絆②
用事を終えた三人は、城へと向かう帰路についていた。
「ミーナさーん!」
その声のほうを見ると、人混みの中手を振って、三人に駆け寄ろうとするフィリカの姿があった。
「はぁ、はぁ······間に合いませんでしたか······」
息を切らしながら肩を落とすフィリカ。
「残念だったわね。ちょうど今しがた終わったとこよ」
「そうでしたか······。エドじいさん、元気でした?」
「えぇ。歳の割に、あの魔石見て子供みたいに喜んでたわ」
「そのまま昇天しそうな勢いだったけどな」
「ふふふ、それは何よりです」
息の整ったフィリカは一笑する。
「それで、これからどうされるんです?」
彼らは止めていた足を進め、コンクリートで舗装された道の上で、そのことについて話し合う。
「そうね······。とりあえず私は報告書かしら」
「また報告書か。大変だな」
「仕方ないわ。仕事の内だもの」
「ふーん」
「じゃあミーナさん。私、手伝えることがあればお手伝いします」
「ふふっ、ありがと。助かるわ」
そうしてミーナが笑みを浮かべる頃、右にある工場から漏れた煤の匂いが、彼女の鼻についた。そちらを見ると、ちょうどマスクをした若い男が、廃棄物の灰を片付けている所だった。
そこを通り過ぎた彼女は、冷然とした顔をジャックたちに向ける。
「じゃ、あなた達は帰っていいわよ」
「なんだ、急に素っ気ないな」
「だってあなたが居たら、倍は仕事しなきゃいけないもの」
「お前、まだあのこと根に持ってんのか······」
「当然よ」
目を逸らし、鼻を鳴らすミーナ。
「ジャック、お前なにしたんだよ······」
「なんもしてねぇよ······。単なる事故だ」
チョンチョンと、フィリカをつつくスライは、その内容を彼女に尋ねる。
耳元で囁かれた彼は、頭を二、三度縦に振ると、納得をした。
「それで、武器が出来るまでは、研究科は基本休暇にしようと思うわ。だから、訓練や兵士の活動に参加したりは好きにしてちょうだい」
「······わかった。——じゃあスライ、またその辺付き合ってくれよ」
「はいはい」
「ミーナさん。それが出来るまで、ちなみにどれ位の期間なんですか?」
「二週間よ」
「思ったより空きますね」
「まぁ、仕方ないわ。その内に溜まってる仕事でも消化してしまいましょ」
「そうですね」
その話が終わる頃、城の前に四人は到着する。
「それじゃ、今日はここで解散よ。お疲れさま」
そこで簡単にお互いに手を振ると、ジャックとスライは街へ、ミーナとフィリカは城の中へと消えていった。
——二週間後。
ジャックとスライは、朝早くから剣の手合わせをしていた。
「うおおおおおぉー!」
声を上げているのはジャックだった。
——ガッ! ガッ! ガキッ!
模擬用の木の剣が、何度もぶつかる音がする。
一旦、鍔迫り合いをして、相手を力づくで飛ばすスライ。
「はぁ······今日はまた、一段としぶといな」
「最近の連勝で······これで勝てば、ようやくお前に勝ちを越すからな」
「ったく······よくそんなん覚えてるよ」
肩を上下させながら鼻で笑うスライ。
「まぁ、そういうことなら俺も、勝ちに行かせてもらうぜ」
剣を握り直すスライ。
ジャックもそれに続く。
「あぁ、本気でこいよ」
そうして二人は息が乱れる中、また剣を重ねる。
——数分後。
「汚ねぇぞ、スライ······」
「勝負ってのはな、勝ちゃいいんだよ······」
ジャックは、持ってきていた水筒の水で目を洗っていた。
「だからって、砂蹴飛ばして目潰しは卑怯だろ」
「しょうがねぇだろ? こうでもしねぇとお前に剣が当たらねぇんだから。最近特に、それ、顕著なんだぜ?」
スライは城の壁にもたれながら答えるとと、そのまま座って水を飲んだ。
「そうかい······。あっ、やっと取れた······」
目に入った異物がようやく取れたジャックは、水で濡れた顔を袖で拭う。
「スライ、今度からこれ禁止な。毎回やられたら、こっちはたまったもんじゃないぞ」
「しょうがねぇな。今度はまた、違う手を考えとくよ」
「卑怯じゃないのにしろよ」
「それはどうかな」
「おい」
そこに城のほうから、フィリカを連れたミーナがやってきた。
「結局あなたたち、毎日ここにいるのね。ホントよくやるわ」
彼女は両手を空に向けると、呆れ顔を左右に振る。
彼らは、手を上げて彼女らに応えた。
「おう」
「おつかれ」
そこで、近くまで来たミーナが、充血した彼の目に気付く。
「ん? ジャックどうしたのあなた。目赤いわよ?」
ミーナは目を皿にして、自身の右目を指差す。
「あぁ、悪い。それは俺のせいだ」
彼女に謝るスライ。
片手を顔の前で縦にする彼を見ると、彼女はジャックのほうへと視線を戻す。
「大丈夫なの?」
「もう大丈夫だ。砂取れたから」
「砂ぁ? あんたら剣の練習してたのよね?」
彼は「あぁ」と言って下を向くと、水筒の残りを頭からかぶり、汗を流す。
そんな、何事もなかったかのように肯定をするジャックに、彼女は長い溜息を漏らす。
「ねぇ、二人の戦い方に口出しはしたくないけどさ、頼むから大きな怪我だけはやめてよ?」
腰に手を当てて、彼らに注意をするミーナ。
「あ、あぁ······すまない······」
「へへっ、怒られてやんの」
「あんたにも言ってんの」
その素早く刺す声に、ジャックは思わず顔を上げる。目の前には柳眉を逆立て、鋭く睨みつける彼女がいた。
「ご、ごめんなさい······」
まるで叱られた子犬のように、二人は消沈をする。
そんな姿を見て、ミーナはもう一度、今度は短く息を吐いた。
「······まぁいいわ。ちょうどキリがいいみたいだし、エドじいのとこ行くわよ」
「おっ! ついに出来たのか!?」
「そういえば、今日で二週間か」
「スライ! 遂にだぞ!」
「いやぁー、楽しみだな」
それを聞いた彼らの眼は、すっかり元気を取り戻していた。
「まるで子供ですね······」
「ほんと。呆れちゃうわ」
どんな武器か想像し話し合う二人を、彼女らは小声で会話をしては、笑っていた。