オアシス 番外編
それは、泉が甦ってから一時間弱のことだった。
「ミーナさん! それっ!」
「ふふっ。もう、フィリカ! やめなさいよ! それーっ!」
情熱を映し出すような太陽と晴れ渡る青空の下、オアシスの一端では、パシャ、パシャ、と水を掛け合う少女等が居た。一人はワインレッドの水着を着て、左手にブレスレットをした赤髪の女の子。もう一人は、フリルのついた白い水着を着る、先の彼女より幼い黒髪の女子だった。
「これがオアシスか······いい所だな······」
「目の保養になるねぇ······」
またワインレッドの水着の結び目をチラつかせる少女のほうは、長い髪を纏め上げ、うなじ、そして、スラっとした白いくびれと細い首元を天下に晒していた。
それを遠くから眺める――彼女の幼馴染は、
「あぁ、いいな······」
心の声が漏れてるとは知らず感嘆。
さておき、そう彼女等に目を奪われている二人こと――ジャックとスライは、彼女等から少し離れた木の影になる場所で、膝から下だけを水につけ、僅かに生えた緑色の草の上に座っていた。
ちなみに二人も水着。
膝下まで伸びたズボンの水着を着ている。
さて、何故四人がこのような格好をしているのか――だが、それは泉が戻った際、当然、甦る水の側にいたため、溢れ返った水と飛沫によって服が濡れてしまっていた。そして生憎にも、スライとエルシア以外、代わりに当たる服も持ち合わせていなかった。
代わりの服が無い三人は悩みの末「乾くまで外に居る」と結論を出したのだが、恩人にそれではいけない。とエルシアが異議を申し立てた。そんな彼女が、ザバを訪れていた商人に事のあらましを話した所、その商人も自分が救われたと知って、彼のほうから快く「服は仕入れてないが、水着で良ければ」と、気前のいいことにタダで水着を譲ってくれた。
ザバで洗濯を干せば一時間としないうちに乾きはするのだが、そんな感謝を無下には出来ぬ面子のため、そして折角ということで今に至る。蛇足だが、着替えは男子が外で女性陣は家の中だった。
「それにしてもさ、ジャック」
「あ、なんだ?」
「ミナっちって案外胸あるのな。いい感じに揺れてる」
「お前、あんまあいつをそういう目で見るなって」
「なんだ、嫉妬か?」
「うるせぇ、黙れ」
「でも、しょうがないだろ? 男ならあんな元気に見えてたら目が追っちまうんだから。――まぁ安心しろ。俺はどっちかって言うとお尻派だ。ミナっちには悪いがあの子はちょっと物足りねぇ」
「てめぇの好みなんか知るか! ってか一回溺れとけ」
「へっ、やっぱ嫉妬してんじゃねぇか」
「してねぇつってんだろ!」
と、船でのような叩き叩かれのじゃれあい。
そんなことをしていると、
「ゴメンね。スライは私のお尻を見て育っちゃったからそうなのよ」
と、突然、二人の後ろから声が。
振り向くと、そこには黒の水着に着たエルシアがいた。太陽の照り付けるザバで生活しているものの彼女の肌は白く、またその肌と水着とのコントラストのせいか、スラリと伸びたその白い脚をなぞる妖艶な指、綺麗なくびれ、発達した胸とお尻が特に際立って見えた。
「おぉ······」
「おぉ、じゃねぇよジャック。てめぇだって人の姉をそう見てんじゃねえか」
その美ボディに釘付けのジャックの頭を、スライは平手打ち。しまいには「ミナっちに言いつけるぞ」とまで言い出す辺り、本気で避けたい事項のよう。しかし、ジャックもそれは困るため、居住まいを改める。しかし、事の中心である彼女は、二人が泉に足を浸からせようとしていると、
「しょうがないわ、スライ。今の私を見て落ちない男は一人も居ないもの」
と、誇らしげに胸に手を。
「なに言ってんだ、馬鹿姉貴······」
と、スライはそう悪態をつくが、しかしそんなスライも、彼女のそのあまりに女性らしい恵体っぷりには直視が難しいよう。それに「ん?」と気付くジャックは、
「いや、お前まさか······“年上好き“だとは言ってたけど、そうだったのか······」
「ちげぇよ!? 何思ってるか想像つくけどちげぇよ!?」
若干引き気味のジャックに、禁断の関係でないことだけは声を上げて大仰に否定するスライ。実際、姉のほうは歯牙にも掛けていない辺りや、彼があまりにも必死なことからその線はないと窺えた。
ともあれ、
「まっ、そういうことで、私もミナちゃん達と遊んでくるわ」
ジャック等が言い合いをしている間に軽くストレッチをして身体をほぐしていた彼女は、そう言って手を掲げると泉の縁へ。そして、その緑の草の上にしゃがみ、片足ずつ足を水中へ。その後、水を右手で掬っては自分にかけ、冷たい水に身体を慣らしていくが、一つ一つの動作にどこか男の本能をそそる色気がある。
事実、その鎖骨辺りから流れ落ちる滴を眺め、鼻の下を伸ばしているジャック――とスライ。二人とも果てしなくだらしない顔をしているが、エルシアはそれには気付かず――もとい、気にもせず、水をかけ終えると立ち上がりその足を進めた。
ミーナ達の元へ向かう、その大人の彼女の背中が程々に遠くなった頃にスライが先に溜め息。そして、
「おいジャック。だから、人の姉をそういう目で見るなって」
「お前が言うか······」
呆れたようにその彼を見て言うジャックだが、同じように溜め息を吐くと、再び、遠くではしゃぐ彼女等をぼんやりと静観。
「まぁ······お互い様だろ、今回は」
それからも、視線はずっとそちらに。
もう一度、はぁ、と溜め息を吐くスライも、仕方なくというようにそちらに視線を移す。何か言いたげな顔だったが、その互いの視線の先にいる――ちょうど身体をくすぐり合ってはしゃぎ始めた彼女等を見ると、
「そうだな······」
と、ジャックと同じ方へと堕ち、その至福を堪能していた。
エルシアが合流し、遠くの男子達からは楽しそうに見えるこちら――彼女等三人だが、しかしその中で一人、心中穏やかでない者が居た。
「むうぅ······」
それはフィリカだった。
彼女は、ミーナ一人ではまだ気にならなかったが、いや、憧憬の存在のため気にすることはなかったが、そこへ“巨乳エルシア“という圧倒的存在が現れたことによって、嫌でも“それ“を意識せざるを得なかった。それを大袈裟に言うなら『大』『中』『無』。彼女が不満を抱かずにいるというのは不可能に近かった。
「むううぅ······」
そのため、泉の中へ口だけを沈めるフィリカは、行動を起こすたびに揺れる二人の胸がどうしても目に留まって仕方なかった。眼鏡を外しているためややボンヤリだが、それでもこの近距離。その形、大きさ、揺れまでしっかりと分かってしまった。
「うぅ······」
そうして、哀しげに水中に揺らめく自分の貧相な胸元を見るフィリカ。その平らな白いフリルの内を恨めしく睨む。そして、この隠すような水着を選んだ自分に、自分には“無い“という事を自分で認めさせられているようでさらに情けない哀しみに陥る。実のところ、エルシアは少し目立たないオープンな別の水着を勧めてくれていただけに、尚、その情けなさは強くなる。
そうして、暗澹たる気持ちを抱いては再び二人のほうを見て、フィリカはジーッと細目。そして、決して今の自分には訪れない溌剌としたその“揺れ“を見ると、口を少しだけ出してボソリと呟きを。
「······無駄に大きいですね」
その声はミーナ達の元まで届いた。腰の辺りまで浸かる水深で、抱き合うようにくすぐり合っていた二人が「ん?」と止まる。
「どうしたの? フィリカちゃん」
フィリカが“無駄に“と付け加えたことや、不満の悪口を付けていたことなど気付かなかったかのように全く気にせず、ミーナの肩の後ろでキョトンとした顔を見せるエルシア。その彼女の様子に、相手にもされない――敵わない相手だと思い虚しくなるフィリカは、ぷいっ、とそっぽを向いて、
「······別に、羨ましいだけです」
と、もはや不満を隠すことなく言った。すると、
「なにが? フィリカ?」
後輩の抱えている“この悩み“に対しては鈍感のミーナが、エルシアに抱かれながら――目を丸くしたままやんわりと首を傾げる。
少しは分かってくれそうな気がしたけど――と、そんな横目を一度、二人にチラと向けるフィリカだが、しかし、一人問答だと、それさえもやはり虚しくなると、ついに観念したように、だが不満ながらもそれを口にする。
「······いえ、そんな胸があって羨ましいだけです」
すると、拍子抜けしたようにさらに目を丸くするミーナ。そして、不機嫌のフィリカをしばらく見てから、はぁ、と溜息。
「もう、そんなこと? さっきから様子が変だなぁとは感じてたからもっと大きな事で悩んでると思った。大丈夫よ。あなたも後二年すれば大きくなるから、ちゃんと」
「ですかねぇ······?」
「なるわ。悩むなら、それからでも遅くないから」
しかし、初めてミーナを見た時からの記憶を呼び起こすフィリカは「むぅ······」と口を尖らせては、何処か説得力に欠ける――と疑心の目。それは、フィリカがミーナを三年前から知っているからだった。
彼女を三年前に知ったフィリカは“今“目の前にいる彼女と、その朧気な記憶の彼女を比較していた。“確かに、この人の胸も成長している気はする······“と。しかし顔を下げ、その伸び代や有望を感じさせるその僅かな膨らみさえ今の自分には無いと思うと、まるで自分の二年先の未来を突き付けられているようで、やはり、疑心暗鬼の目をミーナに向けるしかなかった。
「うー」
「もう、そんな目しないの」
「だって説得力無いんですもん······」
そしてまた、当然ながら司書の仕事で夜残ることもあったフィリカは、ミーナが研究や勉強などで夜遅くまで城に残っていることが多々あったのも知っていた。故に、フィリカが納得いかないのも仕方ないと言える。
――と、そんな折だった。
「なに? フィリカちゃん、そんなにも胸大きくしたいの?」
それを聞いていた後ろのエルシアが、ミーナの肩を越えて顔を前へ出す。その茶色の両目は、興味津々というようにどこか爛々としていた。
「あんまり良いことないよー? 肩は凝るし」
「それでも、やっぱり少しは欲しいです······」
「んー······まぁ、そっかー、そうだよねー。フィリカちゃんも女の子だもんね。気にしないってほうが難しいよねぇ」
「はい······」
「んー、そうだねー。んじゃあ、そんなフィリカちゃんに——」
「きゃっ」
「お姉さんがいい方法教えてあげる」
それは突然の出来事。
どこか、ウフフ、と一瞬悪い笑みを浮かべたエルシアは、ミーナの背後から回していた腕――その手を、前に居る彼女の水着の下から滑り込ませていた。その胸と布との間にやや強引に手を入れられた彼女は「ちょ、ちょっと······」と恥ずかしげな声。だが、エルシアはそのまま両手を動かし、その膨らみを優しくほぐし始める。そして、
「こうやってね、毎日揉んであげるといいのよ。少しずつ柔らかくなったり、ホルモンが分泌されて日に日に大きくなっていくから」
と、その解説をするのだが······だがしかし、その解説はフィリカの耳には入らなかった。それは――、
「んっ······あ、あの······やめてくださ······い······」
普段は絶対に見れないであろう、憧れの人の紅潮しつつある女の子の顔に言葉を失っていたから。目を点にし、口をポカンと開けて呆然とするほどの硬直だった。
「ミナちゃんは感じやすいんだねー。そのほうが大きくなるから将来はさらに楽しみだねー」
それからもしばらく、楽しげにエルシアはミーナの胸を揉み続ける。ミーナは、まだ日も浅い人からのちょっかいに反抗出来ず、目を瞑ったり、軽く身体を動かしては小さな拒否を示す。
だが、残念ながらそれは彼女には逆効果。
表情を歪ませるミーナを見て「どうしたの、ミナちゃん」と耳元で囁くエルシアは、さらにその手を大袈裟に、だが、優しく揺すった。ミーナはいよいよ少し睨んでみるものの、涙目になりつつあるその顔は彼女の悪戯心を刺激するだけだった。拒めば拒むほどその手は吸い付いていく。もはや、今のミーナには何をしても駄目という状況だった。
だがしかし、
「お願い······やめて······」
ミーナの願い――それは思わぬ形で叶う。それは、
「あっ」
「えっ」
「ぶはっ」
長いこと揺らされたことによって緩んだ水着の結び目が、スルリと解けたから。
水面へ落ちるワインレッドの布。
ぷるんと弾ける瑞々しい白。
「きゃ――」
そして、その白の先端、エルシアの人差し指と中指には淡いピンクの実が挟まっていた。
その瞬間だった。
「きゃああああああぁっ!」
エルシアの拘束を思いっきり払い、慌てて水に入って胸を抱えるミーナ。その正面では、鼻血を噴き出してフィリカが卒倒していた。
そしてまた――、
「「どうした!?」」
ミーナの悲鳴に、同時に立ち上がる二人の男もいた。
しかし、それは決して紳士的なものではない。
危機を知らせる悲鳴とは別の――つまり、ミーナの水着がヒラリと落ちた瞬間の、その彼女の背中が露わになった事故を目撃したが故の起立。兵士や訓練でこなしてきた以上の速さでそれ等を瞬時に把握した二人は、彼女の今の状況を分かった上で遠くから、
「ミーナ! どうした!?」
「ミナっち、すごい悲鳴だったぞ! 大丈夫か!?」
そう叫んでは、緊急事態かのようにミーナに接近。
まだ距離はあるが、いかにも、と思惑が透けて見える二人にミーナは、
「絶対来んな、お前等っ! 来たら殺すっ!」
と、左腕で胸を隠しながら、右人差し指を伸ばして忠告。だが、そんなことは御構い無しに、彼等は本能のままに水を進行。
「あぁ、もうあいつ等、後で殺す······!」
止まる様子がないと悟ると、ミーナは身体を翻し、身に付けていた自身の水着が落ちたであろう辺りを探る。
「もう······どこいったのよぉ······」
だが、どれだけ必死に探そうと、身を最初に潜めた際に流れたたのか水着は全く見つからない。さっきまでの紅潮はいずこへ――今は、後ろから近付きつつある幼馴染と新たな部下への対処でミーナは一杯一杯の顔。
「お前ら! それ以上来たら本気で沈めるからね!」
「いや、でもフィリカが!」
「そうだよ、フィリカちゃんが!」
「うるさい、黙れっ!」
彼等は、駆け出してから半分の距離を越えたという所。
ミーナに、さらに焦りが生まれる。
「はやくしないと······」
ちなみに、葉っぱのように仰向けにプカプカと浮いたまま「さくらんぼ······綺麗なさくらんぼ······」と、うわ言で気絶するフィリカはもうどうでもいい様子。今のミーナは、こちらのほうが大事だった。
「なんでよぉ······」
そしていよいよ水着を見つけられなかった――後ろに迫る二匹の獣を横目に見たミーナは、急いで水の中へ。しっかり胸を、確実に隠すように両腕で抱えながら身体沈めた。
「ちょっとこれ、どうすんのよぉ······」
口を固く結びながら左右に視線を巡ってミーナは思考するが、あまりの焦りから頭の中は真っ白。先とは違う恥ずかしさから顔が赤く染まりつつあった。
――と、その時だった。
「ミナちゃん、あったわよ!」
いつの間にやら姿がなかった彼女――エルシアが、自分達とはやや離れた場所で水面から顔を出してその左手を高々と掲げていた。その手にあるのは、ミーナが身に付けている残りと同じ――ワインレッドの色の布。
「――っ!? よかった······」
それを見たミーナは安堵の表情。
あの男達が来る前に、その布の元へも向かえそうだったから。
「ありがとうございます、エルシアさん!」
ミーナはすぐさま、左手で胸を抱えつつ、水中を掻き分けるように歩いて彼女の元へ向かう。そして、あの獣達がこちらへ辿り着くよりも幾らか早く辿り着ける、やはり、身に付け直す程の猶予を残して近寄れる――そう確信したミーナは、再び、今度は心の底から安堵の表情を浮かべる。
「ありがとうございます。それが無かったら私······」
しかし、その瞬間だった。
その口に、意地の悪い白い歯を、覗かせるエルシア。
「ごめんね、ミナちゃん」
「えっ?」
すると、それを掴もうとしたミーナの手から、水着がすり抜けるようにひょいと持ち上がる。
「ちょ、ちょっと、エルシアさん······?」
彼女は、ミーナの顔をどこか困ったように見ては黙り。そしてクルリと振り返り、バシャバシャと水を跳ねさせて走って遠ざかっていく。
「ちょ、ちょっと! どこ行くんですか!? 返してください!」
「ミナちゃんがあまりに可愛いからもう少しだけー!」
困惑しながらも安心するミーナの顔を見たエルシアは、つい、自分にだけ助けを求めてくるその状況に、心の中にある悪い所が揺り動かされていた。
「どういうつもりですかエルシアさん!」
時折立ち止まっては振り返り、楽しげな笑みを浮かべ、左手に水着を掲げたまま動かないエルシアは、ミーナがギリギリまで近づくと、またヒョイとその手を高く持ち上げる。
「ちょっと! ふざけないでください!」
片手の塞がるミーナは、いよいよ普段に近い語気で怒りを見せ始める。しかし、それでも彼女は臆せず、むしろ楽しげな笑顔。高い所へ素早くかつ大きく動けないミーナは、その手から何度も水着をすり抜けさせる。
「んっ! あぁっ!」
「両手だったら、私も負けちゃう気がするなー」
「使えるわけないじゃないですかっ!」
後方――もとい、今ではグルグルと回っていたため右方へと見えるあの男二人。なんとしてでもミーナは、只でさえ溢れつつある、自分を抱えるその左腕を離すわけにはいかなかった。
「おっと。追い込まれると動きが鋭くなるねー。じゃあ――」
すると、エルシアが再び身体を翻し、ミーナから離れていく。当然、さっきよりも自分へ近付いた男達を傍に感じるミーナは、すぐさま彼女を追跡。
「お願いですから返してください!」
「ここまで来れたらねー!」
そう言って、また息を切らしつつあるミーナが追い付くと、ひょい――と、エルシアは、紐の垂れた水着を持ち上げて逃げ出す。
「うふふ、ごめんねー!」
「あぁ、もうっ!」
それを幾度と繰り返されるミーナ。
これには流石のミーナも、尊重を忘れ苛立ちを覚えた。
「はぁ······はぁ······エルシア······」
そしていよいよ、
「はぁ······エルシアあああぁーっ!」
怒りを爆発させ声を荒げたミーナは、控えめにしていた上半身を水の中からしっかりと出し、獣二匹に、その純白な背中を露にして追い掛けた。それと同時に「おぉ」と上がる後方の声とミーナのスピード。そして、そのスピードには流石に追いつかれると思うエルシアは、自分も負けまいと、ミーナの水着を腰に挟んで駆け出す。
「追いつけるかなー?」
「うっさい! 今なら許すから返せっ! エルシアー!」
だが、それでも気にせず、笑顔で楽しそうに逃げる彼女。
「イヤだー」
「“イヤだー“じゃない! 返せっつってんのよっ!」
胸を隠しながら、鬼の形相で追いかけるミーナ。すっかり、泉には『エルシアを追うミーナ』『ミーナを追う獣』『プカリと放られたままのフィリカ』の構図が出来上がっていた。そして、その構図を長いこと続けている内にあることに気付くミーナ。それには先の表情も一転。
「ちょっとぉ······なんで増えてんのよぉ······」
泉の周りには、何事かと思うザバの群衆ですっかり溢れ返っていた。老若男女、鼻の下を伸ばす者から、面白げに指を差す主婦陣まで。
それでも未だ、追いつ追われつの変わらずの状態。
変わるのは増え続ける観衆だけ。
「なんで私がこんな目に······」
自分は命の恩人のはず。別に恩を売るつもりもないが、もう少しマシな扱いを受けてもいいはずだ――と、心で涙ながらに思うミーナ。
しかしそれも、三分と経たぬ嘆きだった。
いい加減、増え続ける観衆と、人の気持ちを全く鑑みてくれない前後の相手――特に、自分の幼馴染に強い怒りを覚えるミーナは、もう一度エルシアに逃げられると「はぁはぁ······」と足を止め、頭を下げた。そして、後方の幼馴染を、これでもかというほど鋭く、恨みを込めてキッと睨むと、前を向き、水中へバシャリと首から下を沈めた。
そしてそのまま、胸を見えぬように抱えていたミーナは、
「もう······」
ザバ中の人間に聞こえるように、天を思いっきり仰ぎ、腹の底からその怒りを放つように叫び上げた。
「お前ら全員、乾き切って死ねえええぇーっ!」
涙も恥ずかしさも忘れ、ただただ本気で、あんた等のことなんか救うんじゃなかった――と、その後悔と心の内を嘆くようにして。
新作の執筆のため、しばらく改稿は停止となります。御了承ください。