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再会⑯

 その日の夕方、城の外まで勇者逹を見送ったジャック逹は研究部屋に戻り、話をしていた。


「なんで、急に了承したんだ?」


 不満ではないにしろ、ジャックはまだ、彼女の決定が腑に落ちていない様子だった。


「今後の研究科のためよ」

「ここのため?」

「えぇ。最近、この辺りで魔法を作れる可能性が見出せなくて悩んでたの。それで、ちょうど良い機会だと思ったのよ」

「ふーん······」


 そもそも、魔法を作るのがこの科の目的なのだから、その可能性がないことには始まらない。それを理解したジャックは、仕方がないか、と肩の力を抜く。


「スライ、あなたには悪いけど、三ヶ月はここで足踏みしちゃうことになるわ」

「いいよ、全然。なんなら少しでも早く旅立てるよう、俺も何か手伝うおうか?」


 ミーナは軽く微笑み「助かるわ」と言うと、今度はフィリカを見た。


「フィリカ、あなたはどうする? 一緒に来たら司書の仕事出来なくなっちゃうわよ?」

「うーん······そうですね······」


 フィリカは渋い顔を浮かべながら目を瞑り、腕を組んで悩んでいた。

 彼女にまだ答えが出そうにないのを見て、ジャックが会話に加わる。


「でも、ずっと旅をして帰ってこないわけじゃないだろ?」

「そうね。魔法を作る環境はここが一番だもの。あの人達には言ってないけど、時々帰ってこようとは思っているわ」


 それを聞いて、フィリカが何か思いついたように目を開く。


「じゃあ、特別職員とかになれないですかね? 帰ってきた時だけ司書に参加していいみたいな」

「そんな都合のいい職場あるか」


 思わず突っ込んでしまうジャック。


「物は試しじゃないですか。それに聞いてみる分にはタダなんですから」

「うーん、確かに」

「まぁどちらにしろ、私がミーナさん一番なことには変わりありませんから」


 鼻を膨らましながら、両手をグーにして胸の前に上げるフィリカ。


「ありがと。頼もしいわ」


 顔を傾け、優しく微笑むミーナ。


「ジャックもミナっち一番だよな」


 と、そこで茶々を入れるスライ。「それは今、関係ないだろ!」と、ジャックはスライの腕を思いっきり殴る。あの船以来のじゃれ合いだった。


「もう、やめてくださいよ。みっともない。——それに、ジャックさんより私のほうが上ですよ?」

「なにがだよ······」


 スライを叩く手を中断するジャック。


「ミーナさんへの愛が」

「知るか!」


 ジャックは心の内を誤魔化すように、大声でフィリカに突っ込んだ。


 そんな三人の姿を、肘をつきながら眺めるミーナの笑顔は、窓から差し込む今日の夕陽のように、穏やかだった。





 翌日から研究科は、モンスターを探す活動ではなく、軍での実用に向けての活動だった。ドラゴンとの一件もあり、ミーナの、魔法を使う兵士の案はすぐにも可決され、早急に既存の兵士、訓練生から希望するの者を募った。


 ちなみに、ドラゴンは黒色の変異したタイプではあったが、その血からは滞りなく薬を生成出来たため、ついに、魔法が軍で実用可能という、長らくの上層部の望みが叶うこととなった。


 それと共に軍では、その実用に向けて、新たに魔力を訓練する事が取り入れられた。その指導は勿論、ミーナを中心とした、あの四人である。


 魔法を扱う兵士になるのは希望制だったのだが、その兵士を連れた彼らは今、地上の訓練場の端にいた。


「それにしても······ちょっと多いんじゃないのか?」


 その数、百人強。それもたった一日で、である。しばらくの間、日が経つことにこれより数が増える事は間違いなかった。


「ちょっとしたプレゼンテーションのおかげね」


 ミーナは腕組みながら、整列した兵士の前に立っていた。


「プレゼンテーションって······ドラゴンだろ? お前、そこまで考えてやってたか?」

「当然よ。あんな絶好の機会ないでしょう?」


 隣にいたジャックは「はぁ······」と、嘆息を漏らした。とはいえ、その効果は大きいものだったため、このような状況になっているのだが。


 最初にミーナの炎を見て、心を奪われた者。一人で敵を倒していくジャックの素早い動きを見て、同じようになりたいと思った者。そして、ドラゴンに負傷を負わせたスライや、土を操るフィリカを見て希望した者がいたのも事実だった。


「魔力の基礎訓練は一律してやらないといけないけど、その先の希望は後で取らないといけないわね」


 そう言うと、ミーナは兵士一人一人に挨拶をし、握手すると共に同時に魔力を感じ取り、魔力保有量毎に、選別をしていく。そしてその後は、一人一人の操作能力を見極めた。

 それらを、彼女は一人で行っていく。


 ジャック達はすっかり、手持ち無沙汰になっていた。


「なぁ、スライ。俺ら必要あるか?」

「これからだろ。とりあえず、俺らそれぞれに魔力近い同士でグループ分けたほうが指導もしやすいし、効率がいいってとこだろ」

「ふーん······」


 そうして、スライの読み通りグループを分けられ、魔力の基礎訓練となる。これは、毎日やることとなる訓練を最初にして「これは自分には合わない」と思った者をふるい落とすためであった。


 そういう者には「仕方ないわ、好みはあるもの」と言うだけで、ミーナは傷付く様子も叱責する様子も見せなかった。


 基礎訓練が終わると、いつの間にか紙の束を手にしたフィリカが、先に述べた個人の希望を取るため、ミーナと共に一枚一枚、兵士達に配っていく。


「明日の訓練前に回収するから、そこに、どの魔法を使ってどういう兵士になりたいか、じっくり考えて書いてちょうだい」


 そう言うと「今日はこれで解散よ」と言ってミーナは去っていった。フィリカはその後を、てってってっ、と小走りで追いかける。


「そんじゃ、俺らも行くか」


 そう言ったスライはジャックを置いて一足先に、あの研究部屋へと戻るため、歩みを進める。


 兵士達はお互いに話し合って、お前はどうするか、など相談している様子だった。


 和気藹々になった雰囲気を見てジャックも、戻るか、と思い、身体を動かす。だがその時、ジャックは一人の訓練生に呼び止められた。


「すみません!」


 ジャックが振り向くとそこにいたのは、彼より歳が一つ下と見られる、ブロンドヘアーの、入りたての訓練生だった。


「ん? どうした?」

「あの、書き方がイマイチ分からないのですが······あなたみたいになりたい、というだけでも大丈夫ですか?」

「俺に?」

「はい! 先日、遠くで戦いを見ていて、とてもカッコよくてあなたに憧れました!」


 そんな、キラキラとした目をする律儀な少年に、ジャックはつい頬を緩ませそうになる。


「そう書いちゃ駄目ですか?」

「いや、いいぞ。できるだけ、憧れた理由をちゃんと隅々まで書くんだぞ」


 ジャックは完全に調子に乗っていた。


「わかりました!」


 しかし、少年のほうが一枚上手であった。


「じゃあ名前教えてもらっても頂けませんか!?」

「知らねぇのかよ!」


 思わず突っ込み、声を上げるジャック。


「俺、訓練中、何回か名前呼ばれてたぞ!? しかも自己紹介もしたし!」

「す、すみません······後ろの方でよく······」


 少年は肩を竦めていた。


「まぁいいや。——いいか、しっかり覚えとけよ」


 ジャックは自分の胸をドン、と叩く。


「俺はジャック。魔法科学部研究科の一人だ。——忘れるなよ?」

「はい!」


 そうしてジャックは軽く笑い、笑顔になった少年の肩を叩いて、城へ戻ろうとする。だが、


「あっ、そうだ。お前、名前は?」


 忘れ物をしたようにジャックは振り返り、まだ立ち止まったままの少年に尋ねる。


「セシルです」


 彼は背筋を伸ばして、敬礼をしながら答えた。


「そっか、覚えておくよ。——頑張れよ、セシル」


 そうしてジャックは、背中を見せながら手を振り、その場を立ち去っていった。彼の後ろからは「はい!」と大きな声が一度だけ聞こえていた。





 翌日は、昨日とほとんど変わらない、魔力の基礎訓練のみだった。


「まぁ、あんま楽しいものじゃないよな。基礎練なんて」

「そうね。でも大事よ」

「あぁ」


 昼休憩となり、ジャックとミーナはあの研究部屋へ戻っていた。そして、先日配った紙を回収して、今、その内容を立ちながら眺めている所だった。

 ちなみに、フィリカとスライは一緒に昼を食べに、街へ出掛けている。


「そう簡単に魔法が使えたら、こっちも苦労はしないよな」

「そうね。でも不満が出てくるのは、手に届く感じがしないからじゃないかしらね」

「じゃあ一度炎使わせてやったらどうだ? それなら不満も——」

「駄目よ。今は大量に薬のストックがあるけど、魔法希望者が入る度にそんなことやってたら、勿体無くて仕方がないわ」

「ケチいなぁ······」


 ミーナは、文句ある? というような顔をジャックに向ける。だが彼は、用紙に目を通していて全く気付いていなかった。


「じゃあさ『キュア』とか『コンタクト』でも覚えさせたらどうだ? アレなら早いうちにでも出来るだろ?」


 と、ようやく書類から目を離し、ミーナに顔を向けるジャック。彼女は、目を開き、感心した顔へと変わっていた。


「珍しく良いこと言うわね」

「それなら日常でもちょっとは役に立つし、兵士達も続けやすくて、不満も溜まりにくいだろ? って思ったんだ」


 そう言ってジャックは椅子を一つ引くと、そこへ座る。


「あなたが言うと、なんか妙な説得力があるわね。もしかして小さい時、私に付き合わされて不満だらけだったのかしら?」


 少し口を尖らせるミーナ。

 図星ではあったが、ジャックはハッキリ「そうだ」と言うことはなく「さぁね、昔のことだ」と、答えをはぐらかした。

 そんな様子に彼女は「ふーん」というだけで、それ以上追及することなく、近くの用紙へと視線を戻した。


「······なにこれ、信じらんない」

「どうした?」

「あんたみたいになりたいって人がいるわ」


 そう言ってミーナは、紙を彼に渡す。


「信じらんない、はひでぇだろ。——あぁ、やっぱセシルか」

「知り合いなの?」

「あぁ、昨日知ったばかりのな」


 その用紙には「はやくジャックさんみたいになりたい」とだけ書かれていた。


「ざっくりしすぎだろ······。しかもできるだけ理由書けって言ったのに······」

「あんたを慕うなんて、その後輩は相当変わってるわね」


 横から顔を除かせたミーナがジャックを小馬鹿にする。


「お前なぁ、フィリカだって変わってるだろ?」

「なに言ってるの、フィリカは普通の可愛い後輩じゃない」

「どこが普通だよ······。それに可愛さならセシルも負けてなかったぞ?」

「女の子なの?」

「いや、男だ。中性的で健気な」

「やだ、そっちの気あったの」

「違ぇよ! 初期のフィリカみたいな感じだ!」

「じゃあ、後で変態になるわよ」

「やっぱフィリカ変態って認めてんじゃねぇか!」

「普通の可愛い変態よ」

「なんだよ、それ······」


 二人のやりとりは、この後もしばらく続いた。

 そして、そんな彼らの指導の日々が、これから続いていくのだった。

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