炎、心、夜を焦がして
ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!
【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】1巻が発売中です!!
鳥生ちのり様作画!! KADOKAWAさまのFLОSコミックさま発刊です!!
どうぞよろしくお願いします!! ちなみに連載誌は電撃大王さまです。
またコミックウォーカー様やニコニコ静画様でも無料公開してますので、どうぞ、試し読みのほどを。
鳥生様が入院された関係で、次回の無料更新は、8月5日予定です。
で、こちらの過去編の完結もそのタイミングにあわそうかと……。
また文字数が増殖したのですみません……。
ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。
才能ある作家さんなんで、注目株ですよ……!!
……ちなみにニコ静の「こいとうたたね」の作者像は、鳥生様ではなく、御担当様です(笑)
原作小説の【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中です!!
ロナはひとり夜の町を走る。
胸郭が爆発しそうに苦しい。
ずっと全力疾走を続けている。
〝ロニー!! 嘘だよね!? ロニーが、町長さんたちを、魔女の仲間って告発したなんて!! だって、ロニーは誰より優しい子だったじゃない!! 人を傷つけるのを嫌がってたじゃない!!〟
弟を思い、ロナの小さな胸は張り裂けそうだった。
魔女狩りのおそろしさは知っている。
異端審問官につかまると、二度と生きてはかえれないという。
おぞましい記憶がよみがえり、ロナはぶるっと身をふるわせた。
ロナの春を買い、体を内部から爆ぜさせた、異端審問官になりきった小男の行為。
あの激痛と恐怖は忘れられない。
ヴェンデル達に拾ってもらわなければ、マリエルの治療がなければ、ロナは死んでいた。
だが、あれでさえ、まがいものでしかない。
本物の異端審問官の拷問の苛烈さは、あの比ではあるまい。
なのに、今は姉とも慕うマリエルの身内が、弟のせいで魔女狩りにあった……!!
異端審問官の手に落ちてしまった。
マリエルを頼ってきた町長の妻子の不安そうなまなざしと、懸命に励ますマリエルを思い出し、ロナはぽろぽろ涙をこぼした。
町長の愛妾とはいえ、マリエルと彼らは家族に等しい関係だ。自分の弟が、彼らのしあわせを破壊してしまった。いや、町長の家族だけではない。もっとたくさんの家族が、夫を、父を、突然連れ去られ、悲嘆に暮れているだろう。
どん底だったロナにしあわせを与えてくれたヴェンデル達に、合わせる顔がない。まして、弟を助けるのに手を貸してくれなど、厚顔無恥なお願いができるわけがなかった。だから、ロナは一人ですべてを抱え、マリエルの屋敷を飛びだした。
……ここがロナが弟達を失う悲劇への分かれ道になった。
ロナの誠実さが仇になった。
最初からヴェンデル達に助けを求めていれば、テディ―は無理でも、ロニーの命だけは助かったのだ。
そのことで、のちにロナ……ローゼンタール伯爵夫人は、自分を責め、ずっと苦悩することになる。
このときだって、ロナは、ロニーを愛し、信じていた。
〝……ロニーは人を売るような子じゃない!! きっと何かわけがあるんだ!! 待ってて、今、おねえちゃんが助けにいってあげるから!!〟
そんな気持ちに突き動かされていた。
だったら、なぜ、その想いを、ヴェンデル達にも訴えなかったのか。
ヴェンデル達に嫌われたくないと拘泥するあまり、冷たい自分は、弟のロニーを見捨てたのだと、ローゼンタール伯爵夫人は、何度も髪をかきむしり、慟哭することになった。
だが、実際のところ、そのときのロナは、ロニーを救出するため、全身全霊をかけていた。
もうとっくに体力の限界を超えても、足を止めなかった。
自分の身などどうでもよかった。
ただ弟のロニーを助けたかった。
なにがあっても信じていると、ロニーに言ってあげたかった。
ロナは、両脇から家の壁が迫る渓谷のような路地裏にとびこんだ。
最短の近道だからだ。
いつもなら絶対に夜は避ける危険なルートだ。
無計画な建て方の家ばかりなので、迷路のようになっている。
地元の人間が昼でさえ迷うほどだ。
だが、弟のために我を忘れたロナは怯まなかった。
蜘蛛の巣のように交差し、橋渡されたロープに、ぼろ布じみた洗濯物が幽霊みたいにぶらさがっている。水はけの悪い路面は汚水で濡れ、じめじめしている。両脇の申し訳程度の排水用の溝はとっくに泥で詰まっている。だが、掃除をしようとする者もいない。
最下層の娼婦が立つ場所で、死体が転がっていることもざらにある。さびれていて空き家が多いので、犯罪の隠れ蓑にはもってこいなのだ。
だが、ここを抜ければ、すぐに絞首台のある川沿いに出られる。
路地裏は異様にざわめいていた。
暴徒と変わらないここの住人達は、街をおおう暴動の気配に反応し、興奮していた。
「……ひひっ、たまんねえ。尻を一生懸命にふってどこにお出かけだい」
「……飢えた俺らに、嬢ちゃんの体を恵んでくれよ」
汗だくで息を荒くしたロナめがけ、小馬鹿にした卑猥な声が、いたるところから降ってくる。
だが、彼らはまだマシだ。少なくとも、存在をアピールしてくれる。
ほんとうに危険な連中は、ぐねぐねした路地を奥まで進んだところに棲んでいた。荒い息遣いとともに、無言で手が次々に伸び、ロナを暗がりにひきずこもうとした。
薄汚い貧民の恰好でなく、身なりを整えた美しいロナは、とても目立った。獰猛な肉食魚の生息域にとびこんだ、華麗な尾びれの観賞魚だ。
無謀は愚かだ。
だが、ときに奇跡を生むときがある。
ロナはおそれることなく頭から突っ込むようにし、暴漢たちをかわし、ふりきった。踏み込んだ足は泥水をはねあげ、偶然目潰しをつくり、そいつらを怯ませた。暴漢たちは毒気を抜かれた。上等な服を着ていることと相まって、ロナの思いきった行動を、裏社会の顔役の関係者と誤解したのだ。だとすると後々面倒なことになる。連中が手出しをためらった隙に、ロナは走り去ることができた。
もし三老戦士が見ていたら、天晴な度胸であると惜しみない賛辞をおくったろう。一瞬でも恐怖で立ち止まっていたら、あっという間に髪を誰かに摑まれ、押し倒されていた。翌朝に死体で見つかったことだろう。
綱渡りのような強行の甲斐はあった。時間が二十分は短縮できた。曲がりくねったトンネルのような路地の向こうがひらけ明るくなった。逆さLの字を横木と柱でつくった絞首台が見えてくる。まだ誰も吊るされていない。
〝……間に合った!!〟
だが、喜び勇んだロナはすぐにひどく落胆することになった。
転がるようにたどりついた絞首台の周囲に人はまばらだった。
「……ロニー……どこへ……!?」
ロナはへたりこんでしまい、肩で息をついた。
涙があふれる。
その耳に、大きなエプロンをつけた魚を扱う女たちが、声高に話す声がとびこんできた。
「……ここで町長さん達を売った子供を吊るんじゃなかったのかい?」
「それがさ。うすきみわるい異端審問官が割って入ってきてさ。魔女の眷属は火で浄めて殺さなければならないって、引っ立ててったんだ。南のさびれ横丁の広場で火刑にするんだってさ。みんな、そっちについていったよ」
「まだ子供だろ……ちょっとあれは酷いよねえ。よってたかって石を投げつけられて、小突かれてたから、ぼろくずみたいだったよ。いっくら大罪人だからってやりすぎだよ。このうえ焼かれるなんて、見てられなくってねえ。あたしらは残ったんだわ」
ロナは悲鳴をあげて卒倒しかけた。
盗み聞きした町長の従者の言葉が、現実になってしまった。
「ど、どうしたんだい。あんた。顔色がまっさおじゃないか」
心配して寄って来た女たちに、ロナは飛びつくように問うた。
「……その子はいつ連れていかれました!?」
「いや、ついさっきだけど……」
剣幕に気圧されるように答えた女たちに頭をさげ、涙をぬぐったロナは再び走りだした。
〝だいじょうぶ!! きっとまだ間に合う!!〟
泣いていても倒れていても、ロニーは助けられない。その暇があるのなら、一歩でも多く、速く進まなきゃ。自分に鞭うってロナは駆けた。
だが、皮肉なことに、このときの決死の時間短縮ルートが、悲劇への決定打になった。
ロナのあとを追ってきていたヴェンデルを引き離してしまったのだ。
普通に道を進んでいれば、俊足のヴェンデルは、ロナに追いつき、合流できていた。
……父親が暴虐だったぶん、ロナたち姉弟は身を寄せ、支えあってきた。
母が亡きあと、ロナは身を売り、体を壊し、死の恐怖に苛まれながらも、弟達を飢えさせまいとした。ロニーは、ロナとテディ―を守るため、讒言をし、大罪人の汚名をあえて受けた。そして、テディ―は、そんな二人が苦労したのは、すべては動けなくなった自分のせいだ、二人を助けてほしいと、泣きながら三老戦士たちに後事を託し、弄ばれたあわれな姿で死んでいった。
三人ともが、ただ他の姉弟のしあわせだけを願った。
自分の痛みなどかまわなかった。
だが、運命の車輪は非情だった。
三人の強い姉弟愛は、事態をかえって悪い方向に転がした。
通称南のさびれ横丁は、この街のはずれにある。
ひと昔前はそれなりに賑わった魚市があった。
だが、地震でこの一角が隆起して、川面との高低差が生じた。さらに疫病が発生し、廃墟となってからは、廃材置き場として使用されていた。普段は人っ子一人いない。
だが、今、そこは群衆がひしめきあい、狂騒に満ちていた。たいまつの炎の群れが動く。人々は文明人の皮を脱ぎ捨て、未開の部族に戻ったようだった。殺意と憎悪をむきだしにしていた。彼らは熱望する。平穏な日常を破綻させた犯人の断罪を。炎でその穢れをすべて灰にすることを。
その狂騒の中心には、不吉なモニュメントのようにそそりたつ火刑の柱があった。
かつては船着き場だったが、もはや使うものもなく、横板は腐り、係留用の棒も傾いでいる。暗い川がちゃぷちゃぷと側面のずっと下を舐めるだけのがらんとした広場になっていた。
柱のまわりには、焚き上げ用として、柴や薪や廃材が、荊の森のようにうずたかく積み上げられている。
ロナの弟のロニーは、後ろ手にしばられ、その前に跪かされていた。
ときどき罵声とともに石が飛んできて、ロニーの顔にあたるが、ロニーは無反応だった。もうとっくにロニーの心は死んでいたのだ。告解をうながす声にも無反応だった。打ち据えられた身体は傷だらけだ。骨もあちこち折れている。だが、痛みさえももはやどうでもよかった。
ロニーは、姉と弟を助けるため、異端審問官マシュウに言われるがままに、街の有力者たちが魔女であると嘘の証言をした。そのあいだも、ずっとひどい拷問はやまなかった。仕組まれたことを押しつけられただけなのに、拷問で引き出した言葉が真実かは、さらなる拷問のみが検証できるのだと、マシュウは笑った。
外に引き出された後は、街の人々の憎しみを一身に集め、凄惨なリンチを受けた。
石が雨あられと降りそそいだ。
人望ある町長を理不尽に連れ去られ、彼らは怒りに燃えていた.
自分の良心など、大きな悪意の流れの前では、まったく無力だ。その残酷な事実は年端もいかぬ少年が一人で受け止めるにはあまりに重すぎ、彼の神経を破綻させてしまった。
悪魔の手先、魔女の眷属、殺せ、という怒号が押し寄せて来る。
救いなどどこにもいない。
もう期待などしない。
本当のことを言っても誰も信じてはくれまい。
ロニーの心に残った望むものはただひとつ、おのれと引き換えのロナとテディ―の無事だけだった。
「……ロニー……!!」
そのとき、群衆の怒りの叫びのなか、少女の声が、ロニーの耳をうった。
か細くても澄んだ鈴の音のように、ロニーに届いた。
はじかれるように顔をあげたロニーは、人混みの波を懸命にかきわけ、こちらに向かってくる姉のロナの小さな顔を見つけた。
「……やめて!! やめてください!! ロニーは絶対に、人を売ったりしません!! 誰より優しい子なんです!! きっと何かわけがあるんです!!」
声を限りに訴えながら、ロナは走ってくる。
「どいて!! どいてください!! どいてったら!!」
たいまつと武器を持った大人の群れにもロナは怯まない。
うつろだったロニーの目に光が戻り、涙がこぼれた。
世界中を敵にまわしても自分を信じ、愛してくれる肉親がそこにいた。
ロナはとても可愛らしい綺麗な服を着ていた。しあわせな生活をしていると、すぐわかった。それなのにロナは、ロニーのために躊躇いなくそれをかなぐり捨てようとしていた。
〝……バカだよ。ロナねえは。泣き虫のくせに、ぼくやテディ―を守ろうとするときは、絶対に引こうとしないんだ〟
ロニーは幼い頃のことを思い出した。
野良犬に吠えつかれ、すくみあがっているロニーとテディ―。そこに飛びこんできたきたロナは、涙を浮かべ膝を震わせながら、棒を振り回し、大声をはりあげて野良犬を追い払ってくれた。いつも病的に犬を怖がり、弟たちにからかわれていたのに。
ロニーはくすりと笑い、ロナの弟であったことを感謝し、覚悟を決めた。
今までずっと姉に守ってもらってきた。
最後くらいは自分が守ってあげられなければ、男に生まれた意味がない。
「ロニー!! こんな……ひどすぎる……なんてことを……!!」
ようやく柱にくくりつけられたロニーの近くにたどり着き、その惨状に絶句するロナに、ロニーは心のなかで謝りながら、冷たい拒絶の言葉を投げつけた。
「……は? あんた誰だよ? 馴れ馴れしくするな。気持ち悪い。全然みおぼえねぇんだけど? あわれな罪人のガキに同情してやって、聖女ごっこでもしたい口か。よそに行けよ。オレはこれから焚火でローストされるのにいそがしいんだ」
「えっ……? ロニー……なにを言って……」
呆然とするロナの声にかぶせるように大声で嘲笑する。
まわりの目をロナではなく、より自分にひきつけるために。
「もっともこんなへなちょこ町の連中じゃ、びびってオレを焼き殺すなんてできそうにないけどな!! 反省!? そんなもんするもんか!! オレは悪魔の手先だぜ。悔しかったら、今すぐ火をつけてみろよ!! 小便野郎どもがよ!!」
告解師が、おお、なんということだ、と呻いて後退った。
その顔めがけ、ロニーは口中の血と歯のかけら混じりの唾をはいた。
「懺悔なんてくそくらえだ!! 呪われちまえ!!」
喚き、手を振り回す告解師をせせら笑い、それからロナをぎらぎらした目で睨んだ。
「おい、おまえ。いいとこのお嬢様が、貧民のオレにお恵みのつもりか? お高くとまりやがって。むかつくぜ。中身は雌犬のくせによ。役立たずの町の奴ら、よく聞けよ!! おまえらの妻や娘も、こいつみたいに淫売の雌犬どもだ!! オレが調教してやる!! 泣いて感謝しやがれ!!」
ロニーは、わざと下品な口調でわめき、ロナと街の婦女子を罵った。
その暴言がきっかけになり、群衆の殺意が爆発した。
「ロ……」
怒号は津波を思わせ、ロナの呼びかけなど、一瞬でかき消された。
怒り狂った男達がロニーめがけて殺到し、小さなロナは翻弄され、人波にのみこまれた。
マリエルがしつらえてくれたロナの服装と髪型は、ぼろぼろの貧民のロニーとはほど遠いもので、上流に近い中流階級のものだった。ロニーの顔が痛めつけられていたのもあり、二人が姉弟と見抜ける者は誰一人いなかった。
彼らは、自分達と同じ階級の娘が、憎むべき貧民の悪ガキに侮辱されたと思って激昂した。その証拠に、人波からロナをかばうため、何人かが盾になった。ロナは人の流れで激しくもまれ、失神していたのだ。
ロナが救いだされた様子を確認し、ロニーは笑みを浮かべた。殴られ、柱にくくりつけられながらも不敵に笑うさまは、ますます周囲の怒りの火に油をそそいだ。
「なんてふてぶてしいガキだ!!」
「望み通り焼きつくしてやる!!」
積まれた枯芝に火がつけられ、黒煙をあげだした。
柴には燃焼しやすいよう油が含ませてあった。
そのままだとロニーは憎しみを一身に受けて火刑にされ、ロナが意識を取り戻す前に、なにもかも片が付き、ロナだけは無事で済んだろう。
だが、ロニーの想いを炎ごと踏みにじる悪魔がいた。
「……ふむ、そこまでにしたまえ」
ずんと不気味に響く声がした。
外套を黒い羽根のようにはばたかせ、異端審問官マシュウが、舞い降りるように現れた。少し離れたところで見ていた者達は目を疑った。マシュウは人垣を後ろから跳び越えたのだ。尖ったブーツの底で炎をかき消し、すっと円を描くように足と身体をさばく。
「少し場所をあけてくれるかね。こんなにひしめきあっていては話もできん」
マシュウに軽く触れられただけで、力自慢の男衆たちがもんどりうって吹っ飛んだ。まるで魔法だ。合気道のように相手の力を利用した技だと理解できる者は誰もいなかった。怒り狂った群衆が恐怖で鎮圧された。
あっという間にマシュウを中心に、しんとした空間ができる。
マシュウは口髭をなでつけ、あたりを平然と見回した。
「結構結構。さて敬虔なる信徒の諸君。君たちは知っているかね。今回の騒動の元凶たる魔女が、この場にひそんでいることを」
静まり返った群衆のざわめきが再び大きくなる。
マシュウは満足げにうなずき呼びかけた。
「ジョオオオン。魔女をここに連れて来い」
「へえ!!」
人混みをかきわけ、マシュウの側近のジョンがロナに近づいた。下卑た笑いを浮かべ、保護していた男達の手から、気絶しているロナをひったくる。ロナの首筋の匂いを堪能し、無遠慮に身体をまさぐり、荷物のように肩にかついだ。
「へっ、魔女の匂いがぷんぷんするぜ。ほら、てめえら道を開けやがれ。魔女の呪いに汚染されるぞ」
ジョンの言葉に、顔をひきつらせた人垣が割れた。
ロニーの顔が絶望と驚愕にゆがんだ。
「……そんな……!? 話がちがう……!! ロナねえは見逃すって……!!」
だが、訴えの声は立ち消えた。
「さえぎるな。おとなしく最後まで話を聞きたまえ」
マシュウがロニーの首に優しく指先をそえ、ぐしゃりと声帯を握りつぶしたのだ。
マシュウは残忍な笑みを口元にたたえ、咳き込むロニーの耳にささやく。
「勘違いするな。私は君との約束を守るつもりだった。だが、よく思い出してみたまえ。君たちには大事な家族がもう一人いるだろう? 仲間外れはよろしくないな。彼の意見も聞いてやろうではないか。さ、遠慮することはない。出てきたまえ」
ジョンは火刑の柱の側まで来て、かついだロナを乱暴に地面に投げ落とした。
マシュウの脚元で、ロナがうめいて身じろぎする。
だが、柱にくくられたロニーはロナを見ていなかった。
思いもしなかった人間の登場に顔がこわばっていた。
マシュウの背後に隠れていた、しょぼくれた風采の中年男が、おずおずと前に進み出た。ロニーの頬を冷汗がつたう。それはロナたちの父親だった。卑屈な小動物の目で様子を窺っている。酔って暴君だったときとは別人のようだ。ロニーはこんな父親を見たことがない。
「……ロナ……!! ロニー……!!」
父親は子供たちの悲惨な姿にショックを受け、立ちすくんでいた。
マシュウはその肩を親し気に叩き、陽気に語りかけた。
「久しぶりに酒の気が抜けての、家族のご対面はどうだ? ふむ、すっかり正気の目だな。よろしい。じつはな。この子供たちは魔女の疑惑がある。だが、やはり子供。殺すのはしのびない。幼いゆえ道を違えることもあろう。そう、たとえば……」
マシュウはずいっと、蒼ざめた父親の顔をのぞきこんだ。
得体の知れない笑いに、父親は腰を抜かした。
マシュウは追いこむように距離を詰める。
「たとえば、子供たちはなにも知らないまま、父親に騙されていたとかな。ならば無実と言えよう。私の名にかけて罪は問わない。もちろんその場合、父親のおまえは、悪魔の手先としてすべての咎を背負い、火炙りになる」
足元の煙を地獄の瘴気のようにまとわりつかせ、マシュウは指をつきつけて問う。
「さあ、父親として正直に答えたまえ。この子達は魔女と眷属かね。それとも無知で騙されただけのあわれな仔羊か」
ロナ達の父親の目が泳いだ。
それは罪悪感からだった。
自分が現実逃避し、酒におぼれていた間に、かつて愛していた妻を過労死させ、ここまで子供たちを追いこんでしまった。信じがたいことだが、この身勝手な父親の心の底にも、わずかに情が残っていたのだ。
「この子達は魔女なんかじゃ……」
父親は決意し、子供たちを助けるため、ひとりで罪をかぶろうとした。それがせめてもの家族へのつぐないだと思った。マシュウの悪魔の囁きを聞くまでは。
「……見たまえ。あの娘の高価な服装を。きっとあわれな彼女に同情する裕福な家に助けられたのだ。そして、危険をかえりみず救いにきたぐらいだ。弟くんとも一緒に暮らそうとするはずだ。おお、子供たちはきっとこれからしあわせになるぞ。だが、父親のおまえはどうかな」
マシュウは嬉しそうに口端をつりあげた。
それはメフィストフェレスの笑いだった。
「だまされ、おちぶれ、酒を飲むしかできない無能として、みじめな生涯を終えるのだ。それも魔女として火に焼かれてな。地獄におちても、おまえより下の立場の者はおるまい。おまえは未来永劫に最底辺を這いまわるクソ虫だ。そしてな。一回ぐらいの情で、子供たちがおまえを許してくれると思うのかね。近親憎悪というやつはそう簡単には消えはせんよ。おまえは子供達の心の中にも残れん」
ロナの父親の体ががたがた震え出した。
マシュウは慈悲深くうなずき、懐から酒ビンを取り出し、父親の目の前でちゃぷちゃぷと音を立ててゆすった。琥珀色の液体にあやつられるように、父親の目が揺れる。
「そろそろ酒が欲しくてたまらなくなる頃だろう。なあ、どのみち子供たちに憎まれたままなら、せめてひとりぼっちのクソ虫ではなく、子供達を踏みつける鬼として人生を終えたらどうだ。そうすれば少なくともおまえは最底辺ではない。自分に正直になりたまえよ。なぜ、おまえだけが不幸にならねばならぬのだ。私は正直者には一杯おごりたい性質でな。これは相当に上等な酒だぞ」
ロナの父親の目が充血し、息が荒くなっていく。
つかの間浮かんでいた人間の表情が溶け去り、あさましい貌が現れた。
ごくんっと音を立て、生唾をのみこむ。
「……う……うん……」
ロナが小さくうめき、身を丸めるように身を縮め、それから目をしばたいた。失神からさめたのだ。
「……ロニー!!」
柱にしばりつけられた弟のロニーを目にし、飛び起きて駆け寄ろうとする。
「おっと。勝手な真似をするなよ。魔女が」
ジョンがロナの髪を引っ掴み、ロニーから引き離した。
「はなして!! 魔女ってなんのことですか!?」
ロナはまだ自分が魔女に仕立て上げられたことを知らない。
マシュウがロナを冷たく見下ろした。
「……白を切る気かね。おまえが魔女だ。ヤク中のちびの小男におぼえがあるだろう? 奴がおまえが魔女であると告発したのだ。おまえが目の前で悪魔を産み落としたとな」
固唾をのんでやりとりを見ていた周囲が凍りつく。
「あれは……!! その人のことは知っています!! でも、悪魔を産み落としたなんて……」
異端審問官になりきっての特殊な性癖のその小男のせいで、ロナは重傷を負った。たしかにロナを魔女呼ばわりしていたが、それはお芝居だった。本当の魔女にされてはたまらない。
「私はたしかにあの人と恥ずべき行いをしました。ですが、決して……」
口ごもりながら懸命に反論しようとしたロナは、マシュウの不気味な笑みに総毛だった。なにを今さらという侮蔑の笑顔だった。口実さえあれば事の真偽などどうでもいいのだ。なんとしてもロナに魔女の罪をかぶせると目が語っていた。説得など無駄だ。
ロナはおこりのように震え出した。
すべては軽はずみな自分のせいだ。弟達を守ろうと犯したあやまちが、取り返しのつかない結果を招いてしまった。そして、こんなことになるなら、這いつくばってでもヴェンデル達に助けを求めるべきだったと後悔した。あの頼れる三老戦士なら、ロニーだって救えたかもしれないのに……!!
「そうそう、その勇気ある小男君だが、供述中に血をふきだして急死してね。我々は魔女の呪いで口封じされたとみなしている。おまえの仕業だろう? 魔女め」
マシュウの言葉に、周囲のどよめきが大きくなった。
ロナは恐怖で背筋をつららに貫かれた気がした。
これ以上よけいな事を喋らないようマシュウに殺されたんだ。
そして、それは自分達の未来でもあった。
「ロニー!! 逃げて!!」
ロナはジョンの手を振りきり、ロニーを解放しようとした。
あっという間にジョンに再び捕まり、乱暴に引き戻される。肉ごと服を摑む容赦のなさで、皮膚に青あざができた。襟元が音を立てて裂け、ロナのかたほうの白い胸が夜にあらわになる。
あきらめず暴れるロナの手が、ジョンの外套をはねあげた。内側に吊り下げられていた細長いものがはずれ、地面に転がった。それは肩から切り落とされた子供の手だった。
「おい、大切に扱えよ。おまえらの弟の手だぞ。テディ―……って言ったっけかな」
その残忍な言葉は、ロナの抵抗を一撃で硬直させた。
ひゅーっと笛の音のような悲鳴で、ロニーの喉が鳴った。
ジョンがかがみこみ、拾ったテディ―の手で、呆然とするロナの頬をぴたぴた叩いた。
「テディーはかわいい奴だったぜ。俺はあいつに言ったんだ。俺を楽しませたら、おまえの姉たちは助けてやるってな。あいつ、本気にしてな。笑えって命令したら、どんなにむちゃくちゃに壊しても泣きながらずっと笑ってやがった。たまらなくってな。俺も夢中になってつきあげてやった……」
「私たちのため……」
ロナは血の気を失い、がたがたと震えた。
かわった位置にほくろがある。それはたしかに弟のテディ―の手だった。
視界が絶望でぐるぐる回る。
「そうだ。手足を切り落としたときなんか、泡をふいて、びくんびくんと痙攣してな。ごぼごぼっと胸を鳴らして床をはねまわりやがった。それでもあいつは笑っていた。俺はたまらなくなって、あいつの口を吸って、息をろくに吸えないようにしてやった。すごかったぜ。鼻を完全にふさぐと、こっちの舌や唾を吸い込む勢いで、なんとか必死に口で息をしようとするんだ。つくりものの娼婦のテクなんか目じゃねえ。なんど腰が抜けそうになったことか……」
余韻を噛みしめて熱心に語るジョンに、ロナは呻き、いやいやをするように首を振った。自分たちを守ろうとして、テディ―が地獄を味わったことを知り、うちのめされていた。
「……やめて……もうやめて……!! 聞きたくない……」
弱弱しくすすり泣くロナの懇願を無視し、ジョンは舌なめずりして語り続ける。
ジョンは真性のサディストだった。
昔から馬乗りになり、少年の顔を殴りつけるのが好きだった。ほっそりした手足が必死にあがくのに興奮した。骨をへし折って逃げられなくしてから、好き放題にするとき至福をおぼえた。
いっぱしの悪党気取りだったジョンだが、異端審問官マシュウに出会い、他人の心を弄ぶ冷酷さに衝撃を受けた。そして、ジョンの歪んだ性癖がさらに暴走した。マシュウのように悪を極めたいと思った。綺麗な少年たちの身も心も破壊し、死後まで冒涜し、コレクションとして、永久に自分の手元にとどめておきたい。そう強く願うようになった。ジョンの蟲人形の隠し部屋はそうやって生まれたのだった。
ジョンのロナへのおぞましい告白は執拗に続き、佳境にさしかかった。
「もうやめてええええ!!」
ロナは悲鳴をあげ耳をふさいだ。
「おいおい。せっかく弟の最期を教えてやってるのにその態度かよ。悪いおねえちゃんだな。すべておまえを守ろうとしてだったんだぜ」
ジョンは強引にロナの手をはぎとった。
苦悶するロナに興奮していた。指をへし折りたい衝動を抑えるのに苦労した。
「だまされたとわかったときの、あいつの顔といったらよ。ずっと無理に笑ってたから、もう顔が固まってもどらず、笑顔のままピーピー泣き叫びやがった。最後まで楽しませてもらったぜ。しあげに道化の化粧をして、まぬけな自分の姿をたっぷり拝ませてやった。そのころにはぐったりして、ほとんど動いてなかった。さすがにもう死んじまっただろうよ」
「……なんてことを……!! ひどいよ……ひどすぎるよ……テディ―……テディ―…」
ロナの弟の名を呼んでの泣き声にうっとりと耳を傾ける。
「ああ、いいなあ。おまえはテディ―にそっくりの顔をしている。弟はおまえらのために死んだんだ。かわいそーに。こんなに冷たくなっちまって。せめておねえちゃんの人肌であっためてやれよ」
至福のときを反芻し、嗜虐の笑顔で、テディ―の手をロナの胸元に押し込む。
「……テディ―……!!」
ロナが泣きながら抱きしめようとすると、テディ―の手を引き抜き、ロナが届かないところに持ち上げ、ぷらぷら揺らす。
「ほら、取ってみろよ。ほしけりゃ、弟みたいに俺を楽しませろ」
姉のロナの泣き叫ぶ声を聞きながら、喉を潰されたロニーは絶叫した。
「……ッ……!! ……ッアアッ……!!」
鮮血が口の端からあふれでた。
声をまともに出せないまま、身をよじり号泣していた。
テディ―も自分も騙され、弄ばれた。信じた自分を呪いたい。こいつらは端から約束を守る気などなかった。
残った力をふりしぼり、ロニーは暴れ、柱にくくりつられた縄から抜けだした。
「……よ……くも……テディ―……を!!」
ジョンに体当たりをし、ロナから引き離す。
「……ぐおっ!?」
ロナをいたぶるのに熱中していたジョンは、不意をつかれ、ぶざまに転倒した。ジョンが腰に吊っていたナイフがはずれて転がる。
まさかあちこちを骨折し、まともに動けないロニーが逆襲してくるとは思っていなかったのだ。うちどころが悪く、ジョンは苦悶のうめきを漏らし、起き上がれなくなった。
「ロナ……ねえ……!! ……に……げて……!!」
ロニーの涙が宙に舞う。
せめてロナだけは守る。
その想いが死にかけた身体を突き動かす。
潰れた声帯を必死に動かしうながすと、ロニーは異端審問官マシュウに襲いかかった。
「ふむ、命を捨てる覚悟か。先ほどのおまえの悪態も、すべて姉を助けんがためだな。そこまで自分を犠牲にできるとは、家族愛というものはときに信じられない力を発揮する」
マシュウは悠然としていた。
その場から一歩も動かず、ぽんっと音をたて、片手の親指だけで酒ビンのコルクを抜いた。匂いを嗅ぎ、目を細める。
「じつに芳醇だ。年代物だぞ。年月は家族と酒をより深くする」
ロニーをするするよけながら、マシュウは笑う。酒ビンの中の中身をこぼしもせず、軽々とあしらう。ロニーの顔が屈辱と恐怖にゆがむ。命懸けの特攻なのにまったく歯が立たない。
「だが、憎しみあう家族ほど凄惨なものはない。ゲームの結末は、私の思い通りになったな。後ろ、注意したほうがいいぞ」
愚弄する口調に、はっとなったときには遅かった。
ロニーの後頭部めがけ、ぶおんっと長柄の斧が振り下ろされていた。
「……ロニー!!」
ロナが飛びついて引き倒さなければ、ロニーの頭はざくろのようにはじけていたろう。もつれ合って二人は地面に転がった。ロナの目から火花が散った。刃こそ避けられたが、二人共に硬い木の持ち手の部分にしこたま打ち据えられたのだ。力まかせの木刀となんら変わりがない一撃だった。
マシュウがにやりと満足そうに笑った。
「結構結構。どうやら答えが出せたようだな。家族の真実を見せてもらったよ。褒美だ。祝杯として受け取れ。どうだ。じつに良い香りと色だろう? 好きなだけ味も確かめるといい」
「……どうして……!?」
ロナが、動けなくなったロニーを守るようにかぶさり、悲痛な声をあげる。。
「……どうしてこんなことを!?」
背後から斬りかかってきたのはジョンではなかった。
ロナの父親が片手で斧を握り、片手でマシュウから渡された酒ビンを貪り呑んでいた。あさましく喉仏が動き、ひたすらにアルコールを胃の腑におくりこむ。口元からあふれ出た酒が顎と胸元を濡らすのもお構いなしだ。まるで飢えたケダモノだ。生きるために血と肉を喰らうのではなく、酔いの快楽のために酒に魂を売ったのだ。
「……どうしてだと? 子供が親にいちいち文句を言うな!!」
ロナの父親は激昂し、空になった酒ビンをロナに投げつけた。殺意がこもっていた。ロニーに当てさせまいと、ロナはわざとかわさなかった。顔がのけぞり、こめかみから血が流れだす。だが、ロナは怯まず、ロニーをかばう手にいっそう力をこめた。
その毅然とした態度が、よけいに父親を苛立たせた。
「……その目つき、おまえの母親にそっくりだ。自分は立派な人間ですって、えらそうに俺を見くだす目だ。借金を抱えた俺を、いつも睨んでやがった……。馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがって……」
ロナは唖然とした。被害妄想も甚だしい。
ロナの知る母親は、つねに飲んだくれの父親の顔を立てていた。母親は容姿も気立てもよかったので、窮状を見兼ねて、子供達ごと引き取ると申し出た男性もいた。なのに最期まで父親を見捨てなかったのは、愛していたからだ。いつか立ち直ると信じていたからだ。そんな単純なこともわからないのか。
「あの女の子供達だ!! おまえ達は魔女に決まっている!! 俺を不幸にしたのはおまえ達だ!! 俺は父親として証言する!! こいつらは魔女だ!! 悪魔のしもべだ!!」
指を突きつけ口角から泡をとばし、罵る父親こそ悪魔だった。
これではなんのために母親が過労死したのかわからない。
立ち直るどころか、自分の非さえ認められないのか。
ロナの頭の芯が怒りで灼熱化した。
異端審問官マシュウがわざとらしく拍手する。
「共に暮らす肉親が、この娘が魔女であると断言したのだ。これ以上の証拠があろうか。この娘はまぎれもなく魔女である。魔女は焼き尽くさねばならぬ。よくぞ父親としての気持ちを押し殺し、正義のために娘を魔女として告発した。さぞつらかったろう。その勇気、称賛にあたいする」
マシュウの言葉を真に受け、鼻高々の父親に、ロナの心にかすかに残っていた親子の情がぷつんっと切れた。
「もしかすると、この子達の母親も魔女だったのではないかね」
「そうだ。そのとおりだ。あの女はいつも他の男と仲良く話していた。外に働きに出たがった。俺の運を吸い取るだけでは飽き足らず、男どもを漁りに行ってたんだ。きっとあの女も魔女だったんだ。魔女め。俺の人生をむちゃくちゃにしやがって。あいつと結婚なんかしなければ、俺ももっと幸せになっていた……」
「……ふざけるな!!」
気がついたときには、ロナは泣きながら父親の頬を思いっきり平手打ちしていた。
酒で家計を食い潰す父親と幼い子供達を養うため、母親は外に働きに出るしかなかった。家事も手を抜かなかった。自分のすべてを家族のために犠牲にしたのだ。
「お母さんがいなければ、あんたなんかとっくに野垂れ死にしてた!! いい齢して、どこまで甘ったれれば気が済むの!? みんなの人生を!! しあわせを!! むちゃくちゃにしたのは、そっちじゃないの!! お母さんを返してよ!! 人殺し!!」
ロナは生まれて初めて父親を正面から罵倒した。
父親の顔色はまっかになり、そしてまっしろになった。ショックからではない。怒りでだ。能面のような無表情に充血した目が吊り上がっていく。悪魔に取り憑かれた形相だった。この瞬間に、父親にとってロナは自由にできる道具ではなく、自分の閉じた世界を破壊しようとする不遜な異物になった。なんとしても排除する必要がある。
「どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりしやがって……!! そのうえ、俺を差し置いてしあわせになるだ!? 俺がどれだけ長いあいだ苦しんできたか、てめえらなんぞには、一生わからねえ!! ふざけやがって!! ぶっ殺してやる!!」
ぶはあっと父親は酒臭い息を吐き、斧をふりあげた。
目がすわっている。
身勝手な人間は、自分の痛みに敏感で、他人の痛みに鈍感だ。
ずっと酒の酔いに逃避して、気にいらないと暴力をふるった父親と、歯を食いしばって生きてきたロナたちでは、味わった苦労がまるで違う。なのに、驚くべきことに、この父親はむしろ自分のほうがつらい目にあってきたと、本気で信じていた。心が未発達な幼児と同じで、世界に自分しかいないのだ。
殺意をこめて振り下ろした斧が、ロナの頭上で唸りをあげた。
よけられない!!
ロナは死を覚悟し、思わずぎゅっと瞼を閉じた。
骨と肉を砕く鈍いおそろしい音がした。
死はやってこず、痛い痛いという父親の悲鳴が聞こえた。
おそるおそる目を開いたロナは、火がついたかのように手を振り回す父親を見た。
全身を前に傾けるような形で、ロニーが父親を押しとどめていた。
ロニーが飛びだし、凶刃からロナをかばってくれたのだ。
ロニーがかすかに首をねじまげ、ロナにほほえんだ。
「……ごめん……ロナねえ……ひどいことを……言って……」
ロナを守るため罵倒したことを、途切れ途切れの声でロナに謝った。
「ロニー!!」
悲愴な叫びがロナの喉からほとばしった。
その声におされるように、ロニーの肩口に突き立っていた斧がはずれ、ごとんっと地面に落ちた。血飛沫がロナの頬にとんだ。ロニーは自らを盾にしたのだ。ロニーの顔色が死人のそれになっていく。
「……ぼくは……もう……死ぬ……道連れ……だ……!!」
父親の腹からはナイフの柄が生えていた。ジョンの落としたナイフだ。刃は肉に根元まで埋まっていた。ロニーが拾い上げて両手で握り、渾身の力で父親に体当たりして刺しこんだのだ。
「……この恩知らずが!! 子供の分際で、父親を殺す気か!?」
父親はロニーを突き離そうと、顔を力いっぱい殴りつけた。
ロニーの口元から血がとぶ。
だが、ロニーはびくともしない。
「……ロナねえを、泣かすだけの……おまえ、なんて……父親じゃ……ない!!」
ぐりっとナイフの柄をねじこむ。父親は声さえ出せぬほどの痛みに口をがばっと開き、雷にうたれたように棒立ちになった。一瞬失神した。血と失禁が足元を濡らす。刃の先端が内臓をひっかけ、神経ごとえぐったのだ。その隙を逃さず、さらにロニーは足を踏み込んだ。
押された父親の服が、安置されていたかがり火の三脚に引っかかる。火刑用の柴の上にかがり火はがしゃんと倒れた。ぼうんっと爆発するかのように炎が燃え広がった。
押し寄せる熱気が肌をひりつかせる。気絶からさめた父親が絶叫した。その背中は火に包まれていた。熱い熱いと泣き叫んで逃げ出そうとするが、いかせまいとロニーは最後の力をふり絞る。ロニーにさらに刃を押しこみ、父親がぐりんと白目をむいた。
「……ぎゃああああっ!?」
ぽきぽきと枯れた音がした。肋骨が何本か刃で折られたのだ。尖った折れ口が肺に刺さり、父親の鼻孔から血が噴き出した。まともに呼吸できなくなり、顔が紫色に鬱血していく。喉をかきむしるがどうにもならない。血と息と共に気力と体力が抜け出していく。だが、大動脈や肝臓が無事のため、即死はできない。
火は父親の髪にまで燃え移った。人体の焦げるものすごい臭いがした。冬の静電気を帯びたように髪が逆立つ。脂が爆ぜる音がしだした。
「どうして……!? 俺はなにも悪くない!! まわりが俺をはめたんだ!! 嫌だ!! 死にたくない!! 死にたくないよう……!!」
火ぶくれた顔を口のようにして、子供のようにぜーひーと泣き喚きながら、父親が炎の中に押しこまれていく。恐怖で幼児退行をおこしていた。大人なのに非力な子供のロニーを押し返せない。すぐ後ろには川があり、飛びこめば消火できるのに。
だが、当然だ。死に瀕しても自分と向き合えず、責任転嫁をやめられない男が、姉のロナを守ろうと捨て身のロニーに勝てるはずがなかった。ロニーとの覚悟の差がありすぎた。
父親の断末魔の悲鳴が小さくなっていく。最後まで自分のことしか頭になかった父親は、カンダタのように報いをうけた。今や炎は火柱になり、夜空を焦がさんばかりの勢いだった。
暗い川の水面が照り返しで大蛇の鱗のように光る。
「ほう、これはこれは。窮鼠猫を噛むとは正にこのこと。殺し合いはこういう大番狂わせが起きるから面白い」
すさまじい光景に全員が棒立ちになるが、マシュウだけは興味深そうに観察していた。
「……ロニー!! やめて!! 逃げて!!」
このままだと父親ごとロニーまで炎にまかれてしまう。
ロナは駆けだそうとして転倒した。
「……よくもやってくれたなあ」
悶絶していたジョンが、怒りに燃えてロナの足首を摑んでいた。
「……きゃあっ!?」
そのまま立ち上がり、馬鹿げた怪力でロナを逆さづりにして、ロニーの背中に嘲笑を浴びせる。
「生きたまま股から引き裂いてやる。ざまあみろ。おまえは犬死だよ。大好きな姉ちゃんが真っ二つになるのを拝みながら死んでいけ」
狂ったように高笑いし、ジョンは逆さになったロナを地面に叩きつけた。ロナは息が詰まるほど背中を強打した。
ジョンは、失神しかけたロナの両の膝頭を握りこむと、身をそらすようにして、再びロナを逆さまに持ち上げ、ふううっと息を吐き、力をこめた。ぎりぎりとロナの脚が開かれていく。必死に膝を閉じようとするロナの腱が浮かびあがり、みしみしと悲鳴をあげ、押し広げられる。
ロナは全身を恐怖に鷲掴みにされた。ジョンは本気だ。普通そんな体勢で人体の破壊は無理だし考えもしないが、少年の手足をへし折ることを娯楽にしていたジョンは、類人猿のような腕力と握力をもっていた。
「……!!」
ロニーは叫び、ロナを助けにいこうとするが、もはや声を出すことも、指一本動かす力さえも残っていなかった。父親にもたれかかるように押すことで、かろうじて倒れずに済んでいただけだったのだ。
マシュウが小さく嘆いた。
「やれやれ。下品な。美学のないことだ。せっかくの名場面に水をさすとは。仕方あるまい。私はもうひとつのショーを堪能するとしよう」
マシュウは目を細めた。
集まった群衆の一角に混乱が生じていた。違うたいまつの群れとせめぎ合っている。そこから罵りあう声と激しく争う音が響く。どよめきと乱れる足音が夜をかき乱す。廃倉庫のあちこちから火の手があがった。放火だ。庁舎を襲った貧民街の暴徒たちが押し寄せてきて、こちらの群衆と激突したのだ。
マシュウは両手を広げ叫んだ。
「おお!! なんということだ!! 見たまえ、諸君!! 悪魔にあやつられた貧民どもが、魔女を取り返そうとやって来た!! 庁舎はすでに奴らの手におちた!! 諸君、武器を取り迎え撃て!! 魔女と眷属を滅ぼすのだ。さもないと愛する家族が地獄の炎に包まれることになるぞ」
実際はロナ達と貧民街の暴動は無関係だが、それを知らない人々はマシュウの煽りに動揺した。
平常心なら一笑に付すが、目の前で生きながら人を燃やす火柱と、夜の闇のまじという舞台装置、そして貧民達への恐怖で彼らは浮足立った。そしておそろしくよく通るマシュウの声が、その心の隙間にはいりこんだ。耳を傾けてしまった。
パニックに鷲掴みにされた彼らの中で防衛本能がはじけた。マシュウの言葉に導かれるように本格的に交戦状態に入ってしまった。血と暴力の酔いは、人の獣性を解き放った。
平穏だった街が堕ちる。
活気に満ち、笑いさざめく人々の営みの声は、今は呪詛と怒声に変わっていた。。
救いはどこにもなくなっていた。
マシュウは演奏の出来に満足した指揮者のように恍惚として天を仰いだ。
それから黒いマントを揺らし、身を屈め、ロナとジョンにだけ聞こえるようにささやいた。
「……ふむ、女と獲物は堕とす瞬間が一番楽しめるな。一度殺しあえば、街の住人達の心には、ずっと憎しみの火種がくすぶり続けることになる。街は疑心暗鬼で満ちる。これで魔女狩りがやりやすくなった。さあ、最後のしあげ、魔女の火刑をはじめようか」
逆さづりにされて、股関節を脱臼寸前に伸ばされ、苦悶するロナをのぞきこみ、マシュウはぞっとする笑いを投げかけた。
「……さらばだ。用済みのあわれな少女よ。なに、寂しくはない。あの世もすぐに賑やかになるさ。これからたくさんのお仲間がそちらに行くからな」
マシュウはそ知らぬふうに顔をあげてジョンに命じた。
「ジョオオオン。聞こえなかったのか? いつまでやっている。ここはおまえの遊び場ではないぞ。私の助手の立場を忘れるな。火刑の準備だ。この魔女の服をはぎとれ。魔女は地獄の獣だ。獣に衣類なぞ不要だからな」
「へ、へえ……」
ロナの股裂きに熱中していたジョンは不満げだったが、マシュウに逆らう勇気はなく、渋々命令にしたがった。粗暴で腕自慢なジョンに言うことを聞かせるため、マシュウは自分の実力を見せつけていた。武器を持たせたジョンに、小一時間にわたって好きに攻撃させ、その場から一歩も動かず、片手だけでそのたびに制圧し、かなわない恐怖を植えつけた。
ジョンはロナを乱暴に地面に押しつけると、破れた襟元に指をかけた。
ロナにはもう抵抗する気力は残っておらず、なされるがままだった。首をねじまげ、ロニーを見た。ロナのまなじりから涙が伝う。
「……ごめんね。ロニー。ぜんぶ、ねえちゃんのせいだ。お願い……テディ―にもロニーにも、あの世でいっぱい謝るから……だから……これからも姉弟でいてくれる?」
父親はすでに炎に呑まれていた。
もうろくに身体が動かせず、言葉も発せないロニーは、悲痛な懇願をするロナに、ただ涙を浮かべ、うなずいた。
ロナに恨みなどあるはずがない。
ただ自分の非力が悔しかった。
〝……ロナねえはなにも悪くない。自分を捨てでも、ぼくとテディ―を守ろうとしてくれた。なのに、どうしてこんなに優しいロナねえが、魔女として殺されなきゃならないんだ!? ああ、神様、悪魔でもいい。どうかロナねえを助けてください!! そのためなら……ぼくの役立たずの命と魂なんかくれてやる……!!〟
ロニーの気持ちに応えるように、ごおおっと突風が吹き荒れた。火勢が増す。
倉庫の火事も一気に燃え広がる。
炎にあおられるように、人々は怒りと恐怖に狂っていく。振り回されるたいまつの炎が、歯をむきだした人々を照らす。町人たちと貧民の衝突は激化の一途をたどっていた。
だが、風は天空の暗雲もふきとばした。
星の輝きが現れたのを、ロニーだけは見た。人は死ぬときに、それまでの人生すべてが走馬灯のように流れるという。命の最期の輝きが、そういった超知覚能力をつかの間だけロニーに与えた。ロニーは自分の最期の願いがなにものかに通じたと知った。
「……ロナねえ。もう心配ないよ。わかるんだ。ロナねえの王子様がきてくれた」
喜びに満ちた顔でロナを励ますように断言する。
その変貌にマシュウは眉をしかめた。
ロニーの声帯は握りつぶした。それに瀕死だった。まともに喋れるはずがない。現にさっきまで言葉をろくに発することさえできなかった。なのに、今のロニーの瞳は力強い確信に満ち、声ははっきりと響きわたった。胸を張り正面から、マシュウとジョンを見据える。
「……赤い髪と紅い瞳が見える。この炎よりもっと鮮やかな……。彼は……普通の人間じゃない。おまえたちを断罪する炎だ。魔女狩りのまやかしなんか通用しない。ロナねえを傷つけたおまえたちを、彼は決して許さない。おまえたちは触れてはいけないものに触れたんだ」
ロニーは預言者のように告げた。
ロナは呆然とした。その言葉に該当する人間は一人しかいない。だが、ロナは、彼の事をひとこともロニーに話していない。
ロニーは炎に包まれていくが、痛みなど感じぬようにふるまっていた。神がかった光景に、ジョンも気圧され、ロナの服をはがす手を止めていた。
ロニーはロナに夢見るように笑いかけた。
「……ロナねえは、小っちゃい頃から、王子様に出会うのが夢だったもんな。きっと神様が夢をかなえてくれたんだ。……よかった。絶対にその手を離しちゃダメだよ。……心配だよ。ロナねえはすぐ遠慮するから……ああ、テディ―、そこにいたのか……おまえもそう思うよな……」
ロニーの目には、迎えにきた亡き双子の弟が見えていた。
焚き木の爆ぜる音が落雷のように降り注ぐ。
そしてロニーは、かげろうのような炎の熱気の向こうから、万感の想いをこめ、ロナに別れを告げた。
「……さよなら。ロナねえ。……今まで、ありがとう……」
「……いやだ……やめてよ……!! そんなのいやだよ……!! ロニー……!!」
ロナは必死に手を伸ばそうとするが、馬乗りになったジョンを押しのけることができない。
ロニーはすまなさそうに、かぶりを振った。
「……ごめんね、もう逝かなきゃ……ロナねえ……泣かないで。笑顔でいて。しあわせになって。……それだけが、テディ―とぼくの願いだよ……」
そしてロニーは少し恥ずかしそうに笑い、瞼を閉じた。
「……ぼくらは、ロナねえの弟に生まれて……本当に……よかっ……」
ロニーは最後まで言い終わることができなかった。
その前に息絶えていた。
「……私こそ……あなたたち二人が弟で、しあわせだったよ……!!」
だが、ロナの涙声は、ロニーに届いていた。
ロニーは笑顔のままゆっくり倒れていく。
炎がふくれあがり、ロニーをのみこんだ。
竜巻のように天にかけあがる。
火の粉が一斉に舞い上がる。
轟きと熱が少しおさまったときには、もうロニーの姿は見えなくなっていた。
「……あああっ!! ……ああっ……!!」
ひとりぼっちになったロナの悲痛な慟哭が夜を裂く。
夜を炎と哀しみが焦がす。
守りたかった弟達は、自分のせいで死んだ。
だが、暴動の叫びと音の前には、ちっぽけな少女の泣き声などあまりに無力だった。誰もが怒りと興奮に我を忘れ、その心にはロナの悲嘆は届かない。マシュウがつくった地獄は止まらない。
……はずだった。
「……嫌な気配がしおる」
まっさきに異変に感づいたのはマシュウだった。
理詰めで人の心をあやつるマシュウだが、いざというときは、計算よりも勘を優先し、生き残ってきた。そのためマシュウの判断は常に神速だ。
マシュウは舌打ちし、手をあげた。
ひそんでいる手下達へ、すぐに火をつけられるよう合図を送ったのだ。側近のジョンには教えていないが、マシュウは魔女狩りをするとき、常に街ごと焼き払い、後顧の憂いを断って、撤退できるようにしてある。住民の憎しみの矛先が、異端審問官の自分に向けられることに備えてだ。
「……ちっ、本当に人外のものを呼びよせおった」
マシュウはいらだたしげに、ロニーが消えた火柱を一瞥し、夜の彼方の暴動の一角を睨んだ。常識ではかれない存在をマシュウは毛嫌いする。計算を狂わす異物だからだ。
不機嫌になったマシュウに怯え、様子をちらちらうかがっていたジョンも、つられて目をやり、驚愕に息をのんだ。
「なんだ!? ありゃ!?」
騒ぎは貧民街からきた暴徒の群れで起きていた。
暴徒どもはわめき、農具のフォークや棒をふりかざし、一点をめざし襲いかかる。だが、数秒後には、全員がきりきり舞いし、互いに衝突しあい、地に叩きつけられた。自ら後方に跳躍したようにしか見えない。それはまさに、先ほどマシュウが群衆をたちどころに黙らせた妙技の再現だった。いや、それ以上の冴えだった。その場にいなければ、いや、その場にいたとしても、誰も信じられなかった。たった一人がそれを成したなど。
いや、それどころかー。
暴徒たちの怒号はすぐに怯えるうめきに変わった。
人波がどよめき、モーゼの出エジプト記のように割れる。
空間ができた。
貴族服の少年が、なにごともなかったかのように歩み出る。
目を疑う光景だった。
供も連れずひとりぼっちの貴族の子供など、血に飢えた貧民達の恰好の餌食だ。暴動のまっただなかに放りこめば、一分ももたず、身ぐるみはがされた亡骸と化すだろう。
だが、連中は、獅子を前にした小物の肉食獣のようにのまれていた。子供一人ということは、侮るどころか、かえってその超常さを際立たせ、いっそうの畏怖を連中に抱かせた。本能が察知するのだ。彼に逆らってはいけないと。
なにが起きているか気づいた群衆たちが息をのむ。驚愕が貧民たちだけでなく、町人たちにまで波紋のように伝わっていく。濁ったはれぼったい憎悪が、少年の清冽な気にうちすえられた。波が引くように、自然に暴動が鎮圧されていく。おそれるように彼らは道をあけた。
のちに単騎で戦局をひっくり返すとおそれられる英雄の資質がほとばしる。
彼は、騎乗した馬の力さえ自分のものとして使用する。筋肉と重量の塊の馬に比べれば、人間など少し重心や動きのタイミングをずらしてやるだけで、たやすくひっくり返せるバランスの悪いかかしだ。何人で群れようと関係ない。彼のことを、元「治外の民」のマリエルが、末恐ろしいと評したのは、すでにその域に達していると見抜いたからだ。
炎を思わす赤い髪をなびかせ、夜でもわかる紅い瞳で前を見据え、少年は無人の野を行くがごとく、ロナをめざして足早に歩いてくる。
ロナの目が見開かれ、絶望以外の涙がこぼれおちた。
その瞳は近づいてくる希望を映していた。
「……ロナ。迎えにきたよ」
まだ距離があるのに、静かな語り口なのに、少年の声は不思議と通った。
差し出された手は、雲間から差し込む救いの光に思えた。
少年の紅い瞳は、暴徒たちなど黙殺していた。
ジョンも、マシュウさえも見ず、ただロナ一人だけを見つめていた。
「……ヴェンデル……さま……!!」
ロナの全身が歓喜に燃える。
ヴェンデルはほほえみ、うなずいた。
弟のロニーは嘘を言わなかった。
ロナの王子様はたしかにここにいた。
ロニーとテディ―を失ったばかりで、ロナは笑うことはできない。笑う資格なんて自分にはないと思っている。
でもー。
〝……ごめんね。ロニー、テディ―。泣くことだけは許してね。胸から気持ちが……あふれて止まらないの……!! 今、わかった……!! ……私……!! ……私……!!〟
ロナのヘーゼルの瞳から涙があふれでる。
ロナは声を殺し、ただ泣き続けた。
そして、今すぐ死んでもいいと思うくらい、自分がヴェンデルに恋していることを、はっきりと自覚したのだった。
読了おつかれさまでした。
ちょっとキャラの名前が区別つきづらかったと思います。
ロナ(姉)、ロニー(弟)、テディ―(弟)になります。
そしてロニー(弟)とテディ―(弟)は双子です。
次で過去編まちがいなく終わりますゆえ。
ここから先の展開は一本道のみです。
よろしかったら、またお立ち寄りください。




