絆①
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ザバを出発してから数日後。
ゴーレムの魔石を手に入れた四人はウィルドニアの研究室へと戻っていた。
「今回の戦果はこんなものね」
ミーナは、あの大きなリュックから、革の袋を一つずつ取り出していく。
ゴーレムの魔石。バジリスクの牙を砕いた粉。そして、
「あれ、お前それ持ってきていいのか?」
遺跡の壁に埋まっていたはずの、拳ほどの、数個の魔光石だった。
「ミナっちー。それ本当はキツく絞られるやつだぜぇ?」
「いいじゃない。ゴーレムが崩したやつをもらったのよ?」
「そういうことじゃないと思いますが······」
「それにザバを救ったのよ? 対等の報酬だと思うわ」
「ほぉ、いい神経してるねぇ。——まっ、今回だけは皆も許してくれると思うけど、本来ザバ以外への持ち出しは御法度だからね」
「あらそう、心には留めておくわ」
特に、遺跡から盗ったことを悪びれる様子もないミーナ。
「とりあえずこんなものかしら。あとは、予定外の魔法が手に入れられたことね」
と言って、腰に下げていた小袋の一つを机に置く。
「この薬はウィルドニアでも作れるのか?」
ふと疑問に思ったジャックが尋ねる。
「えぇ。バジリスクの、この粉さえあればね」
彼女はその粉が入った、焦げ茶色の紐がついた袋を、摘まみ上げては放す。
「ふーん」
「じゃっ、この魔石を持ってエドじいの所へ行きましょう」
「エドじい?」
まだ彼の存在を知らないスライが、怪訝な顔で尋ねる。
「変わった爺さんだよ、鍛治師の」
「そういえば、あなたまだ会ったことなかったわね」
「あぁ」
「私の武器を作ったのも、その人なんですよ?」
フィリカは肩から下がる鞄を、ポンポンと叩く。
「ほぉー。面白そうな爺さんだな」
「鋳造と鍛錬に関してはウィルドニアいちよ。まぁ、歳のせいで今は、私の試作武器が仕事の半分だけどね」
そう言いながら彼女は、後ろ髪に留めていたピンを外す。長い髪が広がるように落ちた。
そして、頭を軽く揺らし手櫛で髪を整えた彼女は、魔石の一部を選び集め、再び革袋の中へと入れる。
「じゃ、私はこれを持ってエドじいの所行くけど、あなた達はどうする? 今日はもう好きにしていいわよ」
ミーナは、右手にその革袋を持ったまま、彼らの顔を見る。
「うーん······俺は特にやることないし、お前についてくよ」
「俺もジャックと同じだな。それに、エドじいにも挨拶しておきたいし。——フィリカちゃんはどうする?」
そう尋ねられたフィリカは、ひとり眉間にシワを寄せ、難しい顔をしていた。
「私も行きたいのは山々なんですが、一度書庫に顔を出しておこうかと思います。長いこと代わってもらってますし、とりあえず帰ったことだけでも伝えに行こうかと」
フィリカはミーナのほうを見る。
「そうね、それがいいわ。同じ司書の方にも、フィリカをしばらくお借りしましたと、よろしく伝えておいてちょうだい」
「わかりました。それで、もし溜まった仕事もなく、抜け出して良さそうだったら、私も工房のほうへ向かいますね」
「えぇ、わかったわ。すれ違わないよう行き帰りの道は、前のトコを使いましょう」
「了解しました」
「それじゃ、とりあえず出ましょうか」
そうして、ザバへの旅を終えた彼らは部屋を後にし、東地区にある、エドワードの工房へと向かった。
エドワードのいる工房内は、相変わらず暗かった。今回ジャックらが訪ねた際、彼は仕事をしている最中だった。
「おぉー、お前さんらか。もうちょっと待っておれ。今は手が離せんのじゃ」
そう言って彼は、ロングソードの鍛錬を続けていた。剣を打つたびに、右手に持つハンマーから火花が飛び散る。
「そこら辺に座ってましょ」
時間がかかることを目論んだ三人は、砂埃の乗った、土間より一段高い木の板に腰を下ろした。
数十分後、仕事を終えたエドワードが、丸椅子を持って、ジャック達の前に座った。
そして、エドワードから見て左に座る、初めて見る顔に、彼は気付く。
「ん? その金髪いのは誰じゃ?」
「彼はスライ。ザバ出身のここの兵士だったけど、今は私たちの仲間よ」
「ほぅ、そうじゃったか。よろしくの」
「あぁ、よろしく。エドじい」
座りながら握手をする二人。
「それで、ゴーレムに関することは何か知れたかの?」
「えぇ。だけどエドじい、その前に見て欲しい物があるの。——ジャック、あれ見せてあげて」
真ん中に座るミーナが、隣に座るジャックにそれを促す。彼はいささか渋りながらも、傍に置いていた剣をエドワードの前へ差し出した。
「······なんじゃ?」
突然、剣を出されたことに彼は不思議がる。鞘に収まったままのそれは、彼からしたらザバに立つ前となんら変わらない代物だった。
だが、
「悪い、エドじい。剣折れた」
そう言ってジャックが柄を抜いてみせると、エドワードは一気に目を見張った。
「はぁ!? 何をやっとるんじゃあ! 打ってやったばっかじゃろう!」
思わず声を荒げ、立ち上がるエドワード。
ミーナが両手で、彼に「落ち着いて」と宥める。
「ごめんなさいエドじい。でもこれは、ゴーレムと戦ってこうなったのよ」
「なんじゃと? 奴と会って、お前ら無事だったのか?」
「えぇ。だからこれで許してちょうだい」
そう言って彼女は、近くの小さな台を自分の前に置くと、持っていた小袋をひっくり返し、中身をばら撒いた。
「ゴーレムの魔石よ」
再び立ち上がるエドワード。
だが今度は、歓喜に満ちた声だった。
「お、おおおおおおぉー!」
さっきとは全く逆の反応を見せる彼に、三人も顔を緩ませる。
「あんま興奮すんなって。血管切れて死ぬぞ?」
ジャックはエドワードを小馬鹿にするが、彼は今、目の前の宝を見てそれどころではなかった。
「よう破壊できたのぉ! どうやったんじゃ!? 何をしたんじゃ!?」
「何もしてないわ。結局、力技よ」
そうしてミーナは彼に、ゴーレムとの戦闘の詳細について話した。
「そうじゃったか······なら仕方ないのぉ······。わしの力が及ばなかったのはショックじゃが、多少は通用したと、前向きに捉えることにするかの······」
エドワードは、魔石の欠片を一つ掴むと、それを拡大鏡で鑑別した。
「それにしても、これだけあれば武器四つ分は、取れそうじゃのう」
「えっ、あれだけの苦労の割に、たったそれだけか!?」
「何言うとるんじゃ。それだけ作れたら大したもんじゃぞ?」
鍛治のプロがそう言っても、腑に落ちないジャックは不満げな表情をする。
「一応聞いておくが、これが核の全部かの?」
「いいえ。残りは魔法の為のものよ」
「そうか。こんなものからでも、魔法が作れるんじゃなぁ······。でも、よう溶かしたり調合できたりしたのぉ」
「そうね。偶然の賜物かしら」
「偶然?」
「そう。ザバでは、家の岩壁を整えるのに、酸を用いるそうよ。私は塩酸を持ち合わせていなかったから、今回、核を溶かすのにそれを使用したの。もちろん後で、中和はしたけどね」
「なるほどのぉ。······ミーナよ。わしは一から方法を探すのが面倒じゃ。差し支えなければそれを教えてはくれぬか?」
「いいわよ」
「悪いのぉ」
ミーナが説明する要点を、エドワードは近くの紙に書き留めていった。
「こんな感じよ」
「ふむ。オッケーじゃ。······それで、剣を一本作れば良いのかの?」
「いえ、二本でお願いするわ」
「ん? あぁ、そうじゃったの」
彼はスライのことを思い出し、先の紙に剣二本分と付け加える。
「注文はこれだけかの?」
エドワードは、彼女の注文の再確認をする。
「今のところはそれだけね」
「今のところ?」
「えぇ。本当はそれに加えて、二つ作って欲しいものがあるの。でもそっちはまだ、武器の図が出来上がってないから」
「ほうか。んじゃ、そっちはそっちで図が出来次第、持ってきてくれたら作るでの」
「悪いわね」
そんな会話に興味を持ったジャックが、新しい武器について、彼女に尋ねる。
「ミーナ、今度はどんな武器作るんだ?」
「······ナイショよ。あなたとスライの分、とだけ言っておこうかしら」
「えっ、俺のもあるのか?」
目を丸くしたスライが、自分の顔を指差す。
「あなただけ普通の武器じゃ可哀想でしょ?」
「ま、まぁ······」
「どんな武器か楽しみだな、スライ」
彼のほうを見る、ジャックとミーナ。
そんな二人と同じ仲間に、自分が含まれている事に、スライは微笑を湛える。
「······嬉しいねぇ。楽しみにしてるよ」
それから小一時間、エドワードとたわいのない話をした彼らは、その薄暗い工房をあとにした。