アリサと〝マザー〟。絡み合うウロボロスたちが、私達の未来にもたらすものは。
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【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】1巻が発売中です!! 鳥生ちのり様作画!! KADOKAWAさまのFLОSコミックさま発刊です!! どうぞよろしくお願いします!! ちなみに連載誌は電撃大王さまです。
またコミックウォーカー様やニコニコ静画様で、10月21日より、10話の②を無料公開してます。ピクシブ様やピッコマ様で読める回もあります。もちろん電撃大王さまサイトでも。ありがたや、ありがたや。どうぞ、試し読みのほどを。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。応援よろしくです……!!
原作小説の【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中です!!
……すみません。今回の小説、少し寄り道というか……。
ダークヒロインのアリサちゃん、大暴れ回になります……。
なんとなくアリサの出自がわかると思います……。
そのままでは申し訳ないし、スカーレットが出番なしなので、終わりにおまけのエピソード(?)をつけときます。前回の没展開にした部分です。
こちらのおまけは、期間限定で消去します。置いとくといろいろ誤解を招きそうです……。
蛇足だらけ……。〈すでにおまけは削除しました。御了承ください〉
ハイドランジア一とたたえられる占い師〝マザー〟は、金髪を月光に輝かせ、うきうきと夜の森を歩く。夜行性の獣よりもその足取りに迷いはない。純白の薄衣は無数に突き出た尖った梢を、まるで魔法のようにすり抜けていく。片手で抱き上げたアリサのブルーのドレスさえも掠らせない。とうてい通り抜けられない隙間もあるのに、あまりに不自然すぎた。森が自ら道を開いていくようにさえ見えた。
「ねえ、アリサちゃん、あなた、ローゼンタール伯爵夫人を殺す気でしょう。それにコーネリアさんとお腹の赤ちゃんまでも。そういうの良くないわよ。もっと平和な解決策を……」
〝マザー〟のささやきに、眠っていたアリサがかっと碧眼を見開き、氷の一瞥をくれた。
「……あはあっ、この私を猿芝居につき合わせ、上から目線で説教ですって? どうしてくれようか? 決めたわ。その腹のたつ偽善者面、顔の皮ごと引っぺがしてあげる」
ぶおんっと空気が低く唸り、〝マザー〟の手がはじかれ、抜け出したアリサの身体が宙に舞う。アリサの身体が独楽のように回り出し、ブルーのドレスの裾が流れ、月光の下、蒼い竜巻と化した。
「もう、アリサちゃんったらすぐ怒るんだから。言葉より先に手を出されちゃ、お話だってできやしない。せっかくの久しぶりの再会なのに」
〝マザー〟がため息をつく。
「でも、拳はときに百万の言葉に勝るし、私達にはこういう挨拶がふさわしいかもね」
〝マザー〟はアリサそっくりの笑いを浮かべた。
アリサとの間で轟音が渦巻き、枝や葉は吹き飛ぶことも許されず、不可視の粉砕機に巻き込まれたかのように、ぱんぱんっと音をたて、文字通り粉微塵になった。それを起こしたのはふたりの拳と蹴りだった。触れたものに破壊エネルギーをロスなく叩きこめるから成せる技だ。だが、超常の神業の応酬も、このふたりにとっては小手先調べでしかない。
〝マザー〟はうんうんと満足そうにうなずいた。
ほとんどその場から動かず、アリサの猛攻をさばいていく。
「うふふっ、アリサちゃんたら、その年齢で極まってるわね。得意技の〝天舞〟と、触れたものを歪め破壊する〝狂乱〟をミックスさせるなんて。ふたつの技はともに回転が威力の要。相乗効果で、100点満点中、150点の威力に仕上がっているわ。それに死の予知まで加わるんですもの。アリサちゃんに誰も勝てっこないわ」
そして〝マザー〟はほほえむ。優しい笑顔だが、口元に自信と嘲笑の色がうかぶ。
「でもねえ、予知に関しては、私も自信があるのよ。そして〝天舞〟も〝狂乱〟も、回転が強みにして弱み。だって、回転を止めさえすれば、同時に封じられるもの。これじゃあ、減点70点で80点ってところね。私を相手にするなら、95点以上が合格ラインよ」
お喋りしながら、〝マザー〟はアリサが着地する瞬間に足払いをしかけた。
「うふっ、年長者への礼儀を教えてあげる。ちょっとだけ痛い目みるけど我慢してね」
たいした速さではないのに、大雪崩を思わす尋常ならざる迫力をはらんでいた。だが、足に接触した刹那、アリサの身体はさらに高速旋回をし再び上方にはねあがった。Vの字を描き、〝マザー〟の懐に飛びこむ。〝マザー〟は滑るように後退しつつ感嘆の声をあげた。
「……あら、おどろいた。私の蹴りの威力を、回転に変換して自分に上乗せするなんて。うふふっ、訂正するわ。攻防一体で200点あげちゃう。せいぜいが30点技の〝天舞〟を、よくぞここまで昇華しました」
〝マザー〟は称賛する。
「でも、どうして〝天舞〟に固執するの? 所詮はハニートラップもどきじゃない。不意打ちだから通用する拳だわ。いばら姫……だっけ。くだらないわ。アリサちゃんの才能なら、他にもっといい武術がいくらでもあると思うけど……」
とさらに速さを増したアリサの連撃をしのぎながら、不思議そうに首を傾げた。
〝天舞〟は、いばら姫という刺姫たちの暗殺術だ。色香でターゲットの男を誘惑し、寝室で無防備な相手を殺す。あくまで奇襲技であり、武装した相手にはまったく通用しない。警戒を避ける性質上、素手でおこなう体術だったからなおさらだ。いばら姫は使い捨ての特攻兵器であり、敵地から生還できた者は誰もいない。それゆえに〝天舞〟は歴史から姿を消した。
そんな奇策に近い武術に頼らなくても、アリサならどんな相手も正面から叩き潰せる力量があると〝マザー〟は知っている。だから、アリサが不合理な選択をしているとしか思えない。
アリサは凄絶な笑みで応じた。
「……あはあっ、私の気持ちは、あなたには一生理解できないわ。〝天舞〟は、ただの暗殺術じゃない。短刀をもつことさえ許されず、死地に送りこまれた女達が、それでも生き残るために、必死にあがいた爪痕よ。死してなお、その生きざまは名刀のように美しい。私はそれを愛でるの」
「……あら、爪は敵を切り裂くためのものよ。あとを残すしかできなかった爪などクズ鉄同然よ。それを名刀ですって? うふふっ、わかったわ。人間らしい感傷というやつね? がっかりだわ。アリサちゃん」
かぶせるように言い放つ〝マザー〟は、大トカゲが人の皮をかぶっているような不気味な雰囲気を漂わせ出していた。アリサとのぶつかり合いで、先ほどスカーレット達に見せていた人懐っこい笑顔の仮面がはがれていく。ブラッドが見抜いた本性をあらわにしつつあった。
「せっかくの才能を、そんなくだらないもののためにドブに捨てるなんて。王者の拳には不要なものよ。その甘さ、血反吐と一緒に吐き出しなさい。そのあと頬ずりして慰めてあげるわ。ほら、獣をしつけるには、飴と鞭って言うじゃない? アリサちゃんも私に懐いてくれるかしら」
その言葉にすうっとアリサは目を細めた。
「あはあっ、好きなだけ頬ずりさせてあげるわ。地面にね」
アリサがぐうんっと竜巻のように身をひねった。ぶわっと紅い霧が渦巻くと、アリサの姿が五つに分裂した。
〝マザー〟はため息をついた。
「分身技の〝血桜胡蝶〟ね。でも、五つとも幻影。本物のアリサちゃんは〝幽幻〟で隠れて私の上に跳んだ。そして〝狂乱〟で奇襲するつもりでしょ。あきれた。見え見えよ」
〝マザー〟の言葉通り、明滅して頭上から突然アリサが出現する。
だが、〝マザー〟は避けない。
「……と見せかけて、これも幻影。本物は私の正面。ムダよ」
アリサの攻撃を、〝マザーは軽々とスゥエーバックしてかわしたが、すぐに顔色が変わった。
アリサが嗤う。
回転を加速するためにわざと空振りしたのだ。すべては次の一手を〝マザー〟に阻止されないための布石だった。ハイウエストのドレスの長い腰のリボンが、螺旋を描く。蠅の群れを思わす耳障りな音が空を震わせる。
「〝狂乱〟じゃない!? これは!?」
「教えてあげる。この技の名前は〝鬼哭〟。世界一あきらめの悪い男の拳をとりこんだものよ。神の走狗〝マザー〟。あらがう人間の力を、その身で思い知るがいい」
にこにこしていた〝マザー〟の顔から余裕の笑みが消えた。自然体だったのが腰を落とした構えに変わる。両手を頭上で交差させる。上段十字受けだ。全力でガードしなければならないと瞬時に判断したのだ。こおおっと鋭い息吹が響く。
アリサの小さな掌に凄まじい破壊エネルギーが集束し、〝マザー〟の防御と激突した。極限まで凝集したふたつの力がせめぎ合い、火花を散らす。
「……ぐっ!?」
予想外のアリサのパワーを受け止めきれず、〝マザー〟が片膝を地面につく。
アリサは嘲笑する。
「さっさと本性をあらわしなさいな。〝鬼哭〟はつらぬき、歪め、徹底的に破壊する力。余裕ぶっていると地面にめりこんだ肉塊に成り果てるわよ」
〝マザー〟の髪留めが余波ではじけとび、アリサと同じ金色の髪がぶわっと舞う。黄金の美の饗宴と抱擁が渦巻くなか、〝マザー〟の瞳孔が、龍を思わすように細く鋭くなった。
おおおおっと〝マザー〟が咆哮し、足元一帯の地面が、ずどんっと陥没した。反動が力の螺旋となって駆け登る。大気が共鳴し、電光で蒼く染まり、弔いの鐘の音のように鳴り響く。
「小娘が!! この私を……舐めるなああッ!!」
〝マザー〟は立ち上がる勢いをあわせ、鬼の形相でアリサの攻撃をはねのけた。だが、〝マザー〟も揺らぎ、追撃ができない。相殺だ。
「……これはいにしえの〝震脚鐘〟。あはっ、さすがだわ。初見の〝鬼哭〟を超震動で散らすなんて」
森の梢がごうごうと鳴る。砂煙と土くれが落下するなか、ふわりと着地したアリサの口元が、悪魔のようにつりあがる。
「さすが聖教会があきらめきれず、くだらない聖女復活計画とやらで、その影を追うだけのことはあるわね。〝マザー〟、あなたのことは大嫌いだけど、その神と見まがう強さには正直ときめくわ」
〝マザー〟も呼応するように嗤う。
「うふっ、うふふふっ、長生きはするものね。まさか封印していた技を使わされ、攻撃で膝をつかされるなんて。それもこんな小さなベイビーにね。いつの日ぶりかしら。このときめき。今日ほど女であったことを感謝した日はないわ。長年探し求めた好敵手が、こんな間近にいたなんて。決めた。もう……神の命令なんてどうでもいい。私は私のやりたいようにアリサを潰してあげるわ」
吹っ切れたように朗らかに言うが、血に飢えたおそろしい笑顔をしていた。
「あはあっ、やっと本音が出たわね。それでこそ聖教会が鎖につなげなかった狂える龍よ。見せかけの愛も、くだらない偽善の仮面も、水入らずの関係も必要ない。喰らい合う命のやりとりこそ、私達にふさわしい。今のあなたの話なら、ちょっとは聞いてあげるわ」
「ふふっ、まったくかわいい化物娘だこと。誰に似たのやら……」
痺れている腕を〝マザー〟は嬉しそうにさすった。瞳孔は元に戻ったが、怖い笑顔はそのままだ。
「じゃあついでに腹を割ってお話ししましょうか。アリサちゃんが殺そうとしているローゼンタール伯爵夫人だけどね。少女の頃、ひどい魔女狩りで、家族を破滅させられているの。やった異端審問官は、聖女復活計画……通称ジョン・ドゥ計画の関係者だったから、当時の聖教会の中枢は黙認していたわ。だから……」
〝マザー〟の言葉を中途まで聞いただけで、アリサの眉間が怒気をはらむ。
「……だから、罪滅ぼしのつもりでローゼンタール伯爵夫人の命を助けたいとでも? 出奔したあなたに代わる聖女をつくりだそうとした計画が、伯爵夫人の不幸に関わったから? あはあっ、笑わせないで。そんな人間並みの感情で、あなたが動くものですか。まだ私をたばかる気かしら」
「うふふっ、もちろん女一人なんて、生きようが死のうがどうでもいいわ。だけど、そのジョン・ドゥ計画は、手あたり次第に人体実験を繰り返したの。雑な洗脳技術を使い、有象無象を問わずにね。許せないわよねえ。だって、この私の身代わりをつくる計画よ。最高の実験体と方法にしろと、聖教会に約束させたのに、愚か者どもはそれを破った……。ふふっ、だから、当時の計画関係者は皆殺しにしてあげたの」
物騒な台詞のあと、〝マザー〟は優しい笑みを見せた。
「だから、なんというかな。そう!! これはケジメよ。だから、ついでに、その異端審問官マシュウの魔女狩りの犠牲者さん達を、なるべくフォローしてあげることに決めたの。もっとも、すでにほとんど死んでたけど。でもねえ、ロナちゃん……ローゼンタール伯爵夫人だけは、本人が死んだと見せかけたうえ、身の上を厳重に隠していたから、最近まで気づけなかったのよ。まさかアリサちゃんの抹殺対象になっていようなんて思いもしなかった」
アリサは、得々と語る〝マザー〟に呆れかえった。
慈悲深い言動に思えるが、〝マザー〟の台詞の本質はきわめて利己的だ。
「……つまり、聖教会がつくろうとしたあなたの代役の聖女たちが気に喰わなかった。だから、八つ当たりで計画を叩き潰し、当てつけで被害者を救済してまわった。そういうこと? あいかわらず、ずれてるわね。とても元聖女の言葉とは思えないわ」
アリサに言われ、〝マザー〟は不思議そうに小首を傾げた。
「なにかおかしいかしら。私は『神』には仕えても、聖教会に仕えているわけじゃないもの。そして契約を破ったものに、罰を与えるのは当然でしょ。それに私は対外的には出奔ではなく、殉教者として死んだ扱いにされてるから、何をしても誰にも文句は言われない。救われた人達だってたくさんいる。気に食わない人は、私を殺しにくればいいのよ。これで、みんなしあわせでしょ。なんの問題もないわ」
その「神」の意向なんてどうでもいいと、〝マザー〟は自分で言い放ったばかりだ。さらに自分の古巣を平然と襲撃する神経もおかしい。好き勝手な〝マザー〟にアリサは問うた。
「……魔女狩りの犠牲者は、他にもごまんといるわ。他国では今も増え続けている。それはどうするの」
「うふっ、アリサちゃんたら変な質問するのね。私は私のケジメをつけているだけと言ったでしょ。なぁんで計画と無関係の人達まで面倒みなきゃいけないのかしら」
〝マザー〟は本気で不思議がっていた。
アリサもそれ以上の追求はしなかった。時間の無駄だからだ。〝マザー〟にとっては自分の意向だけがすべてなのだ。愛想のいい聖女面をしても、人の情が欠損している。
ブラッドは無意識のうちに、その肥大したエゴも含めた怪物ぶりを察知した。だから、〝マザー〟に対して普段の彼らしからぬきつい態度を取ったのだった。
「ふん、あなたらしいと言えばあなたらしい。でも、納得はできたわ。悪魔は契約を意外と大切にするというものね。で、私のほうにはどんな取引を持ちかけに来たの?」
「さすがアリサちゃん、話が早いわ。ローゼンタール伯爵夫人、それにヴィルヘルム公爵夫人とお腹の赤ちゃんに手出ししないと誓ってほしいの。引き換えに、私だけが知っている震脚鐘などの、いにしえの禁術を教えてあげるっていうのはどうかしら」
〝マザー〟はにこにことアリサに持ちかけた。
「……くだらない。あなたに師事するなんて死んでも御免だわ。それにコーネリアと赤子の助命は、あなたの言う『神』の命令でしょう。私はあいつが大嫌いなの。第二のフローラになりかねない不安要素を見逃せなんて、ふざけるにもほどがあるわ。この世界は私とスカーレットの決着の場よ。邪魔者はいらないの」
「待って、禁術を教えるのはアリサちゃんにじゃないわ。あなたの対抗勢力になりうる者……たとえば、さっきのブラッドさんとかによ。あの子の才能ならきっと習得できるわ」
その言葉を耳にし、一度は話にならないと背を向けかけたアリサの足が止まった。
手応えありと〝マザー〟がたたみかける。
「どういう理由かまでは知らないけど、アリサちゃんはスカーレットさんをたったひとりのライバルと認め、競い合いたいと願っているんでしょ。でもねえ。いくら真祖帝のルビーの持ち主でも、彼女程度では、アリサちゃん相手役として力不足よ。だから、これは慈悲よ。スカーレットさんの陣営を私が強化してあげる。私も『神』の手前、直接にアリサちゃんとは殺し合いづらいから、ちょうどいいと思うのよ」
〝マザー〟はスカーレットを介した代理戦争をアリサに持ちかけた。
それがアリサの逆鱗に触れた。
「……彼女程度では? 相手役として力不足? よくもスカーレットを……この私の選んだライバルを侮辱してくれたわね……。ちょろちょろ歴史の裏側を走り回る『神』の走狗ふぜいが……」
殺生石のようにアリサの全身から剣呑な気配が立ち昇る。
「……能力でしか人をはかれないあなたに、スカーレットのなにがわかるの? 人を人たらしめるものは、力でも才でもない。その生きざまよ。彼女はどんな星よりも美しい輝きを見せてくれた。だから、私とスカーレットとの戦いには、何者にも口出しさせないわ。『神』だろうとあなただろうとね。おとなしく舞台の袖に引っこんでいるがいい」
アリサの瞳がブルーから真紅に変わる。〝マザー〟は驚かなかった。もとよりアリサの瞳の色は紅く、普段は力を抑制しているため碧眼なのだと知っているからだ。
「星ですって? うふふっ、人間をお星様にたとえるなんてアリサちゃんはロマンチストね。でも、それは贔屓目というもの。人間の生きざまなんて、永遠に近い星の命に比べればゴミ芥よ」
うそぶく〝マザー〟。
アリサはぎゅっと自分の身体を抱きしめた。
「……あはあっ、なんて愚かな元聖女なのかしら。永遠なんか偉くもなんともないわ。限りある命だからこそ、花は美しく咲き誇るの。終わりを知るから、人は他人のために祈れるの。もし人間が不老不死なら、さぞかしクソのような生き物ができあがると思うわ。即、潰してやりたくなるようなね……」
それは〝マザー〟への宣戦布告だった。
アリサが両手をゆっくり広げた。
金髪が九尾のように逆立つ。背中からゆらりと血煙が立ち昇り、巨大で鋭角な両翼となって羽ばたくのを目撃し、〝マザー〟はアルカイックスマイルのまま、大声で笑い出した。笑いを抑えようとしているが、表情筋しか抑えられず、笑い声が低く陰鬱に反響する。
「覚醒状態に〝血の贖い〟を重ね掛けした……!? そんなことが可能なの!? ふふっ、うふふっ」
ロマリア風の薄手の衣装と彫りの深い貌と相まって、まるでガンダーラ仏像の内部で、得体の知れないなにかが吠えているようだ。不気味極まりない。
「うふふっ!! ふふっ!! つっっッ……!! ああ、アリサ、あなたって子はなんておそろしくて美味しそうな……!! 今すぐ抱きしめ、引き裂いて、血と臓物をしゃぶり尽くしてあげたい……!! いえ、駄目よ、駄目。楽しみは後に取っておかなきゃ……。我慢我慢……」
笑いすぎ、引きつけをおこしたあと、〝マザー〟は蛇のような瞳孔になり、舌なめずりした。おのれに鞭うち言い聞かせるように、ばりばりと執拗に頬をかきむしる。そして、十回ほど繰り返したあと落着きを取り戻し、血まみれの美貌で、ふううっと息をつき、聖女のほほえみを見せた。
「……アリサちゃん、聞いて。聖教会のなかには、今の聖女に満足せず、前任の私に執着している連中が少なからずいるの。まあ、あの娘の性能はぎりぎり及第点だから黙認してあげてるけど、本物の予知も使えないし、私より、ぐんとランクが落ちるから当然ね。そんな不満をもつ連中がアリサちゃんの存在を知れば、どう思うかしらね。きっと次代の聖女に祀り上げようとするわよね」
〝マザー〟は熱にうかされたように一気に喋り出した。目が底光りしていた。獲物を狙う目だ。
「もし、私の身になにかあれば、聖教会にアリサちゃんの推薦文が届き、存在を公にする手筈になっているの。血筋は文句なしだし、聖教会にも目利きはいるから、おバカな偽装は見抜かれるわ。そうなれば、スカーレットさんとも一緒にいられないし、自由にも動けなくなる。本物の奇跡を起こせるアリサちゃんを聖教会がほおっておくはずがないわ。……ねえ、いくらあなたが強くても、世界最大の宗教組織の追求をふりきり、今までどおり日常をおくることは不可能よ。人間の個人はお話にならないけれど、組織力はこわいわ。獅子を一撃で倒せる強者も、億の蟻をすべて振り払うことは不可能だもの」
〝マザー〟はアリサの執着するスカーレットを説得の材料に使った。
アリサは鋭い一瞥をくれた。
「……べらべらとよく舌がまわる。だったら、聖教会すべてを地上から消し飛ばしてあげるわ」
「私以上の力を秘めたアリサちゃんならそれも可能でしょうね」
〝マザー〟はあっさり認めた。そして口元をゆがめた。
「でも、何年もかかるわ。わかってるのよ。その素敵な変身だって、今の幼いあなたじゃ、一分も維持できやしない。ありあまる才能に比べ、非力すぎる体力が枷になる。スタミナ不足よ。聖教会がどれだけ広範囲に点在していると思うの。そんなくだらないことに人生を費やす覚悟がアリサちゃんにあるのかしら」
権力者たちをピンポイントで狙うことはできるが、それだけではすまないように、〝マザー〟はアリサの存在を公にするとわざわざ口にしたのだ。どんな強大な猛獣も倒せるライフルも、大地を埋め尽くす小動物の群れを殲滅するには無力だ。
「聖教会をあなぐらにした狡猾な古くちなわが……」
アリサはいまいましげに吐き捨てたが、〝神祖〟状態を解除した。
「でも、そのあなぐらは世界中に張り巡らされている。住むには窮屈だけど、利用するには最適よ。ちょっと聖女らしくするだけで、私のために働いてくれる人間達がいくらでも湧くしねえ。中にはまあ使えるものも混じってる。アリサちゃんは人間の死にざまに美を感じるみたいだけど、私には理解できないわ。だって人間の価値って使えるか使えないかだけでしょう」
〝マザー〟は悪びれず答えた。
「おのれの飢えを満たすことしか興味がない巨竜には、人の真価はわからないわ」
アリサは睨みつけた。
「ええ、わからないわ。だけどアリサちゃんだって、他人の命の価値とやらを認めながら、目的のためにそれを平然と踏み潰せる怪物でしょ。私達は似たもの同士だわ」
それは主義主張の違う魔王ふたりのいがみ合いだった。
同類扱いされ、アリサは嫌な顔をしたが、〝マザー〟の言い分を認めた。
「……そのとおりよ。でもね、ひとつだけ教えておいてあげる。さっきあなたは私が奇跡を起こせると言った。違うわ。もともと力を持っている者がふるうのは奇跡とは言わない。本当の奇跡というのは、人が意志の力で、不可能を可能にすることをいうの。たとえ力が劣ってもね。あのときのスカーレットのように……。まあ、あなたには一生わからないでしょうけど」
アリサの言葉に〝マザー〟は、うんうんと素直に頷くふりをするが、目には侮蔑の光をたたえている。アリサも同じように見返した。この二人は絶対に相容れない。ただ強さ一点を除いては。
アリサは鼻を鳴らして吐き捨てた。
「『神』の命令なんかクソくらえだわ。そんなもので私は動かせない。だけど、人間の生きざまに動かされるのなら悪くはない。だから、もし、今夜のスカーレットたちが、人としての奇跡を……そうね、今のスカーレットの齢と同じ四つだけ、起こせたなら……ローゼンタール伯爵夫人も、コーネリアとおなかの命も、見逃してあげるわ。私からスカーレットへの、数年分の誕生日プレゼントとしてね」
アリサは天を仰ぎ、一、二、三、四と指折り、噛みしめるように呟く。
「……あら、すてきな考えね。それで手を打ちましょう。交渉成立ね」
〝マザー〟は気持ち悪いほどあっさり譲歩した。もとより彼女にとり、コーネリアもローゼンタール伯爵夫人の命も、落としどころさえあれば、どうでもいい程度のものだ。人の情があるふりはするが、そんなものは皆無だ。
はい、握手と差し出された手を、アリサは払いのけた。
「……不愉快よ。人の真似をしているだけのトカゲ人間が」
アリサの侮蔑も〝マザー〟には響かない。
「うふふっ、ずいぶんな言い草ね。でも、アリサちゃんだって普通の人から見たら、ずいぶん異端よ。人の世にあなたの居場所はないわ。……私のために王家も捨てるって言ってくれたアルフレッドだって、私の本性を知っただけで……壊れてしまったもの」
〝マザー〟は感情を交えず、淡々とまるで機械のように追憶を語った。
「だから、アリサちゃんも、私と同じ職場にいらっしゃいな。眼鏡のソロモンさんにしてるみたいに、私とも仲良くしてほしいわ。たまに『神』の命令を聞くだけの楽しい人生をおくれるわよ」
「……楽しい? ふん、死んだ人生の間違いでしょう。それにソロモンと私はお互いを利用しあっているだけ。それでも美学があるぶん、あのマッドサイエンティストはまだマシよ。……あなたの言う『神』とやらには、私も出会ったわ。あれには神性も美学もない。融通の利かない醜いシステムよ。春の息吹も、夏の日差しも、秋の恵みも、冬の峻烈も、あいつには気温と湿度の違いしか感じられない。あんな死灰のような奴に従えば、こちらの心まで摩耗するわ」
アリサは嫌悪をこめて吐き捨て、そして嗤った。
「それに比べ、人があがく姿の美しいこと。みんな驚くほど弱くて、絶え間ない不幸と苦しみの波に翻弄される。人の世界は悲劇と喜劇にあふれているわ。目移りして困るほどにね。……あははっ!! みんな、みんな、かわいそう!!」
狂気の笑い声をたてたあと、アリサはしかし、少しだけ誇らしげな笑みを見せた。
「だけどね、人は弱くても生きていくしかないから、あきらめない。不幸を乗り越え、先に進めるわ。何度敗けても這い上がり、なんとか道を切り開こうとする。自分が出来なければ、次に託してね。その鋼の意志が、ときに奇跡を起こすの。それは強いだけの化石の『神』とその走狗にはないものよ。時代をつくるべきは死んだ神ではなく、生きた人であるべきだわ」
アリサは祈るように両手を胸に押し当てた。
アリサは意図していないが、そうしていると、見る者の心をうつほど可愛らしかった。
「折れ飛びそうなほど小さな牙でいいの。だからこそ、おのれの牙で噛み千切って得た奇跡は、価値がある。見せてちょうだい。スカーレット。人が起こす奇跡を。そして私の心を震わせてみなさい。信じてるわ。あなたは私がたった一人認めた終生のライバルだもの」
「……うふうっ、アリサちゃんは間違ってるわ。弱い者が起こすのは奇跡なんかじゃない。まぐれと言うのよ。力のある者が起こすのが奇跡。……こんなふうに、ね」
〝マザー〟は嘲り笑うと、両手の人差し指をアリサに向けた。
「……うふふふっ、セット完了。もう逃げられない。この一帯の空間は、すでに私の感覚網のなか。たとえるなら足跡ひとつない砂地よ。いくらアリサちゃん本人が〝幽幻〟で跳んでも、完全に気配を消しても、空間の乱れから、居場所はたやすく割り出せるわ。さあ、不可視不可避の数の暴力、受けてみなさい」
音も気配もしなかったが、アリサの目は、〝マザー〟から発射される無数の力の塊を見た。それは先ほどブラッドをすり抜け、背後のコーネリアの額を撃ちぬいた遠当てだった。だが、手加減した一発のみの先ほどと違い、内包した威力が桁違いで、弾幕に隙間がない。しかも亡霊のように木立ちを透過し、アリサを押し包もうと四方八方から迫ってくる。
「ふふっ、これが本家の〝鬼弾〟よ。目標のアリサちゃんの身体に入りこんで、はじめて実体化し、爆発するわ。他の物体は〝幽幻〟で素通りするから、最大威力のまま命中するし、迎撃も不可能。一発でも被弾すると、自動的に他の鬼弾もアリサちゃんに吸い寄せられて誘爆するわ」
それは〝幽幻〟の性質にホーミングの能力を付与した遠距離攻撃だった。
後退するアリサを、最短距離で追いこんでいく。
ビスクドールのように小柄なアリサに過剰すぎる攻撃だ。ティンダロスの猟犬の執拗さを思わせた。
「よく考えたら、アリサちゃんをここで倒して、ローゼンタール伯爵夫人のところに行かせなければ万事解決じゃない。普通の人間ならこの鬼弾一発だけでも即死だけど、どうせアリサちゃんなら全弾くらっても大怪我程度でしょ。着せ替え人形のように可愛がって介護してあげる。スカーレットさんのことばっかり誉めるアリサちゃんが悪いのよ」
絶対絶命の危機だが、アリサは動じずせせら笑った。
「……ふん、またいにしえの禁術? そういうのを馬鹿の一つ覚えと言うのよ。これだけ立て続けに使っておいて、なにが封印していた技だか。頭の中が耄碌したのかしら」
「うふうっ、年を取ると、咄嗟の場合、どうしても身体にしみついた馴染みの技が出ちゃうのよ。それにこれが禁術と知っている人間は、もう私しか生き残ってないわ。だから、使うも使わないも私の心ひとつよ。私に戦場での昂りを思い出させたアリサちゃんが悪いのよ」
〝マザー〟は平然と答えた。
アリサは口を三日月の形に吊り上げた笑いを見せた。
「……ならば、戦場での恐怖も思い出すがいい」
アリサは立ち止まり、すっと自然体を取った。
「本物のいにしえの禁術ってやつを見せてあげるわ」
アリサはすっと片手をあげ、指で天を指した。瞼を閉じる。
音が一瞬、消えた。森のささやきも、風の声さえも。いや、空気の動きさえも。静寂のなか、リインンと澄んだ鈴のような波紋が広がるのを〝マザー〟は感じた。その中心にいるアリサにすべての力が吸収されていく。無数の鬼弾ももはやアリサの敵であることをやめ、アリサの力になろうと喜び勇み、その許に馳せ参じる。
アリサが瞳を開いた。
紅い目ではなくブルーの瞳のままだ。
だが、宇宙の青みを連想させる底知れない色を秘めていた。
〝マザー〟はがたがた震え出した。恐怖ではない。興奮だ。歓喜だ。髪が逆立ち、全身が鳥肌立っていた。ぽかんと開いた口から涎が垂れた。
「……それは、まさか……」
気がついたときには、〝マザー〟の真下にアリサがいた。
〝マザー〟の超知覚能力でも、いつ接近されたかまったくわからなかった。そして、それはその後アリサが口にした技名が本物であることの何よりの証明だった。地面も空気も光も、〝マザー〟にアリサの動きの一切の情報を伝えることを拒否したのだ。今、この場ではアリサが絶対者だった。森羅万象がことわりに背き、アリサに隷属していた。
「あはあっ、そうよ。あなたがその師から唯ひとつ伝授されなかった技……牙なぎよ」
〝マザー〟の腹に手をあて、アリサが嗤う。
言葉と凄まじい衝撃が〝マザー〟を貫いた。〝マザー〟はロケットのように後方に吹っ飛んだ。一拍遅れ、轟音が復活し、あとを追いかけていく。白目をむいた〝マザー〟は痙攣しながら、森の樹々を薙ぎ倒していく。失神していた。ガードも間に合わないまま、鬼弾の威力をすべて自分に返されたのだ。だが、地面に叩きつけられる前に、かっと目を開き、意識を取り戻した。せり出そうとする内臓を口に手を入れて押し戻し、ばんっと木の幹を蹴るとアリサに駆け寄ってくる。ダメージなど微塵も感じられない動きだ。彼女もまた怪物だった。
〝マザー〟はがっとアリサの両肩を摑んだ。敵意がまったくなかったので、アリサも反応が遅れた。しまったという表情で、胃液と涎まみれの〝マザー〟の手を嫌そうに見る。おかまいなしで〝マザー〟はアリサを抱き上げ、息をはずませてその場で小躍りした。
「また牙なぎを見られるなんて!! 夢みたい!! すごいわ!! さすがは私のアリサちゃんよ!! さあ、もう一度見せてちょうだい!! 今すぐ私と戦って!!」
演技ではない。狂った存在だが、〝マザー〟の武術への熱意だけは本物だった。勢いあまって頬ずりからキスに移ろうとするのを、アリサは両腕を突っ張って拒否した。
「……ものごとは等価交換が基本よ。たとえば、禁じられた業には、禁じられた書。聖教会の真実の歴史書の、光蝙蝠族の記述部分を公開してくれたら、もう一度牙なぎを見せてあげてもいいわ」
「真実の歴史書? 光蝙蝠族? ああ、彼らの冤罪を晴らしたいの?」
〝マザー〟はすぐにアリサの言わんとすることを察した。そして、聖教会の秘匿された禁書を閲覧したことがあることを示した。それは〝マザー〟が聖教会のトップ中のトップの一人だったことの証でもあった。
「……いくらアリサちゃんのおねだりでも、ちょっと難しいかな。目を通すのはともかく、公開となると、教主と枢機卿全員の許可がいるもの。あの書は存在が知れるだけでも、各国が顔色変えて奪いに来かねない代物よ。偉そうな自国の歴史が嘘っぱちだとばれると、王家の権威なんて足元から吹っ飛ぶもの。その危険度は真祖帝のルビー以上。全員がまちがいなく首を横に振るわ」
「……あはっ、手はあるわ。聖教会の裏も表も知り尽くしたあなただけにしか出来ない手が」
アリサの言葉に〝マザー〟は眉をしかめた。
「もう一度、私に、占い師〝マザー〟から聖女アンジェラに戻って、聖教会のてっぺんを取れと?」
「太古の昔には、聖女が教主を兼ねたこともあったはずよ。無理なら別にいいわ。牙なぎを二度と見せなければいいだけの話だもの」
〝マザー〟はアリサを地面にそっと降ろし、嘆息した。
「むちゃくちゃ言ってくれるわね。あれはあくまで緊急時の暫定的な数日限定のものだったの。聖教会史上、正式に、実権の教主と象徴の聖女を兼ねた例はないわ」
「あはっ、はじめてなんて光栄じゃない。ありがたく思いなさいな。その程度もできないのなら、あなたにもう一度牙なぎを見る資格はないわ」
「うふふふっ、言ってくれるわね」
堂々と言い放つアリサに、〝マザー〟は目線をあわそうと屈み気味になり、そんな自分に気づき苦笑した。今のは意識した演技ではなく、無意識におこなってしまった。まるで母親のような仕草だと思ったのだ。それはまったく自分には似合わないことであった。
「……そんなに小さいのに、どうしてアリサちゃんは、女王様みたいに偉そうなのかしら。血筋かしら。可愛くないわね。いいわ。条件を飲んであげる。でも、私という存在に、聖教会という無数の手足がつく意味を軽く考えないことね。絶対に王を殺せない、大陸にまたがる王国の誕生よ」
照れ隠しだったが、今のは自分らしい台詞だったと納得させながら、〝マザー〟は血まみれの頬をぬぐった。もう傷一つない肌があらわれる。
「あはっ、私が偉そうなのは、少なくとも王太后様とお父様のほうの血じゃないわ。きっと、もう一つの呪われた血のせいよ。おのれが心惹かれるものを、壊すほどに愛さねば気の済まない……。相手の気持ちなどお構いなしに、その笑顔も涙も人生さえも独占したくなる。そんな狂った血脈だわ」
アリサは〝マザー〟の心のゆらぎにあえて気がつかないふりをして皮肉を言った。
怪物たちに人の気遣いなど似合わないからだ。
そうよ、それが私達という存在よ、と〝マザー〟も共感し、口を開く。
「うふふっ、欲するものは必ず奪う。そんな狂おしい想いが私達を強くするの。真の覇王の血筋というのはそういうものよ。邪魔ものは神だろうと悪魔だろうと打ち倒せばいい。私も、聖教会のすべてを手に入れたら、牙なぎごとアリサちゃんをお迎えに行くわ。楽しみに待っててね……」
「迎え? あははっ、笑わせるわ。私じゃなくてあなたの死のお迎えでしょ。殺せない王ですって? 私があなたを殺してあげるわ。もう一度、牙なぎを見るときが、あなたの寿命が尽きるときよ」
アリサは〝マザー〟の首に回そうと両手を伸ばし、爪先立ちをした。
「うふふふうっ、さすがはマイプリンセス。プロポーズより心ときめく殺し文句だわ」
〝マザー〟も膝を折り、それに応じた。ふたりは抱擁し、仲睦まじい母娘のように互いの頬にキスをした。くすくすと楽しそうに囁き合う。
「……アリサちゃんにご褒美をあげなきゃねえ。こっそり七妖衆の坊や達をひっ摑まえて、一人づつ殺して、あなたに言うことを聞かせようと思っていたけど、やめておいてあげる」
「あはあっ、ありがたくて涙が出そうよ。お礼に、あなたを殺すときは、遺言の時間くらいはプレゼントしてあげるわ」
狂ったふたりの笑い声が暗い森に響く。それは威嚇であり共鳴だった。森と夜が怯える。夜目のきかない鳥たちが恐怖で梢から一斉に飛び立ち、あちこちにぶつかり、悲鳴をあげて墜落する。
それは嗤いながら爪を立てあう二匹の暴竜、いや、互いの尾を吞み合うウロボロスの争いだった。だが、酷似したこの二人にとっては、これこそがふさわしいコミュニュケーションなのかも知れなかった。
そして、アリサは〝マザー〟に悟られないよう、心の底で静かに呟く。
〝……さあ、光蝙蝠族たち、受け取りなさい。見事な戦いを見せてくれたお礼代わりよ。あとはスカーレット次第……。これで怪物ひとりを口説き落とせば、真実の歴史書への扉は開かれるようになった。でも、油断しないことね。説得相手が一人にしぼられたとはいえ、この聖女はどんな悪魔より手強いわ。あなたは聖教会の闇そのものと相対することになる。殺されないように奮闘を期待するわ〟
アリサは、スカーレットと光蝙蝠族のため、通常なら十年かかっても困難であろう聖教会との複雑な交渉を一本化したのだ。だが、危険度は桁違いにはねあがった。〝マザー〟の本性は、アリサに負けず劣らず冷酷だ。一歩間違えればスカーレットは殺される。それが夜明けに通じる道なのか。それともさらなる闇に向かう道なのか。答えはまだ、はるか夜の向こうにあった。
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悪党が月夜に傲慢に吠え、メアリーの悲しい狂気が……!!
までが公開だと思います。たぶん……!! 見切り発車。
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