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オカ魔女さんと私の読み合いが火花を散らすのです。そして、七妖衆ってなに!? さらに、5人の勇士、3人めのあいつが!! 参戦、乱戦、大混戦!!

【電撃大王さまの11月号(9月26日発売)より、鳥生ちのり様によるコミカライズ開始!! 】


赤子スカ、ちび可愛い! 大人スカ美人! めいどブラッド、かっこ可愛い!


【書籍 108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻、KADOKAWAエンターブレイン様より発売中!!】


ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!



みなさん、こんばんは。


今夜の月は、死にそうに細く尖っています。

でも、こんな夜でも、きっと恋人達は熱く語らうのでしょう。

おのれ、月の先端が、リア充どもに突き刺さればいいのに。

……ああ、ダメダメ。よく考えたら、うちのお父様とお母様が真っ先に対象になりそう。

あの二人、いつになったら新婚気分が抜けるんだろう。

私なんて「108回」もループ人生おくったのに、結婚どころかろくな恋愛経験してないのに。

私、ほんとにお二人の子供ですか?

恋愛遺伝子、微塵も感じないんですけど。


……萌えキャラよりも、とんがったキャラでいたい。

私、本編の主人公、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードと申します。


将来の夢はひきこもりのしがない公爵令嬢です。

見た目は3歳!! 中身は享年の28歳!! の紅い瞳に赤髪の美幼女です。

両手を振り上げて飛び跳ねる幼女的衝動にかられ、隠れて実行していたら、みんなに見られててプライド木端ミジンコ!!


「うさぎさん、ぴょんぴょん!!」


とその場は無邪気幼女モードで誤魔化し、あとでどん底自己嫌悪。

うさぎさん……中身28歳の詐欺幼女が、うさぎさん……。

身体が3歳でも飲めるお酒はないものか。

「108回」殺されたループ体験のせいで、ちょっぴりシニカルなプリティガールです。


さて、3歳といえば、自我が芽生え、ママさんたちへの反抗期まっさかり。

いろいろお悩みのことと思います。

でも、忘れないで。

子供も子供なりに小さな世界で悩んでいるのです。


私も子供らしく悩んでます。

もっと大々的に海外貿易し、がっぽがっぽ儲けたいとか、公爵邸を要塞化し、四大国が派兵してきても籠城できるようにしたいとか、どうやって四大国同士をいがみあわせ、国力削いでやろうかとか。どこかにいい子のお悩み相談室はないものか。


前回までのあらすじです。

十四年前のいじめの首謀者だった伯爵夫人から舞踏会のお誘いを受けたお母様。

お母様は勇気を出して参加を決意します。

夫人は絶対なんか企んでるけど、虎穴に入らずんば虎児を得ず!! 

すすめ、正義は我らにあり。

天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず。


……おい、そこの女装メイド。「クソにして漏らさず?」と小首を傾げるんじゃない。異世界恋愛の華麗なイメージを、違うカレーのイメージに塗り替えるな。そんでもって〈治外の民(ちがいのたみ)〉の脳筋どもにまちがった知識のまま教え込むな。ほら、本気にして頷いてるじゃない!!


「……さすが若、深い……」


深くない!! 水たまりより、ぺらっぺらよ!!

よそでうっかり口にしたらどうすんのよ。

貴族は家の品格を使用人達を見て判断する。

ヴィルヘルム公爵家は下ネタ大好き一家って噂たったら、私、お嫁の貰い手がなくなるんですけど?


そんなふうに和気あいあいと舞踏会場に向かう私達の馬車に、植物をあやつる謎の人物が襲いかかります。勝利した私達ですが、もう一人のオカマさんの人格が現れました。しかも……けっこう強キャラっぽい? 第二ラウンド開始です!!


え、なんのことやらさっぱりわからない?

つまり、異世界恋愛らしい舞踏会のシーンそっちのけでオカ魔女さんとバトルなのです……。

うん、私もなに説明してるのか、わからなくなってきた。


すみません、ここから下が本編です……。


「……不思議なお嬢ちゃんね、まだ4歳いってないぐらいなのに、これだけの猛者たちを指揮する違和感がまったくない。人の上に立つ……まるで、女王陛下のような風格を感じるわ。さすが真祖帝のルビーの後継者といったところかしら」


緑に覆われた顔からはオカ魔女さんの表情はうかがえない。

だが、感嘆しているという気配が伝わってきた。

私をちびと侮らない。なかなか見どころのあるオカマさんだ。

ブラッドが、ぽんっと手をうつ。


「……そういや、時々スカチビって、自分のこと悪逆女王とか言うよな」


「え、ええ……その齢でSの女王様宣言? それはちょっとひくわあ……。性癖決めるには、人生早すぎない?」


そっちの女王様じゃないから!!

まあ、さすがに「108回の」ループのことは打ち明けられないけど。

私を何回も手にかけたなんて知ったら、ブラッドの奴、きっとすごく傷つくもの。

たとえ今のブラッドとは何も関係ない話だとしても。

あっけらかんとしているけど、変なところでナイーブなんだよね。


「……うふふ、いい女には、いろいろ秘密があるものよ」


私は気を取り直し、自慢の赤い髪をふぁさあっとかきあげた。

今宵の私、ちょっぴりミステリアスお姉さんなのです。


あほブラッドが、あはははっと声を出して笑いおった。


「何が可笑しい!!」


私は隠し持っていた扇を投げつけてやった。

私の弓の才はいまだ開花しないが、対四王子の切り札として殺人ルビーの投擲を特訓したおかげで、ピッチングの腕には自信がある。足を動かさず、上半身のバネだけでの零式投法も可能だ。狙いあやまたず、扇はブラッドの額を直撃した。


「……いったいな!! スカチビ、いったい何本の扇を隠してるんだよ」


メイド服を揺らしてのけぞったブラッドが額をさすりながらぼやくが黙殺してやった。


貴婦人はたしなみとして、スカートをはく前に、腰にポケット袋をくくりつける。そしてスカートの横の裂けめから手を入れ、いろいろなおしゃれアイテムを取り出すのだ。だが、幼児の私に身づくろいの道具はさして必要ではない。


だからポケット袋ではなく、すぐ取り出せるようたくさんの扇を刺したホルスターのようなものを腰に巻いている。目にもとまらぬ早投げもできるし、二丁拳銃ならぬ二本扇を両手で同時に投げつけることも可能だ。……その精度は高く、野良にゃんこを追っ払う脅威の殺傷能力を誇る。


はったりを利かせるには最高だ。

こっそり逃げ出そうとする悪者の顔面にぴしりと投げつけてやるのだ。


ス〇さん、〇クさん、懲らしめてやりなさい!!


なお非力な幼児なので、成敗そのものは他人に丸投げします。


「この王国の王女様といい、深淵のようなあの子といい、あなたといい、この時代には天才児がゴロゴロしてるのかしら。大人としての自信なくすわ。でも、天才だからこそ、全体が見えすぎて、かえって足元がお留守になることがあるかもしれない。……よく気をつけることね」


オカ魔女さんは気になることを口にした。


この人が人格者だということは、今までの言動でなんとなくわかる。

意味もなく煽り発言をする人ではない。

それが証拠に、じっと私を見ている気配がする。

言外になにかを私に伝えようとしている?


「あなた、マーガレット王女を知っているの? それに深淵のようなって……」


オカ魔女さんは、つと私の目から視線をはずした。


「つい口が滑ったわね。悪いけど、なれ合いをするつもりはないの。私にも戦わなきゃいけない理由がある。ターゲットはあなたよ。これ以上聞きたかったら、私を打ち負かして聞き出すことね。行くわよ」


戦闘開始だ。オカ魔女さんの突き出した両手のローブの袖から、無数のつる草が緑の奔流となって溢れ出す。オカ魔女さんと私達の間に緑の絨毯が立ち塞がる。


私はほっぺを叩いて気合を入れた。


そうよ。私はみんなの指揮を取ると自分で言った。

それはみんなの命を預かることを意味する。


余計事に気を取られちゃダメだ。

集中しなきゃ。

でも、オカ魔女さんはきっと手強い。

私で勝てるだろうか。もし私が采配を間違ったら、みんなが……!!


「……気負いすぎだ。スカチビ。オレ達みんながサポートしてやる。安心してまかせな。おまえはすごい奴なんだ。平常心でやりゃあ、どんな相手にも知恵比べで負けやしないさ」


かたわらのブラッドがぽんっと私の頭に手をのせる。


必要以上に固くなっていた私は頬を緩めた。

汗ばんでいた掌に気づき、苦笑した。


あほのくせに、ほんとにいいタイミングで頼もしいんだから。

まったく、私じゃなきゃ勘違いして惚れちゃうよ? 


私は照れ隠しで憎まれ口を叩いた。


「あんたって、けっこう天然な女殺しなとこあるよね。だけど、ありがと。せいぜい頼りにさせていただきます」


メイド服のブラッドは小首を傾げた。


「……女殺し? オレは女は殺さないぞ。そんな気分の悪いことはしたくないし、父上から勘当されちまう」


……いや、そういう意味じゃないし。


「それよりスカチビ、大丈夫なのか。気合入れで強く叩きすぎて、饅頭みたいに、ほっぺたパンパンに腫れてるじゃないか」


心配げにのぞきこむブラッド。


「……は? あんた殺されたいの? これはただの健康優良児ほっぺ!! 幼児はこれがデフォなの。今度同じことぬかしたら、思いっきり抓ってやるんだから」


大真面目にのたまうブラッドの(もも)肉を私は力いっぱいつまんだ。

握力には自信がある。


こんなアホにときめいた私がバカだった。


ちなみに〈治外の民〉の里では、祭りのときにパンでなく饅頭を神に供す。

決してこの作品の世界観がいいかげんなわけではないのです、たぶん。


ブラッドが飛び上がって悲鳴をあげる。


「……つねってる!! もう、つねってるじゃん!!」


「私のこの手が真っ赤に燃える。お肉を摑めと轟き叫ぶ。……これはつまんでいるだけ。ここから、ねじりを入れることにより、流派スカーレットが最終奥義は完成する。試してみる? ……ヒートエン……!!」


「わかった!! 勘弁!! オレが悪かった!! もう言わない。スカチビはかわいい!! 美人!! お嫁さんにしたいナンバーワン!! これ絶対痣になってる!! 早く指を離してくれって!!」


苦悶するブラッドは誉め言葉を連発し、私はすっかり気をよくした。

明鏡止水の心で許してやることにした。

色々な意味での危機はすんでのところで回避された。


「今後、私の頬をからかいたくなったら。その痣を見て恐怖を思い出せ。それはあやまちを繰り返さないための服従のあかし……」


我、勝利せり。


私はジト目でブラッドを見ながらにやりとし、指先から腿肉を解放した。

耳たぶ熱い。


お嫁さんにしたいナンバーワンとか、また考えなしに……。

あほなんだから、まったく……。


いや、なによりもブラッドの奴、最後に微笑しなかった?

まるで私の緊張をほぐすため、わざと茶番を演じたみたいな。

まさかね……。


私達のやりとりに耳を傾けていたオカ魔女さんが語りかける。


「……青春ねえ。痴話げんかは終ったかしら。もう攻撃していい? だけど、その齢で所有権のキスマーク代わりをつけるなんて。お嬢ちゃん、ひょっとして意外に独占欲強いほう? ま、女の子は少しぐらいヤキモチやきのほうが、カワイイわよねえ」


会話が終わるまで攻撃を中断してくれていたらしい。

変身バンクの間は攻撃しない戦隊ものの怪人みたいに律儀な人だ。


だけど、痴話げんか!? キスマーク!? なんてことを。

誤解されたらどうするのか。

勘違いも甚だしいのです!!


気になって、ちらっと横目でブラッドの様子を窺うと、「?????」ときょとんとしており、私は思い悩むのがあほらしくなった。ちょいちょいとブラッドを手招きし、顔を寄せてきたブラッドの頬に、爪先立ちしての軽いキスをした。


「勝利の女神のキスよ。しくじったら承知しないんだから」


ブラッドは驚いて目を見開いた後、朗らかな笑顔を見せた。


「……ああ、まかしとけ」


私はほほえみ、オカ魔女さんに向き直った。


「……女の子にとって、キスは独占欲のあらわれだけじゃない。誰かの無事を祈る大切なおまじないなの。戦う理由があるのはあなただけじゃない。さあ、いつでもおいでなさいませ」


私はスカートの両端をつまみ、オカ魔女さんに軽く礼をし、宣戦布告した。

オカ魔女さんが破顔した気配がした。


「いいわねえ、あなた、ときめくわ。では、お言葉に甘えて……!!」


一時停止していたつる草の海が、波のように盛り上がり、私達めがけて押し寄せてきた。


私は扇の先端を前方に向け「ひるむな!! 王家親衛隊、トライデント突撃!!」と命じた。


おおっと吶喊の勇ましい声と蹄鉄が地面をえぐる音が轟く。

おなじみのランスレストにかちゃりと槍の柄の輪を固定する音もだ。

王家親衛隊が恐れることなくつる草の中に突っ込んだ。


王家親衛隊のお家芸のトライデントは、三騎一組でおこなう馬上槍の突撃技だ。騎兵最強技のチャージを一糸乱れぬ横列で叩きこむその威力は絶大だ。馬三頭と騎士三人の質量が急加速して突っ込んでくるのだ。まともに食らえば熊でも吹き飛んでしまう。


先ほどのつる草が王家親衛隊を足止めできたのは、様子見しながらゆっくり行軍していたのと、未知の攻撃に驚いて棒立ちになった隙を突かれたからだ。今回は迫るつる草をものともしない。つる草の厚みはすでに大人の膝丈ぐらいになっているが、ぶちぶちと引きちぎりながら前進していく。まるで海が割れるようだ。つる草がみみずの断末魔のようにのたうつ。


「……さすがね。小細工なしの大質量と速度こそ、この場合の最善手よ。たしかに私のつる草の強度では、このパワーは止められないわ。……とでも言うと思った? 甘いわねえ」


とオカ魔女さんは不敵に笑う。


わかってる。この人なら破られても次に繋がる攻撃のはずだ。

さて、何を仕掛けてくる気か。

私は目を皿のようにし、あたりの様子を必死に観察した。

植物が攻撃手段である以上、パターンはいくつかに絞り込めるはずだ。


……わかった!!


「……王家親衛隊、トライデント解除!! 散開!! 足を取られないで!! たぶん地面がスリップする!!」


私は叫んだ。

断ち切られた植物が異様な量の液をまき散らすのを目撃したからだ。

空中での液の拡散が妙にどろっとしている。これは粘液だ。


「うおっ!?」


「なんだ!?」


「動きが止まる!?」


からみつく液に辟易する王家親衛隊。

一見、粘液のねばりによってトライデントの突進を阻止しようとしているように思ってしまうが、これは違う。つる草で止められない人馬の突進が粘液で止まるはずがない。


「身体にくっつく液は無視!! 転倒にだけ気をつけて!!」


オカ魔女さんの本当の狙いは転倒だ。

目の前の派手な粘液に意識をひきつけ、足元の注意をおろそかにさせる気だ。


よく見ると、王家親衛隊が断ち切ったものだけではなく、その進行先ににあるつる草からも液が噴出している。繁茂するつる草で巧みにカムフラージュしているが、地面はすでに粘液まみれだ。油をひいたリンクが拡大していってるようなものだ。


走行する巨大トレーラーがスリップ事故でひっくり返るように、いくら騎馬の突進といえど、足元が滑ればたやすく転び、地面に全エネルギーをぶちまけることになる。


王家親衛隊はすでに緑のフィールドのなかばまで踏み込んでいた。

ぐらりと馬が崩れかかる。


だが、さすがは名にしおう王国最強の親衛隊だ。

私の警告で手綱を引き締めると、あっという間に体勢を立て直した。

それも、馬上槍を装備しているため、全員片手でだ。


うん、味方でよかった。こんな連中に戦場で車がかりの突撃かまされたら生きた心地がしないだろう。これからも世のため人のため、そして私のひきこもりの野望のために、正義に邁進してください。あなた達は私のずっ友よ!!


……さあ、布石は終った。

次の手いってみようか!!


「よく私の狙いを読んだわあ。すごいわね、紅目のお嬢ちゃん。だけど、折角の攻撃力、ばらけさせていいのかしら。騎士さん達の足も止められたし、ここは遠慮なく各個撃破させてもらうわ……わわっ!?」


何か仕掛けようとしていたオカ魔女さんがのけぞった。

その鼻先を矢がかすめる。


「……蛇行(だこう)蛇腹(じゃばら)……!!」


上下左右にくねりながら障害物を回避する弓技をお母様が放ったのだ。


オカ魔女さんの目の前には、散開した王家親衛隊がいて、それが視界を遮り、たくさんの死角をつくっている。自在の軌跡を誇るお母様の矢は、王家親衛隊の陰に隠れ、すり抜け、四方八方からオカ魔女さんに襲いかかる。


破れた一手を次の一手として活かすのは、オカ魔女さんだけじゃない。


「とんでもないわ。こんな弓の射手、私の生きた時代にもいなかった。それに、まさか騎士たちを遮蔽物として利用する気だったなんてね。やるわ、お姫様。でも、こんなのはどうかしら」


オカ魔女さんが指を鳴らすと、飛来する矢の柄がぶわっと緑に覆われた。

広がる葉が空気のブレーキをかけ、お母様の矢はすべて勢いを失い、途中で墜落した。


「……服の繊維ぐらい形が変わってると無理だけど、ある程度原木の形を保っているものなら、葉を生やすぐらいワケないのよ」


オカ魔女さんは楽しそうに緑の中心で笑う。


驚愕とともに私は認めざるをえなかった。

このオカ魔女さんには矢が通用しない……!!

近づくと全部枝と葉っぱに変えられてしまう。

これはちょっと予測してなかったな……!!


「でも、植物を使うだけじゃ、ちょっと手こずりそうね。他の手も併用させてもらうわ」


えっ、まだ手札があるの!?


うおおんと羽音がした。月が翳る。黒い霧のようなものが森じゅうから湧き出し、こちらに向かって迫ってくる。これ、まさか虫の大群!? 私は総毛だった。


「つる草の成分に粘液だけでなく、虫をひきつける成分を混ぜておいたの。この森は豊かだわ。虫の数も半端じゃないわよ。覚悟なさい。視界をすべて遮られて、みんなに指揮をくだせるかしら」


オカ魔女さんの言う通りだ。指揮系統からはずれた味方は戦闘力が激減する。視界が黒雲に突入にしたかのように不明瞭になりつつある。急がないと時間がない。


「王家親衛隊!! こちらに撤退を……!!」


「させないわ!! 一気に決めさせてもらうわよ。……(いばら)の檻!!」


私の呼びかけを遮るようにオカ魔女さんが叫ぶ。


つる草の海を突き破り、イバラの壁が出現し、私達と王家親衛隊を分断した。それは見る間に2メートルの高さに達した。馬闘術を使うクレイジーお父様はともかく、いくら王家親衛隊でもこれは飛び越えられない。イバラを侮るなかれ。からみあった天然のトゲは有刺鉄線のようになり、野生動物をも食い止める防御壁になる。


王家親衛隊は動きを封じられた。


しかも飛び交う虫によって夜の森の透明度は最悪だ。もうぼんやりと影しか見えない。羽音と虫の匂いによって聴覚と嗅覚で相手の位置を探ることも不可能だ。レーダー潰しのような極悪な手だ。


「……わあー、しまった!! まさか、こんなことも出来るなんてー!!」


私は地団太を踏んで大声で叫んだ。なるべく悔しそうに聞こえるように。

だって、こうでもしないと、羽音がうるさくて、オカ魔女さんに聞こえそうにないんだもの。

ブラッドがびっくりしたように私を見ている。

迫真の演技に度肝を抜かれたのに違いない。


「下手くそすぎて驚いた。こんなゴミカス演技はじめて見たよ」


うっさいな!! 好きでやってんじゃないの!!

オカ魔女さんを油断させるためなんだって!!


そうだ。こちらも手をこまねいていたわけではない。

王家親衛隊はじつは囮だ。彼らが時間を稼いでくれている間に、オカ魔女さんの頭上の樹の上に、〈治外の民〉達を配置し終わることができた。


ありがとう。今度、一杯おごるからね。


私の目配せにお母様がうなずき、再び矢をつがえる。


「お母様できますか?」


「……矢に関しては母に不可能はありません。糸一筋の道があれば、メルヴィルの矢に飛べぬ空はなし。通します!! 蛇行!!」


矢はイバラの壁の細い隙間をすり抜け、オカ魔女さんに襲いかかる。


「この視界が悪い中、惚れ惚れする腕ね。誇っていいわ。でも、私には通用しない」


先ほどと同じだ。飛翔する矢はみるみるうちに芽吹き、減速し、落下する。だが、これでいい。この矢はオカ魔女さんの目を引き付けるためと、待機している〈治外の民〉への合図だ。


矢が落ちるより早く、〈治外の民〉が四方から投げた網が、頭上よりオカ魔女さんに降ってきた。網が巨大な黒い花のように宙に咲く。


「メルヴィルの弓技、まさに神域」


「ならば、我らも〈治外の民〉の名にかけて」


「……捕縛術、『蜘蛛霞(くもがすみ)』」


彼らはあらゆる場所の暗闇で活動する訓練を積んでいる。

虫の妨害の中、見事に任務をまっとうしてくれた。


「……な、なんなのおーっ!?」


まともに網をかぶったオカ魔女さんが驚愕の叫びをあげる。

小柄な人型に盛り上がった網がばたりと倒れた。


〈治外の民〉の使う投網は特殊であり、霞網のように細かいのにおそろしく頑丈だ。独特の編み目をしており、一度からまってしまえば、内側から振りほどくのは容易ではない。むしろもがけばもがくほど、きつく締まる仕組みになっている。


「……やったな。みんな見事だった」


樹上を跳んで移動したブラッドが、賞賛の声をかけながら、彼らの横に降り立つ。


笑顔で振り向こうとした〈治外の民〉の体が、びくんっとこわばった。

網で封じたオカ魔女さんの様子を確かめようとした一人が叫ぶ。


「若!! 駄目です!! こりゃあ、草木でつくった人型のもぬけの殻だ!! 離れて……!!」


捕えたと思ったのは、オカ魔女さんのダミーだったんだ!! 


みなまで言えず、喉をかきむしるようにして地に倒れ伏してしまう。


彼らだけではない。イバラから脱出しようとしていた王家親衛隊のみんなもだ。


「息……を吸っちゃ……いけない!! ……しびれ……て……!!」


懸命に伝えようとした彼らの途切れ途切れの言葉で、私はなにが起きたか把握し、蒼白になった。


黒い霧のようにあたりを覆っていた虫たちが落下する。

無数のつる草がいつの間にか白い花を咲かせていた。

虫の大群は開花が終わるまでの目隠しだったんだ!!

花は花粉を散布していた。

私とお母様以外は全員がその範囲内にいた。

嵌められた……!!


「……マヒ毒の花粉の全体攻撃……!!」


「……そお、正解よお。一網打尽のチャンスをずっと待ってたの。そして……これで残ったアーチャーを封じて詰み!!」


声に反応して矢をつがえようとしたお母様の弓から、芽がふき、葉が開き、枝の形に戻っていく。あっという間に使い物にならなくなる。


私達の足元まで広がっていたつる草が盛り上がった。オカ魔女さんが飛び出してくる。膝丈まである草の中に身を隠し、この至近距離まで接近していたんだ。


「スカーレット!!」


弓を放り出して私に駆け寄ろうとしたお母様につる草がからみつき、動きを封じた。


「……くっ……!! 離しなさい!!」


肌から血がにじむほど暴れるが、弓の天才といえど、お母様は徒手空拳ではただの華奢な女性だ。王家親衛隊のように拘束をひきちぎることは不可能だ。なのにあきらめず、体全体でふりほどこうと暴れまわる。


「ちょっと!! それ以上暴れると怪我するわよ!?」


オカ魔女さんが制止しようとするが、まったく耳を貸そうともしない。


「スカーレット!! 母が今、行きますからね……もごっ……!?」


お母様の叫びが中断した。


オカ魔女さんがため息をついて、さらに追加のつる草で動きを封じたのだ。


私はかえって、ほっとした。お母様の気持ちは嬉しいけど、あのままだと自傷で大怪我しかねない勢いだった。オカ魔女さんも慌てたのか、猿轡みたいに口は塞いじゃってるし、なんかエッチな亀甲縛りみたいになっちゃってるしだけど、そこは見て見ぬふりをしよう……。


「ルビーのお姫様を守る者はこれで誰もいない。惜しかったけど、あなたの負けよ。あなた一人で私に対抗する術はないわ。念のため、お姫様の手も縛らせてもらうわね」


背後から忍び寄っていたつる草が、くるんっと手錠のように私の両手首を縛った。


「ごめんなさいねえ。神の目のルビーを投げつけられたら困るのよ。あの宝石の呪いなら、私にも届く可能性があるもの」


ううっ、しっかり見抜かれてました。

私は「神の目のルビー」シュートで、オカ魔女さんを痺れさせるつもりだったのだ。


オカ魔女さんは、気の毒そうにまばたきし、すうっと私の側に歩み寄った。

開いた掌でヤドリギが蠢いているのが見える。


「これを植え付けて、少しの間、意識を奪わせてもらうわ。その綺麗なお肌には傷一つつけないと約束する。……おとなしくしててね。負けを認めるのは恥ずかしいことじゃないわ」


私は動かなかった。

だが、立ち竦んでいるわけじゃない。

心は平静だ。


オカ魔女さんの言う通り、私単体では、古の大魔術師の彼に対抗する手段はない。

ただし、もし本当に私一人ならば……だ。


オカ魔女さんがいぶかしげに首を傾げる。


「……おかしいわね。あなたの目の光は、ちっとも諦めていない。それは、逆転の切り札を残していいるって目だわ。でも、もうあなたの味方は全滅した。打つ手なしってわかってるでしょう」


「……いや、まだオレがいる。オレが逆転の切り札だ……!!」


「……なっ!?」


思いがけぬブラッドの声の返答に、オカ魔女さんが凍りついた。


黒と白のメイド服がたなびく。赤いリボンが鮮やかに閃く。

ブラッドが上から降ってきて、風を巻いてオカ魔女さんの懐に飛び込んだ。

直角に光条が走り抜けたようだった。漆黒の瞳が標的をとらえた。

攻撃は疾風よりも速かった。


だが、オカ魔女さんは反応した。

高速で後ろに飛び退く。

いや、体につる草が巻きついている。つる草を後ろの樹に固定し、ゴム紐のように急速に縮め、その勢いを利用して逃れたんだ。最初から万が一の保険をかけていたのか。


「……驚いた。まさかこの仕掛けを使うことになるなんて。でも、どうして? あなた、さっきまで向こうの花粉の真っただ中に……」


呻くオカ魔女さんの目が驚きに見開かれる。


倒れた〈治外の民〉の側で立ち竦んでいたブラッドの姿が、ざあっと血桜の霧になってかき消えた。分身技の血桜胡蝶(ちざくらこちょう)だ。


「……幻覚の分身技!? なんて子なの!! だったら、このオカマジックならどう!? ……はっ!!」


オカ魔女さんが気合を入れる。


追撃するブラッドとの間に、イバラとつる草の壁がぬうっと立ち上がり、津波のように倒れ込んできた。ブラッドが減速した一瞬の隙をつき、イバラの壁に白い花が咲き乱れ、マヒ毒の花粉をブラッドに一斉に吹きつけた。


「……かかったわね……!! 私の勝ちよ!!」


オカ魔女さんが勝利宣言をする。


ブラッド!! 逃げて!! と悲鳴をあげかけた私は、寸前で言葉をのみこんだ。

あいつは、「まかしとけ」って私に言ったんだ。

あいつに守ってもらってる私がその言葉を信じないで、誰が信じるっていうの!!

だったら、今、私が言うべき言葉は……!!


「……負けるな!! ブラッド!!」


ブラッドは振り向かず、背を見せたまま、片腕を横に伸ばして、びっと親指を立てた。

そのまま花粉を回避せず、真正面から突っ込んだ。

ブラッドの瞳が真紅に輝き、背中にぶわっと血煙が立ち昇る。

身体能力ブースト技の「血の(あがな)い」を発動したんだ……!!


「……『血の贖い』は筋力だけじゃなく、体内の解毒作用も爆発的に高める。今のオレは、毒なんかじゃ止められないぜ」


そうなんだ……!! はじめて知ったよ……!!


平然と距離を詰めるブラッドに、オカ魔女さんは息をのんだ。


「……『血の贖い』!? その年齢で!? むちゃくちゃな坊やね!! だけど、私のこのイバラの壁は堅牢無比!! いくらあなたでも簡単に突破は……!!」


「……できるさ」


ブラッドは、怒涛のように迫るイバラの壁にすっと両手を当てた。


なんで!? 避けるでも蹴散らすでもなく、なにやってんの、あんた!? 

ほら、取り囲まれちゃったじゃない!!


「……植物には動物みたいな筋肉はない。あんたは内部の水を使って植物を操ってるんだ。その理屈さえわかれば、血流を自在に操る〈治外の民〉にも操れるはず……道を開けろ!!」


ブラッドの命令に従い、イバラの壁がぱかっと二つに割れた。

まるで観音扉が勝手に開いたようだった。


うわ、なんというトンデモ理論……。さすがチート生物だ。


ちなみにブラッド以外の〈治外の民〉にこんなことは不可能だ。

このアホ思い込みだけで、無理も通れば道理になる、を実現しちゃったよ。


私はなんか色々心配するのが本当にバカらしくなった。

むきだしになったオカ魔女さんにもう逃げ場はなかった。


「……ええええっ!? おかしいでしょおっ!! その理論!!」


うん、オカ魔女さんの絶叫意見に私もまったく賛成です。


ぱああんっと乾いた打撃音が炸裂した。

オカ魔女さんが電撃に撃たれたように硬直し、崩れ落ちた。

突き出した拳をすっとひき、ブラッドが微笑した。

目の色が赤から黒に戻る。


「……悪いな。これでスカチビの勝ちだ。……殺しはしない。あんた、もっとえげつない手が使えたのにやらなかったね。フェアプレーに徹してた。敬意を表し、血流いじって体だけ麻痺させてもらったよ」


逃げる間も迎撃する間も与えない神速だった。


「……お二人さん、おまたせ」


そのままブラッドは扇を閃かし、私とお母様にまきついていたつる草を断ち切った。


私はふうっと張り詰めた息を吐きだした。

今になって、どっと額から冷汗がふきだす。

なんとか作戦通りになったとはいえ、瀬戸際の勝利だった。

私は感慨をこめてオカ魔女さんに語りかけた。


「あなたは強かったよ。たぶん防御に徹せられたら、私達では突き破れず、消耗して全滅してた。だから、最初から、私を囮にしてあなたを釣り出し、ブラッドの奇襲で叩く作戦だったの」


ブラッドをのぞく他のみんなはすべて陽動だった。


その言動から、オカ魔女さんは、複数の敵を同時に相手取る戦い方に自信があると、私は判断した。それはまともな力押しでは容易に倒せないことを意味する。

そして勘だが、敵を待ち受けて、自陣に引き込んでの戦法を得意とするタイプではないかと思った。

「108回」の女王時代に何人もの将軍たちを見た経験からだ。

だから、私が孤立したと油断させ、オカ魔女さんを自陣より引っ張り出す必要があった。


オカ魔女さんの能力の詳細も不明だったので、臨機応変の対応になったが、その方針だけは最初から決定していた。ブラッドの頬に祝福のキスをしながら、こっそり耳打ちしていたのだ。だから、ブラッドも私の意図を汲んで素早く動いてくれた。


「……そう……ルビーのお姫様を……無力と侮った時点で……私は術中に、はまってた……のね」


「ええ、だけど、あなたが人の命を奪うことを躊躇わない相手だったら、こんな手はそもそも使えなかった。ブラッドが助けに入る前に私は殺されていたでしょう」


リップサービスではない。事実だ。

たぶん彼はマヒ毒ではなく即死級の毒も生成できた。

非力な幼児の私相手なら、一瞬でつる草で絞殺すことも可能だったはずだ。

だが、私は彼がそうしないことを確信していた。

いわば、彼の人の良さにつけこんだ作戦を取ったのだ。

私はぎゅっと拳を握りしめた。とても勝利したとは思えない。


「……そんな、つらそうな顔、しちゃダメよ……敵の心を読みきっての……作戦は……戦場では、あたりまえのこと。……胸を張りなさい……あなたは……立派な……勝者……だわ……」


苦労して口を動かしながら、私を慰めるようにオカ魔女さんが笑った。


「……あんた、いいやつだ。出来たら手荒な真似はしたくない。目的と正体を話してくれないか」


ブラッドの口調と見下ろす目は穏やかだった。


オカ魔女さんの花粉のマヒ毒の効き目はすぐ切れるものだったらしく、〈治外の民〉と王家親衛隊のみんなが、呻き声とともに立ち上がった。イバラの壁を迂回し、よろよろとこちらに集結する。幸い怪我人、怪我馬どちらもいない。なるべく傷を負わさないようオカ魔女さんが手心を加えた証拠だった。


「……私に、いい奴なんて……呼ばれる資格はないわ。だって……私をあんなに慕ってくれたあの子たちを……私は……助けてあげられなかった。……あの子たちは、最後まで……私の名前を呼んでたのに……。……私が、最初から……あの子たちを連れて、逃げてさえいれば……」


オカ魔女さんは途中から嗚咽をこらえていた。

言葉が途切れ途切れなのは、麻痺なのか涙のせいなのかわからない。


ただ私の目には、ほんの一瞬だけど、大きな男の人が大勢の子供たちに囲まれて笑っている幻が見えた。きっと神の目のルビーの力だ。このごついけど優しそうな男の人がオカ魔女さんの生前の姿だろう。子供たちはみんな幸せそうな笑顔を浮かべていた。心から慕われているのがわかる。はしゃぐ声がしゃぼん玉のようにはじけて消えた。懐かしくて切ない記憶……。


オカ魔女さんの悲痛が伝わってくる。

子供たちはブルーダイヤのせいでみんな非業の死を遂げ、オカ魔女さんも殺されてしまった……。


オカ魔女さんは魂だけになっても、ずっと自分のせいだと後悔し続けた。悲しすぎる。この人は何一つ悪くないのに。守れなかったと自分をひたすらに責めて……。そうやって、このブルーダイヤに魂を縛られたまま、悠久の刻を渡ってきたのだ……。


すべてを理解できたわけではない。


流れ込んできた情報はほんの欠片にすぎない。だけど、たった一つだけ、オカ魔女さんの悲愴なまでに強い信念と思いだけは、私に伝わるに十分だった。


「……あなたが言ってた戦う理由って、子供たちの魂をダイヤから解放するためだったのね」


「……どうして……それを……!!」


息をのむオカ魔女さんの前にしゃがみ、私はその両手を取って引き起こした。

この人は優しく強く哀しい人だ。その気持ちは報われてしかるべきだ。


「聞いて。私にはなんの力もないけど、この神の目のルビーには不思議な力があるの。あの世とこの世の境目をうち破ることができるって、前に『彼』は教えてくれた。ルビーにとりついてる光蝙蝠族(ひかりこうもりぞく)の霊も何か方法を知ってるかもしれない。あなたに協力させてほしい」


「正気なの、あなた……!! あんなひどいことしようとした私に……手を貸してくれるっていうの……!? ……なぜ!? 私は敵よ!?」


私はオカ魔女さんの手を強く握り、かぶりを振った。


「108回」では、にこにこと味方の顔をしながら裏では私を陥れようとする人間をたくさん見てきた。今さら責める気はないが、それでも多感な少女の頃の私はひどく傷つき、何度も隠れて泣いた。それに比べれば、最初から敵と名乗り、正々堂々戦いを挑んできたオカ魔女さんのほうがはるかに共感できる。敵は敵でも好敵手だ。それに……。


「それに私、見たの。子供たちがあなたを取り囲んで笑顔でいるところを。みんな本当に幸せそうだった。……あの子達があなたが解放したい子供たちよね。私ももう一度あの笑顔をこの目で見てみたい。……子供たちのために。いい女が手を貸すには十分すぎる理由でしょ」


私はウインクしてみせた。

うまくできない。子供の表情筋、弱すぎ問題です。

五度目のトライで満足する出来になった。


「どうした、スカチビ。変な顔ばっかして。目に虫でも飛び込んだのか」


うっさい、黙れ。あほブラッド。


「……そう……幸せそうに見えたの」


「ええ、とっても……」


私の言葉にオカ魔女さんは泣いていた。

胸が締め付けられる。


かつて「108回」でハイドランジアの女王に私が即位したばかりのときの気持ちを思い出す。

子供たちの笑顔にあふれる国にしたいって、私だって望んでいた。理想の炎を胸に抱いていた。


思い通りにいかない現実に打ちのめされ、とめどなく巻き起こる国難の対応に追われ、国を沈没させないことに手一杯になり、いつしか夢を忘れてしまったけど……でも、はじめから悪逆女王だったわけではないのだ。


だから、魂だけになっても、たとえ何百年たっても、子供たちの笑顔を取り戻すことをあきらめないオカ魔女さんを心から尊敬した。すごいと思った。


運命の神様が、オカ魔女さんに報いないなら、私が声を大にして言ってやる。


〝いいよ、神様。好きなだけ努力する人を嘲笑えばいい。私がこの人に力を貸す。人間の未来を切り開く力をなめないで。高みの見物を決め込んでるあんたに、きっと吠え面かかせてやるんだから〟って。


え、女王即位? 

あんな面倒くさいこともう二度とやるわけないよ。


だって、今回のやり直し人生では、期待の星、マーガレット王女様がいるもん。

彼女が即位すればハイドランジアは安泰だ。

私は安心して、ひきこもり道に鋭意邁進するのだ。

実家にごろごろし、食っちゃ寝生活を満喫させていただきます。


「……途中まではすごく格好いい気配がしてたのに、なんか後半ダメ人間のオーラが……」


ブラッドが苦笑する。


「だけど、オレもスカチビに賛成だ。オレもあんたに手を貸したくなったよ。よろしくな」


ブラッドもオカ魔女さんに手を差し出す。


「……あなた達……!! なんて立派で優しい子……!! ……あの子達が生きているときに、あなた達に会わせてあげたかった……。……ありがとう……!!」


オカ魔女さんの目がうるうるした。

私たちの手を交互に取り、礼を言うが、顔中ヤドリギだらけで目の部分だけ露出しておいおい泣いているから、正直こわい。話を横で聞いていたお母様やみんながなんかもらい泣きしてるけど、これって傍から見たらかなりシュールな光景だよね。


私は戦闘でむちゃくちゃになった周囲の様子を見渡した。


……繁茂するつる草とイバラでむちゃくちゃになった森。

地面はローションみたいな怪粘液まみれだ。

そしてマヒから回復し、うおおんと乱舞する虫の大群。

ここは、どこの魔界村ですか?


惨状を横目に、私は深く考えることを放棄した。

土地の復元はあきらめざるをえない。


ここローゼンタール伯爵夫人の領地だったよね。

うん、多少荒らしても良心の呵責なし!! 

何か聞かれても知らぬ存ぜぬのほっかむりを決め込もうっと。


「……ただで助けてもらうわけにはいかないわね。情報で恩返しさせてもらうわ。あまり多くは語れないけど、私が身体を借りてるこの娘は……」


ぐすぐすと鼻を鳴らしたあと、オカ魔女さんが話を切り出し、私達は身を乗り出した。

そのときだ。


「ンハハハーッ!! おしゃべりなドゥエインちゃん!! オカマのすてきな裏切りのバラードだネ!? でも、それは教えちゃダメなコト!! 拝聴してた小生も、びっくりして、猫ごと、枝から落ちかけたヨ!!」


素っ頓狂な声が夜の森に耳障りに響き渡った。


「……ひっ……!?」


私は心臓が止まるほどの驚きを叩きこまれ、のけぞった。


バカみたいに長いトップハットをかぶり、だらんと燕尾服の裾を垂らした仮面をつけた男が、逆さになって私の顔をのぞきこんでいたからだ。その服装は死に装束みたいに白一色だった。

のっぺりした仮面は得体の知れない生物の卵のようで、ひどく冒涜的な印象を与える。


こんな怪人、今の今までここにいなかった!!


それが証拠に、私だけでなく、その場の全員が凍りついていた。

私だけならともかく、ブラッド達まで存在に気づかないなんて、そんなことありうるの!?


私達の驚きをよそに、怪人は片足の甲を木の枝にひっかけ、蝙蝠のようにぶらんと逆さづりになっている。ゆらゆら揺れるその身体には、いたるところに気味の悪い犬やら猫やらのぬいぐるみが首つりみたいにぶら下がっていた。揺れにあわせて、ぬいぐるみの目玉がかくかく動く。


なにこれ!! なんなの、こいつ!?


度肝を抜かれて立ち尽くす私に、怪人は片手を胸にあて、器用に身を屈め、挨拶した。

もちろん逆さまのままでだ


「……ヤアヤアヤア!! はじめまシテ、終わりまシテ!! カワイイ赤髪のチンクシャちゃん!! 小生は七妖衆(しちようしゅう)無貌(むぼう)のアディスでース!! お近づきのシルシに、お嬢チャンの紅い目ん玉、一つくださいナ!! あとには猫のヒゲを植えマショウ!!」


小馬鹿にするようにケラケラ嗤うと、白い手袋の長い指が、ぬうっと私の眼窩めがけて伸びてきた。


はっと我に返り、反射的にルビーをぶつけて撃退しようとした私だが、ぐんっと後ろ襟を持って強く後ろにひかれ、果たせなかった。


「バカ!! なにやってんだ!! あいつはヤバい!! しがみつけ!! オレから離れるな!!」


ブラッドが私の腰に片手をまわし、飛び退きながら怒鳴った。

冷汗が額に浮かんでいた。

よほどのことがないと、ブラッドは私にこんな怒鳴り方はしない。

私はあわててブラッドの首に両手をまわし、ドレスがひしゃげるくらい身体を密着させた。

ブラッドの体温が伝わる。

その鼓動は緊張で極度に速まっていた。


「……気配でわかる。あれは暗殺者喰らいだ。闇社会でも絶対かかわっちゃいけない人種だ。しかもあいつは桁違いだ。スカーレットを守りながら戦える相手じゃない。逃げるぞ」


私をぎゅっと抱きしめて退避しながら、押し殺した声でブラッドが説明する。

私は息をのんだ。

ブラッドは「血の贖い」を発動させていた。

そのブラッドにそうまで言わせるほど、あの怪人は強いの? 

へらへらしてて、とてもそうは見えないけど。


「ンハハーッ!! 鬼ごっこかイ? イイネ!! 鬼ごっこの後ハ、赤髪のお姫サマの首でボール遊びをいたしまショウ。モーイーカイ。モーイクヨー。首、斬ッター!!」


私はぞっとして首筋を押さえたくなった。

強いかどうか以前に、たしかにアレはやばい奴だ。 


私達と入れ違うように、矢とつる草が風切り音がした。

動き出そうとした白衣装の怪人に、お母様とオカ魔女さんが攻撃をしかけたのだ。


「娘に近づくな!! 私が相手だ!!」


「アディス!! 手出ししないで!! その子の相手は私よ!!」


お母様の手には新しい弓矢があった。

今度は短弓ではない。ちゃんとした弓だ。

王家親衛隊の一人が持参し、お母様にさっき手渡していた。

オカ魔女さんもマヒから回復したらしい。


「ンハハハーッ!! 人気者はつらいネ!? でも、デキる男は複数のアプローチも、颯爽といなすのサ。ハンサムポーズッ!!」


白衣装の怪人は、両手を目の前でクロスさせる動作をした。

お母様が驚愕の呻きをあげる。

四本ほぼ同時発射したあのお母様の矢を、怪人は事もなげに指の間で挟み取ったのだ。

いくら単弓で複合弓より威力がないとはいえ、月明かりさえ微かな夜の森でなせる業ではない。

しかも逆さまに樹にぶら下がったままでだ。


「人妻からのプレゼントは昂るネ!! イケナイ恋は蜜の味ダヨ!? ドキドキのお返し、受け取っておくれヨ!! 大丈夫。恋はなるべく秘めるモノ。お返しは内緒でするカラサ!!」


手をクロスさせたままなのに、オカ魔女さんのつる草が、怪人の手前でぱあんっとはじけ飛んだ。

まるで見えないバリアーでも張っているかのようだ。

なんなの!? これはこの怪人の技なの!?


「……コーネリアさん!! かわして!! 返し矢だ!!」


ブラッドが血相を変えて叫ぶ。

その視線を追った私は背筋が寒くなった。

まったく動いていないのに、怪人の指ではさんでいた四本の矢が消えていた。

唐突にお母様の目の前に出現し、四本同時に襲いかかる。


「ンハハーッ!! キューピッドさんが、人妻のハートをドキューンッ!!」


「……くっ!!」


お母様は迎撃の体勢に入り、あっという間に矢を二本空中で射落とした。

だが、矢の出現が至近距離すぎた。残り二本は間に合わない。

当たる!! 

私は悲鳴をあげそうになった。


闇夜に火花が散った。

鋭い金属音が響き渡る。矢じりと矢じりが激突したのだ。


お母様は無事だった。

上空から急降下してきた何者かの矢が、ピンポイントで返し矢二本を叩き落とした。

人間業ではない。

樹々の梢の上を白い巨大なフクロウがざあっと通り過ぎた。


「……あ……あ……!!」


私はがたがた震え出した。


こんなことが出来るのはヤツしかいない。

あの白フクロウにも、頭上から突然降ってくる矢の軌跡にも嫌というほど覚えがある。

引っ込みかけた悲鳴が、喉の奥から、「108回」のトラウマとともに迸った。


「オアアアアーッ!?」


ショックのあまり声帯が赤ちゃん返りしてしまった。

口角からあぶくを出して、私はのけぞった。


射殺!! 射殺!! とにかく射殺!!


上空からのフクロウの視界を共有し、遮蔽物の向こうからの山なり射撃で、一方的に標的を射貫く極悪技、「鳥瞰射撃(ちょうかんしゃげき)」。


その技をもって、5人の勇士の中で、「108回」の私をもっとも多く殺したあいつ。

褐色肌に鋭い金目、ウルフカットが特徴のふてぶてしいアーチャー。


闇の狩人アーノルド!!


やつがここに来ているんだ!! なんで!?

いったいこの先どうなっちゃうの!? 



お読みいただき、ありがとうございます!!

よろしかったら、またお立ち寄り下さい!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 幼年期のバトルはまだ軽い?からいいよねー。 前の最終決戦なんか鬱になり掛けたもん(笑)
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