表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/111

舞踏会の前奏曲。アリサと光蝙蝠族は激突し、そして私は「雷鳴」の夜を思い出すのです

ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!

【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】1巻が発売中です!! 鳥生ちのり様作画!! KADOKAWAさまのFLОSコミックさま発刊です!! どうぞよろしくお願いします!! ちなみに連載誌は電撃大王さまです。

またコミックウォーカー様やニコニコ静画様でも無料公開してますので、どうぞ、試し読みのほどを。無料更新日は、本日9月2日予定です。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。応援よろしくです……!! 

原作小説の【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中です!!

「……あはあっ、あなたたち、もしかして人間の姿を捨て去る気?」


神の瞳の力が、堰を切ったようにあふれだすなか、アリサは光蝙蝠族(ひかりこうもりぞく)を一瞥し、嬉しそうに笑った。先ほどまでアリサの血の霧の拘束をひきちぎろうと、歯噛みして身悶えしていた光蝙蝠族たちの気配が変わったのだ。まずその顔から、すうっと表情が消えた。


〝……我らはスカーレット姫に出会い、怨霊をやめた。だが、姫を守るためなら、喜んで再び修羅の炎となろうぞ。たとえ二度と人の姿に戻れまいとも〟


がくんっと動きを停止する。まるで糸が切れた人形だ。がくがくと震動する。彼らの輪郭がぶれていく。


「その忠義、悪くないわ。ふふっ、血桜毒瘴(ちざくらどくしょう)であやつれなくなった。本領発揮ね。安心したわ。あの程度で終わりでは、最強部族の名が泣くもの」


光蝙蝠族たちが身を折るようにし、次々に火を噴き出す。いや、不気味な炎そのものに変わっていく。それはスカーレットの優しさに触れ、人の心を取り戻す前の、歪んだ怨念の炎の形だった。


さっきまでの彼らは人間らしい姿であろうとしていたから、肉体の記憶が強く出て、アリサの血桜毒瘴にきりきり舞いさせられた。だが、人の身をやめ、恨みの炎に戻った今、技は無効になる。


「おかえり。炎の悪鬼たち」


歓迎するようにアリサが手を伸ばす。その指先が殺気だけで、ばしいっとはじかれた。


好敵手を見つけた喜びをみなぎらせ、魔獣が前に進み出ようとした。アリサはそれをおしとどめた。


「あはあっ、おあずけよ。彼らが戦いたいのは私。横取りはよくな……」


みなまで言わせず、光蝙蝠族たちの殺意はひとつに束ねられ、紅蓮の大瀑布となって、アリサをひといきにのみこんだ。


〝うぬぼれるな!! これは戦いではなく処刑だ!! わかるか!? 踏みにじられた者達の苦しみと悲しみが!! 遺された者達の痛みが!! 平然とスカーレット姫から大切な人達を奪ってきたおまえにはわかるまい!! ならば我らが呪いをもって教えてやろう!!〟


光蝙蝠族部族の部族の子供達は、親達の迎えを最期まで信じながら虐殺された。親達は助けにいけなかった。すでに毒を盛られ騙し討ちにされていたからだ。自分が殺されることよりもつらい悲憤により怨念と化した光蝙蝠族は、子供達の死の苦痛を相手に体験させる呪いを得た。そして真祖帝のルビーにふさわしくないあまたの者達を葬り去ってきた。


〝……地獄を味わえ!!〟


その呪いがアリサを貫いた。


光蝙蝠族たちはアリサに容赦しなかった。常人なら一人分の死の呪いだけでも発狂死する。数人分にも耐えたのはスカーレットだけだ。彼らは、アリサには、子供達全員分をまとめて一気に叩きつけた。血の涙を流してなます切りにされた自分達の無念の死も合わせてだ。


怨みの炎が竜巻と化し、アリサを完全に覆い尽くした。


一歩後ろにさがった魔獣が隻眼を光らせ、興味深そうに戦いを観察している。


〝死ね!! 未来永劫に死に続けろ! その痛みで魂まで砕け散るがいい!!〟


一族を皆殺しにされた光蝙蝠族の恨みはすさまじい。勝負は一瞬でついたはずだった。アリサがいくら強くても、呪いで心が壊れれば廃人になる。


なのにー


「……あはっ、あはははっ、おかしいわ。この程度でこの私に死の痛みを語るですって?」


呪いの炎に包まれながら、アリサは高笑いした。


にゅうっと炎の壁の内側から繊手が突き出る。


「拍子抜けだわ。『真の歴史』の海ツバメの巣の城ではじめて体験したときは、もっと鮮烈に感じたものだけれど。思い出は美しいまま取っておくべきだったわ。興ざめよ。ふふっ、と言ってもあなた達にはなんのことかわからないわよねえ。……無礼者。いつまでこの私にからみついている。とっとと地べたに這え」


信じがたいことに、アリサは光蝙蝠族達の怨みの炎を、直接片手で摑み、地面に叩きつけた。


〝……馬鹿な!?〟


ばりばりとアリサからひきはがされた彼らは驚愕した。


形のない炎を捕えられたのもだが、信じがたい激痛がアリサから逆流してきたのだ。皮肉なことにその痛みが、彼らに人間のときを思い出させた。怨みの炎から再び人の姿になり、呆然として尻もちをついている光蝙蝠族の霊達を、アリサは見下ろした。


「……どう? 他人の死を味わった気分は? ばらばらにならなかったのは、さすが元大怨霊というところかしら。教えてあげる。私という大きな流れに、あなた達という小さな流れで割りこもうとしたから、死が逆流したのよ。私はあなた達よりずっと濃い死を体験しているの。さっき言ったでしょう。私は幾億もの死を喰らってきたって。あれは人間を殺したという意味だけではないのよ」


アリサは、託宣をくだす神おろしの巫女のように、ゆるやかに舞いだした。


「うふふっ、少しだけ種明かしをしてあげる。私はね、世界がループする終末に、世界中の人間の死の痛みを、肩代わりしているの。もちろん気絶することなく、すべて受けきってね。だって残すなんて勿体ないもの。……だけど、ちょっと見られたものではない死にざまよ。私を憎む者達が見ても、喜ぶどころか嘔吐するでしょうね」


アリサの回転がどんどん速くなる。風がアリサのまわりで、びゆうびゅうと鳴り響く。


「あはあっ、だけど「108回」も繰り返すとさすがに死に慣れてしまったわ。だから残念ね。あなた達や子供達の死は、私の心を少しは震わせはするけれど、心を潰すまでには至らない。あなた達では私の舞は止められない」


アリサは一人踊る。


パートナーが現れない孤独な舞台のように。赤い靴の呪いで踊りをやめられない少女のように。


「……ああ、愛しいスカーレット。この世にたったひとつの私の双子星。ひとりぼっちの踊りはつまらないわ。私もそれなりの覚悟で舞台にあがっているのよ。だから、そろそろ貴女も舞台の中央で踊ってみせて。次の舞台が開幕できるように。そうしないと、この劇の幕はいつまでもおろせない」


アリサがぴたりと止まった。


狂気な満ちた表情をしていた。三日月の形のおそろしい笑みだ。


なのに、停止したその踊りはひどく物悲しく見えた。そして美しかった。


光蝙蝠族たちは目がはなせなかった。


悲運の戦士の彼らの心の琴線に訴えかけてくるものがあったからだ。


これはただの舞いではない。アリサの戦いのベースになっている天舞だ。


歴史の闇に葬られた刺姫たち、愛人として敵将と褥を共にし、隙をついて暗殺する女の業である。男たちを油断させるため、刺姫たちは、いっさいの武器を持つことを禁じられていた。そのため、相手を仕留めても生還した者はいなかった。皆、敵陣の真ん中で、なぶり殺しにされた。女という名の悲惨な特攻兵器である。武装した男たちとまともに渡り合える代物ではない。裸の相手を不意打ちするから有効なだけの哀しい技だ。


もはや知る者さえほとんどいない、権力者たちに使い捨てられた彼女たちの錆びはてた武技を、アリサの才能は、皮肉にも無敵の剣としてよみがえらせた。


それはおそろしい意味をもつ。


力押しでも無敵に近いアリサが、弱者が強者に対抗するための技を、もっとも得意としているのだ。

もし獅子が猛毒の牙や爪をもっていたらどうなるだろう。


アリサは、よほどの相手でない限り、この天舞を披露しない。これは彼女なりの光蝙蝠族への敬意のあらわれなのである。


そして、ひとさし舞い終えたアリサは、想い人への気持ちを切々と唄う。それは歪んだ恋の歌だった。


「……スカーレット、貴女(あなた)は立派よ。あれだけ女王としてひどい目にあわされても、民衆という名の愚かな子羊を最後まで見捨てられなかった。あはあっ、親の心、子知らずね。四大国という崖に向かって行進していることに気づかない、足元しか見えない自殺志願者たち。だから、この先は危険だと、貴女が必死にさえぎればさえぎるほど憤慨し、自由と権利と平等を声高に叫んだの。……あははっ!! 笑わせるわ。守られた塀の中で見る夢を、四大国という猛獣の前で、ぼんやり見ているなんて!! どうなるか、子供でもわかりそうなものなのにねえ。衆愚、下劣、ああ、称えるのに言葉が足りないわ。そして彼らは、今回も同じあやまちを繰り返すわよ。そして貴女はきっと見捨てられずに、また苦しむことになるわ。……ふふっ、私にはわかるの」


アリサの瞳が紅く燃える。


「……賢いつもりの馬鹿ほど哀れなものはないわ。『108回』の反乱軍もそう。よりにもよって、この私が『救国の乙女』? 自由の象徴? ……反吐が出るわ。その名を聞いてどうして『彼』が激怒したのか、愚民どもには一生わかるまい」


アリサはせせら嗤った。


「ねえ、お人好しのスカーレット。教えてあげる。愚民を導くのに必要なのは愛の言葉じゃない。恐怖と暴力よ。群れを燃やしてあげれば、彼らもあわてて方向を変えるわ。外敵をでっちあげ、憎しみと恐怖をあおるの。不当な扱いを受けていると思う者達、虐げられたと思っている者達、これほど洗脳しやすいものはないわ。そこに一握りの選民思想と正義の御旗、そして国への愛とやらを振りかければ……あはあっ、不思議ねえ。愚民が勤勉な兵たちに早変わりよ。あとは健気で美しい女王の涙でコントロールすればいい。英雄願望をつついてあげるの。張子の虎だけどそれなりに役には立つわ。もっとも、あなたの父親の(くれない)の公爵にはとても通用しない愚策だけれどね……」


アリサは吟遊詩人のように語る。


それは、自分以外の誰かの犠牲を黙殺できないスカーレットには選べなかった道だ。アリサは命の価値を知りながら、平然とそれができる。自国民の損傷を前提で計略を立てられるのだ。


「あははっ、ねえ、生真面目なスカーレット女王陛下。『真の歴史』の紅の公爵が、貴女の戴冠式を見たら、悲しんだかしら。喜んだかしら。愛を言葉で伝えられなかった不器用な父親。まさかあのはねかえり娘が即位するなんて、思いもしなかったでしょうね。あれほど娘を思う父親はいないのに、どこまでも報われないあわれで高潔な男……。彼との夜の営みは、身を焦がすほど素敵でしょうね」


アリサは嗤う。


彼女は知っている。


なぜ、「108回」のスカーレットの記憶から、父親との思い出だけが抜け落ちているのかを。スカーレットはまだ知らない。娘のしあわせを願い、父の紅の公爵が、どれだけのものを、どれほどの気持ちで対価に差し出したのか。知れば号泣するほど、自分が愛されていたことを。


「でも、私は、スカーレットなら即位できると信じていたわ。だけど、『108回』ではルビーが欠けていたから、ハイドランジア一国の女王で終わってしまった。今度こそ私を満足させてくれるわよねえ。スカーレット……」


光蝙蝠族たちは、身の凍る思いで、アリサを見ていた。


彼らはただ勇猛なだけの部族ではない。現在の誰も見たことがない、国王たちのさらに上に立つ頂点……大陸九か国に君臨した真祖帝に近侍していたのだ。


ルビーの後継者を見極めろと、真祖帝に託された彼らの目は確かだ。理屈ではなく直感で真実を見抜く。アリサの真のおそろしさが、武の強さではないことに気づいた。アリサは……。彼らはふるえだした。これほどの化物から、どうやってスカーレットを守れというのか。


「のぼっておいで。スカーレット。真の高みを知りなさい。一人ぼっちのダンスはもう飽きたわ。貴女が上手に踊れるその日まで、私がリードしてあげる。だけど手加減はしないわ。私は本気で戦えるパートナーがほしいのだもの」


アリサの言葉の端々が、おそろしい答えを裏づけていく。


「……信じられん……そんなことがあるのか……おまえは……!!」


だが、彼らが思いを口にする前に、アリサはぴしゃりと言葉を断ち切った。


「……あはあっ。そうよ。本気の私は真祖帝より強いわ。だから、スカーレット、生きのびたいなら、せいぜい必死にあがきなさいな」


まるで、それ以上の話は無粋と言わんばかりに。


「さあ、久しぶりに、大人の貴女を見せてちょうだい」


押し寄せる白光に、悠然と金髪をなびかせていたアリサは、しかし、不思議そうに小首を傾げた。


「……変ね。ブラッドだけ、思うように変化しないわ。なぜかしら」


かすかに眉をしかめ、かわいらしく思案するさまは、絵画の天使だ。


「ブラッドの気脈のふたが壊れている。……これはアゲロスと同じ生死の狭間……? どうして?」


だが、少し視点を引いてみるだけで地獄絵図だ。


アリサの背後では象ほどもあろうかという魔獣が凶悪に嗤い、足元では光蝙蝠族の霊達が、恐怖に凍りついている。天地は歪んで崩れかけている。アリサの非日常的な美しさは、気持ち悪いほどその中心にぴたりとおさまった。堕天という題名の絵画だ。


そして何事かに気づいたアリサは、腹を抱えて笑い出した。


「あはあっ!! そういうこと!! ああ、おかしい。かわいそうなブラッド!! あなた、世界に呪われたの!! 恨むなら、世界の秩序を壊すような力をふるった「彼」を恨みなさいな。でも、悲しむことはないわ。これであなたも、こちら側の人間よ。歓迎するわ。歯応えのある敵は大好きよ。だけど、もうスカーレットのエスコート役は諦めなさいな。セラフィかアーノルドに譲ることね。手向けとして、今のあなたにふさわしい姿をしつらえてあげる。あわれなブラッドに祝福を……!!」


鬼哭が轟く竜巻となって、天を引き裂いた。

狂気の高笑いが、白に染まった世界に、いつまでも響き渡る。

それは新たな時代を告げるファンファーレか。

それとも世界を弔う鐘の音か。

運命の長いトンネルの果てにまつ分岐点。

それが明らかになるのはまだ先のことになる。


◇◇◇◇◇◇◇


「……むにゃ、むにゃ、スカーレットさまが女なら、けっこんして、子供をつくる。男なら、しぬまで、ふたりっきりでくらす……」


アリサのおそろしい寝言に、私はふるえあがった。


アリサを膝枕から放り出し、馬車の座席から立ち上がってしまった。


あんたは、極端な二択すぎ!! しかも寝言が長すぎるし、そもそも普通、男女が逆でしょ!! あんたは私を孕ます気か!?


「スカーレットさまの、おっぱいがいっぱい……」


私は総毛だった。


まちがいここに極まれり。人を勝手に複乳にしないでほしい。動物のお乳の数は、一度に生む子供の数で決まるという。こいつ、私に六つ子ちゃんでもつくらせる気だろうか。こけの一念、岩をもとおす。思いこみの激しい常識外のあほアリサならやりかねない。結婚は人生の墓場ともいう。なのに、あほアリサとそんなことになったら、墓場どころか、地獄に堕ちるに等しい。。


「だけど、ぜんぶ、ちっぱい……」


オチまでつけやがった……!!


よし、殴ろう。


「やめなさい!! スカーレット!! こんな小さな子相手に!!」


あわてたお母様に羽交い絞めにされなければ、私はのんきにいびきをかいているアリサを、鉄拳制裁していたろう。


放してください!! お母様!!  令嬢の情けでござる!! こいつは成長すると、巨乳の男キラーになるんです!! なのに貧乳を侮辱したのです!! 殿中……いや、馬車の中なれど、せめて一太刀!! 


頭から湯気をたてて憤慨していた私は、


「……アリサちゃんが寝ているうちに、今夜の舞踏会の最後のアドバイスをしてほしいの。お願い。私、どうすればうまくやれるかしら……」


というお母様の頼みで、水を浴びせられたように冷静になった。


お母様は蒼白で、私のドレスの裾をつかむ手は小刻みにふるえていた。気丈だから顔には出さないが、十四年前のいじめのトラウマが押さえつけられていないのだ。


もし、あの舞踏会の夜、砕かれたのがご自身のプライドだけだったら、お母様はとっくに立ち直っていたろう。だが、うち砕かれたのは、お母様が無邪気に人を信じる心だった。


人の怖さを思い知らされ、まともに会話ができなくなった。お父様たちの警告を聞かず、義父母の甘言にのって、赤の貴族達に大切な思い出のドレスを汚されてしまったご自分を責めた。それでも公爵家にふさわしい伴侶といわれる夢をあきらめられず、心の拠り所の弓まで捨てて、貴族社会にとけこもうとして……なのに果たせず……義父母には虐待され……もがき苦しんで……前を向くまで十年の歳月を要した。


私は胸がいっぱいになり、座ったお母様の前に立った。


「お母様、失礼します」


不遜なれどぎゅっと抱きしめた。


たとえ心で思っても言葉の慰めは言うまい。そんなものはお父様がとっくに語り尽くしているからだ。だから、せめて行動で気持ちを伝える。私がどんなにお母様が傷ついたことを悲しく思っているか、理不尽ないじめに憤っているか、この両腕に力とともにこめて。


……ほんとうは、私は十四年前のいじめの首謀者たちに報復をしようとした。


今の私にはそれができる権力がある。


貴族院に手を回し、奴らをメンバーから除名しようとした。「108回」で、私は貴族たちの後ろ暗い部分をおおよそ把握しているのだ。閻魔帳のようにおのおのの罪状が頭の中に入っている。弱みを摑むのは冷酷女王業の基本だった。


格式とプライドが命の赤の貴族にとって、貴族院除名は多大なダメージになる。あんたはこのコミュニティーにふさわしくないと烙印を押されるに等しいからだ。格落ち宣告だ。あの厚顔無恥なバイゴッド祖父母でさえ、落胆し、しょげかえったほど地味に重い刑だ。


貴族社会の笑いものになるし、婚約解消さえありうる。公式行事で名前を呼ばれる順も、だいぶ後ろに下がってしまう。


より上のコミュニティーに参加するため貴族は命をかける。貴族ご自慢の上流階級マナーだって、教養だって、贅を尽くしたもてなしだって、きっちりしたコミュニティーに入れる資格者ですよ、という免状みたいなものなのだ。


……除名処分だけでは甘いと思われるかもしれない。


じつは奴らの罪をもっと掘り下げ、失脚に追いこむことは出来るんだ。


だけど、もし領主が徹底抗戦するかまえなら、巻き添えの犠牲が大きすぎる。お母様をいじめた性格ひんまがった連中が、素直に従うはずがないのだ。


広大な領地と最低でも年収金貨一万枚(日本円換算で七億二千万ほど。スカーレットの公爵家は異様に低収入だった)以上の経済力に守られているのが貴族だ。これは小さな自治独立国に等しい。もし引きこもられ、その巨大な盾と鎧を力づくで壊そうとすると、とんでもないことになる。


かつて戦乱の時代、防壁の中に街はあった。籠城戦は場合によっては何年にもわたったという。自給自足できる相手を倒すのはそれほどに困難だ。


武力で蹂躙など論外だが、経済封鎖その他いろいろ駆使しても、階級ピラミッドの頂点の領主を倒す前に、まず多数の領民が犠牲になる。切り捨ては上からでなく下の段からなのは常識だ。餓死するか難民となってあふれだしかねない。


蝗害騒ぎでただでさえ食糧事情は最悪だ。今の国内の治安はどこもぎりぎりで保たれている。一歩まちがえば、社会不安と混乱の炎は近隣の他の領にまで広まり、治安のバランスが一気に崩壊する。最悪暴動が起きる。ことがターゲットの領主だけではすまなくなるのだ。


私怨を晴らすためやっていいことではない。個人に仕返しをするため、無関係の周囲の人間ごと吹き飛ばすのは、正義をふりかざした虐殺だ。さすがに私もそこまで恥知らずではない。良心が欠片でもあるなら、悪夢にうなされることになる。


それに、そこまで徹底的にやると、王家をはじめとするハイドランジアの貴族全体が、ヴィルヘルム公爵家を敵とみなす。私情の歯止めがきかず、復讐のためなら、国家万民を危険にさらす暴走因子と見なされるからだ。


……〈治外(ちがい)(たみ)〉を擁する私達ヴィルヘルム公爵家には、領主を直接暗殺するという禁じ手もあるにはある。だが、私は彼らの手をなるべく血には染めたくはない。これは「108回」で〈治外の民〉の郷を殲滅してしまった私なりの自己満足の贖罪だ。しあわせに光の当たる世界で暮らしてほしい。それに〈治外の民〉の存在そのものが危険視され、排斥論が起きる可能性もある。だから、〈治外の民〉の力は抑止力としてのみ使わせてもらう。


そもそも領主の首をうかつにふっとばすと、血縁頼りのもっととんでもない馬鹿が、ろくな教育もなしにいきなり後を継ぐ可能性があるのだ。割を食うのが領民なのは言うまでもない。


ちょっと長くなった。


なので、いじめ当事者たちにだけ罰を与えるには、除名処分がベストだ。


お父様も私に賛成した。


というか無理矢理に納得させた。この人、私が非人道的とあきらめた手段より、もっとえげつない報復計画を考えていたよ……。ラブウォーリアーが資金と権力をもつとろくなことにならない。発動前に気づいてよかった。やだなあ、このキチ〇イの血が流れてるなんて。私はこんなにも平和主義者なのに。


うまい具合にそいじめに加担した赤の貴族連中は、今の国王陛下への反勢力だったので、王族と利害も一致した。根回しは万全である。貴族はどこでどうつながっているかわからない。あとで政争が起きたら困るのだ。だが、いざ実行という段で、私達を止めたのは、他ならぬお母様だった。


「ありがとう。ヴェンデル、スカーレット。そこまでしてくれる気持ちは嬉しいわ。でも、これは私が自分自身で乗り越えないといけない問題なの。あなた達に甘えたままでは、引きこもってたときと何も変わらないわ。それでは、私はあなた達の妻や母と名乗る資格を失ってしまう」


……私は感動した。


私もお母様の立場なら、きっと同じことを言う。私達はやっぱり母娘なんだ。たとえ多少マナーが不得意でも、ワルツが苦手でも、笑いものにされようと、本当の貴族の誇りは、お母様の胸に熱く燃えている。ならば、お母様が胸を張ってトラウマを乗り越えられるよう、私は精一杯サポートさせていただきます。


そのときの熱き決意をあらたに、私は車中のお母様を抱きしめ激励した。


「お母様、心配ご無用です。思い出してください。あのスカーレット式特訓フルコースの日々を……その努力は血と肉となり、いえ、剣と盾になり、お母様のなかに息づいています」


私は対舞踏会の特訓をお母様にほどこした。


名づけて、「舞踏会は体力で勝負」だ。


メルヴィルの鬼の弓修行に慣れたお母様には、少々物足りなかったかもしれないが。


私の腕のなかで、お母様がびくりと身をふるわせた。がたがたと震え出す。


わかります。武者震いですね。お母様。成果を試したくてしかたないのですね。


思い出します。


私も「108回」のハイドランジア王位継承者戦で、親善舞踏会という名の戦いにおもむくとき、こうやって身を震わせたものです。


……あのときは男性の王位候補者が多数を占め、体力に劣る女性はライバルとさえ見なされていなかった。だから、私は一晩休むことなく踊り続け、奴らの尊敬を勝ちえたのだ。私は一夜にして、勇躍女性陣のトップにおどり出て、能力至上主義の男性連中からも一目置かれるようになった。ちょっとしたシンデレラストーリーである。


舞踏会といえば、花のようにくるくる回るヴェニーズワルツのイメージが強すぎ、ひたすら優雅なイメージばかりが先行するがとんでもない。あれは踊りの一つでしかない。もっと激しいダンスを次々に華麗にこなさないといけないのだ。


舞踏会は……ひとことで例えるなら、ちょっとしたマラソンだ。しかもいつも笑顔を忘れずにだ。令嬢や貴婦人たちという白鳥は、水面下で必死に水かきしているのである。舞踏室の隣に必ず喫茶室が設けられるのは伊達ではない。水分補給なしでガチで踊ると脱水症状が続出しかねないのだ。


なので普通は適度な休憩をはさむ。ずっと踊り続ける無謀な令嬢はいない。


私はあえてそれをやったのだ。有力な候補者たちを次々に相手にして。


二人四組……カドリールのゆるやかな踊りもあるが、体力の消費がまだ少ないヴェニーズワルツでさえ、初心者では高速回転に耐えられず、まともに立っていられなくなる。ポルカやギャロップは始終跳ね回るし、マズルカは足がつりそうになる。スコティッシュダンスにいたってはずっと爪先立ちでハイジャンプの連続だ。ダンスの最中、ときには蛇行、ときには交差と、ときには輪をつくり、くぐり、回り、目まぐるしく隣や正面の相手は入れ替わり、踊っている本人たちも正しい位置にいるかわからなくなるカオスにおちいる。


私は王位継承者たちの親善舞踏会でそれらをすべて完璧に踊りきった。


しかも継承候補者たち全員と議論を戦わせながらだ。


その親善舞踏会でのダンスはただのダンスではない。ふるい落としのために行われた、「雷鳴」の名を冠する特別製だ。おそろしくテンポが速くなっていく。終盤では跳躍しすぎると着地までのあいだに曲に置いていかれてしまうほどだ。


それをミスすることなく、かつ議論をしかけた相手を論破していくのは、並大抵ではない。暗記した歌を疾走しながら大声で完璧に歌うのに等しい。体力知力そして胆力のすべてが要求される。


才媛と名高い候補者が、自らのあまりにぶざまな結果に、人目もはばからず崩れ落ちて号泣したほどだ。女性陣は私をのぞき、あっという間に全滅した。


男性陣が笑う。


「国王たるもの、病気でも、疲れ果てていても、どんなに多忙でも、冷静に国事の判断かがくだせなければならない。今のハイドランジアは乱世だ。女の細い手足では支えられん。『雷鳴』が女にはこなせないのを見ればよくわかる。スカーレット嬢もすぐに音をあげるさ」


女性候補者たちは屈辱にうちふるえた。


だが、女性の体力のなさを嘲笑った男性陣も、ひとり脱落し、ふたり脱落し、過半数が消えても、なお私が意気揚々と踊るのを見て、蒼ざめてきた。とうとう躍起になって、私に集中砲火で議論をしかけてきた。


「……あら、かよわい女一人を寄ってたかって言葉攻めですか? ダンスのお相手は一人づつしかできないからって、焦りすぎじゃなくって? そんな余裕がない殿方に、国王陛下がつとまるかしら」


私の皮肉に男性陣は顔色を失った。


「……スカーレットさん、がんばって……!! 女の意地を……!! どうか、お願い……!! 私じゃ……届かなかった……!! 悔しい……!! 悔しいよう……!!」


絶対に他人に戦いをまかせない気丈な令嬢が、涙と汗にまみれ、懇願する。彼女が他人を応援するのを見たのははじめてだった。


「魅せますわ。これは……私個人の戦いではありません。私達、女性候補みんなの戦いです」


私の言葉に女性陣が拳をにぎりしめた。


私は殿方たちを次々に論破していった。その度に令嬢達が歓声をあげる。

男性陣のあちこちから漏れる感嘆の声は、やがて万雷の拍手に変わった。


残ったのは私ともう一人だけになった。


最後のダンスのことは忘れられない。


最有力とみなされていたその傲慢な候補者が、恭しく礼をし、私にあらためてダンスを申し込んだ。


「……おまえは俺の女の見方を変えた。女は……すごいな。もし、おまえが女王になったら、俺は一生おまえのために喜んで尽くそう。だから、俺が国王になれたら、ずっと側にいてくれるか?」


こいつ、こんな顔をするんだっていうような、はにかんだ笑顔だった。


うんうん、わかるよ。優秀な人材は手元に置いときたいもんね。

私も同じ気持ちだよ。


私も優雅に礼を返し、その差し出された手を取った。


けっきょく、最後の勝負はドローになったけど、それからそいつとは戦友みたいに意気投合する間柄になった。話してみると面白い奴だとわかった。あほアリサのことを妙に警戒することだけは理解できなかったけど……。舞踏会がとりもったまさかの縁である。


「おまえは切れ者なのに鈍い」とため息をつくのが口癖だった。


失礼な奴だな。いったいどういう意味よ!? そのプレゼント、御機嫌取りのつもり? 安く見られたものね。ありがたくもらっておくけど。


……でも四王子の魔の手からもずいぶんかばってもらったっけ。


「おまえは俺に勝った唯一の女だからな。あんな奴らに蹂躙されると、俺の株が下がるんだよ」


あんたはバトルキャラのツンデレライバルか……。


口は悪かったけど、陰になり日向になりいつも私を助けてくれた。

あいつが不慮の事故で死んだって知らされたときは、不覚にも涙がこぼれた。

あいつのかわりに帰ってきたまっかなドレスを抱きしめ、私は声を殺して泣いた。

私の誕生日にあわせて発送するよう手配していたんだ。


バカね。慣れないキザなことするからこんなことになるのよ……!! 

嘘つき……ずっと私の力になるって約束したくせに。 

いつもみたいに隣で、馬子にも衣装だなって鼻で笑ってみせてよ……。


……ぐすんっ、こ、こほん。


お母様もきっと、あの舞踏会にいどむ私のような気持ちなのですね!!

さすが母娘!! 伝わってます、その気持ち!!


「……いや、スカチビ。違うぞ。たぶんコーネリアさんは、あの特訓の恐怖を思い出してるんだ。オレから見ても、あれは頭がおかしい」


緊急脱出用の天窓をがたんと開け、ブラッドがひょっこり顔をのぞかせた。


失礼千万な!! 人外魔境の〈治外の民〉の代表格のあんただけには言われたくないわ。


だいたい特訓っていっても基本的なものよ。


ダンスは頭でおぼえているだけではダメだ。身体に動きを徹底的におぼえこませてこそ本物だ。だから、何度も何度もお母様に反復練習をしてもらい、精度をみがきあげた。百回に一回のミスで済むように。千回に一回のミスで済むように。さらにその先へ。そこまでやっておけば、頭は踊りに占められないもの。自然に動けるようになれば体力消費も最低限で済む。それにいちいちどう動かすか必死に考えていると、体より先に頭がまいってしまう。


送られてきた曲目プログラムにさすがに「雷鳴」はなかったけど、なにせいじめの首謀者、ローゼンタール伯爵夫人のふところ。なにが起きるか知れたもんじゃない。頭はいつでも全力で動かせるようにしておかないと、トラブルに即座に対応できなくなる。


「……いや、絶対おかしい。おまえ、事前の素振り千回を、稽古にカウントしないタイプだろ。新しいトラウマ刻んじゃってない? やりすぎなとこは親父さんとそっくりだな。やっぱ父娘だよな。」


だから、八頭立てを気軽に手放し運転するなっての!! そして、あの妻ラブな冷酷公爵と私を一緒にするんじゃない!! だいたいお母様のピンチにあの人はなにしてるんだか。セラフィに移動鳩で出張先に連絡とってもらったけど、もうすでに出発したあとだって。野生の勘で舞踏会のことを嗅ぎつけたんだろうけど、こっちと意思疎通できなきゃ、役立たずじゃないの。お母様のナイト役も果たせないんじゃ、ただの危ない武道の達人じゃない。存在価値ゼロよ。くれないの公爵じゃなく、いらない公爵よ。もうあんな紅目魔人はほっておきましょう。


私はお母様の血のほうが濃いの!! 母娘ラブラブよ!! 舞踏会は私とのタッグで乗り切りましょう。ねっ、お母様!!


「……娘がこわい……!!私はきっとミスするわ……。夢の中にもステップが出てきて、私を責めるの……!! ワルツが……ギャロップが……マズルカが……ポルカが……メヌエットが……ガヴォットが……頭でポロネーズの行進曲が止まらない……」


お、お母様!?


「ほらな。あんまり詰め込みすぎるとな、それがこなせるかどうか、かえって不安になるもんさ」


するっと天窓からブラッドが車中に飛び降りてきた。


だから、あんた手放し運転……。


すっとお母様の首筋に手をあて、血流をととのえ、心を落ち着かせる。


私、もしかしてよかれと思いこんで、ここまでお母様を追い詰めてたの?


「……それとスカチビもおちつけ」


動揺して泣きそうになった私の頭をぽんぽんする。


「コーネリアさんは、一生懸命教えてくれたスカチビの期待を裏切りたくないんだよ。母親としてさ。だから、舞踏会の直前で怖くなったんだ。心がくじけたわけじゃない。そうだろ」


お母様が恥ずかしそうに顔をおおって、こくこくと頷く。


私はお母様の両手を取り、おしいただくように必死に訴えた。


「お母様、たとえ失敗されても、私のお母様への評価は変わりません。私にとってお母様は、ずっと世界一のお母様なんです!!」


「だってさ。コーネリアさんとスカチビの母娘の絆は、そんなことじゃ壊れないって、オレでもわかるぜ。だから、コーネリアさんはいつもみたく毅然と前を向いていればいい。あとはスカチビがなんとかするさ。セラフィたちも全力でサポートする。もちろんオレもさ」


いたずらっぽくブラッドはウインクした。


メイド男の娘のくせに、いつもいいところ取っていくんだから。でも、助かったよ。ありがとう。


「……ごめんね、見苦しいところを見せちゃって。私は世界一しあわせな母親ね」


お母様は涙を拭い、笑顔で私を抱きしめた。


「ほら、こんなときは遠慮するもんじゃないぜ。言葉で言い足りなければ、態度で示せってやつさ」


「お母様……!!」


ブラッドにうながされ、私も力いっぱいお母様に抱きつき返した。


さっき激しい戦闘をしたばかりなのに、汗ではなく甘い香りがする。今だけは私の中身が二十八歳だということを忘れよう。だって、私もこんなにお母様が大好きなんだもの。その気持ちは一晩かけても語り尽くせない。


「おい!! なんか外の様子が変だぜ!! どうなってんだ、こりゃあ!?」


いきなり走行中の馬車の扉を開き、アーノルドが転がり込んできて、抱擁していた私達は飛びあがった。


びっくりした!! 


そういえばアーノルドは、相棒の白フクロウに、馬車と並走するように運んでもらってたんだっけ。


「なんかよ!! 前の景色がぐにゃっと歪んで……おわっ!?」


褐色の肌を蒼ざめさせ、金色のまなこをいっぱいに開き喚いたアーノルドが、馬車の急停車で壁に叩きつけられた。私とお母様も座席から投げ出されたが、ブラッドがすばやくキャッチしてくれ、衝突をまぬがれた。


「だいじょうぶか!? スカチビ、コーネリアさん!! わりぃ、アーノルド。間に合わなかった」


すまなさそうに謝る。


さすがのブラッドも、大人のお母様を含む三人同時キャッチは無理だったようだ。手は二本しかないしね。アリサは……。コバンザメみたいに私にしがみついてる……。鼻提灯して呑気に眠ったままなのにだ。こいつも馬車の窓を突き破って外に飛んでけばよかったのに。


まあ、脳筋アーノルドは「108回」でマッツオの鉄拳を顔面にくらっても、「おいおい、マッツオのおっさん。御自慢の鉄球はどうしたよ!?」って片鼻をおさえ、鼻血をぶっと吹き出してリクエストするバトルジャンキーだし、平気だろう。戦士以上の耐久力を持つとんでもアーチャーなのだ。


そして、びたあんっと思いっきり正面から叩きつけられたのに、やっぱりカエルのように元気に跳ね起きた。


「コーネリア師匠!! 御無事ですか!?」


……おい。いたいけな幼女の私は黙殺し、成人女性の心配ですか。


しかし、えらいドスのきいた声だな。あんた、ただでさえ強面なのに、小さいうちからそんな声出してちゃ、みんなびびっちゃうじゃない。少しはイメージってものを考えなさいな。


呆れ果ててアーノルドに冷めた一瞥をくれてやろうとした私は、目が飛び出るほど仰天した。


お母様を気遣い、駆け寄ろうとしていたアーノルドと顔を突き合わせたから……いや、これでは言葉が足りない。だけど、こんな驚き、どう言葉にすればいいんだ。


そこにいたのは、見慣れた褐色肌、金の瞳、ウルフカットのアーノルドだった。ただし……。猛禽類を思わすぎょろりとした視線に、私は喉が張り裂けんばかりの悲鳴をあげた。


「ほぎゃあああああっ!?」


トラウマが、私の記憶をうち破り、噴出した。


「108回」で私を何度も射殺した奴が、成人したアーノルドが、驚きに目を見開いて私を見ていた。いや、奴は私など見ていなかった。


私の隣でお母様が小さく呻いて身じろぎした。「……んっ」というえらく可憐な声だった。


「おぎゃああああっ!?」


私は再度驚きの叫びをあげた。

マンネリ化しないように、少し叫び声をあげるのが精一杯だった。


「……あの……あなた達はどなたですか……?」


おずおずと不安そうに問いかけるお母様は、とても若く見えた。そう十代後半くらいに……。


少女特有の人生に戸惑ったような表情、そして身につけているのは、今日の舞踏会のために用意したドレスではなかった。目のさめるような緑色で、もっとすっきりした装飾の……これは、お母様に見せてもらったことがある、お父様とファーストキスをしたときの思い出のドレス!? 本物は十四年前のいじめの夜に失われ、私の見たのはそのレプリカだが、見まがうはずがない。


なにがどうなってんの!?

アーノルドが大きくなって、お母様が若返って!!


私はそのときになって、胸の真祖帝のルビーの瞳がかっと見開かれているのに気がついた。白い光が形を変えながら迸り、馬車の車内を染めあげていく。


「……スカチビ……その姿は……」


私を小脇に抱えるようにしたブラッドが驚愕の声を漏らす。


そして顔をあげた私は、唇が触れ合わんばかりの近くでブラッドと見つめ合うことになり、驚きのあまり息をのんだ。だって、そこには……!?


「……コーネリア師匠っっっ!! かわいすぎる!! 惚れた!! 結婚してくれっ!!」


おおいっ、アホノルド!! なにさらっと既婚者に求婚してんの!?

あんた、うちの家庭をむちゃくちゃにする気!?

ああっ、もうっ!! アーノルドのせいで、私とブラッドのことに触れる時間がなくなっちゃったじゃない!! しょうがない!! 以下、次回!!



読了ありがとうございます!!

コミカライズご担当の鳥生様は、術後経過を見ながらの連載になります。なので、ちょつぴり減ページかもしれません。バーナードがしれっとスカパパとスカママの悲劇の思い出のシーンに乱入しているところまで、今回の無料更新でいくかな?

鳥生様のツイッターにぜひ励ましや応援を!! https://twitter.com/12_tori

では、よろしかったら、また是非にお立ち寄りください!!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アリサが好きすぎます!いや、憎くて仕方がありませんし、やめて!これ以上スカちゃんたちに苦難を与えないで!!愛を!育ませて!!と思うのですが、アリサがどこまで行ってもスカーレットを愛している…
[良い点] クルクルと回ったりきらびやかなイメージしかない舞踏会ですが、実際には1曲踊りきるのに相当の体力がないと踊りきれないと聞いた事がありました。本当なら汗だくになるほど激しいものらしいですね。コ…
[気になる点] あれ、スカーレットって絶世の美女なんですよね?あの美丈夫パパ上と、森の美しい精霊のようなママ上の能力も外見も超いいとこ取りですからね。絶対そうだと思ってはいますけど。あれママ上たちの悪…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ