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絆⑨

 それからしばらく、二人は黙ったままだった。ミーナはまだ、顔を腕に沈めていた。

 ジャックは持っていた水筒から、一口、水を飲む。そして「ありがと」と言うと、水筒を彼女に返す。


 中身は、先の半分ほどになっていた。

 彼女は、ふと思った疑問を彼にぶつける。


「ねぇ、ジャック。あなたにとって"魔法"ってなんなの?」


 落ち着いた声でそう口にするミーナ。

 彼女の涙ももう、声と同様に落ち着きを取り戻している。


「俺にとって?」


 顔を横に向けて彼は尋ねる。


「特にないの?」


 彼女も彼のほうに顔を向ける。


 無意識のその行動が、不意に二人の目を合わせる。だが、ここ二日間のようなことはなく、いつも以上の二人だった。


 ジャックは急に気恥ずかしさを覚え「そうだなぁ······」と言って視線を逸らし、そのことを悟られないようにする。


 ジャックは、自分の指先のほうを見たまま、彼女に話をする。


「スライが、魔法でしたいことは知ってる?」

「うん、ザバを良くするって話でしょ? 訓練の合間に聞いた」

「そっか。俺はザバに行く途中で聞いたんだけどさ、その時に"お前は、魔法でしたい事はないのか"って聞かれたんだよ。よく考えたら俺、そんなこと考えたことなくてさ······」


 そんな彼に、頬を腕に当て、興味の目を向けるミーナ。


「それで、見つかったの? したいこと」


 しかし、両手を上げ、肩を竦めるジャック。


「サッパリ。いつもお前に振り回されるだけだもん。考えるだけ無駄だわ」

「なにそれ、ひどいわね。傷付くわよ?」


 だが、目の下を赤く腫らした彼女は、ふふっ、と笑っていた。ジャックはそんな彼女のほうを見る。


「そんな私、振り回してるかしら?」

「振り回してるよ。ずっと」


 垂れた前髪を耳にかけながら、「気のせいよ」と言ってミーナは目を細める。


「じゃあ、魔法じゃなくてもいいから、やりたいことはないの?」


 首を傾げたままの彼女は、隣にいる彼に尋ねる。彼は天井を見上げ、考えていた。


「ちょっとした事でいいから」

「そう急かすなよ。——うーん······。まぁ、しいて言うなら、魔法に夢中なお前の顔は見ていたいかなー」

「えっ」


 彼の不意な発言にミーナの心臓が驚く。


「ツンとした顔してること多いけどさ、やっぱり、魔法に楽しそうに触れるお前が、俺は一番好きなんだよね」


 彼は恥ずかしげもなく、軽く笑って彼女のほうを見ると、視線を下に向ける。


「だからさっきの事だけど、俺にとっての魔法は、俺の一番好きな人が一番好きなモノなんだと思う······んだ······よ······?——」


 ここまできて彼はハッとした。

 途端にジャックの顔が赤くなっていく。


 彼は無意識に喋っていたため、口を滑らしていた。

 そして途中まで、単に"魔法が好きなミーナが好き"だったが、いつの間にか"自分はミーナが好き"と吐露していた事に彼は気付く。


 焦ったジャックは、慌ててミーナのほうを見る。

 彼女は顔を隠し、耳を赤くしていた。


「ち、違う。俺は、俺はただ、お前の——ミーナの魔法が見たいだけ。そう、ミーナの作った魔法がみたいだけで、そのなんて言えばいいか——」

「そう······」


 顔を見せない彼女は、やけに静かな声をしていた。そして、その声のままもう一言、言葉を付け加える。


「私、ここまで来てハッキリしない男は嫌いよ」


 俯いたまま怒るように言うミーナ。

 ジャックはもう後には引けなかった。

 彼は心を決める。


「わかった······。ちゃんと言う。ちゃんと言いたいから、顔、上げてくれよ」


 それを聞いたミーナも、心を決めて顔を上げる。彼女は顔を赤らめながらも、ツンとした顔をしていた。


 ジャックは二度深呼吸をして、数秒目を瞑る。

 そして、


「俺は······お前が、ミーナのことが——」


 その時、魔力の切れた明かりが徐々に消えていった。


「あっ······」


 声を漏らしたミーナは、こんな時に、と心底天井を恨んだ。


 仕方なく、明かりを付けようとする彼女。

 だが、暗闇の中、彼女の後頭部に伝う手が、それを遮った。


 そして、小さく「ミーナ」と彼女は名前を呼ばれ、その後に短い言葉を聞いた。


 直後、不意に、唇に伝わる感触を覚える。


 目を見開いた彼女だが、程なくして目を閉じると、素直にそれを受け入れていた。

 時間にして十秒程のものだった。


 それが、そんなひと時になったのは、真っ暗闇で状況が分からず、練習を中断した二人によって遮られたからだった。


「ミーナさーん。どうしましたかー?」


 フィリカは大声で呼びかけるが、彼女からの返事はなかった。


 毎回、切れた明かりを灯すのがミーナの役目なのだが、それが全く行われないことに、フィリカ達は訝しむ。


「なんかあったのかな? フィリカちゃん、二人の場所わかる?」

「はい」


 『サーチ』を使ってスライの手を取ると、フィリカは、黙ったままの二人の元へと行く。


「ここです。二人とも······顔逸らして逆のほう向いてますけど······まだ喧嘩中でしたかね?」

「顔も見たくないってか?」

「それほどですか······」


 嘆息を漏らすフィリカ。


「もういい加減にしてください。いつまでやってるんですか。ふん、いいですよ。二人が明かりつけたくないっていうのなら、私が付けますから」


 投げやりな口調でフィリカはそう言うと、魔力を天井一面に張り巡らせる。

 白い明かりを取り戻した魔光石が、辺りを鮮明に映し出す。


「あれ、フィリカちゃんでも点けれるのね」


 天井を見上げ、安堵の声を漏らすスライ。

 だが視線を下ろした時、二人の異変に気付いた彼は目を丸くして、驚きの声を上げる。


「うわっ、どうしたの二人とも」


 その声に天井を見ていたフィリカも、彼らのほうを見る。


「わっ、本当ですね。顔、真っ赤っかですよ」


 そこには、膝を抱えるように座るジャックと、横座りをするミーナがいた。


 ジャックは、目から下を隠すように膝に顔を埋めていた。ミーナのほうは口をモジモジさせ、目を少し潤ませている。

 そのミーナの目に気付き、フィリカは声をすごませる。


「ジャックさん、ミーナさん泣かせました? 流石に許しませんよ?」


 ジャックは横目でフィリカを見ただけで、何も答えなかった。そんな彼を庇うようにミーナが弱々しく言葉を出す。


「ち······ちがうの、フィリカ······」

「なにが違うんですか?」

「そ、それは······」


 フィリカと目を合わせたミーナ。

 だが、暗闇での出来事を口にできない恥ずかしさから、彼女はジャックのほうをチラリと見ただけだった。


「ミーナさん?」


 だがそれだけで、状況を察したスライが助け舟を出す。


「とりあえず、仲直りはできたのかな?」

「え、えぇ。迷惑かけたわね。わ、私たちはもう、大丈夫だから」

「そっ」


 そしてジャックのほうを見たミーナは、平然を装い彼に声を掛ける。


「れ、れれ、れ、れ、練習するわよ。ジャ、ジャック」


 呼び掛けられたジャックは顔を上げ、同じように平然と答えようとする。だが、


「お、おお、お、おう。おう、そうだな、ミ、ミーナ」


 と、目を合わせずに話していた。

 そうして立ち上がると、二人は一緒にフィリカ達からそそくさと離れていく。


 そんな挙動不審な二人に、怪訝な顔をするフィリカ。


「ん? まったく······。変な二人ですねぇ······」


 フィリカは腰に手を当てて、溜息をついた。ただ一人、スライだけはニヤニヤと笑っていたが。


「······若いねぇ」

「ん? 何か言いました?」

「ううん、なんでも。俺らも練習しよっか」

「······そうですね」


 フィリカとスライは、安堵の笑みを浮かべていた。


 そうして、訓練を再開した彼らだが、ジャックとミーナは、別の意味でしばらく連係が上手くいかなかったのは、言うまでもない。


 ——つづく。

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