三章【シャイロックの遺産編】開始。※ごめんなさい!! 導入部だけ、私、赤ちゃん時代に戻ります!!
ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!
【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】3巻が8月5日発売しました!! 鳥生ちのり様作画!! KADOKAWAさまのFLОSコミックさまです!! 表紙はブラッドです!! かっこいい!! 1巻2巻ともども、どうぞよろしくお願いします!! ちなみに連載誌は電撃大王さまです。
またコミックウォーカー様やニコニコ静画様で、19話①が本日9月1日の11時に公開予定です!!
明かされていくルビーの秘密!!
そして、孤立無援のなか、乾坤一擲の一撃にすべてをかけるブラッド!!
限界をこえてそれをサポートするセラフィ!!
リスクありありの超必殺技はやっぱり恰好いいのです!!
ロマン砲は男の夢!!
コミカライズ「108回」ですが、ピクシブ様やピッコマ様で読める回もあります。もちろん電撃大王さまサイトでも。ありがたや、ありがたや。どうぞ、試し読みのほどを。他に公開してくださってるサイトがあればぜひぜひお教えください。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。応援よろしくです……!! そして、原作小説の【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中です!!
【これは一章終了直後の話。新生児スカーレット視点】
炎の熱気が暴力的な塊となって頬をうつ。
「熱風がくる!! 避けてください!!」
セラフィが忠告し、私を抱っこしたブラッドがあわてて飛び退く。
その一瞬後、重たいカーテンが下からぶわっとふくれると、ぼんっと音をたてて発火した。
「あっぶねえ……!! 間一髪……!!」
ブラッドがうなる。
一歩逃げ遅れたら火だるまだった。あちこちで火災旋風が発生しかけているのだ。巻きあげられれば、体重3.5キロの私など、数分で焦げすぎの子豚のローストと見分けがつかなくなるだろう。
シャイロック商会の富の象徴、絢爛豪華を誇った本宅が焼け落ちていく。
名匠がつくった金箔の装飾も、神話を模した像たちも、すべてが灰燼と化していく。人間がぶらさがれるほど大きなシャンデリアの大量の蝋燭が溶け、炎の滝になる。壁に床に降り注ぐ。マグマがあふれたような凄まじい光景だ。
すべての悪事が露呈したデズモンド会頭は自ら火を放った。
あくどい手口の犠牲者達の血と涙でできた調度品が、告発でわめくかのように内部からはじけ、めくれあがる。空気の膨張のせいか、窓枠やしっくいの天井がぎしぎし鳴る。それは奇妙なことに人の笑い声に酷似していた。炎がぐるぐると渦巻き、時々人そっくりの形をとる。
まるでシャイロック商会の滅びに、怨霊が快哉を叫び踊り狂っているようだ。一瞬で汗だくになるほどの熱が、間断なく肌をあぶるのに、背筋が寒くなる。
私達一行はデズモンドを追い、今まさに絶賛炎上中のその屋敷の奥へと疾走していた。得体のしれない怪物の腹のなかに自らダイブする気分だ。進むというより落ちていく感覚だ。無数の肖像画が、熱のゆらぎのせいで邪悪に口元をゆがめ、私達を歓迎する。
「ぞっとするな。この燃え方は普通じゃあない。なあ、あの炎、手招きしてるように見えるんだけど。ここヤバくないか。このまま進んでいいのかな」
赤ちゃんの私を抱っこしているブラッドが呟く。珍しく弱気な発言だ。いつも飄然としている彼の肌が総毛だっていた。
「……シャイロックの重要な財源は高利貸しでした。この屋敷を呪って自殺した人間は数知れない……。怨霊が憑いていても不思議はありません。いずれにしてもこの燃え具合。あまり長居はできない。一刻も早くデズモンド会頭にたどり着かないと。急ぎましょう。方向はこれで合ってます。ボクの勘もそう告げている」
息をきらして並走しながらセラフィが太鼓判を押す。
「怨霊たちの導きってやつか。正直いい気持ちはしないけどな……。セラフィ、苦しそうだぞ。オレがおんぶしてやろうか」
気の毒がってブラッドが声をかけるが、セラフィは拒絶した。
「ボクにも男の意地があります。メイドに背負われて、親の仇に会いに行くなんてごめんです」
メイドったって、ブラッドは女装してるだけなんだけどね。
まあ、気持ちはわかるよ。
デズモンド会頭の依頼による魔犬の襲撃で、セラフィの父親は命を落とした。さらにシャイロック商会に販売網や顧客を奪われ、オランジュ商会は破産寸前まで堕ちた。そこから死に物狂いで這い上がり、やっと仇敵に報復するチャンスをつかんだセラフィとしては、絶対に譲れないプライドなのだろう。
「これしきの苦しみ……あの屈辱の日々に比べれば……なにほどのことか……!!」
見上げた根性だが、六歳の身体にはハードすぎる強行軍だ。疲労困憊し、汗と鼻水が呼吸をするたび飛び散った。けろっとしているブラッドに比べると敗色濃厚なのはいなめない。さらにここは煙の刺激臭に満ちている。普通の呼吸さえ困難なのだ。
私はセラフィに同情した。チート生物のブラッドなんかと仮初にも競っちゃいけない。炎も煙もほとんど意に介していないのだ。「ん? 鉄をも溶かすロマリアの焔に比べれば、こんなの平気平気」だそうだ。血流操作の応用で発汗量をコントロールし、水蒸気の幕を張って熱を遮断しているらしい。煙も特殊な呼吸法でなんとかなるそうな。あんたは火渡りの修験者かなにかか?
つっこみかけた私は激しく咳き込んだ。目もしょぼしょぼする。
いくら水にひたした防火布にくるまれてるとはいえ、乳児の呼吸器官にこの煙地獄はこたえる。
「……このままではスカーレットとセラフィがもたないな。火の回りが早すぎる。あらかじめ仕掛けていたか。死ぬ覚悟をしていたのだな。デズモンドは」
ブラッド以上の超人のお父様はため息をつき、セラフィをさっと片腕で小脇に抱きかかえた。
「なっ、なっ……」
あわてるセラフィを微笑でいさめる。
「君が優秀なのは認める。その誇り高さも。だが、今は文字通り火急のときだ。たまには大人を多少頼ってもいいのではないか。君はブロンシュ号で僕を妻のもとに届けてくれた。今度はこちらが借りを返す番だ。それとも僕程度では役不足か」
炎の照り返しのせいか、すごい男の色気のまなざしだった。ハイドランジアの英雄のお父様にじっと見つめられ、こんなセリフを囁かれては、セラフィも黙って従うしかなかった。恥ずかしさで頬を少し染め、こくんと頷きなされるがままになる。令嬢貴婦人なら鼻血をふいて失神しただろう。
うーん。前から少し疑惑があったけど、亡き父親に強い思い入れがあるセラフィは、ちょっとファザコンの気があるのかもしれない。メアリーが知ったら大興奮しそうだ。オランジュ商会は男所帯だし、セラフィは隠れ美形だ。禁断の恋の扉がいっぱいとかメアリーが踊り出さないことを祈ろう。他人の恋愛事になるとメアリーは我を忘れて暴走してしまう。恋愛突撃隊長の名は伊達ではない。私の大切な乳母が変態と思われるのは不本意だ。
それにしてもお母様がらみでないお父様は本当に切れるし頼れる。なのに、その最愛の人の前でやにさがり、一番ダメな部分を見せつけるって、ほんとどういう生き様なんだか……。
……ここまでの経緯を説明しよう。
魔犬ガルムを撃退したあと、お父様は王家にすべての事情を説明し、シャイロック商会討伐の許可をすみやかに得た。まさに電撃作戦だ。というか国王陛下をじかに脅し、許可をぶんどった。常識はずれの最速コースだ。あのときは驚いたよ。
愛するお母様をシャイロック商会に殺されかけ、怒り心頭に達っしていたんだな。アポもなく王城に踏みこんだ。さすがに産褥期のお母様はお留守番だ。
うーん、「108回」の女王時代の居城をまさか赤子の姿で訪れる日が来ようとは。人生なにかせあるかわからないものだ。小山の要塞を起源にし、長い月日をかけ、無数のタワーと尖塔の巨大エリアに成長した馴染みある城のシルエットが、月に照らされていたっけ。「108回」で私はこの城で即位し、そして何度かはここで命を落としている。跳ね橋の手前にある第一の門で私が感慨にふけっていると、いきなり国王陛下と直接の謁見などとんでもないと、慌てて門番たちが飛び出し、お父様をさえぎった。門とはいっても、二階には衛兵の詰め所もあり、武器や食料も保管されている。戦争時には小さな砦として機能するんだ。甘く見てるとえらい目にあう。
月の光にお父様の目が赤く燃える。足元の黒々とした堀の水面から、冷たい風が吹きあがった。
「どけ。王命の件で報告だ」
「い、いくら紅の公爵様といえど……一度上の裁可を仰ぎまして……」
お父様の睨みに冷風よりもさらに背筋が凍る心地がしたのだろう。衛兵たちは後ずさった。だが、そこは宮仕えの悲しさ。逃げ散らず、門内に踏みとどまった。当然だ。お父様は返り血と泥にまみれ、全身から怒気を立ち昇らせている。さらにあのとき同行したのは赤ちゃんの私と抱っこ役のメイド姿のブラッド。船長服の子供セラフィ。蒼白になっておろおろする従者のバーナードだった。こんな珍妙な一行をたやすく通すようでは、衛兵の存在意味がない。
お父様の必殺武器……背丈よりはるかに長い棍を封じるため、衛兵らは目くばせしあい、狭い門内にさっと陣取った。短いサーベルの抜刀ならともかく、槍や大剣などの長物はここではまともに振るえない。わざとそのように造ってあるのだ。まずは及第点の対応だ。
「……どけと言ったはずだ」
がたんっとどこか遠くで水車が鳴った。それを合図がわりに、すうっと足を進めたお父様が、衛兵たちのあいだを抜ける。棍が一閃し、職務に忠実なあわれな彼らの顎を揺らした。全員仲良く脳震盪を起こして、膝から崩れ、ばたばた倒れ伏す。苦労して立てた無数のカードが、風であっさり倒れるさまにそっくりだった。呼子の笛を吹く間もあたえなかった。
「馬なしでも、スカチビの親父さん化物だな」
かわりにひゅうっとブラッドが感嘆の口笛を吹く。
私は驚愕した。
今の明らかにおかしいでしょ!? 狭いこの門内で、どうやってこの長い棍を振り回し、かつピンポイントで密集した十人ほどの顎を同時に打ちぬいたんだ。突きなんか使ってなかったよ。絶対に棍がつっかえたはずでしょ。棍のほうが門の幅より長いんだから!! しかもお父様は歩みを止めず、門と衛兵らの間を抜けたのだ
「なんだ。スカチビ。親父さんの動きが見えなかったのか。ほら、あれあれ」
ブラッドが私を抱えあげ、目線でうながした。
視線を追って私はぞっとした。
堅牢な石壁や天井に幾条も深い裂傷がうがたれていた。これ……お父様の棍が走り抜けたあと!? 音もさせず、バターみたいに石を切り裂いて前進したのだ。自在に動く超高速の巨大丸ノコみたいなもんだ。これが石壁でなく樹々や岩壁でも結果は同じだったろう。長い得物封じの障害物セオリーがこの狂妻家の英雄には通じない。
……まして戦場では馬のパワーまで上乗せされる。たぶん鎧を着こんだ騎士も分断できる。戦った魔犬ガルムが桁外れの耐久性だったため、私はお父様の強さをまだ過小評価していたのだ。
「安心しろ。勇敢な衛兵たち。顎骨は砕いていない。だが、あと数刻は動けん。諸君の仕事ぶりには敬意を表するが、妻の名誉がかかっている。ここは黙って行かせてほしい」
脳震盪では必ずしも意識を失うわけではない。だが、ダメ押ししなくても、もう横たわる衛兵たちはお父様に歯向かう気力を失っていた。お父様がその気になれば、兜ごと首から上がなくなったと本能で理解したのだ。それだけでなく、戦場無双の英雄伝説が真実だと知った彼らの目には、恐怖だけでなく、称賛と憧れが浮かんでいた。きっとこの体験を誇らしげに子や孫に語るに違いない。男はいつになっても強者への憧れを捨てられない生き物だ。そういうふうに敵さえ男惚れさせ、場の空気さえ味方にする。スポットライトが当たったように目立つのだ。まるで魔法だ。これもまた英雄の資質のひとつなのだろう。
心酔した衛兵たちとは対照的に、ひえええっと従者のバーナードが頭を抱えて悲鳴をあげた。
そのあと、ぽかんと表情が抜け落ちた表情で苔むした天井を仰ぎ、
「ひひっ、またか。どうして国家権力にばかり喧嘩を売りたがるのか。四大国だけではなく、今度はご自分の国にまで……。ブライアン老、ビル老、ボビー老、お怨みします。なぜ私をこんな方の従者に……。ああ、胃の腑に穴があいて早死にしそうです。ひひひ。あの世ではたっぷり愚痴を聞いてもらわねば。おお、その日が待ち遠しい」
と両手を広げて乾いた笑い声をたてた。すべてをあきらめきった虚無の目だ。英雄ではなく悪魔を見るまなざしだった。
どんだけやらかしてんのよ、この公爵は……。
魔犬ガルムを撃破したあと、すぐさま王城へ馬を飛ばしてたどりついたのだが、神域の馬術のお父様についていくのは相当きつかったらしい。しかもブロンシュ号から公爵邸への強行軍に引き続いてだ。途中でバーナードはランナーズハイを思わすハイテンションになり、それから目が完全に死んだ。今にいたるもそのままだ。どうやら死人には英雄の魔法は通用しないらしい。ひひっと奇声をあげるさまは、墓場を徘徊する亡者を思わせた。
こ、怖い。この人、変な薬でも決めてるんじゃないの?
「……いや、スカチビ、安心しろ。あれはナチュラルだ。薬なんかやってないぞ」
よけいヤバいでしょ!!
「スカーレットさん、人は過酷な環境に適応するため、ときに脳内で快楽物質を生成するといいます。生成しすぎた反動で廃人状態になったのかも……」
ブラッドとセラフィもドン引きしていた。
「独り言など聞いている暇はない。いくぞ、バーナード」
お父様はまったく気にせず門をくぐった。ぶつくさ呟きながら、悄然とバーナードがその背に続く。
「……神よ。呪われた赤毛紅瞳の悪魔を滅したまえ」
指をかぎづめのように曲げ、なんか変な電波をお父様に送っている。やめてよね。娘の私も同じ外見的特徴なんだから!! 間違えて呪いが飛び火したらどうすんのよ。
「む、いつもの僕の必勝祈願のおまじないか。心配性だな、バーナードは」
呪われてんのわかんないの!? もう無茶苦茶だよ。この主従……。
まあ、奇人のお父様の従者はこれぐらいでないと務まらないのかもしれない。
お父様が立ち止まった。堀にかかった跳ね橋は降りていたので渡れたが、その終点の侵入防止のぶっとい鉄格子はいまだ行く手をさえぎったままだ。このままでは城に入れない。一本一本が大槍より太く、その先端は鋭利に尖っている。重量もすごい。上にあげ、1mほど落下させるだけで、人間どころか馬でも簡単に串刺しに出来るだろう。もしこの鉄格子が檻なら、世界一安全な檻だ。どんな猛獣も檻の向こうに危害をくわえることは出来ないだろう。だが、武神にはまるで無意味だった。
「開けろ」
格子の向こうで蒼ざめている担当者に、お父様は命じた。
「お言葉ですが、私も城を守護するはしくれ。いかに英雄といえど、ただで通せば子孫が笑われます」
彼はがたがた震えながら、ひきつった笑みを浮かべた。この鉄格子ではとてもお父様への盾にはならないと悟っている表情だった。
「わかった。ならば、通行証がわりだ。受け取れ」
お父様は棍を一閃させた。すぱんと鉄格子の下部が切断され、背筋が寒くなる重い音をたてて転がった。錆びた鉄格子が鋭利な断面をぎらつかせる。要所は金属で補強されているがお父様の棍は木製だ。木で鉄をぶった斬るってなんなのか。
「これで証になるか。足りぬというのなら……次は門ごと破壊する」
衛兵はうなずき、恭しげに頭をさげた。
「たしかに通行証を拝見いたしました。我が国の英雄への無礼、どうぞお許しください。この城のいかなる障害もあなた様は止められますまい。ならば、邪魔だてするだけ無粋というもの。竜巻を体でさえぎろうと犬死しては国中の笑いものになりましょう。どうぞお通りを。……責任は私が取る!! 門を開け!!」
部下たちがほっとした顔で配置についた。彼らはいい上司に恵まれた。巻きあげ機がぎしぎしと鎖をきしませ、鉄格子をひきあげた。
しかし、なんかいい話っぽくしてるけど、早い話が暴力フリーパス……。
魔犬使いの死体が見つからなかったので、念のため、お母様の護衛でマッツオと王家親衛隊を残してきたことを私は激しく後悔した。あの戦キチたちが常識人に思えようとは……。
そこからのお父様は野を駆ける獅子のごとしだった。
残りのふたつの門と緑の芝生の中庭を突っ切り、大玄関とまっかな大階段を足早に抜ける。まだ衛兵たちはたくさんいるはずだが、本能的にいない場所を選択するのか誰とも会わなかった。いや、あるいは生存本能の警鐘で、衛兵たちのほうが無意識にお父様を避けているのかもしれない。捨てがまりな王家親衛隊は例外だが、ハイドランジアの兵は列強のなかでは最弱に近い。「108回」の女王時代、私もずいぶん頭を悩ませた。
ギャラリーの歴代の王たちの石像が、小さくなってお父様を迎える。敬意の欠片もなく、お父様は一瞥さえくれなかった。次の間への曲がり角で遭遇した文官の一団が、お父様の殺気にあてられてダースで気絶した。ばたんっと音がするのでなにかと思ったら、柱のかげに隠れて様子を窺っていた侍女たちだった。流れ弾ならぬ流れ殺気をくらい卒倒したのだ。
ようやく侵入者に気づき、人々が次々に集まって来た。そのたびに犠牲者が加速度的に増える。あっという間に城は死屍累々の地獄絵図になった。ついに紅の公爵が叛旗をひるがえしたと、ハチの巣をつついたような大騒ぎになった。ミツバチの巣がスズメバチに侵入されるとこんな感じなんだろう。しかもこのスズメバチは普通の百倍強く、蜂熱球もきかない化物だ。
派手な色彩の近衛隊が、血相変えて飛び出してきたのは、玉座の控えの間でだった。本丸目前だ。羽根飾り過多でオウムの群れを思わせた。取り囲まれてもお父様は平然としていた。
「争いは好まぬが、剣を抜いた相手に手加減するほど人間は出来ていない。死にたいヤツから前に出ろ。さいわいここにはいくらでも武器があるしな」
さまざまな武具がクロスされ、天井近くまでおさめられたキャビネットを背に、お父様は敢然と言い放った。近衛兵たちはまっさおになった。まさか謁見者に王の武威を示すためのつくりが、自分達に牙をむくことになるとは夢にも思わなかったろう。それにしても不法侵入しといてこの言いぐさ……。
「公爵様はいつもそうなのです。このパターンの巻き添えで、何度私が死にかけたことか」
バーナードの嘆息もどこ吹く風で、お父様は愛用の棍を頭上でひと回しした。
「大袈裟だな。バーナードは。こんなものは日常の挨拶のようなものだ」
笑い飛ばしてふるったその風切り音だけで、近衛隊が頭からのまれ立ち竦んだ。すぐ横の大人一抱えほどのロマリア風の石柱が、ずずっと斜めにずれて落ち、ごとんっと床を震わせて大きなへこみをつくった。この英雄、石壁だけでは飽き足らず、今度は柱も試し斬りしたらしい。のちに城の七不思議にでもなるかもしれない。
だが、近衛兵にとってはまったく笑えない悪夢だったようだ。腰を抜かした者、驚愕で目が飛び出しそうになる者、顎がはずれそうになった者が続出した。彼らに実戦の経験はほとんどない。貴族の若き子弟の腰かけが殆どだ。人間を鎧ごと咀嚼する小山のような化物と単騎で渡り合うお父様とは、格が違いすぎる。前座だった二頭の魔犬さえ手に余るだろう。お父様ひとりに金縛りに追いこまれていた。
「い、一斉にかかれ!! そうすれば、いくら紅の公爵といえど……!!」
上席のものが必死に鼓舞しようとしたが、若い近衛兵たちの「本気でアレをなんとか出来ると思ってんの? じゃあ、まずはお手本を見せてよ」という非難の目で声が尻すぼみになり、立ち消えた。
「……ご覧になりましたか? あれがあなた様の父親です。はっきり言って、交渉としてはド最低の悪手ですが、あの方にかかれば話は別。よほどの馬鹿か強者でなければ、相手は戦意をくじかれます。ゆえに無用の争いは生じず、交渉は平和裡にまとまるのです。海外領の紛争は、公爵様の派遣なしでは収められなかったでしょう。まさに平和の使者です」
そう口にしたバーナードは誇らしげだった。
むちゃくちゃにけなしても、本心ではお父様を尊敬しているらしい。
私はあきれた。なにが平和の使者だ。
〝オレ、オマエより強い。従え。さもなくば殺す〟
とデッドオアアライブな二者択一を迫る地獄の使者じゃないの。
お父様が派遣されたハイドランジア海外領には、独立の気風が強く、かつ戦好きの土着氏族がうようよしている。ただ強いだけならまだいいが、不利になると森に逃げこむ。そして逃げを負けと思わないから厄介だ。懲りないのだ。最後に勝てば正義と思っている。得意技はゲリラ活動だ。まともな交渉カードなど通用しない。群雄割拠し、氏族同士によっては敵対までしているので、まとめて交渉が出来ないし、さらに諸外国が自分推しの氏族を援助し、影響力をふるう超カオス地帯だ。ハイドランジア海外領とは名ばかりで、各国の軍隊まで公然と出張ってくる、常時ドンパチが絶えない無法な紛争エリアなのだ。
「108回」の女王時代の私の頭痛のタネでもあった。鶏肋と泥沼という言葉がいつも頭のなかでチカチカしていた。……破棄しようとすると、今まで散った英霊をなんとお思いか、と家臣たちが泣き出すし……。もうこんな不良債権いやだ……。
そこの紛争をわずか半年で沈静化させるなどどんな魔法かと思ったら、こんな肉体言語な出鱈目をやってたのか……。そりゃあ英雄として名が轟くわけだよ。貴公子に見えても、お父様の本質は野蛮人だということをあらためて思い知らされた。
ほっておけば、お父様は城の人々をすべてなぎ倒し、国王に会いにいったろう。だが、小走りでやってきた金髪碧眼の幼女が、まさかで場をおさめた。
「道をあけなさい。ここからは私が話をします」
人垣がばっと割れた。ひとめでわかる高貴なただずまいと美貌。まだ幼いのにすでに凄みさえ感じさせる。片鱗だけで感銘を与える。本当の美人とはそういうものだ。若い近衛兵たちがぽうっとしたまなざしで見惚れ片膝をついた。なのにロリコンではなく当然の反応と思えるからすごい。生まれながらの職業「お姫様」オーラのなせる技だ。なんちゃって公爵家令嬢からなりあがりで女王に即位した私などとは違う。しかし、それ以上にすごかったのは彼女の肚の据わり具合だった。
「みな剣をおさめなさい。王家の〝家臣同士〟で争うなどあってはならないことです」
鈴が転がるような澄んだ声でいさめる。
うわ、家臣って……殺気立ってるお父様にいきなり牽制球を飛ばしてきた。
檻なし鎖なしのライオンに語りかけるほどの度胸がいったはずだ。
おっかなびっくりでついてきていた侍女たちが泡をふいて卒倒するのを尻目に、幼女は優雅に一礼した。
「……紅の公爵殿。お初にお目にかかります。第二王女のマーガレットと申します。以後お見知りおきを。私が国王陛下のもとにご案内いたしますわ」
にこっと艶やかに笑う。まるで舞踏会の来賓を女主人がもてなすかのような貫禄だった。幼女なのに位負けしていない。あのお父様が毒気を抜かれるほどだった。
「どうかお気を悪くなさらないよう。王家にも立場というものがございまして。母の王妃や、兄の王子が案内に出ますと、周囲に王家が頭を下げたと侮られます。ですが、私は王女とはいえまだ子供。正式な王家の使者とはいえません。ですが、紅の公爵様への敬意は示すことができる。これが最良の角が立たない譲歩案なのです。どうかご理解を」
こんな物言いができる幼児は、セラフィ以外に見たことがない。
実物ははじめて見るが、やはり天才マーガレット王女か。私の予想通りだった。感無量だ。
「108回」の歴史ではマーガレットは早逝し、私が社交界デビューで城にあがったときには、すでにお目通りがかなわなかったんだよね。彼女が存命なら、私は絶対に女王に即位できなかったと、散々貴族たちに陰口を叩かれたもんだ。ずいぶん悔しい思いをした。私だけじゃない。王位継承候補者全員がだ。努力して追い抜こうにも、伝説になった死人には絶対に勝てないもの。
亡くなったときには「ハイドランジア王家の歴史はこれで終わった」と国王が亡骸を抱きしめて慟哭したほどの傑物。その悲運の天才王女が、今、私の目の前で生きて語りかけきている。しかも伝説以上の天才ときた。
それにしても譲歩案ね……。
この王女様がそんな敗戦処理役を望むものか。
目を見ればわかる。私は人物鑑定には自信がある。これは「108回」の王位継承候補者たちと同じ、野望と強い自負をいだく目だ。
王妃や王子に逃げる口実をあたえ、自分がお父様と折衝にあたることで、ふたりを出し抜き、株をあげるつもりだ。怒髪天の紅の公爵と渡り合った噂は、あっという間に広まるだろう。これは女王即位をふまえての支持者増やしの行動だ。とんでもない野心家だ。私のライバルだった王位継承候補の彼がいたら、「俺がこえる壁にふさわしい」と武者震いして大喜びしたろう。
いけないいけない。つい女王時代の悪癖が出た。
生き馬の目を抜く謀略と暗殺をしかけられる日々で、相手の心を先読みをするのが習い性になっている。
ブラッドが感心し私に耳打ちした。
「心拍数も変化なし。あの小さな王女様、たいしたタマだ。スカチビといい勝負かもな」
しっ!! よけいなことを言わないで。この女装メイド!!
真祖帝のルビーを産着にしまい、寝ているふりで紅い瞳を隠し、普通の赤ちゃんを偽装していた私はあわてた。まだマーガレット王女の性格を摑めていない。あの能力と血筋で悪人ならゆゆしき事態だ。触らぬ神に祟りなしになる。私の安全な引きこもりのため、公爵邸の塀をあと6メートル高くする必要がでてくる。
だが、ときすでに遅し。マーガレット王女は顔だけこちらに向け、穴のあくほど私を凝視していた。フクロウにロックオンされたネズミの絶望気分をたっぷり味わえた。
「……まあ。かわいい赤ちゃんね!! 子供同士、私と気があいそう。私達きっと仲良くなれるわ。どんな遊びが好きかしら。ペンダントでお洒落ごっこなんて素敵よね」
今、わざと「赤」のとこだけ強く発音したよね!?
薄目で様子をうかがっていた私の瞳の色を、ぬかりなくチェックしていたらしい。
普通は騒ぎの中心のお父様に全注意をもっていかれるものなのに。
それにペンダントって……。
すうううっと床を滑るように私のほうに近づいてくる。体軸がまったくぶれない。この齢でマナー教師顔負けの体さばきをモノにしている。さっきのちょこちょこ走りはわざとか……!! そして、わざわざ才能の引き出しを開けてみせた理由は……。
「謎かけ遊び? この年齢でまさか……」
唖然として呟いたセラフィの前で、移動中のマーガレット王女がかくんと止まった。
「よく気づきました。ふふ、ここにも宝石がいた」
周りに聞こえないよう小さく呟く。こわいよ!! その微笑みは、お目当てのものを見つけたコレクターのものだった。おすまし顔の向こうに舌なめずりが透けて見えた。セラフィも目をつけられたな……。
上流貴族女性はお互いのレベルをはかるため、メッセージを直接ではなく、行動やぼかした言葉で伝えることがある。これが謎かけ遊びだ。理解できないつまらない相手なら用はないわ、とふるいにかけるのだ。マナーや言い回しや教養で、相手の身分を判断する行為の発展形だ。
たとえば交渉相手の国の100年前にすたれた宮廷作法で挨拶をしたとする。
そこに「私はあなたの国の歴史にまで精通しています」というメッセージをこめるわけだ。「侮れない。しかし、こちらのよき理解者になるかも」と相手に一目置かせるのが狙いだ。ちなみにこれを嘲笑を浮かべてやれば、「100年前のあんたの国には敬意をはらうけど、没落した今のあんたの国の流儀になんか従わない」との侮辱になったりする……。下手くそがやればよけいな火種をまき散らす。ゆえに謎かけ遊びを華麗にこなすことは一流の貴族女性のあかしなのだ。
それに上流階級の淑女や令嬢ともなると、声を荒げて人前で言い争うなどできない。立場と面子があるからだ。謎かけ遊びは、水面下で火花を散らし、互いの力量をさぐりあうための女達の戦いの手段なのだ。
この場合の私に向けたマーガレット王女のメッセージは、「紅い瞳のお嬢さん。腹を割ってお話したいわ。もしかして真祖帝のルビーも持ってるの? 私も隠し事はしない。そして、まだ底は見せきってないのよ。協力しあいましょう。お互いのため」というところだ。私の性別が女とたぶん気づいたけどあえて口に出さないことで、貸しにしとくから、いい返事を期待していると軽く脅すのも忘れない。
私は普通の赤ちゃん作戦をあきらめ、産着の胸元をひっぱり、近づいてきたマーガレット王女にだけ見えるよう、隠していた真祖帝のルビーをのぞかせた。
マーガレット王女は目を丸くし、それから、すぐに周囲に気づかれないよう素知らぬふりをした。
「ふふ、期待以上。これからもよろしくね」
ちゅっと音をたてて私の頬にキスをする。キスマークがついたかもしれない。
金髪碧眼の天使が赤ちゃんに口づけする心温まる光景に、みなが頬をゆるめた。
緊迫した空気がやわらぐ。
だが、私の頬は強張り、背筋が寒くなっていた。
今のそんな穏やかなもんじゃない。マーキングだよ。私のものと唾つけとく行為だ。離れ際に見せた目は、浮気を絶対許さないという執着の光をたたえていた。人材集めがこの有能な王女様のライフワークなのだ。私はマーガレットの試験にめでたく合格してしまったらしい。
「……女ってこえぇぇ」
ブラッドが蒼ざめてつぶやき、マーガレットにじいっと見られているのに気づき、あわてて口をつむいだ。もう遅いと思うよ。あの笑顔、たぶんあんたも目をつけられたから。
私達がマーガレット王女に通されたのは、玉座の間ではなく、国王陛下の私室だった。
絨毯こそ華美な紋様の上質ウールだが、やや黄味がかった壁は無装飾だ。金細工の縁をのぞけそば、天井もほぼ白い漆喰だけだ。家具も磨きこまれた木だけでつくられ、貴族のなじみの金箔ブロンズの飾りさえない。
地味な印象のその部屋の中央に、さらにひときわ地味な人物がいた。彼が国王陛下だと予備知識なしで見抜ける慧眼の士は少ないだろう。
細い撫で肩。こけた頬。背丈はあるが猫背のせいで低く見える。身を丸めて手をかざし、暖炉にあたる姿がよく似合う。楽にしたいのだろうが、ゆったりした私服を着ているため、よけいに貧祖な姿がきわだった。言い方は悪いが、疲れきった貧乏神というイメージがぴったりだ。
「暖炉はいい。適切に管理し、薪をくべてやれば、あたえたぶんの見返りをくれる。人間にもこの忠義の十分の一があれば、私の心身はここまで冷えずにすむものを……」
上体を起こすと腰掛けた椅子の背もたれの格子をぎいぎい鳴らし、ぐちぐちと愚痴をいう。
「で、ヴェンデル。用件はなんだ。王家親衛隊派遣の約束は守ったぞ。まさか到着が間に合わず、私を恨んで殺しに来たか。む、違うのか。よい。ここはプライベートルームだ。今更ひざまずくな。連れの者達もよいぞ。畏まられるほどのプライドなど、貴族達に侮られ続け、とうになくなっておる。そのへんの椅子に好きに腰掛けてくれ」
はあああっと長いため息をつくが、目に恐怖の色がないのはさすがだった。
「国王陛下におかれましてはご機嫌うるわしく。バレンタイン卿はじめ王家親衛隊の獅子奮迅の働きのおかげで、妻と子は助かりました。まずはその礼を。それとこちら各国に内通し、政権転覆をたくらむハイドランジア貴族達の血判状です」
お父様は国王陛下の嘆きをまるっきり無視し、陛下のそばの文机の上に、懐から取り出した羊皮紙を広げた。なんともちぐはぐな会話をマーガレット王女が面白そうに見ている。国王陛下の目に光がともった。
「おおっ!! それは良かった。コーネリアには即位式典のときに世話になった。赤の貴族どものいじめの話は聞いておる。かわいそうな事をした。ずっと気にはかけていたのだ。彼女にはぜひ幸せになってほしいものだ」
ご機嫌うかがいの演技ではない。本気でお母様の身を案じていたらしい。悪人ではないのかな。なにせ「108回」で令嬢時代の国王陛下はマーガレットを失ってぶっ壊れていたから、性格の判断なんてできなかったんだ。
「そしてよくぞ血判状を見つけ出してくれた!! さすが我が国の英雄だ。久しぶりに胸のすく思いがする。これで跳梁跋扈する魑魅魍魎どもにようやく鉄槌をくだせる。む? ヴェンデルの両親の名前があるぞ。よいのか?」
ここんっと指先で文机を執拗に叩く。ついでに貧乏ゆすりもだ。興奮したときの癖らしい。神経質な印象がさらに強くなった。
しかし、あちゃあだよ。さすがバイゴッド侯爵夫妻だ。期待を裏切らない。そういえば「108回」の私の令嬢時代では、私に眠り薬をのませ、四王子に売り渡そうとしてたっけ……。こんな昔から海外と誼を通じていたのか。
「かまいません。彼らはシャイロック商会と手を結び、僕の大切な妻と子を殺そうとした。もはや親とは思いません。命さえ奪わなければ、どうぞお好きに。そして、おごりたかぶったシャイロック商会も許してはおけません。討伐の許可を」
お父様の言葉に国王陛下はぎょろっと目をむいた。
「それがこの深夜の訪問の本題か。借金づけにした貴族どもを裏であやつるシャイロック商会は、たしかに我が国を食い荒らす毒虫だが……。やつらは四大国とも繋がりがある。救援を求められると四大国に介入の口実をあたえ、大陸間戦争になるかもしれんぞ」
だが、言葉と裏腹に乗り気なのは、椅子から身をのりだすように上体を傾けたことでわかった。いい案があるのだろうとうながしいてるのだ。すかさずお父様がたたみかける。
「害悪の中心は、デズモンド会頭。長男のデクスター。長女のアンブロシーヌです。勘づかれ、海外に逃亡される前にこの三人の首を速攻でとり、実直な三子のエセルリードに商会を継がせます。僕を遮ることなど何者にも出来はしないことは、今の騒ぎでお判りかと」
国王陛下は乾ききった笑い声をたてた。
砂漠をかさかさ転がる草のかたまりの音のようだった。
「……好きにしろ。どうせ私が許可しなかったら、爵位を返上してでも目的を遂げる気だったのだろう。城に堂々と踏みこまれたあげく、英雄の家臣にそっぽを向かれる愚王よりは、まだ家臣に甘い愚王のほうがましだ。シャイロック商会の、特に長男と長女のふるまいには目に余るものがあるしな。よろしい。シャイロック商会を討て!! 必要なものがあれば遠慮なく申せ」
「はっ!! 必ずや陛下のご期待に添うことをお約束します」
恭しく拝命したお父様の瞳に燐火が宿った。国の意向と英雄の思惑が一致した。シャイロック商会もう詰んだよ。セラフィのブロンシュ号にでも乗り込んで高飛びする以外に、もはや彼らに生きる道はない。
……それはそうとして、なんでさっきからマーガレット王女が私を抱っこしてんの!? 愛おしそうに頬ずりされるたび、虎の舌で舐められてる心地がするんですけど。あほブラッドめ!! 言われるがままに、私をマーガレットにあずけ、座ったまま、ぐうぐうと高いびきしやがって!! 涎をたらすおまけつきだ。国王陛下も苦笑してるじゃないの!! まあ、魔犬ガルムから命がけで私達を守りきり、疲労困憊なのはわかるけどさ!!
「……おそれながら国王陛下。発言してもよろしいでしょうか」
くすくす笑いながらマーガレット王女が発言した。
「今回の件は、五大国最弱と侮られるハイドランジアが復権する好機です。紅の公爵様の御一行が倒した魔犬ガルムは、列強国の騎士団をいくつも壊滅させた怪物でした。大国が匙を投げた怪物を我が国が討った。これを大々的に発表することで、心理的に他の四大国の優位にたてます」
私は仰天した。なんで「108回」の女王時代の私が当時の資料を調べつくしてようやく掴んだ事実を、この幼い王女様はすでに知ってるの!? 四大国は面子を守るため、ガルムに翻弄されたことを箝口令を敷いて隠蔽していたはずだよ!!
それだけではない。マーガレットは当時の私以上に詳細な情報を入手していた。彼女が口にした有名騎士団や傭兵部隊のいくつかは、私がハイドランジア海外領の紛争で壊滅したと思いこんでいたものだった。魔犬ガルム、どんだけ大暴れしてたんだ。しかし、悔しい。私は四大国の情報操作にまんまとはまってたのか。いくら書類の過去の記録ごしとはいえ改竄を見抜けなったなんて。なんか敗北気分だ。まったくあなどれない王女様だよ……。
マーガレット王女の快進撃はとまらない。
私に笑顔で声をかけ、ルビーを懐から取り出すようにうながした。
断ろうにも抱きすくめられているから逃げられない。
私が渋々と真祖帝のルビーを見せると、国王陛下の目が飛び出しそうになった。
「紅い瞳に赤髪……!! それに真祖帝のルビーだと……!! 信じられん」
あきらめて目を開いた私の顔を、凝視し、低い唸り声をあげる。
マーガレット王女が嫣然とほほえむ。
「大陸覇王の後継者のあかしと、魔犬ガルム討伐の栄光を、ハイドランジアは手にいれました。驕り高ぶった四大国が地面を叩いて悔しがるでしょう」
マーガレットの言葉に国王陛下は手をうって喜んだ。
「ははははっ!! これはいい!! 私が在位中に、忌々しい四大国の鼻を明かせる機会がめぐってこようとは!! 嫌々国王などを続けていた甲斐があったぞ」
目に涙をためて大笑いだ。よっぽど鬱憤がたまっていたのか、子供のように体を揺らしたため、椅子の背もたれが悲鳴をあげ、脚が喧しくがたがた鳴った。激しく足踏みする。リズムのぶっ壊れたタップダンスだ。狂人のようなふるまいに、私達が唖然としていると、ぴたりとその動きがとまった。すうっとあげた顔には、地獄の業火を宿した瞳があった。ぎりぎりと歯軋りする。
「……今まで四大国に受けた屈辱を、一日たりとも忘れたことはないぞ。王冠をかぶった乞食と言われたのだ。思いあがった若造どもが……!! 恨みを晴らすときがきたな」
涙を流したままなので、このうえなくおそろしい笑いに見えた。目の下のくまが戦化粧に思えてきた。
無害に底でぼんやりしていた大魚が、突然歯列をむきだしにして急浮上してきた印象だ。
「久しぶりにお父様の本当のお顔が見れて、マーガレットも嬉しく思います。とてもチャーミングでしてよ」
マーガレット王女がころころ声をあげて笑った。
どこにチャーミング要素が!? こわいよ!! この父娘!! マーガレットの台詞これ嫌味じゃなく本音なんだよ。旧い血筋にはこういう狂気じみたものが宿ってることがあるんだ。王が古来ではシャーマン的な役割があったことの名残りかもしれないけど。これだから最高権力者の一族ってのは……!!
お読みいただきありがとうございます!!
ほったらかしだったエセルリードをようやく出せる……。
忘れてしまった方もいらっしゃるでしょう。すまぬ、エセ君……。
地理的な関係がイメージしづらいでしょうから、次回投稿でハイドランジア周辺地図を載せます。
よろしかったら次回もお立ち寄りください!!




