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先輩と後輩①

 丸椅子に座り、黙々と御飯を食べる少年の横でミーナは腕を組み、仏頂面をしていた。


「あんた、なんで顔出さないのよ」


 ここはウィルドニア城――左翼にある食堂。日中はいつでも開放されているこの場所を、腹を満たすためだけに訪れた百弱の兵士があちこち行き交っていた。


 しかし、昼休憩であるこの時間に、茶色のケープを纏うミーナが訪れた理由は全く別のもの。それは、


「いや、だって、来んなって言われたし······」


 そう。この少年――ジャックが職場へ来ない。

 彼が着任して四日目のことだった。


「普通それ、真に受ける?」


 ミーナは呆れのあまり溜息を吐き、いまだこちらを見ない月白髪の彼から顔を背けた。ピリついた空気がこの二人だけに漂う。


 ――とはいえしかし、ジャックも彼女の言葉を真に受けていたわけではない。


 というのも、事の始まり――先日起こったあの"報告書焼失事件"後、ジャックはあの部屋を追い出された訳だが、どうにも彼は、どんな顔して再び部屋へ戻ればいいのか分からなかった。


 そのため彼は追い出された後、部屋の前で“一旦、熱が冷めるまで待とう。いや、ちゃんと謝るなら早いほうが。いや、でもいま入ったら、次なにされるか分かんないぞ“と、殴られた頬を押さえながらそんなくだらない葛藤をしては一日目を諦め、“まだ怒ってるよなぁ。あいつ根に持ちやすいし“と、二日目も部屋の前まで来るも気が引けては踵を返してしまい、“あぁ、二日抜けたのは怒るよなぁ、初日に謝っておけば良かった“と、もはや三日目には『別の問題』が追加される始末。


 そんな、最初の選択で間違いを起こし、負のスパイラルに陥っていたジャックは昼を食べながらもまだ、彼女にどうやって謝ろうかと考えていた。が、そこへ『別の問題』について苛立ちを募らせた彼女がいよいよやって来る訳だが、その急な登場に内心動揺したジャックはここでもまた、子供のような謎の意地を見せてしまっていた。


 故に、この沈黙の嵐。幼い頃の付き合いで癖が出てしまったというのもあるが、どちらにしろこの嵐を静める術を、今のジャックには見出だせそうもなかった。


「······」


 ざわめきの中、リゾットを掬うスプーンだけがカチッ、カチッ、と皿の底を響かせる。だがそれ以上に、ジャックにとっては彼女の無言から来る罵詈雑言のほうが大きく、何十倍にも強く聞こえているような気がしていた。それは、食べ物の味が分からなくなる程に。


 その内心を知られたら、流石に少しは同情されそうなジャックだが、そんなことはいざ知らず、彼女のほうも訳なく此処へ来たわけでもなかった。ジャックがただ部屋へ来ないだけならミーナはまだ放っておいたが、彼女も彼女で職務上の理由があり、どうしても彼が必要だった。


「はぁ······」


 正直、ミーナは不服で一杯である。が、このままでは埒があかない。またどこか行かれたら面倒だとミーナは考えると、非がないにも関わらず沈黙も欠勤も含め、今回は先に折れた。


 嫌々、視線を幼馴染へ戻し、ここへ来た理由を話し始める。


「まぁいいわ。あんた、ちょっと昼から付き合いなさい」

「······なにを?」


 肩身の狭いジャックはせめてもの返事。――だったが、


「ハイゼル司令官への報告よ」

「はぁ!?」


 上官への報告と聞いて、サボりとも取られ兼ねない欠勤までして気が気でないジャックは、ようやく幼馴染のほうを見た。そして、


「報告書、俺が燃やしました。ごめんなさい。って報告しろってのか!?」

「バカ、違うわよ」


 やや興奮気味のジャックの言葉を、愛想の欠片もなくミーナは否定する。そして「別にそれでもいいけど」と付け加えてはぼやく。その様子を見たジャックは、どうやら本当に違うのか。と、味のない食事をスプーンへ乗せたまま安堵。そして、ややしおらしく、


「じゃ、じゃあなんだよ」


 焼失事件も含めそんな報告など、自分の知らぬ間にここまで登り詰めたミーナなら一人でも容易いだろうと思うジャックは、何故そこに自分が付き合わなければならないのかについて尋ねる。


 その答えを彼女は素っ気なく、


「報告書全部作り直したから、司令官の前で実演して欲しいの」

「実演?」

「そう。魔法の実演」


 皿のほうを向き直り、味が戻りつつある米を掬おうとしていたジャックは再びその手を止める。過去と未来の嫌な想像を一瞬で想起すると苦々しい顔をして、その顔を固めたまま彼女のほうを鈍重に見る。


「なによ、その顔」

「いや······俺にだろ? 正気か?」

「当然でしょ」


 なんてことない顔で彼女は言うが、“報告書のことと共に話す“ということは“司令官の執務室であの魔法を使う“ということも用意に想像できた。直前に想像した嫌な未来が近付いているような気分に陥るジャックは、


「報告書だけじゃ駄目なのか?」


 と、スプーンを一度置き、その未来を避けるように聞いてみるが、


「だめ」


 理由があるからこそ足を運んでいるミーナは叱るように、必要最小限の、それでいて強制力のある言葉で返した。当然、項垂れるジャック。


「論より証拠。今は信じてるでしょうけど、あなたも最初は疑ってたじゃない」

「ん? あー、そりゃあ、まぁ」

「でしょ? あなたでさえ半信半疑だったのに他の誰かが言葉だけで簡単に信じてくれると思えないわ。······でも司令官とはいえ、目の前で炎を出せたとしたら、それが事実だと認めざるを得ないでしょう?」

「それは、たしかに」

「ね? そしたらこの研究を認めてもらって、人手をもっと増やすよう申し出るの」

「ふーん」


 今の言葉に若干気がかりなことがあるジャックだが、皿に置いたスプーンを素早く口へ含み彼女のほうに身体を向けると、それをするのが何故自分なのかについて先に尋ねる。


「そりゃ人手増やしてもらうのには俺も賛成だけどさ、それより別に、わざわざ実演するのが俺じゃなくてもいいだろ? お前のほうが魔力には長けてるわけだしさ――」

「だからよ」


 自分が長けていることは否定しない彼女の言に、ジャックはより疑問の念を頭へ浮かばせ、首を傾げる。


「あなたは研究科には居るけど普通の兵士と同じようなものだから、司令官の前で実演するにはちょうどいい存在なの」

「ちょうどいい存在?」

「そう。私に仕込まれたので変わったけど、元はといえばあなたは人並み以下の魔力を持つ兵士――兵士を目指すただの少年だったもの」


 あー、そんなこともあったな、と思いつつジャックは彼女の言葉の意味を噛み砕く。


「つまり、魔力の少ない人間――誰でも訓練すれば魔法が使える。それを証明するのにちょうどいいってことか? 俺は」

「そういうこと」


 ようやく、彼女がわざわざ此処へ訪れた理由を知るジャックは「なるほどねぇ」と頭を小さく上下。


 まとめるとこうだった。


 ミーナの言葉の通り、ジャックは元々人並み以下の魔力の人間。しかし今現在、その魔力が人並みより保有量が多くなっていたのは幼い頃、魔力に夢中だったミーナに毎日のように付き合わされ、無理矢理鍛えられた故のもの(幼い頃『コンタクト』が出来るようになった二人だが、ジャックの魔力保有量のせいで時間が短くなって、それが嫌だったから、というミーナの我儘さによるものが一番大きい)。


 つまり、それが意味する所は、ゼロでなければどんな人間でも魔法――炎を使えるようになる、ということだった。そして、それを国へ帰属する兵士達も使えると知れば、上で腰を重くしている人間も何かと首肯せざるを得ない、ということだった。


 そこまでの目論見を備えるミーナは、


「やってくれるわよね?」


 やんわりと首を傾げ、髪を揺らす。


 その様はとんでもない野望のような考えとは裏腹に、ここへ現れた当初の不機嫌ささえも感じさせぬ純粋な問い掛けだった。人を惹き付けそうな、可愛さと微かな艶っぽさを秘めていた。


 だが、そんな首を傾げ尋ねるミーナの前で、ジャックは答えに窮していた。それはまだ、最大の不安が取り除かれたことには繋がらないからだった。出来るなら首を縦に振りたくない。ジャックはそう思った。


 しかし、


「なに迷ってるの? 私の大事な報告書燃やしといて」


 なかなか答えを出さぬ幼馴染に痺れを切らした彼女が、軽蔑するように目を逸らしては口を尖らせる。――と、その嫌味たらしく付け加えられた一言は、ジャックの居たたまれない気持ちを呼び起こすようなもので、


「いや、やる、やるって! ホント、悪かったから······」


 効果覿面。反射的にビクリと身体を揺すらせたジャックは焦ったようにそう口にしていた。誠心誠意という程ではないが、この謝罪にはミーナはやや満足していた。


 こうして、結局、魔法の実演を引き受けることになるジャック。だがしかし、やはり懸念材料は減らしておきたいというのが切なる思い。


「たださ、やるのはいいんだけど、もしまた大事なもん燃やしちゃったらどうすんだ? それが司令官のとかだったら、それこそシャレになんないだろ?」


 口を一文字に結び、先日を思い出すジャックは視線を左上へ。だが、そんな渋り顔とは対象に淡々と、


「別にいいわよ。あなたの首が飛ぶだけだもの」

「よくねぇから」


 眉を八の字にするほどの顔でジャックは彼女を睨む。――が、そんなことは歯牙にもかけず、心で“なんだ、些末な悩みね“と、用事が済んだことを感じたミーナは、自分の仕事をするためサッと身体を翻す。そして、


「そうなりたくないなら、小さい炎で留めるよう、細心の注意を払う事ね」


 そう忠告して歩く彼女は「先、部屋戻ってるわ。後で来なさいよ」と、ジャックの返事を待つでもなく、肩甲骨の下まで伸びた長い髪をケープに揺らしながら、人混みの中へと消えていった。


 風のように去っていくその姿を目で追っていたジャックはやや呆然。そして程なくして我に帰ると、ふと彼女の言っていた人手のことを思い出し、


 ――新しい奴がきたら、今度からそいつにやらせよう。


 と、心に強く決め込んだ。

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