絆④
城に戻った四人は、訓練場の奥——あの鬱蒼とした、最初に身体強化の薬を試した場所へと来ていた。
「はぁー、君らこんなとこで魔法の練習してたのか」
初めてここに来るスライは、視線をあちらこちらに配る。
「いつもはそうなんだけど、今回はこのスペースじゃ足りないのよねぇ······」
独りごちたミーナは、持っていた革袋から灰色の薬を取り出し、それを飲む。
「何するんだ?」
しかし彼女はそれに答えることなく、膝を折ると、地面へと手を当て続けた。ザバの時とは違い、大きな変化が地表には現れない。
だが三十秒ほどして、彼らの前に、二メートル四方の地下へと続く階段が姿を見せる。
そして、その口の中へと入っていくミーナ。
「どうしたの? 行くわよ?」
突如現れたその穴に、三人は開いた口が塞がらなかった。
これは城のどこに繋がっているのか、はたまた彼女の魔法によるものなのか、それとも全く偶然生まれたものなのか。
そんな彼らの胸中を代表して、一番側にいたジャックが話しかけた。
「おい、ミーナ······。一体なに作ったんだよ······」
「何って、私たちだけの訓練場よ」
至極当然という様子で、奥へと進むミーナ。
進んでいいものか疑念を抱きながらも、仕方なく三人は彼女の後を追う。
そして、彼らが地面より下へ入ると、背中の入り口が土で覆われた。
それは万が一にも、城の他の者にこの場所を悟られないようにする、という彼女なりの対策だった。
真っ暗闇の中、急に、ミーナを中心に白い明かりが灯る。
ザバから持ち出した魔光石だった。
その明かりで足元を照すミーナを先頭に、彼らは奥へと歩いていく。
「はぁ······またこんな勝手なことして、知らねぇぞ?」
「大丈夫よ、城の図面は確認してるもの。建物、敷地に支障が出ないよう、ちゃんと計算して作ったわ」
「そういう問題じゃないだろ······」
「ミーナさん、最近悪行が目立ちますよ?」
「そんなことないわ。無駄の有効活用よ」
「屁理屈だろ」
「ザバの石といいさ······ミナっち、欲しいものはなんとしても手に入れるタイプだろ······」
「科学者はいつだって貪欲なのよ」
「限度があるだろ······」
そうして、彼女の性格について語りながらジグザグに下ること二十秒、彼らは一段と広い空間へと辿り着いた。
「どんだけ広いんだ······?」
目を凝らし、独り言のように漏らすジャック。奥の壁は、薄っすらと認識できる程度だった。
すると、一歩前に出たミーナが、別で持ってきていた袋から数個の魔光石を、天井に向けポイッと投げる。
それは、ぬるりと埋まるように土の中へ嵌まると、散らばるように動いて、空間の天井に、均等に配置された。
そうして、白く照らされた土の訓練場が、全貌を現す。
「いや······いくらなんでもこれ······広すぎだろ······」
「訓練場といい勝負じゃないか······?」
「そうね。あの訓練場の下だもの」
ジャック達がいつも剣を合わせている場所——その地下数メートルに、この空間はあった。
「これ全部······魔法で掘ったんですか?」
「掘ったというよりは、押し固めてあるという感じかしら。地上に影響が出ちゃいけないもの」
その言葉を確かめるように、三人は土壁を触る。指に伝わる感触は、まるで岩壁のようだった。
「だから、ちょっとやそっとじゃ崩れやしないわよ。安心して。······あっ、でも——」
彼女は人差し指を立て、彼らに忠告をする。
「火は厳禁よ。理由は炭鉱の時と同じ」
「酸欠防止か」
「そっ。まぁこれだけ広ければ、多少は問題ないけどね」
そして「もう一つ」と彼女は付け加える。
「わざと壁に向かって魔法を使わないこと。こんな場所、崩落したって誰も助けに来ちゃくれないわよ」
「誰も、そんな馬鹿なことはしねぇよ」
「そうかしら? あなたならやりかねないわ」
眉間にしわを寄せるジャック。
そんな彼を他所に、ふと、ずっと聞きそびれていたことを思い出したフィリカが、目の前の彼女に尋ねる。
「そういえばミーナさん。今回の魔法って、結局どういった魔法だったんですか?」
「それを今から説明するわ」
彼女は胸ポケットに挟んでいたピンを手にとって、垂れる髪を纏めている所だった。それらは、これから行う動作のための準備だ。
「まぁ、実演しながら教えていくわね」
準備を終えた彼女は、フィリカの肩をポンと叩くと、彼らから三メートル程の距離を取る。
「なにするんだ?」
「いいから見てなさい」
三人は、キョトンとした顔をしていた。
するとそんな中、彼女は仰ぐように、彼らに向け両腕を広げる。そして優しい微笑みを作ると一言、彼女はこう放った。
「おいで、フィリカ」
その声と同時に、グンっと勢いよく引き寄せられるよう、矮躯な身体がミーナのほうへと飛んでいく。
だがそれは、ぶつかる寸前で勢いを失くし、ミーナによって優しく受け止められた。
「おぉ」
「······あへぇ」
目の前の日常ではありえない動きに、目を開き、感嘆の声を上げる二人と、蕩けた顔をする少女。
「この魔法は『触れたもの、また魔力を帯びさせたもの』を磁石のように扱えるの」
と、フィリカを抱いたまま説明をするミーナ。
「ほぉー」
「ただし、形のある物に限るわ。気体や液体は駄目よ。これはきっと、ゴーレムの特徴が、固体——石を引き寄せるものだったからでしょうね」
「なるほど」
そして、次の行動をしようとするミーナだが、ぽけーっとした顔の割りに力強く、幼子のように全く離れようとしないフィリカに、彼女は嘆息を漏らす。
「まったく······。まぁいいわ。——つまり、こういった使い方も出来る、ってこと」
すると今度は、少女を抱えたミーナの身体が宙へと浮かんでいく。
そして空中で身体を反転させ、天井へと辿り着いた彼女らは顔を上げた。視線の先は、好奇と驚きの目をするジャック達だった。
「自分の身体より重たい物——天井や壁には逆に、自身を引き寄せることだって可能よ」
「すげぇー!」
だがそんな中、流石のフィリカも、自分の身に起きている状況に、戸惑いを覚え始める。
「ミーナさん······これ······」
さっきまでとは違う意味で、彼女はミーナに抱き付いていた。
そこに、近くまで来たジャック達が声をかけた。
「すげぇ! ミーナ! 俺もやってくれ!」
「ミナっち、俺も俺も!」
我先にと手を伸ばして、届くか届かないかの高さにいる彼女に押し寄せる。
「あんたら落ち着きなさい! まだ途中なんだから! ——フィリカ、大丈夫よ。手、放して歩いてごらん」
彼女と目を合わせると、震える手を、おそるおそる放していくフィリカ。
下からは、たったそれだけで歓声が上がる。
「私があなたに魔力を集中させている間は大丈夫よ。ちゃんと捉えてるから、信じて歩いてみなさい」
彼女は慎重に足を上げる。
そしてゆっくり、ミーナの周りで歩みを始めると、彼女のこわばった表情が次第に緩んでいく。
「でしょ?」
「すごいです······。まるで足元——天井に重力があるみたいです」
「いい例えね。だから、ジャンプしたって大丈夫なのよ?」
フィリカは目を見開く。
さすがにそれは······、と思ったフィリカだが、真っ直ぐな視線を送る、紅眼の彼女の様子を見て、覚悟を決める。
そして、両足に力を込めると、彼女は飛んだ。
一旦、宙に浮いたその身体はジャック達のほうへ落ちることなく、再びミーナのいる空の地面へと着地する。
新たに上がる観客の声。
信じてはいてもやはり、フィリカは胸を撫で下ろす。
「よく飛んだわね、フィリカ。じゃあ、一度下りましょうか」
そうしてミーナは、フィリカの身体を抱き寄せる。
すると今度は、天井から地上に向かって逆の動作をし、二人は大地に足を着ける。
下りてきたミーナにジャック達が駆け寄るが、彼女はまず、魔法の残りの説明をすることにする。
「今のは、魔法使用前にフィリカに触れて、『マーク』——魔力を送って、磁気を帯びさせておいたの」
三人はミーナが、ポンと軽く肩を叩いていたことを思い出す。
「この使い方をしたのは魔力の消費を最小限に抑えられるからよ。もちろんこんな風に——」
と彼女が言うと、今度はスライの身体が一人でに宙へと浮いた。しかし残念ながら、彼は天井まで行くことなくその浮遊を終える。
「することも可能よ。でも、触れてマークを付けた人間、物、よりは、どうしても魔力の消費は大きく、効果も高く得られないの。ましてや対象が人など大きくなると、それだけ効果も薄れてしまうわ」
そこで、先ほど魔法を直体験したフィリカが挙手をする。
「じゃあ、今スライさんが天井まで行かなかったのは、それが要因だってことですか?」
「そうよ。これはコンタクトやキュアにも似て、魔力を送り込んでいるかいないかの違いね。ちなみに歩き回ったり、ジャンプしたりは、その両方を使ったものよ」
「なるほど」
「そして、天井へ行ったのは、フィリカを引き寄せたのと逆のこと——地面と自分の身体を反発させて、途中から天井へ引き寄せただけ」
そこで今度はスライが手を挙げて、魔法について尋ねる。
「んじゃあさ、ザバでやった魔法やここを作った魔法も、それと同じものなんだよね?」
「そうね。ザバの時も理屈は同じよ」
「でも、じゃあなんであんな大きな範囲で魔法使えたの?」
「一つ上げるとしたら、扱ったのが体積の少ない砂だったことかしら。そのおかげで、魔力の消費が最小限に抑えられたから」
「えっ、じゃあここは?」
「ここは本来ある土を四方に押し固めて作ったんだけど、やはり粒の体積は小さいもの。私の魔力が足りなく程じゃないわ」
「へぇー······」
魔力の違いに愕然とする彼を気にする様子もなく、彼女は「造作もないわ」と付け加える。
「つまり、この魔法を使って土などで相手を攻撃したり、逆に防御したりってことも可能なの。もちろんそれだけでなく、道や橋を作ったりして、サポートしたりすることも出来るわ」
それを聞いて、ようやく今回の魔法の有効性に、三人は気付かされる。
魔法を使って、周りの物を操り攻撃。
魔法を使って、周りの物でガード。
魔法を使って、周りの者をサポート。
正に攻守補助を兼ね備えた万能な魔法だった。
そこで、ある事に気付いたジャックが口を開く。
「ってことは、俺らの武器にも使えるってことだよな? その引き寄せってのは」
それを聞いて、スライは工房での彼女の言葉にピンとくる。
「あっ、俺の槍か!?」
「そう。まだ試してないけど恐らく可能よ。ちなみに普通の槍で『マーク』を付けた場合、向こうの壁くらいの距離は、普通に引き寄せられたわ」
彼女は、彼らから一番遠い壁を指差す。
「はぁ······マジか······」
「ここぞという時に、あなたが身体強化して槍を投げて、それを誰かに回収してもらうことだって可能ってこと」
三人は呆気に取られる。
「いい? だから、今からここで練習することは、そういった連係をするため、この魔法を徹底的に使いこなせるようにすることよ。この魔法はチームワークが良ければ良いほど、使い方にも幅が広がるんだから」
そのことを深く理解した彼らは、大きく頷いていた。ミーナも、言いたいことがちゃんと伝わったようで満足していた。
「それじゃあ、早速やりましょうか。薬を配るわ」
そうしてミーナは、革袋から丸薬と小ビンを取り出した。だが、大事なことを思い出したジャックが、練習に入る前に頼みごとをする。
「あっ、ミーナ。その前に俺、天井歩きたいんだけど」
「あっ、俺も俺も」
「しょうがないわねぇ」
彼らは浮かれていた。
暗雲が近付いているとも知らずに。




