絆⑥
次の日の訓練は散々なものだった。
「ミナっちー。これで五度目だぜ? 俺の身体もそろそろ悲鳴をあげるよ?」
結局、彼らは二組に分かれて練習をしていた。
スライの投げた槍を、ミーナが魔法で回収するという練習をしていたのだが、彼女はその操作を誤り、彼の身体のあちこちに、その持ち手をぶつけていた。
「ごめんなさい······」
しゅんとして下を向く彼女。
スライは思わず嘆息をつく。
そんな彼がふと、フィリカ達のほうを見る。
そこにはちょうど、魔法を置いてけぼりに動き出してしまったため、天井から落ちるジャックの姿があった。
フィリカが慌てて側に駆け寄っている。
よく見ると、落ちた彼の身体とは反対の面も、あちらこちら土でまみれている。
「ったく······なにやってんだよ·····」
スライは、再び溜息をついた。
その日はそのまま終わりを迎えた。
「とりあえず今日はこの辺にしましょう······。でも、まだ実戦で使うには程遠いわ。明日もやるわよ」
ミーナは彼らを集めて、俯き気味にそう口にする。
三人は彼女の言葉に耳を傾けていたが、ジャックだけは、明後日の方向を見ながら話を聞いていた。ミーナのほうも話をしている間、彼とだけは目を合わせようとしなかった。
話が終わると、彼女は土の階段のほうへと歩いて行く。それに彼らも続いた。
あのジグザグの階段——外に出るまでの間は、誰も言葉を発しようとしなかった。列の先頭にいるミーナと最後尾のジャック。
それに挟まれた二人はいたたまれないものだった。
そのまま外へ出ると、何を言うでもなく解散となる。
翌日も同じだった。
全く変わらない結果。
増えるのは男二人の傷とアザだけ。
このままでは埒があかないと感じたスライは、この日の別れ際にフィリカを呼び止める。
「フィリカちゃん、ちょっと時間もらっていいかな?」
「······はい」
何のことか察した彼女は、彼の誘いを受け入れた。
お互い悩んでることは同じようだった。
街の大衆食堂へと移動した二人は、飢えた腹を満たしながら話をすることにした。
「足りなかったらどんどん頼んでね」
「ありがとうございます」
茶髪の二十歳前後の女性に注文を終えた二人は、水の入ったコップへと手をつける。
「それで、フィリカちゃんの方はどうなの?」
「全くです······。どこか躍起になって空回りしてる感じで······」
「そっか。こっちも、どこか上の空だよ」
そう言って彼は服を少し捲り上げ、身体にできた傷をフィリカに見せる。「ボロボロですね」と力なく笑う彼女だったが、それでも久々に浮かべた笑みだった。
「ホント、間に挟まれるこっちの身にもなって欲しいよ。俺らまで気使わなきゃいかんじゃん。······あぁ、ゴメンゴメン」
思わず、関係のないフィリカに愚痴をこぼしてしまった彼は早急に謝る。彼女も「いいえ」と言って、それ以上は言及しない。
「それにしても、俺は魔力が少ないから必然的に相手に合わせる練習はないけど、やっぱ、合わせる側は大変なの?」
「普通の状態なら問題はないんですけど、ジャックさん、身体強化魔法を使って移動しますから、それが大変ですね······」
疲れる、と言わんばかりの顔をするフィリカ。彼女のほうにも無意識に出てしまうほど、溜まったモノがあった。
「だから私は、天井と彼を繋ぎ止めるので精一杯ですよ。······まぁ、予想外の動きをされた時には、当然あぁいう結果になるんですが······」
スライは天井から落ちるジャックを思い出す。
「あぁ、それであーなるわけね。じゃあさ、フィリカちゃんが移動する時はどうしてんの?」
「私が壁や天井を移動する時は気を使ってくれてるのか、無駄はありますが、なんとか合わせてくれてますよ」
「ふーん······」
そこに、先程注文した料理が運ばれてくる。スライの前にはスパゲッティが、フィリカの前にはライスと鉄板が置かれる。その鉄の上には、ジュウゥ······と音を立てながら香ばしい匂いを放つステーキが鎮座している。
「ミーナさんなら、魔法を使うジャックさんに合わせるのも、容易いとは思うんですけどねぇ······」
と言いつつ彼女は、側にあった蔓の編み物からナイフとフォークを取り出す。
「確かにね。まぁ、それも普段の状態ならだけど······」
スライも入れ物からフォークを取り出すと、両手を合わせる。フィリカは既に「いただきます」と言って、ナイフとフォークを動かしていた。
「ところでさ、なんであの二人はあんな意固地になってるの?」
フィリカはチーズハンバーグを切っていた手を止め、その視線のまま、彼の質問に答える。
「それは······私にも分かりませんが······。ただ、どちらもやってる事は間違ってないんですよね」
「そうなの?」
「はい。ミーナさん、今回の訓練は実戦を想定した動きだと言ってましたよね? それはつまり、ちょっとしたミスが怪我、下手したら死——仲間の死にも繋がるわけです」
「うん」
「だから、より厳しく言ってしまうのも当然だと思うんです」
「まぁね」
彼女は止めていた手を動かし、一口分のサイズに肉を切る。
「ただジャックさんも、その事は理解してるんじゃないかと。訓練は続けてますから」
「確かに。普段ならサボってそうなもんだ」
フィリカはフォークで刺した肉を口に運ぶと咀嚼をし、ゴクリと喉を通過させる。
スライは、既にスパゲッティを半分ほど食べ、水を飲んでいた。
「じゃあどうしてあんな諍いが?」
「そこなんですよねぇ······」
彼女は再び手を止める。
「元々はミーナさんが求めすぎてしまった事が原因だとは思うんですが、ただ、あの言い争いの中に、ミーナさんがムキになる原因があったのも、間違いないと思うんです」
「へぇー、そんないつもと様子違ったの?」
「はい。怒ってるとこは何度も見てきましたけど、あんな眼をするミーナさんは初めてですよ」
フィリカはそれを思い出し「怖かったなぁ······」と呟く。
「それで、その原因に心当たりは?」
「うーん······私の見解ですけど、やはり"魔法なんて必要ない"って、あの言葉ですかねぇ? ミーナさんにとって、好きである魔法を否定されたわけですし」
「でもあれは、"兵士になるのに必要ない"ってことでしょ?」
「そうなんですよねぇ······」
二人は再び頭を悩ませる。
「他に心当たりは?」
「ミーナさん、過去のことをあんまり話してはくれませんから、私にこれ以上の推測はちょっと······」
「そっか······」