夜の森で私たちは戦うのです。残酷な破滅の魔女と。残酷な……あれ?
【KADOKAWAエンターブレインさまより 『BABY編』上下巻にて書籍発売中。詳細は活動報告に】
ブクマ、評価、御感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!
様子見しながらなので、ちょっと文字数が少なめです。
なんと10000字超えてません。いつぶりだろう……。
「ひぃゃっはあっ!! おそろしかろう!! ちびろう。こんな恐怖は味わったことがあるまい!!」
破滅の魔女の高笑いが夜の森に響く。
彼女の植えたヤドリギに顔面をのっとられた刺客たちと馬たちの襲撃は立体的だった。
樹々の幹を地面代わりに蹴って、空間を稲妻のようにじぐざぐに動く。
「ちょっと……あんなのあり!?」
私は顔面をひきつらせた。
目がついていかない。
当然だ。人間の目は基本的に、地面を動くものに対応するようにつくられている。
スーパーボールのように空中をはねまわる外敵になど、普通は巡り合わないからだ。
投げられたボールをキャッチできるのも軌道を予測するからであり、本来は蚊や蠅のスピードでさえ、方向急転換されると、ろくにとらえられないお粗末な目しかない。
驚愕する私を見て取り、破滅の魔女が顔の緑の葉をわさわさ揺らして勝ち誇る。
「ヤドリギに寄生されたこやつらは、元の倍以上の力を発揮する!! おまえらごとき逆立ちしてももはやどうしようもない。安心せい、怖いのはほんの一瞬よ。すぐに蹂躙して、おまえらも眷属にしてやるわい」
あら、不思議。
ヤドリギで顔が覆われているのに、ものすごーく意地悪そうな老婆の表情が見えるよ。
名は体を表すならぬ、体は名を表すだね、こりゃ。
言動が典型型な悪役魔女のそれすぎるよ。
「おんやあ、逃げなくていいのかい。もっとも逃げたら、背中から手足を切り落としてやるがのう」
私に指をつけつけてかすれ声で嬉しそうに叫ぶ。
ああ、弱者をいたぶるのが好きなんだろうな。嫌いだ、こういうタイプ。
見た目、四才の幼女の私によくそんな言葉を吐ける。性根が腐っている。
お母様は直感で私より先にそれを見抜いたんだ。
ブラッドも私と同じ感想をもったらしく、ため息をついて私のほうを見た。
「いきなり弓矢をぶっ放したコーネリアさんの気持ちがわかったよ。で、スカチビどうすんの? 逃げる? 戦う?」
「……あんた、答えわかってて聞いてるでしょ」
私が軽く睨むと、ブラッドはシュラッグして、さらっと受け流した。
メイド服でそういう仕草をやられると、妙にかわいいだけに少し腹がたつ。
「まあな、でも、そういうのはやっぱおまえの口から聞かなきゃな。ほら、早くしな。みんなすでにアップに入ってる」
屈伸運動をはじめている我が家の使用人連中〈治外の民〉たちと、騎乗したまま槍を水平にあげた王家親衛隊の面々が、期待に満ちたまなざしで私を見た。
はいはい、わかりましたよ。
私は閉じた扇子の先端を、迫りくる破滅の魔女の眷属になりはてた者たちに向けた。
「……戦う。人間を生贄にしようなんて悪魔、野放しにできっこない。これでも、ちょっとはノブレス・オブリージュはわきまえてるの。神さまはいそがしすぎて、地上の邪悪すべてには目と手が回らないようよ。だから私たち自身が悪を裁く。……スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードの名において命じます。奴を討て!! 我ら、苦界の闇において、闇を斬り裂く一条の刃とならん」
……ま、こんなもんかしら。
もうちょっと悪役令嬢っぽい口上のほうがよかったかも……。
応ッという叫びをあげ、全員が臨戦態勢に入る。
ブラッドが、にやりとする。
「いい宣戦布告だ。ならば、オレ達は、おまえの絶対の剣となり盾となる。怯むな、下がるな、前だけを見ろ。おまえは必ずオレが守りぬいてやる」
私を守るように傍らに立ち、黒地のワンピースに白いエプロンをなびかせる。
漆黒の髪にまっかな大きなリボンがはばたく。
まったくメイド服なんか着てるのに、そんな頼もしくて格好いい男の子、あんたぐらいなもんだよ。
その佇まいは静かだ。なのに迫りくる異形の戦士たちより、まとう気配は深くおそろしい。
見る目がある者が見ればすぐわかるのだが、あいにく破滅の魔女は開きめくらのようだった。
「は、身の程知らずのガキが。冴えない遺言になったのう。ほれ、もう言い残すことはないのかい」
私はわざとらしく大きなため息をついて、扇を広げ、その隙間からちらりと老婆を一瞥した。
「ああ、葉っぱおばあちゃん、あなたに三つばっかり言いたいことがあります」
「なんじゃと?」
てっきり私が恐れおののいているとばかり思い込んでいた破滅の魔女は、間の抜けた声で戸惑った。
「ひとつ、私はさっき驚いたけど、恐れてはいない。魔犬ガルムは、この百倍は怖かったもの。私をちびらせたいのなら、あのときの十分の一の恐怖ぐらいよこしなさいな」
そうだ、私は生れ落ちてすぐに、恐怖と破壊の権化の魔犬ガルムと命のやりとりをしたのだ。悪魔の奸智と不死身の執念をあわせもつ魔獣に、私は十回は死を覚悟した。あの悪夢の戦いに比べれば、こんなのただのアトラクションだ。
「ふたつ、蹂躙するのは、そちらが、じゃない。私たちが、よ」
私は夜空に細く浮かぶ弧月の線に、手を伸ばした。
その向こうに迎撃にうつる〈治外の民〉と王家親衛隊が見える。
私はぐっと手を握りこんだ。それが合図になった。
ローゼンタール伯爵夫人の元手下たちは、〈治外の民〉たちが空中で撃ち落とした。
降下した馬たちは、王家親衛隊の三騎一組の突撃技、トライデントがはねとばした。
蹄鉄の音が夜を走る。乾いた独特の打撃音と火花散らす重い激突音が重なる。
あとは地面に叩きつけられた音しかしなかった。
圧倒的だった。
ブラッドが出る幕さえなかった。
全員が油断せず、残心の構えは取っているが、最初の一撃で敵は戦闘不能になった。
顔のヤドリキだけはもそもそイソギンチャクのように蠢いているが、もはや立ち上がることもできない。あまりの衝撃で三半規管に異常を生じ、神経の伝達回路がバクったのだ。ボクサーが足にきてるようなもので、たとえ脳みそがヤドリギに乗っ取られていても無駄だ。しばらくは体は言うことをきかなくなる。
「な、バカな……力が倍になったわしの無敵の戦士たちが……」
起きたことが信じられず、瞼と口をぱくぱくさせている破滅の魔女に、私は冷笑を浴びせた。
「その程度の強さで無敵ですって? 笑わせないで。うちの使用人たちは暗殺集団〈治外の民〉で、王家親衛隊はハイドランジア最強騎士団よ。地力がまるで違うの。彼らを相手どるのなら、強さを元の十倍くらいに割り増ししなさい。あなた、私たちを蹂躙しにではなく、笑わせにやってきたの? 天のお月さまを摑めると勘違いするぐらい滑稽ね」
私は景色の月を握りしめていた手を開き、びしっと指をつきつけた。
「で、最後の三つ目よ。せっかくのお誘いで悪いけど、あなたの眷属になるのなんてお断り。だって、主があなた程度じゃ、今より弱くなりそうだもの」
もちろん私だって人並みの敬老精神は持ち合わせている。年寄りは国の宝だ。だけど、この老婆が犠牲者に吐いてきたであろう暴言を思うと、悪役令嬢ぶりを発揮するのに躊躇いはなかった。
「さて、戦力の違いがおわかりかしら。今、土下座して、二度と悪事はしないと誓うのなら、背を向けて逃げることを許したげる。背中から嘲笑をぶつけてあげるけど」
さっき私に浴びせかけた言葉のお返しだと気づき、老婆は屈辱にわなわなと身を震わせた。
「……若、土下座ってなんですか」
「こうこう、こうやってだな」
首をかしげる〈治外の民〉たちに、ブラッドが合掌しながら地面に身を投げ出し、手足を伸ばす実演をしている。
おい、女装メイド。それ土下座じゃなく、五体投地だ。あんた、どこの聖地に巡礼する気よ。こら、他の連中もまちがった知識を実践しはじめるんじゃない。
「……ガキがあっ!! 殺してやる!!」
おちょくられたと思った破滅の魔女が激怒した。
いや、五体投地は私の指示じゃないんだけど。
破滅の魔女のフードからこぼれ出たつる草が、怒れる虎の尾のように、びしっびしっと激しく打ち鳴らされる。音を立てながら、ぞろぞろと地面に這っていく。それだけではない。突き出した両袖や裾からもだ。フードだけじゃなく、ローブの中いっぱいにつる草がしまい込まれていたんだ。つる草には、禍々しい棘がびっしり植わっていた。
「このつる草は超強力な毒草に改造しておる。変幻自在に四方八方から襲い来るぞ!! 生贄を捧げて得た、森の民の司祭の力、かわせるものならかわしてみい!!」
どうやらこの毒つる草は、破滅の魔女の御自慢の一品らしい。ムチのように動かせ、しかも棘がかすっただけでアウトというわけだ。
すっかり自信を取り戻した魔女は、余裕たっぷりに嘲り笑った。
お返しに私は鼻で笑ってあげた。
「……かわす? どうして? かわす必要なんてない。宣言してあげる。私はここから一歩も動かずに、逆にあなたを倒してみせる」
私は本気で腹を立てていた。
生贄だ? 司祭の力だ? ふざけるな、人の命の犠牲の上に成り立った邪法を、自慢げに振りかざすな。
睨みつける私に奴は動揺した。
吹けば飛ぶような幼女の私だが、さきほどの〈治外の民〉と王家親衛隊の圧勝が魔女を怯えさせていた。大上段に構えているが、性根は意気地がないのだ。力に信を置くものは、それ以上の力を見せつけられると、滑稽なほど取り乱す。
「はったりじゃ!! そんなことできるわけが……!!」
それでも迷いを振り切るように絶叫し、攻撃をしかけたのは、まだ欠片ほどのプライドは残っていたということか。縦横無尽に乱れ飛ぶ無数のつる草を前に、ブラッドが笑う。
「……できるさ。スカチビ、おまえの扇、ちょっと借りるぜ」
ぽんっと私の頭に手をのせた。
「……ん、よろしく」
「はいよ」
さすがブラッド、口にしなくても私の作戦を読んでくれた。
私が差し出した扇を受け取ると、おそれることなく、そのまま、すうっと前に進み出る。
毒つる草は一斉にブラッドと私に襲いかかった。唸りをあげ、ワイヤーソーのように巻きつこうと、視界いっぱいを覆い尽くす。
「ひゃはっ!! なにができるじゃ!! ガキが吹き上がりおって!! これだけの毒をまとも喰らえば、象だろうと助からんわ!!」
勝利を確信した破滅の魔女の笑い声が、次の瞬間凍りついた。
ぶわっと桜の花びらが散華するように、ブラッドの姿が霞み、頭から足元まで、さあっと根こそぎ消え失せたのだ。
「……喰らえばね。でも、無理。だって、オレがここにいるもん」
ふうっと突然目の前に現れたブラッドに声をかけられ、破滅の魔女は驚きで飛び上がった。私に殺到していたつる草が、主につられて、がくんっと急停止する。
「……バカな!! 今まで、おまえはあのチビガキのそばに!!」
「……ありゃ幻だよ。分身技、血桜胡蝶ってんだ。冥途の土産におぼえときな。メイドだけに」
やめろ、最後の台詞は蛇足だ。
「くそがあっ!! も、戻れ!!」
私に四方八方から襲いかかろうとしたつる草は、寸前ですべてまわれ右した。魔女が口汚く罵りながら、自衛のためにつる草を引き戻したためだ。だが、虚をつかれた反応はひどく緩慢だった。ターゲットが、私からブラッドに急に変更になり、混乱しているように見えた。
「お、おのれ!! おまえたちも早く……くそっ、役立たずどもが!!」
ヤドリギにあやつられた刺客と馬たちが、老婆の声に応じようとするが、地面でもがくだけで立ち上がれない。しかも時々動きが止まる。ぐだぐだだ。こいつ、もしかして、つる草と眷属を同時に操ろうとするあまり、コントロールしきれてないんじゃないか?
それに比べ、ブラッドの動きは稲妻のように鮮やかだった。
ばっと扇を広げ、ぐるんっと旋回した。
つる草を体中から生やした魔女の周囲を疾風が薙ぐ。
優雅な舞のひとさしのようだが、私の扇の外周には薄い刃が取り付けてある。私が振り回しても、せいぜい柱にひっかき傷をつけられる程度だが、使い手がブラッドになると、話はまるで別だ。人の腕くらいの枝なら断ち切ってしまう。ましていくら強化されているとはいえ、つる草ではその刃圏に抗しうるはずもない。
泡を食った魔女に前進からむりやり引き戻されたつる草は、一瞬、攻撃も防御もできない空白時間を生じてしまった。放物線のてっぺんの静止状態のようなものだ。神速のブラッドにとって、殲滅するには十分すぎる間だった。扇が閃き、すべてのつるの触手が魔女の体から切り離され、宙に舞った。
「あんた、戦い方がド素人すぎ。視線と気配で、次の狙いが丸わかりなんだって。発射する前に潰せれば、どんなすごい武器も術も役に立たないよ」
ブラッドの人懐っこい笑いが、魔女にはとんでもなくおそろしいものに見えたらしく、悲鳴を漏らして腰を抜かした。相手の心はへし折れた。おそるべき相手なのに心が弱すぎる。勝負は決した。もしセラフィあたりがこの魔女の半分の能力を持っていたとしたら、私たちは完敗していたろう。
「……こんな馬鹿な……小間使いの小娘なんぞに、どうして、ヴィスクムの司祭たるこのわしが……」
現実を受け入れきれずに、まだぶつぶつ言っているが、目から気力の光は失われている。連動するように胸元のブルーダイヤの光も弱弱しく消えそうだ。
それにしても、こいつ、ブラッドが男の子って気がついてないのか。魔女を名乗るわりにはたいしたことないな。なんだか可哀そうに……はならないな。よし、精神的にとどめをさしておこう。
「うちのメイドは世界最強なの。彼女のいくところ、海は枯れ、地は裂け、あらゆる生命体は絶滅する。あなた程度では、はじめから勝ち目など百パーセントなかったの。さっきの台詞、そっくりそのままお返ししてあげる。……身の程を知りなさい」
私はダメ押しで法螺を吹きまくった。どこの世紀末伝説だよ、と内心はセルフツッコミしながら。だが、破滅の魔女は真に受けたようだった。
「ちくしょう……まさか、そんな化物が……」
がっくりと項垂れると動かなくなってしまう。あほなの、このおばあちゃん。〈治外の民〉が縄で縛りあげても、なされるがままだ。
作業終了を確認し、私はおもむろに頷き、ぐるぐる巻きにされて地面に転がされた破滅の魔女に近づき、見下ろした。
「これにて一件落着。はったりだけで勝ちを拾う。これぞ兵法の極意なり」
予備の扇を取り出すと、ばっと開き、高らかに宣言してやった。
私が囮をすればいいだけの、たやすい相手であった。
ブラッドがあきれ顔をした。
「はったりねえ。自分の命を平然と囮にできることを、はったりと言うならね。チビスケのくせに、あいかわらず、肚の据わりぐあいが振り切れちゃってるな。怖いとかの感情ないのかよ、おまえ」
心外だった。
こんないたいけかつ感受性豊かな幼女に対し、こいつはなにを言っているのか。
私はすかさず反論した。
「あるに決まってるでしょ、人を化物扱いするな。……だってブラッド、私を守るって言ったじゃない。あんた、あほだけど、約束破ったことないもの。怯える理由なんてどこにあるの」
あらゆる攻撃を防ぐ盾があるから平然としているだけで、私は花やスイーツを愛でる、臆病で可憐な普通の乙女なのだ。
私が憤慨すると、ブラッドはなぜか目を丸くし、それから、ぽりぽりと頬をかき、苦笑した。
「……かなわないなあ、こういう天然なとこ。尊敬するよ……」
な、なによ。そのほほえましいものを見る目は……!! ブラッドだけじゃなく、お母様やみんなまで、どうしてそんなほっこりした表情を!? その孫娘でも見るようなまなざしはやめて!! 私、今はちびでも「108回」も悪逆女王つとめた経験者なんだから!!
「……あら、違うでしょ。そこは、かなわない、じゃなくて。かわいいって言ってあげなくちゃ。いい男だけど、そこんとこまだまだね、ぼうや」
場違いな野太い男の声が響き、私たちは飛び上がりそうになった。
錆のあるいい声なのに女言葉だ。
それが俯いている破滅の魔女から発せられてると気づき、「……うおっ!?」と声をあげてブラッドが飛び退いた。魔女の胸元のブルーダイヤはさっきよりずっと強く耀いていた。
野太い男声は、私たちの反応にかまわず、感心したように話を続ける。
「でも、驚いたわ。大したものね、あなた達。男も女もやっぱりいざとなると肚の据わったほうが強いのよね。あの思いあがったおばあちゃんじゃ、歯が立たないはずよ」
唖然とする私たちの視線に、照れたようにくねくねと身をくねらせる。
「あら、やだ。そんな見つめちゃ……いや、よっと」
軽い掛け声とともにばつんっと音をたて、破滅の魔女を拘束していた縄がはじけとんだ。つる草をローブと縄の間にさしこんで、力技でたち切ったのだ。まるで風船が内圧で破裂したように見えた。いや、それだけではない。縄は切られただけではなく、変色して弱体化していた。
「……これ……腐食……まさか、つる草の分泌液?」
「あら、そこのルビーのお姫様、鋭いわ。よく気づいたわね」
男声になった破滅の魔女は、ぽんぽんとローブの汚れをはたきながら立ち上がり、私を見た。さきほどと同じヤドリギだらけの顔に、目玉の部分だけがぽっかり開いているというスタイルなのに、導師とでもいうべき叡智が感じられた。
「……植物ってね、場合によっては、土壌を改良する成分を、自分で放出したりもするのよ。その能力をちょっといじってあげると、こういうこともできるってわけ。あなたがこの中で一番切れ者みたいね」
オネエ口調にもかかわらず、立ち振る舞いに威厳があった。
「自己紹介がまだだったわね。私もおばあちゃんと同じ破滅の魔女の一人よ。破滅の魔女は、全部で三人いるの」
「魔女って……あんた……オカマだよね?」
ブラッドが当然の疑問を口にする。
「あら、やだ。心は女よ。せめてオネエって呼んで。あたし、ドウェイン、よろしくね」
あらたな破滅の魔女は胸を張り、ブラッドと私は呆気に取られた。
「魔女じゃなく、魔男だよな……」
「お、オカ魔女、ドレミ……?」
威厳はあるのだが、つい会話にのせられる気安さがこの人物にはあった。
聖教会の高位者に、まれにこういうタイプがいる。ちらっと横目で見るとお母様も表情をゆるめていた。いじめにあって十年ひきこもったお母様は、動物的な鋭さで相手の悪意を見抜く。そのお母様が気を許すということは、この人はまぎれもなく人格者だ。王家親衛隊の馬も耳を前に向け、ゆったりと尾を振っている。
動物たちに好かれるニュー破滅の魔女は、がくっと肩を落とし両膝をついた。
「ドレミじゃなくて、ドウェイン!! なによ、魔男って!! いろいろ誤解されるじゃない!! オカ魔女って、ひどすぎないっ!? あんたたち、かわいい顔して、なにげに毒舌ね? 私の乙女ハートにひびが入ったわよ。……もっとも傷つけ、傷つけられるのが、私たちの運命なのだけど」
破滅の魔女が深いため息をついた。
雰囲気が変わった。
ブルーダイヤのペンダントがさらに光を増す。
光とともに魔女がゆらりと立ち上がるのに気圧され、〈治外の民〉と王家親衛隊が後退る。
「ごめんね、悪いけど潰させてもらうわ。あなた達みたいな連中、嫌いじゃないんだけど。新しい主の、こわーいお姫様には、とても逆らえなくってね。だって、あのお嬢さん、宇宙の闇よりも、海の奈落よりもおそろしいんだもの。三人めのうちの子は妙に懐いてるけど、私は苦手だわあ。鼻眼鏡の坊やは怖くてもまだお話が通じるんだけど……」
ブルーダイヤの青い光はもはや迸るという表現がぴったりだった。まるでサーチライトのようにゆるやかに回転する。
お母様が短弓をかまえ、ブラッドに警告する。
「ブラッド、気をつけて。この人、さっきよりずっと強い」
「わかってる。やばい気配で背中がぴりぴりするよ」
破滅の魔女は二人に向き直って語りかけた。
「さて……みんな手練れのようだけど、あなた達二人が主力というところかしらね。赤髪のお姫様はすごい力を持っているけど、まだ真祖帝のルビーも使いこなせていないみたいだし……。勝負をはじめる前に、おばあちゃんに操られた人たちとお馬さんを解放しておくわ。こういうやり方は好きではないしね」
破滅の魔女が片手を横に振ると、ようやく立ち上がりかけていたローゼンタール伯爵夫人の刺客たちと、我が家の馬車を曳いていた馬たちの顔をおおっていたヤドリギがばらばらと剥がれ落ちた。どうと地面に倒れてしまうが、体が呼吸で上下に動いているので死んではいないようだ。
「……ずいぶんフェアなんだな。だけど、いいのかよ、自分で駒数減らしちまって。こっちは複数、そっちは一人になっちまうぜ」
ブラッドの問いに、破滅の魔女は身体を揺らして笑った。
「いらないわ。余計なものを操作すると気が散って、かえって隙ができるもの。あのおばあちゃんは、それでやられたようなものでしょ。言っとくけど、私、こう見えてとおっても強いのよ。そして、多勢に無勢はむしろ大歓迎」
それは乱戦特化ということか。この人物ならよほどの自信がないとこんな台詞は言わないだろう。
私たちの間に緊張が走り抜ける。
「だって、これだけのナイスガイたちバーサス私一人よ!! ハーレムよ!! 至福以外の何物でもないわ」
違った。嬉しそうに身をくねらせるオカ魔女に、私たちはがくりとなった。いまいちシリアスが持続しない。なんの反動か、このとこコメディーに展開が走ろう走ろうしてない!?
お読みいただき、ありがとうございます。
よかったら、またお立ち寄りください。
次回はちょっぴりシリアス入ります。




