二章終幕。恋と命は季節をめぐって。そして、救い主はまさかの変態メガネ!?
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【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】3巻が8月5日発売しました!! 鳥生ちのり様作画!! KADOKAWAさまのFLОSコミックさまです!! 表紙はブラッドです!! かっこいい!! 1巻2巻ともども、どうぞよろしくお願いします!! ちなみに連載誌は電撃大王さまです。
またコミックウォーカー様やニコニコ静画様で、18話②が本日8月18日の11時に公開予定です!!
スカーレットの大切なものが、セラフィに奪われる!!(笑)
あらたな恋のライバルの出現に、ブラッドは……!!
「いいからさっさと脱がしちまおうぜ」
まさかの急展開!! 濡れ場!! 乞うご期待!!
……いっさい嘘はついてません。たしかに舞台は濡れ場だし。108回は正直がモットーです。なかば詐欺予告ですが(笑)
コミカライズ「108回」ですが、ピクシブ様やピッコマ様で読める回もあります。もちろん電撃大王さまサイトでも。ありがたや、ありがたや。どうぞ、試し読みのほどを。他に公開してくださってるサイトがあればぜひぜひお教えください。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。応援よろしくです……!! そして、原作小説の【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中です!!
「……悪いですが〝マザー〟。私はアリサにつきます。アリサ、私、そして魔犬の軍団を相手に、貴女ひとりでどこまで戦えますかねえ。見えますか。その予知で我々に勝てる未来が」
鼻眼鏡を光らせ問いかけるソロモンに、〝マザー〟が驚愕する。
「……ソロモン!? まさか使徒なのに、〝刻〟を裏切るつもり?」
ソロモンは冷笑して即答した。
「裏切る? 異なことをおっしゃる。貴女ほどの方が、頭に血が上りすぎ忘れましたか? 我々はたしかに〝刻〟のしもべと呼ばれる存在です。ですが、忠義のしばりなどない。〝刻〟に使命を委託され、引き換えに見返りをもらう。ドライな利害関係です。だから、使命さえ果たせば自由ですし、しもべ同士の敵対も禁じられてません。……そもそもこの襲撃計画は、〝刻〟の命令ではなく、ただの貴女の独断でしょう。さあ、どうします。〝マザー〟」
「……」
〝マザー〟は思案に入った。
抜け目ないこの怪物は、ソロモンが遺跡でたくわえてきた〝力〟を一瞬ではかった。油断できない。それにソロモンのことだ。あわせてなんらかの罠を張り巡らせているだろう。力押しなら負ける気はしないが、アリサと手を組み、奇策で両面から攻めてこられたら、得意の戦闘そのものさえ封じられるかもしれない。
「あーあ、やめたわ」
〝マザー〟はあっさり戦いをとりやめた。
すぐにかっとなる反面、狡猾な毒蛇のように用心深い。
「まさかソロモンちゃんまで敵にまわるなんて。やっぱり私ひとりだと色々不利ね。それに頭を使うのも面倒くさい。ねえ、ソロモンちゃん、ここで私が折れる代わりに、私の参謀になってちょうだいな」
元の美しい姿に戻った〝マザー〟は、平然ととんでもない提案を切り出した。
「参謀? なにをするおつもりです」
興味なさそうなソロモンに、〝マザー〟は耳まで裂けるような笑いを見せた。その邪悪な笑みは、美女なだけに怪物の姿のときより、邪悪で冒涜的だった。
「……世界最大の宗教組織、聖教会を支配するわ。そして、聖女として返り咲く私の手足にふさわしい組織に作り変える。そのお手伝いをお願いしたいの。見返りは……聖都に秘匿されている禁書や聖遺物の閲覧でどうかしら。学者としてはそそられる条件でしょう」
「ほう、たしかに」
興がのったソロモンに、〝マザー〟は身をのりだしてたたみかけた。
「でしょ。人体実験も好きにしていいわ。そういえば聖教会でもおもしろい計画を進めていたわよねえ。悪魔を誅した歴史上の聖人や聖女を、再現するんですって。弱ってきた信徒の信仰心を取り戻すために。……うふふう、悪魔ですって。笑えるわ。歴史の真実を知ったらショック死するわねえ。でも、道化にも利用価値はある。その組織は世界中に根を張っているわ。乗っ取っていいわよ。きっといろんな探し物が楽になるわ」
剣呑な提案に、ソロモンの眼鏡があやしく光った。
「……ジョン・ドゥ計画ですか。たしかにあの組織を私のものにすれば、いろいろ好都合。じつに興味深い。いいでしょう。契約成立です」
「うふふ、期待してるわ」
〝マザー〟がけらけら笑う。
さめた目でやりとりを見ていたアリサに、嬉しそうに振り向く。
「アリサちゃんの思惑どおりになったわね。この私を手玉に取るとは頼もしいこと。でも、あまり甘く見ないことね。世界の業と闇は果てしなく深いわ。ジョン・ドゥ計画など序の口よ。いずれ万全の用意を調え、あなたも本当の深淵に引きずりこんであげる。私の後継者としてね。じゃあね、また会いましょう」
〝マザー〟は上機嫌で、ばいばいと手を振ると、ふわりと崖下に飛び降りた。重力を無視した着地をすると、先ほどまで死闘を繰り広げた魔犬達の群れのなかを平然と闊歩し通過する。黙殺だ。もう心から興味を失っているのだ。魔犬達が恐怖に尾を丸め、耳を伏せ、背を丸くして道を開ける。そのさまはまるで海が割れるようだった。
〝マザー〟が悠然と暗い森に姿を消すのを見届け、アリサはソロモンに呆れたように忠告した。
「……あはあっ、安請け合いしていいのかしら。ソロモン。煽りはしたけれど、実際はあの女ほど危険な相手はいないわ。あれはまだ力とたくらみを隠している。〝刻〟にもおとなしく従っているふりをしているだけよ。油断していると逆に骨まで食い尽くされるわ」
ソロモンは深く頷いた。
このふたりは自身が超人だからこそ、〝マザー〟がどれだけ化物かはかることができた。彼女が〝刻〟からなにを見返りにもらっているかも不明だ。
「……承知していますよ。しかし、スリルこそ学者の本望です。危険に近づくほど、真実は微笑んでくれるものなのです。ぞくぞくして逝ってしまいそうだ……!!」
「ど変態」
恍惚と身を震わすソロモンを、アリサは一言で斬り捨てた。
ソロモンはそれは否定せず、むしろ嬉しそうだった。アリサに問う。
「それよりアリサこそいいのですか? 〝マザー〟を復権させて。……複数の頭をもったヒュドラよりは、ひとつの頭のドラゴンのほうが行動が読み易いと判断したのでしょうが……あの〝マザー〟を絶対君主にし、一本化された聖教会はとてつもなく危険で強力な組織になりますよ。もしそれがスカーレットに牙をむいたら……」
「……ふん、それで食い殺されるなら、あの子は所詮そこまでだったということ。〝マザー〟本人だけは私が引き受けてあげるけどね。本気になったあれは人が戦っていい相手ではない。でもね。それ以外の者に遅れを取るなんて……私のライバルのスカーレットには許されないことよ」
うそぶくアリサにソロモンは驚嘆を禁じえなかった。
ライバルと言ったアリサの言葉に熱がこもっていたからだ。アリサは本気だ。〝真の歴史〟でスカーレットに恋していたときの自分でさえ、ここまで無条件に彼女のことを信じられただろうか。
「ずいぶんとスカーレットを高く買ったものですね。やれやれ、〝真の歴史〟の彼女の力を知る私でさえ、戦慄を禁じえません。これからどれほどの強敵をぶつけてスカーレットを成長させる気なのか。ふふっ、血みどろの修羅の地獄ですねえ。アリサにライバル扱いされるスカーレットが気の毒になってきましたよ」
嘆息するソロモンに、アリサはいつものおそろしい笑顔を見せた。三日月の光が、同じようにつりあがった酷薄な笑みを照らす。
「あははっ、地獄ですって? それこそ私達にとっての日常でしょう。夜毎の月光のかわりに、血の雨を浴びるのよ。たとえばソロモン、〝マザー〟を手助けしようとしているあなたを、先手をうって、今ここで輪切りにしてあげてもいいのよ」
アリサの殺気がふくれあがり、一歩を踏み出す。
「……やめましょう。今宵ははかなげでいい月だ。まるで一途な初恋に命を捧げた幸薄の少女を思わせる。我らのように地獄を歩む者にはいささか眩しいほどに……。アリサ、今夜の私は争う気分ではないのです」
ソロモンは苦笑して後退していなした。
今回アリサが動いたのはスカーレットのためだけでないのはわかっている。冷酷で気まぐれだが、〝マザー〟と違い、アリサは死にゆく者と交わした約束を反故にすることはない。
「……ふん、センチメンタルなマッドサイエンティストなどお笑いだわ。まあ、いい。とりあえず〝マザー〟の暴挙を止めた礼を言っておくわ。私への貸しにつけておくがいい」
予想通りアリサはあっさりひいた。
その美しい横顔を見たソロモンは、アリサともっと会話したくなった。
「……科学の本質はロマンですよ。お笑いではありません。それに異ばかり唱えて悪いですが、貸しとも思いません。私は私の信念に従ったまで。むしろ〝マザー〟を抑えておいてくれて助かりました。なんといってもこの私は、恋する乙女の味方ですから!! なぜなら恋ほどそそる研究対象はないからです。老若を問わず、恋を心に秘めているなら、女性はみな乙女。私は喜んで救いの守護天使となりましょう。アリサ、あなたにだって手を差し伸べます」
弾幕のような熱弁を一気呵成にまくしたてる。ソロモンの狂気が垣間見えた。アリサは辟易することなく耳を傾けてくれたが、聞き終わった瞬間、憫笑を叩きつけてきた。
「あはっ、あなたが守護天使? ごめんだわ。恋は心で感じるものよ。研究対象などとは無粋だわ。仮にも大学者を名乗るならそれぐらい理解なさいな。「真の歴史」のときのあなたは頭で考えるより先に、スカーレットのために身体を投げ出したのにね。あのときの気持ちはもう忘れてしまったのかしら。それとも……」
憂いを含んだアリサの瞳は、人間のものとは思えないほど蒼く美しかった。ソロモンはその瞳に強く心惹かれたが、用心深く一線をひくのは忘れなかった。
「ここまでにしましょう。私は自分の心にメスを入れられるのはどうも苦手でしてね。骨格標本のように丸裸にされる前に退散しますよ。それでは、また次なる地獄で……」
アリサとのひりつく会話は嫌いではないが、いささか喋りすぎたかもしれないとソロモンは反省した。共闘はしても、互いの隙を虎視眈々と狙うのが自分達の関係だ。胸襟を開いて語り合う間柄などではない。たぶん今宵だけは月光が口を軽くしたのだろう。ソロモンは苦笑し、大きくアカデミックガウンの裾をふくらまし、闇に姿を消した。
ひとり崖上に残されたアリサは、金髪を耳にかきあげ、月夜を仰いだ。
「……ロナの恋心は、結果としてあのソロモンまで動かした。この私まで……。ふふ、人の想いはやっぱり奇跡だわ。ねえ、寂しいお月さま。天よりすべてを等しく見下ろすものよ。あなたも誰かのために特別な涙を落とすのかしら。私のために泣いてくれたロナのように……」
喪服のような長い影法師をひきずり問うたアリサは、やがて声をあげて笑いだした。
「あはっ、私も月光に当てられたのかしら。ソロモンを笑えないわ。死者をいつまでも悼むなど私ではない。地獄に咲いたあだ花に心を奪われるのはここまでよ。私の心を独占していいのはスカーレットのみ。次の開幕で待つのは、光か闇か。あははははっ!! 愉しみだわ」
魔犬の群れも今は森の茂みに身を伏せ、声をひそめている。
アリサの狂気の笑い声を、黙った月だけがいつまでも見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【スカーレット視点】
……ローゼンタール伯爵夫人が亡くなって数か月が過ぎ、お母様は産み月を迎えた。
ブラッドの血流探知で、おなかのなかに双子がいるとわかって、仰天した私達はおおわらわで万全の態勢を整えた。
セラフィは、〝呪い薬師〟の一族と交渉し、秘薬の陣痛促進薬をせしめてくれた。連中は滅亡したロマリア帝国のロストテクノロジーを受け継ぐ錬金術師たちであり、〝ロマリアの焔〟も彼らがつくったものだ。実験狂のソロモンの出身地だけあって、腕はたしかだが、とにかく人嫌いで警戒心が強い。奴らを味方に引き入れようとした「108回」の女王時代の私は、話し合いどころか手ひどい門前払いを喰らわされていた。
なのに、なんでセラフィは〝呪い薬師〟一族に大歓迎され、今後の交易の約束までとりつけるのよ。納得いかぬ。セラフィは、彼らが必要とするものを手土産にしたからと謙遜してるけど。よくあんなドワーフなみに偏屈で秘密主義な奴らの嗜好をリサーチできたもんだよ。
その話を聞かされたマーガレット王女が、
「……大使……いえ、情報収集担当かしら。でも、交易も……。才能がありすぎるのも困りものね」
と独り言をつぶやいて頭を悩ませていた。
セラフィ、あんた知らないあいだにマーガレットの未来の政治組織に組みこまれてるみたいよ。
そのマーガレット王女は、国王陛下にかけあい、宮廷医師団を我が家に派遣してくれている。白のガウンをまとった彼らがぞろぞろ群れを成すさまはなかなか壮観で、診察で取り囲まれたお母様はすっかり恐縮していた。大貴族でさえこんな好待遇はされない。うちは王族ですらないのに。
お父様が感謝したのは言うまでもない。この端倪すべからざる愛くるしい第二王女様は、最大限に恩を感じさせる好機を決して見逃さないのだ。
そして私は……万が一にそなえ、鉗子を用意した。
鉗子は、とある医家が「秘伝としていた」難産の胎児の頭をつかみ、引っ張り出す道具である。いや、「秘伝とする予定の」と言うべきか。なぜなら、その医家が鉗子を発明するのは、今から十年以上も未来のことだからだ。私は「108回」での享年二十八歳まで生きた知識でそれを知っていた。
私はさっそく「109回」におけるこの医師の居場所をつきとめた。鉗子づくりが、資金難で行き詰っていた彼に、潤沢な資金を援助し、再開した開発は急ピッチですすんだ。
そして、ついに完成しました。
……「女王時代」の私の知るものより数段出来がいい鉗子が……。
「108回」では武骨なやっとこみたいだった形が、引き延ばした楕円のような先端の優雅なフォルムに。より赤ちゃんを傷つけない道具として爆誕したのです。やっちまいました。元の歴史を超えたオーパーツものじゃないの。どうすんのよ、これ……。
と、とにかく、これでお母様も一安心!!
もっとも、お母様命のラブウォーリアーが、
「……この破廉恥な金具を、僕の愛する妻に差し込もうというのか!! そっ首はねてくれる」
とギリギリ歯と首を鳴らして振り向き、ふしゅううっと威嚇の蒸気を吐いたので、あくまで最終手段である。
お父様、心配いりませんよ。どうどう、落ち着いて。破廉恥に見えるのはあなたの心が穢れているからです。当日は助産婦経験の豊富な優秀な女性スタッフがつきます。だから、戦場の殺気をまき散らすのをやめてください。女性がみんな怯えてますし、なによりお母様とお腹の子に障ります。あ、窓枠にとまった小鳥があてられて落下した。殺生石みたいな迷惑公爵である。
「……まあ、いざとなったら、万能天才のセラフィにまかせればいいよね。あんた、人体構造を熟知してたよね」
「やめてくださいよ!! ほんとに!!」
セラフィにさりげなく振ると、いつもの理知的な台詞はどこへやら、本気で悲鳴をあげていた。
だって、しょうがないじゃない。鉗子の発明医師は、公爵夫人に使用するかもと聞いたただけで腰がひけて辞退するありさまだし。このうえ狂戦士のおまけつきだと知れば、きっと地の果てまで遁走しちゃうよ。
……だが、今、私達はまさかのその鉗子を使わざるをえない状態に追い込まれていた。
「……だいじょうぶだよ。コーネリアさん。赤ちゃんたちの心音もたしかだ。あと少しだけ頑張れば、きっと……!!」
ブラッドが付きっきりで血流操作をし明るく励ますが、目は苦悶の光をたたえていた。
お母様はもう答える余裕を失っていた。想像を絶する難産だった。もう何時間もかかっている。顔色は蒼白で出血がひどい。ブラッドがいなければ、とっくに命を落としていたろう。母体と胎児を含め、三人分の同時血流操作。ブラッドは集中しすぎて呼吸も忘れ、時々あわててぶはっと息を吸いこむ。だが、ブラッドのそこまで懸命な努力にもかかわらず、純白のリネンのシーツはすでにまっかに染まっていた。
お母様が仰臥する天蓋つきのベッドのカーテンは、邪魔になるからとうの昔にはねのけられていた。羞恥など言っている場合ではなかった。事態は最悪に向けて動き出していた。
「……コーネリア……!! 僕のコーネリア……!! 頼む……!! 死なないでくれ……!! 君が死んだら、僕は……!!」
お父様は慟哭しながら、お母様の手を握りしめていた。
苦悶の歯軋りをしながらのオーラに当てられ、せっかくの宮廷医師や女性スタッフが使いものならなくなった。並みの胆力では、この寝室に近づくだけで、泡をふいて気絶してしまうのだ。結局お父様のオーラに耐性をもついつものメンバーで挑むことになった。
「鉗子を使ってくれ!! このままではコーネリアが……!!」
お父様が哀願するが、呼ばれて駆けつけてきたセラフィはのぞきこみ、厳しい顔でかぶりを振った。
「……逆子です。胎児の頭が近くにないと鉗子でも引き出せません」
しかも双子だ。たぶん胎内で手足がからみあっていると、ブラッドが指摘する。
「……公爵。奥様かお子か、どちらかの命を選ぶお覚悟を」
セラフィが短く、けれどとても辛そうに告げた。
お父様は立ちすくんだ。
これ以上お産が長引けばお母様は死ぬ。避けるためには、殺すつもりで赤ちゃんを取り出すしかない。鉗子と並んでいる、嬰児を手探りで破壊できる凶悪な金具を横目で睨みつけ、お父様は言葉を詰まらせた。
「……僕にそれを選べというのか……!! せめて、代わりに僕の命をというなら、喜んでくれたやったのに……!!」
涙にくれ、よろつきながらもお父様はすぐに答えを出した。
「……わかった。すべての罪は僕が背負う。一生コーネリアに恨まれてもかまわない。地獄に堕ちてもいい。どうか、コーネリアのほうを……」
「……駄目よ……ヴェンデル……それだけは……」
だが、言い終わる前に、お母様が強く手をひき、お父様を止めた。
「……私は……あなたに、家族に、みんなに……たくさん愛してもらったわ。……嬉しかった。……でも、この子達は、まだ生まれてもいない。……愛も教えないまま殺してしまうなんて……それだけは決して駄目……」
「だが、だが、コーネリア……!! 君が死んでは……!!」
「私はスカーレットを一度殺そうとしたの。でも、あの子はそれを笑って許してくれた。母親と慕ってくれたの。だから……私はもう二度と鬼にはならないわ。あなたの誇れる妻であるために……」
お父様は涙で顔をぐしゃぐしゃにし、悲痛な叫びをあげた。
「コーネリア……君は僕にはすぎた素晴らしい妻だ。だが、それがこんなにもつらいなんて……!!」
お母様は微笑し、お父様の頬に触れ、それから慈しむように自らのおなかを撫でた。
「……ねえ、おなかの赤ちゃん達。私はあなた達の顔を見ることが出来ないけど、なんの心配もいらないわ。だって、あなた達にはこんなに頼れるお父様と、優しいお姉様、それにたくさんの素敵な仲間達がいるんですもの。だから……」
そこまで言ったとき、お母様の身体がびくんと大きく痙攣した。ひとめで危険とわかるはね方だった。
「コーネリア!!」
「お母様!!」
「コーネリアさん!!」
「奥様!! 逝っちゃやだ!!」
それまで唇をぎゅっと噛みしめて耐えていたメアリーの感情が決壊し、お母様の身体にすがりついて、わんわんと泣き叫ぶ。
「……メアリー……私のお友達。……どうか家族を……頼みます……」
苦しい息の下で告げ、ほほえんだお母様の差し伸べた手がぱたりと落ちた。
みんながお母様の名を呼んで泣き崩れた。
戸外でじっと待機していたアーノルドが気配で状況に勘づき、師匠と叫びながら、おいおいと大声で泣き出した。女の子の声も混じっていた。私だった。自分の声とはしばらくわからなかった。享年二十八歳であることも忘れ、童女のように棒立ちになり、顔もおおわず泣きじゃくっていた。
「……まだ公爵夫人は死んではいない!! 気を失っただけです!! だけど胎盤とへその尾が先に出てこようとしている。このままでは酸欠で胎児も死ぬ。母子ともに助かるわずかな可能性にかけて、開腹手術に踏みきります」
ひとり愁嘆場に加わらなかったセラフィが、その場を叱咤した。
冷たいようだが、わずかな可能性がある限り、セラフィはそちらの模索に感情のリソースを全部そそぎこむ。本当は誰より情に厚い男だ。乗組員全員の命を一身に背負い、何度も嵐の海をのりこえたその不屈の意志力は、誰もがあきらめる窮地でこそ発揮される。
「……開腹だと……!! コーネリアのお腹を裂くのか。それでコーネリアと子供は助かるのか」
お父様は呻いた。
「わかりません。可能性は限りなく低いでしょう。でも、やらなければ、死は確実です」
セラフィは正直に答え、メアリーは口をおさえて悲鳴をあげた。ブラッドも愕然としている。
気持ちはわかる。
出産中に死亡した妊婦から胎児を取り出すために、そういう処置をすることはある。だが、生きた妊婦に開腹手術を施すのは見たことがない。これから二十数年先の未来を知っている私でもだ。風聞や伝説、神話の類でしか縁のない話だ。
……だが、幻ではない。女王時代の私の学問の師は、失血と術後処理さえクリアすれば可能と断言した。それに一人だけだが例外もいた。大学者を名乗る私の仇敵ソロモンは、たしかにそういう手術をしたと語ったことがある。
「セラフィ!! やりましょう!! 私がサポートする!! ブラッドもお願い!!」
私の大切なお母様を、弟達を、死なんかに奪わせるもんか!!
この手を血に染めても万に一つの可能性に賭ける!!
そして、私達が動き出すより早くお父様も決断をくだしていた。
「やってくれ!! セラフィ!! 全責任は僕が負う!!」
手術の邪魔にならないよう、頬にキスをし、お母様のそばを離れる。
「……コーネリア、まだお別れは言わない……。君の笑顔がまた見られると信じている。……頼む!! 僕の最愛の人を救ってくれ……!!」
しぼりだすような懇願に私達がうなずき、小刀をサイドテーブルに並べだしたとき、椿事は起きた。
「……ふふ、帝王切開ですか。狙いは悪くありませんが、この出血量ではまず母体がもちませんねえ。ここは私に任せてもらいましょうか」
そいつはいつの間にかお母様のベッドのそばに立っていた。
驚愕が走り抜ける。
いくらお母様のことに全神経を集中していたとはいえ、邸内の〈治外の民〉達をすり抜け、お父様とブラッドに気づかれず、部屋に侵入するなど到底人間技ではない。メフィストフェレスのような長身に、アカデミックガウンが黒くひるがえる。
「……ノックをしましたが返事がないので、勝手に入りましたよ。私はソロモン。人は私を大学者と呼びます」
鼻眼鏡をくいっと押し上げ、ぎらりと光らせたそいつの顔を見忘れるわけがない!!
「108回」で私を何度も死に追いやった五人の勇士のひとり、マッドサイエンティストのソロモンだ。なんでこいつがここに!? しかも青年の姿で!!
だが、私のトラウマのシャウトも、撃退にうつろうとしたお父様達の稲妻の剣閃も、たった一言で封じられた。
「……おっと、そこまでです。今日の私は、大学者ではなく、とびきりの腕をもった医者として馳せ参じたのです。私なら公爵夫人も双子もまとめて救えます」
そして、彼はにやりと口端をあげた。
「久しぶりです。セラフィ・オランジュ。アーノルドにほどこした筋力操作は、抜群の効き目だったでしょう。良薬は口に苦し。少しばかり胡散臭くても私の腕は確かですよ」
と呆気に取られている皆にあやしく笑いかける。
あ、それは自覚してたんだ。
そういえば、あやしい青年にもらった薬で筋力が上昇したとアーノルドが言ってたっけ。
「公爵。彼の腕だけは信用できます」
セラフィも太鼓判を押す。
「だけ」が気になるが、たしかにソロモンほど適任者はいない。だけど、実験以外に興味がなさそうなこの自己中男がどうして……。
「どうしてあんたが……」
しまった。つい口に出た。
「109回」では私と彼は初対面なのだ。
だが、ソロモンは気にしたふうもなく、突き出した掌を開いた。
「……答えはこれです。私は彼女に、貰いすぎた借りを返さねばならない」
手のなかに注目した私達は息をのんだ。
「……それはロナの……」
お父様が目を釘付けにして呟く。
シャンデリアの燭台の火にきらめくのは、お父様が少女の頃のロナに贈ったあの薔薇の髪飾りだった。壊れていたはずだが、傷一つなく修復されている。彼女が亡くなったあと、どんなに探しても見つからなかったのに、どうしてソロモンが……。
「はじめますよ。説明している時間がない。ああ、安心なさい。この手は消毒済です」
そう言うとソロモンはお母様の下腹部に手をあてた。
ブラッドに笑いかける。
「ふむ。見事な血流操作です。よくぞここまで胎児共々もたせました。さすがはブラッド。〈治外の民〉の麒麟児。しかし、重くなった子宮が血管を圧迫していることは計算していませんでしたねえ。一度でも妊娠していれば感覚的にわかったでしょうが。……むんっ」
お母様の身体が電気ショックを受けたようにびくんっとはねた。ぎょっとしたが、まっしろだった顔色が見る見るうちにピンク色の生気を取り戻すのを見て、私達は歓声をあげた。
「まだ喜ぶのは早いですよ。私の医術の真骨頂はここからです」
事もなげに言うと、ソロモンは両指をそろえ、お母様の身体にあてた。
「誤解がないよう先に言っておきます。これは〝幽幻〟の応用の物体透過です。傷跡は一切残しません。私はこう見えてフェミニストですが、火急の際ゆえ、御婦人の肌のみならず胎内をまさぐることをご容赦いただきたい」
そう言い放つと、ソロモンの手首までが、ずぶっとお母様の腹部に埋まった。私達は悲鳴をあげかけ、お父様は剣に手をかけ再び詰め寄ったが、ソロモンの一喝で動けなくなった。
「黙って見ていなさい!! 今わずかにでも余計な刺激を与えれば、私の手は実体化し、公爵夫人の腹を突き破りますよ!!」
「みんな、言うとおりにしよう。見てみな。あの手もとを。一滴の血さえ零れちゃいない。神業だ」
蒼白になったみんなに、ブラッドも口添えする。
ソロモンはご満悦でブラッドに嗤いかけた。
「助かりました。この指先だけの実体化は、私でも骨が折れる作業です。そのメイド姿、なかなか興味深い。お礼に今度デートでもいかがです」
あやしく眼鏡のレンズを光らせるソロモンに、ブラッドが総毛だった。
「い、いや、いい。遠慮するよ。オレ、男だし……」
ソロモンはおもむろに頷き、天を仰ぐといきなり哄笑した。
「もちろん知っていますとも!! ふはははっ!! ただの令嬢をこの私が誘うとでも!? ついている事は尊いのです!! 無駄なものを削ぎ落した数学とは違う良さがある。おまけはいくつになっても嬉しいものです」
そのあと急に真顔になり、私達に振り向く。
「安心なさい。私は安全ですよ。私の口腔内も体液もすでに消毒済みです。だからたとえ大声で笑っても清潔そのものです。おおっ、かわいい坊や達をとらえました。あなた達、進む方向を間違えています。おいで、お兄さんが優しく導いてあげましょう」
あ、あやしい。「108回」のときより圧倒的に変態度が増してるよ……!! どっちかと云うと静かな根暗タイプだったのに、妙な自信をつけたのか厚かましいまでの自己主張っぷり。
あの飄々としたブラッドが、げんなりした表情で距離を取りたがっている。
「……あのさ、スカチビ……」
ムダよ。こっち見ないで。そんな捨てられた仔犬のような目をしてもダメ。私だってその変態メガネとは関わりたくない。あきらめて防波堤になりなさい。
だが、変態度に比例し、ソロモンは腕も確かだった。
「手応えありです」
ふうっと息をついて手を引き抜いたが、血の一滴さえも付着しておらず、お母様の白絹のような肌も無傷だった。
「ついでに裂けかけていた大静脈も仮修復しました。これで公爵夫人の大出血は止まるはずです」
まさに変態と天才は紙一重である。今だけは心からあんたに感謝するよ。
「……やった!! 胎児の頭が見えた!! いける!! 鉗子が使えるぞ!!」
セラフィが意気込んで叫ぶ。
「コーネリアが助かる……!! ロナ、君のおかげだ……!!」
感動でお父様が声を詰まらせた。
「……信じられない。おなかの中の胎児に指を添えて回転させ、位置を矯正したんだ」
ブラッドが驚嘆するが、ソロモンは渋面だった。
「まだ油断は禁物です。手前のその子はいいですが、もうひとりの首に、へその緒が巻きついていました。ほどきましたが、だいぶ衰弱しています。血流操作で心拍は安定させましたが……このままでは、誕生の番がくる前に死にかねません。まったく私としたことがとんだ道化ですよ」
仰天し暗鬱になる私達をよそに、ソロモンは苛立たし気に鼻眼鏡をくいくいした。勢いを増しついに眉間にぶちあたった。拍子に隙間から多重同心円のグレーの瞳がのぞく。「108回」で見慣れた私はともかく、その異相に周囲が凍りつく。昂りすぎたおのれに気づき、我に返ったソロモンはゆっくりと苦笑を浮かべた。
「……心配はいりませんよ。私が今一歩及ばずとも、まだ『彼女』が控えています。やれやれ、悔しいですねえ。結局は『彼女』の前座だったというわけですか。たぶん施術の結果も見抜かれていた。嫌になるほど強大ですね。それだけに堕とし甲斐があるというもの……。ふふ、つまらない愚痴を申しました。公爵夫人がベッドから落ちないようしっかり支えなさい。……きますよ」
「くるって何が……」
私が問うたのと、どんっと床が突き上げられたのは同時だった。
体重の軽い私はふわっと浮きあがった。
ブラッドがあわてて抱き寄せなければ派手に転倒していたろう。受け止める者のいなかった鉗子や手術道具が、金属音をたてて床ではねる。
ひいいっ!! 床に突き刺さってる!! 私、さっきまでそこにいたんですけど!!
「お母様!!」
だが、すでにお母様の身は、お父様とメアリーによって、がっちり固定されていた。
お父様は抜刀し、メアリーは鍋蓋で武装していた。いかなる害意をもお母様には寄せつけない鋼の意志のガーディアン達だ。これなら絶対安全!! 守りはおまかせします!!
「じ、地震だったの? 今の……」
「ふふ、今のは前触れ。心しなさい。本番はこれからですよ」
たしかに凄まじい地鳴りはむしろさっきより高まりつつある。
「……なんだ。これは。なにが近づいてくる。そんなバカな。これは……龍?」
風読みを発動していたセラフィが、尻餅をついたまま呆然と呟く。
私は心配ではらはらした。
セラフィ、だいじょうぶ? もしかして頭でも強くうっておかしくなった? あんたがバカになっちゃうと、私がツッコミ全部こなさなきゃいけなくなって過労死しかねないの。この作品、常識人枠が極端に不足してるんだから。
だが、なんとセラフィは正解を言い当てていた。
ソロモンが感心してうなずいたのだ。
「ふふ、さすがセラフィ。正解ですよ。今接近しているのは地脈……東洋ではそれを龍に例えます。魔術師が光の道とも表現する大地のエネルギーの流れですよ。それを『彼女』が強引にここにねじ曲げた。なかなか体験出来るものではありませんよ。すばらしい。さすが私の想い人のひとりです!!」
ソロモンが天に両手を差し上げ、恍惚とした表情をした。
私は唖然としていた。
このメガネ、変態と研究キチでは飽き足らず、オカルトにまで手を染めやがった。どんだけ守備範囲が広いのよ。こんなのに想い人に認定されるなんて、誰かはわからないけどお気の毒に。ひとりっていうことは複数なのか。ご冥福をお祈りします。おや? 何故に私に寒気が……。
私がそう思ったときだ。
床が壁が天井が、ぼうっとした淡い光に包まれた。
しかし、それは落雷前の帯電のような前兆にすぎなかった。一瞬、家鳴りがやんだあと、それは来た。ソロモンの高笑いが響くなか、押し寄せた耳を弄する轟音は、私達の悲鳴をのみこみ、視界すべてを凄まじい白の輝きに塗りつぶしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時間は数か月前に遡る。
ローゼンタール伯爵夫人の葬式は、ひっそりした寂しいものだった。
一代の栄華の時代を築いた女性のものとはとても思えなかった。
ローゼンタール伯爵夫人は先王派の筆頭格であったので、その肩をもつということは日の出の勢いの現国王派に睨まれるリスクを背負う。生前ならともかく、今さら宮中の毒蠍と悪名高かった彼女と心中したくないと思う人々が大部分だったのだ。
参列者は、盛者必衰という言葉を思い出さずにはいられなかった。
それに才能で正面から堂々と男達をやりこめていく天才マーガレット王女が台頭した今、男達のあいだを渡り歩いてのしあがったローゼンタール伯爵夫人のような生き方は否定されつつあった。
だが、数少ない参列者は本気で伯爵夫人の死を悼んでいた。
普段社交界に顔を出さないような貧乏な貴族の女性達が驚くほど多かった。
彼女達は時代の変化についていけず没落しかかったところを、ローゼンタール伯爵夫人の援助で救われた。その恩をずっと忘れていなかったのだ。ローゼンタール伯爵夫人は狷介なところもあったが、虐げられた弱い女性には優しかった。身と色を売って成りあがるしかなかったローゼンタール伯爵夫人は、女の立場の弱さというものを誰より痛感していたのだろう。
そして、たくさんの孤児院の子供達が参列したこともこの葬儀の特徴だった。参列者はそのときはじめてローゼンタール伯爵夫人が、ずっと恩人の遺した孤児院を援助していたことを知った。
「ロナおねえちゃん、おきて。あそんで」
と死を理解できない年少の子が、ぱんぱん伯爵夫人の身体を叩く光景は、涙を誘わずにはいられなかった。伯爵夫人は身分を隠し、頻繁に子供達の世話に出向いていたのだ。いつも笑顔でどの子供達にも慕われていたという。歯を食いしばって涙をこらえる年長の子供達の表情から、伯爵夫人の優しさは本物だったとうかがえた。
かつて社交界に君臨したローゼンタール伯爵夫人の闇と光が明確になった葬儀だった。
葬儀の喪主役のヨーク卿夫人は、目に涙をため、社交に不慣れな女性達が懸命に語る伯爵夫人との思い出話に耳を傾け、たえきれず泣き出した子供達を抱きしめた。舌鋒鋭い論客として著名なヨーク卿夫人は、冷酷な策謀家として知られていたが、身寄りのなかったローゼンタール伯爵夫人の喪主役を買ってでたこと、ローゼンタール伯爵夫人の出棺のときも棺に取りすがって号泣したことなどで、その印象を一変させ、人々をたいそう驚かせた。
人々を驚愕させたのはそれだけではない。
ローゼンタール伯爵夫人の不倶戴天の敵とされていたヴィルヘルム公爵家が勢ぞろいして葬儀に参列した。ハイドランジアの英雄紅の公爵は涙を浮かべ、伯爵夫人の亡骸の頬にお別れのキスをした。偶然なのだろうが、そのとき伯爵夫人のまなじりから、すうっと水が糸を引いて落ち、人々の心をうった。
国一番の弓の腕とダンスの最高峰〝雷鳴〟の踊り手として知られるヴィルヘルム公爵夫人は、姉を失った妹のように憔悴していた。彼女は喪主役のヨーク卿夫人と抱き合い、泣きながら互いを慰め合っていた。その嘆きぶりは、ローゼンタール伯爵夫人とヴィルヘルム公爵夫妻のあいだの過去に秘められた悲しいロマンスを、参列者に想像させた。
そして、ヴィルヘルム公爵家の秘蔵っ子で王家を動かす実力者のルーファスは、唇を噛みしめ、肩を震わせ、ずっと悲しみに耐えていた。真祖帝のルビーを継承するこの美貌の天才児がここまで感情をあらわにすることは極めて珍しく、参列者はローゼンタール伯爵夫人とヴィルヘルム公爵家の深い繋がりを感じずにはいられなかった。
そして、もっとも人々の度肝を抜いたのは、現国王派が誰一人顔出ししなかったこの葬儀に、現国王派の中心人物マーガレット王女が訪れたことであった。
王女は金髪をなびかせ驚く人々のあいだを横切り、恭しく伯爵夫人の前に膝を折ると、持参した飾り布を亡骸にかけた。
「ローゼンタール伯爵夫人。私と武器は違えど、あなたは女の身ひとつでも政界で戦えると示してくれた先駆者でした。ともに戦えなかったのは残念でした……。守りたいもののため悪女の汚名をも恐れなかったその心意気、このマーガレットが受け継ぎます」
人々は息をのんだ。布には豪奢な王家の紋章が刺繍されていたからだ。王女の参列と紋章の葬送によって、この寂しい葬式は、国葬クラスの価値をもつものとなった。
敬虔な祈りをささげたあと、マーガレット王女は、ヨーク卿夫人を勧誘した。
「……頭も切れ、情もある。あなたのような女性こそ、私が探し求めていた人よ。私に力を貸してくれませんか」
「私は先王陛下の一派ですが……」
戸惑うヨーク卿夫人に、マーガレット王女は熱心にたたみかけた。
「そんな小さいことどうでもいいわ。私達の敵はもっと大きなものよ。私が評価するのは人物よ。前歴も出自も気にしない。この出会いはローゼンタール伯爵夫人の贈り物だと思うの。それに伯爵夫人の実像を正しく語れるあなたが私の派閥にいることで、不当な伯爵夫人の悪評は抑えられるわ。私ももちろん出来るだけ協力する」
この約束が決め手となり、ヨーク卿夫人はマーガレット王女につくことを決意した。
その押しの強さに苦笑するヴィルヘルム公爵一家に、王女はしてやったりというふうに得意げにウインクしてみせた。
「どう? ルーファス?」
そうすると冷たささえ感じさせる美貌が、春のような愛嬌に変わり、一気に雰囲気が柔らかくなった。そのギャップに人々は魅了され、ひきつけられた。マーガレット王女は天性のカリスマの持ち主だった。
そして問われたルーファスは、マーガレット以上の才能の持ち主と噂されている。人々は固唾をのんで返答に耳を澄ました。だが、彼は詩の一節のような短い言葉を発しただけだった。
「……千人が集い、『花』を大輪に咲かせるでしょう」
肩透かしを食わされ人々は思わず顔を見合わせたが、マーガレットは満足そうにうなずいた。
ルーファスの予言の意味が明らかになったのはしばらくしてのことだった。
次期国王の座を、マーガレット王女と争う王子・王妃一派は、きわめて排他的だ。
仲間意識が強く、新参者は優遇されない。そのうえ王子・王妃一派のバックには強国ロベリアがいる。その国力はハイドランジアの三倍以上と目されている。王子の治世になれば、要職の多くをロベリアの貴族達が牛耳り、国内貴族はますます冷遇される。被害妄想ではない。すでに王妃達が招いたロベリア貴族が宮殿を我が物顔でのし歩いているのだ。最悪の場合、国内貴族の領地を没収し、彼らに与えることもありうる。まっさきに槍玉にあげられるとしたら、反王家が多い赤の貴族達だ。
それに比べマーガレット王女は、敵対していたローゼンタール伯爵夫人の葬儀に単身出向き、前歴も出自も気にしないと公言し、その場で先王派のヨーク卿夫人を自ら迎え入れた。さらに自分達の敵はもっと大きなものと発言した。それがロベリアを指すのは明らかだった。その噂は火が走るように国中に広がった。
赤の貴族達は一気にマーガレット支持に傾いた。王子・王妃についても自分達に未来はない。
それだけではない。愛国者達はこぞってマーガレット王女を称賛した。
マーガレット王女の住む宮殿にはロベリア勢力が多く入りこんでいる。機嫌を損ねれば即座に命を狙われる。だから迂闊に悪口さえ言えないのだ。なのに臆さない王女に、彼らは不屈のハイドランジア魂を見た。
国力でロベリアに劣るとはいえ、ハイドランジアは島国だ。海という天然の堀に囲まれている。いかにロベリアといえど、船で一国を攻略する大戦力をハイドランジアに送るのは難事だ。宮中からロベリア勢力を排除し、自国防衛に徹すれば勝機はある。それにひと昔前には、ハイドランジアがロベリアの隣に所有する海外領で、紅の公爵が連戦連勝を重ねたではないか。紅の公爵家とマーガレット王女は盟友だ。海陸軍大国のロベリアといえど、おそるるに足らず!! 愛国者達は気炎万丈だった。
この葬儀での出来事を機に、マーガレットは急速に求心力を高めていくことになる。
ルーファスの予言した「花」とはマーガレットのことだった。
……実はマーガレットはすでに何度もロベリアに襲撃されていた。ロベリアは敵対するものに容赦しない。腕に覚えのある暗殺者が何人も送りこまれた。だが、すべてマーガレットの影の護衛に返り討ちにされた。全員が防具ごとまっぷたつにされるという狂った死に様をさらした。顔さえ不明のその護衛はいつしか裏社会で「魔剣」と畏怖されることになる。誰も予想だにしなかったのだ。まさか剣どころか手刀ただひとつで、人間を数人まとめて唐竹割にできる化け物がいるなどとは……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
……そして、コーネリアの出産のときまで時間は流れる。
旧ローゼンタール伯爵夫人邸は雪に覆われていた。峡谷であり、雪深い土地なのだ。
後継者のいなかった夫人の死後、屋敷は王家の直轄地になったが、屋敷を管理維持する最低限の人員しか派遣されていない。
かつて途切れることなく訪れた貴族達を感嘆させた庭園は、手がまわらず荒れ果てていた。今は来訪者は誰もいない。それでも風物詩とまで讃えられた冬の薔薇園はいまだ健在で、咲き乱れるピンクや黄色が雪の白冷によく映えた。通常は初冬が時期の薔薇が、土質のせいかここでは厳寒期になっても咲き続ける。いくら寒中の薔薇は長持ちするとはいっても、極めて稀な光景だった。
山脈から吹きおろしの冷風が走る。山の上に立った幼女は、金髪を風になびかせ、雪山の頂よりも凍りついたブルーの瞳で、屋敷を見下ろしていた。アリサだ。
「あはっ、愛でる者もいないのに咲き誇る薔薇。とても滑稽だわ。ねえ、そうは思わない?」
嘲笑をかたわらに叩きつける。
陽炎のように空気が揺らぎ、ふわりと少女の幻が浮かびあがった。ヴェンデルに出会った頃の姿のロナだ。泣きそうな顔で懇願するようにアリサを見つめている。
「……霊になってまでしつこいこと。コーネリアとその子供達が危ないのでしょう。わかっているわ。まったく割にあわない約束をしたものだわ」
吐き捨てたアリサの碧眼が燐火と燃える。金髪がぶわっと逆立った。凄まじい力が周囲に渦巻きだす。風もないのに森の梢が怯えて悲鳴をあげた。
「あははっ、腹いせに、生前の貴女がご自慢にしていたこの薔薇達を根絶やしにしてあげる。地脈を奪って、ここを不毛の地にするわ」
おそろしい三日月の弧を口端が描く。
アリサは地面に手をあてた。大地が大蛇のようにうねり、地割れがあちこちに走り抜ける。咲き乱れる薔薇が一斉に舞い散った。眼下の旧伯爵夫人邸で騒音と悲鳴があがり、地震と勘違いした使用人全員が転がり出て来るのをしり目に、アリサは悠然と立ちあがった。
「……ここの地脈は、ヴィルヘルム公爵邸に新しく繋げたわ。地脈は大地の恵み。生命力を賦活させる。たとえ死にかけの妊婦や胎児であろうともね。たまたまついていった霊が、それを誰にどれだけ分け与えようと、私の知ったことではないわ。……アゲロス!! 後はまかせるわ」
粉雪と花びらが舞いあがるなか、アリサの呼びかけに応じ、上方の山頂で黒衣の青年が動いた。
まぶかにかぶったフードからブラッドに似た面差しがのぞく。だが、その横顔は険しく、病的なまでに頬の肉は削げ落ちていて青白かった。健康優良児のブラッドとは対極だ。ケープをはねあげ、手刀を一閃させる。多彩な技を誇るブラッドと違い、彼の攻撃手段はほぼその手刀のみだ。だが、すべてを注ぎこんだその一閃は、異常なまでの破壊力と鋭さで迸った。
雪景色が異様な音を発し、裂けてずれた。まるで巨人が見えない大刀をふるったようだった。手の延長線上まで攻撃を届かせるのは〝伝導〟と同じだが、その威力と範囲の広さはそれ以上だった。岩壁にこびりついた家ほどの雪の塊が鋭利な断面をさらして斜面を転がり落ちた。地面ではねるたびに山全体が揺れる。そのまま周囲の氷雪を巻きこんで膨れ上がり、すぐに大雪崩になった。あっという間に旧伯爵夫人邸を跡形もなく吞みこむ。戸外に飛び出していたおかげで間一髪で難を逃れた使用人たちは、腰を抜かしたまま、呆然とその悪夢を眺めていた。
震動と雪煙が乱舞する地獄絵図に、アリサは邪悪な嗤いを浮かべた。
「……あはははははっ!! 屋敷ごと葬ってあげたわ。悪の寵姫の館なら、生き恥をさらし笑いものになるより、欠片も残さず消し飛ぶほうが潔いわ」
やっていることは乱暴だが、これはアリサ流の慈悲だとロナの霊は気づいていた。慈悲と言っても、死の救いに近い凶悪なものだが。
旧ローゼンタール伯爵夫人の屋敷を貰い受けたのは、ハイドランジア王妃だった。王妃は王子を次期国王につける資金調達ため、国庫にひそかに手を出し、その罪を「贅沢三昧で国を傾けた先王の寵姫」に押しつけようとしていた。旧ローゼンタール伯爵夫人の屋敷は、その悪事の捏造工作をしている最中だった。だが、屋敷すべてが吹っ飛んでしまっては、さすがに罪の後付けもしようがない。
高慢な王妃のまっさおな顔を想像し、アリサはくすくす笑った。
「……アリサ様」
青年アゲロスが片腕に金髪の美少女を大事そうに抱え、雪の斜面を滑り降りてきた。
「見事。裂神の名は伊達ではないわね。もっとも今は『魔剣』と言ったほうが通りがいいようだけど。腕が鈍っていないようで安心したわ」
アリサの誉め言葉に畏まって片膝をつくが、山の冷気に身を震わせて咳き込む。その背中を甲斐甲斐しく少女がさする。
「いけません。王女殿下が、私ごとき護衛にそのようなことを……」
青年はあわてて身を引こうとしたが、少女は頑として譲らなかった。
「私が何度あなたに命を救われたと思っているの。せめてこれぐらい……」
頬を紅潮させて言い募る少女を、ハイドランジアの貴族が見たら仰天しただろう。齢相応の不安げな顔をさらしているその少女は、天才と名高い第二王女マーガレットだった。青年は七妖衆のひとり烈神アゲロスだ。ふたりの様子をアリサが面白そうに眺めている。
「あはっ、天才の看板はもう下ろしたの。マーガレット。ああ、おかしい。まるで普通の恋する少女だわ。実子のあなたを恐れる王妃に見せてあげたら? お母様、あなたの企みを阻止するため、屋敷をひとつ潰しましたってメッセージカードを添えてね」
からかうアリサを、マーガレット王女はきっと睨みつけた。アゲロスがアリサにいつまでも低頭したままなのが気にくわないのだ。もちろんバカなのではない。アリサの本性と力を理解し、なお怯まないのだ。マグマに似たその心根の強さをアリサは気に入っていた。
「……アリサ、皮肉はやめて。私はにせものの天才よ。本物のあなたの前で、天才ぶってもみじめなだけよ」
びくんとするアゲロスの背にマーガレットは寄り添った。
「……のちの世界最強を弟にもった気持ち。……世界をひっくり返す天才をいとこ姫にもった気持ち。……このみじめさは、あなた達にはわからないわ。私達だって、それなりに歴史に名前を残せるだけの自負はあった。あなた達と同じ時代に生まれさえしなければ……」
アゲロスはうなだれ、マーガレットは悔しそうに唇を噛みしめた。
「アリサならとっくに見抜いてるでしょう。私の天才はなかば演技。なかば努力よ。王太后様に真の孫と認められないのがその証拠よ」
不機嫌そうに吐き捨てるマーガレットをアリサは嗤いとばした。
「あなたも十分に天才の類なのよ。千人中千人が認めるわ。それに努力も才能。演技も凡人には不可能だわ。おばあ様もあなたを認めている。あのぼんくら王子と違ってね。ただ、あの方の溺愛の基準は私の母親だから。才能だけで言うなら、化物中の化物よ。忌々しいことだけど」
マーガレットは黙りこんだ。
エキセントリックな言動に似合わず、アリサの本質は理知的だ。あの狂った無貌のアディスを、仔犬へのお仕置き感覚でぶちのめす怪物だが、邪魔にさえならなければ、敵対行為にさえ寛大である。
だが、アリサの母親の話題だけは禁句だ。雷雲の気配をはらんで機嫌が悪くなる。アリサの口から母という単語が出ることさえ稀なのだ。だから、マーガレットは薄々気づいているアリサの母親の正体を知らないふりをする。
よけい気を回させたと思ったのかアリサは苦笑し、踵を返した。
「少し脱線したわね。……ロナ。ひとつだけ忠告してあげる。今のあなたは肉体のないとても不安定な存在。あまり力を行使すると消えてしまうわ。ああ、かわいそうに。あははっ、それでもよければ勝手にするがいい」
アリサはロナの霊の横を通り、それきり振り返りもせずに歩み去った。
幼女とは思えない堂々たる覇王の風格だが、微かに憐憫がにじんでいた。ロナは忠告しても止まらないと見抜いているのだ。ロナの霊は目を見張って立ち尽くしていた。悪態はついたが、アリサは約束以上の誠意を示してくれた。破格といってもいいぐらいだ。認めた者には彼女は奇妙な優しさを見せる。
アリサの背中を見送るロナは微笑み、ゆっくりと優雅に礼をした。同様にマーガレットにも感謝のまなざしで礼をし、すうっと消え失せた。
「……まさかローゼンタール伯爵夫人の霊が少女の姿で現れ、葬式のお礼をするなんてね。あなた達といると自分の常識が馬鹿らしくなるわ。玉座の椅子取りゲームしか知らないお母様とお兄様が体験したら、きっと卒倒ものよ」
マーガレット王女はため息をつき苦笑した。
それからアゲロスの首に両腕をまわし、抱きあげるようにうながした。
「私達ももう行きましょう。ここの寒さはあなたの身体に悪いわ」
アゲロスもうなずき、マーガレット王女を腕に抱き、立ちあがった。
「……ねえ、ローゼンタール伯爵夫人は、紅の公爵への初恋のために命をかけたの。今は私も少しだけ彼女の気持ちがわかるわ」
無言のアゲロスに、王女は白い息をはずませしがみつく。
「私達は似ているわ。翼もないのに、天の星を掴むことをあきらめられないの。私、あなたの前でなら、みっともない自分の弱さをさらけだせる。傷の舐めあいでもいいから、ずっと側にいて。アリサが私から離れるように命じても……」
アゲロスは黙したままだ。
マーガレット王女は寂しい笑みを横顔に浮かべた。
「嘘よ。からかっただけ……」
その言葉にかぶせるようにアゲロスは重い口を開いた。
「私はアリサ様の命で、あなたをお守りする任につきました。……しかし、今は私の意志で、マーガレット様をお守りしたい。あなたは誰よりも尊く気高い花です」
マーガレット王女は蒼い目を見開いた。
アゲロスはいつも王女殿下と畏まった言い方をする。マーガレット様と呼ばれるのははじめてだった。武の探求に命をかけ、ひたすらストイックな彼の精一杯の好意の表明に、マーガレット王女は嬉しそうに顔をほころばせた。
「バカね。女の子にそんなこと言ったら、本気にしちゃうんだから」
咲き誇る花のような笑顔を、アゲロスはずっと胸の奥にしまっておきたいと思った。
ふたりは一つの影のように身を寄せた。その足元の雪が爆発したあと、もうその姿は消え失せていた。ぱぱんっと間隔をおいて、雪面がはるか地平の彼方に向け、次々とはじけていく。踏みこみ技の「刹那」をアゲロスが連続して使用したのだ。まるで雪の噴水が連続して噴き上がるようだった。あまりの急加速に本人達の姿は目視できず、蹴散らされる雪のみが目に映る。
耳元で轟轟鳴る風に、金髪をはためかせ、マーガレット王女は歓声をあげた。ぎゅっとアゲロスにしがみつく。アゲロスの口元にも笑みが浮かぶ。彼は生まれてはじめて武術を究めること以外に力を行使することに喜びをおぼえた。
出来うるなら、ずっとこの至福の時間が続けばいいのにと、陶酔するふたりは願った。
むろんそんなことは無理だとふたりは理解している。共に命を削っても高みを目指しているのだ。その道は決して交わらない。だが、それだからこそ、この他愛ないひとときを、ふたりは生涯忘れることがなかった。
誰もいなくなった丘で、名残り惜し気にただ花びらだけが舞う。
そして、これ以降、この地で冬の薔薇が咲くことは二度となかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
【スカーレット視点】
ソロモンの言う地脈の接続とやらで、公爵邸は大きな轟音と閃光に見舞われた。だが、それは一瞬だった。
「……さて、邪魔者はお暇しますよ。『彼女』に邪魔したと判断されると、あとが怖いですからね。しかし、一邸宅に集中するには、いささか大きすぎるこの〝力〟。どんな影響を及ぼすのやら。じつに興味深い。……ふふ、少々口が滑りました。では、スカーレット、いずれまた次の舞台で……」
不可解なソロモンの言葉と、私の名前が出たことに、はっと顔をあげ、問い詰めようとしたときには、すでに彼は光と音とともに立ち去っていた。
代わりに私達は驚くべきものを見た。
薔薇の芳香が、寝室に渦巻いた。
可愛らしい町娘姿の少女が、ベッドのお母様のそばに微笑んで立っていた。優しいヘーゼルの瞳と落ちついたブルネットの髪は、警戒心をやわらげる色をしていた。
私達はその少女を直接見たことはない。だが、それが誰かよく知っていた。
ローゼンタール伯爵夫人の弟達の記憶のなかで何度も見たからだ。
「……ロナ……!!」
驚愕の震え声をお父様が漏らす。
こくんと少女が恥ずかしそうに頷く。
お父様の頬を涙が幾筋も伝った。そこにいたのは、ローゼンタール伯爵夫人だった。……まだ彼女がロナという名前だった少女の頃の姿で、少し照れくさそうに頬を染め、スカートをつまみ、身を屈めて恭しく礼をする。
立ちすくんだ私達は、ロナが繊手を伸ばし、お母様の手をぎゅっと握りしめるのを、雰囲気にのまれたまま見送った。身体全体を包む淡い燐光は、ロナがこの世の人でないことを示していたのに。
ロナの霊は声を発さなかった。発せないのかもしれない。だが、可憐な唇の動きから推察するまでもなく、お母様に語りかけた言葉は理解できた。ロナのあたたかい思念が私達に伝わってきたからだ。
〝……コーネリアさん。まだ死んではダメ。あなたの人生はこれからよ。だって、あなたには、まだ泣いてくれる家族がいる。生まれてくる赤ちゃん達も……。だから……〟
ふたりの接触したところから凄まじい明るさが迸る。夏の太陽のように、激しい生命力に満ちた光だった。ロナの霊がお母様を励ます。
〝だから、生きて。なにより、あなた自身のしあわせのために……〟
祈るようにお母様の手を掲げ、額を押しつけ、そして聖女のような笑みを浮かべた。
〝……負けないで。私の認めたヴェンデル様のパートナー。私に残された力を全部あげるから……。だから、家族と一緒に、いっぱい幸せになってね。私の分もきっと……〟
私は息をのんだ。
残された力を全部って、それじゃロナの霊は……!!
まだ眠ったままのお母様のまなじりから、つうっと涙が伝わり落ちた。
〝……ばかな子ね。私なんかのために何度も泣くなんて。でも、そんなあなただからこそ私は安心して後を託せるわ。ヴェンデル様をお願いね〟
ロナのまなざしは妹を見守る姉のようだった。
「駄目だ!! ロナ!! やめてくれ!!」
固唾をのんで成り行きを見守っていたお父様が、ようやく意図を悟って悲鳴をあげ、ロナをお母様から引き剥がそうとした。だが、もう遅かった。ロナの身体全体が輝き、お父様の手をはじきとばした。
「〝力〟が……!! ロナさんから公爵夫人に移譲される……」
気配に鋭敏なセラフィが唸る。
輝きが、ほほえむロナからお母様に移っていく。それにつれ、ロナの可憐な姿が、薔薇の花びらとなって散り崩れていく。私達は言葉を失い、その荘厳な光景を見つめていた。
「……ロナ……!! ……どうしてだ……!! 君がそこまですることはなかった……!! これでは……!! 君はなんのために生まれてきたんだ……!!」
お父様は苦悶の表情で拳を額にねじこむようにして慟哭した。
消えていきながらロナは爪先立ちをした。
お父様の首に両腕をまわし、そっと頬に祝福のキスをする。すぐにぱっと距離を置き、すまなさそうにお母様にぺこりと頭を下げると、恥ずかしそうに口元を両の掌で隠した。その笑顔は、胸が痛くなるほど満ち足りたものだった。これで思い残すことはないというふうに輝いていた。
ばあんっとひとりでに窓が開き、ごおっとあらたな薔薇の花吹雪が舞い込む。
今度は外からだ。このあたりには冬に咲く薔薇など咲いていないのに。
部屋中が薔薇の色と香りに包まれる。それままさに花の舞踏会だった。私達が呆然と見つめる前で、ロナは花の妖精のようにターンし、ひるがえるスカートの裾を私達の目に焼きつけ、花びらのつむじ風と一体になり、微笑んで消えた。いかせまいと伸ばしたお父様の指先は、数枚の花びらを掴めただけだった。
「……ロナ……!! ……なぜ笑った……!! ……僕に最後まで気をつかわせまいとしたのか……!! 僕と出会ったせいで君は……!! ……僕は……君を不幸にしかできなかった……!!」
その花びらを握りしめ、胸に押しあて、人目もはばからずお父様は号泣した。
「……お父様。それは違います。ロナさんは、きっとしあわせだったと思う。きっと最後に笑ったのは、愛する人の一番大切なものを守れたことが嬉しかったからです」
私はお父様を慰めた。
当事者でないのにおこがましいとはわかっている。でも、私は「108回」でローゼンタール伯爵夫人がたどった末路を知っている。お父様を失った彼女は絶望し、自堕落な日々をおくり人生を終えた。真の彼女を知った今ならわかる。あれは彼女にとって死に損った不本意な余生でしかなかった。本当は愛するお父様のために身も心も燃やし尽くして死にたかったのだ。そして、今、彼女は望みをかなえた。
「……だから……!! ……泣くなんて……ロナさんに……失礼です。……笑って見送って……あげなきゃ……!!」
叱咤激励するつもりが、私もこみあげる嗚咽でまともに喋れなかった。必死に感情を押さえつけようと握りしめた私の拳を、優しく誰かが撫でた。
「……いいのよ。スカーレット。我慢しないでも。あの素晴らしい人のために泣いてあげて。涙をこらえて戦うのは、ロナさんから命をもらった私の役目なのだから」
目を覚ましたお母様だった。
「……私が泣くときは、無事に赤ちゃん達を産み終わったあとよ。そして私も必ず生き残るわ。ロナさんの気持ちを無駄にはしない。……みんな、お願い!! 力を貸して……!!」
妻として、母として、そして友に託されたものを胸に抱く女性として、お母様はよみがえった。矜持と決意をみなぎらせた横顔は気高く頼もしかった。
私達は涙を振り払い、深く頷き合った。
出産の戦いは再開された。
お母様がいきみ、私達はそのサポートに奔走する。詳しく語る必要はないだろう。ここにはロナの想いを無駄にする人間などひとりもいるはずがなかった。
勝利の鐘のように、ふたりの赤ちゃん達の産声が屋敷中に響き渡る。私達は千種万様な反応で待望の時を迎えた。ある者はソファーにひっくり返り、ある者はガッツポーズをし、ある者は膝をついて感謝の祈りをささげた。ただ共通してみんな笑顔だった。そして泣いていた。
「……ししょおおおおっ!! やった!! やったぜ!!」
こらえきれず飛びこんできたアーノルドが、喜びのあまり小躍りし宙返りを決めた。褐色の肌は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「バカ。寝室で騒がないで。そしてまわれ右!! まだ術後処理が終わってないの!!」
私は笑顔でアホノルドを蹴飛ばして追い返した。
感謝しなさい。医療チーム以外でお母様のあられもない姿を見たら、あんた、お父様に抹殺されるよ。
だが、幸いなことにお父様は闖入者に気づいていなかった。
「……コーネリア……!! ……ぼくの女神!! よくやってくれた……!! この感謝の気持ち、どうやって伝えたらいいのか……!! 君への愛が深まりすぎて、ぼくはどうにかなってしまいそうだ……!!」
感動で大号泣しているため、周囲のことなんて眼中にない。うーん、お母様がらみだととっくの昔にどうにかなってるけど、この英雄自覚がないのかな。
棒立ちで男泣きしているから、抱っこしている双子の洗礼の水が、お父様の涙になりそうで心配だ。神は神でも偏屈な武神の祝福を受けてしまいそうだ。あるいは偏執的な愛の神、いや変質的というべきか。
しかし、お父様はほんとに抱っこが下手だな。赤ちゃん達も居心地が悪そうだ。因果応報。恥ずかしがって赤ちゃんのときの私をあまり抱き上げなかったツケがまわってきた。
「……いや、意識がある赤ちゃんの抱っこなんて普通ためらったと思うぞ。コーネリアさんやメアリーさんは特別だよ」
ブラッドがため息をつく。また勝手に心を読みやがった。だが同意だ。あれ、でも、あんたは私のこと気軽に抱きあげていた気が……。ま、いいか。
「アウアー」
「オウアー」
難産だったとは思えないほど弟ふたりは元気いっぱいだ。興味深そうにきょろきょろとあたりを見回している。あれ? 私の経験でいうと、生まれたばっかりのときの視界は濃霧みたいにまっしろだったんだけど。
薔薇の花びらがいまだ誕生を祝福するように舞うなか、お母様が弟達に微笑む。
「いつかあなた達がもう少し大きくなったとき、語ってあげるわ。あなた達がどれほど深い愛を受けて生まれてきたか。ロナさんという素敵な女性の物語を」
愛おしそうに頬ずりするお母様の瞳から涙がこぼれた。その涙はロナの願いにお母様が応えきったあかしだった。
「「……」」
赤ちゃん弟達が、神妙な顔で耳を傾けているように見えるのがおかしかった。
「……ロナ……」
思いだしたお父様が泣き出した。感動の涙に今度は哀しみのぶんも追加だ。
大増量された涙が、ぼたぼたと弟達に降りかかる。
「オウアッキャアッ!!」
ん? 右の赤ちゃんが、お父様の涙をクロスガードして、にやりとした!?
「……アオッ」
左のほうは、見切ったという感じで、瞼を閉じスウェーバックしてかわした!?
「「……」」
ふたり揃って無言のドヤ顔でこっちを見てる……。
まさかね。手をばたつかせた結果、たまたまそう見えただけだろう。お父様の抱き方は不安定すぎるのだ。落っこちそうではらはらする。見兼ねたメアリーが、お父様から双子を引き取った。私達はほっとした。まったくお父様しっかりしてよね。これからはイケメンじゃなくイクメンの時代よ。
「はああああっ……!!なんて可愛いお子様達なんでしょう……!! まるで天使……!!」
ス、ストップ!! メアリー!! その巨乳で思いきり抱きしめると、弟達が埋没するから!! 天使が天に帰っちゃうよ!! ……このくだり、私のときもやったな。もう少し展開の引き出しを増やしてもらいたいものである。
「……スカーレット。おねえちゃんとして弟達に挨拶してあげて」
どたばた劇を苦笑して見守っていたお母様がうながす。
うん、第一印象って大事よね。ここは元女王の沽券にかけ、最高の挨拶で、憧れのお姉様のイメージを弟達に焼きつけねば。
私は微笑んだ。
「……こんにちは。愛くるしいロナルドとセオドア。私のかわいい弟達。ようこそ、ヴィルヘルム公爵家に。心から歓迎します。どうかあなた達の人生に幸多からんことを」
……お父様とお母様は、すでに弟達の名前を決めていた。
ロナルド……愛称ロニー。
セオドア……愛称テディー。
ロナが自らをなげうって守ろうとした弟達の名前を、ご自分達の子供達に託したのだ。最期まで互いを思いやった姉弟達がこの世にいたあかしとして。そして、我が家がロナから受けた恩を忘れず、そのぶんの愛を、ロナルドとセオドアに惜しみなく注ぐために。
私は心のなかで弟達に語りかけた。
忘れないで。あなた達は、こんなにたくさんの愛に包まれて生まれてきたの。
たしかに外界にはいろいろな悪意が満ちている。悲しいこともいっぱい。だけど、それ以上に、人には優しさと愛があるの。私もあなた達を一生懸命守り抜くよ。まっすぐで強い子に育て上げてみせる。美しく頼れる姉として。
私は決意をこめ、優雅の極みのお姉ちゃんデビューの一礼をしようとした……。
「……スカーレットさまああああっ!! もう赤ちゃん、生まれた!?」
「げぶふああっ!?」
突然横からアリサにとびつかれ、私はわき腹を強打して悶絶した。衝撃で背骨がひん曲がったかと思った。もつれあって床に転がる。
「じゃあね!! 次はアリサとスカーレット様で赤ちゃんつくろ!! どっちがパパで、どっちがママにする?」
どっちもごめん蒙ります!!
なにがじゃあだ。邪悪の化身め。
忘れてたよ!!
我が家には歩く猥褻物幼女が居候していた!!
まったく……お母様のお産のあいだプラプラどこかをさまよっていたくせに、こういう台詞を言うチャンスが到来すると、鮫なみに嗅ぎつけて現れやがって……!!
「くんかくんか、今日のスカーレット様の匂いとお味チェック」
ぎゃあああっ!! 私の首筋を舐めるな!! 服の隙間からまさぐるな!! いっちょ前にマウントポジションなんか取りやがって……!! 見てなさい!! ダンスで鍛えた背筋力ですぐに吹っ飛ばして……!!
ち、力つよっ!! 逆にさらに抑えこまれた!? ヘルプ!! ヘルプミー!!
「……さっそく要救助者になった頼れるお姉ちゃん。……ぷっ」
ブラッドおおっ!! 笑いをこらえてないでなんとかしなさい!!
あああっ!! 弟達がさっと私から目をそらした!! 私、赤ちゃんに気遣われてる!? その優しさが逆に心に痛いんですが!!
あれ? アリサと目があった弟達が、遠慮がちに軽く会釈した? それに一瞬だけどアリサがものすごく大人びた微笑を浮かべた? まさかね。赤ちゃん達は首だって据わってないはずだし。天地がひっくり返ってもあほアリサがそんな表情ができるはずがないのだ。
「ふたりとも元気なのはいいけど、これからは素敵なレディとしてのおしとやかさも忘れないようにね」
お母様がやんわりとたしなめる。
解せません。私のせいじゃないのに……。
「はーい!! アリサ、スカーレット様と一緒に早く大人になりまーす」
おのれ、くそ元凶がぬけぬけと。あんたが言うと卑猥な別なニュアンスにしか聞こえないのよ。
憤懣やるかたなしで、私はアリサを睨みつけたが、勘違いしたこいつはくねくねと身をくねらせた。
「そんなに見つめるなんて。スカーレットさま、アリサのこと大好きなんだね。アリサもだよ。でも、ここはみんなの目があるから、エッチな続きは、あとで二人きりでこっそりね!!」
な・ん・で、そう都合よく解釈できるかな。
私はいらいらのあまり地団太を踏んだ。
頭に変な寄生虫がわいてて、常時脳内麻薬を分泌してるんじゃないだろうか。この異様なポジティブさだけは敬服するしかない。
しかも、口を手で隠し、こっそり耳元でささやいても、バカでかい声だから、内容が周囲に丸聞えだ。
ここにいる全員がアリサの性格を熟知しているからいいが、よそで聞かれたら絶対に誤解ものだ。ヴィルヘルムさんとこはまだ児童なのに色狂いよと井戸端で噂される。度し難いあほ娘である。
「108回」でのアリサは、独身、既婚者問わず浮名を流しまくっていたが、殿方もよく相手したと思う。
なにせ情事の詳細を聞かれたら、悪びれずぺらぺら喋ってしまうのだ。不倫だと破滅もんだ。もっともそうわかっていても手を出さずにはいられないあやしい魅力がアリサにはあったのだろう。胸か。もしかしてあの巨乳に引き寄せられたのか。この世からおっぱいなどなくなってしまえばいいのに。
「師匠おおっ!! もう入ってもいいか!! 出産祝いにゃ、ここの花びらだけじゃ足りねえ。花束でもってきたぜ!!」
もうひとりのバカのアーノルドの再登場で、私の回想は打ち切られた。両手で包み紙いっぱいの薔薇の花束を抱えている。アリサが私から離れ、頬を染めてふっとんでいった。
「うわあああっ!! アリサ、薔薇のお花だいすき!!」
うん、女の子らしいとこもあるじゃない。あんた、問題発言さえなければ、絶世の美少女なんだから、エロよりそういう可愛らしいものに関心をもちなさいな。
「……薔薇のお風呂にして、スカーレットさまと一緒に入ろっと!! きっと盛りあがって、がーども甘くなるよね。えへへっ」
前言撤回。涎を垂らすな。やっぱ、こいつは骨の髄からエロ幼女だ。
「おい、これはアリサに持ってきたんじゃねえ。師匠にだな……」
花束を奪いさろうとするアリサに、アーノルドが辟易する。女の子相手なので乱暴に突き放せず、逃げ回っているが、執着したアリサは驚くほど足が速い。「108回」の令嬢時代も、私の行く先々に常にアリサは先回りしていて、ずいぶん閉口させられたものだ。
「し、信じられねぇ。こんなちびっ子を、俺様がふりきれねぇなんて……」
運動能力に自信があるアーノルドは傷ついたようだ。
あんまり深く考えるとノイローゼになるよ。アリサはどんくさいけど、エロがからむとギャグキャラ化して、物理法則をよく無視するから。
壁際に追いつめたアーノルドめがけ、アリサがぴょんぴょんジャンプする。まるでぶらさげた肉に食いつこうとする執拗なクズリだ。つま先立ちと両手を上に伸ばすことで、かろうじて花束を死守し、アーノルドが悲鳴をあげる。
「そ、そんなにほしかったら、自分で摘んでこいよ!! 庭にいくらでも咲いてるぜ」
その言葉に私達は顔を見合わせた。
さっき窓から舞い込んできた薔薇はそこからだったのか。だけど、公爵邸の庭園には冬薔薇は植えていない。
「……きっとロナさんがくれた奇跡よ。レディ・スカーレット、私のかわりに確かめてきて」
お母様が微笑む。
この寝室は表玄関に面している。屋敷の裏にある庭園の様子はここからはわからない。
私も気取ってすっと身を屈めて返礼した。
「……親愛なる公爵夫人。喜んで拝命しますわ。では、早馬にて。……いくよ、ブラッド!!」
私の最速の愛馬は、隣のこの女装メイドなのだ。
以心伝心、私が呼びかけるより早く、ブラッドが私の手を掴んで引きあげた。
「ほい、きた!! まかせな。ひとっとびだぜ」
あれ? だけど、今日はいつもの肩車じゃない。なんでお姫様だっこ?
「……だって、おまえ一応女の子だろ。そりゃ気遣うさ。しっかりつかまってろ」
抱き上げたブラッドに微笑まれ、私はどぎまぎした。
も、もしかして私の女の魅力に、今更ながら気づいちゃった? まあ、私ってばハイドランジアの宝石だし。
「ブ、ブラッド、密着しすぎです。スカーレットさんのエスコートならボクだって……」
セラフィが猛然と抗議する。
「悪いな。これはオレの役割だ」
ブラッドが不敵に笑い返す。
え? え? 私をめぐって恋のさやあて勃発!?
「やめて!! 私のために争わな……いぎゃああっ!?」
一度は言ってみたかったこの台詞。ヒロイン気分にひたっていた私は、足元の床が消えていることに気づいて絶叫した。360度の大パノラマの景色が眼下に広がる。耳元で風がびゅんびゅん唸る。いや、ただの風じゃない。落下音だ。
「……舌噛むなよ。窓からとぶぞ」
告知が遅すぎる!!
もうとっくに飛んでるじゃない!!
ここ三階よ!!
そして、もうすぐ地面!!
このままだと頭から突き刺さる!!
「ありゃ、ちょっと高すぎたな。だいじょうぶ。回転して体勢を立て直すから。目ぇ回すなよ。それっ」
「ほぎゃああああっ!!」
け、景色が、上と下に目まぐるしく入れ替わる!!
地面が背筋が寒くなる勢いで迫ってくる!!
「よっと。余裕余裕。だいぶルート縮められたろ。あとから駆けつけてくる連中がいてもぶっちぎったな。レディがそんな叫んじゃはしたないぜ」
あほがあああっ!!
ルートどころか寿命が縮んだわ!!
命の瀬戸際でレディもへったくれもあるか!!
私は抱きかかえられたまま、ブラッドをぽかぽか殴った。三半規管がぐるぐるされたせいで、まだ景色がまわってるよ。彼奴は猫のようになんなく着地したが、とんでも生物につき合わされた私はたまったものではない。おのれ、この恨みはらさでおくべきか。新生児パンチからパワーアップした幼児パンチのラッシュを喰らうがいい!!
だが、私の憤慨は、厚く雪化粧をした庭園を見た瞬間にふっとんでしまった。
「……驚いた。すごいな、こりゃ」
ブラッドも絶句している。
豪雪もそうだが、その厳寒にも負けず、庭いっぱいを鮮やかな薔薇が彩っていた。
「……冬に咲く薔薇は、ローゼンタール伯爵夫人邸の象徴だったの。彼女の名前の由来よ」
「そうか。コーネリアさんの言った通り、ロナさんが起こした奇跡だな。滑るぞ。気をつけて」
ブラッドがそっと私を地面におろしてくれた。
私は指先で雪をひとすくいした。なかば凍りついて固い。こんな逆境のなか、やわらかな薔薇の花がよくぞ……。
「壮観だな。雪にも負けない薔薇なんて、こんなの初めて見るぜ」
ブラッドは目をきらきらそせて感嘆しきりだが、私はいたたまれなくなり睫毛を伏せた。
「……壮観? 私にはとても悲しい光景に見えるよ……」
これがもし冬薔薇でも、普通は初冬がシーズンだ。こんな厳寒で咲き乱れるなんてありえない。咲いてもその寿命は決して長くあるまい。
命を削るようなロナの生き様を重ねずにはいられなかった。
……ロナはお父様への初恋に殉じた。彼女の目的はお父様と添い遂げることではなかった。それでも彼女は喜んで自らを犠牲にし、お父様を陰から守り続け、その伴侶のお母様のために命をかけ、笑って死んでいった。
そして、私は「108回」で、ローゼンタール伯爵夫人がたどった人生も知っている。お父様の死に耐えきれなかった彼女は壊れてしまい、魔道に堕ちた。憎悪のままに私まで殺そうとした。
恋にとらわれた悲しい女心をひしひしと感じずにはいられなかった。
「恋ってもっと幸せなものじゃないの? 恋をしてこんな悲しいことになるのなら、神様はどうして人に恋することを教えたの? これなら、ずっとひとりきりだったほうが、まだ……。これが恋なら、私、恋なんてしたくない……!!」
なんて不条理なんだろう。
私は切なさで胸がいっぱいになり、気がつくと涙を流していた。
みんながいるところでは決して口にはできなかった。
言えばお父様とお母様はご自分を責めるからだ。
恋したがために、ロナは自らの幸せを放棄した。恋したから人生が狂ってしまった。普通の人にとっては喜びにあふれるはずの恋が、彼女にとっては悲劇の元凶になってしまった。やるせない。どう言えばいいのかわからない。抑えようとしても涙が止まらない。
ブラッドがくしやっと私の髪を軽くかきまわした。
「……すごいな。恋っていうのは。人ひとりの生き方を決めてしまうんだから。好きな人のためには、自分の何もかもが惜しくはない。自分はどうなってもいい。好きな人の幸せだけを願う。それが本当に恋するってことなんだろうな」
私は思わず顔をあげてブラッドを見た。
息をのんだ。
優しさと強さだけでなく、憂いと哀しみを含んだ横顔。
メイド姿の少年の彼が、別人のように大人びて見えた。
「……って母上が言ってたな」
私はずっこけそうになった。
あんた本人の意見じゃないのか。感動しかけて損したよ。
ブラッドはあっけらかんと笑った。
「オレにもまだよくわからないけどさ。母親だって子供のために命を投げ出そうとするだろ。それに似てるんじゃないかな」
その説明は私の胸にすとんと落ちた。
ガルム戦でのお母様とメアリーの後ろ姿は、今も私の脳裏にくっきり焼きついている。ふたりとも私を守ることだけを考え、自分の命なんか顧みなかった。
自己犠牲。いろいろな宗教でもっとも尊いとされる行為。母の愛はその最たるもの……。
「はい、やめやめ」
「ひゃあっ!?」
ブラッドが私の首元に握った雪の塊を押し当て、私は飛びあがった。
「また小難しく考える。スカチビは頭いいうえに優しいからな。でも、恋するってのは頭で考えてのもんじゃない。心で動くもんだろ。だから、こっちも心で感じなきゃ。今冷たくって言葉を失ったスカチビと同じだ。言語化なんて野暮ってもんさ。よく見てみな。誇らしげに咲いてるこの薔薇を。悲しみなんて欠片もない。これがすべての答え……ロナさんの気持ちだ」
ブラッドの言葉は単純明快なだけに力と熱がこもっていた。
「あの人の恋の仕方は、スカチビの親父さんとその家族を守り抜くことだった。あの人が自分の恋を貫いたから、コーネリアさんもスカチビの弟達も救われた。だからさ、もう恋は悲しすぎるなんて嘆くな。女の子が恋なんてしたくないなんて言っちゃいけない。いつもみたく、素敵な恋をするんだってのが口癖の、脳天気なスカチビでいな」
そう言うとブラッドはかがみ、私の涙をぬぐってくれた。
「悪いな。ハンカチ忘れてきて指先でさ」
ブラッドは立ちあがり、私の涙をぬぐった指先をぎゅっと拳の形に握りしめた。
「だけど、オレはハンカチよりこの拳のほうがいい。……いつかスカーレットが誰かに恋をするとき……真祖帝のルビーを持つおまえの恋は、きっと他の女の子よりずっと大変だ。傷つくことだってたくさんあるはずだ。そんなとき、この拳なら、涙を拭ってやるだけじゃなく、おまえを守ってやれるからな」
ブラッドは私に手を差し出した。
太陽が雲間から輝きをのぞかせる。雪景色が陽光をまぶしくきらめかせ、彼の姿をシルエットに変えた。まぶしくて私は目を細めた。白い光と薔薇色の光景のなかでブラッドがほほえむ。影のせいか彼はとても大きく見えた。
「誰かを好きになって、悲しい思いをしたときは思いだせ。オレはいつでもこの手を差しのべる。だから、傷つくことをおそれるな。ひとりぼっちがいいなんて思うな。忘れるな。おまえが誰を好きになっても、どんな恋をしても、オレはずっとおまえの味方だ……ぶふおっ!?」
ブラッドが顔面雪まみれになってのけぞった。
「お返しよ!!」
私が足元の雪をすくい、パイよろしくブラッドめがけ投げつけたのだ。
ありがとう。元気出たよ。お礼を言うのは照れくさいから、いつもあなたとぎやあぎゃあやり合っている普段の私を見せて安心させるね。だから、ひとつだけ約束して。私のために無茶なことをして死んだりしないで。そしたら私、一生あなたを許さない。死ぬまでずっと泣き続けてやるんだから。
「……やったな。お返しのお返しだ」
笑いながらブラッドも私に雪玉を投げ返す。私達は仔犬のようにはしゃぎながら、雪合戦に夢中になった。だけど、大騒ぎのなか私はたしかに聞いたんだ。
「……オレは絶対におまえを泣かせない。だから、いつも笑ってろ」
なんだか懐かしくて胸が苦しい。遠い昔にこの台詞を聞いたような。
「スカーレットさん!! 助太刀します!!」
セラフィが叫んで参戦してきた。
「ありがと!! セラフィ!! でも、ブラッドは手強いよ」
「……わかってます!! 風読み発動……!! ここだ!!」
セラフィの雪玉は大暴投され、ブラッドの頭上の梢に突き刺さった。
「どこ狙ってんだ。セラフィ……ぼふおっ!?」
余裕しゃくしゃくだったブラッドが悲鳴をあげて、頭上からの雪のかたまりにのみこまれる。梢にたまっていた雪が、ひさしが崩れるようにまとめて落ちてきたのだ。セラフィがガッツポーズをとる。
「見たか!! ブラッドが拳なら、ボクは頭脳とこの能力でスカーレットさんを守る!! ひとりだけいい恰好はさせませんよ」
前髪が汗で額にはりつき、エメラルドの瞳が不敵に光る。その口元には笑みが浮かんでいた。
「……一緒に何度も死線をくぐりぬけた仲じゃないですか。ひとりではどうにもならない危機も、ふたりならあっさり乗り越えられる。海の男の常識です。ボクもスカーレットさんのナイト役を自負しています。ブラッドだけに苦労の抜け駆けは許しませんよ」
小さなセラフィがとても眩しく大きく見えた。
「……ああ、よろしく頼むぜ。相棒」
ブラッドもにやりとして、手を差しだした。その手をがっちりとセラフィは握り返した。
「ええ!! 共にスカーレットさんの幸せのために……!!」
私はその光景に見惚れていた。男の子の友情っていいなあ。……ブラッドが雪山のなかから顔と片手だけ出した間抜けな姿なのが玉に瑕だけど。
「おまえら二人だけでずるいぞ!! 俺様もナイト役に参加させろ!!」
アーノルドが感動で絶叫しながら、弾丸のように突っ込んできた。
「ふごおおおっ!?」
親愛のあかしとしてハグするつもりだったのだろうが、こいつは大型犬ほどのパワーがある。それも人懐っこいが自分が仔犬のつもりでいる奴のだ。力加減を知らない。ヤツの進路の途中にいた私も巻き込まれ、セラフィ達と仲良く吹っ飛ばされた。
あんた、ナイト役の意味わかってんの!?
しかも飛ばされた拍子に私はセラフィの腹に膝を入れてしまった。
「ごぶおっ!?」
悲鳴に濁点ばかりつくな。この作品……。ごめんね、セラフィ。私、こんな至近距離で人が白目むくのを見たのはじめてだよ。綺麗なエメラルドの瞳が台無しだ。悪いのは全部アホノルドよ。どうか私を恨まないで……。
私達はアーノルドともつれあい転がって雪まみれになった。植え込みに激突し、小枝をばきばきと砕き、葉をまき散らしてようやく停止する。雪ダルマになるかと思ったよ。
「このアホノルド!! 私達を殺す気!?」
ここには庇護対象のかよわい乙女もいるってのに!!
「……わりぃ!! まあ、その分俺様もスカーレットを守るからよ……!! だ、だから、その殺人ルビーを振りかざすのは勘弁してくれ!! とにかくおまえは安心してすっげえ恋をしなって言いたかったんだ!! 師匠みたいによ!! ……出産、感動したぜ。女の人はすげえな。恋もすげえよ。だってよ、師匠とおまえの父上が恋して、おまえが生まれ、俺達はおまえに出逢えたんだ……!!」
怯えたり感動したり、感情が子供みたいにあけすけすぎて怒る気も失せる。それにアーノルドは時々妙に鋭いことを言って、こちらをどきりとさせる。
お父様とお母様は波乱万丈な恋をした。不幸なことだってたくさんあった。でも、そのおかげで私は今ここにいる。
「……わかった。気持ちはありがたく受け取っておくよ。でも、このウサギのトピアリーの首もいだのアーノルドだって、トムおじいちゃんには言っておくから」
「げっ!?」
お返しに私もアーノルドをどきりとさせてやった。
責任所在は明らかにせねばならない。私の安全を保障するためにも。私達の足元には、今の激突でぽっきり折れた植えこみのウサギの生首が落ちていた。傍若無人なアーノルドだが、園丁のトムお爺さんには頭があがらない。年寄りに弱いタイプなのだ。
「……だいたいあんた、お母様のナイト役をやりたいんじゃなかったの」
私の質問にアーノルドは困り果てた顔をし、少し口ごもった。
「……そのつもりだったんだけどよ。あそこに俺様の入る隙なんかねぇんだ……」
私は即納得した。まあ、あのラブウォーリアーがいるんじゃねえ……。
「まあ、スカーレットったら雪まみれで、そんなにはしゃいで。雪合戦?」
お母様の楽しそうな声が頭上からふってきた。
はじかれたように顔をあげると、お父様にお姫様抱っこされたお母様が、二階の窓からこちらに手を振っていた。私は仰天した。いくら鉄壁の守護神つきそいとはいえ、出産したばかりでムチャがすぎる。
私の表情で察したのだろう。
「嘘みたいに体調がいいのよ。きっとロナさんの起こした奇跡のおかげね。この薔薇も本当に綺麗。ひとりで歩くつもりだったのだけど、ヴェンデルに止められて……」
ほっておくと雪合戦に参加してきそうだ。
お母様の言いわけに、お父様が苦虫を嚙み潰した顔をしていた。
「ロナとみんなで守った君の命だ。もう少しいたわってもいいのではないかな」
いつもと真逆だ。まさかぶっとんだ言動の権化のお父様が常識人枠をやるとは……。
「まさに母は強しだな。〈治外の民〉の女の人でも、出産後一時間くらいは安静にしてるのが常識なんだけどな。さすがコーネリアさんと言っておこうか」
ブラッドは腕組みして感心してるが、その判断基準がすでにおかしいんだってば!! お母様を取り囲んでその〈治外の民〉が歓声をあげてるけど……。あんたら一族の常識は一般社会の非常識なのよ!!
「奥様、おめでとうございます!!」
「今日は使用人一同でお祝いパーティーだ!! 奥様もぜひお顔出しを……」
彼らは一般社会にとけこむ仮の姿として、うちの使用人をよそおっている。
誘うな!! このワイルドアニマルどもめ!! 産褥期をなんだと思ってんの!?
ロナだって、お母様が社交界の華になることは望んでも、野生動物みたいな生命体になることなんて望んでなかったはずよ。ああ、これで家族の常識人は私ひとりになってしまった。私が責任をもって弟達を正しく導かねば……。
「さすがお嬢様……!! 四歳で年上三人のハーレムなんて……。まるで小さな女王さま……。見てください。お坊ちゃまがた、あの頼り甲斐のあるお姉様の勇姿を……」
おくるみに包まれた弟達を抱いて駆けつけてきたメアリーが、もつれあって転倒している私達を見て、窓から顔を出し大興奮している。
その紹介の仕方やめて!!
「新しいお嬢様のコスプレのイメージがむくむく湧いてきます……!!」
メアリーの口元に朝露のように涎が光っていた。したたり落ちるカウントダウンに入っている。恐怖のまなざしで弟達がそれを見上げている。ちらっと私のほうを見たその表情は、こんな家に生まれてきてよかったのかという不安でいっぱいだった。
ご、誤解だよ。私、本当はとってもおしとやかなレディなんだから。
「……う……な、なんで、目の前がまっくらなんだ。ここはいったいどこだ……。このあったかくて柔らかいものは……?」
気絶から覚めたセラフィの声が私のお尻の下でした。私はセラフィを下敷きにしていた。地面に花のように広がった私のスカートで隠れ、今まで見えていなかったのだ。お尻をまさぐられ、私は飛びあがり、反射的に真祖帝のルビーを押し当ててしまった。
「…………ぎゃんっ!?」
セラフィは魚のように二、三度はね、泡を吹いてまた気絶した。魚の断末魔そっくりだ。セラフィは大好きな海に帰ったのだ……。ごめんね。あとでお詫びはします……。ほっぺにキスぐらいで許してくれるかな?
「セラフィィィィィ!?」
倒れ伏した友にアーノルドが絶叫し取りすがる。
「レディというかレディースだな。無茶苦茶やりやがる。スカチビにナイト役なんているのか疑問になってきたな……」
ブラッドが呆れて苦笑し、弟達はドン引きしてこわばった顔で私を見ていた。
わ、私悪くないもん。不可抗力だもん。
いかに自己弁護しようか私が頭を悩ませたとき、赤いフットマン姿と黒白のメイド姿が、大量に公爵邸から庭に飛び出してきた。山深い里で育った〈治外の民〉もこれほどの大雪は珍しいらしい。大興奮で雪合戦に参加してきた。あんたらは雪ではしゃぐ犬か。
「若!! お覚悟!!」
「退路をふさげ!!」
標的はブラッドだ。
「ほいほいっと。しっつこいなあ」
ブラッドの連投に次々に撃墜されるが、仲間の屍をのりこえて迫ってくる。そしてその執念はついに実を結んだ。ブラッドがたまらずジャンプして宙に逃げたとき。
「……成った!! 同時にいくぞ!!」
雪のなかにひそんでいた連中が、雪をはねのけて飛び出してきた。これで包囲は完成した。ブラッドは空中で身動き取れない。そこに逃げ場のない包囲一斉投擲だ。えぐい……。
「あまいぜ!! 血桜胡蝶!!」
追い詰められたブラッドのヤツ、三体分身であっさり雪玉の嵐をかわしやがった。そして流れ弾が弾雨のように私を襲った。かろうじて回避した私だが、転んで全身雪まみれになった。おおーっと歓声をあげて、ブラッドと〈治外の民〉の連中が拍手する。嬉しくない!! そんな賞賛いらないから、速度アップさせようと氷玉をつくるな。被弾したら私の頭がかち割れちゃうでしょ!!
そのときだ。一陣の風が庭園を渡った。
雲が吹き飛び、地上に落ちたその影が拭われる。完全に蒼空が見えた。
日の光が燦然と降りそそぎ、雪まみれの私達は息をのんだ。
まだ蕾だった残りの薔薇がいっせいに咲いていく。まるで花の絨毯だ。魔法を見ているようだった。私達は言葉もなく、その光景に目を奪われた。お互いのびっくりした顔が目に入り、ドタバタ劇も忘れ、みんな知らず知らずのうちに笑顔になった。色とりどりの花の向こうで、ロナの幻が振り返り、両手を筒のように口にあて、がんばれと励ましてくれた気がした。
風に目を細めながら、ブラッドが朗らかに笑う。
「……みんなが笑顔ってのはいいな。ロナさんが恋し、スカーレットの家族を守ったからこそ見れた景色だ。そう思わないか」
そして、手が冷えてるぞ、と言って私の手を握ってあっためてくれた。ちょっと照れ気味なのがかわいい。思いやりが熱とともに伝わってくる。私はうなずいた。
凍りついた大地に、息づく花の香りが舞う。
ブラッドと手を繋いだまま、私はその光景に見とれていた。
冬の薔薇はきっと来年も咲くために実を結ぶだろう。
どんな厳しい寒さも乗りきってくれるに違いない。
めしべが受粉する形でも、それは花の恋だ。
人だってそうだ。嬉しいことや楽しいことばかりじゃないけど、悲しいこと苦しいことだってたくさんあるけど、それでも恋をしていく。過去の人も、そして現在の私達も。そうやって生まれた命や思いが、未来に向かって繋がっていくんだ。
真冬の蒼穹はどこまでも高く、突き抜けるような清らかさで、私達の頭上に無限に広がっていた。
お読みいただきありがとうございました!!
長きにわたりお付き合いいただいた二章が、やっと終幕を迎えました。
なげえええええええええええっ!! 追加!! えええええええええっ!!
名作劇場っぽいラストをめざしたのに、パンダコパンダみたいになりやがった。雪合戦でしめってなんなんでしょう……。もちろんあの名作に比べ、こちらが迷作なのは言うまでもないです……。
とにかくなんとか続けられたのは、ひとえに読者様がたのおかげです。
大スランプにおちいって、断筆しちゃったときもありました。感想の返信が一か月ばっかりかかってるときですね。興味があったら探して……そんなものどなたも興味ないか(笑)
くどくど言いわけするよりは、ひとりでも読者様がいらっしゃる限り、なんとか話を進めていきます。更新遅いですが、そのぶん文字数はプチ増量中です。
猛暑なので、皆様、どうかお気をつけられまして!!
では、またよろしかったら次回もお立ち寄りください!!




