お母様とローゼンタール伯爵夫人。すれ違った二人の運命は、時を経て、再び向かい合うのです
ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!
【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】1巻が発売中です!!
KADOKAWAさまのFLОSコミックさま発刊です!!
どうぞよろしくお願いします!! ちなみに連載誌は電撃大王さまです。
またコミックウォーカー様やニコニコ静画様でも無料公開してますので、どうぞ、試し読みのほどを。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「恋とうたたね」も少し読めます。
才能ある作家さんなんで、注目株ですよ……!!
原作の【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】は
KADOKAWAエンターブレイン様より発売中です!!
みなさん、こんばんは。
私、本作の主人公スカーレットと申します。
スカーレット・ルビー・ノエル・リンガード。
燃えるような赤い瞳、赤い髪。
胸元には真紅のルビー。
そして今夜のドレスは赤。
……社交界の赤い薔薇とでもお呼びください。
4歳間近・対外的には少年ですが、れっきとしたレディーです。
うん、属性盛りすぎてわけわかんない。
やむにやまれぬ事情があったんだけどね。
でも、今日は仮装舞踏会ということで、堂々とドレスアップしておすましし、会場にむけて、月あかりに照らされた八頭立ての馬車に揺られているわけなのです。
「108回」の令嬢時代を思い出すよ。
私は、ハイドランジアの宝石とたたえられた。
美貌と教養、優雅なダンスと立ち振る舞い。
立てば石楠花。座れば牡丹。歩く姿は百合の花。
そりゃあ、たくさんの殿方を虜にしたものだ。
懐かしいなあ。あの華麗で危険な夜。
……はい、ごめんなさい。半分は嘘です。
たたえられたのは本当。
でも、正直、ガチの男運はなかった。
苛烈な王位継承候補者戦のまっただなかだったのと、私に近づく殿方を片っぱしから威嚇するあほ娘がいたせいだ。
「スカーレットさまあ、アリサとの、けっこんしきは、いつするの? 誓いのキスの、れんしゅうしよ」
色ボケ金髪碧眼の幼女が、私にまとわりついた。
しなだれかかり、私の回想シーンに割って入る。
そう、こいつのせいだ。
アリサ・ディアマンディ・ノエル・フォンティーヌ。
「109回」では、二度と関わるまいと思った疫病神。
なのに、私はまたも目をつけられてしまった。
呪われた追尾機能でもそなわってるんだろうか。
私、赤い薔薇にはなりたいけどね。
ユリ展開は望んでないです……。
別に愛のカタチを差別するわけじゃない。
私が嫌がるには、わけがある。
このやらかしあほ娘は、今後ずっと私につきまとう。
そして私はその後始末に奔走する事になるからだ。
私はあんたの親でも、旦那でもないんだぞ。
……杞憂じゃない。確信がある。
だって、ループ人生で嫌ってほど経験したもの。
しかも、このアリサ。
「救国の乙女」として、「女王」の私を殺すんだ。
それも必ず。
どんなに世話をしてやってもだ。
恩を仇で返すとはまさにこのこと。
かっこうの雛の1000倍たちが悪い。
私はため息をつき、何度めかの教育的指導をした。
「アリサ。ステイ。キスはほっぺたまで。唇はダメ」
せめて躾だけはしておかなきゃ。
なのに、ひきはがして向かいの席に座らせても、ヨーヨーのように戻ってくるわ、あげく、「アリサのことキライなの!? 馬車からとびおりてやる」って泣き叫んで脅すわで、もう本当に手に負えない。うっかり拾った子猫に、主従逆転され、我が家をのっとられた気持ちだ。こんな奴、拾うんじゃなかったよ。
まったく、こういうとき頼りになるブラッドのやつは、御者してて、馬車の中にはいないし、お母様は子供同士のたわむれと思ってにこにこしてるし、セラフィともう一人は、「レディの馬車に、近親者の許可なく同乗するのはちょっと……」と及び腰だし、私は孤立無援で奮闘するしかない。
まあ、セラフィたちの反応はいたしかたないか。
あの妻デレ公爵が、自分以外の男性と着飾ったお母様が、狭い馬車で膝突き合わせたなど知ったらどんな暴挙にでるか……こわっ、娘の私でも想像すると震えがくる。触らぬ神にたたりなしである。
「……で、アリサ。どうやって魔犬に連れてこられたのか、他になにか思い出せない?」
私は何度目かになる質問をした。
対するアリサのたどたどしい返答は、ちっとも要領を得ない。
眠っていて、気がついたら、走る大きな犬にくわえられていた。
びっくりして、気を失って、目をさますと運命の王子様( 私のことだ。断固拒否したい!! )に出会ったと繰り返すばかりだ。
あんたね!!
5W1Hのいくつかがスポンと抜け落ちてるじゃない!!
そう叫びたいが、相手は頭お花畑アリサだ。
まして今は三歳児である。
私は情報収集をあきらめた。
いい女は、あきらめが肝心。
ときに仏の心になることも必要……ウアアアアーッ!?
馬車の窓に流れる光景に目をやった私は、腰をぬかしかけた。
魂がとびだして昇天しかねないほどのショック。
あやうく懐かしの赤ちゃんシャウトをあげるところだった。
ぼうっと白い巨大な塊が、馬車に並走するように飛んでいた。
そして狼のような金色の瞳の子供が、じいっとこちらをのぞきこんでいる。
肌が褐色のせいで、やけに瞳がぎらぎらと目立つ。
ちょっとしたホラーである。
しかし、幽霊のたぐいではない。
もっとタチが悪いものだ。
「……ししょおーっ!!」
そいつのウルフカットの黒髪がたなびいた。
窓を通してでも伝わるほどの大声をはりあげ、ぶんぶんと手を振ってくる。
いい笑顔で白い歯が光るのがものすごい腹がたつ。
それににこやかに応えるお母様。
私は額に拳をあて、あらたに増えた悩みのタネにため息をついた。
偏頭痛がしてきた。
奴の名前はアーノルド。
「108回」での「5人の勇士」の一人。
闇の狩人として、何度も私を射殺した不届きものだ。
飛翔する相棒の白フクロウにぶらさがり、現在、私達の馬車に同行している。
シュールすぎる絵面だ。
「108回」ではこんな使い方はしてなかったが、今のアーノルドの子供体重と、バカげた大きさのこのフクロウの翼なら、じゅうぶんに可能なのだろう。
「なあ、スカーレット!! オレ様と結婚しようぜ!?」
私はずっこけかけた。
できるか!!
あんたは子供だし、私なんてまだ四歳手前よ!!
だいたい私は男のふりしてるってのに。
同性婚になって教会に睨まれるじゃない。
これ以上、私に敵を増やしてくれるな。
ひきこもりの夢がますます遠のく。
アリサがむうううっと頬をふくらませ、私の腕を抱え、領有権を主張する。
いや、私、鎖国してあんたも締め出すからね?
「そうしたら、オレ様は毎日、師匠のもとで弓三昧だ!! 最高の未来だぜ。くうーっ!! 待ち遠しい!!」
待ち望むな。
そして勝手に話を進めるな、このオレ様キャラが。
そんなノーフューチャーなことになったら、ストレスで胃に穴あくわ。
困ったことに「108回」とは違う意味で、私はヤツにロックオンされてしまったのだ。
だいたいあんたの本命はお母様でしょうが。
私は妻ならぬ刺身のツマ扱いだ。
母親のほうが旦那と仲いい結婚なんて地獄だよ。
このプロポーズを聞いてブラッドのやつがどんな顔をしているか気になるが、残念ながらこの客室と御者席は隔てられているため、表情を見ることはできなかった。
……あ、変な意味じゃないから。
あいつ、私の騎士になってやるって誓ったんだもの。
こういうときにノーリアクションはいかんでしょ。
うん。
「……あの天才アーノルドが義息子? ならば、メルヴィルの弓技のすべてを伝授できる……」
お、お母様!?
あのオレ様キャラに、乗り気になっちゃいけません!!
詳しくは語れませんが、ヤツは私の天敵ですよ!?
いつ裏切るかわからんのです。
敵に塩どころか、メルヴィルの奥義なんか渡したら、ほんとに手のつけられない化物になっちゃいますって!!
私は心の中で悲鳴をあげた。
スタン効果つきの矢の加速技、「雷爬」。
それをはじめとするお母様の数々の超絶技。
そんなものが、アーノルドのパワーにプラスされたりしたら、力と技の大怪物が誕生する。はるか彼方から、遮蔽物を山なりにとびこえてくる正確無比な雷爬や、障害物を回避する六連射なんて実現したら、マジで洒落にならない。
さきほど、無貌のアディスさえ封じこめかけた、アーノルドの怒涛の鳥瞰射撃を思い出し、私はぶるっと身を震わせた。
あれはびびった。
「108回」の大人のときのアーノルドの弓力を彷彿とさせた。
もっとも今のあいつは、あくまで子供であり、あの桁外れのパワーはドーピング的な事情があって発揮できただけらしい。以下、その理由。
「……いやあ、なんか鼻眼鏡かけたひょろっとした二十歳くらいの兄ちゃんに、変な薬もらってさ。それ飲んだら、すっげーパワーがあふれてきたんだ。で、オレ様は思った。これなら先生の鉄弓も自在にあやつれるんじゃないか。そうなったら、もう行くしかない。な、わかるだろ」
……全然わからんです。
まず「先生」って誰だ。
それに、鼻眼鏡……。薬って……。
まさか、五人の勇士の一人、大学者のソロモン……。
まあ、あいつはアーノルドと同年代だし、年齢的にありえないか……。
「あの例の学者風の青年ですか。よくもそんなあやしい薬に手を出しましたね」
あきれるセラフィにアーノルドは悪びれることなく、
「オレ様には頼れる相棒がいるからな。毒かどうか、こいつが判断してくれるのさ」
と白フクロウにウインクする。
白フクロウはうなずくかわりに、誇らしげに金色の目を光らせた。
そういえば、この白フクロウ。
真偽を見極める目をもつんだった。
「108回」で私も逃走中、こいつに変装を何度も見破られて辟易したっけ。
「で、パワーアップしたオレ様は、セラフィと一緒に駆けつける予定を変更し、高所に陣取ったわけだ。距離をおいてこそ、オレ様は真価を発揮するからな。援護射撃うまくいったろ」
自慢げに胸をそらす。
まあ、悔しいがたしかにそうだ。
無貌のアディスは、ブラッドをも凌駕する近接戦闘の怪物だった。
もし、アーノルドが戦闘現場に駆けつけていても、懐にとびこまれ、矢を封じられた可能性は大だ。
それにしてもアーノルドのやつ、よくしゃべる。
「108回」で私がアーノルドと出会ったのは、だいたいいつもご家族が火刑にされた後だったから、凄まじい憎悪の目つきばかり印象に残っている。これじゃ、ちょっとイケイケのただの気のいい兄ちゃんだよ。
七妖衆が撤退し、私がアリサにスカートに顔をつっこまれ、悲鳴をあげていたところに、アーノルドは白フクロウとともに現れた。そして頼まれてもいないのに、勝手に自分語りをはじめたのだ。
やつの顔を見た私は、恒例のフラッシュバックによるトラウマなシャウトを、「オアアアーッ」とあげようとしたが、不発に終わった。
アーノルドの変な薬入手のくだりのところで、
「……眼鏡が。へえ……」
とえらくドスのきいた呟きが、私のスカートの中でした気がしたのだ。
さ、寒い。なんかえらい寒気がする。
ぽんぽんが冷えてしまう……!!
さいわい冷気は一瞬だけで、あとはアリサの鼻息のくすぐりに悶絶することになったのだが。
すき間から吹きおろしの夜風でも入ったのだろう。
「……ご高名はかねがね。ヴィルヘルム公爵夫人、コーネリアさま。お目にかかれて光栄です。無理を申してセラフィに連れてきてもらってよかった。わずかにでも助勢がかないましたこと、望外の喜びです」
セラフィに私達を紹介されるのを待って、アーノルドは口上を述べ、お母様に恭しく礼をした。
ああ、野人ぽくっても、こういうマナーはちゃんとしてるんだ。
上流貴族の息子だしね。
「……私は……いや、オレ様は……知ってもらうには、語るより、このほうが早えな」
口調をがらりと変え、にやりと猛禽を思わす笑みを刻むと、アーノルドは背中に背負った鉄弓にいきなり矢をつがえた。
な、なに、こいつ!?
やっぱり私達の敵!?
この至近距離であの爆発的な弓威はやばすぎる!!
「お母様!!」
私が叫ぶより早く、お母様もうなずき、すでに矢をつがえていた。
「たしかに。言葉で欺けても、弓で嘘はつけません。その挨拶、受けました」
二人は弓をかまえたまま相対し、そのまま睨みあった。
そしてお互い笑顔になり、構えをといて矢を矢筒におさめた。
息詰まる空気に固唾をのんだ私は拍子抜けした。
え、もう終わり?
「……さすが。短弓でそんな脳天しびれるような構えを見せられちゃあな。とても勝てる気がしねえ。大陸をゆるがした魔犬ガルムを討伐したって噂はほんとうだったみたいだな」
「あれは皆の力で成したこと。特にそちらのブラッドのね。私はその他大勢の一人にすぎませんよ。それより、そちらこそ幼いのに、たいしたものです。その鉄弓、女の私では扱えないでしょう。けれど、先ほど私達を援護してくれたときに比べ、圧力が減じていますね。腕を負傷しましたか」
アーノルドとお母様は、まるで百年の知己のように親しげに話しはじめた。
うーん、剣の達人同士がかまえて対峙し、互いの技量を理解しあったみたいな感じなのか?
すごいな、なんて名勝負だ、と王家親衛隊の面々も熱く語り合っている。
そ、そうかな。
弓キチの世界は、私にはよくわからないです……。
救いを求めるようにまわりを見渡すと、ブラッドと「治外の民」たちは腕組みして、わかるわかるというふうに頷いているが、セラフィは「ええ? なんで?」みたいな顔をして、ぽかんとしていた。
おお、私だけじゃなかった。
脳筋の世界で、マイノリティお仲間発見!!
「言ったろ。さっきの鉄弓での鳥瞰射撃は、妙な薬のおかげだ。薬が切れちまった今のオレ様にゃとても無理なのさ。あんたの本当の得物は複合弓だろう。まともにやり合っちゃ、オレ様じゃとても勝負にならねえな」
負けず嫌いに見えるのに、アーノルドはとても嬉しそうだった。
そして私はなんだかすごく悪い予感がした。
アーノルドは右拳を固めると、左掌にぱあんっとうち鳴らした。
「……よしっ、決めた!! コーネリアさん、オレ様はあんたに惚れた!! 惚れたからにゃ、男はすぐに行動だ。弟子入りするしかねぇな!! 今日から師匠と呼ばせてもらうぜ。いや、呼ばせていただきます!!」
奴はこともあろうに、目をきらっきらさせ、私のお母様を口説きにかかった。
「オレ様のことはアーノルドと呼び捨てにしてください。どんな厳しい特訓にも耐えてみせます」
「ちょっと待てえええっ!!」
とんでもない急転直下の事態に、私は絶叫した。
この闇の狩人、何しれっとお母様に弟子入りしようとしてんの!?
なんなの、この短絡バカは!!
こいつが我が家に入りびたるようになったら、獅子身中の虫ならぬ、スカーレット身中の鷲だ。
私のひきこもり計画が根底から覆ってしまう。
お母様、愛する娘のピンチです!!
ここは断固拒否ですよね!!
「……弟子……特訓……心が燃える響きです……」
あれ、お母様!?
拳をふるわせ、瞼を閉じて天を仰いでる。
……なんか乗り気になってる!?
私は青ざめた。
やばい。
華奢な外見と控え目な性格に似合わず、お母様は、弓がからむとスポ根体質になるんだった。
こういうシチュエーションと、アーノルドみたいな弓矢の才能の塊みたいな奴に慕われて、燃えないはずがない。しかも二人とも妙にウマが合う。夕陽をバックに特訓に明け暮れる二人のシルエットが見えた気がしたよ。
どうしよう。
懊悩する私に、アーノルドはあっけらかんと笑いかけた。
「そんなに嫌ってくれるな、姫さんよ。『真祖帝のルビー』のことはいろいろ聞いてるぜ。あんた、敵が多いんだろ。頼れるコマは一つでも多い方がいいんじゃねぇか。オレ様が相棒の目を通しゃ、上空から侵入者をすぐ発見できるし、変装も見抜ける。あんた、外には男って言ってるけど、ほんとは女だろ。そっちのメイド服の姐さんは男だな」
私のスカートの中でごそごそしているアリサに気づかれぬよう、さすがに声をひそめる。
そうか。
アーノルドは、不思議な力をもつ白フクロウと視界を共有できるんだった。
た、たしかにこの提案は美味しいかもしれない。
私の様子に手応えを感じ取り、アーノルドはたたみかけにきた。
「悪くねえ話だと思うぜ。それにオレ様は弓じゃ師匠に劣るが……」
そう言うとアーノルドは、弓をかまえたまま、斜めに横っ飛びした。
宙に浮いたまま、三連発で矢を放つ。地面に着地し、回転レシーブのように転がりつつ、もう二発。さらに後ろ蹴りをくりだしながら、振り向きざまに一発。計六発放たれた矢は、立ち木の幹のほぼ同じ箇所に命中していた。
まるで早撃ちの曲芸ショーだ。
さすがに鉄弓でなく、もう一つ持っていた木の弓だったが、驚くべきデモンストレーションだった。
「こういうふうにオレ様はかく乱と、接近戦もこなせる。混乱したとこを、師匠が遠距離から敵を狙いうつ。どうだい。これこそ鬼に金棒ってやつじゃねぇかな」
ブラッドがひゅうっと感嘆の口笛を吹いた。
「すごいな。体術と弓技を組み合わせるなんて。乱戦になっても、自在に矢が扱えるってわけか」
私は渋面になった。
そうだ。
「108回」でのアーノルドは、アーチャーにもかかわらず、私の女王軍の真っただ中にしょっちゅう奇襲をかけてきた。長槍よりも射程距離が長く、射るための溜めもなく、しかも素早い。こちらの飛び道具は同士討ちを恐れて使えないときた。隊伍は内側から崩され、伝達も連携もぐさぐさにされた。じつに厄介な特技だった。
締めで掛け声とともにバク宙をかましたあと、アーノルドはブラッドににやりと笑い返した。
「……よっ、と。メイド服のあんちゃんが言うと、皮肉にしか聞こえねえぜ。あの白づくめの化物相手に近距離で戦っちゃ、さすがにオレ様も、距離を潰されて終わってた。だけど、あんたはあいつを赤子のようにあしらった。相棒の目を通して見てたぜ。人間とは思えねえ強さだった。どう鍛えたらあんなんなれるんだ」
「赤子のように? オレが? 白づくめって、無貌のアディスを?」
アーノルドに絶賛され、ブラッドは不思議そうに首をかしげた。
そっか。無敵の「彼」が自身に降臨していた記憶がブラッドにはないんだ。
ブラッドだけではない。
お母様もセラフィも「治外の民」も王家親衛隊も、私をのぞく全員があのとき気絶していた。
だから、この場の誰も「彼」には会っていない。
アーノルドは、上空の白フクロウの目を通して、離れた位置から状況を把握していた。だから、例外的に「彼」の無双ぶりを知っているんだ。
ううむ、困ったぞ。
これでは、超絶達人の「彼」の実在を、みんなに説明しづらい。
あの強さが恨めしい。
まともに語ったら、私は完全にオオカミ少女あつかいだ。
しかもブラッドの身を借りて現れたなんて言おうものなら……。
うん、どん引いたうろんな目で見られること請け合いだな。
どうやって株を落とさず、信じてもらおうかと苦悶した私は、しかし、はたと気づいた。
「彼」は当分出てこられないかもと言っていた。
迂闊に口にし、余計な安心感を与えるのはかえって悪影響だ。
だから、ここでなく、あらためて場所をもうけ、限られたメンバーでいったん情報共有すべきよね。
うん、無理して今説明する必要はなし。
……これは断じて逃げではない。
沈黙は金なり。
それに、「彼」と同じくみんなが出会わなかったあの七妖衆のアゲロス。
勘だけど、「治外の民」のわけあり関係者じゃないか?
どことなく「108回」の孤独なブラッドを思わせたもの。
アディスのやつも「治外の民」の技を使ってたし、ここはブラッドのお父さんお母さんを交え、一度、内密かつ慎重に語り合う必要があるね。
「そうと決まれば、こんなところに長居は無用よ。さっさと我が家に引き返しましょう。こら、アリサ。いつまで人のスカートに顔突っこんでるの。いい加減に出てきなさい」
もう舞踏会どころじゃない。
急いで公爵邸に戻り、今後の対策をねらねば。
馬車には予備の部品も積んでいる。
道のりをもたすぐらいの応急処置はできるはずだ。
「いや、残念だけどよ。ヴィルヘルム領にゃ、こっから馬車じゃ戻れねえぜ」
コバンザメみたいにくっついたアリサを引きはがそうとする悪戦苦闘する私に、アーノルドが気の毒そうに告げた。白フクロウのほうに顎をしゃくる。
「さっき相棒に上から見てもらったがよ。あの骸骨ヤローが、でけえ木あちこち切り倒してな。森の道って道をふさいでいきやがった。馬車が通れるように撤去するだけで、丸二日はかかるぜ。無傷なのは前に進む道だけだな」
そういやアディスを救出にきた七妖衆のスケレトスが、次々に大木を素手で斬っていた。あれは威嚇だけじゃなく、こちらの脚封じの意味もあったのか。
なんてはた迷惑な。
あとで近隣の住人達は大迷惑だろう。
しかし、伐採作業にこれほど最適な人材はいないな。
顔は怖いけど性格は悪くなさそうだったし、スケレトスも私のスカウトリストに加えておこう……。
……と、そんなこと考えてる場合じゃないな。
前しか進めないって、ローゼンタール伯爵夫人の居城に向かう一本道ってことじゃない。
なんなの、この舞踏会にこいと言わんばかりのお膳立ては。
もしかして夫人も連中とグルなんだろうか。
これはやっぱり罠の可能性が……。
「じゃ、じゃあ、馬車を降りて徒歩か馬で……」
「オレ様的におすすめはしねぇな。さっきの白いバカでけえ犬がいたろ。おんなじくらい大きさの奴らが、数匹でうろうろしてんぜ。退却した連中のあとぞなえで配置されてるんだろ。積極的に向かって来る気はなさそうだけどよ。帰ろうとして近づくとたぶん攻撃してくんぜ」
うーん、前門の虎、後門の狼……魔犬状態か。
「オレもやめたほうがいいと思う。あのマーナガルムってやつと同じレベルだと、今のオレ達の戦力じゃ突破はできない。あれはとんでもない強さだぞ。魔犬ガルムと遜色ない。それが数匹となるとなあ」
ブラッドも後退に反対だった。
さきほどマーナガルムと交戦しただけにその言葉には重みがあった。
「……スカーレット、ちょっといいかしら」
どうすべきか頭を悩ます私達に、お母様が声をかけた。
その言葉は意外なものだった。
「前に進むべきだと思う。私、ローゼンタール伯爵夫人がそんなに悪い人には思えないの」
え? でも、ローゼンタール伯爵夫人って、あの忌まわしいいじめの主犯格ですよね、
私達の視線を一身に受け、お母様は頬を赤らめた。
「……思い出したの。あの私がひきこもるきっかけになった夜のことを。はっきりと。……『赤の貴族』達はみんな私を嘲ったわ。馬鹿にして面白がってた。だけど……あの人だけは怒ってた。私はそれがとても怖かった。でも、違う。あれは怒ってたんじゃない。きっとあれは……泣いてたのよ」
お母様はつらい過去に向き合いながら、ひとことひとこと言葉を慎重に選ぶようにして語った。
「……不思議ね。あのときは恐怖しか感じなかったのに、今は、じっと睨みつけていたあの顔が、小さい女の子が泣きたいのを必死に我慢してたように思えてならないの。……きっと何かわけがあったのよ。だから、私は……もう一度あの人と向き合いたい。そうしないと、私……ヴェンデルの妻を名乗る資格がない気がするの」
そしてお母様は肩を軽くすくめ、舌を小さく出し、おどけるように言った。
「……それに、仮にも師匠たるもの、弟子の前で逃げ帰るなんて、かっこわるいでしょ」
思いがけず炸裂したキュートさに、弓キチの王家親衛隊が大きくどよめき、アーノルドが「よっしゃ、さすがオレ様の師匠だぜ。そうでなくっちゃいけねえ」と両こぶしをぐっと握りしめた。
さすが元弓世界のアイドル。
本人無自覚でも男心への破壊力が半端ないです。
天然人たらしだ。
なるほどお父様が過剰なほどお母様に過保護になったのがわかる気がする。
でもねえ。
私達、戦闘直後で、肝心のドレスが泥だらけよ。
これ、仮装だってごまかせるかなあ。
「……心配すんな。今夜の主役のコーネリアさんがそう決めたんだ。オレ達はその女の勘を全力でサポートするさ。いちおう用心のため、公爵邸と王城には伝書鳩で連絡を飛ばしときゃいいだろ。な、セラフィ。おまえのことだ。どうせ用意してるんだろ」
ブラッドの言葉にセラフィもうなずいた。
「……もちろんです。そろそろオランジュ商会の輜重隊が、ローゼンタール伯爵夫人がわの道から到着する頃です。鳩も替えのドレスも馬車の補修具も万全ですよ。もちろんご婦人方の着替え用の別馬車も。美容師もいます。せっかくの舞踏会です。万全の態勢で挑んでもらいたいですからね」
「さすがオレ様の親友。怖いくらい抜かりねえぜ。おお、たしかにオランジュの馬車が見えるな。上空からの見張りは、オレ様と相棒にまかせな。フクロウの目からは誰も逃れられねえ。前方にゃ伏兵もいねえから安心していいぜ」
再び白フクロウが夜空にはばたき、視界を共有するアーノルドが太鼓判を押す。
頼もしく語り合う3人の背中に、私はなぜか既視感をおぼえた。
なんだろ、このむずがゆいような、ほっとするような安心感は。
奇妙なことだ。
「108回」で私を殺した「五人の勇士」のうち、三人までもが、今、私の仲間になってくれている。
時々とびだす殺されたときの私のトラウマにさえ目をつぶりさえすれば、ブラッドもセラフィもアーノルドも、戦局を一人でひっくりかえすくらい有能だ。
それも単純に味方プラス3じゃない。
おそろしい敵マイナス3になったぶん、実質プラス6だ。
オオッ、生まれてすぐに魔犬ガルムに襲撃されたりなんかしたせいで、ルナティックモードの人生って思いこんでたけど、私もしかして人生すっごい勝ち組じゃない!?
これからは安定人生!!
一路順風よ!!
おーほっほっほ。3人とも、ここは過去の遺恨を水に流してあげてもよくってよ。
そのかわり、我がひきこもりプロジェクトにむけて、馬車馬のように働いてねっ。
「……くんくん、スカーレットさまによってくるいやな害獣のにおいがする。アリサも負けずにリードできるよう、マーキングしとかなきゃ」
すっかり気をよくし、たまには悪役令嬢らしく高笑いしようとした私は、スカートの中でもぞもぞしているアリサに内腿をなめまわされ悶絶した。
「……あははっ……こら……アリサ……!! やめて!! やめなさい!! くすぐったいってば!!」
「よし。アリサがここをせいふくしたというあかしに、しょうりの旗をもちかえろう」
「……あははっ……!! !? ちょっ、ちょっと!? それは旗じゃない!! 私のパンツだ!! 勝手に脱がすな!! やめなさい!! このあほ娘が……!! どつかれたいの!? ひゃああっ!? かぐなあああっ!! どこに顔つつこんでのよおおおっ!! ノオオオオオッ!!」
……私のうきうき気分は、一瞬で洪水にふっとばされたように流れさった。
「へっへっ、女の子同士のじゃれ合いは見ていて、ほほえましいな」
「そ、そうかな。ボクには、ものすごく嫌がってるように見えますが……。でも、女の子の距離感ってよくわからないし……空気読めない男扱いされたくないし……どうしよう……」
「マジで嫌がってんだよ!! 助けるぞ!!」
あわてて3人がとびつき、アリサを私から引きはがそうとするが、アリサはすっぽんが食いついたようにスカートの中から出てこない。
「ちょっと!? ストップ!! ブラッド!! パンツが脱げちゃう!! アリサ!! パンツに噛みつくのはやめて!! 口を離しなさい!! ぎゃあああっ!! 3人ともこっち見ちゃダメ!!」
「きえんすえひ、あいしょの、こえくしょん」
ストップ、ストリップだ。
もう無茶苦茶である。
私は悟った。
敵にしても味方にしても厄介な、アリサというスーパートラブルメーカーがいる限り、多少プラスポイントがあったとしても、私の人生はやっぱり紆余曲折であり、逆風ふきまくりの厳しいものになるのは、間違いなさそうだった。
誰か、この暴走あほ娘をなんとかしてください……。
私、ほんとに泣きそうです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ローゼンタール伯爵夫人は、かつて少年のヴェンデルからもらった薔薇のコサージュを胸元にいれ、薄暗い小部屋の中、じっと佇んでいた。
室内には所せましと無数の宝石や毛皮や調度品が押しつめられている。
誰から見ても宝物だ。
だが、この古びた薔薇のコサージュだけは例外だ。
ローゼンタール伯爵夫人以外にはなんの価値もない。
それだけに、彼女にとってはかけがえのない宝物だ。
それに触れているときだけ、少女の優しい心を思い出せる気がした。
「……待っててね。ロニー、テディ―、姉ちゃんももうすぐそっちに行くから……」
そう亡き弟達に呟いたあと、悲しげに自嘲した。
「やっぱり無理か。私みたいな女には地獄がふさわしいものね。二人のいる天国には、行けないよね……。もう一回だけでもいいから、二人に会いたかったよ……」
そして伯爵夫人は激しく咳きこんだ。
口をおおった指先から鮮血がこぼれる。
屋敷全体をおおうほどの「魔眼」の力は、術者の彼女の命を急速にむしばんでいた。
すさまじい激痛と疲労感が全身を襲う。
ソロモンの警告どおり、このままいけば遠からず死を迎えることになるだろう。
だが、後悔はない。
けれど、まだ死ぬわけにはいかない。
「せめて、ヴェンデル様とあの人の……コーネリアの晴れ舞台を見届けるまでは……」
壁に背をもたせかけて、ローゼンタール伯爵夫人は喘ぐと、気力をふりしぼり、再び身をおこした。
社交界の華として君臨するローゼンタール伯爵夫人は孤独だ。
愛する弟二人を、権威ある「魔女狩り」で失った彼女は、本心では権力を憎んでいた。
それなのに権力の権化として生きるしかなかった伯爵夫人の心は、すさみ、そして自己嫌悪でボロボロだった。小さな薔薇のコサージュひとつにすがるようにし、自室で人知れず嗚咽をこらえる夫人の姿は、社交界での権勢を知る者達には信じられない光景だろう。
だが、権力なしでは、彼女の目的は果たせなかった。
どんなにつらくても立ち止まるわけにはいかなかった。
ハイドランジアの先王は、暴君であり、真祖帝の伝説を毛嫌いしていた。
それは彼ののぞむ絶対王政を覆しかねないものだったからだ。
そんな先王にとり、赤い髪と紅い瞳をもち、真祖帝の再来と噂された、スカーレットの父親のヴェンデルは、どうしても始末しておきたい邪魔者だった。だから、無理難題をふっかけ、何度も死地に送りこんだ。なのに生還し続けたことが、皮肉にもヴェンデルが英雄と呼ばれる原因となった。
このままではヴェンデル様がいつか殺されてしまう。
焦ったローゼンタール伯爵夫人は強行手段に出た。
あらゆる汚い手を使い、ライバル達を失脚させ、賢妃と名高い先王の王妃の権力を削ぎ、廃妃に近いかたちに追いこんだ。
ローゼンタール伯爵夫人が傾国の悪女といわれるゆえんである。
一番の寵妃の座に躍りでたローゼンタール伯爵夫人は、宮廷の裏の実力者になった。
色と贅の限りをつくし、ハイドランジア先王を骨抜きにした。ヴェンデルへの恋心を悟られないよう、笑顔の仮面をかぶり、命がけで先王を魅了した。そして先王がヴェンデルに過酷な任務を与えようと思いつくたびに、先王を誘惑し、色に溺れさせ、その目をそらし続けてきたのだ。
すべてはヴェンデルのしあわせのために。
ヴェンデルは、紅の公爵は、知らない。
かつて救った幼い少女が、命をかけ、プライドと心まで捨て、泥と血にまみれ、王宮の陰謀から自分を守りぬいたことを。
宮廷の毒サソリ、金と宝石で着飾ったうすぎたない娼婦、そう陰口を叩かれる女が、誰よりも一途な恋心に突き動かされたゆえに、悪女であり続けなければならなかったことを。
先王のそばに控え、居丈高にヴェンデルを見おろすたび、彼の足元にすがりつき、大声で泣きじゃくりたいのを必死にこらえていたことを。
慧眼のヴェンデルでも気づかないのにはわけがあった。
彼の知っている純朴なロナと、驕慢なローゼンタール伯爵夫人は、ブルネットの髪とヘーゼルの瞳以外に共通点がなさすぎた。それになにより、ヴェンデルは、ロナが死んだと思っていたのだ。
野の花のようなロナの思い出は、大切に彼の胸にしまわれていたが、ローゼンタール伯爵夫人とそれを結びつけるのは不可能だった。
そしてヴェンデルは、妻のコーネリアをいじめた主犯と誤解し、ローゼンタール伯爵夫人を憎むようになった。
あれから十四年、伯爵夫人にとって毎日が地獄だった。
それでもなにかあったとき、ヴェンデルの力になれるよう権力はたもち続けた。
でも、そのつらい日々ももう終わる。
もし、自分が期待したような伴侶にコーネリアが成長しているなら、ヴェンデルにもう自分の助けなどいらない。
「……だから、私の期待を裏切ったりしたら、コーネリア、あんたを呪い殺してやる」
言葉とうらはらにその口調と表情はやわらかかった。
ローゼンタール伯爵夫人は信じているのだ。
十四年前、あの凄惨ないじめの現場で起きるはずだった奇跡を、今度こそコーネリアが見せてくれるはずだと。
だからこそ、命をかけて「魔眼」を発動した。
そして、コーネリアはソロモンから教えられた。
「……どうせ貴女が『魔眼』で見れば、すぐにばれてしまうことですからねえ。ですが、『彼女』には逆らわないほうが身のためですよ。この私でさえ、怒らせれば命が危うくなるのですから」
そう言っていくつかの秘密を明かしてくれた。
ルーファスなどという男児は存在せず、スカーレットと言う名前の女児の偽名であること。
そして、コーネリアが妊娠していること。
それが原因で、『彼女』に命を狙われていること。
「……あのソロモンが恐れるなんて、とんでもない存在が世の中にはいるものね」
魔人としか思えないソロモンの上位の存在など、凡人の自分には想像できない。だが、
「だから、なに? どんな相手でも怖くなんかないわ」
ローゼンタール伯爵夫人は晴れやかに笑った。
どんな恐怖も、ヴェンデルに嫌われた十四年間の悲痛を思えば、ものの数ではない。
「……私は、私の見たかったものを再現するだけよ。そして、コーネリア、もしも、あなたがそれを見せてくれるなら……」
ローゼンタール伯爵夫人は思い出す。
十四年前、いじめられるコーネリアを助けるため踏み出せなかった一歩を。
でも、今度は、今度こそは……!!
「どんな相手からでも、命をかけて、私があなたを守ってあげる。ヴェンデル様の愛する妻と子供ですもの。誰にも奪わせなんかしないわ」
そして、ローゼンタール伯爵夫人は誇り高く歩き出す。
一途にヴェンデルを想い続けたロナが、その後ろ姿に重なる。
悲しいすれ違いでお互いが深く傷ついたコーネリアとローゼンタール伯爵夫人。
過去をこえ、二人の女たちの運命の歯車が噛み合うときが、再び訪れようとしていた。
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