再会⑭
そこに、フィリカと同じように昼休憩となったジャックとスライがやってきた。
「おつかれー。——ん? なに、どうしたの?」
涙目で、苦い顔をしながら再度水を飲んでいた少女を見て、スライが尋ねる。
「ミーナさん、グリーンピースが嫌いなんですって」
「へぇー、ミナっちも好き嫌いあんのね」
意外だ、というような顔で頷くスライ。
それを聞いて、スライの隣にいたジャックは、ミーナを小馬鹿にするような顔で言う。
「なんだよ、相変わらず食えねぇのか?」
「······うっさいわね。味がどうしても駄目なのよ」
トンッ! と強めにコップを置いたミーナは顔をツンとさせ、ジャックから目を逸らす。
また始まった、と言わんばかりの顔をするフィリカとスライ。
だがジャックは、その二人の予想と反して、ミーナの足横に座った。そして、
「······ったく、しょうがねぇなぁ」
と言うとミーナの腿辺りに乗っていた皿を、半ば強引に奪い取ると、その皿に乗った緑豆をスプーンで掬い、躊躇いもなくそれを口に含んだ。
「あっ、ちょっとジャックさん!」
フィリカの言葉で口を止めることなく、彼は渋い顔をしながらしっかりと噛み締め、その味を堪能していた。
「うーん、うまいと思うんだけどなぁ······。——ん? どうした?」
フィリカは呆然としていた。
側にあったコップへと手を付けるジャック。
「い、いや、それ······ミーナさんが一度口に入れたやつですけど······それに水も······」
それを聞いて、彼の水を飲む手がピタッと止まる。しかし、すぐに「まぁいいや」と言って水を飲む。
その最中、そういえば、と言うように目をパチっとさせ、何かを思い出すよう上を見るジャック。
小さい頃、ジャックとミーナはお互いに食事に呼ばれる事も少なくなかった。そして度々、残ったグリーンピースを幼いミーナから渡されてはいたのだが、彼女の口に一度含まれたものを食べたのは、これが初めてだった。
ジャックがふと彼女を見ると、目を合わせないよう顔を背けていた。わずかに出た耳は赤くなっている。昔からの事だし、どうしたんだか、と彼は思っていた。
「何気に大胆だなぁ、ジャック」
ニヤニヤとしながら、スライは二人を見ていた。
「大胆って何言ってるんですか。なんか、やらしいだけじゃないですか」
「なんだよ、やらしいって······」
ジャックは、空になったコップと皿を台に置きながら彼女にツッコむ。そんな彼に、どこか軽蔑するような目を向けながらフィリカは答える。
「だって、そうじゃないですか。間接的にミーナさんと······」
その彼女の答えにジャックはようやく意味を理解し、ハッとし、固まった。そんな様子を見たフィリカは片付けるために、台の皿を取りながら喋る。
「まったく······気付いてなかったんですか? 悪い人ですねぇ······」
と、溜息をつくフィリカ。
しかし、そんな彼女にスライから衝撃の一言が走る。
「何言ってんのフィリカちゃん。二人とももうとっくにそういう関係なんだから、別に気にすることじゃないでしょ」
その衝撃に、動きを止めたフィリカの両手から、銀の器とスプーンが零れ落ちていく。
カラカラカラーン······と、無情に響く音。
ジャックとミーナ、お互いに好意を持っていることは知っていたものの、まだ二人の関係を知らなかったフィリカは愕然とした。
「えっ、ちょ······ちょっと待ってください······聞いてないですよ······?」
彼女は静かに狼狽していた。
「えっ、嘘でしょ? フィリカちゃん。——ってか二人とも! フィリカちゃんにさえ言ってなかったの!?」
指を差しながら三人を順に見るスライ。
「本当なんですか······?」
フィリカは弱々しく、下を向く二人に尋ねる。その二人——ジャックとミーナは同時に、恥ずかし気に小さく頷いた。
それを見て、ようやく真実だと知ったフィリカは項垂れる。
「そんな······。——な、なんで······なんでスライさんはその事知ってるんですか······?」
急に、魂の抜けたような表情になったフィリカはスライのほうを見た。その表情にスライはたじろぐ。
「い、いや直接聞いたわけじゃないから確証はないけど······。ただ、最初はあの地下でだと思う。——ほら、二人が顔真っ赤にしてたでしょ? その時の反応で気付いたかなぁ······って」
「······そうなんですか? そこからなんですか?」
フィリカは俯き気味の二人に、再度、恐る恐る尋ねた。
······二人はさっきと同じように、コクンと同時に頷いた。
そこで話は終わると思っていたジャック達だが、スライはまた、余計な事を口走ってしまう。
「多分キスでもしてたんじゃないの?」
二人の身体がビクッと跳ねる。
「でもこの様子だと、それ以上はまだかねぇー」
と、ニヤニヤしながら独り言のように声を漏らすスライ。
「そ、そ、そ、そうなんですか? あそこでキ、キスを······?」
それを聞いたフィリカは興味半分、恐怖半分の気持ちで、慎重に二人に聞く。
それには、今回、ミーナだけが頷いた。
「そ、そ、そ、そんなああああぁー!!」
悲鳴のような大声を上げ、頭に手を当て立ち上がるフィリカ。頷いたのがジャックならまだしも、ミーナだけだったことに、彼女のショックはより大きかった。
すると彼女はその状態——頭を抱えた体勢のまま「わ、私のミーナさんがあああぁー!」と絶叫しながら、走って医務室を出て行ってしまった。
ジャック達は顔を上げ、フィリカが去っていった方を見ていた。耳を澄ますと、こだまするようにまだ「ミーナさんがあああぁ······」と廊下からは聞こえていた。
三人とも、フィリカの反応には唖然としていた。
「あぁ······行っちゃった」
スライは床に落ちた食器を拾いながら、呆れ気味に呟いていた。そんな彼に、ジャックはさっきの事を尋ねる。
「知ってたのか······お前」
スライはジャックに顔を向ける。
何故、言ってないのにバレたのか、と言うような目を彼はしている。また、側にいる少女も。
「地下で二人っきりで、あんな顔真っ赤にしてりゃ、そりゃあ気付くって。それにミナっち、口モジモジさせて涙目だったでしょ? ——フィリカちゃんは、ちょっとそれに鈍感だっただけ」
地下でのことを完全に見透かされていた事に、二人はあわあわとする。だがスライは特に、その様子で遊ぶというわけでもなかった。
「まぁ、ちょっとあの子にはショックだったかもね。でも、そのうち戻ってくるでしょ」
食器を手にしたスライは、「よっこらしょ」と、フィリカが座っていた椅子に腰を掛ける。
「とまぁ、二人のその後の関係は気になるところだけど——」
と、本来ジャックとここへ来て話すつもりだった事に、話を切り替える。
「これからどうするの? 研究科の活動」
まだ顔の熱が冷め切らないミーナだが、ちゃんとしなければならない話だと思い、少しずつ冷静さを取り戻していく。
「そ、そうね······。とりあえずまたモンスターを決めて探すところからかしら······。いや、でも、ドラゴンの血が手に入ったから軍で使えるように訓練のプログラムを、いやそれとも薬の生成が先になるのかしら——」
顎に手を当て、ひとり考えに耽始めるミーナ。これは長くかかるな······、と踏んだスライはジャックの方を見る。
「これはしばらく、剣の練習になるかもな」
「そうだな」
そう軽く笑ったジャックだったが、何かを見つけたのか、急に眉を上げて、視線をそちらに移していた。それに気付いたスライもそちらを見る。
ジャック達への来客だった。
あの黄金の鎧を纏った。
「やぁ、元気そうだね」
そう口にしたクレスタの後ろには、あのメンバー——シェリエ、ユーイ、グール、コロボックルの四人の精鋭が揃っていた。
「ん? 君はあの時の······」
「あぁ、どうも」
クレスタとあの日以来の顔合わせをしたスライは、右手を上げて軽く挨拶をする。
「あれ? お前こいつ知ってるのか?」
目を丸くし、尋ねるジャック。スライは「ちょっとな」言うだけで、詳しくは話さなかった。
「あの時は迷惑かけたね」
「いいや別に。俺、特に何もしてないし」
別段その言葉を疑う素振りはなく、「そっか」とクレスタは口にする。
そこで、話が一段落したと思ったミーナが口を開いた。
「先日はどうも。お陰で助かったわ」
「なに、こちらもこんな良い宿と食事用意してもらって感謝してるよ」
「そう。それはなによりだわ」
決まり文句のようなやり取りをする二人。
昨日夕暮れ、このベッドで目を覚ましてから事情を知ったミーナは、お礼にと、彼らに城で寝泊まりする許可を上へ取っていた。上も「国を救ってくれた人逹に対して非礼をするわけにはいかない」と、宿泊の許可を出していた。
そして今、そのお礼も兼ねて訪ねてきた彼らに、ミーナは改めてこう切り出す。
「それで、今日来たのはそれだけかしら?」
ただ単に来るとは思えないクレスタに対し、ミーナは薄笑いをしながら疑いの眼差しを向ける。
「いいや。ちょっと大事なことを、諸々とね。ジャック達にも聞いて欲しいことだ」
「俺らも?」
全くそのような心当たりがないジャックとスライは、顔を見合わせる。
「そっ。それじゃあここで話すのもなんだし、場所を変えましょうか」
下半身に掛けていた布団をまくり、ベッドから出ようとするミーナ。だが、側にいたジャックがそれを静止する。
「いいって、俺が聞いてくるから」
「······悪いわね」
ジャックは立ち上がり、医師の所へ退出の許可を取りに行く。
程なくして、彼は戻ってきた。
「激しく動かないならいいって」
「そう。——悪いけど、城入り口の階段付近で待っててもらえるかしら?」
「あぁ、構わないよ。ゆっくり準備してくれ」
クレスタはそう言うと後ろの四人に声を掛け、部屋を出て行った。その後ろ姿を見ながらスライはジャックに尋ねる。
「なんだろうな、話って」
「さぁな」
当然、そう答える以外、ジャックには出来なかった。