろう。だが、マルコは一枚上手だった。ふうっとため息をつき、長い睫毛を頬に触れるほどずいっと近づけた。
「また心にもないことを。それで司令のやる気が出るなら、女装しての投げキッスも、フレンチカンカンも喜んでやりますよ。でも、司令は怠惰ではなく孤独な日々に絶望してるだけ。本当に望むのは、そのありあまる才能を思う存分ぶつけられる相手でしょう。……その望み叶うかもしれません。現れましたよ。白い貴婦人が」
心を見透かされ、へいへいと苦笑していたジーベリックの目が、白い貴婦人と聞いた途端、凄みのある光をたたえだす。惰眠を貪る虎が獲物の気配に気づき、むくりと身を起こすさまにそっくりだった。ハンモックから飛び降りると、かたわらにひっかけてあった船長服をもぎとるように羽織り、歩き出す。巨漢の操舵手と笑い合って爪先立ちでハイタッチし、マルコがあとを追いかけた。
「……そいつがブロンシュ号だという根拠は?」
振り返りもせず問うジーベリックに、マルコは待ってましたとばかりに、ボードに挟んだ限定海域の海図をさしだした。
「速さです。さすがに遠すぎて帆がわずかに確認できただけですが……」
幾つかつけられた印を一瞥し、ジーベリックがうなずく。
「〝アギトの海域〟か。あの難所を正面から突っきり、しかもこの速度で進める船など、この「シャチ」艦隊以外では奴しかいない。セラフィ・オランジュ本人が指揮をとっているな。このルートは……奴隷船の航路に先回りする気だな。セラフィほどのヤツが奴隷船なんぞを追いかけるとしたら……目的は誰かの奪回か」
ジーベリックは獰猛な笑みを浮かべた。戦う理由を見つけたからだ。奴隷船の護送の任務を受けた以上、ブロンシュ号との衝突は避けられない。
「マルコ、俺の秘蔵の酒をありったけ持ってこい」
そしてジーベリックは舳先に立ち、酒ビンのふたを片っ端から開け、中身を海にそそぎこんだ。
「海の女神よ。この出会いに感謝する。俺の愛する酒を捧げよう……。願わくば、ブロンシュ号が俺の心を震わす強者であらんことを」
祈りを捧げたジーベリックは身をひるがえすと、すでに全速航行に入る用意をして待機している頼もしい船員たちを睥睨した。
「……俺はしばらく禁酒だ。おまえらもつき合え」
すさまじいブーイングが巻き起こる。彼らのほとんどはジーベリックを慕って集まった。その関係は家族のように遠慮がない。正規軍なのにバンダナや頭巾をかぶっている連中が多数いる。しかし軽口は叩いても規律と士気はおそろしく高い。ブロンシュ号のセラフィとオランジュ商会の絆に酷似している。
ジーベリックは笑顔で怒鳴った。
「うるせえぞ。愛すべきへべれけども。黙って俺の狩りについてこい。獲物は、世界最速のブロンシュ号。相手にとって不足なしってやつだ。最高の勝利の美酒を約束するぜ」
ブーイングの百倍の大歓声が艦をゆるがした。
お読みいただきありがとうございます!!
ちょっといつもに比べて短めなのは、新しい登場人物や国名が出て来たりで、あまり長文にすると情報過多でぐちゃぐちゃになってしまうからです。しばらくはわかりやすいよう短めになるかと思います。そのかわり更新回数は増えますので。たぶん……(笑)
国名、位置関係については、前回にざっくり地図を載せています。
では、よろしければ、またお立ち寄りください!!




