再会②
あれから三十分程して、彼らは北地区に来ていた。
「これまた、ひでぇな」
軽い口調で言うのはスライだった。この中では一番兵士の期間が長いため、このような光景は見慣れたものではあるが、そんな彼が見ても、今回の被害はやはり大きいものだった。
街から北にかけての橋の奥——荒野に近いほうは、ほとんどの欄干が壊れている。
そしてそこへ向かうほど、血溜まりや瓦礫、剣や矢などが増えていく。だが、負傷者の姿はもう既になかった。
そんな中を、四人は歩いていく。
荒野の入り口には、幾門もの大砲が運び込まれつつあった。それを指示しているのは、先程の髭を生やした中年の男である。
彼は、食事を終えてこちらに来た四人に気が付く。
「おぉ来たか。······なかなかの有様だよ」
三十分前とは違い、彼の声は低かった。
「そのようですね······」
ミーナも暗い声で答える。
彼女の隣では、今まで見た事のない大量の血痕に、顔を青くするフィリカがいる。
「大丈夫かい? フィリカ君」
「だ、大丈夫です······」
そうは言うが、フィリカの鼻には漂う血と、焼けるような匂いが襲ってきていた。なるべく息を吸わないようにと、彼女は慎重に呼吸をしている。そんな彼女の様子を見て、ハイゼルは作り笑顔で「無理はダメだよ」と優しく頭を撫でる。
フィリカは、目を合わせて頷くだけだった。
「司令官、これは?」
橋の終わりで横一列に並び始めている大砲を見て、ミーナが尋ねる。
「あぁ。せめてもの防衛だ。 最初は飛んで襲って来はしたものの、後は地上で戦ったと、負傷した兵士に聞いてね。もし再び来たとしたら、きっと奴はまた地上に降りると、そう睨んでいるんだ」
「そういうことですね」
しかしハイゼルは、まだ釈然としない顔をしていた。
「だが万一、直接街へ飛んで行った場合を考えると、どうしたものかと頭を悩ませていてね······。——そうだ、君の報告書にあったあの魔法はどうなんだ? あれで奴を落とせないのかい?」
彼が言う魔法は、ゴーレムから作った魔法のことである。
「一度ドラゴンに触れていれば可能性はあるでしょうが、その最初の触れるが不可能かと······」
「そうか······」
ハイゼルは軽く肩を落とす。
「他に、奴を地上に落とす案は浮かびそうかね?」
「そうですね······。ないことにはないのですが、あまり推奨はできません」
この時ミーナは、スライによる撃墜も考えたがそれは伏せていた。仮に空を飛ぶドラゴンへ届いたとしても、槍の回収が不能になるからだ。
「構わん。是非とも聞かせてくれ」
「······わかりました。——司令官。失礼ですが、イーリアの森の報告書は覚えていますでしょうか?」
ハイゼルはその単語から、古い記憶を探り出す。
「イーリアっていうと······アレだろう? 透明な実から、魔力を保存する水を作ったっていう」
「はい。本筋はそちらなのですが、私たちはそこでミスを犯していまして」
「あぁ、確か······黒い実を踏んだってやつだったな。笑わせてもらったよ」
少し笑みを浮かべたハイゼルだったが、すぐに顔つきを変える。
「······つまり、そういう事かね?」
「はい。御明察の通りです」
ミーナの考えは、黒い実をあえて潰して、ドラゴンをおびき寄せようというものだった。
「確かにそれなら、空飛ぶドラゴンを地上に呼び出せるかもしれん······」
「ただ、風の流れによっては、他の魔物を呼んでしまうことも否定できませんが」
「うむ······」
わざと魔物を増やす——危険を増やすのが得策と言えないのは、誰が聞いても明らかだった。
そこでハイゼルは、その報告書にあったことを鮮明に思い出す。
「だがその時、モンスターの群れを君が殲滅したと、そう書いてあったとも思うが?」
「仰る通りです。そこでもう一つ提案があるのですがよろしいですか?」
「うむ。言ってみたまえ」
「私達にドラゴン——いえ、ドラゴンとその周囲を担当させてもらえないでしょうか?」
急に飛躍した話に、目を見開いたのはハイゼルだけではなかった。話を聞いていた一同、同じような顔をしている。
「······正気かね?」
半笑いで彼女に再確認をする。
「はい」
凛とした目で、ミーナはハッキリと答えた。
そんな毅然とした彼女の様子を見てハイゼルも、吊り上がっていた頬を正す。
「勝算があるということかね?」
ミーナは一度視線を下げるとすぐに戻し、ハイゼルの目を真っ直ぐ見る。
「はい。軍の協力を頂けるのなら、十五パーセント程は」
思わず溜息を漏らすハイゼル。
「······少ないな。そんなんじゃ任せられない」
だがハイゼルは、辺りに散らばる剣や血を見て、目を伏せる。
「——そう言いたい所なんだがね······。十分な数字だよ。今の我が軍じゃ引き分けは取れても、勝利はほぼゼロに近しいからね······」
以前は勝てると目論んでいた彼の考えは、完全に覆されていた。そのことはミーナも理解しているようだった。
「しかしどうして、私達の攻撃は通用しなかったのでしょう?」
「それは我々にも分からない。だが、当時の君の考えでは通用するものだったんだろう?」
「はい、確実に。なのでその点だけがやはり、気がかりで仕方ありません」
「ふむ······。それも考慮して作戦を立てねばならないな」
ハイゼルは黙考し、自慢の髭を触る。
「何かお考え中ですが、ちなみに今、上はなんと仰ってるんです?」
意識を目の前に帰した彼は、その言葉に対し、重い溜息を漏らす。
「それがまだ、彼らは事態を重く見てなくてね。嫌んなるよ。だが時期、理解はすると思うがね。——あぁ。ほら、噂をすれば······」
そう言うハイゼルの視線の先には、腰に剣を携えて走る、一人の兵士がいた。
「ハイゼル司令官! お話中失礼します」
「どうした?」
彼は敬礼をし、伝達事項を伝える。
「最高司令官より伝令です。司令部にて、今回の件を会議するとの事です。至急、お戻りください」
「分かった。すぐ行く」
「では、失礼します」と言って、彼は再び敬礼をすると、足早に城へと帰っていった。
「悪いがミーナ君。君もついてきてくれるかな?」
「はい。分かりました」
橋の防衛は、大砲をあと二門並べるだけだったので、側にいた兵長に「それが終わったら、いつも通り見張りを頼む」とハイゼルは言った。
「じゃあ行こうかミーナ君。······この子らはどうするかね?」
ミーナの側にいる三人を目で指すハイゼル。
「一度城で待機させようと思います」
「そうか。——悪いね、君たち。しばらくミーナ君を借りていくよ」
そう言う彼に、三人は「はい」と、声を揃えて答える。
彼らに対して一度頷いたハイゼルは、城に向け歩き出した。
「会議が終わったらあの部屋に戻るから、訓練か本でも読んで待っててちょうだい」
そう言い残して彼女は、ジャック達の元を離れ、すぐにハイゼルの少し後ろをついて歩いた。
そんな二人を見送るジャック達。
「ミナっちって、一応それなりの役職の人なんだな」
「······みたいだな。今まで普通に話してたけど」
そう言ったジャックは、ふと後ろを振り返り、体調の優れない彼女を見る。
「とりあえず戻ろう。あまりここに居ても、良いものじゃないし」
「······だな」
ジャック達も城に向け、足を進めた。
橋に残された血は、それからもしばらく、乾くことはなかった。