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hello world  作者: しろながす
magネット
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チョコレート

少し未来のお話です。

スイスの湖のほとりの街のお話です。

ワンボックスの黒塗りのタクシーが、港のエントランスに静かに停車する。

ドアがガコっと開き、サングラスの男が出てくる。

ワックスで整った髪、よく磨かれた黒い革靴、背広。かなりガタイが良い。

櫛を内ポケットに仕舞い、腕時計を確認する。


13:20日本発、ローザンヌ行き。

搭乗手続きを済ませた後、男はカバンからクリアファイルを取り出し、バサッと一振りする。

透明のクリアファイルには、ローザンヌの天気予報や最新のニュース、滞在先のホテルなど、必要な情報が映し出された。


同じころ、ローザンヌ郊外の駅舎ではタケシがクリアファイルをバサッと一振りした。

「No signal」の文字とともに、おすすめのジャンクフード店が表示される。

サトシ「大丈夫だ、ここは電波が届かない。」

タケシ「よくここを見つけたな。」

サトシ「基幹通信網の電波が乱反射して、ここにエアポケットみたいな状態ができてるんだ。」


タケシは周囲を見回しながら言う。

タケシ「でっていう?」

サトシ「見つけるの大変だったんだぞ。」


突然、駅舎で地響きが起きる。

立て付けが悪いのだろうか、近くのベンチがカコカコと音を鳴らす。

オレンジ色の影が、駅舎の下から真上に突き抜ける。

ズドーン、圧搾された空圧が鼓膜を緊張させる。シュバババババ。特急列車の通過である。


駅舎にアナウンスが流れる。

アナウンス「次の列車は13:35発、みどりの牧場行きです。ハテナ農園方向からの進入です。」


ホームの端でタケシが言った。

タケシ「なぁ、こんな遊び止めようぜ。」

サトシ「遊びじゃないさ、出発してから17秒で決着がつく。どの程度、干渉されているか知りたいんだ。いざというときは、そこの非常停止ボタンを押すからさ。」


サトシが横目で背後の柱をちらりと見る。

タケシの目に、黄色と黒の縞模様で模られた、赤い停止ボタンが目に入る。

お婆さんからプレゼントされた黒いグローブを装着し、ロープを握る仕草を確かめながらタケシが言う。

タケシ「乗車したら、このロープ握ってればいいんだよな?いくら電波が届かなくても、さすがに電車は緊急停止するだろう。」


タケシは電車が発車したあと、握ったロープを手から離さない限り、そのまま電車の最後尾に衝突することになる。

サトシ「ジョニーデップになるチャンスだぞ。」

タケシ「違う、俺が憧れているのはトム・クルーズだ。」


タケシが訂正している時、みどりの牧場行の電車の到着アナウンスが流れた。

サトシ「とにかくやってみてくれ、ローザンヌ市では誰も死なないと主張する君の威信がかかっている。」

タケシ「なんか違うんだよな、その主張と、今やってること。」


みどりの牧場行きの電車が到着する。

電車のドアが開き、ホームの安全柵が開く、人影はまばらである。


タケシがロープを持ち上げ、電車の最後尾に飛び乗る。そして、ロープを引きながら走る、とにかく先頭車両に向かって走る。

サトシも、タケシを追いかけるように走る。

サトシの手元のクリアファイルの表示が「No signal」から「Service」に変わる。

途中、乗客の幾人かが不審に思う。タケシの走った後に引かれたロープを怪訝な眼差しで追う者もいた。

中には車掌に知らせようとする者もいたが、タケシが先頭車両に着いた頃、アナウンスが流れる。

アナウンス「発射しまーす。」


ガコッ。電車の扉が閉まる。ロープはホームの安全柵に挟まりがっちり固定された。

タケシとサトシが起こす、異常が予兆されつつも、見逃されてしまう。


電車がゆるやかに動き出す、振動は無い。

この電車はリニアな加速と乗り心地を売りにしているのだ。

ロープを握ったタケシの腕がその場に留まろうとする力に引っ張られる。

体が宙に浮く。最初は歩く速度、次は走る速度、次は坂道を下る自転車の速度。


電車での中でロープにしがみつき、車両間を引きずられていくタケシは、異様だった。

明らかな異常である。


タケシは窓越しのサトシに叫ぶ。

タケシ「おかしい、電車が緊急停止しないぞ。このままだと壁にぶつかる!」

サトシ「ロープを放すんだ!最後尾の壁に衝突してチョコレートになるぞ!!」


藁をもつかむという言葉がある。

人は溺れかけた時、なにかにすがりたくなるものなのだ。

タケシがロープを離すには論理的な思考が必要だったが、この状況ではできない。

ハリーポッターみたいに、勇気を出して駅の壁にぶつかればボグワーツに行けるというものでもない。


サトシはクリアファイルを確認する。

クリアファイルには、タケシとサトシ自身の動画がリアルタイムで映し出されていた。

サトシ「見てくれている!」


サトシが先頭車両近くの柱の、非常停止ボタンを押す。停止ボタンの被膜が飛び散る。

これで電車は非常停止する。危なかった、友達を殺すところだった。


・・・おかしい、電車が止ま、らない!!異常を知らせるブザーも鳴っていない。

サトシは慌てて、辺りを見回す。

パンを咥えた女子高生が、改札を走りながら出ていく。

サトシ「違う!」


タケシはロープから手を離すことも忘れ、考えていた。

なんでこの電車には車両間の間仕切りが無いんだろう、間仕切りがあればどこかで止まるのに。

タケシからは、電車の最後尾が見えようとしている。


サトシは天井に設置された監視カメラを見つけた。手を振り、異常であることを知らせようとする。

防犯カメラがキュイーンキュイーンと動作し、緑のランプが高速で点滅する。

良かった、通じている。これで助かる。


この電車は先頭から最後尾まで全部で28両。

23両目と24両目の間の扉が閉まるのがタケシは見ていた。

最後尾まであと4両、タケシは23両目の扉に、テニスのサーブ同じ速度で衝突した。

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