デズモンド会頭の真実
ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!
なんと英訳版コミックスが【The Villainess Who Has Been Killed 108 Times】のタイトルで発売予定です!! 2023年10月10日予定。オリジナルとの擬音の違いがおもしろいです!! 英語の擬音をイラストとかで表現したい方の参考になるかもです。
【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】全4巻発売中!!どうぞよろしくお願いします!!
KADOKAWAさまのFLОSコミックさまです!! 作画の鳥生さまへの激励も是非!! 合言葉はトリノスカルテ!! http://torinos12.web.fc2.com/
原作小説の【108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中!!
漫画のほうは、電撃大王さま、コミックウォーカー様、ニコニコ静画様、ピクシブ様やピッコマ様等で読める無料回もあったりします。あるよね? ありがたや、ありがたや。どうぞ、試し読みのほどを。他に公開してくださってるサイトがあればぜひぜひお教えください。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。もろもろ応援よろしくです!!
こちらのほうは、八月中には更新できなくて申し訳ございませんでした。
忙しかったんです。本当に。言い訳は得意分野です。
みなさまも、猛暑日の続くなか、どうかご体調を崩されませんように。
みなさま、お久しぶりです!!
私、この物語の主人公、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードと申します。
赤い瞳、赤い髪、そして赤ちゃんという、
三拍子そろったまっかに燃え……もとい萌えるヒロインです。
「ははっ、スカチビは確かにいきむとき、よくまっかっかになってるよな。今もそうだけど」
うっさい、ブラッド!! 乙女の排泄事情をつまびらかに公開するな!!
未熟な新生児には、食べるのも出すのも一大事業なのよ!!
そして下ネタのとき、私をスカチビと呼ぶでない。
「まっかになるも無理はありません。この灼熱地獄では。かわいそうに」
ほら、セラフィなんかそう気遣いながら、私を覆う防火布のずれを直し、汗を拭ってくれてるじゃない。これこそが紳士のレディへの対応よ。ちょっとは見習いなさい。この女装メイドめ。
おっと、アホと口喧嘩する前に、私が今どんな窮地なのか説明しなきゃ、話が正しく伝わらないよね。
気を取り直して、まずは前回までのあらすじをば駆け足で。
おなかにいた私ごとお母様を、凶悪な堕胎薬で暗殺しようとした悪徳シャイロック商会。
しかし、天網恢恢疎にして漏らさず。悪事は露見し、復讐鬼となったお父様は、卑怯にも逃亡しようとしたシャイロックの跡継ぎアンブロシーヌとデクスターを、なまはげのごとく追いまわし、ひそんでいた馬車を文字通り木っ端みじん。廃人寸前の恐怖を奴らに叩きこんだうえ、ひきずりだして捕縛した。
よくぞ殺さず自制し、法の裁きに委ねたものと感心したら、
「スカーレット、違うぞ。あっさり殺して楽になどさせるものか。天国から地獄に堕として、嫌というほど絶望を味わってもらうのだ。もう殺してくれと何千回も哀願するまでな」
って嗤ってました……。見直した私がバカだった。
「いや、何万回か」
追徴課税しなくていいから!!
たしかに、贅沢三昧してきたアンブロシーヌたちには、拷問や囚人生活は死ぬよりつらいだろう。でも、年端もいかぬ娘に父親が嬉しそうに語る内容? 更生の機会を与えるという概念が欠落している。親の背中を見て子は育つという言葉を知らないのか。ブラッドがドン引きしてたよ。
「なあ、スカチビにもあの親父さんの血が流れてんだよな?」
言うな。化物を見るまなざしを向けるな。私もいつも悩んでるんだから。
そのまま、あわれアンブロシーヌらは、売国容疑で国王陛下に引き渡され、孤島の監獄の虜囚となった。売国行為は大罪だ。彼らには死刑を免れても無期懲役が待っている。
だが、嵐の混乱に乗じ、まさかの海からの急襲者たちが、監獄から彼らを連れ去ってしまった。下手人は大国チューベロッサのドミニコ王子の配下たちだった。野心と冷酷の化身みたいなヤツだもの。狙いはシャイロックの資金だろう。ほんと、あの性格破綻者のくそ王子、「108回」でも、今回でもろくなことをしないよ。
苦労が台無しになったお父様が、怒ったの怒らないの。
なんと、国王陛下の監獄管理が甘かったせいだ、と城に殴りこんだの。
マーガレット王女のとりなしと、大怪我をした陛下を見て、なんとかお父様はその場は矛をおさめたのだけど、ふつう、国のトップに躊躇なくお仕置きを敢行する? 貴公子然とした姿とのギャップがひどすぎる。私の安心引きこもり路線が初手から大脱線だよ。
しかも、
「……ドミニコ王子、よくもこの僕を怒らせてくれた。この恥辱は千倍にして返礼する」
とさらに物騒なことを誓ってるし……。
利息ずいぶん多すぎない?
この人、ハイドランジアだけでは飽き足らず、今度は、海洋覇権国家チューベロッサに喧嘩を売るつもりです……。その国、ハイドランジアの数倍の国力と兵力を有する、大陸一の富裕国なんですけど。しかも聖教会の聖都も内部にかかえ、おっかない闇の噂が山ほどある。本気で怒らせると、なにをしでかすかわからない怖さがあるのだ。ドミニコも薄ら笑いの向こうに、どうも破滅願望が見え隠れするんだよね。それも周囲すべてを道連れにしての……。最悪、大陸全土が戦火に巻き込まれかねない。
お母様、ヘルプ!!
このイカレ貴公子、妻の仕返しをするため、世界大戦の引き金を引くかも知れません!!
頭のおかしい身内ほど怖ろしいものはない。
無視して縁を切りたくても、関わらざるをえないからだ。
獅子身中の虫どころか、獅子身中の核弾頭みたいな事故物件だ。
世間様では英雄な紅の公爵でも、私にとってはいらない公爵ですよ。
生ゴミの日にポイできたら、どんなに良かったことか。
けれど、まあ、遺憾ながら、お父様の気持ちも少しはわかる。
敵のなかの味方、お母様暗殺に頑強に反対したシャイロックの3子のエセルリードは、姉のアンブロシーヌに薬漬けにされ、奴隷船から海に落ちて、行方不明になってしまった……。彼が健在なら、きっと私達の力になり、シャイロックの不正をたやすく立証してくれたはずだ。
どうも私達はシャイロック関係では、後手後手にまわっている。
こちらの陣営の能力不足ではない。
もうめぐり合わせが悪いとしか言い様がない。
お父様がいくら度外れた武勇を発揮しても、なにかに呪われたように最後に作戦は失敗するのだ。
あのときだって、あと一歩でエセルリードを救えた。
たしかに伸ばした私の指先は、一瞬だけ彼に触れたのだ。
だけど、その直後、彼は逆巻く荒海にのまれて消えた。
私は指先に残ったエセルリードのぬくもりを胸に抱きしめ、彼を想った。
……ねえ、エセルリード。きっと生きているって、私、信じてる。だって、このままじゃ、あまりにもあなたがむくわれないよ。あんな恋人を失った悲痛で狂った姿が、あなたの最期なんてひどすぎる。私、絶対に認めない。
あなたはおぼえてなくても、私達は初対面じゃない。「108回」で、あなたがどれだけ私のことを助けてくれたか。支えてくれたか。私、忘れたことなんてないんだよ。誰よりも悲しい体験をしてきたのに、あんなに怖い貌をしてるのに、いつも私への思いやりを忘れなかった。
いつか再会したとき、その胸にしがみついて、わんわん泣いて困らせてやるんだから。なんだろう、この子はって戸惑ってふりほどこうとしても、くつつき虫みたいに離れないんだから。
ぐすっ、し、失礼。
そんなこんなで、お父様のフラストレーションはいまや爆発寸前に……。
というわけで、お父様は残ったシャイロック商会の総元締めともいうべき、デズモンド会頭だけはなんとしても捕えようと、その本邸に突入したのだった。
最期を悟ったデズモンドは屋敷に火をかけたけど、そんなものでこの狂った公爵の妻へのラブファイアーが怯むはずもなし。結果、私達は無理心中のごとく引きずられ、燃えさかる家のなかに、狂気の突撃を敢行する事とあいなりました……。恋に身を焦がすならひとりでやってほしい。
公爵邸大爆発、地下空洞誘爆、そしてシャイロック邸炎上。今年の私は炎が鬼門に違いない。
ちょっとブラッドにセラフィ。耳を貸しなさい。
いざとなったら元凶のお父様なんか見捨てて逃げるからね。
いいのよ。どうせお母様の声真似でも聞かせれば、焼け跡から残骸押しのけて平然と甦るようなチートキャラなんだから。心配するだけ無駄ってもんよ。雑な扱いぐらいでちょうどいいの。
……ということで以上、私達の現状でした。
前置き終わり!!
ご清聴ありがとうございました。
いつまでもご成長しない永遠の零歳児スカーレットが不肖ナレーションを務めました。
ここからが本編の再スタートです!!
「……待ち侘びましたぞ。間に合わず、屋敷が燃え尽きるかと。紅の公爵さまにしては、到着が遅かったですな」
その錆びた太い声はどこかエセルリードを思い起こさせ、私は複雑な思いにとらわれた。
いまや屋敷全体が炎に包まれていた。
炭化した梁や柱が劣化し、べきべきとへし折れる。
熱と煙にゆがむ通路の果ての執務室。
大商会シャイロックの滅びゆく中枢部。
私達がめざすデズモンド会頭は、そこにたった一人でいた。
「しかし、安心なされ。ここは防火処理をされた部屋。外への地下道もある。わし一人程度、好きに裁けるだけの時間はありましょう」
彼は大きな椅子に座ったまま手を組み、野武士のように鋭い一瞥を私達にくれた。がっしりした肩からは、三老戦士と等質の威圧を感じる。その椅子の背後の壁はずれており、ぽっかりと開いた穴から、下への石段がのぞいている。からくり扉だ。湿った冷たい風が吹きあがってくる。今の話に出た脱出通路だろう。
そして屋敷にいながら、私達の動向はしっかり把握していたらしい。やはり油断できない相手だ。さすが悪の総元締め。アンブロシーヌなどとは格が違う。彼は疵だらけの片頬をつりあげた。
「そして、やはりたどりついたか。セラフィ・オランジュ」
ぶっきらぼうな口調だが、笑ったように見えたのは、熱で視界が歪んだせいだろうか。
セラフィはオレンジの前髪をなびかせ、エメラルドの瞳でデズモンドを睨みつけた。
「……あたりまえだ。ボクは亡き父と母に誓ったんだ。おまえがどこに逃げようと追いつめると」
彼は父から受け継いだ船長服の襟を、万感の想いをこめて、ぎゅっと握りしめた。
デズモンドに指をつきつける。
「ここまで長かった。父さん、母さん、今こそ無念を晴らします……!!」
セラフィの言葉と表情には五歳とは思えぬ凄みと想いの強さがあった。
当然だ。彼はシャイロックに両親を殺され、そのうえオランジュ商会の販売網のほとんどを奪われた。破産寸前に追いこまれ、多くの仲間に見捨てられた。そのどん底から、血の涙を流し、歯を食いしばり、ここまで這い登ったんだ。
冷静沈着な天才のイメージとうらはらに、その心の底には情念の炎が渦巻いている。
そして残ってくれたオランジュ商会の皆の未来ごと背負う覚悟。さらに嵐の海を突破しての商品輸送。販売網の貧弱な新生オランジュ商会は、他の船には真似できないその地獄に活路を見出すしかなかったのだ。
そんな過酷な環境で鍛え上げられたセラフィの胆力たるや。
老練な海の漢たちが、孫のような齢の彼に惚れこみ、命を預けるのは伊達ではない。
たまたま生まれついた大商会の血筋に胡坐をかくデクスターやアンブロシーヌとはまるで違うのだ。
その強靭な精神力は、刻一刻と焼け落ちていくシャイロックの本邸でも十二分に発揮された。文字通り身を焦がすタイムリミットのなか、冷静に風を読み、デズモンド会頭の居場所を探し当てた。その胆の座りっぷりはお父様を感心させるほどだった。
小さなセラフィの背中が、今はとても大きく頼もしく見える。
しかし、そのセラフィにすら、デズモンド会頭は気圧されなかった。
「小童が見事に猛りおるわ。その齢で乳臭さをすべて荒海の香に入れ替えたか。正直おまえの父のフィリップスが羨ましい。だが、まだ父には及ばん。気を抜かず精進するがいい」
先達としての物言いは風格さえ漂わせる。椅子から立ちあがろうともしない。大悪党とはいえ、さすが一時代を築いた人物だけのことはある。
だが、その風格さえ黙殺するノンブレーキの規格外がこちらにはいた。
「……よくも僕の愛するコーネリアを毒殺しようとしてくれた。貴様と交わす言葉などない。まずは死刑だ」
言わずと知れたラブウォーリアーなイカレ公爵。お母様絶対至上主義をかかげるお父様だ。
「オアアアアアッ!?」
私は思わず制止の叫び声をあげた。
だが、遅かった。
お父様は冷たく吐き捨てると、飛燕の速さでいきなり棍を閃かせ、デズモンド会頭の額をぶち抜いたのだ。
だから、なんでこの人は、詮議もなしに即処刑するかな!?
だが、デズモンドは倒れなかった。貫通したかに見えたほどの速度と威力を、まばたきもせず額で受け止めた。背筋の寒くなる鈍い大きな音がした。皮と肉が裂け血飛沫がとぶ。
「……うわっち……!」
思わずブラッドが自分の額を押さえる。
なにせ石壁をバターのごとく切り裂き、小山ほどの魔犬を叩きのめす一撃だ。
ギロチンの刃を額で受けるほどの覚悟がいったはずだ。
あれ、頭蓋骨にひびが入ったんじゃ……。
デズモンドはあふれだした血潮に貌を彩られながら、じろりとお父様を見た。
「……少しは気が済みましたかな」
そして驚くべきことに、あのお父様が棍をひいた。
「わずかにでも避ける素振りをすれば殺してやるつもりだった。償う覚悟は出来ているようだな。言い遺す言葉があるなら聞いてやる」
まさかの人物の妥協案に、セラフィがもの言いたげな視線を向ける。
お父様はひゅんと一振りをして血を飛ばし、棍をおさめ、なだめるようにセラフィの肩を叩いた。
「セラフィ、まずはデズモンドの話を聞こう。どのみちあいつは長くない。……陰腹を切っているからな」
その言葉でようやく私達はデズモンド会頭のマホガニーのデスクの猫足から広がる血だまりに気がついた。
陰腹……!!
東洋の国にそういう風習があるとは聞いたことがある。あらかじめ腹を切って、責任を取る覚悟を天と相手に示すのだ。
なんてことすんの。こいつは……!!
私はぞっとし、思わず自分の赤ちゃんぽんぽんを手で押さえた。さっき授乳タイムを済ませはちきれんばかりだ。切腹したらきっと血とミルクのミックスがびゅーびゅー噴き出すだろう。108回死に様を経験した私も、まだ生きたままのご開腹経験はない。
炎の照り返しでわからなかったが、よく見ればデズモンドの貌は蒼白だった。
うええ、腹圧で腸がはみ出してきてるじゃない……!!
開口一番の待ち侘びたって言葉はそういう意味だったのか。
ネジのぶっとんだ覚悟に、セラフィさえ気圧され、言葉を失った。
「わしは紅の公爵殿のご夫人を殺そうとしたのだ。ここまでせねば、話も聞いてくれますまい。無念だ。あなた様と敵対してしまったことが。我々の導き手になってくだされば、どれほど……」
あ、デズモンドにとっても、お父様はそういう超特級危険物の認識なんだ。
だったら、どうしてお母様殺害なんて暴挙を……。
正妻の座につけると思いあがったアンブロシーヌと違い、お父様がいかにお母様を溺愛しているかも正しく理解してるみたいだし。
それに導き手? シャイロックの権威付けのため、お父様を取りこもうとしたんじゃないの?
私の疑問を氷解させたのはお父様だった。
懐から紙束を取り出し、デズモンド会頭の鼻先に突きつける。
「ここに来る途中で見つけた堕胎薬の処方箋だ。もとは母体をなるべく損なわず、堕ろすためのものだったのだな。劇物に改悪したのは、アンブロシーヌあたりか?」
デズモンドの寂しげな苦笑が、お父様の推論が正しいと語っていた。
デズモンドにはお母様本人を害する気はなかったってこと……!?
これは戦争や暴行によって望まぬ妊娠をさせられた女性にとっては福音の薬だろう。そういえば、お父様は薬品の瓶がいっぱい並んだ隠し部屋を見つけ、なんかごそごそ探していた。この火急の際になにやってんだと思ったけど……。それに難解な処方箋も理解できるんだ。奇矯な言動ですっかり忘れてたけど、王命で海外での単独諜報活動もやってのける、スーパーエリートだったっけ。
それにしても冷酷なはずのシャイロックが、そんな人道的な薬を持っているなんて……。
だ、だけど、赤ちゃんの私が殺されかけたことに変わりはない。
しかもあんなにお母様が切望した十年越しの天使ちゃんですよ!!
ほら、見なさい!!
ブラッドに抱っこされていた私は、おおっていた防火布をはねあげ、自分がいかに可愛いかを猛烈アピールした。
ごらんあそばせ。艶やかな赤い髪、つぶらな紅の瞳、さくらんぼのような可憐な唇。薔薇色のほっぺ。まさに語る術なし。
胸元に輝く大粒のルビーが、私のプリティーさをさらに際立たせる。いい女には至高のアクセサリーがよく似合う。なにせ私は未来のハイドランジアの宝石だからね!! 相性が悪いわけがない。まあ、このルビーがハイパー呪い物件なのが玉に瑕だけど……。
私は得意の髪をかきあげポーズを決めた。
さすがに生まれたてでは短髪すぎ、仔犬の尻尾のようにぴょこんとはねあがるに留まった。
憤懣やるかたなし。
でも、甘くみるな。私のお色気攻撃レパートリーは無限なのだ。気を取り直して……。
「……。オアッフ~ン」
ふふ、この天上界の美を損なおうとした罪深さを知り、自責の念にうち震えるがいい。
刮目せよ、これがセクシーダイナマイトというもの……。
「……スカチビ、片目ぱちぱちしてるけど、煙が目に入ったのか? 注意してたんだけどな……」
ブラッドがメイド服姿で、心配そうに首をかしげる。
ちがうわ!! これはウインクよ!!
それに私をスカチビと言うな!!
「わかった!! 炎が怖くてちびったんだな。おむつを替えてほしいってアピールってことか。こら、暴れるな」
ぎゃああ!! 違うわ!! やめろおおっ!! この迷探偵!! 私の産着に手をかけるな!! ラスボス前で、なぜヒロインが下半身をむき出しの憂き目に!? そこまでのセクシーは求めていない……!! この濡れっぷりは防火布に含ませてた水のせいだって!! あんた、いつも無許可で私の心を読むんだから、とっととその勘違いを……!!
「くっ、スカーレットさんのピンチだと風が教えてくれる。だけど、このまま止めに入ると、ボクまであられもない姿を目撃することに……!! どうする、絶体絶命だ……!! あきらめるな、セラフィ・オランジュ。どんな嵐の海にも、必ず突破口はあるはずだ……」
こら!! セラフィも頬を赤くして瞼を閉じてないで、ブラッドを止めてよ!!
風もなにも見たまんまのピンチでしょうが!!
天才とアホは紙一重ってやつ!?
ん? よく見ると鼻孔をぴくつかせている?
こいつ、まさか私のおむつのなかの匂いを……!!
風が教えてくれるって、そういう意味!?
やめろおっ!!
私の清楚ヒロインのイメージは、もはや地に堕ち、ドリルのように地核めがけ降下していた。
緊迫の敵討ちのシーンから、突然のコメディー堕ちに、悪い意味であっさり適応しやがって。
悪貨は良貨を駆逐する。
あんたの将来が心配になってきたよ。だいじょうぶ? オランジュ商会……。
孤軍奮闘でブラッドと取っ組み合う私を見て、ぐふっとデズモンドが厳つい肩を震わせた。
え? まさかウケたの?
よもやの下ネタ大好きおじさん!?
私は仰天したが違った。デズモンドの目は驚愕で落っこちそうに見開かれていた。殺気立つお父様と相対しても座ったままだったのに、我を忘れ、立ちあがってしまっていた。ひえええ、腸がむにむにと……。デズモンドはそれを腹腔に押し戻すことも忘れて低く呻いた。
「その瞳と髪の色……!! それに神の目のルビー……!? まさか女……!?」
「ああ、僕の娘のスカーレットは女性だが……」
あまりに激烈なデズモンドの反応に、あのいかれたお父様が呆気に取られて、当たり前の答えをした。
それを耳にした途端、デズモンドは雷にうたれたように全身を震わせた。
「……真祖帝の……再来……!! ふははははっ!! なんということだ……!!」
デズモンドははじけたように乾いた笑い声をたてた。天を仰ぐ。大粒の涙が剛毅な頬を濡らした。
「まさかあの奔放な海の魔女の予言がまことだったとは……!! わしは信じられなかった……!! だから、この手で同胞の未来をつくろうと……!! 神よ、わしが死を選んだ途端、なんという希望と絶望を、見せつけてくれるのだ……!!」
血を吐くような叫びをあげ、デズモンドは両拳で机を叩いた。頑丈な天板がたわみ、拳の皮が破けた。彼は身をのりだし、私のほうに震える指先を伸ばした。
「わしはなんという道化だったのだ!! なぜ……!! なぜ……!! もう少しだけ早く産まれてきてくださらなんだ……!! そうすれば、わしはあんなに愚かなことをせずに済んだのに……!! わしの代で再来されると知ってさえいれば、エセルリードと可哀そうなあの娘の仲も引き裂いたりは……!!」
デズモンドが慟哭していた。
あの娘って、エセルリードの悲劇の恋人マリーさんのこと……?
事態がのみこめず私達が顔を見合せていると、息せききって航海長が執務室にとびこんできた。
私達のあとを追いかけてきたんだ。よほど慌てていたのか、衣服の端がくすぶっているのに気づいてもいない。
「……間に合った!! 会頭!! デズモンドの旦那を手にかけちゃ駄目だ!! その人は大将と奥様を殺しちゃいない!! それどころかブランシュ号が会頭の手許に残るようにしてくれた恩人なんですぜ!!」
ちょっと!? いきなり情報量が多すぎる!!
大将と奥様って、セラフィのお父様とお母様のことだよね。
じゃあ、セラフィの仇はデズモンドじゃなくて別にいるってこと?
航海長はデズモンドのはみだした腸に気づき、絶句した。
戦慄した眼差しでお父様をちら見する。
うん、やっぱりお父様のしわざって思うよね。
冤罪だけど、ふだんのエキセントリックな暴走ぶりを考慮すれば、自業自得だ。
翼もない白馬で宙と海を駆け、王様に正面から殴りこみ、お母様の太腿の奥を偶然見てしまっただけで目撃者を抹殺しようとするんだもの。
「……なんだ、その目は? 僕ではない。これでも人並みの自制心はあるつもりだ」
憮然として呟くお父様に、その場の全員が、どこが!? と心のなかでツッコんだ。
冷静さを取り戻したデズモンドが苦笑して説明した。
「久しぶりだな。航海長。これは自分で切ったのだ。見ての通り、わしはもう死ぬ。外道には似合いの末路だ。今更余計なことは言うな」
「だったら、なおさら黙ってられませんぜ!! あんたにはずっと口止めされてたが、もう限界だ!! あんたは大将の元盟友でしょうが!! ずっと大将とふたりで、奥様を守りぬいてきた!! そのあんたが、あのお二人を殺した汚名をしょったまま逝くなんて、俺は納得がいきませんぜ!!」
海やけした浅黒い精悍な貌をゆがめ、航海長が食ってかかった。
その目には涙が浮かんでいる。
ええっ!? デズモンドが敵どころか、セラフィのお母さんをずっと守ってきた味方!?
思わぬ事実に私達全員が仰天したが、いちばん驚いたのはセラフィだったろう。
血の出るほど唇を噛みしめていた。
人生の指針にしてきた復讐の動機が、突然ひっくり返されたのだ。
嵐の海に投げ出される以上の衝撃を味わったはずだ。
「会頭!! 今まで黙っていてすみません!! 裏切られたとお思いでしょう。あとで俺を好きに裁いてくだせえ……!!」
航海長はセラフィに平身低頭して謝罪した。
睨みつけるセラフィの強張った頬がすぐに和らいだ。
「……ボクのおまえへの信頼は、何があっても揺るがない。わけがあるんだろう。航海長、話してくれるか」
セラフィは、跪きこうべを項垂れる航海長のもとに歩み寄ると、爪先立ちで背伸びした。航海長を抱きしめた。頬を寄せる。
「隠すのは苦しかったろう。ボクが幼すぎて受け止められないと思ったんだな? ならば責任はおまえじゃない。ボクにある。気を遣わせてすまなかった」
「会頭……」
航海長の目から涙が零れ落ちた。
清濁あわせのむ将器。その言葉が私の頭をよぎった。その胆力は、どんな風にも波にも揺るがず、正しい道を見失わない。これで五歳……!! 末恐ろしいよ。頼むから、今世では私の敵に回らないでね。こいつに海で本領を発揮されては、誰も太刀打ちできない。どうかいつまでも今のセラフィのままでいて、私にプレゼントを貢ぐ気前の良さだけを発揮してほしい。
お父様が、自分の判定眼は間違っていなかったというふうに頷くのが見えた。
うーん、どうもセラフィを私のお婿さんとして迎えたがってる節があるんだよね。
天才は天才に共感するというやつか。
「親としては、娘をまかせる最低限の花婿は選びたいものだ。たとえば、人望があり、頭が切れ、交渉に長け、どんな死地からも脱出する胆力、そして誰にも負けない得意分野がある男などだ。ああ、それと僕を唸らせる将来性は必須だ」
と時々大きな独り言を言いながら、私をちら見してくる。
厳しいな!! 条件!! マッターホルン北壁が裸足で逃げ出しそうだよ。
私、まだ新生児なんですけど。ちょっと気が早すぎやしませんか?
そんな優良物件、どう考えても身近にセラフィしかいないよね。
あれ? でも、よく考えるとブラッドも該当しない?
おっと脱線した。
「心拍数変化なし。演技じゃないぞ。セラフィのやつ、本気でそう思ってる。すげえな……」
血流を探知して、その胆力にブラッドが感嘆する。
私も不思議な感動を全身で味わっていた。
私の視線に気づき、セラフィが照れくさげに頬をかいた。
それでいいのよ、というふうに私も笑顔を返した。
自分に好意を寄せてくれる男の子の恰好いいところって、こんな誇らしい気分になるんだ。
やっぱり異世界恋愛もののヒロインはこうでなくちゃね。
爆死しかけたり、下敷きになりかけたり、犬の餌になりかけたり、溺死しかけたり、ヌードを披露したりの汚れ路線が、ようやく軌道修正されるときがきたのだ。
私、いま胸が熱く……そして、赤く……。
ん? 赤く?
「……!? 熱ッ!! スカチビ!! ルビーが……!!」
私を抱っこしていたブラッドが、あわてて両肩をもって宙に引き離した。
おうっ、新生児の頭は急に動かしちゃダメなんだよ。
私の胸元の真祖帝のルビーの目が見開かれ、凄まじい光が迸る。ルビーが覚醒した!! 馴染みのある真紅の焔が私を包みこんだ。
力が渦巻く。感覚が無限に広がっていく。再び美少女に成長した私の爆誕!?
焔のなかから、七歳ぐらいの美少女が姿を現す。
オレンジがかった髪は前で長めに切り揃えられている。
そこからちらりとのぞく印象的なエメラルドの瞳。
独特のローブのようなゆったりした衣裳が、その小柄さを可愛らしく際立たせる。
……あれ? この女の子、私じゃない?
私の美少女化展開は残念ながら不発に終わった。
今回のルビーは、過去の幻影の再現ドラマ方向でいくらしい。
唖然としているブラッドの隙をつき、そそくさとおむつを再装着しながら、私は首をかしげた。
というか、この女の子の顔、どこかで……。
「私は盲目の巫女姫。それゆえ、人の見えないものを感じることが出来ます」
その少女の声は爽やかな春風を思わせた。彼女がたたずむ暗く黴臭い牢獄の景色が見えてくる。たぶん自然の岩窟に手を加えたものだろう。あまたの虜囚の恨みのこもった陰惨な雰囲気が、彼女がいるだけで和らいでいた。彼女は錆びた鎖でつながれた男に語りかけていた。
「あなたは無罪でしょう。誰をかばっているのです」
うなだれていた男は、拷問で腫れあがった瞼を微かに開き、巫女姫ちゃんを睨んだ。凶悪な嗤いを浮かべる。牢獄暮らしでぼさぼさの蓬髪からのぞく眼光は手負いの獣のものだった。遭えば誰もがあわてて道を譲るだろう。
「あんたが噂の世間知らずの箱入り娘か。つくづく人を見る目がないことだ。俺は悪名高いシャイロックの人間だぞ。食い殺される前に、とっとと失せろ」
ドスのきいた毒づき声を唾と共に吐きだす。
ん? 今、シャイロックって言った?
だが、可憐な巫女姫ちゃんは脅しにまったく動じなかった。
「怖い貌をしても、私には通用しませんよ。なんてったって、目が見えないんですから」
巫女姫ちゃんはあっけらかんと笑うと、上品な衣擦れの音をさせ、すっと罪人の男に近寄った。とうてい目が見えないとは思えない滑らかな動きだ。足場が悪く汚水の水たまりが点在しているところを歩いているとはとても信じられない。蝙蝠のように障害物探知レーダーでもついているかのようだ。
だが、獄につながれた男が本当に仰天したのはその後だった。
巫女姫ちゃんは、そのまま男の獰猛な髭面に躊躇なく頬ずりし、驚きに目を白黒させる彼にだけ聞こえるように耳元で囁いたのだ。
「……あなたが幼い孤児たちをかばっているのはわかっています。安心なさい。これ以上の追求はしません。そのかわり交換条件。私の願いをひとつ聞いてもらいます」
私は息をのんだ。
うわ!! この巫女姫ちゃん、見かけによらず、すっごいやり手だ……!!
まず相手の度肝を抜いて、次に相手の一番望むことと弱点を突きつけてから、交渉をはじめたよ。
頬ずりを敢行したことで、巫女姫ちゃんの前髪がばらけ、顔立ちがはっきりと見えた。
「……母さん……!?」
立ち尽くすセラフィが、驚愕のうめきを漏らした。
お、お母さん!? じゃあ、この子はセラフィのお母さんの少女の頃の姿……?
言われてみれば、巫女姫ちゃんの風貌はセラフィに瓜二つだった。
セラフィーナちゃんとでもいうべき存在だ。
さっきセラフィが航海長に頬ずりしたときに行動もそっくりだ。
デズモンドの反応はさらに烈しかった。
「マリーさま……!! これは、まさか、はじめてお会いしたときの……!? なぜ……!!」
そういえば、セラフィのお母さんもマリーという名前だっけ。
デズモンドは幻影に向けて指をのばした。マリーさま、と震える唇が再びつむぐ。その貌には驚きと悲痛と、そして懐かしさがあふれていた。気持ちに耐えかねたように膝をつく。デズモンドは顔を覆うことも忘れ、漢泣きをしていた。
私は直感した。少なくともセラフィのお母様殺害に関しては、デズモンドは間違いなくシロだ。そうでなきゃ、こんな表情はできっこない。でも、どうして? セラフィのお母さんとデズモンドは知り合いだったの……?
そして、私達はさらなる驚きに包まれることになった。
その巫女姫ちゃんこと、セラフィママこと、マリー姫は、ぱっと身をひるがえすと、後ろ手を組み、楽しそうに罪人に命令したのだ。
「私、あなたが気に入りました。今日から私に仕えなさい。デズモンド」
冤罪で獄に繋がれていた男は、若き日のデズモンドだったのだ。
「私、見る目はあるつもりですよ。こんな目じゃ説得力ないかもですけど」
とマリー姫は舌を出した。
昏い牢獄にどこからか光が射し、若きデズモンドは眩しそうに顔をあげ、風変りなあらたな主を仰ぎ見た。
「ああ、それと私、たしかに我儘なお嬢様育ちです。だから、すっごい強欲なんです。申し出を断るなんて許しませんから」
そのマリー姫の恥じらいをちょっぴり含んだ花のような笑顔に、老いた現在のデズモンドは咆哮した。
「……おおっ……!! うぐっ……!! ……ううっ……!!」
言葉に出来ないほどの激情。あふれた涙がぽたぽたと床に零れた。
そして、私達は、この端倪すべからざる美少女と、野獣のような従者の、信頼と淡い初恋の物語を目にし、それから悲劇の結末を追体験することになったのだった。
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では、英訳版コミックス発売を祝し、裏ヒロインのアリサより祝辞をひとこと。
「Ah ha! Ah ha ha ha ha! Everyone is so、sooo pitiful!!!!」




