悲しき蟲人形の部屋
ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!
【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】1巻が発売中です!!
鳥生ちのり様作画!! KADOKAWAさまのFLОSコミックさま発刊です!!
どうぞよろしくお願いします!! ちなみに連載誌は電撃大王さまです。
またコミックウォーカー様やニコニコ静画様でも無料公開してますので、どうぞ、試し読みのほどを。
本日、6月17日の11時、第8話の②公開予定です。
ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「恋とうたたね」も少し読めます。
才能ある作家さんなんで、注目株ですよ……!!
原作の【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中です!!
※閲覧注意。今回の話は残酷な部分があります。
三人の老戦士達は、まるで漆黒の颶風のように素早かった。
廃教会に陣取っていた異端審問所の手先どもは、なにが起きたかさえ認識する間もなく、鎮圧された。老戦士達はクズリのように容赦なかった。たやすく建物内に侵入し、まず室内の灯りをすべてかき消した。
「なんだ!?」
「北から侵入者だ!!」
渦巻く悲鳴と怒号、あたりは大混乱に陥った。
それと対照的に老戦士達はほとんど音を立てなかった。
実際の侵入は三方向から行われたが、正しく気づけた人間は誰もいなかった。
暴力を担当するごろきどもは、一人につき一回の斬撃で頸動脈をかき切られた。
夜目に慣れる間さえ与えられなかった。
「敵は十人!? いや、二十人はいる!!」
「殺される!! 誰かこちらに応援を……!! ひっ……!?」
錯綜する声は、すべて的外れか、助けを求めるものだった。
彼らは見えない敵に怯え、自ら現場の統制をかきまわした。
中には傭兵や騎士くずれもいて、多少はましな反応をした。
各個撃破される愚を避け、散らばった戦力を集束し、反撃を試みようとしたのだ。
「……だが、結果は同じじゃがの。もうちっと静かに歩けんのか」
「その程度でなんとかなると思われるとは。舐められたもんじゃ」
「最初から籠城し、地の利を生かせれば、まだ及第点じゃったがの。こうも戦力ががた減りした後ではの」
老戦士達はうそぶき、厚手の片手鎌をふるった。
「……ッ……!?」
構えられた槍の柄ごと肉と骨を断ちきる音が響く。
鎖帷子で首をおおっている者もいたが、物の役に立たなかった。
全員が結集する前に斬り殺された。
老戦士達にとっては、足音を殺しているつもりの彼らの移動は、鳴子を打ち鳴らすのに等しいお粗末なものだった。移動先を事前に丁寧に知らせ、刃に背中を自らさらしてしまっていた。
もっとも優秀な連中は、後退し、戦力を整え、待ち伏せをしようとした。
……彼らは選択を誤った。
仲間を肉の盾にしているあいだに逃げるべきだった。
闇のなかの老戦士たちは、黒豹と狭い場所で同室するほどに危険な存在だった。
急造のバリケードに足を止めた老戦士達を見て、一斉に攻撃を仕掛けようとした直後、彼らはそれを嫌というほど思い知らされた。
「……おい、若造ども。冥土の土産に教えてやる」
正面にいたはずの老戦士たちの声が背後からした。
はっと振り向いた瞬間には、首と胴が泣き別れになっていた。
「年寄りの戦士相手に伏兵など五十年早いわ」
「おまえらが生まれる前から、戦場で騙し合いに明け暮れていたからのう」
その傭兵くずれが最後に見たのは、目の前でゆっくり床に倒れる老戦士達の外套だった。もぬけの殻だった。縫い込まれた鎖帷子が芯のようになり、少しの間、自立していたのだ。老戦士達は外套のみを置き去りにし、あたかも自分達がまだそこにいるように見せかけ、背後から奇襲をかけたのだった。
「物足りん。ここには『ヤツ』はおらんな」
「王家親衛隊の見習いどものほうが十倍マシじゃ。目も耳もてんで使えとらん。サービスで、正面から姿を見せてやったら、ちいとは楽しめるかの」
「たわけどもが。若殿のほうが『ヤツ』と出くわす可能性がある。わしらが怪我などしたら加勢に駆けつけられん。余計な色気を出さず、いつもの闇働きのつもりで終わらせるぞ」
白髭ブライアンが声をひそめて叱咤し、再び老戦士達は暗闇にとけこんだ。
この老人たちは戦士としても一流だが、本領は暗殺だ。
リンガード家に仇なす存在を、闇でひそかに葬るのが役目だ。
それゆえに剣や槍でなく、室内でも取り回しのきく鎌を使用する。
彼らは夜でも昼間のように動き回れる。
長年の訓練の賜物だ。
老戦士たちは防具として、刃ややじりを跳ね返す外套と、おそろしく頑強な籠手を身に着けているが、その出番がないほど圧倒的だった。反撃は彼らをかすりもしなかった。
……のちのことになるが、この三老戦士達が、魔犬ガルム戦で不覚を取ったのは、ガルムが彼ら以上の暗殺の化物だったからだ。人間としてはとびぬけた暗視や聴覚や嗅覚も、魔犬に比べれば児戯に等しい。狩人としての隠形の術もだ。
こと暗殺において、魔犬ガルムは才能をこえた異形の本能をもっていた。
魔犬ガルムと戦った人間で、それに肉薄できた存在は、「治外の民」の麒麟児ブラッドのみだ。
結果、三老戦士は得意の暗殺特化の先手をいくつも潰された状態で、魔犬ガルムという怪物に正面からぶつからざるをえなかった。勝ち目などあろうはずがない。
だが、相手が人間の今、闇の中の老戦士たちは無類の強さを発揮していた。
敵に動きを摑まれず、一方的に撃破できるので、何人で集まろうと結果は同じだ。
彼らにとっては、目隠しされたかかしの群れに等しい。
条件さえ合えば、騎士団相手にでさえ単騎で渡り合える。
さらに三人が連携をとった場合、その戦闘力はもう一段はねあがる。
暗殺に徹したときの老戦士達をうち破れる可能性のある人間は、「紅の公爵」のような神がかった天才、あるいはマッツオのように度外れの耐久と攻撃力を誇る超一流だけだ。それ以外では暗殺の技量で上を行くしかない。だが、そんな戦士は世界中探しても稀だ。
異端審問所内は大パニックにおちいった。
大軍勢に取り囲まれ、一気に制圧されたと勘違いしたのだ。
まさか砦のように武装した異端審問所が、たった三人に瞬時に蹂躙されたなど想像の埒外だった。
襲撃者たちがわずか三人と気づいたときは、すでに壊滅状態だった。
見逃されたのは、荒事とは無縁の事務方の役人たちだけだった。
「おい、町長たちを解放しろ。逆らえば殺す」
端的な白髭ブライアンの脅しに、彼らは失禁するほど震え上がった。
血まみれの鎌を喉元につきつけてくる髭だらけで碁盤のような体躯の戦士達は、人食い熊を思わせた。足元は死屍累々で黒々とし、鉄臭い血臭が充満している。
こらえきれず何人かが身を折って嘔吐した。
黒髭ボビーが呆れかえった。
「これじゃから想像力のない青瓢箪どもは嫌いなんじゃ。おまえら、魔女狩りの書類仕事で、何人も人間を殺してるじゃろうが。わしらの仕業など可愛いもんじゃ」
役人たちは鼻白んだが、どこか愛嬌のある黒髭と違い、背後にひかえる白髭と茶髭は殺意をむきだしだ。反論する勇気などなく、唯々諾々と三人を町長たちがとらえられた地下の拷問部屋に案内するしかなかった。
湿った石段をさがったところにある地下室は分厚い鉄扉で遮られており、中の拷問吏たちは階上の騒ぎに気づいていなかった。
老戦士達が扉を蹴り開けたとき、拷問吏たちは、囚人の一人を後ろ手に縛った縄を梯子にかけ、引きあげている最中だった。その無理な態勢は、まともに息ができないほど苦しい。吊っているだけで十分に拷問なのだ。さらにそこから落下させたときには、落差と体重で、腕や肩が甚大な損傷を負う。その激痛は筆舌に尽くしがたい。のたうつことで、さらなる負担を自分に強いることになる。
天井の梁にたてかけられた梯子は長く、囚人の足は床から二メートルほど離れていた。
バンジージャンプのゴムと違い、縄に弾力はない。
落下から宙で急停止した場合、衝撃はまともに人体にかかる。
足元の床が抜ける絞首刑でさえ、頸椎骨折させる威力があるのだ。
ましてあらかじめ落差をつけたこの拷問は、成人男性さえもときに失神する過酷なものだ。
そのうえこの囚人は足先にいくつもの砂袋をくくりつけられていた。
これはこの拷問の最終段階であり、洒落者に見えるこの囚人がいかに拷問吏たちの手を焼かせたかをあらわしていた。
「……町長として、何千回でも言ってやる!! 俺達は魔女の仲間なんかじゃない!! わかったか!? 異端審問所のくそったれどもが!! 呪われろ!! こんな拷問!!」
吊り下げられた囚人は町長だった。
魔女の眷属であると認めろという自白の強要に、まっこうから噛みついている最中だった。
意気軒昂に挑発し、笑い声さえあげた。
だが、実際はまともに呂律がまわっていない。
酔っ払いの叫びにしか聞こえない代物だった。
意識が朦朧としているのは、三老戦士が扉を開けて入ってきたのにも気づかないことで明らかだ。
目の焦点があっていない。
失神寸前の自らを鼓舞するため、やせ我慢で吠えているのだ。
見抜いた三老戦士はにやりと笑った。
「ありゃ、意識がとんどるぞ。なのに吠えよるわ。見事な強情っぱりじゃな」
「さすがわしらの娘のマリエルの選んだ男じゃ」
「下衆どもを見飽きた目には眼福じゃのう」
この髭老人たちは、こういう男が大好きなのだった。
「……さて、参るかの」
「な……!?」
そして三人は、突然の闖入者に立ち竦む拷問吏たちを一閃で即死させた。
言葉さえろくに発する時間を与えなかった。皆殺しだ。
倒れる拷問吏から縄をひったくり、ゆっくり町長を床に下ろす。
「バ、バカな。なんて乱暴なことを。話も聞かずに殺すとは。同じ聖教会の信徒だろう……」
まずは目につく邪魔者を全員殺すという乱暴なやり口に、案内してきた役人が腰を抜かした。
おろおろと抗議する。血飛沫をよけられず裾を汚していた。
茶髭ビルが獰猛に歯をむいて嗤った。
「あいにくわしらは戦神も信奉しておってのう。『卑怯者には慈悲は無用。まずは遠慮なくぶった切れ』という教えなのよ」
そのあいだにも黒髭ボビーが町長の縛めを鎌で分断していく。
「……安心せい。わしらは敵じゃない。マリエルに頼まれ、あんたらを救いにきた」
拷問の様子をつぶさに見せ、心を折るためだろう。
すぐそばの地下牢には身なりのよい囚人たちが手枷をはめられ、すし詰めにされていた。
固唾をのんで様子をうかがっていたが歓声をあげる。
解放された彼らは黒髭に応急手当をされている町長に駆け寄った。
町長は意識が混濁しており、黒髭の剛腕の下で、ヤマネコのように罵り、暴れ回っていた。
「町長さんすまなかった!! こんなになるまで……」
「政敵だったわしまで守ってくれた……。この恩は忘れん」
「あいつら、私達を拷問にかけ、悪魔の手先だと無理矢理言わそうとしたんです」
「そうしたら町長さんが、私達をかばい、まず自分の口を割らせてみろって……」
彼らは口早に三老戦士に事情を説明した。
彼らは町長とともにとらわれた街の顔役だった。
そして何人かの指先は、爪をはがされ紫色に鬱血していた。
拷問をすでに受けたのだ。
拷問に屈すれば、魔女の眷属の烙印をおされ、死刑となる。
異端審問所の真の目的は、魔女の撲滅に名を借りた、資産家の財産の没収だ。
彼らを守るため、町長は自分一人で拷問を引き受けたのだ。
「……あんたの奥さんがな。あんたは殺されても貧民を蔑視したりはせんと断言しとった。息子も、あんたを自分が助けに行きたいと懇願した。立派な家族じゃ。あんたを見てると納得じゃな。ほ、まだ拷問吏どもに毒づいておるわ。いい加減に正気に戻らんか」
白髭ブライアンに気つけ薬をかがされ、激しく咳き込み、意識がはっきりした町長は、抑え役の自分達がいない間に貧民達が暴動を起こしたと聞き、顔色を変えた。
「なんてことを。内乱が起きれば、住人は互いに憎しみ合う。大人の争いは子供にも受け継がれるのに……。子供達が笑い合えない未来など……街の大人の責任として断じて許すわけにはいかん」
「それが異端審問官の狙いじゃろう。外の敵より内の敵のほうがはるかに厄介じゃ。疑心暗鬼になれば、魔女狩りなどという戯言で、皆がいいように踊らされるようになる。貧民の暴動も、あんたらが讒言でつかまったことも、全部奴のたくらみと見た」
白髭ブライアンの言葉に、町長は痛みをこらえ、よろめきながら立ち上がった。
「暴動を止めねばなりません。こんなことで住人同士が争ってはいかんのだ。家内も息子もマリエルも私にはすぎた家族だ。私は男として、町長として、彼らに恥ずかしい生き方だけは見せられん……」
町長の言葉に三老戦士は深く頷いた。
だが、顔役達は不服顔だった。
「ちょっと待ってくれ。貧民のロニーという子に讒言され、我々が魔女狩りにあったのは事実なんだぞ。それも全部水に流せっていうのか」
「町長さんだって拷問で殺されかけたろう」
「言いたかないが、魔女狩りの告げ口まで許したら、貧民街の連中がつけあがり、それこそ手がつけられなくなるぞ。言ったもん勝ちの世界になる」
魔女狩りにあった者は、高確率で命と全財産を没収される。
やられたほうにとっては死刑宣告に等しく、恨むのも当然だ。
彼らの言い分はしごくまっとうであり、黒髭ボビーは説得に四苦八苦することになった。
「あんたらの気持ちはようわかるわい。じゃが、ちょっとだけわしの話に耳を傾けてくれんか。じつはロニーというのは、わしらの知っとる娘の弟でな。話で聞く限り、姉思いのいい子なんじゃ。とてもそんな悪事を働ける人間じゃない……」
「現に悪事を働いたじゃないか」
「身びいきなぞ信用できん」
みなまで言い終わる前に逆に食ってかかられ、黒髭ボビーはたじたじになった。三人の中では一番お人好しなので、女と論争には弱いのだ。
その場の雰囲気を一変させたのは、リーダー格の白髭ブライアンだった。
剛腕で力いっぱい石壁を殴りつけたのだ。
ずんっと衝撃で床まではね、顔役達は激昂を忘れ、一瞬動きを止めた。
その機を逃さず、白髭は重々しく告げた。
「たしかにロニーは悪事を働いた。だが、それは、逆に善人だったからだととわしは思う。たとえば誰かを人質に取られ、いやいや命令に従うしかなかったとかな」
「ふむ、『ヤツ』ならやりかねん。そういえば、ロニーにはテディ―という双子の弟がおったのう」
と言った茶髭ビルの目が鋭く光った。
ロナと一緒に弟達を迎えに行った茶髭ビルは、希望いっぱいではしゃいでいたロナを間近で見た。弟達に再会できなかった落胆ぶりもだ。あのとき、なぜ異常に気づき、もっと徹底的に探してやらなかったのかと、ずっと慙愧の念を抱いていた。だから、壁際で怯える役人たちのわずかな反応を見逃さなかったのだ。
「……おい、なぜ視線が泳いだ。なにを隠しておる」
視線の先を追った茶髭ビルの顔色が変わった。
「……隠し部屋か!? ボビー、頼む!!」
「ここじゃな。承知じゃ!!」
茶髭ビルが指摘した部分の石壁に、黒髭ボビーはぴたりと耳を押し当て、様子をさぐった。その表情がみるみる険しくなった。
「……子供の泣き声じゃ」
三老戦士は役人達を睨みつけた。
こんなところにただ子供を閉じ込めるはずがない。
大人にしていたのと同等の拷問をほどこしていたに違いない。
「よくもわしらを謀ろうとしたな。悪事の報いじゃ。まずは死ね」
一斉にずしんと足を踏み出す。
三人が本気と悟り、役人達は地位も名誉も忘れ、あわれな悲鳴をあげた。
いましがた荒事師達でさえ、成す術もなく惨殺されたのだ。
この化物のような老人達にかかれば、ひ弱な自分らを殺すことなど、赤子の手をひねるよりたやすいだろう。
「ちがうんだ!! 私達はその隠し部屋の中のことは何も知らない!! 関わっていない!!」
「そこは異端審問官の側近のジョンの私室だ!! たまに子供を連れ込んでいた……!! 私達も気になって確かめようとしたんだ」
「だけどその壁に触れただけで、狂ったように怒るんだ。私も容赦なく殴られた。ジョンはひどいサディストだ。きっと、ろくでもないことをしているに決まってるんだ……!!」
そう叫ぶと、顔を黒く腫らした書記が泣き崩れた。
つまり、異端審問官もジョンもいない今、老戦士達の怒りの矛先が自分達に向かうのが怖く、口をつむいでいたのだ。
「この頭でっかちの馬鹿どもが!! 仮にも教会に関わる者なら、少しは情で動こうと思わんのか!! とっとと扉を開かんか!! 本当にぶち殺すぞ!!」
白髭ブライアンに怒鳴られ、鍵束をぶらさげた役人が、転がるように飛び出てきた。震える手から三度も鍵束を落とし、ようやく巧妙に隠された鍵穴を開錠することに成功した。
隠し部屋は、扉を開いても中の様子がのぞかれないように、数度屈折した短い通路の先あった。暗く湿った空気が不気味に頬をなでる。
「……なんじゃ、これは……? 道化師の……人形?」
踏み込んだ三老戦士は、かかげた灯りにぼうっと照らし出された光景に困惑した。
煉瓦づくりの殺風景な部屋のいたるところに道化師の人形たちがいた。
まるで装飾品はそれしかいらないというふうに。
道化師の顔をした人形の身体はイモムシだった。
どす黒くてやけにずんぐりむっくりだ。
胸には尖った六本の足が生え、腹はイボ足がびっしりでででこぼこだった。
実際のイモムシの比率より短躯のため、足の間隔が詰まっているのだ。
本能的に不快をおぼえる造形だった。
本物のイモムシは醜くても自然の造形美が根底にある。
人間の美意識と違いすぎ受け入れづらいだけだ。
このイモムシ人形たちにはそれさえなかった。
そして一様にひどい扱いで配置されていた。
ある人形は大きな花瓶に潰され、背中をくの字にし、ぐえっと口を開いていた。ある人形は逆さ吊りにされ、苦しげに身をよじっていた。口から吐いた糸が無茶苦茶にからみあい、自縄自縛のまぬけさを演出していた。交尾を思わす卑猥な形で重なったものもあった。木箱の中に上半身をつっこんで尻を浮き上がらせたものもあった。
まるで小馬鹿にするのが目的の風刺画のようだ。
人形の顔のつくりは妙に大きくリアルだった。
髪の生え際など本物と見紛うばかりだ。そして一様に悪趣味なまっしろな色に分厚くぬりたくられていた。口紅はわざと大きくはみだし、鼻や目には乱暴にラインがひかれていた。不具者をあらわすサインだ。
悪意にみちたピエロの化粧だった。
人形の命であるはずの義眼は、眼窩に適当にかぶせられた白い粘土で代用されていた。瞳孔は筆による青や黒の塗りつぶしだった。こんな仕上げをされたどんな美しい素材の人形もゴミと化すだろうと思わせた。人形たちは口を半開きにし、悲しく歯をむいていた。
白い歪んだ顔と黒いしわしわの身体が、灯りに照らされ、寂しくゆらめく。
部屋は香辛料と瀝青と色々な臭いで充満していた。
臭いを嗅いだり、人形の頬を指先でさわっていた老戦士たちの眉間に、深い皺が寄っていく。
肌と目にしみついてくるような濃度に、老戦士に続いて踏み込んできた町長や顔役たち、そして役人たちが閉口する。
「なんです? この気持ち悪い道化師の人形とひどい臭いは……」
と問いかけた者が、老戦士達の放つ殺気に気圧され、ひっと言葉をのみこんだ。
老戦士達は口をへしまげ、剛毛を逆立てていた。
目が地獄の燐火のように燃える。
身体が倍にふくれあがったような威圧感に、全員が無意識に壁に寄った。
この戦士達は激昂すると虎の気配をまとうのだ。
ばりんばりんという異様な音が、老人達の怒りの歯軋りだと気づき、彼らは蒼白になった。
「……人形ならよかったんじゃがのう……!! ど外道どもがやってくれおった……」
黒髭ボビーが苦労して、軋む声をおしだした。
「これはな……!!」
説明をしようとしたとき、微かなひゅうっという息がした。
三老戦士ははっと顔をあげた。
音は、道化師のイモムシ人形が山と積み重なった下から漏れた。
ひどく弱弱しく、今にも消えそうで、他の者には聞き取れなかったが、老戦士達は聞き逃さなかった。
三老戦士は駆け寄り、人形の山をかきわけた。
まるで隠すように一番下に押し込まれた人形があった。
黒髭ボビーは、下敷きになっていたその人形の前に片膝をついた。
「……悪趣味なその化粧をとってほしいか?」
沈痛なまなざしで黒髭は問うた。
行動を見守っていた者達はぎょっとした。
人形が小さく頷いたのだ。
黒髭ボビーは懐からハンカチをとりだした。
人形の肩が揺れないよう片手で支え、武骨な手でピエロの化粧を拭いとる。
人々は息をのんだ。
道化師の化粧の下から十歳ほどの少年の顔があらわれたからだ。
衰弱しきっていたが、たしかに生きた人間だった。
人々は悪夢の中に迷い込んだような立ち眩みをおぼえた。
少年がつくりもののイモムシの身体に詰めこまれていたとしても……サイズが合わない。どう折り畳んでも手足が入るわけがない。
その呪われた解答を、すぐに黒髭ボビーが示した。
「……今、そこから出してやるわい。あと少し辛抱せい」
低く呟くと、黒髭は少年の襟元に両指をかけた。
べきべきと物凄い音が響いた。
見ていた人々は思わず喚きそうになった。
黒髭が素手で少年を引き裂いたように見えたのだ。
だが、裂けたのはイモムシ人形の身体だった。
やはり、がらんどうにくりぬかれたイモムシの中に、少年がすっぽりおさめられ、顔だけ出していたのだ。
黒髭ボビーがそっと上にもちあげると、床に糸をひいて血と膿が落ちた。サナギが割れて中身が抜け出すように、少年の全身があらわになった。
街の顔役たちは凍りついた。
さっきまでの不平不満など頭から消し飛んでいた。
異端審問所の役人たちは、ひいっと声を漏らした。
少年の四肢は切断されていた。
顔と胴体のみしかない。まるでダルマだ。
だから、小さなイモムシの身体の中におさまることが出来たのだ。
「……ここにある人形すべてに、人間が詰められておる。年端もいかぬ子供たちじゃ。もう息があるのはこの子しかおらんがの」
白髭ブライアンは吐き捨て、ぐるりと部屋の周囲を照らした。
「見てみい。この凄惨なさまを。這いずった血痕だらけじゃ。みな、生きたままイモムシの身体に押し込まれ、長い間のたうちまわったんじゃろう」
こらえきれなくなり、何人かが吐いた。
「なんで、こんなひどいことを……儀式かなにかですか」
血の気のひいた顔で質問する町長に、白髭は苦虫をかみつぶした表情で答えた。
「ただの遊びじゃよ。子供たちを慰みもの……いや、笑いものにして楽しんだだけじゃ。深い意味などない。戦地やスラムには、死体に落書きしたり、悪戯をして大喜びするくだらん馬鹿がわく。生きた人間を矢の的にし、賭けをするような外道どもがな。これをやったのもその類じゃ」
全員が衝撃に立ち竦んだ。
そんな下劣な理由で、子供たちは死化粧をほどされ、死後の安息も許されず、ピエロのイモムシとしてさらしものにされたのか。まっとうな大人の神経には受け入れがたいものだった。この子たちの親が知ったら、胸が張り裂けるに違いない。
人間の尊厳などひとかけらもなかった。
これだけ酸鼻をきわめることをする変態が、どれだけ恐怖を与える行為を、生前の子供たちに行ったか。もはや想像すらできない。嫌悪感で吐き気がこみあげ、背筋の毛が逆立つ。
「狂ってる。……大人のやっていいことじゃない。……神よ、あわれな魂に救済を……」
異端審問所の役人達でさえ膝をつき、神に祈った。
下衆に弄ばれるためだけに、幼い命は生まれてきたというのか。
面白半分な衝動で、ここまで人間は残酷になるという事実をつきつけられ、大人たちはうちのめされていた。
「……この部屋の臭いは、異国でミイラづくりをするときのものよ。死んだあと子供たちを腐らないよう加工したんじゃろう。一介の異端審問官のもてる知識じゃあないわい。いよいよ、わしらの知っとる『ヤツ』の可能性がでてきたのう」
茶髭ビルがため息をつき、白髭の説明を補完した。
自らの外套を床に広げ、少年をそこに寝かせるよう、黒髭ボビーに声がけする。せめてもの思いやりだ。そっと横たえられた少年の無惨な身体に、町長が進み出て上着をかけた。悲しげなまなざしで少年を見おろした茶髭ビルの瞳が、しばらくして驚きに揺れた。
「……おまえ、まさか……ロナの弟のテディ―か?」
ロナの面影を見た茶髭ビルが問うと、少年は蒼白な顔で微かに頷いた。
死相がすでにあらわれていた。もう助けようがない。
あまりの結末に、大目玉を見開いた黒髭と白髭の顔も悲痛にゆがんだ。
「……酷すぎる。こんなものロナになんと説明すればいいんじゃ」
激情家の黒髭が苦悩にうめき、がっと両手で顔を覆った。
「あんなにロナは……再会を心待ちにしておったんじゃぞ。わしにはとても伝えられん……」
黒髭は泣きだしそうだった。
白髭ブライアンが黒髭の肩を叩き、場所を変わった。
「……テディ―よ。伝えたいことがあれば聞くぞ。わしらはロナの知り合いじゃ。心配したロナに頼まれ、弟のおまえ達をずっと探しておった」
白髭ブライアンの言葉に、瀕死でうつろだった少年の目に光がともった。
「……姉ちゃんの……知り合い……? 姉ちゃんは……無事……なんですか……?」
かすれた声の途切れ途切れの問いかけに、三老戦士達はうなずいた。
「今は怪我も治っての。見違えるように美しゅうなった。わしらのところで保護しておる。自慢の弟達に、ひどい嘘を言って別れてしまったとずっと泣いておったよ。二人を呼び寄せて、謝って、今度こそ絶対しあわせにしたいとな」
ロナの弟テディ―はほほえんだ。
「……よかった……姉ちゃんは、ちゃんとすれば……誰よりも……美人なんだ……から……」
そして、テディ―のまなじりから涙が流れた。
「……嘘ついてたなんて……とっくに知ってたよ……オレを……助けるためだったって……。……全部、全部、オレが悪いんだ……」
それからテディ―は残りの命をふりしぼるように、必死に訴えた。
「……ロニーだって、そうだ……あいつは、姉ちゃんとオレを守ろうとして……異端審問官に脅されて……言いなりになったんです……!! あいつ、最後までやりたくないって泣いてたのに……!! ごめんなさい……!! 憎むならオレを憎んで……!! お願いです……!! ロニーを許してやって……!!」
真実を伝えるまでは死ぬに死ねないという気迫で、テディ―は激痛も忘れ、一気に語った。
文字通り命をかけたけなげさは、大人たちの胸をうった。
町長が静かにきりだした。
「……許すべきだ。みんな、このけなげな子に教えてやろう。世の中には、ろくでもない大人たちだけでなく、ちょっとはマシな大人もいるってことを。そうでなければ、この街をあずかる大人として、我らはこの子に顔向けできん」
顔役たちは静かに頷いた。
憎むべきは、姉弟たちの絆を利用した異端審問官だ。
町長はテディ―のかたわらに跪き、話しかけた。
「私はこの街の町長だ。私の名誉にかけ、ロニー君の罪は問わないと約束する。ここにいる大人たちで、ロニー君を許せないほど狭量な者は一人もいないよ。誇れ、君は我々の心を動かしたんだ。君の言葉で、街は憎しみの争いを回避できる。君がこの街を救ったんだ」
町長の言葉に、テディ―は心から嬉しそうに笑った。
「……ありがとう……ごさいます……。オレ、最後に……役に立てて、よかった……。姉ちゃんとロニーを……お願いします……」
「まかせろ。わしらが、ハイドランジア王家親衛隊の名にかけて、二人を守ってやる」
三老戦士の誓いにテディ―は目を見開き、口元をほころばせた。
「……うそみたいだ……こんなところで、会えるなんて……オレ……憧れてた……王家親衛隊に……入るのが……夢だった……」
白髭ブライアンがうなずき、優しく語りかけた。
「わかった。指南役権限で、特別枠をつくってぶちこんでやる。だが、稽古は厳しいぞ。覚悟せい」
黒髭ボビーが目を赤くして、つとめて明るく語る。
「そんな怪我ぐらいわしらの娘のマリエルにかかれば、ちょいちょいじゃ。あいつはロナのひどい怪我も見事に治してみせた。だから早く身体を元通りにして入隊してこい。歓迎の宴の準備をして待っておいてやるわい」
悲しい嘘だった。
いくら「治外の民」の治癒術でも、ここまでの損傷はとうてい治せない。
なによりもう間もなくテディ―が死ぬことを、三人の老戦士は経験で知っていた。
茶髭ビルが最後に語った。
「ロナとともにおまえ達を迎えに行ったのはわしよ。ロナから、見こみのある弟がいると聞いて楽しみにしておった。心せよ。おまえはたった今から、わしらの教え子じゃ。意地でも一人前の戦士に仕立て上げてやるからのう」
三老戦士の言葉に、意識が混濁しはじめたテディ―は、輝かしい未来の幻を見た。
パレードの先頭、花形の王家親衛隊の列で、自分が隊旗をまかされている光景を。
色とりどりの紙吹雪が舞うなか、テディ―は観衆に手を振った。
その中には、誇らしげな笑顔でテディ―を見守るロナとロニーの姿があった。
そして騎士の鎧をまとったテディ―は胸に誓うのだった。
「…………姉ちゃん……ロニー……今まで、ありがとう……これからは、オレが……二人を……守っ……て……」
それがテディ―の最期の言葉になった。
満ち足りた死に顔のテディ―の瞼を、茶髭ビルはそっと掌で閉じた。
「……見事な散り花見せてもろうた。ここからは、わしらのかわいい教え子の弔い合戦じゃ。……王家親衛隊を敵にまわしたことを、外道どもに地獄の底で後悔させてやるわ」
白髭ブライアンと黒髭ボビーが互いの鎌を激しく打ち合わせた。
軌跡が交差し、テディ―の胸の上で、刃の火花が散った。
「戦士への送り火じゃ」
「おまえの気持ちは、わしらの鎌にのせて連れていってやるわい」
ハイドランジア王家親衛隊員は、戦場で命をおとす場合、ほほえんで死ぬことが多いと噂される。それは、他の隊員が仇を討ち、遺志を継いでくれることに、全幅の信頼を寄せるからだと言われている。テディ―は期せずしてその死に様をみせた。それに応えるべく、立ち上がった三老戦士は復讐の鬼と化していた。
黙祷していた町長たちも顔をあげた。
「……行きましょう。この子の死に報いるためにも、異端審問官のたくらみを粉砕しなければ」
異端審問所の書記たちも頷いた。
「これは人の仕業ではない。我々も証言し、グロウス異端審問官とジョンを告発します」
テディ―の犠牲をきっかけに、街を覆う悪意を打ち払う反撃の用意が整った。
彼らの心はひとつになっていた。
その場を立ち去る前に、茶髭ビルはもう一度テディ―を振り返った。
「ようやったのう。おまえが皆の気持ちをまとめたんじゃ。わしらの自慢の弟子じゃ。勲章ものじゃ。あとで迎えにくるからの。じゃから、いい子にして待っておれ」
そして、茶髭ビルは黒外套をひるがえし、前を向いた。
復讐の戦士にもう言葉は必要ない。
誓いを胸に秘め、あとは刃をふるうことに集中するのみだった。
すみません!! 思ったより手こずって過去編終わりませんでした!!
あとは決着とプチ後日譚のみなので、次は必ず終わらせます。
どうかご勘弁を……!! 7月も更新しますので……。
コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」の作者、鳥生ちのり様、先月末、手術で入院されました。
電撃大王様でも1回分休載されますので、その関係で、7月はコミカライズ無料掲載の更新はないと思います。8月をどうぞお楽しみに!!
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悪口はなまくらのほうにw
ただし、おとしめるだけの平凡な悪口はつまらないです。
言われたほうが心ときめくほどの、才能を感じさせる悪口でお願いします。
手ぐすね引いてお待ちしております。




