明らかになっていくアリサの目的、そして、真祖帝のルビーの秘密。久しぶりなんだから、私、もっと出番がほしいのです
ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!
【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】1巻が発売中です!! 鳥生ちのり様作画!! KADOKAWAさまのFLОSコミックさま発刊です!! どうぞよろしくお願いします!! ちなみに連載誌は電撃大王さまです。
またコミックウォーカー様やニコニコ静画様でも無料公開してますので、どうぞ、試し読みのほどを。無料更新日は、本日8月19日予定です。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。応援よろしくです……!!
原作小説の【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中です!!
みなさん、こんばんは。
私、この物語の主人公、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードと申します。
なんだか意外な人物に、半年ぐらいヒロインの座を奪われていた気がする……。
ま、いいか。
気を取り直して自己紹介です!!
私、才色兼備の公爵令嬢、四歳のお年頃。ただ今お母様の御供で、宿敵ローゼンタール伯爵夫人の舞踏会に向かうところ。八頭立ての馬車は、華麗に夜を走るのです。近況報告、以上!!
七妖衆? 森の民ヴィスクムの霊にブルーダイヤ?
いいの、いいの。せっかく異世界恋愛ものっぽくはじまったんだから。悪魔は呼ばれるとやってくるって言うじゃない。迂闊なこと口にすると、またバトルタグが嬉しそうに飛んでくるよ。触らぬ神に祟りなし。
「……スカーレットさまあ、アリサ、おめめの中にゴミが入ったみたい。お願い。みてえ」
だから、私、こんな仔猫っぽく目をこすって、あざとい上目遣いをする金髪幼女なんか知らない!! アリサなんて、魔犬から助けてない!! 女王だった私の最大の死因、「救国の乙女」が、隣に座ってるなんてありえない!!
断固、私の脳内への認識を拒絶する!!
「……ううっ、いたいよぉ。それなのに、スカーレット様がむしするよぉ……」
私が知らんぷりをして五秒後に、アリサのやつ、ぽろぽろ泣きだしやがった……!!
ちょっぴり胸が痛む。いくら「108回」で私を散々ひどい目にあわせたとはいえ、今のアリサに罪はない。とはいえ、スーパートラブルメーカーのこいつに懐かれでもしたら、私の人生、めちゃくちゃになるのがわかりきっている。
「わ、私でよければ見てあげましょうか」
見かねてお母様が身を乗り出す。
いや、それどころかなんかそわそわしてる。
しまった!! 忘れてた!! 新生児のときしか私を抱っこできなかったお母様は、母性本能が常にくすぶっているのだ!! (だって、私、中身は二十八歳よ!? 這い這いしかできないなら、ともかくさ。歩けるようになった今は、さすがに抱っこは恥ずかしい!!)
「……アリサのこと、だっこ、してくれる?」
それなのに、アリサのやつ、涙をぬぐって、えへっと笑いながら、両手を伸ばして、お母様に余計なおねだりしやがった……!! 私にできないことを平然とやってのけるッ!! しかも背伸びして爪先立ちだよ。バランスとりづらい揺れる馬車の床なのに。あんた、ほんとうはとんでもない運動神経の持ち主なのに、どんくさいふりしてるんじゃ……?
あざといアリサの言動に、幼児をかまってあげたい病が発動しているお母様は、ひとたまりもなかった。くすぶっていた母性本能が大爆発した。はうっと胸をおさえて呻いた後、「おいで!!」と笑顔でアリサを抱きしめようとする。
アリサめ、よくも私のお母様を……!! 私だって恥ずかしいってだけで、別にお母様に甘えたくないわけじゃないんだからね!!
私は、「108回」で、アリサが天性の男たらしだったことを思いだした。アリサは、相手の男が好む態度や言葉を、無意識に先読みしていた。それに気づいたとき、私は戦慄した。私が経験と知識で苦労して行うものを、アリサは野生の勘ひとつでたやすくやってのけるのだ。
ただ、アリサは知性が足りなすぎ、貴族の男性のまともな会話にはついていけず、相手にされないというオチがついたのだが。
神は、アリサに、美貌も魅了も神がかったダンスの才能も、惜しみなく与えた。ただ知性だけは与え忘れたもうた。いくら他のステータスがすごくても、幼児なみのお花畑なおつむが足をひっぱり、すべてを台無しにする残念美少女。それがアリサだった。
だが、今のアリサは頭だけでなく年齢も幼女だ。
お花畑頭も、逆にかわいさという武器になる。
……あほアリサなんかに、大切なお母様を篭絡されてはたまったもんじゃない。
「……はいはい、目の中のゴミね。見てあげるから、アリサこっちにおいで」
「やったあ!!」
私がしょうがなく手招きすると、アリサはロケットみたいに、びひゅんっと私の隣に戻って来た。
あんた、今、さらっと残像出さなかった?
抱きしめようとした腕が空をきったお母様は、未練たらしくこちらを見ているけど、ダメですよ!! アリサのやつは、最高級のビスクドールみたいな外見ですが、成長すると、衆目の集まるところで、私のおっぱいの形状を自慢げに語りだす最低のゲスドールになるんです!! 抱擁なんかしたら、清らかなお母様が穢されます!!
……しっかし、アリサのやつ、ほんと顔立ちだけは整ってるな。
私は長い睫毛に縁どられたアリサの碧眼をのぞきこみながら、ため息をついた。
蠱惑美とでもいうべきか。ただ可愛いだけでなく、じっと瞳を見ていると頭がくらくらしてくるのだ。一緒にどこまでも堕ちていきたくなる危険な衝動に駆られる。
……恥ずかしい話だが、「108回」では、アリサと道ならぬ関係に陥りかけたことも何度かあった。べつに私に百合的な嗜好があったわけじゃない。アリサのせいで、やたらそっち関係の奇妙なトラブルに巻き込まれただけだ。
媚薬を使う暗殺教団とか、色欲亢進の香を焚く邪教徒とか、恋人の姫を求めてさまよう女騎士の怨霊の恋情うずまく古城とか……。それも全部、アリサと二人きりのシチュエーションでばっかりでだ。こいつ、わざとじゃなかろうか……。
とにかく、こいつは四六時中、勝手に私につきまとい、私への愛を公言してはばからなかった。男性との交遊関係は広大無辺なのに、女性のほうは私ひとすじだった。なぜ男女を逆にしなかった……。
常に私の周囲を徘徊するアリサのおかげで、「108回」の私はろくに女友達がつくれなかった。アリサはとことん同性に嫌われるタイプなうえに、私に近づく貴婦人や令嬢を身分問わず威嚇してまわったからだ。
だから、アリサとはやっぱり距離が必要だ。
やり直した今度の人生では、私はくそいそがしい女王業を放棄し、燃えるような恋に身をやつしたいという野望を抱いているが、友人同士で恋バナなんかにも華も咲かせてみたい。前みたいにアリサとずるずるべったりだと、その計画が根底から……。
どんっと馬車が下から突き上げられた。
道の段差を車輪が通過したのだ。大きな樹の根がせりだしていたのだろう。最高級の板バネを車体の前後にかましているとはいえ、でこぼこな森の道だと、衝撃は完全には吸収しきれない。
「……きゃあっ!?」
悲鳴とともにアリサが私にしがみついた。
至近距離だった私達の顔がぶつかりあう。
あれ? 痛くない?
かわりに柔らかい感触が唇に……。
く、くすぐったい?
唇をわって、ぺろっとなにかが私の舌先を舐めて……。
「……アリサあっ!! あんた、私にキスしたでしょ!!」
私は金切り声をあげた。
しかもディープなやつ、かましやがった!!
「……アリサのはじめて、スカーレットさまに、あげちゃった……」
アリサのやつ、悪びれもせず、頬をあからめ、両手で唇をおさえ、しあわせそうに呟いてるし!!
「お、お母様、ご覧になったでしょう!? これがアリサの本性ですよ!! 私の大切なファーストキッスが、こんな奴に奪われるとは……!! 断じて許し難し」
次は誓いのキスの練習を、と迫るアリサを必死に押しとどめながら、私はお母様に訴えた。
「……スカーレットさまぁ、せきにん、とってえ。アリサといつ結婚する?」
「なにバカ言ってんの!! 私達、まだ子供でしょうが!!」
「じゃあ、アリサ、すぐに大人になるぅ!! それともスカーレットさまが大人になる? アリサしってるよ。だいすきな大人同士は、だきあって、ちゅっちゅっするんだ。アリサといっしょに大人になろ」
「大人になるって、そういうことじゃない!! 山あり谷ありの人生をのりこえて、人は子供から大人に成長するの!!」
「大人になっても、スカーレットさまに山はなさそうだねえ」
し、失礼な!! 全世界の貧乳乙女に謝りなさい!! ああっ、お母様が流れ弾でへこんでる!!
「よし!! 谷があるか、スカーレットさまのからだを探検だ」
「なんなの、この色ボケ幼女は!? 離れなさいったら……!! み、耳をふーふーするなあっ!!」
なに、このプレッシャー!? 私、おされてる!? アリサのやつ、力やたらに強いんだけど……!!
「どうくつ発見!!」
ひいっ!! アリサが私の耳を舐め回しだした!! お母様、落ち込んでないで、ヘルプ!! このあほ娘を射貫いてください!!
だが、立ち直ったお母様は苦笑してとりあわなかった。
「……まあ、楽しそうにじゃれあって。今のキスは事故でしょう。ノーカウントです。あなたの純潔は守られたままですよ。それに女の子同士だし……んんんっ」
私が女であるとうっかり口にしそうになり、あわててごまかし、
「そ、それに以前おぼれたとき、あなた、セラフィさんに人口呼吸で助けてもらったけど、救命措置はキスではないって、セラフィさんも言ってたでしょ。今のも同じことです。本当のファーストキスというのは、愛し合う恋人同士が手をとりあって、見つめあって、それから互いの顔が自然と近づいて……ヴェンデルが優しく私にほほえんで……。思い出すわ。あの木漏れ日の下……」
あの、お母様、途中からフォローではなく、ご自身ののろけ話になってます。
お父様と同じだ。ラブ仲すぎる二人は、愛のメモリーを語りだすと止まらなくなる。……で、そのまま雰囲気が盛り上がり、昼間なのに二人で寝室に姿を消すのです……。あまりに頻繁なので、うちにはお二人のベッドメイキング専門職のメイドがいるくらいだ。
「……あ痛っ!?」
私達の馬車のすぐあとを馬に乗って追従しているセラフィの悲鳴がなければ、お母様のときめきメモリアル語りはいつまでも続いただろう。
「どうしたよ!? セラフィ!?」
「いや、なんか突然、枝が落ちてきて、ボクの口にぶつかった……」
「どれどれ……見せてみ。ん、だいじょうぶ。心配ないよ。赤くなってるだけだ。でも、危なかったな。タイミングちょっとずれてたら、前歯何本かとんでたぞ」
こ、こわっ……!! 無事でよかったよ、セラフィ。……んんっ!? アーノルドとセラフィはともかく、なんで御者役のブラッドまで会話に参加してるの!?
「じゃあ、オレ、御者台に戻るから」
ブラッド、あんたねえ!! 八頭立ての馬車を手放し運転してたの!?
私は心底あきれはてため息をついた。
しかたない。アリサの件は、野良猫に口を舐められたとでも思って忘れよう……。
アリサのやつ、キスをして満足したのか、腹がくちくなった猫みたいに、すぐにすーすーと寝息をたてはじめた。ちゃっかり私の膝を枕にして、横になってだ。ほっぺを突いても起きやしない。なんてずーずーしい。舞踏会の件が一段落したら、とっととこいつをフォンティーヌ子爵家に送り届け、金輪際関わらんようにしよう。
……しかし、愚かにも私は忘れていたのだ。
猫は気まぐれだが、一度気にいった場所には、とことん執着し、追い払っても、しつこく戻ってくるものだということを……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
……ここは現実世界ではない。
かつて魔犬ガルムとの決戦の際、スカーレットが招かれた精神世界だ。
あのとき、スカーレットは試練を受け、光蝙蝠族の霊達に、ルビーの所有者にふさわしいと認められた。そして、今……。
「……あはあっ、はじめまして……と言うべきかしら。光蝙蝠族のみなさん。……あら?」
そこに突然、成人した姿で降臨したアリサは、自分の置かれた状況に、小首をかしげた。豪奢な金髪を揺らして、にんまりと笑う。光蝙蝠族の霊達が、アリサを包囲し、その白い喉元に無数の武器を、ぎらりと突きつけていた。
「……もしかして、この私にも試練を課す気かしら? 私はルビーの所有なんかに興味はないわ。ふふっ、さっき閉じ込めてあげてから、ずっと私を待ち伏せしていたのね。素敵よ。牙を突き立てる機を常にうかがう。それでこそ大陸最強をうたわれた部族だわ」
族長の霊は斧をふりあげた。
「……貴様がルビーの所有者になるなど、笑えん冗談だ。生身の人間は普通ここには来れん。だが、貴様ほどの化物なら、きっと来ると思っていた……。この世界で、心を殺せば、現世の肉体もつられて死ぬ。この好機は逃さん。スカーレット姫のため、ここで死ね!!」
斧がアリサのうなじめがけて振りおろされる。
光蝙蝠族の全員の得物がそれにならい、アリサを八つ裂きにすべく唸る。
「あはあっ、問答無用ね。野蛮だこと。私がどうやってここに訪れたと思っているの? 〝幽幻〟を極めれば、物質もその先もすり抜けることができるの。ほら、こういうふうにね」
アリサはこともなげに言い放った。
光蝙蝠族の霊達は息をのんだ。すべての武器がアリサの身体をすり抜けたのだ。
アリサが嗤う。
「あはははっ!! あははははっ!!」
ひとしきり笑った後、まとう気配が凄愴なものに変わった。
「……心を殺すだと? この私のか。笑わせるな。私が今まで幾億の死を喰らってきたと思っている」
威圧が嵐になって渦巻き、荒れ狂う。
「死は私にとっては日常よ。脅し文句になると思っているなら、お笑い草だわ」
身の毛がよだつ音が、群れる羽虫のように、アリサのまわりを旋回する。触れるものすべてを歪め、破壊する技、鬼哭だ。一瞬で光蝙蝠族全員の武器が、宙高くはじきとばされ、空中で歪曲し、へし折れていく。
木の葉のようにふきとばされた光蝙蝠族達は、アリサのとてつもない強さにあらためて戦慄した。
「あははっ、あはははっ!! 魂だけのこの世界なら、幼児のぜい弱な肉体の束縛を受けないのね。とっても爽快な気分だわ。……ふふっ、全力で羽ばたくのは久しぶりよ」
哄笑するアリサの碧眼が真紅に燃え上がり、長大な血の翼が、不吉なかぎ爪のように背ではばたく。アリサの最強形態である「神祖」状態だ。アリサは昂る心をおさえるように、両腕で自分を抱きしめた。
「さあ、踊りましょう。殺し合いのダンスを。おいで、悪鬼とよばれた伝説の部族たち。おまえ達の魂はすり潰したとき、どんな色ではじけるのかしら。あははっ、ぞくぞくするわ」
「……なんという……!! 怪物め……!!」
だが、驚きからすぐに立ち直った光蝙蝠族の族長は、怯まない。
敢然とアリサに立ち向かおうとした。
「たとえかなわぬとて退かん。スカーレット姫は、我らを憎悪と悲しみの呪いから救ってくれた。息子のティオの恩人だ。我らの血をひくあの姫は希望なのだ!! たとえ、貴様が、神のごとき力の持ち主だろうと、必ず一矢報いてみせる……!!」
族長の覚悟に全員が同意の雄叫びをあげ、武器をかまえ臨戦態勢に入る。
「そうだ!! 我ら一度死した身、今更なにを恐れよう!!」
「魂の死とて恐れはせんぞ!! 今度こそ我らは守るために……!!」
「なす術もなく家族を失った無念……あの痛みに比べれば、どんな化物とて……!!」
猛る彼らに、アリサは機嫌よくころころ笑った。
「……あははっ、身の程を知りなさいな。でも、私の本性を見て、心が折れなかったことは評価してあげる。安心なさい。今夜は戦うのはやめておいてあげる。かわりにお話しましょう」
その言葉を裏づけるように、アリサはあっさり〝神祖〟形態と〝鬼哭〟を解除した。
「……貴様と話すことなどない!! スカーレット姫に地獄を味あわせた黒幕がぬけぬけと……!! ループで貴様がしでかした裏切り、スカーレット姫の記憶から読み取ったぞ……!! 親友のふりをしながら、よくも……!! 姫がどれだけ悲しみ苦しんだかわかっているのか……!!」
光蝙蝠族の霊達の殺意が、炎となってアリサに叩きつけられる。
アリサは笑い声をたてた。いにしえの戦士が、ループという表現をしたのが面白かったからだ。常人なら発狂死する光蝙蝠族の殺意もどこ吹く風だ。
「……たしかに私はスカーレットをひどい目にあわせたわ。だけど、私はあの娘を唯一のライバルと認めているの。誰よりもスカーレットの成長を待ち望んでいるわ」
「なんだと……」
アリサの意図がのみこめず、光蝙蝠族は戸惑った。
アリサはかまわず唐突に切り出した。
「……あなた達、スカーレットを守るために、真祖帝のルビーの真の力を封じているわね? あはあっ、真祖帝の二の舞を踏ませたくないのかしら。ずいぶん酷い死に方だったものね」
アリサの言葉で、光蝙蝠族に衝撃が走りぬけた。
「……どうして、それを……!? それは、我らの部族だけの秘密のはず……」
「あはあっ、図星ね。安心なさい。秘密が漏れたわけではないわ。私は、『真の歴史』のスカーレットが、私を倒すために、ルビーの禁忌の力を解放したのを見たの。その結末もね……。あははっ!! ほんとうに……バカな子だわ」
アリサの表情は、風でまとわりつく金髪に隠れ、はっきりとは見えなかった。口端は残酷な三日月の形に吊り上がっていたため、愚弄するセリフにしか思えなかった。だから、わずかに言葉に含まれる哀切な響きに誰も気づかなかった。
「代償とひきかえのルビーの呪われた奇跡。とんだ諸刃の剣ね。どうりで真祖帝が若くして亡くなるわけだわ。そして短期間での大陸統一も納得がいく」
光蝙蝠族達は、「真の歴史」を知らない。アリサの言葉のすべての意味はわからない。だが、顔色を変え、食ってかかるには十分だった。
「……貴様……!! まさか、スカーレット姫に、あの呪われた力を解放させる気か……!! 自分にふさわしい敵にしたてあげるために……!! 断じてさせん!! 真祖帝さまの生まれ変わりのあの姫にだけは……!!」
「ふふっ、たいそうな思い入れだこと。けれど、スカーレットは底抜けのお人好しなのよ。いつかはルビーのあの力を解放するわ。私がなにもしなくてもね、今度の人生、あの子には守りたいものが多すぎるもの。きっとこれからも増え続ける。それでは困るのよ」
アリサはがりっと親指の爪を噛んだ。幼児じみた行動だが、蒼い炎の色の瞳のせいか、虎が檻を齧っている印象だ。無数の蛇が乗りうつったかのように、アリサの金髪がぶわっと逆巻く。
「……スカーレットの魂は、ルビーとともに一度壊れ、まだ治りきっていないわ。『真の歴史』の記憶が欠けているのはそのせいよ。本人はつらすぎる記憶だったから封印したと思いこんでいるけれど……。私は、完全にすべてを思い出したスカーレットと決着をつけたいの。けれど、呪われた奇跡は二度と起こさせない。邪魔な手出しをするものは、神だろうと世界だろうと許さないわ……!! あははっ!! そうよ。そしてあの炎の中で、私達は、二人きりの踊りの続きをするの。……あははっ!! あははははっ!!」
光蝙蝠族達には意味不明なことを呟き、狂ったようにアリサが高笑いする。両手を天に伸ばし、くるくると踊りだす。精神世界の空が裂け、大地が鳴動する。それは死の女神の舞踏そのものだった。すさまじいアリサの精神力が周囲に影響を及ぼしたのだ。
「……貴様……!! まさか神の目のルビーを破壊する気か……!!」
暴風に飛ばされまいと地面にしがみつきながら、光蝙蝠族の族長がうめく。
「……まさか。スカーレットには、このルビーとともに急いで強くなってもらわなきゃ。そうでないと、私には届かない。あの子が二十八歳を迎えるまでしか時間はないの」
嵐はぴたりとやみ、アリサが族長をぎょろりと上からのぞきこんでいた。
「私はタイムリミットまでにスカーレットを女王にしたいのよ。そのために私はあの子を鍛えるの」
アリサの黄金の髪先に頬を撫でられ、族長は息をのんだ。
「……スカーレット姫を、ハイドランジアの女王にする……? いつも姫に叛旗をひるがえした貴様が、どうして……」
「あははっ、私がいつ、スカーレットを一国の女王にするだなんて言ったの。私の宿敵を見くびらないで。その程度、あの子なら自力で成し遂げられるわ」
アリサはころころ笑うと族長から離れ、天を仰いだ。
暗雲にとどろく雷鳴を背に、アリサが振り返った。
「……この大陸の国家すべてを制覇する女帝。私がスカーレットに求めるのはそれよ。国々の激突が奏でる悲鳴を聞きながら、私達二人は踊りあかすの。女王だったスカーレットでも味わったことのない、極上の円舞曲だわ。引きこもりたいあの子の夢にもぴったりでしょう。だって、見渡すこの大地すべてを支配し、あの子の家にしてしまえばいいのだから」
あまりに壮大で狂った発想に、族長をはじめとする光蝙蝠族は唖然とした。
稲光に彩られながら、アリサはくすくす笑った。
「なあに、その顔は。大陸統一など夢物語? スカーレットは真祖帝の再来じゃないのかしら。ルビーがある今、あの子はどこまでも飛べる。スカーレットの本当に怖いところは、知識でも能力でもない。不可能に思えることでも可能にする、不撓不屈の精神力よ。私は誰よりそれをよく知っているわ。ねえ、あの子と戦ったおまえもそう思うわよね」
アリサが声をかけると、山のように巨大な獣の影がぬうっと地面から現れた。まっかに燃える隻眼が、じろりとアリサを見おろす。
「ふふっ、この私を見おろす無礼。普通なら許さないけれど、その体格じゃしかたないわ。成り損ないの百獣の王、まさかあなたがルビーの中に潜んでいるなんて。スカーレットが知ったら、腰を抜かすわよ。よほどスカーレットが気に入ったのかしら。それともブラッドのほう?」
獣は答えず、ただ、ぞろりとした牙をむきだして嗤った。
アリサをまったく恐れていない。ざわざわと背中の毛が逆立ち、鬼気がアリサめがけて吹きつける。心地よさげにアリサは目を細めた。
「ふふっ、ペットに成り下がる気はなさそうね。その意気やよし。孤高な獣は美しいわ。特別に共闘関係を結んであげる。光蝙蝠族、あなた達ともね」
「……ことわる!! 貴様は、きっとスカーレット姫から大切な人達を奪う!! 共闘などできるか」
にべもなくはねのけた光蝙蝠族達に、アリサは、えへらと笑った。
「共闘といっても、気に入らないときは、私と対立してもかまわないわ。ただ、私の本性をスカーレットに告げるのだけは、やめてもらうわ。その約束をするなら自由にしていい。ただ、今夜は、スカーレットが舞踏会に参加されなくなると困るわ。あとしばらくだけは、きつめに拘束させてもらいましょう」
アリサが指さすと、赤い霧が蛇のようにからみつき、光蝙蝠族達をしばりつけた。
「いくら勇猛なあなた達でも、この技はふりほどけないわ。これが〝治外の民〟の血桜毒障よ。自分の筋肉に、自分の動きが封じられる気分はどう? 鍛え上げた肉体であるほど、この技は有効なの。もっとも、正しくこの技を知る〝治外の民〟は、もう公爵邸の武人の亡霊ぐらいしかいないけれども」
アリサは隣の獣を見上げて嗤った。
「ふふっ、おまえの使ったのは、まがいものでしかないの。悔しい? ……あはあっ!! すごいわ。もう理解したの。今のおまえ相手なら、スカーレット達総がかりでも、勝利はおぼつかなかったでしょうね」
アリサは出来のいい教え子の頭をなでるように、獣の剛毛に指をからめ、瞼を閉じる。
「……ふふっ、スカーレット。あなた、気づいていないみたいだけど、今夜のローゼンタール伯爵夫人の舞踏会は、十四年前の再現よ。あのとき、その場にいた当事者達以外は、屋敷に入ろうとしても、はじかれてしまうの。あなた達一行は、コーネリア以外は誰も入れない。あはあっ、だから、今回だけは私が力を貸してあげる。でも、本当なら、あなただってこれぐらい出来るはずなのよ」
見開いたアリサの碧眼は、再び真紅に変わっていた。
「さあ、真祖帝のルビー。目覚めの時間よ。そのまなざしで世界を揺るがしなさい。おまえのあるじのスカーレットのために。……あはあっ、あなたも力をふるいたいの? いいわ、好きになさい」
獣を見上げ、アリサが嗤う。
「あはははっ!! スカーレット、幼女の姿では、さすがの貴女もまともに舞踏会に参加できないでしょう。大人の姿に変えてあげるわ。さみしくないように、ブラッド、セラフィ、アーノルドにエスコートさせてあげる。もっとも、成長した貴女が、壁の花になるなんてありえないけれど」
稲妻の光が、アリサと獣の巨躯をシルエットのように照らす。アリサの瞳と獣の隻眼が、共鳴するように不気味に赤く輝きだす。アリサの背で血の翼がはばたき、獣の背から血煙が立ち昇った。
そして、呼応するかのように、空一面に半眼の巨大な瞳が現れた。
ゆっくりとその瞼が開かれていく。
それはまさしく真祖帝のルビーの別名、神の目のルビーの名前そのものの光景だった。
「さあ、愉しんでくるといいわ。スカーレット。母親とのすばらしい夜を。あとで思い出して、たくさん泣けるようにね」
ルビーの目からあふれだす力で、あたりが白く染まっていく。その力は一瞬、ぎゅっと収縮すると、光の柱となって迸り、一気に天を貫いた。暗雲がふきとび、巨大化していく柱の光が、その場にいた全員をのみこんだ。
「……スカーレット、あなたは、もっと真祖帝のルビーの力を引き出せるようにならなくてはいけないわ。でも、禁忌の力に手を出すことだけは許さない」
光のなか、アリサは恋する乙女のように、うっとりと呟いた。
「だから、そんなものが必要ないくらいに、私があなたを強くしてあげる。生と死の試練を何度もプレゼントするわ。地獄でのたうちまわらないと殻は破れない。四王子のたくらみを喰いちぎり、もっともっと私の強さに近づきなさい。私は、あなたの成長を、ずっと隣で見守り続けるわ。悲しいときは、私の胸でいくらでも泣かせてあげる。あはあっ、愉しみだわ……!!」
獲物を狙う蛇のように、舌がちろちろと可憐な唇を舐め回した。
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