おまけ。新生児アリサと新生ソロモンの邂逅。
ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!
いつも長い話ばかりではなんですので、箸休めがわりに短いのをどうぞ。
コミカライズ時に、参考としてつくったものを手直ししてます。コミカライズ……おお、はるか昔のように感じる(遠い目)。
それと、前回投稿した104話ですが、だいぶ手直ししてます。(ゴルゴナがエロよりもかなりコミカル寄りになっている等)初期に読まれた方は、次の話と整合性がとれていないと首を傾げられるかもしれません。おかしいと指摘したくなったら、ぜひ読み直しを(笑)
次の話、ちゃんとつくっていってます。しかし、3月内に納品できるかどうかは……。がんばりますが。
つまり、今回の話は保険代わりです。
こぎたない生き方です(笑)
【新生児アリサと新生ソロモンの初顔合わせ】
フォンティーヌ子爵邸の二階の子供部屋に、火のついたような赤子の泣き声が響き渡っていた。
いくらこの場所が、他の居住空間や応接室と離れていようが、これではやがて誰かに聞き咎められる。
生まれたばかりの子爵家令嬢のアリサをよそに、こっそり昼下がりの情事にふけっていた乳母とフットマンは、ベビーバスケットの中で泣き出したアリサをいまいましげに見た。
「……おい、乳をやれよ。あんまり泣かせると人が来ちまうぜ」
乳母のスカートを腿の付け根までまくりあげていたフットマンにうながされ、乳母は舌打ちをしながら身を離し、なかば露出していた胸を完全にはだけた。
二人ともまだ若い。豪奢な貴族の屋敷内で火遊びをするスリルで、自分が特別になった高揚感を味わっていた。
貴族の母親は、基本的に自分の子に乳を与えない。
社交界で多忙であるし、貴族夫人の場合、母であることより、家を守る女主人の役割のほうが強いからだ。
しかし、雇い入れる乳母のなかには、質が悪い者も混じることもある。
この女はその典型的な例だった。
「……っとに、うるさいガキだよ。事故に見せかけて殺してやりたいよ」
もちろん貴族相手にそんなことをする度胸はないが、悪意は本物だった。
乱暴にアリサの産着を掴み、もののように引っぱりあげようとする。そこには愛情の欠片もなく、自分のお楽しみを中断されたいらだちだけがこもっていた。肌の目立たないところを手ひどくつねってやろうとさえ思っていた。
いくら貴族の令嬢といえど、こんな赤子では、つげ口も抵抗もできない。好き勝手にいたぶれる。この乳母は、強い者には媚び、弱い者にはきつくあたる。性悪の犬そっくりの性格だった。だから不良じみた素行の悪いこのフットマンに惹かれたのだった。類は友を呼ぶ。モラルや礼儀より、おのれの欲望しか見えない視野狭窄の人間たちだった。
なので、いつの間にかアリサがぴたりと泣き止み、氷の煌めきのような鋭い目に、自分がさらされているなど思いもよらなかった。
乳母が異常に気づいたのは、喃語さえ到底不可能なはずのアリサの口から、流暢な嘲りの言葉が発せられてからだった。
「あはあっ、男の涎にまみれた乳房なんて願い下げよ。そのうえこの私を殺す……? ふふっ……、下衆が。その汚らわしい手で私に触れるな」
電気のような衝撃が、こっぴどく乳母の手をはねあげた。
「……ひっ!? 赤ん坊が喋っ……!? ……げごっ!?」
恐慌状態に陥った乳母は驚きの声を最後まで言いきれなかった。ごきりと鈍い音がし、その首が自ら180度後ろを向いた。もの問いたげにぱくぱく口を動かす。
「あら、何か不服? 殺そうとしたら殺される。野生のルールよ。獣の生き方をするなら従うべきだと思わない?」
愛らしい金髪碧眼のアリサは、翼を思わす純白のフリルたっぷりのベビー服を揺らし、笑い声を立てた。
「お返事は? 駄目ね、聞こえないわ。大人なんだからもっとはっきり発音しなさいな。あら、血泡。もしかして蟹の物真似で、私を笑わせてくれるつもりなのかしら。とってもお上手」
ぽすぽすと紅葉のような手を叩く。
可愛らしい天使の風貌だが、残忍に吊り上がった口は悪魔そのものだった。
「……ひえええっ……!!」
背中と同じ向きになった乳母のひきつった死顔を見た逢引相手は、かぼそい悲鳴をあげ、その場から逃げ出そうとした。
「……いけませんねえ。死にゆく恋人を見捨てるなど。せめて別れのキスをすべきでは? あなたは私の恋への研究意欲をそそらない」
ふわっと彼の前に風が割り込んだ。
フットマンはなにが起きたかわからなかった。相手の姿を認識する前に、彼は脳天から唐竹割りになって、左右に裂けていたからだ。
「おや、ずいぶん皺の少ない脳みそだ」
開いていく彼の身体の向こうに、手刀を振り下ろしたソロモンが現れた。
鼻眼鏡をくいっと押し上げ、にやりと笑う。天井まで飛ぶ血飛沫の勢いを至近距離で浴びたはずなのに、そのレンズと服には一点の染みもない。
「お久しぶりです。アリサ。よくもループを使い、私たち〈五人の勇士〉とスカーレットの運命を弄んでくれましたね。ふふ、まさか貴女が〈救国の乙女〉を名乗るとは……。なんという悪魔のユーモア。スカーレットが幾度となく女王を繰り返しても、貴女に勝てなかったわけだ」
アカデミックガウンに殺気をはらみ、滑るように歩み寄るソロモンに、アリサは悠然と挨拶した。
「あら、ごきげんよう、ソロモン。再会の花束がわりに血飛沫のプレゼント? 少しは粋というものが理解できるようになったのかしら。そして、おめでとう。漸くすべての絡繰りに気づいたようね」
にんまり嗤う。山が迫るようなソロモンの異様な威圧感を鼻で笑い飛ばす。
「ふふっ、〈五人の勇士〉って私がつけてあげた名前、真実がわかると笑えるでしょう? 悲劇と喜劇って紙一重。そうは思わない? で、どうするの? 復讐で私を殺す?」
その堂々たる覇気は、赤ずきんが抱えたようなベビーバスケットが玉座に思えるほどだった。片膝をついた騎士団がここにいないのが不思議なほどだ。
ソロモンも鬼の笑顔で楽しそうに応じる。
「そうですね。あなたはまだ生まれたばかりだ。今の私なら殺せるかもしれない」
吹きつける鬼気に、アリサは心地よさそうに目を細めた。
並の人間なら目撃しただけで嘔吐する床に転がった変死体二つも、この魔人たちの前では、控え目な置物にしかすぎない。
「あはっ、その力。その姿。……ソロモン、あなた、〝時〟の手下に抜擢されたのね」
笑ってはいるがアリサの目つきが鋭くなった。
「さすがアリサ。よくご存じで。しかし、手下という言いかたは不本意ですね。せめて調停者や審判者と呼んでいただきたい。貴女は歴史を歪めすぎたのですよ」
「ふん、犬に堕した分際が偉そうに。私の靴を舐めるがいいわ」
「あいかわらずの口の悪さですねえ。お尻ぺんぺんしてあげたくなります」
「あはっ、その前に両手を身体からもぎとってあげるわ。ぺらぺらよく回る耳障りな舌ごとね」
緊迫した空気がたちこめ、二人の間に不可視の火花が散る。
しかし、ぶつかりあう殺意が嵐にふくれあがり激突する寸前で、ソロモンはガウンの裾を鳴らし、アリサのゆりかごの前に片膝をついた。胸に手をあて頭を垂れる。
「……〝時〟には従いません。貴女と同盟を申し込みに来ました。私はスカーレットを手に入れたい。しかし、アリサ、貴女も欲しい。貴女達二人の心も身体も調べ尽くしたい。復讐? 恨み? そんなものこの探求心の前には、塵芥のようなものです」
狂気の熱情がその目に宿っていた。
アリサは、へえと上機嫌になり、くすくす笑った。
「……あはあっ、あきらめなさい。私の主人は私。誰のモノにもならないわ。そしてスカーレットもね。まして二人ともになんて……。身の程知らずは昔から嫌いなの。迂闊に手を出すのなら、塵も残さず殺すわよ」
ソロモンの鼻眼鏡も迎え撃つように、ぎらりと光った。
「くくっ、知らないのですか? 研究者はもっとも欲深であきらめの悪い人種なのです。学徒の熱情で、いつか貴女のその氷の心も溶かしてみせましょう」
ふたりの笑い声が、血の匂いの充満する部屋に響いた。
そして、悪魔の同盟が結ばれた。
それがスカーレットにとって吉と出るか凶と出るか。
運命の神でさえも、まだその結末は見えてはいない……。
【おまけのおまけ。ふたりの内心の声】
アリサ〝しまったわ。ミルクのあてが無くなっちゃった。私おなかペコペコなのにどうしよう。ソロモンが気を利かせて、ヤギのお乳でももってこないかしら。とりあえず気づくまで笑っとこう……〟
ソロモン〝しまった。ついノリで殺してしまいましたが、この血まみれの部屋、掃除が必要ですよね。うわ、壁とベッドどころか天井まで……。アリサは赤子ですし、私がやるしかないのか。しかし、私は学徒。本やメスはともかく、掃除道具など持ち合わせていない。アリサに貸してもらうよう頼むか? だが、私の万能感が台無しに。向こうが言い出すまで、とりあえず笑っておこう……〟
「あはっ!! あははっ……!!」
「くくっ!! くっくっくっく……!!」
ふたりの笑い声は、血の匂いの充満する部屋に、いつまでも響き渡っていた……。
お読みいただきありがとうございました!!
久々の3000字ほどです。
次は、また懲りずに、万の単位で字数が押し寄せます(笑)