表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/111

大聖堂での母娘の死闘。哀しく歪められた運命は、ふたりをどこに導くのでしょう?

ブクマ、評価、感想、レビュー、お読みいただいている皆様、ありがとうございます!!


【コミカライズ「108回殺された悪役令嬢」】全4巻発売中!!どうぞよろしくお願いします!! KADOKAWAさまのFLОSコミックさまです!!  作画の鳥生さまへの激励も是非!! 合言葉はトリノスカルテ!! http://torinos12.web.fc2.com/

どうか次回作が爆売れし、お零れにあずかれますよう……。他力本願炸裂ウゥゥゥ!!


原作小説の【108回殺された悪役令嬢 BABY編、上下巻】はKADOKAWAエンターブレイン様より発売中!!


漫画のほうは、電撃大王さま、コミックウォーカー様、ニコニコ静画様、ピクシブ様やピッコマ様等で読める無料回もあったりします。あるよね? ありがたや、ありがたや。どうぞ、試し読みのほどを。他に公開してくださってるサイトがあればぜひぜひお教えください。ニコ静のほうでは、鳥生さまの前作「こいとうたたね」も少し読めます。応援よろしくです……!!  


……今回、またまた投稿に間が空きまして申し訳ございません。けれど、次回投稿は早いです。早いはずです。もう台詞はほぼ出来上がっています。あとは肉付けだけです。それに一万字以上の投稿は、やはり読者様の負担が大きすぎるのでは、と今回あえて分割しました。そういうことにしておいてください。言い訳大好きです。

人を侮る聖女アンジェラは、人の力を評価する魔女アリサに敗北した。アンジェラは床で苦悶し、アリサは乱れ髪を耳にかきあげ、祭壇からそれを見下した。ここが大聖堂というのはなんという皮肉か。


そして、勝負を決定づけたのが何かと知れば、「真の歴史」のブラッドはおおいに苦笑しただろう。


アリサはアンジェラに嗤いかけた。


「ふふ、自業自得ね。ブラッドを侮るからだわ。自分に驕りがある者ほど、前ばかり見て、足をすくわれるものよ。人はそれを愚か者と呼ぶの。私ならまず何をおいても〝無惨紅葉(むざんもみじ)〟の効果を潰したわ」


「……おのれ……!! よくも高貴なこの私を……!! 薄汚い人間の血混じりの分際が……!!」


憎悪の歯軋りをするアンジェラを、アリサは鼻で嗤った。


「ふん、お笑い草だわ。人を侮るその心が敗因と、何度教えてあげてもまだ理解できないのね。愚者は死んでも治らない。……つくづく学習能力がない恐竜女だこと」


この戦いで、アンジェラはアリサの排除を最優先した。

アリサ以外は自分に届かないと思ったからだ。


アンジェラはおのれの強さに絶対の自信を持っていた。世間では世界最強と噂されるブラッドでさえ取るに足りなかった。だから、彼の捨て身技の〝無惨紅葉〟でさえ、うるさいだけの非力な蠅程度の認識だった。なのに、まさかその蠅が、アリサの後押しのたった一手で、不敗の自分を脅かす怪物に化けるとは……!!


「あはっ、憎悪にまみれたひどいご面相。鏡を見てみたら? そんなに悔しいかしら。見下していた人の技に足をすくわれるのは?  この合わせ技は、いわば私とブラッドの共同作業。ふたりの赤ちゃんよ。……あら、ごめんなさい。もしかして、独り身の老いた寂しい怪物を、さらに悔しがらせてしまったかしら」


アリサは屈んでささやくと、失言しちゃったというふうに可愛らしくころころ嗤った。ふわりと華麗に立ちあがり、楽しげにくるくる回る。ドレスの花が咲いたようだ。性格の悪さが大爆発していた。


「真の歴史」のブラッドが聞いたら顔面蒼白になり、「冗談でも言ってくれるなよ」と拒絶の悲鳴をあげたろう。その背後では、きっと赤い髪の乙女が笑顔でぽきぽきと指を鳴らしているに違いない。


「……この赤ちゃんはあっという間に暴龍に成長するわ。子供の成長って早いものね。ほら、奈落が近づいてくるのを肌で感じるでしょう。それが死というものよ。……さあ、退場の時間よ。強いだけの苔むした怪物など、私のこの舞台の役目はないわ。せめて、天高く血飛沫をあげて、舞台に華を添えるがいい」


だが、立て板に水の侮蔑とはうらはらに、アリサは闘気を鋭く練りあげていく。なぜならアリサは誰よりも知っている。アンジェラにはこの先がある。ここからが本番だ。


「……がっ、ごっ……!!」


アンジェラは怒りと苦悶で言葉を忘れ、口端から血泡をふいた。喰いしばる牙がぞろりとのぞき、髪がばりばりと逆立ち、瞳孔が蛇そっくりに鋭くすぼまる。爪が石床を音をたてかきむしった。ぎりぎりと身をよじるようにし、四つん這いで立ちあがる。曲がった背骨ががくがくと痙攣した。膨張する体がめりめりと軋む。凄惨としか言いようがない。もはや美しかった聖女姿と別人だ。いや、実際、人間離れした怪物に肉体が変貌していく……!!


びしっと空間が大きく軋むのをアリサは感知した。


〝はじまったようね〟


それはまるで未曾有の大災害の前触れだった。


はるか聖都から伝わる異様な気配に、ブラッドをはじめとする大陸にいる強者たち、あるいは勘の鋭いひと握りの者達は、その瞬間、思わず天を仰いだ。


そして、悲劇の前聖女アンジェラと、占い師〝マザー〟の両方に面識がある人間たちは、卒倒するほど驚愕した。何故このふたりが同一人物だったことに気づかなかったのかと。


アンジェラは大陸全土に認識阻害の術を施していたのだ。だからこそ以前とまったく同じ顔のまま、大手をふって好き勝手に出歩けていた。


今、その術が解除された。そして、それは使用されていた膨大な力が、アンジェラ本人に戻ることも意味していた。大陸全土を覆うほどの術は、アンジェラの強さを大きく削ぐだけでなく、力の貯水池のような役割も果たしていた。戻ってきた力は合流し、アンジェラのなけなしの理性まで消し飛ばすほどの大瀑布となった。


「……オノレ、へらず口のメス餓鬼風情ガ……!! この私を、侮ルカ……!! ……!! ……!!」


凄まじい鬼気をまとったアンジェラは、アリサにも理解できない古代語混じりの呪詛を吐いた。もう正気を留めていない。そのあいだも体はめきめきと歪んでいく。まるで地獄の光景が噴き出してきたようだ。


アンジェラはどんっと自らの左胸を殴りつけた。余波で足元の石床がぼこんっと陥没し、蜘蛛の巣状に亀裂が走り抜ける。信じがたい怪力は、頑丈な鱗だらけの肌を破り、手首までめりこませた。


「……ウットオシイ小蠅ガ!! 消エロ!!」


胸郭をへし折り、肉をかきわけ、おのれの心臓にまとわりつく〝無惨紅葉〟の力を握りつぶした。アンジェラだけに可能なとんでもない荒療治だ。そのままずぽんと生臭い音を立てて手首を引き抜く。まっかな洞穴のような傷口を意にも介さず、指をかぎ爪のように歪め、アリサに襲いかかった。まさに狂える獣だ。


「……っ!!」


その攻撃は、洗練された武の欠片もない力まかせなのに、アリサに死を予感させるほどの桁外れの速度だった。だが、予知能力とあまたの戦闘経験がアリサを救った。かろうじてかわす。なのに、空ぶった腕の一振りの余波だけで、大聖堂の堅牢な石壁がへこみ大きくひび割れ、窓という窓がたて続けに粉砕された。瓦礫とともにアリサの体がぶわっと虚空に舞いあげられる。


神話上の神をも喰らう荒ぶる怪物が人の世に降臨した。今のアンジェラは激情のままに暴れるだけで聖都を全壊できる。その天災に等しい力の前には、人間などただ畏怖しひれ伏すしかない。だが、アリサの嘲笑はまったく消えなかった。


「鬼さん、こちら。手の鳴るほうへ。あら、ごめんなさい。おばあちゃん恐竜の間違いだったかしら」


アリサは惧れとは無縁だ。

挑発され、苛立ったアンジェラはガアアッと吠えた。


めくら滅法に腕を振り回すと、竜巻が次々に発生した。硝子と瓦礫が巻きあげられ横っ飛びの弾雨と化す。爆音とともに石壁が穿たれ、チーズのように穴だらけになった。


「クタバレ!!」


空で身動きとれないアリサひとりに、無数の牙が四方八方から襲いかかる。完全なオーバーキルだ。なんとしても獲物をしとめる爬虫類じみた執拗さだった。絶体絶命の窮地に、しかし、アリサは口元を三日月の形に吊り上げた。


「……物を投げつけるなんて、あきれたヒステリーだこと。淑女失格すぎてため息が出るわ。感情まかせの力技がこの私に通用するとでも? 」


宙に逆さになったままのアリサの姿が、すうっと霞み、殺人的なつぶてがすべてすり抜けた。アリサの回避技の〝幽幻(ゆうげん)〟だ。本来は対戦相手に感知されなくなるだけだが、アリサのレベルになると、物理攻撃や熱までも彼女を感知できなくなり、素通りしてしまう。


「この私を相手にするのだから、せめてもう少し優雅に踊ってほしいものだわ。こんな頭に血がのぼった力任せなど、興覚めもはなはだしい……」


だが、挑発途中でアリサの嗤いが白く強張った。


凶悪な笑みを浮かべたアンジェラが、いつの間にか目の前に肉薄していた。


「……捕マエタァ……!!」


おそろしい笑みに顔をゆがめ、不気味にくぐもった声でささやく。変形した口はすでに人語を喋るのが困難になっていた。


今の攻撃を隠れ蓑にし、アリサに跳躍接近していたのだ。


それは背筋の寒くなる光景だった。


アンジェラは怪物化しても、戦いの狡猾さだけは失わないのだ。冷静なのではない。野生動物と同じく、戦うことが本能なためだ。そして〝幽幻〟状態のアリサを捕捉できるということは、武術の奥義までも変わらず使えるということを意味していた。これでは怒らせても隙が出来ず、いたずらに彼女に活力を与えるだけだ。


〝たいした怪物だこと。さすがに伝説の種族の長だわ〟


アリサは内心舌をまいた。


おまけに呆れたことに胸に空いたはずの風穴がすでに塞がりかけている。人から本来の形態に戻ったことにより、超再生能力が顕現したのだ。頸骨をへし折ったところで致命傷にならないだろう。事態は最悪だった。


「……サア、処刑の時間ダ!!」


アンジェラは耳まで裂けた口で牙をむきだし宣言した。


空中で爆発が生じたかのようだった。


拳のただ一撃で、ガードしようとしたアリサの両前腕が砕けた。それだけではない。アリサの練絹のような白い喉が裂け、鮮血を噴き出した。アンジェラが鮫のような口で、ついでとばかりにアリサの喉元を噛み千切ったのだ。長い舌がまっかに染まった巨大な口周りを舐め、血とわずかな肉片をくちゃくちゃと噛んだ。見せつけるように喉を鳴らし嚥下する。


「ウンマイィ……!! サスガ半分ハ、私と同ジ高貴ナ血!! ダガ、人風情には、扱いキレルものデハナイ!!」


「ふん、その裂けたへんてこ口じゃ、何を言ってるかよく聞き取れないわ。私への命乞いかしら」


「ヘンテコ!? ソノ減らず口、コレでも叩けるカ!!!」


そのままアリサの足首を掴んで振り回し、思いっきり下に叩きつける。遠心力で全身の血管が破裂してもおかしくないほどの手加減のなさだ。


「……っ!!」


あまりの急加速に、アリサは受け身も取れず背中から石床に激突し、轟音とともに大きく跳ねた。勢いはなおおさまらず、壁を揺らして叩きつけられ、呻き声も立てず、ずるりと落下する。ぐったり投げ出されたアリサの両手はありえない方向に曲がっていた。まるで壊れた人形だ。


「アハハ、お返事ハ? 脆スギル!! モウおしまい? お嬢チャン」


アンジェラは爆笑した。勝ち誇っていた。


アリサの単純なフィジカルは、アンジェラどころかブラッドやマッツオにも劣る。だが、それを超絶の技術でカバーし最強の座に君臨しているのだ。その技術を力ずくでぶち破られては、優位性は崩壊する。そしてアリサの弱点を見逃すほどアンジェラは甘くなかった。技術力でも拮抗し、腕力ははるかに凌駕するアンジェラは、アリサにとって最悪の対戦相手だ。


「限られた命ノ虫ケラめ、身の程ヲ思い知ったカ。コレガ不老不死の神ノ種族のチカラ……」


「……ふん、つくづく思いあがった下衆だこと。神の種族? 笑わせるわ。だったら、どうして数えきれぬ一族のものが、永劫の時の流れをはかなみ、自ら死を選んだの? あなた達は失敗作よ。でも、中身が壊れたまま自慢げに力をふるう怪物はそれもわからないようね」


アリサはかろうじて肘で支え上体を起こし、負けずと不敵に嗤い返した。


「身の程知らずの恐竜に、予言してあげる。もう決着はついた。これ以上、私に挑めば死ぬわ。大恥をかく前に、とっとと尻尾を巻いて、お逃げなさいな。これ以上やれば土下座しても許さないわ」


血泡とともに吐きだされるへらず口に、アンジェラのこめかみが痙攣した。蛇のような虹彩におそろしい怒りの炎が渦巻く。アリサは満身創痍だ。ほつれ毛がはりついた顔には死相さえ浮かんでいる。なのにこの言いよう。プライドの高いアンジェラにとって、これほど小馬鹿にされたと神経を逆撫でされるものはなかった。


「下等種族ガ……!! 無礼なクチごと、跡形もなく潰ス!!」


アンジェラはまっかな殺意に憑りつかれ、アリサに襲いかかった。まともに身動きできないアリサの細首など一瞬で断つ自信があった。抑制なしの全力攻撃だ。もう殺すことしか頭にない。


だから、どんっとアンジェラの視界が揺れ、血飛沫で一面が染まったとき、彼女は勢いあまってアリサを木っ端みじんに爆散させたと確信した。


「……あはっ、忠告したはずよ。勝負はすでについているって」


―爆死したはずのアリサの冷たい声が、そう耳をうつまでは。


驚愕する間もなく、激痛が全神経を灼いた。


「……がッ!?」


アンジェラは落雷を受けたようにぴんと棒立ちになった。なにが起きたかわからず見開いた目に、アリサの凄まじい笑みが悪夢のように映った。今のアンジェラの攻撃はアリサに命中していなかった。では、あの手ごたえは……!?


「あははっ、老いすぎてとうとう目まで耄碌したのかしら。まさか自分で自分を攻撃するなんて」


「……!?」


嘲笑うアリサの言葉通り、アンジェラは自らの腹に全力の攻撃を叩きこんでいた。


さっき荒療治で自分の胸をわざと貫いたときとは違う。怪物になっても武の神業を失っていないことが災いした。極限まで練られた破壊エネルギーは、体外に排出されず、余すところなく全身を跳ねまわった。内臓がミンチになり、骨格が砕け、血管は破裂し、孔という孔から鮮血が噴出した。そのダメージは脳やせき髄にまで及んだ。


「グオオオッ!? ナニガ……!?」


せりあがる血反吐に呼吸困難になり、何が起きたかわからないまま酸欠でのたうつアンジェラに、アリサが答え合わせをする。


「愚かな自称神に教えてあげる。私は自分の血液を介し、あなたを操ったの。戦闘中に浅ましく食欲にうつつを抜かした報いよ」


アリサの使ったのは〝血桜毒瘴(ちざくらどくしょう)〟。


本来は空気中に放ったおのれの血煙を毒に変化させ、敵の行動をのっとる技だ。


「あら、戦いで化粧がはがれているじゃない。女はたしなみを忘れては駄目よ。口紅くらい引きなさいな。紅色なら腐るほどあるじゃない」


アリサの言葉に従い、アンジェラの指先が勝手に動き、自らの口元の吐血を唇に塗りたくった。呆然自失するアンジェラにアリサは笑い転げた。


「まあ、これが本当の血化粧ね。でも、なんて下手くそなのかしら。幼女でももう少しお洒落に塗れるわ。いったん死んで、一から女をやり直すことをお勧めするわ」


〝血桜毒瘴〟使用時のアリサの血は、微量の噴霧でもきわめて高い毒性をもつ。その血をこともあろうにアンジェラは直接大量に飲んでしまった。いかに毒耐性の高いアンジェラとてただで済むはずがない。そしてアリサの血が自分とそっくりの味であることが、アンジェラに毒であると判断させる目を曇らせた。


すべてアリサの計算ずくだった。


変身したアンジェラとまともにうち合っては勝てないと判断し、この奇策のカウンターに切り替えたのだ。アンジェラの性格なら、アリサの喉を噛み千切り、血肉をすするまでやると読みきった時点で、アリサの勝利は確定済だった。


「あははっ!! 私は自分の血を誇りに思ったことなどないわ。むしろ反吐が出る。だから猛毒に変えて飲ませてあげたの。お気に召したかしら。……でも、私の血を啜った代金はしっかり支払ってもらうわ。くだらない悪党の最期にふさわしい、ぶざまな自爆でね」


アリサはさらなる嘲笑で追い討ちをかけた。


「……あははっ!! ねぇ、聞いてるの? なあに、その下手くそなダンスは。まだ地面で続ける気? 見るに堪えないわ」


苦悶に痙攣するアンジェラは耳を傾けるどころではなかった。


アリサは小首を傾げると、破れたドレスの両裾を華麗につまみ、片足をすっとあげた。


「……困ったわ。自分で止まれないなら、私が潰して終らせてあげるしかないじゃない。特別よ。感謝なさい」


〝血桜毒瘴〟の影響下にある今、その気になってアリサが命令すれば、アンジェラは止まる。だが、アリサはあえてそれをしなかった。


アンジェラが喚いて逃げるよりも早く、アリサは容赦なくその背中を踏みつけた。めしっ、べきっと胸の悪くなる破砕音が連続し、アンジェラは血反吐を吐いてのけぞった。


「あははっ!! 曲がった背筋と性根を矯正してあげる!!」


アリサの踏みつけの圧力にはじき出され、アンジェラの体が猛回転してふっ飛び、重い腰掛けをなぎ倒し壁に激突する。ひっくりかえって暴れ、あちこちにぶつかる虫そっくりだった。


「あら、命拾いしたわね。悪運と逃げ足だけは褒めてあげてもいいわ」


アリサが感心する。


「……ガッ……!! ……ゴボッ……!!」


アンジェラの体が内部からあちこちはじけ、血と鱗が散華する。


「ナ、何故、傷ガ……!!」


「いつまでたっても治らないのかしらねえ? 神なら人の小細工ぐらい見抜いてみせたら?」


アリサはにんまり笑った。猫がネズミをいたぶる笑みだった。アリサは〝血桜毒瘴〟のなかに、アンジェラの超再生能力を阻害する命令も含ませておいたのだ。


「まったく見かけばかりの大口だこと。私の〝神祖〟状態(おくのて)を出すまでもない。勿体ぶったわりにこの程度? がっかりね。よくもこの私を失望させてくれたわ」


アリサはわざとらしくため息をついた。


……じつのところはアリサにとって薄氷を踏むような勝利だった。おそるべき克己心で、それをアンジェラに悟らせていないだけだ。


囮にするため砕けた両腕は紫色に腫れあがり、だらんと垂れたままだ。指先しかまともに動かせない。アンジェラと違いすぐには元通りにならないのだ。大量に出血したため、最強の〝神祖〟状態にもなれない。もし超再生能力が復活したら、アリサとアンジェラの立場は瞬時に逆転する。


アリサの言葉に返事はなく、声にならない絶叫だけが、伽藍のなかに反響した。


「……悪いけど、とどめ、刺させてもらうわ」


激痛で全身を苛まれるアンジェラには、もう自分の声さえ届いていないと知り、アリサは物憂げに告げた。


鬼気が満ち、アリサの周囲を大蛇のようにとりまいた。不気味な風切り音が大気を震わす。アリサの得意技の〝鬼哭(きこく)〟だ。歪め、ねじり、対象を粉砕するまでその効果は持続する。体内で力を練りあげるため、両手がなくても発動可能だ。


アリサが歩むにつれ〝鬼哭〟は凄絶に膨張していく。迫る絶対死を直感し、アンジェラは這って逃げようとするが、カタツムリのような哀れな速度でしかなかった。大聖堂の入り口前にたどりつき、かろうじて扉を押し開けたところで、アリサの声が無慈悲に背にかかった。


「……無駄よ。私から逃げられるとでも思った? 命令よ。自らの頭を砕きなさい」


アリサに命じられるがままに、アンジェラの手が自らの意思に反し、振りあげられた。恐怖にひきつた横顔に渾身の拳を叩きこむ。ぐしゃりと側頭部がひしゃげ破裂した。血と脳漿が飛び散った。アンジェラは勢いできりきり舞いし、ぶざまに顔面から床に突っ伏した。


脳が損傷し、手足を動かすこともままならなくなる。アンジェラの運命は詰んだ。戸外までのわずかな距離はもはや万里に等しく、脱出できてもアリサが見逃すはずがない。砕けた頭では、それさえ理解できず、ただ生存本能の命ずるままにアンジェラは醜悪にもがき続けていた。


「……さようなら。悲劇の黄昏の聖女。愛ゆえに怪物に堕ちたあわれな人。傀儡の呪いの幕をおろしましょう」


見おろすアリサの〝鬼哭〟が物悲しく哭いた。


「せめて敬意を表し、苦しまないよう最大出力で送ってあげる」


その唸りが、痙攣するアンジェラを呑みこもうとしたとき、澄んだ鐘の音が響き渡った。


祭典の重厚な鐘とは違う、明るく輝く未来を象徴する軽やかな音。新郎新婦の門出を祝うウェディングベルだ。聖都のどこか遠くで結婚式があげられているのだ。開け放たれた扉から差し込む光のきらめきが、祝福の花吹雪のように舞う。


アンジェラははっと血まみれの怪物の顔をあげた。焦点を失って濁っていた目に、優しい光がともる。


「……アルフレド……さま……」


アンジェラの牙だらけの裂けた口から洩れた不明瞭な言語を、しかし、アリサははっきり聞き取った。その名前はアリサの動きを止めるには十分だった。アンジェラの意識が()()()()()のかと思ったのだ。だが、淡い期待はすぐに失望にかわった。


脳が損傷し意識が混濁したアンジェラの目は、現実の今を認識していなかった。映していたのは、とうに過ぎ去った人生最良の日だった。二度と戻ることのない輝きの(とき)


それは王弟アルフレドとの結婚式だった。


優しい友人たちが、おめでとうと歓声をあげて彼女を取り囲み、埋まるほどの祝福の紙吹雪をぶちまける。手荒い親愛表現に、彼女はありがとうと嬉しい悲鳴をあげ、新郎の腕にしがみついた。涙と紙吹雪で視界がいっぱいになる。


やっと苦しい恋が報われ、泣き笑いをするけなげな花嫁の涙を、新郎のアルフレドは優しく拭い、お姫様抱っこした。そして、ずっと彼女の笑顔を守り抜くと、死ぬまで愛し続けるとあらためて誓った。感動の嗚咽で返答できなくなったアンジェラの唇を、笑顔でうなずいたアルフレドがキスしてふさいだ。


ほほえましい門出に、周りの歓声がひときわ大きくなる。木漏れ日までふたりを祝福しているようだった。


その様子を少し離れたところで、ひとりの貴婦人が見守っていた。花嫁の最大の理解者である彼女は、顔にある痣を隠そうともせず、新しい娘を涙ぐんで歓迎し、両手を広げた。


「……王太后さま、……私の、お義母さま……」


はにかんだアンジェラの過去の呟きが、今に重なる。その言葉こそ、アリサが誰より思慕した祖母が、死の際まで切望したものだった。


アンジェラは手を伸ばした。腱も骨も砕けたはずの身を起こし、戸外の光に向けてよろよろと歩き出す。懸命に石段をのぼるその後ろ姿は、醜く歪んだ怪物のままなのに、逆光のなか、ひどく切なく美しく見えた。血まみれの鱗だらけの頬を伝わる涙は、アリサの心をうった。


その無防備な背中を討つのはたやすかったが、アリサは躊躇った。苛烈な彼女には滅多にないことだ。しかし、唇を血の出るほど噛みしめ、迷いを振り切り、そのあとを追った。


アンジェラが復活すれば最大の難敵になる。狡猾な彼女に、二度と同じはめ技は通じまい。今見せている姿とて心が戻ったわけではなく、壊れた脳が、たまたま漏れ出た過去の情景をなぞっているに過ぎない。それにスカーレットがアリサのアキレス腱だと気づかれた。生かしてはおけない。


〝……おばあ様、ごめんなさい。あの世でも女三世代のお茶会は無理そうよ。きっと私は天国どころか地獄に堕ちることさえ許されない〟


アリサは亡き祖母に心のなかでそっと謝り、嘲笑いをアンジェラに叩きつけた。


「あははははっ!! あなたが神ですって!? ならば、私は鬼だわ!! たとえ母親だろうと、喜んで喰らう鬼よ!! 我が目的の血肉になるがいい!!」


石段でつまづき膝をついたアンジェラに、ちょうどいいとばかりにアリサは致命の一撃をくれようとした。アンジェラは迫る死に気づかず、まるで何かを抱きしめるようなポーズをとっていた。首の動きで頬ずりをしているつもりなのだとわかった。


「……ああ、アリサ……、私とアルフレドさまの娘、……なんて、なんて、いとおしい……」


そう呟くと、しあわせを噛みしめるように、じっと動かなかった。


アリサは手を振り下ろせなかった。引き結んだ唇がわなないた。


かろうじて残った大聖堂のステンドグラス、いとし子を抱いた聖女像が、おだやかに床に光を伸ばす。


アンジェラは身を丸めるようにし、肩を震わせて嗚咽していた。そのさまはまるで何かを守ろうとしているかのようだった。


「……なのに、私にはもう時間が……。してあげたいことがいっぱいあるのに……!! ああ、アリサ……!! 王太后さま、お願いします!! どうかこの子を……!!」


叫んだあとは、悲痛で声も出せず、ただ涙を流しながら、名残惜しそうに、何度も何度も頬ずりの動作を繰り返した。


アンジェラの行動は先ほどと同じで、過去の記憶をたどっているだけだ。タイミングよくそれが脳から零れ落ちたにすぎない。そうわかってはいるのだ。けれどアリサには、うなだれたその首が、まるで娘による処刑の介添えを待ち望む母の行動に見えた。


アリサは立ちすくんでいた。

思わず壊れた手で、ぎゅっとしめつけられる胸を握りしめた。


我に返ると、アンジェラはすでにぶつぶつ呟きながら、戸外に彷徨いでていた。たどたどしく口ずさむのは、物悲しい子守歌だった。しかし、その目は再び焦点を失っていた。旧大聖堂の異変に気づいて駆けつけた信徒たちが、異形の姿に悲鳴をあげるのが遠く聞えた。


「……ふん、興がそがれたわ。まあ、いい。あの女が何を企もうと、そのたびにこの私が砕き、絶望を与えてやる。今ここで楽に殺してあげず、苦しみを長引かせるほうが胸がすくというもの。それに、あの馬鹿げた強さは練習台として貴重だわ。ふふ」


アリサは鼻で嗤うと、颯爽とドレスの裾をさばいて踵を返した。もうアンジェラを振り返りもしなかった。後方でアンジェラへの驚愕と恐怖のざわめきが大きくなる。法衣を着た醜悪な怪物はあまりにインパクトが強すぎ、衆目を一身に集めた。ぼろぼろのドレスをまとった半裸のアリサが、大聖堂から出ていっても、誰も気づかないほどだった。だから、当然アリサの小さな呟きを聞いたものなどいなかった。


「……ずるいひと。ほんとうに……」


アリサは一瞬立ち止まり天を仰いだ。まるで通り雨にうたれるように。


だが、すぐに前を向いて歩きだした。その貌にはいつもの邪悪な笑みが浮かんでいた。耳にかきあげた金髪が乾ききった風になびく。アリサはひとり血塗られた修羅の道を往く。その歩みを止められる者は、今はまだ誰もいない。



お疲れさまでした!!

お読みいただきありがとうございます!!

宜しければまたお立ち寄りください!!

次は二週間ほど後にお会いしましょう!!

……たぶん。

約束破ったら、石投げの刑に処してやってください。ヘルメットの用意は万全です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アリサ様…アンジェラ…アンジェラとアルフレドの結婚式、本当に幸せそうで、この後のブルーダイヤの呪いによって変わってしまった二人を思うと…もう… 赤ちゃんのアリサ様に頬ずりする様子を見せる…
[良い点] ブラッドとアリサの赤ちゃん発言。そりゃブラッドは拒絶の悲鳴を上げるし、スカーレットは指をポキポキ鳴らしたくなる……しかしこれで『真の歴史』のブラッドとスカーレットの力関係が垣間見えたような…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ