再会①
彼らがヨリを戻してから十日後のこと。
「ふぅ······だいぶ様になって来たわね。これならもう戦闘でも使えそうだわ」
「よっしゃあぁ······」
訓練が一区切りついたため、ジャックはあの、地下の地面へと倒れ込んだ。
ゴーレムから作った魔法を使って仲間の移動をするサポートを、彼は出来るようになっていた。
「あなたが前線の時の移動も、自然と合うようになってきたし、もう安心ね」
彼女も息をついて、笑みを浮かべる。
「ミーナさーん! そろそろ休憩にしましょー!」
「そうねー!」
遠くにいるフィリカ達に、ミーナは大声で返事をする。
あの日以降、彼女な物腰は柔らかくなっていた。他の者の意見を取り入れ、相手が思っている事、上手くいかないところなどを寄り添って聞くようになった。
そのおかげもあり、皆、一様に遠慮なく言葉を発するようになっていた。
「じゃ、昼でも食べに行きましょうか」
「あぁ」
ミーナはジャックに手を差し出す。
キョトンとした彼だったが、すぐに「悪いな」と言ってその手を掴んで立ちあがる。
だが、
「きゃっ」
彼女は、思いのほか強く引っ張ったジャックを支えきれず、一緒に地面へと倒れこんでしまった。
「いったぁ······。あんた、加減ってモンを知りなさ——」
怒ったミーナは途中で言葉を止める。
倒れてから顔を上げた時、目の前に彼の顔があったからだった。
まだ、こちらの方は慣れていないようで、彼女は口を結び、目をしどろもどろさせる。
「わ、悪い······大丈夫か?」
ジャックのほうは普通に心配をしていた。
「え、えぇ······」
頬を赤らめ、横目で無事を伝える彼女だが、身体を起こそうとした時、右胸に違和感を覚える。
「えっ?」
その違和感に不吉さを覚えた彼女は、視線を自分のほうへと向ける。
彼女の右胸には、ジャックの左手が掴むようにそこにあった。
倒れた際に、ミーナを支えようと触れてしまっただけの単純な事故なのだが、彼女のほうはそれどころじゃなかった。
いつの間にか、ジャックは鼻の下を伸ばしている。
「初めて触ったけど······い、いいおっぱいだと思う——ぐほっ!」
ミーナは、グーで彼の鼻を殴っていた。
自分の胸を、両腕で包むように隠す彼女の顔は、さっきよりも赤くなっている。
「······バカっ!」
そうしてミーナは立ち上がると、ひとり足早に出口の方へと歩いて行った。
程なくして、フィリカ達がジャックの元へやってくる。彼はまだ鼻を押さえていた。
「また喧嘩したんですか?」
「違ぇよ······」
掌を離したジャックは、鼻から血を出していた。
昼休憩をしに、四人は食堂に来ていた。
だが、普段より閑散として、兵士の数もまばらだった。
その一角にある長方形の机に彼らは、半々に分かれ座っていた。
ちなみに、ジャックとミーナは対角線にいる。
「あー、本気で殴るか? 普通······。せめてビンタだろ」
「うるさいわね」
「何があったの? 二人とも」
興味津々な目でジャック達の顔を見るスライ。
「あぁ、こいつが、俺が立ち上がるの手伝ってくれたんだけどさ、その時に——」
「いいい、いやいい! やっぱいいや! ジャック!」
急に大声を出して、話を静止するスライ。
「ん? どうしたんだ?」
机の下では、ブーツの角でスライの足先を踏みにじろうとする、ミーナの脚があった。
右の鼻にガーゼを突っ込んだままのジャックは、首を傾げる。
「まぁいいや。せめてもう少し優しく頼むって話だしな」
「殴るのはいいんですね······」
「多少は、だぞ?」
あくまでそういう性癖でない事を、念押ししておくジャック。フィリカは「本当ですかねぇー」と言いながら、目の前の大盛りカレーライスに手を付ける。
「それにしても、大分良くなってきたんじゃないか。ミナっち」
「な、何がかしら?」
「訓練の成果」
「あ、あぁ、そうね」
てっきり、二人の関係を言われたのかとミーナは勘違いしていた。
「じゃあさ、そろそろ次のモンスターを考えてもいいんじゃない?」
「えっ?」
「スライさん、ちょっと魔力増えましたもんね。それに、早く武器を使いたくてウズウズしてるんですよ」
実のところ、まだ実戦では一度も武器を使っていない。
「そうね······。そろそろいい頃だとは思ってたけど、どのモンスターがいいかしらね······」
ミーナは顎に手を当てて、少し俯く。
「目処は付いてるのか?」
水の入ったグラスを持ちながら、一番離れたジャックが彼女に尋ねる。
「いや、それは——」
「あぁーいたいた! ミーナ君、君たちどこ行ってたんだ?」
まだ決まってないわ、と言おうとしたミーナの言葉を、野太い男の声が遮った。
「あっ、ハイゼルさん!」
フィリカが手首を振って彼を迎える。
四人は、側に歩いてきた髭男に「お疲れさまです」と言って会釈をする。彼は左手に紙を持ち、もう片方の手を上げて「おつかれ」と挨拶を返した。
「探したんだぞ? 居なくなるのなら書き置きぐらいしておいてくれよ」
「すみません。今度からそうします」
ミーナはあの訓練場のことを、敢えて上層部には伏せていた。
「まぁいい、君のことだ。サボってるとかそういうのではないだろう」
ハイゼルは近くの別の机から椅子を引っ張ると、ジャックとフィリカの側に座った。
「それより、ちょっと見てほしいものがあるんだ」
そう言って彼は、持っていた一枚の紙を机の真ん中に置く。四人はそれを覗き込むように見た。
「なんです?」
「さっき入ってきた報告だ」
『北地区被害報告。荒野の空から現れたドラゴンにより負傷者四十三名。死者二名。戦闘の際、橋の一部を破壊、破壊される。大砲によりなんとか撃退したが、恐らく敵の手負いは僅かなもの。そのまま北へと飛んで逃げる。——追記、尻尾に一本、軍のナイフ有り』
「おい、これって······」
「どうかしたんですか?」
「私たちが会ったドラゴンよ······きっと。でも、どうしてまた······」
「復讐とか?」
特に悪気はなかったが、スライのその言葉を聞いたミーナは罪悪感を感じ、目を伏せる。
彼女に気付いたジャックが「おいっ」と小さく言って、スライの足を蹴る。
彼もミーナに気付いたようで、申し訳なさそうな顔を浮かべ、彼は「わるい······」と謝る。
「どこかで似た報告書を見た気がしてね。やっぱり、君たちが見たドラゴンか」
彼は机に肘を置いて、髭を触る。
そんな彼にミーナが尋ねる。
「それで、ドラゴンの行方は?」
「分からない。あの火山の可能性は高いが、今は次の襲撃に備えて守備を固めるので手一杯だ」
「偵察のほうに人を割けないから、今は後回しにしているという事ですね」
「そうだ。君の言った、崩れた道の先に行くには、それなりの人と労力が必要だからな」
ハイゼルは眉を八の字にしていた。
「······なぁ、ミーナ。今なら魔法使って入れるんじゃないのか?」
「どうかしら······。砂や土は簡単にいけるけど、岩石は怪しいところよ?」
彼は、あの道が崩落した直後の事を思い出す。
思いのほか大量に落ちてきた岩石。そして、程々に長い細道。
「あぁ······そうか······」
ジャックは肩を落とし、落胆を見せる。
「それで、少しでもと思って何か情報をもらいに来たんだが、どうかね?」
ミーナは顔を曇らせる。
「いえ······、報告書に書いたこと以外のことは何も······」
「そうか······」
彼は頭をガクッと下げる。
「じゃあ僕は、北地区に視察に行かなきゃならないからお暇するよ」
「あっ、待って下さい! 司令官」
「ん?」
紙を手に取りながら腰を上げるハイゼルを、ミーナが呼び止めた。
「司令官、その視察。私たちも御一緒してよろしいですか?」
「あぁ、構わんよ。是非、君の考えも仰ぎたいものだ。しかし······」
彼は目の前の食器に視線を移す。
「君達の食事を待つのは、少し、時間がかかってしまいそうだ」
と言って、厚い頬を上げながら彼は、重い空気を取り払う。
「僕は先に行ってるから、ゆっくり食べてから来るといい」
彼は闊歩し背中を見せながら「午後はほとんど北地区にいるだろうからー」と言い残し、立ち去っていった。
三人は苦笑いをしていた。
「こんな時でもフィリカには甘いのな······」
「そうね······」
「フィリカちゃん、実は影のボスでしょ」
「何を言いますか」
四人の中で料理が半分以上残っていたのは、フィリカだけだった。