思わぬ再会。よみがえる悪夢。暴走するあほ娘に、私は頭を抱えるのです。
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公開期間限定の回もありますので、お見逃し無いよう!!
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ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!
そして、John. BarleycornさまからFAいただきました!!
大人スカーレット、美人です!!
洋画のポスターみたいです!! というかお城に飾られている絵画のようです!!
……なのに、よりによって今回、この話……。
いろいろ台無しです。すみません……。
「アオッ!? アオオオーッ!!」
……みなさま、ごきげんうるわしゅう。
別に発狂したわけでも、赤ちゃん時代とキャラを間違えたわけでもありません。
これは……悲鳴です……。
恥ずかしながら、私、恐怖で失禁寸前です……。
身体は3歳児でも、心は28歳の私ですが、それどころではない。
そして、ここは馬車の中……。
いきなり前回のバトルから場面が飛んで混乱する向きもございましょうが、暫しお付き合いを。
私、本編の主人公、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードと申します。
「108回」ものループ人生を繰り返していたことに気がつき、知識チートを使っての、惨殺ラストからの脱却をはかるも、命懸けのバトルの日々をおくる、まぬけな公爵家令嬢です。
おかしい……。
「108回」の幼児期では、魔犬や怪人が殺意満々で襲いかかってきたりしなかった。
知識チートのプラスぶんよりも、人生の難度がアップしてないか?
……どうしてこうなった?
最近は、恋愛タグさまだけでなく、悪役令嬢タグさままで、私にそっぽ向いてます。
代わりにバトルタグさまが、「よお大将、また会ったな」って、やけに親しげに肩を組みにきます。
これじゃ知識チートで引きこもりますじゃなくて、チートバトルで大暴れじゃないの。
しかも私じゃなく、周囲のみんなが。
四歳足らずのやわらか幼女ボディでは、超絶バトルについていけない。
どころかいつ死んでもおかしくない。
こんな綱渡り人生、もう嫌だ。
どうかこれ以上バトル展開になりませんように……。なのに……!!
「……スカーレットさまあ……アリサ、こわーい。ぎゅっとして」
「アオオオーッ!! オアアアーッ!!」
あほ娘の甘えた声に、私は総毛だって絶叫した。
バトル以上にデンジャラスな事態に陥っていた。
虎の唸り声のほうがまだしも歓迎できた。
トラウマが地獄の底からよみがえる。
心臓がぎゅっと縮こまった。
しなだれかかるように体全体で抱きつく小悪魔に、私は辟易させられていた。
ふわりとした金髪が頬をくすぐる。
抜けるような白い肌は白磁みたいだ。
碧眼はサファイアのようだ。
黙って座っていれば、天使と勘違いするほど愛くるしい顔立ち。
幼児なのに、着飾った貴婦人たちの群れにあっても、ひときわ存在感を放つ美貌。
のちに無数の男達を虜にする片鱗がすでに現れている。
……ちっとも嬉しくない。
血まみれのヴァイキングに頬ずりされるほうが、はるかにマシだ。
……再度、どうしてこうなったあ!?
恐怖のあまり私が硬直しているのをいいことに、そいつは頬ずりをはじめた。
「……んーっ、むちゅーうっ」
なおも私が凍りついているのを確認し、頬にキスをしようとたくらむ。
ずうずうしい野良猫みたいな奴だ。
「108回」のときとまったく変わっていない。
こいつの名前は、アリサ・ディアマンディ・ノエル・フォンティーヌ。
武勇をもって鳴るフォンティーヌ子爵家の令嬢で、私と同日同刻生まれの呪われた同い年だ。
そして、「108回」において、女王だった私を死に追いやった反乱軍の首魁、〈救国の乙女〉でもある。
私を直接手にかけたのは、ブラッドをはじめとする〈五人の勇士〉だったが、その背後にはこの〈救国の乙女〉アリサがいた。こいつへのトラウマは、〈五人の勇士〉全員分と言ってもいい。
それだけじゃない。
〈五人の勇士〉には、女王の私を恨む理由があった。
仇討ちされても、まだ納得はできる。
だけど、アリサは違う。
恩を着せたいわけじゃないけど、スーパートラブルメーカーだったアリサの尻ぬぐいをいつもしていたのは、令嬢時代の私だ。泥をかぶったこともある。私の悪役令嬢の汚名の半分は、こいつのせいと言ってもいいくらいだ。
それでもアリサとの交遊を絶てなかったのは、アリサが私に懐いてくれていたからだ。
令嬢時代には、過剰なスキンシップやおバカな暴走はあっても、ただの一度も私を裏切らなかった。
いじめられっ子だったくせに、ぽけーっとしたシュークリーム脳なのに、私の悪口を聞いた途端、豹変し、はるか格上の令嬢や貴婦人に泣きながら食って掛かった。
……裏切りと権謀算術の中にあった私にとって、正直、アリサは心許せる妹のような存在だった。出来が悪い子ほど可愛いというのは、私にはよくわかる。
……それが、私が女王即位した途端、ころっと手のひら返しして、私の抹殺のために叛旗をひるがえしやがった!! 私は女王になっても、アリサとのつき合いをやめる気なんてなかったし、むしろ王宮にいつ訪ねてきてもいいように用意までしてたのに。
なのに、アリサときたら、いつの間にか大軍のボスにおさまってるし!!
しかも、たまたまじゃなく、「108回」の人生すべてだ。
もう、わけがわからなすぎて、怖いとしか表現できない!!
……ということで、「108回」の人生記憶がよみがえった今こそ、私は〈五人の勇士〉以上に、アリサとだけは絶対関わらないよう決意していた。なのに……!!
「コアアアアッ!!」
私は絞め殺されるニワトリのような悲鳴をあげ、まとわりつくアリサを振りほどこうとした。できない。ちょっと力、強くない!? こいつ、クズリかなにかか!? 私、握力には人三倍ほど自信があるんですけど!?
「……まあ、仲がいいのね。姉妹みたい」
馬車の向かいの席のお母様が、くすくす笑う。
オカ魔女さんをはじめとする、けっこう激しいバトルをくぐったのに、お母様の緑のクラッシックドレスには汚れ一つない。当然だ。これスペアだもの。
セラフィのあとに合流したオランジュ商会が、私のドレスの予備とともに用意してくれていた。
材料を渡すとき、メアリーからサイズを聞き、ひそかに仕立て上げていたそうだ。
さすがセラフィ……。
そのうえ、着付けの女の人と着替用の幌馬車まで……。
「こんなこともあろうかと……」
うん、セラフィ、助かるけど、その台詞、著作権だいじょうぶ?
さらにブラッドのメイド服の替え。
あやつられた馬が暴走し、私達の馬車を牽引する革紐等を引きちぎったが、それも手配済みだった。
ここまで行くと、凄いを通り越して引く。
あんた、まさか私のパンツの色とかも全部把握してんじゃないでしょうね?
私達のドン引きした視線にあわてたセラフィの弁明によると、これは風読みの延長みたいな能力だそうだ。近い将来必要になるものが勘でわかるらしい。何それ、むっちゃ欲しい。
あんた、まさか、私の知識チートのお株を奪う気じゃないでしょうね。
これ以上影を薄くしないでください……。
ともあれ用意周到なセラフィのおかげで、私達は戦闘前とまったく同じ状態に復旧し、舞踏会に向かうことになった。こんな襲撃のあとに変だと思われるかもしれないが、理由があるのだ。それは後で述べる。
馬車の牽引具は万が一にそなえ、負荷がかかりすぎると、はずれたり切れたりするように作ってあったので、馬車本体も無傷だった。「108回」で毒矢で馬が倒れ、ひきずられて馬車ごとひっくり返り、閉じ込められて殺されかけた苦い経験が、変なところで役に立った。
あ、さっきと同じ状態じゃない。余計なあほアリサがいる……。
「スカーレットさまあ、ちょっとしょっぱい味がするねえ」
このバカ娘が!! 私の頬舐めながら、かわいらしく小首をかしげるな!!
犬かあんたは。
こっちはさっきまで生きるか死ぬかの修羅場やってたの!!
汗の一つや二つかくに決まってるでしょ。文句ある?
「アリサ、あんたねえ……!!」
こいつをお客さま扱いはもうやめた。
「108回」でのどつき漫才のような令嬢時代と、現在がシンクロした。
なにかがぶちきれた私は、アリサの頭をすぱこーんと引っぱたいた。
「いったあーい。もしかして、アリサがほっぺにキスしたから、おこってるの?」
うん、そのとおり。わかってるじゃない。
頭をおさえ、上目遣いの涙目のアリサに、私はうなずいた。
アリサも考え深げにうなずく。
「ごめんね、ちゃんとくちびるにキスするから。むちゅうーっ」
ちっともわかってない!!
私はアリサのぷにぷにほっぺの両端をつまんだ。
獣にはしつけが必要だ。
「……いだい。ヒュカーエッオあま」
※痛い。スカーレットさま。
「よく聞きなさい。アリサ!! キスはほっぺたまで。唇は恋人用なの」
腐れ縁のせいで、アリサがなにを言っているのかわかる。腹立つわ。
「わあああっ。アイア、ヒュカーエッオあまのおよえあんいあう!!」
※わかった。アリサ、スカーレットさまのお嫁さんになる!!
「なにもわかってないじゃない!! そもそも私はおん……」
女と叫びかけ、私はあわてて言葉を飲み込んだ。
あぶない、あぶない。
こいつには、私の性別のことは内緒なんだった。
「だってえ、スカーレットさまは、女のひとみたいな名前だけど、男の人なんでしょ。じゃあ、アリサとけっこんできるよね!! いつする? 明日する? 今する?」
私が無意識に口を押えたことにより、ほっぺたが解き放たれ、アリサは一気にまくしたてた。
そのあと、頬をピンクに染めて身をくねらせる。
「……スカーレットさまになら、アリサのぜんぶ、ささげていいよ……」
「却下あっ!!」
私はぱしぱしーんっとアリサの頭を再度引っぱたいた。
意味がわからないでこの発言だ。危険すぎる。このエロボケ幼女は。
普通なら幼子の他愛ない行為と笑いとばせるが、アリサは別だ。
十歳になる前から、アリサをめぐり、貴族の息子たちが争っていた。
男にとっては、こいつは猛毒の媚薬みたいなもんだ。洒落にならない。
さすがに年頃になると、アリサの正体は周知になり、婚姻の申し出はなかったが、それでも火遊び目的の男達は、花に引き寄せられる蜂のように群がった。
アリサがもしマーガレット王女の半分ほど賢かったら、社交界の女王になったろう。
野放しは危険だ。血の雨を呼ぶ。
未来の社交界の平和のため、きちんとした令嬢教育が急務だ。
興奮しすぎて私は肩でぜーはーと息をついた。
「ちょっ、ちょっとスカーレット……」
スパークする私に、お母様がおろおろとしている。
私はこれでも礼儀作法は弁えている。
ブラッド以外を容赦なくぶっ叩くことはない。
ましてアリサは貴族令嬢で幼児だ。
いくら私が同年齢といえど、信じがたい暴挙に見えるだろう。
心配はいりません、お母様。だって、こいつは……。
うつむいてプルプル震えていたアリサが、ばっと顔をあげた。
「アリサしってるよ!! さっきからアリサをパンパンするのって、てれかくしでしょ。男の子って好きな女の子にいじわるするんだよね。このいたみは、アリサへのあい……」
うっとりと吐息をつき、抱きつくアリサに、私はため息をついた。
ほらね、アリサの精神的タフネスさは知り尽くしている。
幼女の時点でぶれないな、ほんと。
こいつにかまっていると、いつまでも話が進まない。
私の楽々ひきこもりプランは、天敵の突然の出現により、早くも座礁の危機にある。
なんで、こんな奴なんか拾うことに……。
私は深い嘆きとともに、「今回の人生」での、アリサとの出会いを思い出していた。
……あのとき、ブラッドの身体に取り憑いた「彼」と、七妖衆のアゲロスの技がぶつかり合い、衝撃で私は一瞬、気を失った。爆風が発生し、巨竜のように荒れ狂った。ファンダズマが巨体でかばってくれなかったら、私は森の奥まで吹っ飛ばされていたろう。
そのうえ頭をふりながら起き上がった途端、信じられない大きさの獣の貌と、真正面からご対面することになった。
いつの間にか私達の側にいたそいつは、白銀のたてがみを月光に光らせ、まっかな瞳で私をのぞきこんでいた。鋼をよりあわせたような強靭な筋肉が毛皮の下に透けて見えた。並の矢なんか跳ね返すであろうその質感にはおぼえがあった。犬だった。ただし雄牛一頭をデザートに平らげそうな異常サイズのだ。
魔犬ガルムの血縁だと直感し、私は心臓が飛び出しかけた。
変態アディスもたいがいだったが、ゾンビじみた不死身と執拗さで私を追いかけ、食い殺そうとした魔犬ガルムの終わらない悪夢は別格すぎた。そいつは餌の器にするように鼻先を私に寄せてきていた。息が私の髪を後ろになびかせた。
「……ひえええっ……!!」
令嬢らしからぬ悲鳴をあげ、私は腰を抜かしかけた。
よみがえった魔犬ガルムの悪夢は強烈すぎた。
「五人の勇士」のトラウマにも勝るとも劣らない。
粗相しても不思議はなかった。
もし、その魔犬が口に咥えているものが目に入らなければだ。
金髪とブルーのドレスが揺れた。
ハイウエストでしぼったワンピースは、最新のはやりの子供服だ。
貴族か富豪でないと買えない上等な物だ。
大きな背中のリボンがはかなげな蝶に見えた。
魔犬が咥えていたのは、三、四歳くらいの女の子だった。
ぐったりしている。
生きているか死んでいるかわからない。
それを見た途端、私の頭から恐怖が吹き飛んだ。
メアリーの泣き顔が頭をよぎる。
ヨシュアと目前の子がかぶった。
「……その子を離せ!!」
私は怒鳴りながら、胸のルビーを握りしめ、魔犬めがけて投げつけた。
ルビーの呪いによる麻痺が、私にできる精一杯の攻撃だ。
だが、この魔犬にまともに通用するとは思えない。
せめて隙だけでも作れさえすれば……。
「……ブラッド!! おねがい!!」
私は叫んだ。
圧倒的に強い「彼」でなく、ブラッドを呼んだのは無意識だ。
いつも本当にピンチなとき、私を助けてくれたのはブラッドだった。
そして……今回も、その呼びかけは裏切られなかった。
「……わりぃ!! 気絶してた!!」
謝罪とともに、メイド服が飛び出し、アクロバティックな蹴りが、魔犬の顎に炸裂した。オーバーヘッドシュートのようなブラッドの一撃は、ボールのかわりに、とらわれの女の子を、地面に落すことに成功した。
「スカーレット!! その子を頼んだ!!」
「……まかせて!!」
私はスライディングしながら、女の子のキャッチに成功した。
ぶぎゅっという蛙が潰されたような声とともに。
勢いを殺しきれず、もつれあうように転がって停止する。
肉体労働に幼女は不向きだ。
それでもなんとか転がる方向をコントロールし、魔犬と距離を置くことに成功した。
元悪役令嬢は転んでもただでは起きないのだ。
私のルビー? もちろん魔犬にかわされてます。
魔犬は女の子を咥えたまま、悠々と後方に身をそらし、そこにブラッドが飛び込んできたのだ。
「……こっからはオレが相手だ!! こいよ!! でかぶつ!!」
自分にひきつけるため挑発しながら、ブラッドが魔犬に猛攻をかける。
腹に血がにじんでいるのが見え、ぎょっとしたが、元気いっぱいだ。
心配ないみたい。
「彼」はもう去ったみたいで、凄絶な独特の気配は消えていた。
「……なんか体中が痛いな。何があったんだろう?」
ブラッドは不思議そうに首をひねっている。
「彼」が身体を使った反動だろう。
ブラッドにはその間の記憶がないらしい。
私は素早く周囲の状況を確認した。
まずお母様とセラフィ。
こちらも私同様にファンダズマがかばってくれ無傷だ。
あのままだと気絶していた二人は、爆風で天高く舞い上げられていたろう。
感謝だ。
頼もしくて度量もある。気もあう。
女王時代に最後まで私を守り抜いてくれたマッツオを思い出す。
本気で私の手許にほしい。
今のマッツオは王家親衛隊隊長なので、私の側にはいないのだ。
だが、私が心の中で猛烈なラブコールをおくるファンダズマは、巌のような貌を凍りつかせ、呆然と立ち尽くしていた。巨大な魔犬を見たところで、びびるタマではなさそうなのに。
ブラッドに取り憑いた「彼」と死闘を演じたアゲロスは見当たらない。
ダメージを負って撤退したのかもしれない。
「彼」のほうが圧倒的に優勢だったもの。
元オカ魔女さんのフードの女の子もいなくなっていた。
「……どうして、ここに……」
と目を見張ってこちらを向いていたファンダズマが呻いた。
冷汗がたくましい頬を伝っている。
ありゃ、顔見知り? この魔犬も七妖衆の関係者?
なんか悪の組織っぽいから、失敗は許さないって感じで処刑に来たんだろうか。
うーん、喰い殺すなら、外道お猿のアディスからどうぞ。
失神して倒れてるし、食べやすさ満点ですよ。
お腹壊すかもしれないけど。
ファンダズマは不要なら、こちらで喜んで引き取りますので。
「うー、わんわんをー。わおーん」
とりあえず犬語っぽくダメもと交渉してみました。
白銀の魔犬は意外なことに、不思議そうに少し首を傾げた。
魔犬ガルムだったら、にやりと嗤って、こちらに牙をむけるところだが、こいつ、もしかしてお茶目さん?
「おい!! スカチビ!! なにふざけてるんだ!!」
単騎で魔犬と死闘を繰り広げているブラッドにさすがに怒られました。
ごめんなさい。
それにしても私の活躍の場がない……。
サブタイトルのルビーでキセキが……。
申し訳なさそうに、相棒のルビーがぴょこんと自動で戻ってきて、私の胸元の定位置におさまった。ちゃんと女の子に当たらないよう避けてる。器用だ……。
いいよ、気にしなくて。
私、これからはカーブやスライダーも練習する。
一緒に強くなろう。
いつの日にか、ハイドランジアの魔球使いといわれる日まで。
とりあえず乙女は救助活動に専念します。
「……あ、気がついた? どこか痛いところはない?」
私は女の子を怖がらせないよう、なるべく優しく年長さんぽく語りかけた。
転がったとき地面で顔を潰さないよう、私はとっさに女の子の頭を、自分の胸に押しつけるように抱え込んだ。その密着した体勢のままだったので、女の子が意識を取り戻し、身じろぎしたのがわかったのだ。
「怖がらないで。私……ぼく達はあなたを傷つけたりしない。安心して」
みんな忘れているかもしれないけど、私は対外的には男の子なのだ。
「理由があってこんなドレスを着てるけど、男の子だよ」
と一応説明しておこう。
女の子はびくんと肩を震わせ、震える声を絞り出した。
「……おねがい……たすけて……!! ……たべないで……!!」
哀れな訴えに胸が痛くなる。
憐憫の思いがこみあげる。
今しがたまで魔犬に咥えられていたのだ。
生きた心地がしなかったろう。
年齢が年齢だ。どれだけおそろしかったことか。
「食べたりしないよ。怖かったのに、よくがんばったね」
背中をなでて励ますと、私の胸に顔をうずめ、声をあげて泣き出した。
私はとっておきの王子様スマイルをつくり、女の子の衝撃を和らげようとした。
「……!!」
女の子は私の背中に両手をまわし抱きついた。
私はされるがままでいた。
……痛い。背骨が折れそうだ。息が詰まる。
パニックに陥っているせいなのか、ありえないぐらい力が強い。
でも、ちょっとぐらい我慢しなきゃ。
「……こわか……った……!! ぎゅってして……!!」
しゃくりあげながらの女の子のリクエストに応える。女の子もハグし返した。
ぐおおッ!! 内臓が飛び出そう。
「……ちょっ……ちょっと……離れてくれる……かな……」
「いやあっ!! はなさないで!! おいてかないで!!」
女の子に拒否され、私はあわてた。
今、背中ごきんって鳴ったよ!?
「心配しないで。置いてったりしないよ。だから、少し力をゆるめて……」
「やだ!! ことばだけじゃ、しんじられない!! ちかいのキスして!!」
神様が女より男の筋力を強くしたことに納得がいった。
むちゃくちゃだが、こんな小さな子じゃ仕方ない。
それに胸郭を締めつけられ、酸欠でもがく私に、言葉の意味をよく考える余裕などなかった。
「わ、わかったよ。キスするから……」
私の言葉に女の子のホールドがゆるんだ。
私は必死に空気を貪った。
あ、あぶなあっ。
ブラックアウトしかけた。
目がちかちかするよ。
私は視界が回復しないまま、急いで女の子の頬にキスをした。
また火事場の馬鹿力の抱擁がはじまったら堪らない。
女の子はやけに甘い匂いがした。
幼児の乳臭さではない。
花のようにくらくらする匂いだ。
頭がぼおっとする。
花弁に口づけしている気がした。
女の子の頬がぷうっと膨らんだ。
「そこじゃないよ。唇にして」
聞き覚えのある言葉に、私は首を傾げた。
声もどこかで聞いたような?
私、この子に会ったことあったっけ?
視力が回復し、女の子の顔がはっきりする。
私は息をのんだ。
ひいっと喉の奥が鳴った。
それは目の覚めるような可愛い子だった。
黄金より鮮やかな金髪。
空より青い瞳。
雪より白い肌。
人形と見紛う顔立ち。
まるで天使だ。
千人のうち九百九十九人が、そう認めるだろう。
だが私だけは、ためらいなく反対票を投じる。
私にとって、こいつは悪魔そのものだったからだ。
衝撃で失語症におちいり、金魚のようにぱくぱくと口を開閉する私に、そいつはにっこり笑いかけた。結婚式での花嫁のように。
「……みつけた。アリサのうんめいのおうじさま」
「ほぎゃあああああっ!?」
自分でも魂消るほどの悲鳴が、喉から迸った。
気絶していたお母様とセラフィが、飛び上がるように目を覚ますほどにだ。
「な、なんだ!? どうした!? スカーレット!!」
戦闘に没頭していたブラッドが慌てて振り向く。
ルーファスという偽名を使うのも忘れていた。
そして私もそんなことを気にするどころではなかった。
起きぬけに魔犬と顔を突き合わせたよりも、ショックは大きかった。
アリサ・ディアマンディ・ノエル・フォンティーヌ。
こいつだけは忘れられるわけがない。
「108回」のループ人生において、〈救国の乙女〉として、女王の私を死に追いやった張本人。
腐れ縁のかつての親友。
今生では二度と関わるまいと誓ったあほ娘は、腹が立つほど幸せそうに、うっとりと私の顔を見つめていた。
やめろおおっ!! その目で私を見つめるな。鳥肌が立つ。
私はアリサを突き飛ばすように引きはがした。
逃げようとしたが、腰が抜けて、両手をついていざることしか出来ない。
アリサはそんな私に荒ぶるモグラのように襲いかかった。
私のスカートをまくり上げると、ずぼっと顔を突っ込んだのだ。
「ひぃぎゃあああっ!?」
「スカーレットさまって、女の子みたいななまえ。くんかくんか、においも……」
ぶつぶつ言いながら、アリサは事もあろうに私のデリケートなところに、むふーっと鼻先を押しつけた。鼻息のくすぐりと薄布ごしに伝わる吐息の湿り気に、私は七転八倒した。
「……アリサっ……!! やめっ……!! くすぐった……!! あはははっ……!!」
もはや羞恥もへったくれもない。
くすぐりというのは、立派な拷問のひとつだ。
「……ボクはいったい何を見せられているんだ……!!」
気絶からさめたセラフィが、理解を超えたものに呆然と立ち尽くしていた。
「スカーレット……これは……!?」
お母様も同様だ。
当然だ。
目の前には魔犬ガルムばりの巨犬。
四つん這いで必死に這い逃げようとする私のスカートには、女の子の上半身がすっぽり潜り込んでいる。困惑しないほうがどうかしている。
この二人だけではない。
七妖衆のファンダズマまでも、信じられないものを見たという蒼白な顔色で凍りついている。
アリサの変態ぶりは凄まじいものがあった。
「……ひぃややああっ!!」
私はびくんっと身を震わせて絶叫した。
アリサが私のパンツに両手をかけ、一気にずり落としにかかったのだ。
アリサの破廉恥行為は、私のスカートの中でだ。
みんなには見えていない。
事態が把握できず固まったままだ。
頼みの綱のブラッドも、白銀の魔犬とやり合うので手一杯だ。
アーノルドの援護射撃も、何故かぱたりと止んでいる。
私は孤立無援だった。
だが、救いの手は思わぬところから差し伸べられた。
「……ひ、退くぞ。ファンダズマ。お、おでたちの役目は終わった」
吃音とともに、閃光が数条斜めに走った。
また新たなフードにマント姿の男が現れた。
痩せている。というか痩せすぎだ。
落ち窪んだ眼窩はミイラそっくりだったが、ぎらぎら光る目は、凄愴な気迫に満ちていた。
裸足なのが目をひく。
なにもの……!?
「お、おでは、七妖衆が一人、刃鬼のスケレトス。おでの手足は、どんな剣よりも、す、鋭い。後ろの樹々のように斬られたくなければ……ど、どけ……!!」
あ、勝手に自己紹介してくれた。
栄光のロマリア時代の残滓の石畳の街道。
その脇に壁のようにそそり立つ樹々が、一斉にずるりとずれた。
すでにスケレトスが両断していたが、鋭利すぎて、断面同士がしばらく密着していたんだ。
もつれるように互いの枝を絡め、ばきばきとへし折りながら、次々に地面に倒れていく。
巨人の足音を思わす轟音を背後に、刃鬼のスケレトスはブラッドに語りかけた。
「お、おまえも退け。おで達の邪魔をしなければ、な、なにもしない。マーナガルムも、や、やめろ」
その言葉に白銀の魔犬も、ばっと後方に飛びずさった。
名前からしてやっぱりガルムの血縁だったんだ。
重たい樹々の落下の衝撃が、私達の足元まで突き上げ、さすがのアリサも私のスカートの中から顔を出した。
「たいへん!! スカーレットさま!! じ、じしんだよ。にげなきゃ」
私の手を引っ張って、巨木がばたばたと倒れ伏していくのと反対側に走り出そうとする。
たしかにこの光景は地震にしか見えないだろう。
一個人が引き起こしたなど信じられるわけがない。
スケレトスは先ほどのアゲロスと違い、スタミナ切れもなさそうだ。
ここで参戦されたら、こちらが全滅する。
「……行かせましょう。ブラッド、こちらに」
私はみんなの様子を窺いながらそう言った。
お母様もセラフィも頷いた。
現状を理解した二人は、私と同じ結論に達していた。
戦闘続行すべきか迷っていたブラッドも、私の側に後退した。
「……勝てる相手じゃなさそうだな。あの魔犬にもほとんどダメージが与えられなかった」
汗だくの額を拭い苦笑する。
「あいつはオレの攻撃を全部いなしやがった。武術の達人……いや、達犬だ。勝ち筋が見えない。ガルムの血脈か。とんでもねえな」
ブラッドの顔色が悪い。
私は息をのんだ。
不死身のタフネスさの記憶ばかり強かったが、たしかにガルムも数々のとんでも武術を駆使していた。人間を前肢一踏みで殺せる魔犬が技にも長けるなど笑えない。ますます奴らと交戦するわけにはいかなくなった。
「……スカーレットさまは、アリサのものだから」
いつもの癖で私の頭をぽんぽんとしたブラッドを見上げ、アリサががるると威嚇する。
緊迫した空気を読まない爆弾娘に、ブラッドは両手をあげて苦笑した。
私はアリサを背後から羽交い絞めにした。
「ほら、スカーレットさまもアリサをえらぶって!!」
アリサは勝ち誇って叫んだ。
うなぎのように身をくねらせる。
なにを勘違いしているんだ、このあほ娘は。
ぶつ切りのゼラチン煮になってしまえ。
あんたを野放しにしておくと、魔犬マーナガルムや刃鬼スケレトスにも噛みつき、場をむちゃくちゃにしかねないと危惧しただけだ。
「そちらの提案をのみます!! こちらは手出ししません!!」
渡りに船だ。このチャンスを逃してなるものか。
私は必死に再度声を張り上げた。
圧倒的に優位にもかかわらず、スケレトスはすっと頭を下げた。
「……か、感謝する。い、行くぞ。ファンダズマ。マーナガルム」
魔犬マーナガルムは私達にくるりと背を向けた。
ふさふさした尻尾をひと振りし、闇に姿を消す。
気絶したままのアディスを肩に担ぎ上げ、巨人ファンダズマが後に続く。
去り際にちらりと私のほうを一瞥し、
「……小さき勇者よ。おまえとは殺し合いにならないことを望んでいる」
そう呟いた。
私はスカートの両端をつまんで淑女の礼をし、それに応えた。
ファンダズマは破顔し去って行った。
すべての敵方の登場人物が退場し、夜空の月だけが残った。
私は長い間の緊迫からようやく解放され、はあーっと息をついた。
なんとか生き残れた。思い出すと膝が笑う。
死者がでなかったことは奇跡だ。
舞踏会に馬車で向かうだけでこの仕打ちだ。
運命の神様はよほどハードモードがお好きらしい。
だが、今回の戦いの締めだけは、いやにイージーモードだった。
どうも腑に落ちない。
相手側は、ファンダズマ、スケレトス、魔犬マーナガルムが無傷で温存されていた。
無敵の「彼」が消えた今、その気になれば、私達を簡単に皆殺しに出来たはずだ。
背を向けての退却より、よほど確実だし、安全だ。
なのに彼らは好意的とさえいえる態度だった。
本気の殺意をぶつけてきたのは、アディス、それにヤドリギの老婆だけだ。
おかしい。
七妖衆を名乗る彼らが、どれだけ凄まじい存在か、素人の私でもわかる。
圧倒的な「彼」には見劣りするだけで、単騎でも強国の軍隊と渡り合える強さだった。
それほどの連中が手ぶらで引き下がるなんてありえない。
なにか隠された目的があるのか?
そもそも私達を襲った理由はなんだ。
ありえないイージーモードにかえって疑念がわく。
不安になって考え込んだ私は、熱く柔らかいものがのしかかっているのに気づかなかった。
「……スカーレットさま、アリサがぎゅってしてあげる。なやみなんか、ふっとんじゃえ」
「ほぎゃああああッ!!」
アリサに抱擁をされた恐怖で、私は悩みどころか、意識まで吹っ飛びかけた。
しまったあ!! アリサを忘れてた。
一番の悩みの種がここに残ってたよ。
「アリサ!! 許可なく人に抱きつくの禁止!! 心臓が止まりかけたよ!!」
「えへっ、そんなにアリサにドキドキした? アリサもだよ、ほら、さわって」
「やめろおおっ!! そういう意味じゃない!! このあほ令嬢が!!」
ヒルのようにまとわりつき、プラナリアのようにしぶといアリサに、私は防戦一方だった。
そして、こいつの相手をしていると、私の品格がどんどん低下していく……。
まったく!!
アディスと一緒にこっちも廃品回収してもらいたかったよ!!
お読みいただきありがとうございます!!
コミカライズ第3話目その2が、12月17日の11時より無料公開開始です!!
ロリアリサ暗躍回ですね。
逆にコミカライズのほうから来ていただいた方、作画の鳥生ちのり様が、ツイッターをされています。漫画の応援コメントをぜひぜひ、そちらに!!
https://twitter.com/12_tori
なお、悪口コメントは、なまくらのほうに。
あまりに悪意に満ちてると思ったら削除しますけど(笑)
お待ちしております。
また今回FAをくださったJohn. Barleycornさまは、「みてみん」に他の画像もあげてくださっています。感謝です!!




