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ー黄昏の章ー。堕ちた聖女。

 ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!


ちょい前に投稿した話ですが、もったりしていたので書き直しています。御了承ください。


なんと英訳版コミックス Vol. 1とVol. 2が【The Villainess Who Has Been Killed 108 Times: She Remembers Everything!】のタイトルで発売中です!! さらに Vol. 3 が2024年7月16日発売予定!! オリジナルとの擬音の違いがおもしろいです!! 英語の擬音をイラストとかで表現したい方の参考になるかもです。


【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】全4巻発売中!!どうぞよろしくお願いします!!

KADOKAWAさまのFLОSコミックさまです!!  作画の鳥生さまへの激励も是非!! 合言葉はトリノスカルテ!! http://torinos12.web.fc2.com/


原作小説の【108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中!! 小説の内容はともかく装丁と挿絵が素晴らしい(笑)


漫画のほうは、電撃大王さま、コミックウォーカー様、ニコニコ静画様、ピクシブ様やピッコマ様等で読める無料回もあったりします。まだあるよね? あってほしいものだ。ありがたや、ありがたや。どうぞ、試し読みのほどを。他に公開してくださってるサイトがあればぜひぜひお教えください。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。もろもろ応援よろしくです!! 


さて前回の予告で、次は闇の章です。と断言しながら申し訳ございません。とてもなろう様規定の文字制限内におさまりそうもないのと、これじゃ、今月中に全決着は無理。と自分の心がへし折れたので、きりのいいところでいったん投稿させていただきます。光と闇の中間ということで、黄昏に……。苦しい……。来月投稿こそは、悲劇と感動回を!! ……たぶん。

【若き日のデズモンドの語り】


潮風に新緑の香りが混ざる。


「ほっておいてください!! こんな辱めを受けて、どうやって生きていけと!? せめてもの慈悲です!! 今すぐ私を死なせてください!!」


と樹々に囲まれたのどかな隠し入り江に、似つかわしくない悲鳴が響きわたり、愛を語らっていた鳥たちが、羽音をあげて飛び立った。こずえが揺れ、赤や黄色の色とりどりの羽毛が舞う。


自殺をはかるアンジェラ様をなだめるのは、こちらも死ぬほど大変だった。それまでは、悲嘆に暮れて膝を抱え、顔を突っ伏してどんよりと座りこみ、みんな気まずそうに目をそらすしかなかったのだが、ブランシュ号が隠し港に着いたとたん、堰を切ったように大声でおいおい泣き出し、ハチの巣をつついたような大騒ぎになったのだ。 


「ああ、アルフレド様、永遠を誓った愛しい方。どうか名誉を守るため死を選んだ花嫁を哀れみ、命日だけでも、私を思い出して……!!」


うーむ、気の毒だが、べつに凌辱されたわけでも悪戯されたわけでもなく、ただ自慰行為がばれてしまっただけなので、そこまで悲観的にならずとも……。とりあえず船から降りてもらって、しばらく心を落ち着けてもらえばよかろう。


ずっとあとで妻にそのときの苦労譚を話したとき、「男と女は恥の感覚が違います。今のあなたからは想像もつきませんね」とあきれられたな……。まあ、私も若く世間知らずだったのだ。しかし、そんな私の楽観はすぐに消し飛んだ。


なにせ力自慢の男達が雁首揃えても、下船をうながすどころか、ただ両手で顔を覆って号泣している聖女様に触れただけで卒倒してしまうのだ。電気に触れたように吹っ飛ばされたヤツまでいた。あとで知ったことだが、感情が暴走していたため、いつもは抑制している〝力〟がだだ漏れになっていたらしい。まさに手も足も出ずだ。


ならば、と頼みの綱、不可能を可能にする男フィリップスに皆は泣きついたが、


「バカ言うな。あの聖女が自殺? 狂言じゃなく本人は大真面目なんだろうが、そう簡単に死ねるタマか。あの聖女さんは桁が違いすぎる。おまえらの見えてる百倍な。なまじ手を出すと、無駄な死人が出かねない。あちらもよけい苦しむぞ。女の恰好に騙されて、おまえら本質が見えてねえんだ。あほらし。昼寝中なんだ、もう邪魔すんなよ」


と船室のハンモックに揺られ、生あくびを噛み殺しながら面倒くさそうに断った。


投げやりで薄情な対応にそのときは随分むっとさせられたが、あとで考えるとフィリップスは相手の力量を正確に把握していたのだ。雲に隠れた高い山の頂上は、その雲より高い視界の人間でないと見えない。一瞬でゴルゴナをミンチにし、こちらの心胆寒からしめた聖女様だが、それは力の切れ端にすぎなかったのだ。あとになって私も戦慄とともに、それを思い知らされることになった……。


そのとき打つ手なしの情けない私達を救ったのは、男達の誰でもなく、まさかの一番非力なマリー姫様だった。姫様は泣き叫ぶアンジェラ様におそれることなく近づくと、


「アンジェラ様!! 女が、大好きな人を思ってえっちな気分になる、それのどこがいけないのです!! 私だってデズモンドを見るとむらむらします!! でも、恥ずかしいだなんて思ったことは一度とてありません」


と可憐な声で一喝したのだった。


ごっつい男の私のほうが恥ずかしくなるほど、堂々とそして凛としていた。


「だって、愛する人と結ばれたい、そう願うのは当たり前じゃないですか!! アンジェラ様のむらむらは、むしろときめきと同義です!! 天地神明どこに何を恥じることがありましょうか!!」


少し歪んではいるが迸るような純粋さに、私達は圧倒されて息をのんだ。

いや、感動していた。

圧倒的な力には力では対抗できない。

やはり力を制するのは愛なのだ。


「愛する人を思い、自分で自分を慰める。その何が悪いのです。女だって眠れぬ夜にひとり悶えることはあります!! 狂おしいまでの恋は、綺麗ごとの範疇になんか収まりきらない!! 本気の恋をした者なら誰でもわかるはず!!」


しかし、姫様、その愛、少し生々しすぎやしませんか……。


相手は論争慣れした聖教会の聖女だ。理屈など通用しない。

言葉にこめられた熱と誠意こそが、聖女に悲嘆を一瞬忘れさせ、耳を傾けさせる鍵だった。マリー姫様はそこに賭けた。


「アンジェラ様が羨ましい……!! 私だって、男性に触れられない呪いがかかっていなければ、もっとデズモンドと……」


そして言葉に詰まり、マリー姫様はその場に泣き崩れた。


人はおのれより不幸なものを目の当たりにしたとき、自分のために泣けなくなる。まして化物じみた強さを誇っても、アンジェラ様はお人好しだ。


「あ、あの、マリー姫様、泣かないで……」


涙を拭くのも忘れておたおたして、一生懸命に姫様を慰めだした。


「私が無神経でした。あなたの気持ちも考えず、自分のことばかり。今までつらかったですよね……。それなのに、私のことを気遣って……。私、自分が恥ずかしいです」


しまいにはマリー姫様を抱きしめておいおい泣き出した。この聖女様、涙もろすぎだ……。よく陰謀渦巻く聖教会で生きてこられたものだ。もしかして、すでに何度も暗殺されかけているが、フィジカルが強すぎて気づいてないだけのでは。


ともあれ騒ぎは一件落着し、私達は胸を撫で下ろした。


しかし、私はあるもの目撃し、凍りついた。


聖女の抱擁のかげから、私にだけわかるようマリー姫様がピースサインをされた……。そして、それをハサミのように軽く動かして見せた。嘘泣きか……!!


私の感動はなんなんだったのか。


さっきのゴルゴナへの報復といい、私に冷や汗をかかせるには十分だった。


チョキチョキと動く可憐な細い指が、まるで巨大なヤシガニの凶悪なハサミに思えた。対象をはさみこみ、力技で潰してちょん切るのだ。私の突起物が恐怖で縮こまった。マリー姫様が少しのぞかせたお顔の口元が三日月のような弧を描いていたからだ。


それはマリー姫様大事でいつまでも仲を進展させない私への脅しだった……。その無言の笑みは言葉より雄弁な脅しだった。すなわち〝これ以上待たせると、私、何するかわかりませんよ〟だ。


マリー姫様は心を読めるうえに、謀略にも長けている。おまけにちょっぴり嫉妬深い。

ステゴロ系最強聖女様より、可憐なマリー姫様のご機嫌伺いのほうが、よほど私の死命を制することになりそうだった。もし私が浮気心なんぞ抱いたら、想像を絶する惨劇が待ち構えているに違いない。


……次の日も、聖女アンジェラ様のお人好しぶりは遺憾なく発揮され、マリー姫様とゆっくり話がしたいから、もう少し滞在すると言いだした。


今後の日程に差支えがないのかと懸念すると、


「だいじょうぶです。次の目的地には馬車を使わず、走って行きますから。見つからないように夜に」


と実にいかれた解決策を笑顔で提示した。


「それに疑われたときは神の奇跡とごまかしますから。聖女の特権です」


いろいろはっちゃけすぎである。


まあ、この方の足なら馬車の百倍早く目的地に着くだろう。


しかし、体力に反比例して善人すぎて心配になるレベルだ。


「どこが善人っすか!? かよわいゴルゴナちゃんにこんなひどいお仕置きをしといて!! 体罰反対!!」


おっと、つい言葉に出してしまっていたか。


停留しているブランシュ号の甲板磨きを課せられているゴルゴナが抗議の叫びをあげた。私は監視役を仰せつかった。しかし、掃除しているのがゴルゴナ自身のまき散らした血と脂というのが笑えない。


「あの子は海水さえあれば死にませんから」


アンジェラ様の言葉通りだった。


呆れたことにバラバラにされたゴルゴナは、一夜のあいだに海中で完全再生し、こっそり逃亡をはかろうとしたところを、深海まで潜水したアンジェラ様に捕縛され、今朝早くそのまま引っ立てられてきたのだった。


どちらも人外すぎて絶句するしかない。私も七つの海を渡り歩き、さまざまな命がけの冒険の自慢話をもつが、このふたりの前では語るのさえ恥ずかしくなる。その劣等感が拭えたのは、もっと老い、もう少し見聞が深まり、自分は、数少ない神話の世界の生き残りたちと遭遇していたと理解してからだった。


「掃除、嫌だああっ!! 遊びたい!! 帰りたい!! 死ぬほうがよっぽど楽!!」


もっともアンジェラ様はともかくガキみたいに我儘なゴルゴナを見て、予備知識なしでそんな結論に至れるはずなどない。木端みじんにされ死にかけたばかりなのに、掃除のほうに憤慨しているのが、いかにも不死身のゴルゴナらしかった。緑に囲まれた青い入り江に純白のブランシュ号はよく似合う。そんな絶景のなか、なぜ私はこんな馬鹿の相手をせねばならぬのか。


「だいたいこのメイド服、サイズが合ってないっすよ。動きづらいったら」


さすがに肉体と違い、ドレスは都合よく再生できなかったのだ。ゴルゴナがぶうたれるとおり、倉庫から引っ張り出された古着はだぶついていて、強引に細い腰を紐でくくり、かろうじてずれ落ちを防いでいた。服がないなら裸でいればいいじゃない、とばかりに全裸で外を闊歩しようとしてアンジェラ様に拳骨をくらった結果

だ。いくら寂れた町でもそんなことをすれば大問題だ。


「身だしなみは心をあらわす鏡です。あなたはそのメイド服から勤勉さを学びなさい」


「ううううう~。こんなの着たくない~」


ゴルゴナの落胆ぶりは、嫌がるのにむりやり服を着せられたペットの犬のようだった。


しかし、その恰好で四つん這いになって磨き石を使って掃除しているため、ぶかぶかの襟元はよけいにたるみ、胸の膨らみの先端で淡い色が花のように揺れるさまが、ちらちらと見えていた。これは裸よりたちが悪い。なまじ美少女の姿をしているからよけいにだ。アンジェラ様の気遣いと真逆のいかがわしい店の接待のようになってしまっていた。


オランジュ団の連中など、デコルテの覗きに熱中しすぎ、帆柱にかかるシュラウトから海に落ちかけるヤツまで出た。いくら若いとはいえこいつらの巨乳好きは筋金入りだった。私のオランジュ団への評価は急落した。そんな乳が好きなら雌牛でも眺めていろ。可愛らしい少女のなりとはいえ、自分たちを殺しかけた化物相手だぞ……。……!?


と憮然としていた私は、ぎょっとして金縛りになった。


白い丸みがぷるんっと目の前を横切った。それが丸出しのお尻だと脳が理解するまで時間がかかった。まとわりつく服に業を煮やしたゴルゴナが、裾をまくりあげ、腰帯にはさみこんで、雑巾がけ走りをはじめていた。服同様ゆるいサイズの下着があっという間に足首にずれ落ち、蹴っ飛ばされて飛来し、私の顔面にはりついた。アンジェラ様の誤算は、服や下着以上にゴルゴナのモラルがゆるかったことだった。


「地味にちまちまなんて、ゴルゴナちゃんには似合わない。ここは一発、華麗にびゅびゅんっとと終わらしますよ!!」


堪え性のないゴルゴナにくりかえしの単純作業など土台無理な話だった。だからこそアンジェラ様は罰としてそれを命じたのだが、ゴルゴナが理解できるはずもないしな。


お尻を突き上げる前傾姿勢での疾走だ。床を往復するたび、スカートの後ろはどんどんめくりあがり、ついには下半身すべてが丸見えになった。裸婦像さえ眉をしかめる破廉恥さだ。オランジュ団の連中はあんぐりして身をのりだしたまま硬直していた。のぞきのバーゲンセールに、鼻の下を伸ばすというよりはぽかんと口を開きっぱなしだ。まあ、女慣れしていない思春期の少年たちだ。仕方ない。


私は彼らよりは冷静だった。そもそも私は女の肌で取り乱すことはほぼない。マリー姫様は例外中の例外だ。煩悩まみれの私だが、シャイロック商会の跡継ぎと公言されていたころは、金目当てに色仕掛けで取り入ろうとする輩が嫌になるほど湧いて出た。それにゴルゴナが平気で肌をさらすのは、人間を犬ぐらいにしか思ってないからだ。気分も萎えようというものだ。


「はあっ、いい汗かいた。火照るう。あっちい~」


炎天下の甲板磨きは重労働だ。ましてゴルゴナのように四つん這いで走り回れば汗だくにもなる。ゴルゴナはついにはゴミでも放るように、ぽいっと着ていたメイド服を投げ捨て、全裸になってしまった。陽光に汗でぬめる肌をさらす。丸められた衣類が海風でころころと甲板を転がる。このままでは海に落ちかねない。オランジュ団の連中は棒立ちになったままだ。しかたあるまい。監視役として全裸を放置するわけにはいかぬ。私は渋面で顔にはりついた下着を払いのけて握り、服も拾うため歩き出した。


「ありゃ、ゴルゴナちゃんのセクシーお掃除に発情しちゃった? こんなお昼に? さては、かがんだメイドの後ろ姿に興奮するタイプっすねえ? いるよねえ。日常のさりげないエロが大好きってやつ」


勘違いしたゴルゴナが首をねじまげ、唇の端をつりあげた。


人の性癖を勝手に解析するな。マリー姫様が聞いて、四六時中日常での誘惑攻勢をかけてきたらどうしてくれる。ただでさえ頭を悩ましているのに。


「まあ、あたしに欲情しない腰抜けなんか、男の資格はないけどねえ」


「……あいにくだが、私は、マリー姫様以外の女性の裸は目に映らんのでな。腰抜け上等だ。元より傷だらけのこの身。今さらひとつぐらい汚名が増えてもどうということはない」


「……ちっ、重度のロリコンはこれだから」


なびかずと見たゴルゴナが鋭く舌打ちをした。


おい、今のは何気に深く傷ついたぞ……。


「でも、ちょっとプライドが傷ついちゃったなあ。だったら、あたしにも考えがあるよ……。つまらないあんたに素敵な世界を見せてやる」


ゴルゴナの白い喉がうごき、あやしげな旋律を奏でだした。

まずい!! 歌で私を操る気か!! 

つい気安く接してしまったが、こいつの危険性は折り紙済みだ。

先ほどマリー姫様を発狂させかけた術を思い出し、私は総毛だった。

こいつは殺人鬼や色情狂の人格を、私へと憑依させられるのだ。


「あんたが操をたててるマリー姫サマを、マッチョな毛むくじゃらの大男にしか見えなくしてやる!! 〝デズモンド、大好き〟ってさえずり声が、野太い声にしか聞こえないようにしてね!! 髭面のドレス姿に頬ずりされて愛を保てるか愉しみだよお」


ゴルゴナはけたけたと嘲り笑った。

複雑な印を流れるように結ぶ。

私の危惧と方向は違ったが、本当に嫌がらせにかけては天下一品だ。手間も惜しまない。

その熱意の百分の一でも規律と勤勉にまわせば、アンジェラ様の拳骨ももらわなくて済むものを。


だが、私も黙って見逃す気はない。私は歌声を止めるべく、とっさに脱ぎ捨てられた衣類を、ずぼっとゴルゴナの頭からかぶせた。はねのけようと暴れて抵抗する。業を煮やした私は強硬手段にでた。布面積には余裕がある。帯もある。よし、巾着袋のようにくくりあげてしまおう。む、思ったより丈が短かったか。下半身はむき出しになるがやむを得まい。


「茶巾しばり!? もしかして視界を奪った女をいたぶり、恐怖を与えるのが趣味っすか!? 不覚。このゴルゴナ、この男の変態度を見誤ったよ!!」


「人聞きの悪い。誰が変態だ!! おまえにだけは言われたくない!! すぐ済むからおとなしく……!!」


ごうっと凄まじい殺気が背後から吹きつけたのはそのときだった。


「デズモンド!! なにやってるんですかあっ!!」


怒鳴り声に恐怖で腰が砕けそうになった。股間が恐怖できゅうっと縮こまった。危機的状況だ。私が変態プレイをゴルゴナに強要していると誤解されても仕方がない。


「マリー姫様、誤解です……!! 私は事態をおさめようと監視役としてやむを得ず……おあっ!?」


弁明しながら額の冷や汗をぬぐおうとした私は、手にゴルゴナの下着を握りしめたままだったことに気がついた。


「……へえ~。随分すてきなハンカチですこと」


駄目押しで「ギルティ」確定だ。私は本当は無罪なのに。


「こいつが嫌がるあたしに無理やり……」


ゴルゴナ!! 途中の過程を省くな!!


私はたえかねて悲鳴をあげた。私にとりゴルゴナなんかよりマリー姫様のほうが数段おっかない。


だが、悲鳴は横を通り過ぎた突風の音にかき消された。


「……ゴルゴナあっ!! このバカ娘!! なんで掃除しにいって裸になってるんですかあっ!?」


駆けつけたアンジェラ様が、むきだしのゴルゴナのお尻を蹴っ飛ばしてどやしつけた。女性界最強のキックに、ゴルゴナはぎゃいんと声をあげ、前につんのめって顔面スライディングをした。いや、大きな胸がつっかえ、そちらがこすれたので、胸面スライディングとでもいうべきか。甲板磨きには砂をまく。ぞりぞりっと気分の悪くなる摩擦音がした。


「いたたっ。ゴルゴナのパイオツちゃんがずるむけに。暴力聖女反対」


ゴルゴナはあちこち赤剥けた胸を見せ、泣き声をあげたが、アンジェラ様は冷淡だった。


「なにがパイオツですか。ずるむけてるのは貴女の脳みそでしょう。これで何万回目ですか。言葉で理解できないから、いつも肉体言語を叩きこまれることになるんです。私だって好きで暴力をふるっているわけではありません」


なるほどおしとやかなアンジェラ様が、ゴルゴナには別人のようにあたりが厳しいわけはこれか。嫌というほど期待を裏切られてきたわけだ。


きっと最初は、「ゴルゴナさん、いけませんよ」にこっ。だったのが、「ゴルゴナさん?」にこっ(怒)。になり、最終形態「……ゴルゴナあっ!!」パカーン!! という今に至ると……。


みんな納得したが、アンジェラ様がそばの手桶を取り、掃除用の海水をゴルゴナに頭からぶっかけたときは、さすがに容赦のなさに震えあがった。船でロープ仕事をしていれば皮膚のずる向けは多かれ少なかれ経験する。そこに塩水がしみこむ激痛を、海の男なら誰でも知っているのだ。


「ふいいっ、すっきりした。ありがと、アンジェラさま」


だが、ゴルゴナは嬉しそうに髪をしぼって礼を言った。驚いたことに傷だらけの胸の肌はすっかり元通りになっていた。そうだった。ゴルゴナにとって海水は養分液だった。私達の常識など嘲笑う治癒力だ。だが、


「あ、いたたた」


突然、股をおさえ呻きだしたゴルゴナに、アンジェラ様は「え?」という驚いた顔をした。


「アンジェラ様の爪先が、さっき、ゴルゴナの大切な赤ちゃん穴に入って……痛いよう。おなかが内側から破壊されていくよう」


お尻を蹴っ飛ばされたときか。しかし、大切というなら、公衆の面前で平気で公開するな。それにしても不穏な説明だ。その気になればこの聖女さまは、ゴルゴナの再生力にさえにも致命傷を与えられるらしい。なんという規格外か。


「うそ……!! 〝破砕〟はしないよう力は抜いたし、ダメージの少ないお尻にあてたはず……。ちょっと見せて」


だが、人が良すぎる。あわてて心配いっぱいな表情で屈みこむアンジェラ様に、今後の悲劇を予測し、私はため息をついた。


「いひっ!! 嘘だよお。治してくれたお礼に、あたしの大切な部分を堪能させてあげる」


「▽×○◇××……!?」


ゴルゴナは、のぞきこんだアンジェラ様の顔を、内股でぎゅっとはさみこみ、両手を突っ張って、自分の股間に押しつけた。うむ、やっぱりか。何万回も騙されるのは、アンジェラ様の性格にも問題があるな。


「あああ、いいっ。アンジェラ様の息があたる。いひひっ、アンジェラ様なら噛み千切れば脱出なんて簡単でしょお。ゴルゴナをたべてえ。しないの? じゃあ、もっとあたしと仲良しちゅっちゅっしたいってことだねえ!!」


ゴルゴナはアンジェラ様の頭を抱えこみ、恍惚としていた。


むごい。アンジェラ様もばたついて脱出をはかるが、エロがからんだゴルゴナは狂気の執念をみせ、蜘蛛の糸のようにからみついて離れない。


「もう。いい子ちゃんすぎるんですよ。アンジェラ様は……。ゴルゴナがもっと遊んで、悪い子に鍛えてあげなきゃ」


ゴルゴナが感極まったように呟き、またぐらに抱えこんだアンジェラ様の後頭部に頬ずりし、くちづけをした。最低の絵面だが、幼子が大切な宝物を全身で抱きしめる仕草にも思える。表情もまるで乙女のように優しい。歪んではいるが、この化物はアンジェラ様を本気で好きなのだろう。


「……気持ちはわかるけど、そろそろ私の大切な人を放してくれるかな。ゴルゴナ。窒息してしまうよ」


その美丈夫がとんっとゴルゴナの肩に手をのせ、にこやかに話しかけるまで、この場の誰も、その登場に気づかなかった。ゴルゴナも探知していなかったようで、驚愕で飛びあがらんばかりの反応を見せた。


「……!?」


「あ、ごめん。驚かせちゃったか。うっかり〝幽幻(ゆうげん)〟を解除するのを忘れてた。長旅でぼけてたな」


目の覚めるような金髪と碧眼の美貌が、ほわっと空気を和ませる笑顔で謝る。これだけの面子に、気配をまったく悟らせず、なおかつアンジェラ様を大切な人と呼ぶ。それにこの高貴な佇まい。世界広しといえど、該当者はひとりしかいない。初対面ではあるが、ここにいる誰もが、みなまで聞かずともその名前を知っていた。


「……ゴルゴナあっ!! よくも私の顔を、あんなところに押しつけて……!!」


ゴルゴナが驚いたため拘束がゆるみ、その隙に跳ね起きたアンジェラ様は怒り心頭に達していた。拳が殺人的な唸りをあげる。当たれば月まで飛んでいく勢いだ。ゴルゴナはまた全身粉砕コースか。やむを得ない。自業自得だ。どうせ海水につかれば翌日には元通りだ。頭も冷えるだろう。


「危ないから、ちょっとどいててね」


だが、ひょいとゴルゴナを脇にやったことで、その人物が聖女の拳の矢面に立つことになった。みな大惨事を予想し凍りついた。怒りで我を忘れたアンジェラ様はまだ美丈夫の登場に気がつかず拳を止めない。あれは到底生身の人間が受けられる代物ではない。


「久しぶり。アンジェラ。会いたかったよ。いつものお淑やかな君もいいけれど、ときにはこういう過激な再会の挨拶も悪くはないね」


信じがたいことに、彼は拳を手で受け止めもせず、逆に笑顔でアンジェラ様を抱擁した。身に着けたマントが風もないのにちぎれんばかりにはためいた。それ以外はまるっきりの無傷だ。あのゴルゴナを爆散させた無敵の拳なのに。信じられん。何がどうなったのだ!?


「アルフレド様!? どうしてここに」


腕の中でアンジェラ様が驚きの目を見張る。


やはり天才と名高いハイドランジア王国のアルフレド王子か。

しかし、アンジェラ様にまで存在を悟らせないとは……。

〝幽幻〟とやらは気配を消す技なのだろうか。どうやら世間の名声以上の傑物らしい。

おだやかな春の風。そして舞い散る花びらと芳香を感じた。

春風駘蕩。しかして、その底は見えず。

それが私のいだいた第一印象だった。


「大好きな君に会いに行くのに理由なんていらないさ。なんて、本当はたまたま公務先が近かったから、時間を調整したんだ。迷惑だったかい」


笑顔でのぞきこまれ、アンジェラ様は初々しさ全開でまっかになった。


「迷惑だなんてとんでもありません!! 天に昇るほど嬉しいです!!」


完全にのぼせている。結婚を目前ということは、つきあいも長いだろうに。どれだけ王子が好きなのだか。


「それは困ったな。私にとって君はすでに天使だけど、天に帰られると、辛くてとても生きていけない。隣でずっと共に歩んでほしい」


歯の浮くような台詞だが、アルフレド王子が言うと嫌味がない。本気でそう思っているからだろう。


「……ああ!! アルフレド様、私も同じ気持ちです。どうか、どうか、いつまでも、あなたと共に……!!」


「うん、ずっと一緒にね」


感涙するアンジェラ様を王子は優しく抱きしめ、寄り添うふたりはまるで幸せを絵にしたようだった。

少しだけ情緒のブレーキが壊れているのが珠に瑕だが……。


後年のことになるが、紅の公爵の愛妻コーネリア様への過剰なまでの愛情表現は、生来の気質もさることながら、このお二人の仲への憧れもあったのでは、と私はひそかに思っている。


幼き頃の紅の公爵は王子に懐き心酔し、王子も彼を実の弟のように可愛がっていたからだ。


紅の公爵は、家庭的にとても不遇だった。父母の身の程知らずな野望の神輿に担ぎ上げられ、理不尽に責任を負わされ、貴族社会どころか実家にさえも見捨てられた。


そんな彼を親身になってかばったのがアルフレド王子だ。聖女様ともよく遊んでもらっていたという。あのふたりは、実の父母にさえ冷遇された紅の公爵にとっては、無二のあたたかい兄姉のような存在だった。


のちにコーネリア様を害そうとした分際で叩けた口ではないが、紅の公爵夫妻の仲睦まじさを見るたび、私は王子と聖女の面影を感じ、嬉しく、そしてあれだけ想いあいながら添い遂げられなかったことに悲しくなったものだ。私とてあのお二人には幸せになってほしかった。私だけではない。あのときブランシュ号にいた誰もがそう願ったはずだ。


だが、そんな微笑ましいふたりのやり取りに、またもゴルゴナがよけいな口出しをした。


「いひひっ、でもぉ、アンジェラ様は、アルフレド王子の名前を呼んであえぎながら、すでにひとりえっちで何度も昇天しちゃってるんですけどねえ。清純な恋物語を気取るなんて笑っちゃいますよお。本性はド淫乱聖女なんですよ、このお人は」


けたけたと声をたてて笑う。最低の爆弾だった。


美少女顔のくせに、三下ちんぴらのごとく、その場のいい雰囲気を一発でぶち壊す。

自殺騒ぎをおさめたマリー姫様の奮闘もすべて水の泡だ。

その執念、もっとましなことに振り向ければいいものを。


「その話、本当なのか。アンジェラ」


「わ、私は……!! 私は……!!」


問われたアンジェラ様はまっさおになり、アルフレド王子に幻滅される絶望に、わなわなと身を震わせていた。


だが、今回ばかりはゴルゴナの相手が悪すぎた。


「ああっ!! 私はなんて幸せなんだろう!!」


アルフレド王子は叫ぶなり、ぎゅっとアンジェラ様を強く抱きしめた。わけがわからず目を白黒させる

アンジェラ様に甘くささやく。


「アンジェラ、愛しい人よ。私の罪を告白しよう。私はひそかに神に願った。どうか君が乱れるほどに、ベッドで自分から私を求めてくれますようにと。だって、君は私にとって永遠の高嶺の花……。つまり、その、尊すぎて……少しでも痛がられたり、嫌がられた場合、最後までやりきる自信がまったくなく……」


途中から耳をまっかにし、しどろもどろだった。


なるほど、ふたりともまだ未経験だったのか。

大事に恋をはぐくんできたのだな。


そんな大切すぎる女性に少しでも痛がられでもしたら、男性はたちまち闘志を失うだろう。結ばれるために、愛する人を自分自身で傷つける恐怖……。そして背負う責任。


その女性のたったひとつの純潔。それを手折る瞬間、男もまた試練を迎えるのだ。ううむ、わかる、わかるぞ。王子の気持ち。


マリー姫様を思い頷く私の手を、そっとマリー姫様ご本人の小さな手が握った。


「デズモンド、重すぎます」


そんなあきれ果てた口調で言わなくとも。私は私なりにですな……。


「そして、あなたは女性の恋にかける想いを甘く見すぎです」


時を同じくして、ばっとアルフレド王子の胸からアンジェラ様が顔をあげた。


「アルフレド様、それは違います!! 嫌がるなんて絶対にありえません!! ……だって……」


そしてマリー姫様と、アンジェラ様の想いが重なった。


「だって、好きな人に愛されひとつになれるのは女の憧れ、夢なんですもの!! 私はこの広い世界のなか、運命のあなたに巡り合えました。それだけでなく愛し、愛されました。それだけでも涙がとまらないほどの奇跡……。なのに……!! もっと絆を強くできるなんて……!! この喜びの輝きの前には、どんな痛みすら、きっと影すら落とせず、消え去るでしょう。 ……だから……」


勢い込んで一気に語ったアンジェラ様は、もにょもにょと口ごもった。


「……だからですね。逆に、初夜のとき私が、我を忘れるほど悦びの声をあげても、ひいたりしないでくださいね。そちらの方がむしろ心配です……」


「ひくものか」


聖教会の象徴たる聖女がそこまで赤裸々な気持ちを打ち明けてくれた覚悟と愛の深さを、アルフレド王子は正しく受け取った。


「きっと、もっと君を好きになる。ああ、どうしよう。アンジェラ、すでに君への愛しさがあふれて止まらない。君のすべてが愛おしい。……ああ、どう言葉で表現したら……」


王子は言葉に詰まり、天を仰いだ。

雲間からの光をスポットライトのように浴びたその姿は、まるで教会の彫像のように神々しく見えた。神に愛された人物とはこういう人を言うのだろう。


「神よ。アンジェラと出会えた幸運に感謝を。こんなに人を好きになれる日がくるなんて。……私はアンジェラのものなら、う○こも、しっ○も喜んで口にできます……」


私はずっこけそうになった。ルックスと言葉の暴走の落差がひどすぎる。この王子、あんがい夢中になるとまわりが見えなくなるタイプなのかもしれん。


「すてき、私も言われてみたい……」


マリー姫様がうっとりとして呟いた。


すてきか!? 


マリー姫様がきらきらした上目遣いで私を見ていた。

盲目設定がなんだかおざなりになっている気が……。

う、ま、前向きに善処します。


それより王子、肝心の聖女様がちょっとドンびきしてますぞ……。


そして、発言が滑ったと判断したのか、アルフレド王子は素早くアンジェラ様の額にキスをし、膝をつくと恭しくその手をとって語りかけた。


「聖女よ。私の罪をまたひとつ告白しよう。私は想像のなかで何万回もあなたを抱いた。取り澄ました顔をしても、恥ずべき衝動で我が心はいっぱいだ。しかも、あなたが同じ苦しみを私に抱いていたと知り、禁断の喜びさえおぼえているのだ。そして、もうひとつ罪を。どうやら一睡もさせることなく、初夜があけた朝を迎えてもらうことになりそうだ」


「……まあ、いけない王子様ですね。そんな罪深い発言。あなたに恋い焦がれるたくさんのご令嬢がどれだけがっかりされることか。でも、聖女の名において許可します。……だって、妻になる者にとって、これ以上ないほど嬉しい福音ですもの。不束者ですが、どうか末永く宜しくお願いいたします」


アンジェラ様はぺこりと頭を下げ、そしてお互いの芝居がかったやり取りがおかしくなったのか、ふたりは顔を見合わせてくすくす笑った。


まさに雨降って地固まるだ。


まわりからいっせいに祝福の拍手がまきおこる。


ひとり納得がいかないのがゴルゴナだった。


「うー、うー、なんですか、もう!! 頭おかしいんじゃないですか!! このバカップル!! もう!!」


ばたばたと甲板を転げまわって暴れている。万策つきたのだ。


さすがの露悪趣味も、愛の深さを表現するのにスカトロ発言も辞さない王子の前では形無しだった。まさに怪我の功名……いや、まさか……!?


マリー姫様がはっとなった私の袖を引っぱり、唇に指をあてて、しーっという動作をされた。


やはり計算尽くの王子の行動か。わざと暴走することで汚れ役になり、聖女様に引け目を忘れさせた。同時にゴルゴナも黙らせた。すべては王子の掌の上だったのだ。ご自分をのぞき、誰も評判をおとさない結末にもっていった。


「……たいした男だ」


「たしかにな。お高くとまったくそったれ王族にしとくのはもったいないほどの男だぜ」


いつの間にかそばに歩いてきていたフィリップスが、私の思わず漏らしたうめきに応えた。


「……大将が昼寝を切り上げるなんて珍しいっすね」


駆け寄って来たコーカイチョーの少年の髪の毛をわやくちゃにかき混ぜながら、フィリップスは笑い声をたてた。


「ばっか野郎。船がでっけえ嵐にのみこまれてるのに呑気にいびきかいてちゃ、船長の名がすたるってもんだろ」


勝手に船長を名乗るな。それにしても嵐とは。この晴天にか?


フィリップスは無遠慮に聖女と王子を指さした。なるほど、フィリップスは、彼らの桁違いの強さを嵐と認識したわけか。


「まして嵐同士が激突したんだ。船底で寝てても飛び起きらあ。何が起きたんだ」


途中参加のフィリップスに、さっき、聖女の拳をいなし、王子が事もなげに抱擁した詳細を語ると、なるほどねえ、と納得し説明してくれた。


「……そりゃあ、ヴィルヘルム家のお家芸、戦場無双の馬闘術(ばとうじゅつ)ってやつの応用だな~」


ヴィルヘルム家か。


ヴァレンタイン家、フォンティーヌ家とともに、ハイドランジアの弱腰貴族家としては珍しく、武勇が海外にまで響き渡る名門だ。


しかし、ずいぶん歯切れの悪い、どこかふてくされたような口ぶりだ。この男にしては珍しいな。


「大将、前に見た馬闘術を気に入って、自分もやると言いだして、出来なかったからすねてるんですぜ」


コーカイチョーの少年がこっそり耳打ちしてくれた。


「うるせえ。いいとこまでは再現できたんだ。あと少しだけきっかけがあれば……」


あきれた男だ。ヴィルヘルム家を武門たらしめる秘奥義だぞ。そう簡単に習得できてたまるか


馬闘術―。


騎乗した馬の筋力をおのれの内部にためこみ、増幅し、武器にのせて放つ技だ。土台が駿馬であれば、威力は人の域をはるかにこえる。達人ともなれば、単騎で文字通り戦場の一角を切り崩す。


だが、当代はその馬闘術の才能がからきしだった。劣等感の埋め合わせかくだらない謀略に走り、いつも偉大な先代に心労ばかりかけた。


あげく起こしたのが、王位簒奪騒ぎだ。息子のヴェンデルが、大陸統一をした「真祖帝(しんそてい)」と同じ赤髪、紅い瞳だからという理由だけで、王家正統後継者と主張したのだ。


もちろん国中の良識ある連中に失笑され、王家の怒りをいたずらに買い、貴族院からも除名という惨憺たる結果になった。爵位剥奪されなかっただけでも奇跡だ。先代の功績がなければ、不敬罪と国家反逆罪で死刑になってもおかしくなかった。


なのに、本人は感謝どころか処遇を不服とし、息子のヴェンデルに手の平返しで八つ当たりし、さらなる小者っぷりを見せつけた。馬鹿につける薬はないな。


先代に忠実な三戦士は「御家が滅びる」と悲嘆に暮れたという。そんな彼らが見出した希望が、先代の孫のヴェンデルだ。嘘から出た実。皮肉なことに、彼はたしかに王の器だったのだ。


シャイロック商会も、ヴェンデルに早くから注目し、その動向を追っていたが、その器は期待以上で、町一つを実験で焼き尽くしかけた異端審問官の暴走を、少年の身で鎮圧し、やがて英雄「紅の公爵」として名を馳せるまでさほど時間はかからなかった。


親父もその活躍ぶりを相好を崩して語ったものだ。


これには理由があり、ヒペリカムでは「真祖帝」の人気が高い。これは「真祖帝」の故郷のハイドランジアをのぞけば、ヒペリカムこそ九王国で最初に恭順した一の家臣というプライドがあるからだ。早い話が、落ち目によくある昔はよかったと懐かしむパターンだ。


そんなわけもあり、当のハイドランジアでは一笑にふされたヴェンデル=「真祖帝」再来説が、こちらではわりと真剣に取り沙汰された。実際、ヴェンデルに同情し、我が国に迎えようという動きや、マリー姫様の許嫁にと推す声もあったと聞く。もっともハイドランジアとヒペリカムはあまりにも距離がありすぎ、国交もなかったため水には流れたが。


そんなことを私が考えているうちに、フィリップスはアルフレド王子と打ち解け、そっそく実技指導をつけてもらっていた。


まったく、この男には遠慮というものがないのか。


「いや、フィリップス。いい筋してるよ。見様見真似でよくぞここまで。世界は広いな。ヴェンデル以外にもこんな才能の原石が埋もれていたなんて」


「あんたに言われると皮肉にしか思えねえけどな。さっき聖女の拳を受けとめられたのは、力をためて爆発させる馬闘術の逆、つまり力を拡散し威力を弱めたからだろ。ヴィルヘルム家の奥義を完全に自分のものにし、応用までしてみせるなんてな。あんたなら象の突進でも止められそうだ」


悪たれ口を叩きながらも、褒められたフィリップスはまんざらでもなさそうだ。


へええ、とアルフレド王子は目を細めた。


「よく見抜いたね。だけど惜しい。半分正解で、半分不正解だ。象ならそれでなんとかなるけど、アンジェラは伝説のドラゴン級だからね。もうひとつ工夫がいるのさ」


象ならあしらえるとは、この王子も十分化物である。


そしてアルフレド王子はにっこり笑ってうながした。


「君には口で説明するより、実際に体験してもらうほうが早そうだ。全力で殴りかかっておいで」


「よし、きた!!」


この阿呆が!! ふたつ返事で一国の王子に嬉しそうに殴りかかるヤツがあるか!! 国際問題になるぞ!!


次の瞬間、どかんっと音がして、フィリップスがド派手にぶっとんだ。王子はにこにこしたまま、その場を一歩も動いていない。


フィリップスは、甲板でまだじたばた叫んでいたゴルゴナの上に落下し、ぎゃぷっと妙な悲鳴をあげてゴルゴナがのけぞった。よく見ると肘がわき腹に入っていた。踏んだり蹴ったりだが、まあ、因果応報だな。


「おお、わりい、わりい。けど、おまえ不死身だから平気だろ」


フィリップスからの扱いも雑だ。肘に体重をかけてよいしょと起き上がり、さらなるゴルゴナの絶叫を引き出す。意外に女性は大切にするらしいが、ゴルゴナは女性の範疇外らしい。


「不死身でも痛いもんは痛いんっすよ!!」


かっとなったゴルゴナが襲いかかるが、フィリップスに触れたか触れないかのところで、ぐるんっと空中で一回転し、甲板に背中から叩きつけられた。きゅうと目をまわしのびてしまう。


片手で大の男を軽々とふりまわすゴルゴナの膂力をモノともしない。ついさっきまであれほど苦戦したのに。アルフレド王子が感嘆の口笛をふく。


「……コツ掴んだぜ。つまり、こういうことだな」


「そう、相手の力を増幅してのカウンター。慣れれば打撃だけでなく、今みたいな投げや、拘束にも使えるようになる」


なるほど。さっき王子はアンジェラ様を抱きしめるのにそのカウンターを使ったわけか。しかし、フィリップスはなんという男だ。あの一瞬の体験で、習得どころか応用まで昇華させたのか。


「ただし、あまりに大きな力は、身体にためこむと負荷がかかりすぎる。適度に外に逃がさないと、身体そのものが壊れてしまうから注意してね」


「たしかに」


その忠告に、いちち、と苦笑しながら、フィリップスは肩をおさえた。無限大にカウンターをかけられるわけではないのか。私はさっきアルフレド王子のマントが裂けた光景を思い浮かべた。あれが外に力を抜くということなのだな。


フィリップスの才能と鍛え上げられた身体をもってしても、まともに吸収できるのはゴルゴナの力ぐらいが限界で、それ以上のアンジェラ様クラスの攻撃は、対策を併用しないといけないのか。


「しかし、フィリップスはすごいな。三戦士でも習得できなかった馬闘術をよくぞ、ここまで。……どうかな。推薦文を書くから、ヴィルヘルム家……というか、ヴェンデルに仕えてみては。あの子も天才だ。君とふたり馬を並べたら、戦場で向かうところ敵なしのゴールデンコンビが誕生する。歴史に名を残せるぞ。……名声が早くあがれば、代替わりもたやすくなるしね」


最後のつぶやきに、ちらっと王子の黒い部分が垣間見えた。さっさとヴィルヘルム家の今の当主を排除し、かわいがっているヴェンデルに家を継がせたいのだろう。


「は、せっかくのお誘いだが、宮仕えは俺に合わねえよ」


熱心に勧誘する王子に、フィリップスは渋面で吐き捨てた。さすが反骨の男、男なら皆心が奮い立つような勧誘にも乗らぬか。


「それに今の俺は海の男だ。陸に俺の居場所はねえよ。すまねえが他をあたってくんな」


「そこをなんとか……」


「いや、アルフレド王子殿下。そりゃあ、ムリな話ですぜ。だって、うちの大将、馬のれないもん」


にやにやしながらコーカイチョーの少年が、あっさりと種明かしをした。


「こればっかはどうやってもダメ。もう馬に嫌われてるとしか思えない」


これだけ才能に恵まれた男が!?


衝撃すぎる暴露にアルフレド王子までもが驚愕に目を丸くしていた。


「……」


そっぽを向いたフィリップスの横顔がみるみる赤く染まっていく。そりゃあ恥ずかしいだろう。格好つけておいて、そんな情けない真実を知られたら。


「ぷっ……!! ……あはははっ!!」


たまりかねたマリー姫様が笑いだし、フィリップスも苦笑を浮かべた。


あたりが笑いに包まれるなか、ゴルゴナだけが、全裸で大の字になったまま嗚咽していた。


「こんなヒトカスにしてやられるなんて!! アンジェラ様はゴルゴナを結婚式に拒否るし!! もう嫌!! ぜんぶ嫌!! 海に帰る!! 百年くらい引き籠る!!」


大股開きのままなので全部丸見えだが、さすがに痛々しくて、オランジュ団の連中も目をそらした。死体蹴りの絶好のチャンスだが、マリー姫様も神妙にしている。


アンジェラ様が法衣のローブを脱ぎ、片手に抱えなびかせながらゴルゴナに近づく。いつまでも裸なことを怒られるのかと、ゴルゴナはびくりとしたが、アンジェラ様はしゃがみこんで、ゴルゴナをそっと覆った。


「……ゴルゴナ。女の子がお腹を冷しちゃダメでしょう」


ふくれっ面でぷいっと横を向くゴルゴナに優しく語りかける。


「私達の結婚式には、あなたを悪魔認定している聖教会関係者も大勢くるのですよ。さすがのあなたも陸で包囲されれればただでは済みません。だから、納得して。ね?」


ゴルゴナは泣きべそで、はしっとアンジェラ様の袖を握った。


「ゴルゴナのこと、嫌ってるから呼ばないんじゃないの?」


「バカね。嫌ってたら、こんなに長い間、つきあいを続けているわけないでしょう。見放せませんよ。こんな手のかかる妹みたいな存在。……かわりに私達の新居に遊びにきて。歓迎するから」


こちらのほうが本来のアンジェラ様の対応なのだろう。

ゴルゴナはしゃくりあげながら、うんうんと頷いた。差し伸べられたアンジェラ様の手に頬を押し当て、しばらく瞼を閉じていたが、元気が回復したのか、ぴょんっと跳ね起きた。


「いひっ!! 嘘泣きに騙されるなんて、アンジェラ様もまだまだっすね!! 言質は取りましたあ!! これでゴルゴナちゃんは新居にフリーパスっすよ!! とっとと王子と子供つくってくださいよ。大きくなったらあたしが筆おろしして、悪い事いっぱい教えてやるっすから」


ローブをマントのように羽織り、けらけらと腹を抱えて笑う。


立ち直った途端にこれか。本当にろくでもないな、こいつは。


しかし、心を読めるマリー姫様がぼそっと、


「……強がっちゃって。本気でぎゃん泣きしてたくせに」


と指摘すると、顔をまっかにし、


「よ、夜、海をひとりで泳ぐときは、せいぜい気をつけることっすね!!」


と捨て台詞を残し、水柱をあげて海にダイブして姿を消した。


あほだ。夜道とは違う。海でそんなことするヤツは普通はいない。


それにしてもマリー姫様とゴルゴナの立場が逆転していないか? 口の悪い友人にたじたじになる不良娘のようだ。そうは見えないが、案外気の合うふたりなのだろうか?


「……ごめんなさいね。あの子、いろいろ屈折してるから……」


アンジェラ様がため息をついた。


「伝説の偉大なる呪術師、海の魔女の血を引いているんですが、なぜか再生能力に特化してしまい……。そのせいで術が行き詰まり、苛立ちから欲望に突っ走るようになっちゃって……。あれで大昔はまじめに呪術の習得に励む子だったんですよ。才能はあるはずなのに……」


あの歌や、海をあやつる能力は、その名残りなわけか。

ゴルゴナみずから海の魔女と名乗るところをみると、今でも憧れはあるのだろうな。

そして、どうもアンジェラ様の口ぶりから察するに、あの再生能力は本人が望んだものではなく、むしろひきかえに呪術の才能を頭打ちにしてしまう足枷のようだ。


「海の魔女って、ロマリアの遺産の守り役ではないのですか。近づく者を嘲り笑うとか。資格なきものを呪うとか伝説がありますが」


マリー姫様の問いかけに、アンジェラ様は難しい顔でうなずいた。


「かつては確かにそうでした。今は海の魔女は亡くなりましたが、その呪いはいまだ健在で、私達の目からロマリアの遺産を遠ざけています。ですが、どうも呪いというよりは封印に近い気がするのです。たぶんロマリアの遺産というのは……」


言葉を濁したが気持ちはわかった。


ゴルゴナも自分が裸足で逃げ出すほど悪辣だと言っていた。伝説とは違い、海の魔女は悪意ではなくむしろ善意で遺産を隔離したのではないか。関わるとろくなことにならなさそうだ。マリー姫様にもよく言って聞かさなければ。すぐに無茶をやりだすからな……。


だが、その心配は杞憂だった。マリー姫様は勘がいい。遺産が禁忌とすぐに理解し、それ以上は踏みこもうとしなかった。それにもっと心を奪われることがおありだった。


「……ねえ、デズモンド。愛する人とひとつになるのは、たしかに女としての人生最高の喜びです。でも、それは一回目。二回目の最高の喜びも存在するのですよ。なんだかわかります? ねえってば」


それから二日ほど滞在し、何度もふりかえって手を振りながら仲良く旅立っていたアルフレド王子とアンジェラ様を見送りながら、私の腕をひっぱるマリー姫様が熱心に問う。おっしゃりたいことはすぐわかった。しかし……。


「私は呪いで妊娠できないと思ってるんでしょ」


口ごもる私の気持ちをずばっと言い当てた後、マリー姫様は輝くような明るい笑顔をみせた。


「じゃじゃん!! でも、もう心配はいらないんです!! 朗報です!! アンジェラ様が、聖都の秘録図書室に、私の呪いを解く手掛かりがあるかも。っておっしゃってくれたんです!! 結婚式の日までに探しておいてくれるって!!」


効果音つきで、小さな身体をぶつけるように腕に抱きついてくる。


「すてき!! きっと私、デズモンドの赤ちゃんを宿してみせます!!」


私は喜びの共有の前に驚愕した。


秘録図書室!? 聖教会の!? 

門外不出にして閲覧禁止の危険文書ばかりでは!?

大貴族でも立ち入れないと聞くぞ。 

どうやって!?


「ゴルゴナが迷惑をかけたお詫びということで、特別に許可をもぎとっちゃいました」


マリー姫様はぺろっと舌を出した。転んでもただでは起きないお人すぎる。


さっき聖女様が苦笑し、「あなたには負けました」とマリー姫様の頭を優しく撫でていたのはこれか。


そういえば、そのあと、


「では、アンジェラ様、どちらが早く作れるか勝負ですよ」


「う、受けて立ちます。マリー姫様。アルフレド様への愛にかけて」


「私もデズモンドへの愛にかけて。お互いに全力を尽くしましょう」


と力強いやり取りをしており、様子を見ていたアルフレド王子が、


「お菓子作り勝負かな? 女の子のこういう草食系な戦いっていいよね。男の争いは殺伐としがちだもんなあ。お互いいい恋人をもったよね。もらうときが楽しみだなあ」


とのんきに微笑んでいたが、まさか、あれは本当は……。


「おふたりの初夜に、デズモンドと私も、同じく夜のバトルに挑みます。……どっちが先に愛する人の子を孕むかの女の真剣勝負……!! それをもって互いの旦那様への愛の深さを証明するのです。いくらアンジェラ様だろうとこの戦いの勲章だけは譲れません。その勲章の名は、ハネムーンベイビー……」


やはりお菓子ではなく子作り対戦か!! 


しかも結婚式へ参列する旅が、いつの間にか新婚旅行扱いに……!!


私に突っ込む間も与えず、気が早すぎるマリー姫様の夜の大作戦プランは続く。


「この戦い、やはり勝利の鍵を握るのは、数と量ですね。たしかにアンジェラ様の完璧なプロポーションは脅威。けれど、デズモンドがロリの冥府魔道に堕ちさえすれば、こちらにも十分な勝機があるはず。旅先では恥をかき捨てという言葉もあります」


ご自分でロリって言ってますがよろしいのですか……。


「……女の私にここまで言わしめた以上、デズモンド、今こそ一晩に何十回もたちあがり、不屈の男を見せるときです。未来のよき妻として、私もどんな恥ずかしい協力も惜しみません。受精、その二文字のためならばッ!!」


マリー姫様の激励と気勢に、私はむしろ恐怖と緊張で縮こまった。

男はデリケートなのである。


王子、この勝負、草食系どころか、極限の肉食系ですぞ!?

我々は男以上の女の火花散る戦いに巻き込まれ、与えられるのではなく、一滴残らず搾取されるのです。


よほど女性機能の呪いが解ける可能性が嬉しいのだろう。テンション高めできゃあきゃあはしゃぐマリー姫様と対称的に、私は冷や汗だらだらだった。


なにせ王子と聖女の結婚式まで、あと三か月ほどしかない。マリー姫様は、まだ幼な妻と呼ぶのもはばかられるほどのご年齢だ。しかし、この喜びに水をさせば、私にはきっとヤシガニ刑が待っている……。


「もしデズモンドが私に魅力を感じず、その気にならないというのなら。しかたありません。慰謝料&浮気防止で、その役立たずをちょん切ります。自分をさしおき他の女に走るかもしれない裏切りものを笑って許せるほど、私は寛大ではないのです」


ほら、きた!!

幻のヤシガニを可愛らしく小脇に抱え、まっくろな笑顔を浮かべるマリー姫様に、私はふるえあがった。ぎりぎりっとハサミをすり合わす音がした。幻じゃなく本物!? どこからそのヤシガニを拾ってきたのですか!?


「ヤシガニの挟む力は、ライオンの噛む力に匹敵するそうです。人間の指など簡単に落とせます。まして骨のない突起物など鎧袖一触。そして雑食性です。落とした肉片などすぐに食べきってしまいます」


マリー姫様、笑顔でおそろしい生物豆知識を披露しないでください。


目的遂行のためなら露骨な脅しも辞さない。同時に、もし私が気持ちを受け入れたなら、嬉し涙を浮かべて抱きついてくる愛くるしさもお持ちなので余計に悩むのだ。


デッド・オア・ロリ孕ませの究極の選択のときが迫りつつあった。


男性として死ぬか、社会的に死ぬかの二択。


こわおもての私からは、今までは荒くれたちも視線をそらしたが、今後は女性達が顔をそむけることになるやもしれん。妊娠させられるかもしれないとあわてて娘を背中に隠しながら……。


性か、死か。それが問題だ……。


「なんだ、まだ肚が据わってないのか。そんな優柔不断男はやめて、俺を選べよ、マリー姫。隣はいつでも空いてるぜ」


フィリップスが割って入るが、その笑顔は親愛に満ちていた。


「……デズモンド、忘れんな。あんたの恋のライバルはこの俺なんだぜ。すでに尻に火がついてらあ。変な遠慮なんぞして立ち止まる余裕なんぞねえぜ。だからよ。まず進め。進んでぶつかってから悩みやがれ」


私に発破をかけてくれているのだ。


オランジュ団のみなが、「大将、また無理しちゃって。ますますマリー姫様が遠のきますぜ」と茶化して笑いさざめく。


「るせえっ!! どんな理由があろうと、友を激励できねえなんぞ、男じゃねぇんだよ」とフィリップスが怒鳴る。


「おわっ!? なんだ、おまえは!?」


ヤシガニがいつの間にかフィリップスの頭によじのぼり、王冠のようにハサミを広げていた。


「さっすが俺らの大将。モテモテですね。……人間以外には」


とオランジュ団が爆笑した。マリー姫様も笑い転げていた。


彼らの後ろには、いつも空があり、海があり、船があった。


晴れた日ばかりでなく、暗い氷雨の日も、暴風の日もあったが、今、思い返すと、あの時代のなんと懐かしく輝くことか。潮風でさびれた嫌いだった町の光景さえも、今となっては郷愁の念にとらわれる。いろいろ悩み苦しんだが、明日はもっといい日だろうと期待を抱いて生きていけた。未熟だったが熱かった。なにより振り向けば、友が、愛する人が、笑顔で迎えてくれた。

二度と船を操れなくなった身体で、風の強い夜に、あの頃を思い出すと、なぜか無性に泣きたくなる。


……本当に大切なものは、あたりまえすぎて、失ってから、はじめて気がつくものだ。

そして、壊れたものはもう決して元に戻らない。その事実に、人は悲しみでひとり立ち尽くす。残酷な別れの黄昏が、まもなく私達にも訪れようとしていた。



◇◇◇◇◇


緑が燃えるように生い茂る季節を迎えた。


「……絶対だめだ。死んでも船は出さねえ」


頑として首を縦にふらないフィリップスに、私達は数日にわたり結婚式参加を阻まれ、困惑していた。


マリー姫の泣き落としも通用しない。オランジュ団も今度ばかりはマリー姫様に同情し、フィリップスに叛旗をひるがえして出航してくれようとしたのだが、アルフレド王子直伝の技まで加わったヤツはまさに鬼に金棒で、私も含め、全員があっさり投げ飛ばされ、船に近づくことさえ出来ない。


しかもその理由が、


「……ただの勘だ。だが、こんなひでえ胸騒ぎははじめてだ。チューベロッサの艦隊に待ち伏せ包囲されて沈められかけたときの百倍ひでえ。式場に行けば、きっとマリー姫、あんたは殺される」


豪放磊落なこの男が嘘を言うわけがないし、蒼白になって髪を逆立てた様子からも、真剣そのものだとわかる。


しかし、船乗りの目から見ても、天候は良好続きだし、チューベロッサの艦隊が行く手を阻もうとしても、最速ブランシュ号に追いつけるはずもない。それに結婚式場には、あの王子と聖女がいるのだ。今の手に負えないフィリップスよりはるかに強いあのふたりがだ。世界でもっとも安全な結婚式場といえるはずだ。誰が悪さなどできようか。マリー姫様も危険を予知していない。どこに懸念があるというのだ。


「もう結婚式ははじまってしまいました。参列はあきらめます。でも、披露宴は一週間は続くはず。ブランシュ号の足なら間に合うかもしれません。お願いです。おふたりの晴れ姿を一目、遠くからわずかに見るだけでもよいのです。それさえかないませんか」


マリー姫様は泣きはらした顔で懇願した。


マリー姫様はあのおふたりに一方ならぬ思い入れがある。特に聖女とは姉妹のような仲だ。どれだけ結婚式を指折り待ちながら楽しみにされていたか、ここにいる誰もが知っていた。それがまさかのフィリップスの理不尽な拒否により、今まで泣き暮らしていたのだ。


「駄目だ。なんと言おうとブランシュ号は動かさん」


梃でも動かないフィリップスに、とうとうマリー姫様はわっと泣き伏した。嘘泣きではない。数日にわたり堪えに堪えていた心がついに折れたのだ。


「……大将、そりゃあんまりってもんだ。さすがにちと許せませんぜ」


堪忍袋の緒が切れたコーカイチョーの少年をはじめオランジュ団の全員が立ちあがり、フィリップスを睨みつけた。彼らはフィリップスに唯々諾々従うだけではない。元々はひとりひとりが頭をはるような一角の不良たちだ。義侠心に許せぬ行為があれば、誰であろうと敢然と立ち向かう。たとえ自分達のリーダーだろうと例外はない。フィリップスも腕組みをして睨み返し、一触即発の空気となった。


そして彼ら以上に腹の虫がおさまらぬのが私だった。


惚れた女を泣かされて、どうして黙っていられようか。

力を跳ね返されようが知ったことか。一発くれてやらねば気が済まん。


実際のところ、マリー姫様が泣きだした瞬間から、私の頭は怒りでまっしろになり、自分がどう行動したかよく憶えていない。いわゆるキレた状態だったらしい。何日もにわたり懇願しては無情にはねつけられるマリー姫様のうちひしがれたお姿に、すでに我慢は限界を迎えており、一気に爆発したのだ。あとでオランジュ団の連中が教えてくれたところによると、私は獰猛に唸りながら両手をあげて、フィリップスに掴みかかろうとしたらしい。その様は怒れる熊そっくりだったそうだ。無意識に、締め技ならば跳ね返されまいと判断したのだろう。


「……ちっ!! どいつもこいつも。俺が好きでやってるとでも思ってんのか。いらついてるから手加減はできねえぜ……」


フィリップスも苦虫を嚙みつぶしたような顔で迎え撃とうとした。


だが、ヤツと私との戦端が開かれることはなかった。


突然マリー姫様が立ちあがり、棒立ちになって悲鳴をあげたのだ。ぎょっとするような絹を引き裂く叫びに、怒りは氷水を浴びさせられたようになり、私は一瞬で正気に戻った。それほどまでにただ事ならぬ不吉をはらんでいた。


「……いやあああっ!! 青い……青い光が……!! なんておぞましい……!! 止めて!! 誰か止めて!!」


髪を振り乱して泣き叫びながら、がりがりと頭をかきむしる。額から血が流れ出た。パニックになり我を失うマリー姫様に誰もが呆然としていた。側近の私だけが以前の経験でなにが起きたか把握した。


千里眼だ……!! はるか遠くでの出来事を体験したかのように知る能力。予知ではなく読心能力の発展形なのだろう。私がはじめてそのお力を拝見したのは、村ひとつのみこんだ山崩れの事故のときだった。のちの詳細な報告と照らし合わせ、どれだけマリー姫様が正確に状況を感知したかを知り、戦慄を禁じえなかったものだ。


……マリー姫様の千里眼は、犠牲者が多数出るような惨劇のときにしか発動しない。落ち着いてから説明してくださったが、人が死ぬときの心の叫びは凄まじく、普段ならとうていキャッチできない距離を越えてくるという。だが、死の追体験に近いため、マリー姫様の消耗も著しい。


「マリー姫様!! どうかお気を鎮められてください!!」


我を忘れて暴れるマリー姫様を自傷しないよう抱きしめて拘束しながら、私はいいようのない恐怖に心臓を鷲掴みにされていた。途切れ途切れの姫様の絶叫から、どこの光景をご覧になっているか徐々にわかってきたからだ。


「……おかわいそうなアンジェラさま……!! アルフレドさま……!! こんなの……死ぬよりひどい……!! いったい、どんな気持ちで、おふたりは……!! 最期まで、お互いをかばいあって……!!」


結婚式場で何かとんでもないことが起きたのだ……!! フィリップスの勘が的中した!! 


マリー姫様はたえられないというふうに胸をおさえ、悲痛に身悶えした。


「……なんで、こんな尊い気持ちを利用できるの……!? これが人のすること!?」


息も絶え絶えになって泣きじゃくったマリー姫様は、怒りに身をふるわせ、虚空を睨みつけた。


「恥を知りなさい!! 自分達がどれだけの罪を犯したかわかっているの!? くだらぬたくらみで、人類最大の守護神を、悪魔に変えてしまったのよ!!」


血を吐くような声で、何者か達を糾弾し、


「これじゃ……アンジェラ様達があんまりに……!!」


と叫んだきりマリー姫様は失神した。


顔面蒼白でがくがくと痙攣するさまに、フィリップスが怒鳴った。


「いかん!! 野郎ども、暖炉に火をつけろ!! 湯をわかして、ありったけの毛布をもってこい!! 医者を呼んでくるんだ!!」


いざこざも吹っ飛び、オランジュ団が顔色を変えて走り回るなか、私は目を据えるようにしてマリー姫様を強く抱きしめていた。激しく震えているのがマリー姫様か自分かもはやわからなかった。動けば汗をかくほどの季節なのに、いつまでも悪寒の波はとまらなかった。


……はるか海の彼方のハイドランジアでは、めでたいはずの結婚式が地獄と化していた。


のちに血の惨劇と名づけられたこの事件は、参列のため集まっていた聖職者、貴族など三百名もの犠牲者を出した。足を踏み入れたものは嘔吐し、トラウマに長年悩まされる者が続出した。


生き残りはほぼいなかった。現場は血と死体で足の踏み場もなく、扉付近には逃げようと殺到した人々が、恐怖に目を見開いた死顔を凍りつかせ、折り重なった群衆の重みで圧死していた。損壊の激しい亡骸も多く身元確認は難航した。聖女にいたってはどれが遺体さえも判別できず、扱いは行方不明のままだ。


事件の犯人はアルフレド王子とされた。


聖女と王子の結婚は、教会とハイドランジアが結びついての新勢力台頭を警戒する各国から非難されていた。聖教会のなかの旧態然の勢力も猛反対していた。彼らは今までどおりのチューベロッサとの癒着を望んでいた。日夜あちこちから責められ、追い詰められた王子は、ついに発狂して凶行に及んだという。


……ありえない。あの不世出の王子がか!? それも待望の結婚式の最中に!?


ハイドランジア王家と聖教会連名の公式発表に不信感を抱いたのは私達だけではない。アルフレド王子の人柄と聖女との仲睦まじさをよく知っている近しい者達は、冤罪だと憤り、真犯人は別にいると激しく抗議した。幼い紅の公爵もそのひとりだ。彼らは、いちようにアルフレド王子本人との面談を強く訴えたが、事件公表がされたときには、すでにアルフレド王子は処刑された後だった。犠牲者のなかには聖教会や各国の重鎮も数多く、遺族の感情に配慮した外交的措置と説明されたが、異例の早さの処刑に、口封じではないかと王子擁護派は疑惑をいだきかえって激昂した。だが、わずかな生き残りも錯乱して正気を失っており、残念ながら、事態のそれ以上の追求は何人にも不可能だった。


結局この事件の真相は闇に葬られ、アルフレド王子は光輝く天才ではなく、王家最大の汚点として、歴史にその名を刻むことになった。そして、王家と親アルフレド王子派のあいだには、大きなしこりが残り、ハイドランジアは混沌とした権力闘争の時代に突入していくことになった。



◇◇◇◇◇◇



枯れ葉が舞う寂しい季節となった。


血の惨劇の幻視以降、マリー姫様は別人のように憔悴した。このところなりを潜めていた生来の病弱さが息をふきかえし、ほとんどベッドに寝たきりになった。季節は過ぎたが健康は回復しない。睡眠がほとんど取れていないのだ。眠りにおちると悪夢にうなされ、悲鳴をあげて飛び起きてしまう。闇に怯える子供のように、私に常にしがみついていた。年齢よりはるかに精神が成熟している姫様は、出会ったばかりの幼女のときでさえ、こんな姿を見せたことはなかったのに。その痛々しさは見るにたえなかった。


あのとき結婚式場でなにが起きたか、姫様に尋ねることは誰もできなかった。今はだいぶ落ち着いたが、最初は鐘の音を聞くだけで恐慌におちいり、手がつけられないほどだったのだ。結婚式をわずかに連想させるものさえ、この屋敷では口にするのはタブーとなった。


「……あの結婚式のとき、青い光が迸ったという生き残りの複数の証言はたしかに取れた。だが、みんな揃いも揃ってご発狂済ときた。尋問どころか会話さえおぼつかねえ。壁にむかっての独り言の一部っつうわけだ。どうにもお手上げだぜ……」


マリー姫様が寝付くのを見計らったように旅先から帰還したフィリップスは、私を庭先に呼び出し、挨拶もなくいきなり渋面で告げた。


のちに強大な情報網をもつシャイロック商会の会頭になってからよくわかった。血の惨劇は、タブー中のタブーだ。調査記録はすべて焼却され、担当官の名前も不明だ。真相をさぐろうとした各国の諜報員が何人も海に浮かんだ。廃人になった生き残りも、次々に不慮の死を遂げた。聖教会本部の暗部、神の名のもとに粛清をおこなう名をもたぬナンバーズがまちがいなく動いている。一家郎党が屋敷ごと焼死などざらであり、お見舞いにわずかな時間訪れただけの知人が消されたケースまであった。


そんななか、フィリップスはよくぞここまでと感嘆するほど踏みこんだ。生き残り何人かとの面談までこぎつけたのだ。相当に危険な橋を渡ったはずだ。巻いていた包帯がその苦労を物語っていた。ヤツなりにマリー姫様をなんとか救いたいとなりふり構わずだったのだろう。


「デズモンド。今から俺が口にするのは推論にすぎねえ。だから、マリー姫の前ではいっさい思いだすな。この場限りの話として忘れてくれ」


フィリップスはこの男らしからぬ強張った声で切りだした。


私が無言でうなずくとフィリップスは前方を睨みつけ、一息ついてから、ぼそっと言葉をおしだした。


「あの聖女は本当に死んだのか? どうにも俺には信じられん。だとしたら答えは一つしかねえ」


私の肌はぞわっと粟立った。

地獄の扉が開いた心地がした。

それはまさに私が心の奥に押しこめていた禁忌だった。


王子にさえ物怖じしないフィリップスが、アンジェラ様にだけは最後まで距離を置いていた。オランジュ団にからかわれると、


「……あの聖女サマは危ない。生真面目で涙もろく愛情が深すぎる、おまけに人間を信じすぎている。ましてあの桁外れの力だ。きっといつかろくでなしにつけこまれる。絵に描いたような善人っていうのは、それだけでも糞どもが利用したくてしかたなくなるもんさ。ゴルゴナみたいに人の話を聞かず、自分の欲望にしか興味がないバカのほうが、まだ安心できるぐらいだ」


と仏頂面で吐き捨てた。


そしてフィリップスの懸念が正しかったことを、私達はすぐに身をもって知ることになった。


数日後、久しぶりに起きだし、籐椅子に腰掛け、色づきが褪せた庭をぼんやり眺めていたマリー姫様が、顔色を変えて騒ぎだしたのだ。


「みんな、この屋敷から出ていって!! 早く!! 私をひとりにして!! 命令です!!」


金切声の叫びに、広間にたむろしていた我々は即全員したがった。ただし、私がマリー姫様を肩に担いでだ。全速力で転がるように港に急ぐ。冠雪した高い山から吹き下ろす風が、火照った頬を冷した。ふいごのように肩で熱い息をする。いくら姫様が軽いとはいえ、人間ひとりの体重をかかえているのだ。だが、今はそれが私の生きているあかしに思えありがたかった。これからはじまる悪夢のなかで、きっと私の正気を繋ぎとめてくれるだろう。


港には、悪い予感がしていたというフィリップスが、すでにブランシュ号の出航準備を手配してくれていた。住民に秘密の船を見られることより直感でそちらを優先したのだ。本当にたいした男だ。何度助けられたことか。マリー姫様以上に予知の力があるのかもしれん。帆船のマストは高い。潮風で錆びた街並みの向こうに、希望の旗のようにブランシュ号の帆が見えた。力強く風をはらむその純白が、涙がにじむほど頼もしい。


「いやっ!! 触らないで!! おろして!! 人さらい!! きゃん!?」


ぎゃんぎゃん騒ぐ駄々っ子姫を黙らすには、ばしんとお尻をひっぱたくに限るな。


ブランシュ号が見えたことで力を得た私の、常ならぬ過激な対応に、迎えに駆けつけたフィリップスまで目を丸くしていたが、私は結婚式のときは自らの甘さで、あわやマリー姫様を死なせかけたのだ。あんな後悔をするぐらいなら、一生鬼と恨まれたほうが百倍マシである。


私の決意の固さを悟り、マリー姫様は小さな拳でぽかぽか殴りながら、大声で泣き出した。


「お願い……!! おろしてよ!! どっか行って!! デズモンドなんて嫌い!! 大嫌い!!」


「大嫌い、おおいに結構。遠慮しないで済みますからな」


「じゃあ、大好き。だから降ろして」


こんな火急の際なのに思わず笑ってしまった。


「愛くるしい姫様にそんな嬉しいことを言われては、殺されても降ろすわけには行きませんな。我々を逃がして、ひとりで死ぬおつもりなのでしょうが、そうは問屋が卸しませぬ。男としても、従者としても、地獄の底まで一蓮托生です。……来たのですな。あの方が。マリー姫様を殺しに」


言葉にするだけで喉が緊張し、声がしゃがれた。名前をはっきり口にする勇気は私にはまだなかった。どこかで間違いであってほしいと願っており、言葉にしてしまえば、わずかな可能性も絶たれてしまうと恐れた。


だが、マリー姫様の震えが、涙が、叫びが、全身でその忌むべき答えが真実と語っていた。


「お願い……!! 私から離れて……!! こんな異能もちの私に、みんなは本当によくしてくれた!! あたたかい気持ちで接してくれた。どれだけ気持ちが救われたことか。あなた達に出会えて本当によかった……!! みんな大好き……!! だから、逃げて!! 巻きこんで死なせたくないの!! だって、誰も、あの人には勝てっこないもの……!!」


「……だそうだ。野郎ども、俺達のために泣いてくれたお姫様へ、男ならどうこたえる?」


フィリップスはにやりとして問いかける。ここにいる誰よりも襲撃者の脅威を理解しているのに、肚をくくったその貌にもはや躊躇いは微塵もなかった。


曲がりくねったくだりを疾走しながら、オランジュ団の面々は拳をつきあげた。


「勝てないからなんてつまらん理由で逃げたら、死んだおふくろにあの世でどやされちまう」


「大将や、デズモンドの旦那だけでなく、あっしらも姫様の涙に胸キュンってヤツでしてね。これも惚れた弱み。もう逃げろって命令されても、退くなんてまっぴら御免でさあ」


コーカイチョーの少年が熱っぽく潤んだ瞳でおおげさに語り、皆が吹きだし盛りあがった。


「高貴な女性を守る戦い。男の意地にかけて負けられねえなあ」


「むさくるしい大将を守る戦いは飽きちまった。つっても、俺らが関わる女は、大年増の酒場のおかみぐれえだしな。レディーファーストじゃなく敬老精神になっちまう」


「しかしよ、その大年増を大将に押しつけようとしたことあったよな。最低だな。俺ら」

「ちげえねえ。どこの大将に似たんだか」


彼らは陽気にどっと笑った。


いいシーンなのだが、全力疾走しながらなので、息がひーひーとなり、言葉は途切れ途切れだ。いまいち恰好がつかない。いつの間にか先陣争いをはじめていたのだ。いっぱしの男に成長しても、中身は負けず嫌いのガキのままなことに、私はむしろ好感を抱いた。


「……それに、もう逃げるにゃ遅いようですぜ。おっかねえラスボスさまが、先回りして、お待ちかねでさあ」


コーカイチョーの少年がひきつった笑みを浮かべた。


ブランシュ号が横づけされた朽ちかけた桟橋の上に、見覚えのある純白の聖女服が立っていた。

美しい顔立ちは以前と変わらない。

その姿を見紛うはずがない。マリー姫様が姉とも慕った方だ。だがー、


「……うふふふ、この私から逃げられると思っていたの? 頭の悪いお猿さんたちだこと。でも、いいわ。身の程知らずを叩きのめし悲鳴をあげさせると、胸がすっとするもの」


今、そうほくそ笑む貌と言葉のなんと邪悪なことか。照れまくるオランジュ団の連中に、身分など気にせず笑顔で繕い物をしてくれた優しい女性の面影など微塵もない。あの陽だまりのような雰囲気のかわりに、沼地で大蛇と目があったような不快感がこみあげてくる。貪欲で冷酷で意思疎通などかなわない。


「アンジェラ様……!!」


マリー姫様が小さな悲鳴をあげた。その痛ましいまでのしらべに私は悟った。姫様は我々を巻き添えにしたくなかったのと同時に、素晴らしかったあの方の無惨に変貌した姿を、誰にも見せたくなかったのだ。


「よう、でっけえ胸の聖教会のべっぴんさん、あわれな俺らへの説法ついでにお酌を恵んでくれや」


隣の船上から、酔っぱらった水夫どもが、アンジェラ様だったなにかに卑猥な言葉を投げかけた。いつもそうやって若い女性をからかっているのだろう。鰐の開いた口に頭を突っ込むような無謀さに、私達は真っ青になった。


「いやいや、酒でなくて、自家製の新鮮なミルクを施してもらおうぜ。悩める者の救済が聖教会の理念なんだろ。俺ら女日照りで悩んでんのよ。言ってる意味わからないなら、あとはベッドで教えてやるぜ。しもじものもの流儀は、机じゃなく、そこで学ぶもんだ」


「ばぶばぶー。髭面の赤ちゃん達でちゅよお。ぱいぱいが恋しいでちゅう。早く吸わせてほしいでちゅう」


奴らが下品な軽口を叩くたび、見ている私達のほうが生きた心地がしなかった。

連中は崖っぷちを、げらげら笑いながらよそ見をし千鳥足で歩いているのだ。


「すまねえなあ、シスターさんよ。下品な奴らばっかでよお。俺ら、説教じゃなく、女の肌でしか天国を信じられねえ口でよお。怖がらせたお詫びに、泣いてのたうつまで昇天させてやるぜ」


どっと下品に沸き立つ。

歓声にまぎれ卑猥なスラングが飛び交った。


聖女を言葉で穢す悦楽にふける彼らは、自分達が天国どころか地獄への片道切符を手にしていると気づいていなかった。


「みんな逃げて!!」とマリー姫様が悲鳴をあげたときには、すでに彼らの命運は尽きていた。


「……まあ、素敵な申し出ね。いいわ。たっぷりとご馳走してあげる。泣いてのたうって堪能しなさいな。絶対強者による死を」


おぞましい嗤いの鋭い弧を口元が描いた。


どういう攻撃をしたのか、フィリップスでも目で追うことはできなかった。その場から一歩も動いていないようにしか見えないのに、「ぶごっ」という胸糞悪い音をたて、最初にからかった水夫ががくんと揺れた。その顔は下顎部の歯列をさらして消え失せていた。爆砕した骨片や歯に目つぶしされた周囲の連中が、何が起きたかわからず喚き、顔をおさえてのたうちまわった。だが、その絶叫は長くは続かなかった。最初の犠牲者と同じく平等な死があたりに降りそそいだからだ。悲鳴も怒声も頭も胴体も四肢も、無秩序に破壊され、ただ血の煙だけがふきあがった。人間を巨大なすり鉢に入れ、執拗にすりこ木を振り下ろすと、きっとこういう有様になるだろう。粉砕された人間たちの手足が、悪趣味な奇術のように次々に宙に舞う。たちまち甲板上は阿鼻叫喚に包まれた。


「ふふっ、自分だけ逃げるなんていけないわ。せっかくのお友達だもの。肉も血も仲良く混ざらなきゃ。仲間外れは寂しいでしょう? まあ、残念。そっちの逃げ道は行き止まりよ。だって罠だもの。はい、一網打尽。ぼんっ」


逃げ場を求めて右往左往する人々の命が、追い詰められ、絶望の叫びをあげ、まっかに熟したトマトのようにぐしゃりぐしゃりと潰されていく。空一面の投石機の爆撃を受けてもこれほどひどい惨状にはなるまい。こうやって結婚式場でも虐殺をおこなったのか……!!


ここでは命が最安の銅貨以下に暴落していた。船から零れ落ちた人間も見逃してもらえない。落下途中で爆発して絶命する。聖女をからかった人間もからかわなかった人間も、貪欲に死にのみこまれる。あまりに気軽で冒涜的な殺戮の嵐は、天変地異としか例えようがなく、それが直径百メートル以上の範囲にわたって吹き荒れた。


とどめとばかりに彼らの船が水飛沫と噴煙をあげながら、まっぷたつにされて沈んでいく。耳をつんざく断末魔の軋みと轟音を背に、聖女はげらげらと耳障りな高笑いをした。


「あはははっ!! なんて楽しいの!! どうして以前の私は、人間を殺すことを躊躇っていたのかしら。こんな面白いゲームはないのに」


「もうやめて!! 聞きたくない!!」


マリー姫が耳をふさいでかぶりを振った。

心を読めるマリー姫様は、水夫達の心の断末魔を体感してしまい、恐怖に髪を逆立てていた。


その度外れの破壊力よりも、気分の悪くなる聖女の変貌ぶりに、私達は呆然と立ち尽くしていた。


「ぴーぴー、うるさいわね。黙れ」


マリー姫様の悲鳴に、聖女が不快そうに吐き捨てた。服の衣が少し揺れたようにしか見えなかった。だが、フィリップスが顔色を変えて絶叫した。


「伏せろ!! 攻撃がくる!!」


私にはマリー姫様やフィリップスのような不思議な力は皆無だ。だが、なぜか、そのときの私には、マリー姫様めがけて飛来する殺意がはっきりと感じられた。灼けつくような焦燥のなか、私の五感はおそろしいまでに

研ぎ澄まされ、肌は空気の流れさえとらえていた。


人は命の危機に瀕したとき、回避のため脳がフル回転し、周囲がスローモーションに見えるなどの超感覚を発揮することがあるという。だが、そのときの私の覚醒状態はそれだけでは説明できなかった気がする。私は神に感謝する。きっと私の命より大切なマリー姫様を守るため、神が凡人に奇跡の刻を与えてくれたのだ。


直撃する!! 間に合わない!!


そう悟った私は、とっさの判断で、マリー姫様をフィリップスめがけ放り投げた。ヤツがスライディングするように見事にキャッチするのを視界の端に確認し、身をひるがえして両手を広げ我が身を盾にした。


「デズモンド!!」


「バカ野郎が!!」


姫様の無事を確信し、私は口の端に笑みを浮かべた。

マリー姫様の悲鳴とフィリップスの怒声は、勝利のファンファーレのように聞こえた。


遅滞した時の流れの感覚が元に戻った。


凄まじい衝撃が全身を貫き、暴走した血流が内部から身体を切り裂いた。致命傷だと一瞬でわかった。全身から血煙をあげながら、私はもう助からないと自覚した。だが、私は満足していた。一番大切なマリー姫様を守れた。私のでかいばかりの図体が役にたてた。


ならば、あとは死体同然のこの身で、血路を切り開くのみ!!


私は倒れるのを懸命にこらえ、ずしんと足を踏み出した。激痛が全身を焼く。ありがたい。おかげで気を失わずに済む。


だが、聖女は私の抵抗など虫けらのようにしか思っていなかった。


「あら、失敗かしら。まだ歩けるなんて。なるべく痛みでのたうつように血管を破裂させ、体中の神経をずたずたにしたのに。どうも人を壊し慣れてないと匙加減がむずかしいわね。まあ、いいわ。いつまでもつか、今後の参考にするから」


私の決死の覚悟も、冷酷にサンプルを観察する扱いだ。


「その成果はマリー姫で試すことにしましょう。苦しみと痛みの限りを引き出してあげる。あるじの役に立てるのだもの。本望でしょう?」


いや、もっと悪い。その舌なめずりは、人の苦悶を娯楽にしか思っていないことを示していた。


聖女は首をねじまげて背後の海に語りかける。


「ねえ、ゴルゴナ、あなたの言うとおりだったわ。もっとずっと前から、人間を玩具にして遊んでおくべきだった。それに少しぐらい間引かないと、多すぎて息が詰まるしね。あんな生物に気を遣うなんて、以前の私はなんてつまらない最低の存在だったのかしら」


海面がざあっと盛りあがると、全裸のゴルゴナがけらけら笑いながら姿を現した。


「いひひひっ、そうでしょう。やっとその尊い血にふさわしい最高の存在になってくれましたね」


聖女ひとりでも手に負えないのに、ここでゴルゴナまで参戦とは……!!


とどまるところを知らない事態の悪化に、私達は絶望のどん底に叩き落とされた。さすがのフィリップスも例外ではなく、くそったれがと呻き、歯噛みするばかりだった。膝から崩れ落ちそうになった私を、飛び出してきたマリー姫様が支えた。


申し訳ございません。私は結局姫様をお救いできませんでした……!!


だが、姫様は私の心の痛恨の叫びも聞こえないように、ただその美しいエメラルドの瞳を大きく見開き、驚いたようにゴルゴナを見つめていた。


「うふふ、この虫たちを皆殺しにすれば、きっともっと爽快になるわ。ああ、楽しみ」


そう嘲笑った聖女が不思議そうに眉をひそめた。


言葉も終わらないうちにゴルゴナが波にのり、聖女の前を横切り、私達のほうに近づいていったからだ。


「いひっ、こいつらにはゴルゴナも散々煮え湯を飲まされましたからね。アンジェラ様だとこいつらあっさり殺しちゃうでしょお。それじゃ、ゴルゴナの腹が収まらないってもんですよ。ま、ここは任せてください。ヒトカスを苦しめる術にかけちゃ、ゴルゴナはちょっとした大先輩ですよ」


その言葉に聖女はおぞましく破顔した。


「素敵な思いつきだこと。たっぷり勉強させていただくわ」


この殺戮の期待に恍惚とする化物が、本当に王子に幸せそうに寄り添っていたあの聖女なのか……!!


ゴルゴナが勝ち誇った笑顔を浮かべ、ゆっくりと私達のほうに手を伸ばしてくる。


「いひっ!! ど、ち、ら、の顔を剥ごうかな」


私は最後の力を振り絞り、マリー姫様を押しのけ、守ろうとした。だが、マリー姫様は私の手をおさえてそれを拒否し、信じがたい言葉をささやいた。


「……心配しないで。今のゴルゴナは敵じゃない。味方よ」


なんだ!? 今、マリー姫様はなんと言った!?


驚きにしびれる私の胸を、そっとゴルゴナの指先が撫でた。ぎゅるんっ何かがと駆け巡る感覚がし、全身を蝕む痛みが嘘のように引きさる。それだけではない。手足に力が戻った……!!


「ふん、血液と海水はそっくりだから、命を助けるくらいはしてやれるけどねえ。ゴルゴナのハイパーすてきな治癒力は女にしか与えられないから、男は歩けるほどにしか治せないっすよ。神経もずたずたのまま。もう一生元の健康体には戻れないから、せいぜい覚悟しておくことだねえ」


私は我が目と耳を疑った。


この人喰いの化物が、血流をあやつって私を救った!! どうして……!? ただの気まぐれか? それとも……?


「それでもいいです!! 生きていてさえくれれば!! ありがとう!! ゴルゴナ!!」


私に抱きつき頬ずりするマリー姫様に、ゴルゴナはいまいましげに舌打ちした。


「勘違いしないでほしいすね。ヒトカスなんぞと慣れあいなんかしたくない。だけど、あんたら助けないと、きっとアンジェラ様は『どつきますよ!! あほ娘!!』って怒るんです。おっかないから仕方なくっすよ。あー、腹立つ」


つまらなそうに吐き捨て、ゴルゴナは私達に背を向けた。


大混乱する私以上に聖女は度肝を抜かれた。ぽかんとした顔でしばらく立ち尽くしていたが、やがて雷雲のような剣呑な怒りをはらみ、ぎりぎりと歯軋りし眉をつりあげた。


「……どういうつもりなの。ゴルゴナ。私はそんなことは言っていない」


低い唸り声はケダモノじみていた。不穏な遠雷を思わせた。


「どういうつもりかと聞いている!!」


答えないゴルゴナに苛立って吠える。ぐにゃりと聖女の周囲の景色が歪んだ。


「ちっ、いつもの気まぐれか。もういい!! そこをどけ!! 私がやる!!」


殺気が冷風の嵐のように全身を突き刺した。


「やべえ!! さっきの見えねえ攻撃がまたくるぞ!! それも今度はとんでもねえ数……」


私を殺しかけたあれか!!


警告したフィリップスが、つづけられず言葉を失った。


「……逃げ場が……ねえぞ……!!」


その切羽詰まったうめきで、視界いっぱいをふさぐ見えない死の軍勢を私も見た気がした。聖女は数の暴力で一息にこちらを圧殺する気だ!!


「どこまでも苛立たせる虫けらどもが!! 黄昏の長、アンジェラの名のもとに放つ〝鬼弾〟の餌食になることを光栄に思うがいい。はじけて潰れろ!!」


聖女の口元が醜悪に歪む。だが、勝利の高笑いが発せられることはなかった。ゴルゴナの口から発せられた旋律に率いられ、大量の海水が私達の壁となって立ちふさがり、身代わりの盾となったからだ。激突のエネルギーが熱と音に変換された。耳を轟音がつんざき、水蒸気ときな臭い匂いが、火山地帯のようにあたりを覆う。爆散した海水が宙に巻きあげられ、スコールのようにざあざあと振りそそぐなか、ゴルゴナは雨にうたれる孤独な少女のようにぽつんとうつむいていた。


「……あたしの知ってるアンジェラさまは……。おせっかいで。くそバカ真面目で。すぐ誰かのためにぽろぽろ泣いて。そのうえ人間びいきで、しょっちゅうあたしのこと怒って……だけど、結局、いつも苦笑して、あたしの頭をなでて許しちゃって……」


ぽつりぽつりと思いだすように語るゴルゴナの表情は、ばらけた前髪で見えなかった。髪を伝ってぽたぽた落ちる海水が、まるで涙雨のように見えた。


「……バカなんですよ。賢そうな顔してるのに、てんで学習能力がないんだ……。あげく人間の王子と恋になんか落ちちゃって。人生で一番幸せって涙を浮かべて笑って。……ほんと、一族の長としては最低でした。あたし、いつも不満に思ってた。アンジェラ様はなんで私と価値観が一緒じゃないんだろう。そうしたら、もっと仲良くなれるのにって……」


奇矯なゴルゴナがこんな沈んだ声で語るときがあるとは。

私達は声も出せず、その光景を見つめていた。


「……うふふふ、わかったわ、ゴルゴナ。あなたの気持ちが。人間びいきの昔の愚かな私がまだ許せないのね。気持ちは共感できるわ。私もハラワタが煮えくり返る思いだもの。これからは人間を思いっきり潰して遊んで、その血で黒歴史を塗り潰すわ。だから、許して。ね?」


一人合点した聖女は、うってかわって上機嫌になり、猫なで声で下手に出た。感情の起伏が激しすぎ、気持ちが悪い。口調のところどころに以前の心優しいアンジェラ様の名残りがあるのが、どうにもやりきれない気分にさせた。荒れ果てた美しい故郷を見ると、あるいは荒んだ初恋の人を見ると、きっとこれと似た気持ちになるのだろう。


「ゴルゴナ、高貴な血の私達が言い争うほど悲しいことはないわ。そうだ、この町のお猿さんたちをどっちが多く殺せるかゲームをしましょう。仲直りもできるし、私もあなたも大嫌いだった、過去の最低な私の痕跡も消せる。一石二鳥じゃない?」


聖女はろくでもない提案をした。大袈裟に手を叩き、嬉しくてたまらないというふうに。素敵な思いつきでしょ。ところころ笑う様子に、私達は総毛だった。


性悪猫の性格なゴルゴナが可愛く見える。この聖女は、目の前の人間をいたぶって遊ぶだけではない。この世のすべての人間を虐殺する権利が自分にあると信じて疑わないのだ。どんな独裁者よりもいかれている。フィリップスが惧れ、マリー姫様が卒倒するわけだ。こんな選民思想の狂獣を野に放ったら、取り返しのつかないことになる。


唇を残酷に嘗め回して獲物を物色しだした聖女は、ゴルゴナがいつまでも動き出さないことに気づき、不審そうに様子をうかがった。


そして私達は気づいた。


顔をあげたゴルゴナは獰猛に牙をむいていた。私達ではなく聖女にだ。


「……アンジェラ様は、人間を猿なんて見下さなかった。殺しをゲームだなんて言わなかった。あんたは、鏡に映ったあたしだ。あたしは自分がもうひとり欲しかったんじゃない。姉妹みたいな友達がほしかったんだ……!!」


そしてゴルゴナは拳を握りしめ、幼女のようにぐしゃぐしゃな泣きべそで叫んだ。


「あんたを見てると寒々しくていらいらする。昔のアンジェラ様との思い出は、こんなにも胸があたたかくなるのに!! おまえなんかアンジェラ様じゃない!! あたしは……あたしは、本当のひとりぼっちになっちゃった……」


あふれだした悲痛な叫びは、聖女の空虚な言葉などより、はるかに強く私達の胸をうった。自己中で奔放なゴルゴナがこんな想いを胸に秘めていたとは……。やはり私の睨んだ通り、アンジェラ様への気持ちだけは本物だったのだ。


「あの人と同じ顔で、同じ声で、同じおっぱいで、アンジェラ様を語るな!! かえして!! あたしのかけがえのないアンジェラ様をかえしてよう……!!」


顔と声はともかくおっぱい……。

だが、その怒りも悲しみも、目前の変貌した聖女の心には爪先の疵ほども届かなかった。理解しようともせず、ただ自分を否定されたことだけに怒りをあらわにした。


「黙れ!! わけのわからないことを……!! 私こそが偉大な民の長アンジェラだ。海の魔女になれなかったできそこない風情が何をほざく。この私に敵対して、ただで済むと思っているのか……!!」


「うるさい!! アンジェラ様は、あたしのことを、あほ娘って言っても、できそこないなんて絶対言わなかった!! いつか大魔女になるっていう落ちこぼれの夢を、一族でたったひとりだけ馬鹿にしなかった!! きっとなれるって微笑んで勇気づけてくれた!! おまえなんか強くて残酷なだけの、からっぽの化物じゃないか!! 偽者!! あたしの前から消えてしまえ!!」


「きさま……っぐっ!?」


激怒して言い返そうとした聖女を、大波が横ざまに殴りつけ、桟橋から弾き飛ばした。


「ちっ!! 落ちこぼれがちょこざいな真似を」


海面を蹴って脱出しようとするが、次々に間欠泉のように水柱が立ちあがり、空中で鋭角に折れ曲がると、死角から大瀑布となって落下してたたみかけ、聖女を海中に押しこめた。


「……アンジェラ様は、海であたしを侮るなんてしなかった!! 沈めえーっ!!」


息つく間もない追撃でどんどん海底に沈めていく。ゴルゴナの想いがのっていた。空気がびりびり鳴り、足元が鳴動した。巨人の拳のラッシュのような凄まじい光景に私達は圧倒され息をのんだ。


「……あたしは、あたしの知っているアンジェラ様こそ本物と証明するために!! あたしを信じてくれたあの人が正しかったって胸をはるために!! ここでおまえをぶっ倒す!!」


ゴルゴナは足元の海から純白のローブを引きぬき、ばっと羽織った。それは以前アンジェラ様がゴルゴナにかけてあげたご衣裳だった。


「……何をぼーっとしてるっすか。まったくヒトカスは救いがたい間抜けっすね。あたしが格好良く抑えてるあいだに、早く船で沖に逃げろっつぅんですよ!!」


あいかわらず腹立たしい最低の言葉遣いだし、今回かぎりの気まぐれかもしれない。


しかし、そのとき私の目には、アンジェラ様のローブをまとうゴルゴナの後ろ姿に、たしかにあの方の幻影が重なって見えた。その心が守りに来てくれた気がした。逆光の輝きのなか、振り向いて怒鳴るゴルゴナにそう感じたのは、きっと私だけではない。


「アンジェラ……さま……」


マリー姫様も震える声で呟いた。

みな不思議な感動に包まれていた。


「もし運よく生き延びられたら、子々孫々、プリティーで無敵なゴルゴナちゃんの恩を語り継ぐっすよ。犬でも三日飼えば恩は忘れないと言うし、低能のヒトカスでもそれぐらいの芸できるっしょ」


……前言撤回。


一発でいい雰囲気は雲散霧消した。やっぱり最低だ、こいつ。


「あ、でも、ここにいるのは女に縁のなさそうな連中ばかりだから、子孫を残すのは難しいか。可哀そうに、もてもてのゴルゴナちゃんには理解できない悩み……。悲しすぎる生物っすね」


よよよと泣き真似をするゴルゴナ。こいつ、はやく絶滅すればいいのに。


「しっしっ、おまえらがいると人臭くてやる気が失せるっす。早く行っちまってくださいな。ゴルゴナちゃんの華麗なKОシーンを、ただで見せるなんてまっぴら御免すから」


とうとうゴルゴナは鬱陶しそうに手で私達を追い払った。たしかに海水の猛攻で聖女を完封してしまいそうな勢いだが、この調子のこきっぷりはほんとむかつくな。


私達は憤懣に後押しされて桟橋を走り、渡し板を転がるようにして、ブランシュ号に次々に乗りこんでいく。

幸い風も悪くないし展帆済だ。すぐに出航できる。


「……ゴルゴナ、本当は勝ち目なんてないんでしょ? どうする気なの」


最後に横を通りすぎるとき気遣わしげに尋ねたマリー姫様に、


「これだから心が読める異能は……」と海水の猛攻を続行しながらゴルゴナが苦笑する。


そうなのか!? 圧倒的有利に見えるのに!? じゃあ、あのむかつく調子こきは……。


まさかあのゴルゴナに気を遣われたのか。心置きなく逃げられるようにと。


隣のフィリップスをちら見すると、物凄く複雑な表情をしていた。俺ら、人喰い鮫に配慮されたの? みたいな顔だ。うむ、気持ちはわかる。


「いひっ!! 腹黒姫が似合わない心配をするもんじゃねえっすよ」


ゴルゴナはぴちんっとマリー姫様の額をでこぴんすると、不敵ににやりと嗤った。


「は、腹黒……!?」


「腹黒は腹黒だよお。なにその顔? 鏡見たことないんすか。あ、盲目だっけ。ほり、その役たたずの目ん玉あけて拝むがいいっす」


口をぱくぱくするマリー姫様向けてばちんと指を鳴らすと、緑色の燐光の古代文字の魔法陣が、ぼうっと足元にあやしく浮かびあがった。


「いい女は、こんなふうに奥の手を隠してるもんっすよ。さっき身をもって体感したっしょ。あたしの得意技のこの人格転写の術を。……この術に、あたしのありったけのアンジェラ様の記憶をのせて、あの化物にぶつけてやる。これできっと元の性格に戻るすよ。ああ、自分の天才っぷりが怖い……」


ドヤ顔で自己陶酔するゴルゴナの頬を、マリー姫様はでこぴんのお返しとばかり、むにゅうと引っ張った。ゴルゴナがうーうー唸って逃れようとするが離さない。私もつねられた経験があるが、マリー姫様はヤシガニかくやと思われる握力をお持ちだ。


「どこが奥の手ですか。ただの無謀な特攻のくせに!! 知ってるんですよ。その術は格上には通用せずにはじかれちゃう。だから、あなた自身の肉体を術式に変えて、直接相手に叩きこむしかない!! でも、その裏技だって有効打か不明だし、代償で、そのとき不死性は無効になる。それであの聖女とやりあうのよ。接近戦からきしのあなたが……」


マリー姫様はまくしたてたが、最後のほうは気遣わしげに沈んでいた。

その解説で、どれだけ分の悪い賭けにゴルゴナが挑もうとしているかよくわかった。綱渡りのうえ、アンジェラ様が元に戻る確率なんてほぼ零なのだ。


それにたしかにゴルゴナは肉弾戦が得意ではない。いくら怪力でも、フィリップスに投げ飛ばされるレベルでは、あの桁外れの化物には瞬殺される。近づいて術を叩きこむ隙などとても作れない。今はうまくアウトレンジからの攻撃に嵌める事が出来ているから、有利に試合を運べているにすぎない。


「うるさいすねえ。他に手がないんだから、しょーがないっしょお」


心を読まれるマリー姫様相手の舌戦では、ゴルゴナも旗色が悪い。ほっぺに指のあとをつけてたじろいだところに、ここぞとばかりずいっとマリー姫様が詰め寄った。


「……だから、私が隙をつくり、その作戦をせめてイチかバチかぐらいに変えてあげます」


そのあと囁かれたとんでもない提案に、さすがにゴルゴナが目をぱちくりさせあきれ果てた。


「正気の沙汰じゃないっすよ。頭おかしいでしょお。そっちのがよっぽど無謀。一歩間違えば、あんた骨も残らず消し飛んでお陀仏だよお」


「マリー姫様、いくらなんでも……!!」


「おいおい、ぶっつけ本番でそれやる気か。やべえにも程があるだろ」


私とフィリップスも慌てふためいて翻意させようとしたが、一度こうと決めた姫様の意志は、梃でも動かせなかった。


「……今、このメンバーでこの役目が果たせるのは()()()。ならば、生き残る確率をあげるため、私が出来ることをするのは当然です。それが賭けに挑む心構えというもの。ただ泣いて守られるだけのお姫様役だなんて、死んだってごめんです。のりますか? ゴルゴナ。それとも自信がありませんか」


驚くほど強気な姿勢のマリー姫様に、ゴルゴナはけらけら笑いだした。


「は、海の魔女を舐めるんじゃないよお。わずかな確率ひっつかみ、逆転勝利なしとげてこそ、女は舞台で輝くってもの。いいっしょ。今回だけはパートナーと認めてあげる。……まったく、弱小なヒトカスらしく、自分の幸せだけをちまちまと追い求めとけばいいものを……。ま、度胸は認めるよお」


ゴルゴナは鼻を鳴らして笑うと、マリー姫様の襟元を掴んでぷらんともちあげ、私とフィリップスの前に突き出した。


「おい、そこのヒトカスの雄ふたり。このちび娘は、怖いもの知らずの仔猫より向こう見ずで、しかもけっこう腹黒だよお。かわいいだけと油断してると顔面ばりばりにされちゃうねえ。……それでも娶る勇気があるなら、ま、せいぜい幸せにしてやることっすね」


「元より承知」


「腹黒も含めてこそのマリー姫だぜ」


「ちょっと!? ふたりともそんなに私を腹黒って思ってたの!? 納得が……きゃっ!?」


抗議するマリー姫様は空中で悲鳴をあげた。


力強くうなずいた私達めがけて、にやりとしたゴルゴナがぽいっと姫様を放り投げたからだ。


「ひっひっひ!! 受け取りな!! その姫様自身がブーケがわりだよ」


あわてて二人がかりで受け止めた私達にゴルゴナの叱咤が飛ぶ。


「時間がない。もう抑えていられない。急いで出航しな。マリー姫にはお望みのものを付与しておいたけど、効果は一度きり。二度めはない。使いどころを、よっく肝に命じとくことだね」


言葉に押されるように私達は疾走する。

めまいがする。手足が重い。瞬間的にはともかく、少し長く動くだけで、身体は悲鳴をあげた。

もどかしい。着ぐるみに入っているように意志よりも動きがワンテンポ遅れる。

ゴルゴナの言葉通り、私はポンコツになってしまった。命を拾いはしたが、聖女の〝鬼弾〟は、私の神経や筋肉に重い後遺症を残した。そして多分もう一生そのままだ。

だが、そのときは悲嘆に暮れるまえに、まずマリー姫様を無事に逃がすことで頭がいっぱいだった。


「大将、お早く!!」


すでに時間のかかる錨のロープの巻きあげを終え、神業的な指示をとばして、もやい綱だけでブランシュ号を桟橋に接舷させていたコーカイチョーの少年と数人が、じれながら渡り板で待ち構えていた。フィリップスの手からマリー姫様を受取る。続いて油がきれたようにのろのろとしか走れない私を、フィリップスは肩でおしあげるように力尽くで甲板上に押し上げた。


「大将!! どこへ!?」


「俺は最後でいい!! いいから船を出せ!!」


係留具からロープをほどく手間を惜しみ、次々にナイフで切断しながら、フィリップスが叫ぶ。


「波よ、風よ。力をかしておやり」


ゴルゴナが片手を振りおろし叫ぶ。ブランシュ号は帆にばんっと音をたてて風をはらみ、波にのって予想以上にぐんぐんスピードを増していく。負けじとフィリップスは並走し、桟橋がきれる端でだんっと跳躍した。その姿が視界から消えた。距離が足らず落下したと背筋が寒くなったが、器用に指先を引っかけ、ロッククライミングをするかのように舷側をよじ登って、ひょいっと顔をのぞかせた。蒼白になって駆け寄っていたマリー姫様と視線が合い、おどけて語りかける。


「これはこれは、麗しの姫君に間近で拝謁し、光栄のいたり。おや、お顔の色が優れないようですが」


「ふざけないで。あまりひやひやさせないでください」


ほっと胸をなでおろし、睨みつけるマリー姫様に、にかっと笑いかける。


「あんたのやろうとしてる事ほどじゃないさ。けど心配してくれてありがとうよ。しかし大人の女ならここで笑顔つきのキスで歓迎してくれるんだが。やはりまだ子供……おわっ!?」


笑顔のマリー姫様の無言の連続蹴りをくらい、フィリップスは落ちるからやめてくれと大騒ぎした。


うーむ、腹黒姫……。たしかに……。


「ゴルゴナ!! 私はまだあなたにやられたこと許してませんから!! まだ仕返しし足りないんですから!! だから、必ず生きて帰ってきてくださいね!! 幸運を……!!」


船べりから身を乗り出すようにし、遠ざかりながらマリー姫様が叫ぶ。


「……お互いにねえ」


桟橋にひとり残されたゴルゴナはにたあっと嗤うと、背中を向けたまま、片手だけをあげて応えた。


コーカイチョーの少年からフィリップスが指揮を代わったブランシュ号は総帆した。面白いように風をとらえて加速していく。もはやゴルゴナの姿がぽつんとした豆粒にしか見えなくなったとき、聖女の反撃がはじまった。


文字通り海が裂けた。

私達はふだん目にすることのできない海底を見せつけられることになった。


ぶわっと鼻をつく磯の匂いが立ちのぼる。沈没船や、海面上昇により見捨てられた太古の港の遺構が、砂浜の丘陵から奇怪なオブジェとなって突き出ているのがあらわになった。浮力の支えを突然失った巨大な海藻が恨みがましく這いつくばり、残ったわずかな水たまりで、魚たちが酸欠にもだえながら断末魔ではねまわる。


海のなかでまどろんでいたものたちを引きずり出し、嗤いを浮かべた聖女が砂地を踏みしめて悠然と歩いてくる。無理やりその両側に押し退けられた海水の壁は、ブランシュ号のマストよりもはるかに高い。悲鳴をあげ、通常の海に復元しようと暴れる大質量を、聖女は全身から発する圧力だけで軽々ねじ伏せた。


あれだけの猛攻を受けたのにまったくの無傷だ。押しこまれていたのではなく、様子見でしかなかったことに私達は心底戦慄した。フィリップスは正しかった。まさかこれほどまでの化物だったとは。もう人間がどうこうできるレベルではない。


「あははははっ!! 海の魔女ですって? 笑わせるわ。不意をついておいてこの程度で?」


大自然を力尽くで蹂躙し、聖女はゴルゴナを嘲笑する。


「いいや!! ここからが本番だよお!!」


ゴルゴナも指をくわえて眺めてはいなかった。幾条もの水流を巨龍のようにくねらせ、四方八方から聖女に攻撃をしかけた。だが、海を割る聖女の前では水鉄砲に等しかった。


「期待外れだこと」


振り向きもせず、すべて爆散させていく。歩みさえ止めない。さきほど放った〝鬼弾〟とかいう技だろう。だが、威力はあのときと桁違いだった。私達をなぶるため即死しないよう手加減していたのだ。


「……ここからですって? いいえ、もう終わりよ。だって私が飽きたもの。つまらないわ。貴重な一族同士の戦い、もう少し楽しめるかと思っていたのに」


聖女は嘆息した。かたわらの沈没船に手を伸ばし、砂地からずるずると引きずり出す。ひっくりかえった船底を上にし、片手で頭上高く持ち上げる。


「なんだ、ありゃ。どうなってやがる」


フィリップスが唸る。蟻が象を持ち上げるようなサイズ差だ。しかも聖女は沈没船の端を掴んでいるのだ。足に根が生えていてもあんな真似はできまい。てこの原理をまるっきり無視だ。海が割れっぱなしのことといい、頭がおかしくなりそうな悪夢の光景の連続だった。


そのまま聖女は沈没船を無造作にふりまわし勢いをつけた。


「これぐらいの加速でいいかしら」


ゴルゴナめがけて投げつける。ごおっという低い唸りと、ぐんぐん迫り巨大化していく影は、それだけで心胆寒からしめ死を予感させるものだった。


「うふふふ、落ちこぼれ魔女と沈んだお船、お似合いのカップルじゃない。仲良くキスしなさいな。顔が消し飛ぶかもしれないけど」


「ゴルゴナ!!」


マリー姫様が悲鳴をあげた。


「……ふん!! 消し飛ぶのはそっちのほうっすよ」


うそぶいたゴルゴナは、飛来した船に押し潰される寸前、無数の水流をひとつに収束させ、巨大な海水の竜巻をつくりだした。


「ひとつひとつは小さくたって束ねれば……!!」


迎撃する。大質量同士の激突。空中での一瞬の鍔迫り合いのあと、たわんだ沈没船ははじけ飛んだ。海底火山の爆発を思わす飛沫と、大量の木材の破片が飛び交う凶悪な空間があたりを覆い尽くす。


「どんなもんすか。このまま押しきって……」


「……あら、もう得意顔? この私から目を離して? 誰の相手をしているかまだ理解できないのかしら」


爆煙にまぎれて急接近していた聖女が、回転しながら飛ぶ沈没船の折れた舳先を空中で掴みとっていた。


「お仕置きよ。でも、貫かれるなんて、淫猥なあなたにはご褒美かしら?」


槍のようにひくと投擲する。どずんっという鯨を銛が貫くのと同じ鈍い音がした。宙を引き裂いて飛来した舳先は、ゴルゴナを魚の焼き串のように斜めに串刺しにした。


「……ごぷッ……!」


ゴルゴナが吐血した。舳先は先端といえど太い。肉を割り広げられ、押し出された体内の空気が喉を鳴らしたた。舳先は右の肩先から入り、左の腰の斜め下に抜けていた。聖女はそのままゴルゴナを貫いたままの舳先をずぶりと砂地にさしこんだ。ゴルゴナの足が宙に浮くようにする。串刺し刑と同じく自らの重みでさらに苦しむようにだ。悪魔の配慮だった。激痛に声も出せずもがくゴルゴナに聖女は爆笑した。


「あはははっ!! ごぷッ、ですって。げっぷなんて下品ねえ。それに虫ピンに刺された昆虫みたい。どこまで私を笑わせてくれるのかしら」


ひとしきり笑い転げたあと聖女はゴルゴナに語りかけた。凄惨きわまりない光景なのに、晴れた日のアフタヌーンティーの語らいというふうに穏やかに。


「ごめんなさいねえ。あなたの好きな下品な場所を貫いてあげられなかったわ。だって骨が固くてすべって邪魔されたんだもの。でも、いくら不死身のあなたでも、体内に異物を差しこまれたまま再生した痛みは格別でしょう。……ねえ、聞いてるの。もしかして居眠りしてるの?」


揺さぶられたゴルゴナは神経を灼かれる痛みに悶絶した。


「うふふ。意識があってよかった。人の話をきちんと起きて聞くのはレディーの基本中の基本よ。じゃあ、次はダンスのレッスンね。もっと暴れて? 杭にからまってしまった神経が、よおく引っ張られるように。ちょっとだけ手伝ってあげるわ」


今度は舳先を掴んで激しく揺さぶる。何度も執拗にだ。ゴルゴナは背をそらしてのたうった。なんとか逃れようとゴルゴナは、おのれを縫い留める杭にぎりぎりと爪をたてるが、「すぐ楽な方向に行こうとするのはあなたのいけないところよ」と聖女に慈愛の笑顔で両腕をへし折られた。


「ああ、少しすっきりした。でも、不死身をいたぶってもあまり面白くないわね。やはり嬲り殺すなら、限りある命のほうが楽しいわあ……。だって、じたばたする緊迫感が違うもの。とっても笑えるわ」


聖女はゆっくりとこちらを向き、舌なめずりをした。


「……まずい!! 目をつけられた!! くるぞ!! おまえらマリー姫を守れ!!」


目敏くフィリップスが叫ぶ。


「合点承知でさあ!!」


飛来する指示にオランジュ団がうなずき、一斉にマリー姫様を守るため取り囲んだ。隙のないように全方位の監視体制をとり、武器をかまえる。


「みなさん、お願いします」


ぐるりとそびえる頼もしい背中たちに、ぺこりと可愛らしく頭を下げるマリー姫様に、それぞれの受け持った方向を睨んだまま、口元をほころばせる。


「おまかせくだせえ。大将の花嫁になるかもしれないお方だ。命にかけても守ってみせまさあ」


「これだけの人数での布陣だ。蟻一匹とおしゃしねえ。聖女だろうと指一本触れさしゃしません」


たしかに肩がふれあうほどの密集陣だ。万が一にそなえての上と下からの奇襲には、フィリップスが目を光らせている。アルフレド王子が見せた〝幽幻〟を聖女も使えると予想し、甲板には水をまいた。これで姿を消しても、足跡で居場所がわかる。対策は万全だ。だから、誰も予想しなかったのだ。


「……うふふ、守られる女も、守る男達も、互いを信頼しきっているのね。きらきらした表情だこと。でも、おままごとね。可愛らしくて、鬱陶しくて、ぷちっと潰したくなるわ」


まさか嘲り声が、自分達の布陣のそのまっただなか、守ろうとしている姫様の横から聞こえてくるとは。


信じたくなかった。全員が心臓を鷲掴みにされたほどの恐怖で、はじかれるように振り向いた。


マリー姫様のすぐ隣に、聖女が歪んだ笑顔をして立っていた。


「バカな……!! 俺は目を離したりしなかった。いつの間にここに侵入した!?」


フィリップスが驚愕に唸る。聖女は余裕たっぷりにころころ笑った。


「入りこんだ? 人聞きが悪いわね。あなた達がマリー姫を守ろうと取り囲む前からお邪魔していたわ。だって、あなた達、まばたきしたもの。隙だらけで笑えたわ。多少の移動ぐらいなんとでもなるに決まってるじゃない」


戦慄の答えだった。


この化物にとり、人間がまばたきする刹那は、数分以上のサービスタイムなのだ。あの距離を、しかも海の上を楽々と渡ってこられるほどの。


この聖女が水面を走れることは周知で、警戒は怠らなかったというのに、こちらの予想をはるかに上回る怪物ぶりに全身が凍る。


「……ほほほほ。まあ、怖い。無抵抗の女にこの仕打ち?」


聖女は降参というふうに両手をあげた。鈴の音を思わせる笑い声が、大軍勢のラッパよりもおそろしかった。包囲して武器を突きつけるこちらのほうが恐怖に髪を逆立てていた。マリー姫様を聖女から引き離して、陣の後ろに隔離したがまるで安心できない。


「あら、どうして、みんなそんな死人のような顔色なのかしら? 安心して。私はマリー姫に指一本触れないわ。私は、ね」


聖女が口角をつりあげた。ぞっとした。悪意がしたたるというのはこういう口調を言うのだろう。


「……でも、勝手に自殺しようとするのまでは責任はもてないわあ」


誰ももう聖女の続けた言葉など聞いてはいなかった。


「……助けて……!! デズモンド……!!」


ばっと振り向いた先で、マリー姫様がかぼそい悲鳴をあげ、嫌々をするように頭をふってもがいていた。その手には白刃が握られ、ほっそりした喉元に押し当てられていた。それがマリー姫様が望んだ行為でないのは、苦悶に満ちた表情と必死に抵抗をこころみる腕の震えからも明らかなのに、刃はじりじりと姫様の白絹のような肌を切り裂いていく。ぷつぷつと血珠の列が浮きあがる様に背筋が凍った。


「て、手が勝手に……」


刃から逃れようと筋が浮かびあがるほど首をねじっても、あと少しというところで、がくんっと不自然な動きをし元に戻ってしまう。まるで透明な死刑執行人たちが姫様の頭と四肢を掴み、嬲り殺しを愉しんでいるかのような凄惨な光景だった。


ゴルゴナの人を操る歌とも違う。

なにが起きているのだ!?


「うふっ、怯えるマリー姫の心臓の鼓動のかわいらしいこと。薄い胸から今にも飛び出しそうよ。強がっているのに、いざとなれば臆病ものねえ」


「姫様!!」


「マリー姫!!」


もちろん私達とて、おとなしく指をくわえて見ていたわけではない。すぐにマリー姫様の手からナイフをもぎ取って助けようと駆け寄った。特にフィリップスは決死の形相だった。姫様を害そうとしているのはヤツのナイフだったからだ。さっきロープを切ったあと腰に差していたものを、いつの間にか聖女が抜き取り、マリー姫様に握らせていたのだ。


だが、私達の指先は寸前でマリー姫様に届くことはなかった。


「ショーの邪魔なんて無粋だこと。犬のように伏せなさい」


くすくす笑って聖女が指を鳴らすと、私達全員の身体が意に反し、ぶざまに床に転がった。神経が分断されたかのように身体が言うことをきかない。声も出せない。なのに、マリー姫様の苦しむさまから目を逸らすことが出来ない。先ほどのゴルゴナの歌の効果より悪辣だ。まるで自分があやつり人形になったかのようだ。


「……何が起きたか死んでは気の毒だから教えてあげる。これは〝血桜毒瘴(ちざくらどくしょう)〟。微量の血霧を相手に侵入させ、思うがままに操る術よ。吸血鬼のようでとってもエレガントでしょう。人間風情の〈治外(ちがい)(たみ)〉の技には勿体ないわ。もっとも今の〈治外の民〉に、この技を正しく継承しているものなどいないのだけど……」


そして、聖女は嗜虐の期待に目をにいっと光らせ、うきうきとマリー姫様に命じた。


「さあ、マリー姫。おのれの喉を切り裂きなさい。あら、もう観念したのかしら。さっきと比べ、ずいぶん心臓の音がおとなしめね。つまらないわ」


ため息をついてそっぽを向きかけた聖女は「そうだわ」とひょいっとナイフを取り上げた。指先でひと撫でするだけで刃こぼれし、鋸の歯のようにぎざぎざになった。それを再びマリー姫様に優しく握らせ、聖女はほほえみかけた。


「……刃を潰してあげたわ。鋭い切れ味じゃ、せっかくの見せ場がすぐに死んで終わってしまうでしょ。あなた非力だから、死ねるまで何度ナイフをひく事になるのかしら? 自分がどんな顔で泣き叫んだかは、あとでみんなに教えてもらいなさい。どうせすぐにあの世で再会できるから。……そうだ、私と賭けをしましょう」


聖女はぱんと手を叩いた。


「百回以上切りつけて生きていられたらあなたの勝ち。みんなの命は助けてあげる。でもその前に死んだら仲良く皆殺しよ。さあ、悲劇のヒロインちゃん。みっともなく必死に命にしがみついて、私を愉しませてちょうだい。そこの這いつくばっているあなた達も、自分の無力さに歯噛みしながら応援なさい。あなた達の命はお姫様の頑張り次第…。うふふっ、愉快な公開処刑のはじまりはじまり」


そのあとのことは思いだしたくもない。


長い苦悶の末、私達の目と鼻の先で、マリー姫は絶命した。幾度となく切りつけた喉元の傷口は、まるで柘榴のようにはじけていた。


そのあいだ聖女は嬉しそうに、わきあがる血泡を指でつついて割ったり、気管から漏れ出るひゅーひゅーという風音に耳を傾け楽しんだ。


「安心して。出血死しないように血流はコントロールしてあげるから。どう? 自分の肉を切り裂く感触は? 意外と手応えがあるでしょ。なかなか貴重な体験よ。あら、失禁した? 自律神経がいかれちゃったのね。でも、ファイト。百回まであとたった五十回よ」


そうやってさんざん姫様の命をこづきまわして弄んだ。あげくマリー姫様の亡骸のそばにしゃがみこみ、無惨に裂けた喉に指を差し入れてこねくりまわし、死亡を確認して笑い転げた。


「ごめんなさいねえ。もう約束の百回はとっくに済んでたのよ。失神しながらも手を動かすだけはやめなかったから、自分では終わったことに気づけなかったのね。よっぽどみんなの命を助けたかったのね。その健気な執念に免じ、約束通り、みんなの命は助けてあげる」


指をぱちんと鳴らすと私達の拘束は解けた。


「……さて。これであなた達は自由よ。お姫様の献身にどう応えるのかしら。ぶざまに生き延びる? それとも……」


言葉にも出来ぬ怒りと悲しみに咆哮し、我々は武器を振りかざし聖女に殺到した。


よくも姫様をこんな目に……!!

こいつだけは許せない!!


聖女はけらけら笑った。私達の行動を予期していた残酷な笑みだった。


「……あらあら、やっぱり。せっかく命拾いしたのに、もう捨てるのね。ふふっ、お馬鹿な下等生物だこと。これでマリー姫は犬死よ。あなた達を助けるためあんなに自殺ショーを退場するまで頑張ったのにねえ」


自分のシナリオ通りにことが運び聖女はご満悦だった。


腰にどすっとナイフを突き立てられるまでは。


何が起きたかわからず、ぽかんと自分の肉に生えているナイフの柄を見下ろした聖女は、続いて誰がそれをやったかを知り、驚愕して金縛りになった。


「……おあいにくさま。私はまだ退場してないわ。見せ場はこれからよ。なあに? その鳩が豆鉄砲をくらったような顔は。ショーにサプライズはつきものでしょう」


エメラルドの瞳を輝かせ、不敵に笑うマリー姫様がそこにいた。


「バカな……!! たしかにおまえは死んでいたはず……!!」


幽霊を見たというような衝撃の色を隠すこともできず、大怪物が思考停止におちいっていた。


「頭の血の巡りが悪いわね。上等生物さん。私には心強い味方がいるの。性格最悪で、嘘つきでむかつくけど、誰よりも昔のアンジェラ様を慕っている女の子がね。その子のプレゼントのおかげで、ぎりぎりで死の淵から戻ってこられたわ」


元通り綺麗に復元した喉元を見せつけてマリー姫様はほほえんだ。


ようやく理由に思い当たった聖女が唸る。


「……まさかゴルゴナが……!? 不死性の委譲……!! どうしてあの気まぐれが人間なぞに協力を……」


正直、私達とて同じ気持ちだった。マリー姫様の復活をこの目で見るまで生きた心地がしなかった。気まぐれなゴルゴナが約束を破棄するのではと気が気でなかった。


だが、マリー姫様はゴルゴナを信じた。正攻法では絶対に聖女は隙を見せない。だからご自分が囮になると提案し、ゴルゴナに協力を要請した。その前提で作戦をたてた。はらはらする私達にマリー姫様は明るい笑顔で言いきった。


「心配しないで。ゴルゴナのアンジェラ様への想いだけは本物です。私が不安なのは、聖女が私ではなく、あなた達に先に手を出すのではないかということ……」


だから、聖女に襲撃されたとき、マリー姫様はあれだけ怯えたのだ。それを聖女は我が身可愛さでだと勘違いした。そして喜々としてマリー姫様を徹底的に嬲ることに決めた。自分が罠に嵌められているとも知らずに。


「とっても痛かったし苦しかったですよ。でも、あとの楽しみのために耐えられたの」


そしてマリー姫様はすうーっと息を吸いこんだ。


「……ねえねえ!! あれだけ侮っていた人間にしてやられるって、どんな気持ち? そして、私は胸薄じゃない!! これは成長途中なだけ!! あとは重力にひかれ垂れゆくだけのそっちとは違うのです!! あー、すっきりしました!!」


じつにいい笑顔だった。さすが腹黒姫。煽るときは絶好調だ。胸で聖女とはりあう無謀な挑戦もおそれない。


私は心で快哉をあげ、「無謀? デズモンド、おぼえていなさい」とマリー姫様にバジリスクの如きまなざしで睨まれて身を縮めた。


「……殺す!!」


どうやらこの聖女は煽り耐性がゼロらしい。以前のアンジェラ様なら笑って見逃すか、あるいはむしろ賞賛しただろう。もう素晴らしかったあの方はここにいないのだと改めて実感し寂しくなる。


だが、まだアンジェラ様復活を諦めていない者達がいる。振り下ろされた拳から、マリー姫様を守るために立ち塞がったフィリップスもそのひとりだ。


「どこにくるかわかってる単純な攻撃なら……」


発作的に放たれた聖女の拳はただの力任せだった。聖女が怒りに我を忘れ、技を使わなくなるこのチャンスを、フィリップスは耐えに耐えて待っていた。


「俺にだって跳ね返せるんだよ!! 受取りやがれ!! 俺のナイフでマリー姫をいたぶってくれたお返しだ!!」


怒声とともに使ったのはアルフレド王子直伝の返し技だ。聖女の怪物じみたパワーが、すべて本人に逆流した。その通し先はいまだ聖女に刺さったままのナイフだ。マリー姫の一刺しは、聖女のプライドこそ傷つけたが、肉体的には蚊に刺されたほどの痛痒も感じていなかった。だから放置したままだった。その慢心が仇になった。膨大な負荷に耐えきれず、ナイフは聖女の体内で炸裂したのだ。


「……おぼえてるか。これはあんたが愛した男の技なんだぜ」


「……ぐうっ!?」


聖女は空中に吹き飛ばされた。ただ飛ばされただけではない。体内は爆発したナイフの欠片でずたずただ。


「いちち……!! 自分の拳でやったら手が潰れてたな。だが、これはさすがに堪えたろ」


さすがの聖女も無数に入りこんだ破片すべてをすぐに排出は出来ず、燃える苦痛にのたうち回った。その隙を逃がさず、海面を噴水のように盛りあげ飛び出したゴルゴナが、聖女の背後をとった。


「いひっ、腹黒姫のおかげで隙をつけたよ……!! ありがと」


「どういたしまして。でも腹黒はよけいですよ」


マリー姫様はほほえんだ。


「ゴルゴナ!? 串刺しにしたはず……!!」


聖女は驚いたが、私達にはわかった。アンジェラ様への想いに突き動かされたゴルゴナは、信じがたい激痛をこらえ、我が身を切り裂くことで、杭から自力で脱出を果たしたのだ。マリー姫様はゴルゴナを最後まで信じ、約束通りご自分の役目を全うした。


「怒りんぼでもいい!! どついてもいい!! でも、笑ってあたしの頭をなでてくれる、いつものアンジェラ様がいいの!! お願い……!! かえってきてよ!!」


吠えるゴルゴナの声がかすれていたのは、緊張からだろうか。涙のせいだろうか。体中を緑に光る古代文字が浮かびあがって流れる。肉体を術式に変換したのだ。ゴルゴナの馬鹿げた不死性は、膨大な術式が変質した結果らしい。その力が今全開放された。輝きを収束した右手が聖女に突きささる。


だが、聖女は信じがたい反射神経を発揮し、寸前で振り向きざまにつかみ取った。


「ふざけた真似を…!!」


歯軋りすると、ゴルゴナの肘関節をぐしゃりと握り潰す。そのままゴルゴナの右腕をねじきると、宙に放り投げた。ゴルゴナは叫びはこらえたが苦悶に顔を歪めた。不死性を術に変換している今、ゴルゴナの身体は人間並みだ。傷は再生しない。みるみる顔色が悪くなっていく。


「……よくも私をここまで追い詰めてくれた。遊びは終わりよ……」


致命傷になりかねなかった一撃だったと判断した聖女の形相が変わっていた。


髪が逆立ち、牙がむきだしになる。変身する気か……!! 完全に虚をついた奇襲さえも、この化物には通用しなかった。ぼんっと音をて、体中にもぐりこんだナイフの破片がすべて排出された。もう打つ手がない。誰もが、ゴルゴナもが絶望の淵に立たされるなか、マリー姫様だけがあきらめなかった。


「ゴルゴナ!! 私は私の役目を果たしました!! なのに、あなたはあきらめるの!? 人のことさんざん嬲っておいて!! なにが海の魔女よ!! だったら、これぐらいでへたばるな!! 」


その激励で死にかけたゴルゴナの目に意志の光が戻った。


「うるさいっすよ。腹黒姫。よっく拝んでな!! あたしの見せ場はこれからだよ!!」


ゴルゴナの残された左腕に術式が収束していく。だが、慣れていないのか手間取っている。これでは発動前に反撃を受ける!!


聖女があざける。


「……左? そんな思いつきが実戦で通用するとでも。しょせん落ちこぼれ……がっ……!?」


聖女の嘲笑の声と身体が揺れた。その背中に、先ほど投げ捨てられたゴルゴナの右腕が突き刺さっていた。ブーメランのように空中で回転して戻って来たのだ。術式の文字が蜘蛛の糸のようにからみつき、聖女の動きを封じる。ありえない偶然に聖女は狼狽した。


「バ、バカな。こんなことが……!?」


我々は見た。右腕とゴルゴナの身体を糸のように細い緑の古代文字が繋いでいるのを。偶然ではなかったのだ。


「遠隔操作だと!? まさか落ちこぼれがこんな高等な技を!! だが……!! ……ぐっ!?」


それでも聖女はなおも動き、反撃を試みようとしていた。だが、背中の奇襲に気をとられた間に、左腕への術式の凝集が完了していた。こちらがゴルゴナの本命だった。それが聖女の腹にまともに入った。結果、聖女は前と後ろからの同時挟撃を受けることになった。


「……やればできるじゃない。色々まだ含むところはあるけど、その頑張りに免じ、水に流してあげます。海の魔女か。きっといつかなれますよ。ゴルゴナ。今のあなたなら」


マリー姫様の会心の笑みに押されるように、ありったけの想いをこめた起死回生の一撃が、聖女へと炸裂した。


「とどけえええっ!!!」


ゴルゴナが咆哮した。


空に黒雲が渦巻き、暴風が吹き荒れた。その雲の下部がゆっくりと垂れ落ちてくる。


「竜巻がくるぞ!! みんな、何かに掴まれ!!」


フィリップスが怒鳴った。


海上は台風のまっただなかのように荒れ狂った。塩水と風のせいで目がまともに開けられず、呼吸さえままならない。無数の蒼白い稲光が、横なぐりの豪雨と波しぶきの向こうで、ぴかりぴかりと幻想的に閃く。私達は神話の世界に突入した戦いを声もなく見守り続けた。空中にぼうと緑色の光ににじみながら、ゴルゴナと聖女の姿が、影絵のようにからみあう。叫びながら何度も激しくぶつかりあい、やがてひとつになって落ちていった。聖女が裂いていた海が崩れ、轟轟と音をたてて海面が渦を巻いて常態に戻っていく。たぶん勝負がついたのだ。


「どっちが勝ったんだ!?」


逆巻く海にのみこまれまいと、木の葉のように翻弄されるブランシュ号を必死に操りながら、フィリップスが叫ぶ。それは私達みなの代弁だった。そのとき、凄まじい水柱が天空に向かって駆けのぼった。無惨に引きちぎられた女性の上半身がゆっくり落ちてくるのがそのなかに見えた。

お読みいただき、ほんとうにお疲れ様でした!!

スマホで読まれていた方は、いつまでも続くスクロール地獄に、「二度と読むもんか!!」

と怒りをおぼえられたことでしょう。

でも、宜しかったら、また次回もお立ち寄りください。


さて、恋心は純粋で得意技は腹黒なマリー姫ともそろそろお別れです。気に入ったキャラなので腹黒姫路線はマーガレット王女当たりに継承させて……いや、フローラとかも面白いかも……。みなさま、おぼえておいでですかね。


次回投稿では、再びセリフだけのキャラあて小話を……。

すみません。需要があるか不明ですが、そういうの好きなのです……。

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[良い点] 感想の続きを書くと言って随分間が空いてしまいました…… 今まで名前しか出なかったアルフレド王子が遂に登場!前話を読んでアンジェラとゴルゴナの喧嘩?を、「やれやれ困ったさんだな(ニコニコ)…
[良い点] アルフレド王子…!チートキャラすぎませんか?!幽玄も使えて馬闘術の応用まで出来るなんて…紅の公爵以上にチートじゃないですか。流石はアリサ様のお父様ですね。 アルフレド王子とアンジェラ様の…
[良い点] 冒頭のアンジェラの懺悔に思わず噴き出してしまいました。そりゃ恥ずかしいこと暴露されたら堪ったもんじゃないですが、オーバーリアクション過ぎる。でもそんなところが可愛らしい。純粋すぎて信じやす…
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