再会④
そして数分後、ミーナの説明も終盤に差し掛かっていた。
「それで最後だけど、橋の上に敵をおびき寄せるの」
「橋に?」
何故わざわざ街のほうへ? と思ったジャックがつい口を挟む。
「敵を橋から落とすの」
「なるほど······。水で溺死させるわけか」
「そう。全長は四メートル程だけど、顔の高さは水位より断然下のはずよ」
ウィルドニアの周囲の川は、それなりの大きさの船の往来も考え作られている。そのため深さも十分に掘られていた。
「それで、橋までドラゴンをおびき寄せたら、私がどうにか敵に触れて、魔法で落とす。これが今回の作戦よ。質問はあるかしら?」
三人とも作戦に大きな異論はなかった。が、最後の最後で彼女に危険が及ぶことから、ジャックは不満気に言葉を唱える。
「わざわざお前が奴に触れる必要はあるのか?」
「念のためよ。私の魔力なら間違いなく落とせるでしょ?」
「それはそうだけど······」
「それに、もし私がやられても橋を破壊するよう、大砲が準備されてるわ。心配しないで」
ジャックは顔を歪めていた。
そういうことじゃないと彼は言いたかったが、たった一人の私情で作戦を変更することが不可能な事は理解していた。そして、彼女が意志を曲げない事も。
「とりあえず、以上よ。明日の朝から北地区に滞在することになるから、各々、準備だけは怠らないようにお願いね」
三人は声を揃えて返事をする。
「薬は明日、私が持って行くから気にしなくていいわ。——じゃ、私は司令部に戻るから今日はここでお別れよ。また明日、現地で会いましょう」
そう言うとミーナは、颯爽と部屋を出て行ってしまった。三人は座ったまま振り返って、彼女を見送っていた。
「必要なことだけ言って、さささーって感じでしたね」
「それだけ大役を任されてるって事じゃないかね」
フィリカとスライは立ち上がるが、ジャックは座ったままだった。
「どうしたジャック?」
彼は、俺の知らない時間の彼女は、きっとあんなんだったんだろう、と思っていた。
「いや、なんでもない」
立ち上がったジャックは、ぐぐぐっと、背筋を伸ばした。
城での準備を終えた三人は、城門を出ようとしている所だった。
「あれ? ハイゼル司令官じゃないか?」
彼は司令部ではなく、何故かこんな所にいた。そんな三人より前を歩くハイゼルに、フィリカが手を振って声をかける。
「ハイゼルさーん!」
彼はその声に気付き、手を振って応える。
ジャックとスライは近くまで行くと、敬礼をするが、フィリカは手を振るだけだった。
「何してるんですかー?」
「んー、小休止ってとこかな。今は会議の合間でね。——フィリカ君はもう無事なのか?」
「はい、おかげさまで! ······でも、ハイゼルさん。城を出て大丈夫なんですか?」
「心配しなくても、ちゃんと再開時間には戻るよ。その前にちょっと寄っておきたい所があってね」
「寄っておきたい所?」
ハイゼルは三人の顔を見る。
「よければ一緒に来てくれないか? そんな時間は取らないよ」
ジャック達は首肯の意を示す。とはいえ、元より断れるような立場ではないのだが。
そうして彼らは一緒に、北西地区に向け歩き出す。途中、フィリカが行き先を訪ねても、ハイゼルは答えなかった。
それから数分後、四人の前にあったのは墓だった。道中、店を寄った彼の手には、花束が添えられていた。
「戦没者を慰霊する墓でね。こうして度々、祈りに来ているんだ」
彼は大きな墓の前に、持っていた花束を置く。
「中には、僕の親友もいてね。兵士をしてた時だから、もう何十年も前のことかな······」
独り言のように話す彼は、笑顔を浮かべながらも哀しさを滲ませていた。
「彼の遺体は帰らなかったよ、この国にはね。魔物に食われたんだ」
ハイゼルは墓石にお辞儀をして敬礼をすると、彼らを讃える。三人も側で敬礼をした。
「······僕はね、時々分からなくなるんだ。自分より下の者に現場を任せることが」
彼が言いたいことは、ジャック達にも察しがついた。
「かといって投げ出してしまえば、亡くなった者達に顔向けなんて出来ない」
ハイゼルは手を下ろし、墓を見つめたまま、背中にいる三人に話しかける。
「結局、定められた道を進むしか、道がないんだ。どんなに厳しくてもね」
彼は振り返ると、ジャック達の目を見る。
「だが、残された者も苦しいんだ。その事だけは忘れないでくれ。君達がどうか、その一人にならない事だけを祈っている。——頼んだよ」
三人は小さく「はい」と答えた。
墓の前に置かれた白い花は、風でそよいでいた。
墓地の外で「悪いね、時間を取らせて」と言ったハイゼルは、城へと戻っていった。彼を見送ると、口を開いたのはジャックだった。
「司令官、何千人と失った命を背負ってきてるんだな」
「あぁ。最近どうなのかと思ってたけど、俺尊敬し直したよ」
二人は彼の背中を大きく感じていた。
「じゃあ、少しでも負担にならないように、私たちは必ず成功させましょ? 全員で」
ジャックとスライは彼女に向け、笑みを湛える。
「偶にはいいこと言うのな、お前も」
「偶に、は余計ですよ」
こうして彼らは、明日を迎えることとなった。